2004/11/26

とみぃ洋楽100番勝負(100)

 いよいよラスト‥‥最後は思い入れタップリに語らせていただきます‥‥


●第100回:「Coma Girl」 JOE STRUMMER & THE MESCALEROS ('03)

 「早くくたばれっ!」って冗談ぽく言ってはみるものの、そこには「絶対に死ぬもんか‥‥死んでもらっては困るんだよ!」という祈り/願いも沢山込められてるんだよね‥‥当たり前の話だけど。最高の愛情を込めて吐く悪態。それはある意味では彼等にとって最高の賛辞なのかもしれない。

 でも。そんな冗談すら言えない、言いたくても言えない相手だっている。この連載を続けてきた中で、故人を扱う機会が沢山あったんだけど、最後の最後もその故人‥‥比較的最近亡くなったこの人で締めくくりたいと思います。丁度12月だしね、これが発表される頃は‥‥

 2002年12月22日、彼は静かに息を引き取りました。日本では23日に伝わって来たこの知らせ。最初知った時は「へっ、嘘‥‥」と、にわかには信じられませんでした。情報が少ない/錯乱していたことから、いろいろネットサーフしてみたものの、それは間違いない事実であることが判明しました‥‥愕然としたよ。ほんの3ヶ月前、あんなに元気な姿をその年最後の「夏フェス」で目撃したばかりだったのに。一緒に "I Fought The Law" を大合唱したばかりだったのに‥‥

 俺にとってのジョー・ストラマーという親父は、THE CLASHの偉人というよりは、ロック・フェスティバル、野外フェスティバルってこんなにも楽しいもんなんだぜ、自ら進んで楽しむものなんだぜ、という至極簡単なことを教えてくれた、大先生でした。俺が初めて体験した夏フェス‥‥'99年のフジロックで出会ったジョーは、大好きだったTHE CLASHの曲を出し惜しみすることなく連発してくれ、当時の新曲も過去と何ら変わらず「レベル・ロック」していることを証明してみせました。

 そして3年後。今度は朝霧JAMで再会。正直、最後の最後だったし天気も悪く霧で視界も悪かったし、演奏される曲も今回は新バンド・THE MESCALEROS以降のものが多かったことから、あんまりのめり込めなかったんだよね‥‥けどそれって、結局「俺はジョーにTHE CLAHSしか求めてなかった」ってことと一緒だったわけで。だから "Bankrobber" や "I Fought The Law" という曲に過剰反応してたんだよね‥‥恥ずかしいけど。

 ジョーの死後から1年経って、志半ばで頓挫してしまったレコーディングを仲間達で完了させたのがこの「STREETCORE」というアルバムで。買ってから暫くは聴けなくてさ‥‥こんなにも重く感じさせるアルバムは随分久し振り。ジャケットといい、並んだ曲目といい、全てがその頃の俺には重過ぎて‥‥

 年が明けて2004年。やっとパッケージを開けて‥‥1曲目の "Coma Girl" の歌い出しに胸が熱くなってさ‥‥

  「遥か西のフェスティバル会場を這うように歩いてたんだ」

‥‥嗚呼、この人は死ぬまで「ジョー・ストラマー」で在り続けたんだな、と。当たり前の話だけど、その事実に涙が止まらなくて。アルバムが進んでいく中、いろんな音が聞こえてきて‥‥6曲目の "Redemption Song" で更に泣いて。この瞬間、今更だったけど‥‥ジョー・ストラマーって親父は俺にとって、とても重要な人間のひとりになったんだ。

 今でこそ笑顔で聴くことができるこのアルバム。THE CLASHの5作と同じように、自分にとって大切なアルバムです。こんなにパンクで活き活きした親父、イギーとジョーの他に知らん。

 だから‥‥今更だけど‥‥ホントに悔やまれる。もう一度、ただもう一度だけ会いたかった‥‥

 ありがとう。そして‥‥死ぬまで勉強させてもらいます!



▼JOE STRUMMER & THE MESCALEROS「STREETCORE」(amazon

投稿: 2004 11 26 12:06 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/25

とみぃ洋楽100番勝負(99)

●第99回:「Search & Destroy」 IGGY & THE STOOGES ('73)

 遅咲きです。後追いです。この人に関しては、知れば知る程惹かれてしまうという‥‥

 中学の時かな、「BLAH BLAH BLAH」ってアルバムで復活して。その時は「単発でガラガラ声のオッサン」くらいにしか思わなくて。ところがその2年後に出た「INSTINCT」ってアルバムでいきなりやさぐれて。髪は伸びるし、音も荒っぽいし。しかもその時のツアーギタリストが大好きなHANOI ROCKSのアンディ・マッコイだったという‥‥来日したのに行けなかったんだよね。ま、その時はまだイギーの本質がイマイチよく判ってなくてね。

 結局その次に来日した時かな。チッタかどこかで観て‥‥そこで一目惚れしたんだわ。なんだこのオッチャン、俺の親くらいの世代なのにチンコ出すか出さないかギリギリのラインまで革パン下げて、マイクスタンド投げ倒すわ、持ってるマイクでゴンゴン頭叩いたり‥‥ホント、ただのアホじゃんか!って。笑うのを通り越して感動すらしたもの。

 そしてSTOOGESの1st〜2ndアルバムが再発されて。2枚の落差(方やドゥーミーでダウナー、方やパンクでサイケ)に驚きつつも、俺がライヴで最も感動したパンクナンバーが入っていないことに気づくわけですが‥‥それが "Raw Power" や "Search & Destory" といった一連のナンバー。

 イギーはソロで2度、そのチッタ公演と去年のフジロックでのステージを観てて。けど個人的にはやはり間近で観ることができた今年3月のSTOOGESとしての来日公演@MAGIC ROCK OUTが忘れられなくて。あれはいろんな意味で、今年の俺を象徴するライヴだったな、と。改めて自分がどこから来て、今どこにいて、そしてこれからどこへ向かっていくのか。それを気づかせてくれた一夜だったな、と。

 自分はメタル出身だとかパンクの出ですとか、そんな括りだけはしたくない。ただひとつ言えるのは、常に「怒り」を忘れちゃ駄目だってこと。疑問を持つこと、他人と考え方が違うってことを恐れちゃ駄目だってこと。そして‥‥どこまでも「ロック」して「ロール」し続けるんだってこと。あの身体中傷だらけの死に損ないパンク親父は、無言のうちにそんな大事なことを「FUCK」一言の中に詰め込んでいるのです‥‥んなわきゃないか。

 今日も愛してますぜ、親父。(愛を込めて)早くくたばれっ!



▼IGGY & THE STOOGES「RAW POWER」(amazon

投稿: 2004 11 25 12:05 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/24

とみぃ洋楽100番勝負(98)

●第98回:「Maybe I'm Amazed」 PAUL McCARTNEY ('70)

 俺にとってのポール・マッカートニーとは、"Yesterday" でも "HeyJude" でも "Let It Be" でもない。このソロ1作目「McCARTNEY」に収録された、"Maybe I'm Amazed" なのね。この曲と出会ってなかったら、多分俺はポールのことを一生「ポップスター」的視点で見続けてたかもしれない‥‥それくらい俺にとってこの曲は衝撃であって、その後の自分の考え方を変えてしまった1曲なわけ。

 この転調を繰り返すアレンジといい、ポールのシャウトを通り越したシャウトといい、今聴いてもホントに鳥肌が立つ。初めて聴いたのは‥‥高校を卒業した後くらいかな‥‥ポールの初来日があって、その後に2枚組のライヴ盤が出て。そこにライヴテイクが収録されててさ。なんかスッゲー無理してシャウトしてんなぁ、とか、もの凄い劇的に盛り上げるなぁ、とか、転調凄いなぁ、とか。いろいろ感じながらもその時はそこまでピンとこなくて。

 ところが。それから3年後。自分が初めてポールを生で体験する日が訪れて。その頃からかな、過去のオリジナル・アルバムにも手を出し始めて。そこで最初にソロ1枚目「McCARTNEY」を買って‥‥スタジオテイクのこの曲に思いっきり鳥肌立てて。何だったんだ、あれは?

 自分が音楽をやる時、曲を書く時。アレンジの手本にするのはLED ZEPPELINであり、アティチュードの手本にするのはジョン・レノンなんだけど、歌詞やメロディの手本にする‥‥いや‥‥そうしたい、そうでありたいといつも思っているのは、このポールなんだよね。確かにアルバム/楽曲、駄作も多いポールだけど、一時の多作振りを考えると、まぁそれも許せるかな‥‥とにかく中にあるもの、出て来たものを全部世にぶちまけない質なのかもしれないね、ポールって人は。そういう面では非常に共感する点が多いんだけど。

 だって‥‥こうやって俺も、アホ程文章書いて、まとめてアップしてるわけだからさ!



▼PAUL McCARTNEY「McCARTNEY」(amazon

投稿: 2004 11 24 12:03 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/23

とみぃ洋楽100番勝負(97)

●第97回:「Mother」 JOHN LENNON ('70)

 男なんて、多かれ少なかれ皆マザコンの気を持ってる。それはどんなに偉い奴だろうが、貧しい奴だろうが、自分の母親を大切に思わない男なんていないってことだよ。女性が父親に対して感じる愛情とは、また違った形の愛情なんだろうなぁ‥‥いや、俺は女性になったことないから、正直その違いはハッキリとは判らないけど。

 ジョン・レノンの、母親に対する愛情や想いというのは、ファンのみならず、ちょっとした洋楽ファンならご存知でしょう。そのジョンがBEATLES解散後に発表した、最初のアルバムの1曲目に収録されたのが、この "Mother" という赤裸々な叫び。本当の意味での「魂の叫び」なんですね、これ‥‥だから邦題の「ジョンの魂」というタイトルは、実は凄いピッタリなんですよ。勿論これ以外の曲に対しても言えることなんですが。

 あまりにストレート過ぎて、当時のBEATLESファンの中にはついていけなかった人もいたそうですが、BEATLES後しかしらない、BEATLESがいた時代をリアルタイムで知らない俺等からすれば、これ以降のジョンこそが我々がよく知るジョン・レノンなんですよね。そして、そんなジョン・レノンに俺は惹かれたわけなんですよ。

  俺はジョン・レノンにはなれないし、なりたいとも思わない。だけど、この曲から感じられる愛だったり喪失感だったり‥‥そういった感情は共感できるし、むしろしたいと思う。それは俺が男だからかもしれないけど。



▼JOHN LENNON「PLASTIC ONO BAND」(amazon

投稿: 2004 11 23 12:06 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/22

とみぃ洋楽100番勝負(96)

●第96回:「21st Century Schizoid Man」 KING CRIMSON ('69)

 そりゃやはり、「とみぃの宮殿」というサイト名の元ネタなだけに、この曲を外すことはできないですよね。実際、このアルバム・この曲との出会いがなかったら、俺はプログレというジャンルに(一時的とはいえ)のめり込むこともなかったでしょうからね。

 中学の頃かな‥‥このジャケットと出会ったのは。当時のレンタル店に飾ってあって。インパクトだけでいったら間違いなくナンバーワンだもんね、これを店頭に飾るってことは。で、それに勝るとも劣らないサウンド。2004年の今聴いても、全然色褪せてない。むしろ今聴くとそのヘヴィな世界観やサウンドに圧倒されるんだけどね。これがもう35年も前のものなのか‥‥そう考えるとゾッとするね。俺だってまだ生まれてなかったんだから。

 プログレと呼ばれるジャンルの中で唯一、全アルバムを揃えた経験があるのは、後にも先にもCRIMSONだけ。ライヴにしても同様。高い金だして廃盤になってるボックスセットの中古盤に大枚はたいたり、既に持ってるアルバムなのに紙ジャケが出れば思わず手を出してしまったり、挙げ句の果てにアナログ盤まで買い揃える始末。正直、この「クリムゾン・キングの宮殿」だけで3枚は持ってるからね、俺。もう、ただのアホだよね。うん、俺もそう思うもん。

 自分の留学先であったイギリス・ボーンマスがロバート・フリップの故郷であると知った時の嬉しさといったら‥‥どう表現していいもんか。思わず奇声上げちゃったからね、マジで。そんくらい好きってことですよ。ま、だからといって仲良くなりたいとは思わないけど(滅茶苦茶偏屈そうだしね)。それに‥‥あのプレイが自分にとって、決して究極とはいえないしね。飛び道具ですよやはり。

 だけど‥‥だからこそ憧れるんだよね。永遠の憧れ。あそこには近づけないし、近づきたくもない。遠くから眺めてるだけ。だからこそいいんだよ、あれは‥‥あんな世界、本気で入り込んでしまったら、それこそ「21世紀の精神異常者」になっちゃいますからね(やっぱりこの曲の邦題は、誰が何と言おうと「精神異常者」の方がピッタリですよ)。だから今日も俺は、音源集めまでで踏みとどまるわけです。



▼KING CRIMSON「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING」(amazon

投稿: 2004 11 22 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/21

とみぃ洋楽100番勝負(95)

●第95回:「My Name Is」 EMINEM ('99)

 まさかエミネムが音楽業界的に、こんなにも大きな存在になるなんて‥‥この曲が出始めた頃は想像も出来なかったよね。単純に、白人で面白いラッパーが出て来たなぁ‥‥くらいにしか思ってなかったのに。デビューから約5年。4枚のアルバムと1枚の映画サントラ、そして主演映画‥‥アメリカでは社会現象にまでなって、日本でも'01年のフジロックの大トリを務めちゃったりしたんだからさ。あの時点でそこまで大きくなるって信じてた人がいたら、是非会ってみたいよ。

 最初は誰が歌ってるとか、どんなキャラクターの男だとか全然知らなかったんだよね。よく行くクラブイベントでこの "My Name Is" っていう曲がよくかかってて。面白い曲だなぁ、ポップな曲でいい感じだなぁ、これなら俺にも馴染めるな‥‥とか好意的に感じてたのよ。で、暫くしたらビルボードのシングルチャートでトップ10入りしてて。2位まで上がったんだっけ? そりゃビックリですよ。普段ヒップホップとかそんなにかかるイベントじゃなかったし(ロック系だったからね)、そんな中でしょっちゅうかかってたから、DJがよっぽど気に入ってるか、あるいは何か理由があってかけ続けてるのか‥‥ま、普段ロックしか聴かないような奴らはこの曲になるとフロアから離れてって、新しい音に敏感な奴らだけがこの曲に合わせて踊ってたんだけどさ。俺は‥‥その状況を眺めてた、というか。まだ自信がなかったんだよね、これが「クる」かどうか‥‥いや、そういう問題じゃなかったんだけど。

 その後の彼の曲と比べればかなりシンプルなバックトラックでかなりスカスカなんだけど、逆にそこが良かったのかな。何だろ‥‥それまで白人ラップというと、俺の中ではBEASTIE BOYSとHOUSE OF PAINくらいしか思いつかなかったし、それくらいしか通過してないんだけど‥‥これなら楽しめる。そう直感で思ったんだよね。事実、後でこれが誰の何という曲なのか、DJに聞いて、後日CDショップでアルバム買ってるしね。

 今となっては別に珍しいことじゃないけど、やはりあの頃はロックファンが「エミネムっていう奴、面白いよね?」と声を大にして言えるような空気じゃなかったよね。どっちかっていうと、ラップメタル的なLIMPBIZKITとかの方が好意的に受け入れられてたし。んでそのLIMPとエミネムが共にツアーとかするようになって、ロックファンにも認知されるようになったのかな(んで、その後両者は犬猿の仲になるんだけど)。

 久し振りにアルバム引っ張り出して聴いてみたけど、うん、これはやっぱりカッコ良いよ。聴きやすさとか親しみやすさは次作以降に譲るけど、これはこれで素晴らしいな、と。そこは譲れないよな、うん。



▼EMINEM「THE SLIM SHADY LP」(amazon

投稿: 2004 11 21 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/20

とみぃ洋楽100番勝負(94)

●第94回:「Eyeless」 SLIPKNOT ('99)

 RAGE AGAINST THE MACHINEの大成功以降、いろんなヘヴィロックバンドが世に現れ、そしてチャート的に成功を収めるわけじゃないですか。KORNにしろ、LIMPBIZKITにしろ、あるいはジャンルこそ異なるもののTOOLであったりMARILYN MANSONであったり。ひとつが当たると、また別のものといった具合に。さすがに胸焼けがしてもう受け付けなくなりつつあった中、'99年にもの凄いバンドが登場してシーンにトドメを射すわけですよ。エンターテイメントとハードボイルドな世界観を両立させた、もの凄くカッコ良くて、もの凄くアホな存在。それが俺にとってのSLIPKNOT。

 最初はNMEか「ケラング!」に付いてたサンプラーCDに入ってた音源が切っ掛けで。ルックスもさることながら(9人全員がオレンジの繋ぎとひとりひとり異なるマスクというコスチューム)、その音‥‥判りやすいようで、それでいて殺傷力抜群のサウンド。ただ叫んでるだけかと思うと、急にメロディアスになって歌い上げる展開。曲によって完全にメロコア調だったり、ドラムンベースっぽい要素があったり、ただのハードコアだったりデスメタルだったり。それまでのバンドにありそうでなかった音。それがSLIPKNOTだったわけですよ。

 判りやすいキャラ作りはKISS等から受け継いだものだし、ライヴでのアトラクション(ドラムセットが回転したり、パーカッションがせり上がったり等)はMOTLEY CRUE譲り。そして音はスラッシュやデスメタル、ハードコアやグラインドコア‥‥重さやグルーヴ感を重視したそれまでのヘヴィロック勢とは一線を画するわけですよ。だからこそインパクト絶大だったわけで。もうその登場の時点で勝利は決まったようなもんですよ。

 紆余曲折ありながらも現在まで第一線で活躍している。それ自体が凄いことだと思うし、その上ハイクオリティを維持している。音楽性は徐々に変化を見せているものの、それは単に彼等が企画ものではなく、真のミュージシャンであったことを表しているだけなんですよね。もう1stの頃みたいな初期衝動性を体験することはあり得ないだろうけど、それでも俺は彼等を支持し続けますよ。



▼SLIPKNOT「SLIPKNOT」(amazon:通常盤DVD付限定盤

投稿: 2004 11 20 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/19

とみぃ洋楽100番勝負(93)

●第93回:「Bulls On Parade」 RAGE AGAINST THE MACHINE ('96)

 RAGE AGAINST THE MACHINEと最初に出会ったのは‥‥多分1stが出て間もない頃だから‥‥'92〜3年頃かな? 友人が「BURRN!」のディスクレビューに釣られて買ってしまって。「よく理解出来ない」って言っててさ。で俺もしたり顔で「レビューにいいこと書いてなかったじゃん? 所詮メタルじゃないし、中途半端な感じなんじゃない??」とか言って無視してたんだよね。んで、この時点で彼等の音、全く耳にしてないのね‥‥アホでしょ?

 で、その後俺が彼等の音に出会うまで、約5年近くの歳月を要するんですわ‥‥そう、第1回目のフジロック直前に偶然耳にしてしまってね。いや、耳というよりは「目撃してしまった」といった方が正しいかな。WOWOWで'97年春に放送されたライヴ映像‥‥多分前年のレディングフェスの映像だと思うけど‥‥このインパクトが強烈でね。これやヤバい、と。フジロックはレッチリだ、フーファイだ、とか言ってる場合じゃねぇぞ、と。これを生で、野外で体験できるんだから‥‥本気でこれは日本に革命が起きるんじゃないか‥‥そう思ってたのよ。

 んで、このコラムにも何度も書いてるけど俺、その年のフジロック直前に肺炎になって行けなくて。悔し涙で枕を濡らす日々ですよ。あれほど夢に見たレイジのライヴが体験出来ないなんて‥‥実際に観た友人の話だと「雨で気温が下がってる中、みんな暴れるもんだから、始まった途端に人の湯気が舞って、後方からじゃステージが全く見えなかった」と‥‥それだけ聴いて鳥肌立ったけどね、俺。んで後日、WOWOWで放送された映像を観て、更に衝撃受けて‥‥これは本気でヤバいぞ、と。

 俺が観たレディングのライヴは確かこの曲だか "People Of The Sun" で始まってたんだよね。そう、2nd「EVIL EMPIRE」の頭2曲ね。このアルバム、それ以外にはあんまり印象的な曲はないんだけど、だからこそこの2曲のインパクトは絶大だよね。グルーヴ感だけならLED ZEPPELINにも負けないし、ギターはKING CRIMSONみたいだし、ボーカルは完全にヒップホップしてるし。既にカテゴライズ不能。いやむしろオレ等が法律だ!みたいな力強さが爽快。政治的な歌詞とか日本人の俺等には完全に理解するのは難しい面も多々あるんだけど、そういうところも含めて唯一無二だったな、と。

 結局彼等は'99年のフジロックで体験したのみ。翌年の単独来日は祖母の葬儀と重なって行けず、その数ヶ月後にはザック脱退という大事件が勃発して、事実上解散してしまうわけですが‥‥だからこそ'99年、苗場でのステージが鮮明に記憶に残ってるんだよね。あれは絶対に忘れないと思うよ‥‥



▼RAGE AGAINST THE MACHINE「EVIL EMPIRE」(amazon

投稿: 2004 11 19 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/18

とみぃ洋楽100番勝負(92)

●第92回:「Govinda」 KULA SHAKER ('96)

 STONE ROSESにはリアルタイムでハマらなかった俺が、何故かKULA SHAKERに関しては "Grateful When You're Dead" がリリースされてすぐに虜になっちゃったんだよね。「やっぱりこのグルーヴ感がたまらねーよな!」とか判った風なこと言って。笑っちゃうよね。けどホントのことだから仕方ないよ。

 何だろ‥‥ROSESも胡散臭いといえば胡散臭かったんだけど、KULAの場合はもっとこう、インチキ度が上でしょ? インド気触れというか‥‥ジョージ・ハリスンがBEATLES時代にインドに気触れたことあったけど、あれとはまた違うんだよね。だってさ、サンスクリット語なんてKULAに出会ってなかったら、まず実生活では知らないからね。インドの言葉で歌覚えたのもこれが最初で最後だし。まぁ‥‥最終的にはルックスの良いフロントマンがいて、凄腕のギタリストがいる、と。それが決定打だったんですけどね!(結局そこかよ)

 KULAといえば先の "Grateful〜" であったり "Hey Dude" といったグルーヴィーなロックンロールが特徴といえるんだけど、それとは別に "Tattva" や "Shower Of Your Love" みたいなドリーミーなポップソングを作る才能にも長けてて、そのバランス感がまた絶妙だったんだよね。ま、ラスト作となった2ndではそれが行き過ぎちゃった感が強いけど(だからこそ俺は凄く気に入ったんですが)。

 で、そんなグルーヴィーな面とドリーミーな面を両方持ち合わせた代表曲のひとつに挙げられるであろう、サンスクリット語による楽曲 "Govinda"。これ、シングルカットされて、トップ3入りしてるんだよね‥‥勢いって怖いね。若いって怖いね。けど、ホントいい曲。KULAで一番好きな曲、これだもん。なんつーか、もうこの時点で彼等のスタイルって、完成しちゃってるんだよね。後はそれをどう壊しつつ先に進むか‥‥だったんだけど、スタイルを壊す前に、自分達が壊れてしまったという。ホント残念な終わり方だったよね。あんまりバンドの解散でショックとか受ける方じゃないけど、この時(クリスピアンが脱退表明→解散)ばかりは正直動揺しまくったもん。急な出来事だったしね‥‥

 今のクリスピアンを責める気はないけどさ‥‥やはり本気でKULAの亡霊を断ち切って欲しいし、それを乗り越えて欲しいな、と。KULA時代の曲を封印しろとは言わないけど、それに頼るのだけは止めて欲しいよね。だって「THE JEEVASとしてのスタイル」すら中途半端で確立し切ってないんだからさぁ‥‥



▼KULA SHAKER「K」(amazon

投稿: 2004 11 18 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/17

とみぃ洋楽100番勝負(91)

●第91回:「Born Slippy」 UNDERWORLD ('96)

 この曲はあれですよね、最初は'96年の夏頃に出てヒットして。当時「BEAT UK」観てて、一発で気に入りましたもん。当然シングルを外盤屋で買って。「弐番目のタフガキ」が出た後だったかな? この曲が出た後に日本盤は2枚組仕様で限定版が出て。当然 "Born Slippy" も入ってて。当然そっちを買うわけですが。当時イギリスでは既に公開されていた映画「トレインスポッティング」に起用されたことで大ヒット。けどそれが飛び火するのは、ここ日本では更に1年後のことなんですよね‥‥俺も観に行ったもの、あの映画は。いろんな意味で泣いた、うん。

 このUNDERWORLDもロックの範疇で語られることの多いグループだけど‥‥やはりそれだけでは見えてこないものも多い気がするのね。んで、やはりこの曲に関しては、あの映画抜きでは語れないよな、と。いや、あの映画自体‥‥あの当時のイギリスを端的に(時にコミカルに、そして時にシリアス過ぎるくらいに)表した、あの映画と込みで語りたいな、と。実際、あの映画を通過する前と後とでは、また曲の聞こえ方/感じ方も変わってしね、俺的に。

 クラブのDJイベントとかで、この曲さえかければ嫌でも盛り上がるみたいな時期があったでしょ。俺、あれがある時からすっげー嫌になって。むしろ盛り下がって踊るの止めてたくらいなのね。なんだろ‥‥凄く滑稽に見えてきてさ、周りが。ま、早い話が「お前等、判って踊ってんのかよ?」みたいに斜に構えてたのね。つーか俺が一番判ってなかったんだけど。違うんだよね、この曲こそむしろ無心になって踊らなきゃいけないんだよ。いや、踊らされなきゃいけないんだよな。凄く頭デッカチな紙媒体を信用するロックファンみたいで今思えば凄くバカっぽいんだけど、けどそういう時期もあったなーと。いや、今でも時々この曲かかって喜んでる「純粋な」人達を見ると、ほんの一瞬だけ、鼻で笑ってしまいそうになる瞬間がね‥‥ないとは言わないよ。

 俺がこの曲で一番感動したのは‥‥多分去年('03年)の、大雨のフジロックでのUNDERWORLDライヴの時、この曲のイントロが聞こえた瞬間、そしてこの曲で長靴履いてるのにダイヴしてるアホを目撃した時かな。あれこそこの曲の本質を捉えてるんじゃないかな。そして、あの場を共有した奴らこそ、本当の意味での「Born Slippy」なんじゃなかろうか、と‥‥



▼O.S.T.「TRAINSPOTTING」(amazon

投稿: 2004 11 17 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/16

とみぃ洋楽100番勝負(90)

●第90回:「Leave Home」 THE CHEMICAL BROTHERS ('95)

 こんな俺ですが、実はCHEMICAL BROTHERSの初来日と2度目の単独@リキッド、行ってるんですよね‥‥こんなロックバカの俺が、所謂テクノやダンス系の先物買いっぽく。いや、友達に誘われて行ったんですけど。あと、何故かavexの東京ドームのイベントとかも。あれでPRODIGYとか観てるしね(しかもそれが唯一観たことのある生PRODIGYという)。

 彼等は‥‥何だろ、最初はリミックスの方で知ったのかな。MANICSの "Faster" のリミックスとかやってたしね。ま、その頃はまだ「THE DUST BROTHERS」って名前だったんだけどね。同名のプロデュース・ユニットがいたから(ベックとか手掛けてたんだよね)結局改名したんだけど、よりによって「シャブ中兄弟」って‥‥笑(「CHEMICAL」っていうのは、化学生成された薬物を意味しますからね。覚せい剤とかヘロインとか)

 (一般的なロックファンへの)世間的な知名度は、このアルバム後にリリースされた "Setting Sun" やそれを含む2ndアルバム「DIG YOUR OWN HOLE」以降なんだけど、個人的な思い入れとなると、やっぱり1stかなぁ‥‥

 こういうのは何て言うんでしたっけ‥‥ブレイクビーツ? いや、カテゴリーとかよく判らないんだけど、単純にリズムがカッコ良く且つ気持ちよかったんだよね、初めて聴いた時。友人の車の中で、爆音で聴かせてもらったんだけど‥‥一発でハマったし。完全にロックしてるもんね、このビートは。テクノって感じでもないし、かといってヒップホップとは絶対に違うし。ロックの高揚感がキチンと備わってるし、それでいてダンスミュージックのフォーマットもしっかり持ち合わせている。このちょっと後辺り‥‥UNDERWORLDやPRODIGYがチャート的に大成功した辺りから「デジロック」なんていう訳の判んない呼び方まで登場したけど(マッドまでその枠に入れられた時には笑うしかなかったけど)、要するにロックサイドの人達はこれをどうしても「ロック」の枠の中で語りたかったんだよね。いや、それでしか語れなかったんだよ、彼等は。無理矢理自分達の土壌に持ち込んで語るしかなかった、と。その気持ちは痛い程判るけどね。

 結局さ、文系ロック的な人達は頭でロックを語るしか出来なかったから、この曲の本質‥‥爆音で聴いて「踊る」ということに気づいてなかったんだよな、まだこの曲が出た頃は。特に日本ではね、レイヴとかそういったものが一部でしか盛り上がらなかったから余計だよね(だってSTONE ROSESを『THE SMITHSの後はこれだ!』みたいな捉え方で盛り上げようとしてた国だからね、ここは)。



▼THE CHEMICAL BROTHERS「EXIT PLANET DUST」(amazon

投稿: 2004 11 16 12:04 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/15

とみぃ洋楽100番勝負(89)

●第89回:「I Wanna Go Where The People Go」 THE WiLDHEARTS ('95)

 1995年。初めてTHE WiLDHEARTSが来日した年。そして解散騒動の繰り返しを始めた最初の頃‥‥いろんな意味でこの10年間、俺はこのバンド、そしてジンジャーに振り回されっぱなしなんだよね。けど‥‥明らかに現在、この頃と比べて彼等に対する熱は下がってると思う。仕方ないよね、それは‥‥ライヴにしろ、出す曲にしろ‥‥多くは語らないけど‥‥やはり1997年秋を境に、大きく変わってしまったよね、いろいろと。

 初来日の時、確かこの曲からライヴがスタートしたんだよね‥‥違ったっけ? なんかこの曲からライヴが始まることが多いからさ。やっぱりねぇ、この曲のイントロを聴くと‥‥体中の血液という血液が全部逆流し始めて、スネアの「ダカダカダカダカ、ジャーン!」ってところで一気に爆発する‥‥あの瞬間を味わいたくてね。CDの音源よりも、ライヴで味わう方がいいよね、この曲は。

 勿論他にも良い曲は沢山あるし、それらもライヴじゃすっげーカッコいいんだけど、どうしてもこの曲の場合は‥‥ライヴの1曲目にピッタリっつーか、そのイメージが強いからさ。無駄にテンションが上がっちゃうんだよね。もし未だに彼等のライヴを体験したことがないという人がいたら、それは不幸以外の何ものでもないよ。偶然サマソニとかで目撃して一発でハマッてしまったという声、沢山耳にしてます。今後もそういう機会が沢山あるだろうから‥‥また解散する前に、是非一度体験してみてください。一発でハマるから。

 それにしても‥‥今更だけど、この曲のタイトルって、ホント素晴らしいよね‥‥



▼THE WiLDHEARTS「P.H.U.Q.」(amazon

投稿: 2004 11 15 12:02 午前 [100番勝負, THE WiLDHEARTS] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/14

とみぃ洋楽100番勝負(88)

●第88回:「Creep」 RADIOHEAD ('92)

 最初ね、他の曲を選んでたのよ、レディヘに関しては。"Just" を。けど‥‥やっぱり自分に嘘はつけないしね。この曲に本気で救われたから‥‥

 言うまでもなく、RADIOHEADというバンドを一気にスターダムに押し上げた、彼等の代表曲。そして同時に忌むべき存在でもあるわけですが。代表曲といいながら、実は最近では殆ど演奏される機会がないという‥‥ちなみに俺、未だに一度も生で聴いたことありませんけどね。タイミング悪過ぎ。

 うーん‥‥この曲に関して語るのは、正直避けて通りたかったんですよね‥‥なんつーか、自分の中の恥部について語るみたいで、恥ずかしいとかを通り越して、凄く嫌悪感があるんですよね。いや、勿論大好きな曲なんですけど‥‥でも大声では大好きとは言いたくない、言いにくいというか。うわぁ‥‥この100番勝負の中で、一番の難関かもしれないよこれ。

 一言で言うなら‥‥本当に死にかかっていた俺を救ってくれた曲。って書くと、何だかロックンロールに過剰な期待をしてる、夢見る奴みたいで嫌なんですが。けど事実だから仕方ないわな。本気で死にたい病にかかってた時、この曲に目を覚まされたっつーの? そんな1曲。そして‥‥そういったロックンロールへの過剰な期待とかロックンロールマジックとか、そういう夢からも目を覚まさせてくれた1曲でもあるんだけどね。

 そういえばこの曲‥‥何度か弾き語りライヴで歌ったことあったなぁ。つい感情が入り過ぎて、力みっぱなしになっちゃうんだよね‥‥良くも悪くも。ライヴで一度も聴けない分、俺が歌うことでバランス取ってるというか‥‥多分、ライヴで聴く日が来たら‥‥また(いろんな意味で)目が覚めちゃうんだろうね。なんかそんな気がするよ。



▼RADIOHEAD「PABLO HONEY」(amazon

投稿: 2004 11 14 12:05 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/13

とみぃ洋楽100番勝負(87)

●第87回:「Tonight, Tonight」 THE SMASHING PUMPKINS ('95)

 スマパンがずっと苦手で。前のPEARL JAMの場合は単純に「自分的に決定打に欠ける」ってだけで、別に嫌いじゃなかったんだけど。スマパンの場合は‥‥なんだろ‥‥あの世界観が‥‥1stの頃とかね‥‥無理してやってるんじゃないの?くらいに思えて。だから「GISH」って殆どリアルタイムでは通過してないし、2nd「SIAMESE DREAM」にしても一部の "Today" とか "Disarm" といった楽曲を除いて、どうにものめり込めなくて。

 そんな俺がスポッと彼等にハマってしまったのは、この「メロンコリーそして終わりのない悲しみ」というアルバムタイトルと、"Tonight, Tonight" という楽曲のお陰だったのかな。でもね、そこにたどり着くまでには、アルバムリリースから半年以上もの時間を要したんだけど。

 完全に聴かず嫌い‥‥ちゃんと聴いてこなかったんだなぁ、と。いや、それを抜きにしてもこの2枚組アルバムの音楽的成熟度はハンパじゃなかったんですよ。むしろ俺がこれまで感じていた「無理してる感」が皆無で、30曲以上あるもんだからいろんなタイプの曲があって。それこそビリー・コーガンがどういった音楽から影響を受けて来たかが伺えるような要素がそこら中に見え隠れしてるわけ。で、それらが自分とかなりオーバーラップしていた、と。

 "Zero" とかああった世界観を持つ楽曲にもすんなり入っていけたし、"1979" なんて思わず吹き出してしまうタイプの曲もあったり‥‥けど俺は、彼等にそれこそアルバムタイトル通りの「メロンコリー」と「終わりのない悲しみ」を求めてしまってね。"Tonight, Tonight" もそうだし、ディスク2後半の流れとかさ‥‥それは続くアルバム「ADORE」にまで続くんだけど。

 誰も彼もがあの時代、同時代に登場したことで、そして先に逝ってしまったことで、カート・コバーンがそれまで担ってきた役割を背負わされそうになっていた。だからこそ、あのムーブメントが崩壊することで、それぞれが本来持っていたものを曝け出す必要があった。そしてPJにしろスマパンにしろ、そういった時代を担うことを拒否し、いち抜け二抜けしていき、独自の個性を磨いていった。その結果、俺は彼等の本当の姿に出会うことができた。そして今がある、と。

 ビリー・コーガンには本当に頑張って欲しいのよ。ZWANがああいった形で終わってしまったこともあってね‥‥もう一度スマパンをやって欲しいとは思わないけど、これを超えることは可能なんじゃないかな‥‥と信じて疑わないんですけど。絶対にやれると思う、あの男なら。ブリトニーとか気にしてる場合じゃなしに、好き放題やった時の本当の凄さは、このアルバムで実証済みなんだからさ。



▼THE SMASHING PUMPKINS「MELLON COLLIE AND THE INFINITE SADNESS」(amazon

投稿: 2004 11 13 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/12

とみぃ洋楽100番勝負(86)

●第86回:「Spin The Black Circle」 PEARL JAM ('94)

 デビューから暫く、PEARL JAMに関しては「曲は良いけど、そこまでは‥‥」っていう感じで接していて。例えばNIRVANAが盛り上がるのは判るのね。カート・コバーンのカリスマ性や奇行とか、ロックファンが飛びつきそうな要素が沢山あるし。SOUNDGARDENもまぁ音が派手だし。ALICE IN CHAINSはビジュアル的にもしっかりしたイメージがあるし。SMASHING PUMPKINSは‥‥ああそうか、俺ってPJとスマパンの良さに気づくまでに、随分と時間を要したんだよな。

 アルバム2枚聴いてもピンとこなくて。それは「自分にとって決定的な1曲」ってのがなかったからなんだよね。"Alive" とかカッコいいと思うし、"Even Flow" なんてPV観るとオオッ!とも思うんだけど、決定力不足かな、と。

 そんな中、'94年末にリリースされた「VITALOGY」というアルバム。紙ジャケ&ブック形式のパッケージが目を惹くこのCDに手を出し、頭数曲で今までにないようなハードさ、勢い、ガムシャラさみたいなものがストレートに伝わってきて。特に "Spin The Black Circle" な。結局単純な俺は、こういうシンプルでストレートなパンクソングを待ってたのかな、と。そういうものをPJに求めること自体アレなわけですが。いやいや、初めてエディ・ヴェダーの凄さが判ったような気がしたもん。判ったような気になったもん。

 そして。このアルバムとこの曲を聴いたから、俺は翌'95年2月の武道館公演のチケットを取ったんだよな。あの武道館は忘れられない‥‥俺の生涯ベスト3ライヴに入ってるもん、あの武道館は。アーティストに深い思い入れはないのに、それだけ衝撃を受けたってことは‥‥判ってもらえるよね? ただバンドが凄かったんじゃなくて、客も凄かった‥‥全てが相乗効果で最高のモノになった。それがPJ初来日だったんだよね。

 数年前に来た時はタイミング悪くて行けなくてさ。後でかなり後悔したんだよねぇ‥‥次は必ず行く! 何があっても。



▼PEARL JAM「VITALOGY」(amazon

投稿: 2004 11 12 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/11

とみぃ洋楽100番勝負(85)

●第85回:「Sabotage」 BEASTIE BOYS ('94)

 この連載をずっと読んできた人の中で、もし自分と同世代の人がいたら「何で'80年代中盤に『あの』曲を取り上げないの?」と不思議に思う人もいるかもしれないよね。だってRUN D.M.C.やファルコが取り上げられてるのに、どうしてBEASTIE BOYSの "Fight For Your Right" がないのか、って。

 いや、勿論当時よく聴いた1曲だし、今でも凄く好きですよ。けど、あの曲は「自分の中でのBEASTIE BOYS史」にとっては単なる取っ掛かりの1曲であって、そこまで重要な曲じゃないんですよ。むしろ俺的には'90年代以降の彼等の方が好きになる要素満載なんですよね。

 前作「CHECK YOUR HEAD」辺りからおおっ!?って感じて、この「ILL COMMUNICATION」で一気に爆発した感じかな、俺内で。"Root Down" とか "Sure Shot" とかいろいろ重要な曲があるけど、ここはやはり "Sabotage" でしょう。勿論あのPV込みで。

 下手なヘヴィロックやラップメタルを聴くよりも遥かにカッコいいし。まだ日本でRAGE AGAINST THE MACHINEが評価されるようになる、3年も前のお話ですよ。元々ハードコアバンドだったBEASTIESが放った、彼等なりの'94年ロックシーンに対する答え‥‥っていうのは言い過ぎかしら。

 とにかく。未だにフロアでこの曲を聴くと血が逆流する程に興奮するし、これを聴いた後となっては "Fight For Your Right" はちょっと真面目に聴けないよなぁ‥‥とても同じアーティストがやってるとは思えない程にね。ま、あっちはあっちで、ギャグとして今でも成立してるから、それはそれでいいのかもね。ライヴでは聴きたいと思わないけど。

 幸か不幸か(?)、2005年1月の来日公演は、夏のサマソニ時とは違ってバンドスタイルでのライヴとなるようで、当然ながら "Sabotage" も期待してしまうわけですが‥‥って俺、チケット取ってないんですけどね!(行く気は満々だけど)



▼BEASTIE BOYS「ILL COMMUNICATION」(amazon

投稿: 2004 11 11 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/10

とみぃ洋楽100番勝負(84)

●第84回:「Where Did You Sleep Last Night」 NIRVANA ('94)

 ゴメン、NIRVANAから何か1曲選ぶって、俺的には非常に難しい作業なのよ。世間的には "Smells Like Teen Spirit" なんだろうけど、俺的には「非常に優れたハードロック」としてしか機能しないし、あの曲(少なくとも俺にはあれは「パンク」ではないな、と)。反則だけど、アルバム「IN UTERO」まるまる1枚を1曲としてカウントさせて欲しいくらいで(俺的には、人生の中で大切なアルバム3枚のうちの1枚だからね)。

 で、自分が一番カート・コバーンという「才能」を愛おしいな、と感じた曲を選んだなら、このカバー曲になってしまったと。

 ご存知の通り、現在までカートの、そしてNIRVANAの「公式な」形で最後のライヴ音源。もうすぐボックスセットがリリースされるから、そこにはもっと後の、死の数ヶ月前のライヴ音源が収録されているかもしれないけど、やはりこのアルバムの、このテイクに敵うものは他にはないだろな‥‥と。まだボックス聴いてないけど、そう実感するわけですよ。

 死んでしまった奴のことをとやかく言うつもりもないし、言いたくもないけど‥‥やはり生き続けてこそですよ。この歌を聴くと、いつもそう思う。そして、NIRVANAが大好きだった大切な友人のことを思い出すんだよな(彼はカートが亡くなってから4年後の同じ日に、やはり自ら命を絶ってます)‥‥彼もこの曲の、一番最後の絞り出すように歌うパートを聴くと鳥肌が立つ、って言ってたっけ。いつか一緒にNIRVANAみたいなバンドやろうぜ、とか言い合ってたけど‥‥

 曲の評価とは全く関係ないけど‥‥やはり死んでしまうのはズルい。ある意味「勝ち逃げ」であり、そしてある意味では「永遠の負け」なんだから。その人にとって、それがその時一番の選択だったのかもしれない。でも、俺は自ら命を絶つ奴は絶対に許さないし、認めない。

 死んで伝説になるなんて、糞だ。



▼NIRVANA「UNPLUGGED IN NEW YORK」(amazon

投稿: 2004 11 10 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/09

とみぃ洋楽100番勝負(83)

●第83回:「So Young」 SUEDE ('93)

 SUEDEの登場は衝撃だった、とか当時からメディアは騒ぐけど、それって結局「その頃はそういうバンドがいなかった/時代遅れだった」から、物珍しくて騒いでただけじゃん。勿論、そういうスキャンダラスな側面だけでなく、しっかりした曲が書けたからこそ、彼等は名実共にトップに躍り出たわけだけど。

 元々グラマラスなロックが好きだった俺からすれば、最初の数枚のシングル‥‥ "Drowners" とか "Metal Mickey" は正直物足りなかったのね。ルックス的には別にケバいってわけでもないし(あれだったら初期JAPANなんてどうなるんだよ!?とか当時はよく思ったもの)、曲はまぁ所謂UKロックのレールの上にあるフォーマットから外れてないよな、とかいろいろ不満もあったし。

 けどさ。3枚目のシングル "Animal Nitlate" で俺的にドカンときてね。やっぱりバーナード・バトラーの粘っこいギターだよね。あれが完全開花したのがこの曲辺りからかな、と。勿論その片鱗は前2曲にも十分あったけど、やはり物足りなかったし。

 そしてアルバムがリリースされて、買ってみて。1曲目の "So Young" でトドメを刺されて。ブレット・アンダーソンのボーカルも思ってた以上に「色っぽい」し、相変わらずバーニーのギターは凄いエロいし。まぁサウンドプロダクションがイモっぽいとこは差し引いても、こりゃ面白い新人がイギリスから出て来たなぁ‥‥ってドキドキしたもんですよ。

 ただひとつ。非常に残念なのが、バーニー在籍時のライヴを一度も観ることができなかったこと。1stの時はチケット取れなかったんだよな。んで、「来年には2ndアルバムが早くも出るみたいだし、その時は必ず行こう」って思ってたのに‥‥結果はご存知の通り。だから俺、2ndの単独来日の時は行かなかった。初めて観たSUEDEのライヴは3rdリリース直前にお台場のイベントで来日した時だもん。アチャー。

 今となってはどの曲も忘れ難い思い出いっぱいで、どの時代のアルバムもお気に入りなんだけど、デビュー当時にはそういう風に感じていたんですよ、俺。今つるんでるような友人達は知らないだろうけどさ(いや、今まで誰にも言ったこともなかったけどさ)。

 そんなブレットとバーニーが再び、THE TEARSというバンドで活動を共にするというじゃないですか。頭では「SUEDEとは別物」と理解してるものの、やはり期待しちゃうわけですよ‥‥だってそりゃそうでしょ? 意地悪な意味ではなく、純粋に「この21世紀に、このふたりが揃う意味」を知りたいですからね。すっげー楽しみだよね。



▼SUEDE「SUEDE」(amazon

投稿: 2004 11 09 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/08

とみぃ洋楽100番勝負(82)

●第82回:「Amazing」 AEROSMITH ('93)

 多分このアルバムからエアロに入ったという、現在20代の洋楽ファン、多いんじゃないかな? 今でこそ映画「アルマゲドン」の主題歌("I Don't Want To Miss A Thing")やコカ・コーラのCMソング("Jaded" 等)といった「誰もが一度は耳にしたことがある洋楽ソング」の仲間入りを果たしている彼等だけど、そういう意味での「一般層への知名度アップ」は多分この「GET A GRIP」という初の全米ナンバー1アルバムと、このアルバムを引っ提げて敢行された'94年4〜5月の来日ツアーのお陰だったんじゃないかな、と。何せ武道館&横浜アリーナで計10回近くの公演を全てソールドアウトにしたわけですからね‥‥

 そして。俺にとっても「GET A GRIP」というアルバムは初心を思い出させてくれた、思い出深い1枚なんですね。丁度学校も卒業した頃にリリースされて、フリーター生活も始まって。でも順調にいくはずだったバンドが空中分解して、ひとりぼっちになってしまって。あーこんなはずじゃなかったのに、人生どこで間違えたんだろう‥‥って初めて自分の選択を(一瞬だけど)後悔した時期でさ。バイトが終わると、とりあえずスタジオに行って個人練習で発声練習と簡単な弾き語りで歌をうたって。夜に家に戻って、ひとりコンビニ弁当食べながらテレビ観て音楽聴いて‥‥泣きはしなかったけど、あぁ何か違うなぁ‥‥って。

 珍しく対訳を読みながらこのアルバムを聴いててさ。最後の曲であるこの名バラード "Amazing" の歌詞を読んで、ハッとして。正に今の俺だったのよ、この歌詞は‥‥

  「It's amazing
   with the bling of an eye you finally see the light
   It's amazing
   when the moment arrives that you know
   you'll be alright
   It's amazing
   and I'm sayin' a prayer
   for the desperate hearts tonight」

 あー俺、まだ何にも始まってなかったよな。始まった気になってたけど、何も始めてなかったよな、って。そう思ったら泣けてきてさ。涙が止まらなくてねぇ‥‥自分の足下を見つめ直して、気持ちも新たに前を向いた瞬間に立ち会ってくれたのが、俺のロック童貞を奪ったオヤジ共だったと。

 この曲には他にもすっげー好きな歌詞があってね。

  「Life's a journey not a destination」

あーホントそうだよなぁって、凄く納得させられて。父親のいない自分にとっては、正に「親父からの格言」みたいなもんでさ。この曲の歌詞の一言一句を噛み締めて、次の日からまた音楽活動に積極的になったんだよね。路上に出たり、ギター1本でも歌わせてくれるイベントに出させてもらったりしながら、新しいバンドを組もうと試行錯誤を繰り返し‥‥



▼AEROSMITH「GET A GRIP」(amazon:限定盤通常盤

投稿: 2004 11 08 12:00 午前 [100番勝負, AEROSMITH] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/07

とみぃ洋楽100番勝負(81)

●第81回:「Here Comes The Sun」 THE BEATLES ('69)

 凄くアホっぽい話かもしれないけど、俺は専門学校にBEATLESで入学して、BEATLESで卒業したようなもんなのね、マジな話。

 入学の推薦試験での面接で、如何に自分がBEATLESを、そしてジョン・レノンを愛してるかを力説した時に、面接官に「何か歌える?」みたいに挑発されて思わず歌った "Imagine"(丁度'91年の湾岸戦争時)といい、卒業の課題で弾き語りをした "Here Comes The Sun" といい‥‥全部繋がってるんだよね、この頃の俺にとって。

 勿論 "Here Comes The Sun" はジョンの曲ではなくて、ジョージ・ハリスンがBEATLESの事実上最後の録音作品集となった「ABBEY ROAD」の中に残した1曲。この曲は'91年の秋にジョージが来日して東京ドームでやったライヴでも演奏されてて、そこで触れて「畜生、なんていい曲なんだよ!」って驚いた1曲。この頃、まだ「ABBEY ROAD」って聴いてなかったんだよ。んで、すぐにアルバム買って聴いて‥‥

 ジョージは決して目立った存在じゃなかったし、ソングライターとしても遅咲きだったんだよね。中期以降、どんどんと個性・実力をつけていって、「ホワイト・アルバム」前後で開花して、最後の最後に "Somethings" と "Here Comes The Sun" という名曲を残すんだから‥‥個人的にはアルバム後半のメドレーやジョンの楽曲も(勿論ポールのもね)素晴らしいと思うんだけど、やはりジョージの曲があるとないとでは大きな違いだな、と。それくらいジョージの個性ありきの1枚だと力説したい。

 卒業も決まって、1月から暇を持て余してた俺は、まぁ既にバイトしてたんだけど(就職しないでバンドで食ってくって決めてたからね)、冬期講座をわざわざ取ってさ。その中に「BEATLESで学ぶ英語講座」みたいな講義があって。毎回彼等の曲を1〜2曲取り上げて、それを解釈しながらリリース当時の歴史やBEATLESのことを学んでいき、最後に外人講師のギターに合わせてみんなでその歌をうたう‥‥そういう講義。面白いでしょ?

 で、最後の課題で「好きな曲を、好きな形で歌ってください」というのがあって。俺が選んだのがこの曲だったと。丁度バンドのレコーディング時期と重なっててさ。早朝からバイト、午後遅くに講義、夜から深夜までレコーディングみたいな生活が半月くらい続いたけど、本当に思い出深い1曲になったな、と。

 だからこそ‥‥ジョージの死には相当なショックを受けましたよ。丁度今頃だよね‥‥もう3年近く経つのかな‥‥久し振りにアコギを引っ張り出して、弾き語ってみようかしら‥‥



▼THE BEATLES「ABBEY ROAD」(amazon

投稿: 2004 11 07 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/06

とみぃ洋楽100番勝負(80)

●第80回:「Turning America」 THE WiLDHEARTS ('92)

 そうそう、'90年代前半のイギリス・ハードロックシーンで忘れちゃいけない存在がもう1組いたのを忘れてた。肝心のTHE WiLDHEARTSを‥‥ってさ、結局それって俺が彼等を「HM/HR」として認識してないから忘れがちなのかな、なんて勝手に思ったりもするんですが。まぁカテゴリーなんてどうでもいいや、カッコ良ければ全て良し!

 '92年前半に「MOND AKIMBO A GO-GO」っていうEPがイギリスでリリースされて。これがすっげー気になってさ。だって「BURRN!」のレビューに「BEATLES meets METALLICA」とか「ヘヴィなCHEAP TRICK」とか書かれちゃねぇ‥‥聴かないわけにいかないじゃない、この俺が。で、たまたまアナログ盤を所有してた友人からダビングしてもらって。ところがそいつ、A面とB面を間違えてダビングしやがって、本来 "Nothing Ever Changes But My Shoes" から始まるはずなのに、B面の1曲目 "Turning America" から録音してくれやがったんですよ‥‥けどインデックスには「1. Nothing〜/3. Turning America」って書いてやがるし。普通間違えないだろ、おい。

 だから俺は、暫くの間ずっと "Turning America" のことを "Nothing〜" だと思い込まされて‥‥いや、サビ聴けば判るから普通。なのですぐに気づいたけど。

 けど‥‥俺的には "Turning America" が最初の出会いで良かったように思います。この曲のメッセージ(アメリカに渡って英国魂を忘れてしまった過去の偉人達について歌ってたり)や曲のスタイルがモロに俺好みだったこともあって、忘れられない出会いになったなぁと。勿論 "Nothing〜" が最初だとしても、きっと俺は何かしらの理由をつけて「忘れられない出会い」とか言い張ってただろうけどね。

 そういえば、'01年の再結成後初来日(7月)や'03年12月の来日ツアーという俺が行けなかった時に限って、この "Turning America" をプレイしてやがるそうで‥‥ムカつくなぁ、ったく!



▼THE WiLDHEARTS「DON'T BE HAPPY...JUST WORRY」(amazon

投稿: 2004 11 06 12:00 午前 [100番勝負, THE WiLDHEARTS] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/05

とみぃ洋楽100番勝負(79)

●第79回:「She's So Fine」 THUNDER ('90)

 '90年頃から、ちょっとずつではありますが、イギリスでも少しずつ新人ハードロックバンドがメジャーシーンに登場してきてたんですよね、まぁ「BURRN!」以外では殆ど話題にならなかったけど。QUIREBOYS、LITTLE ANGELS、WOLFSBANE、THE ALMIGHTY、SKIN、そしてこのTHUNDER。これらの中では俺的にQUIREBOYSが一番盛り上がってたのかな、当時唯一ライヴを観たことあったバンドだからね(BON JOVIのドーム・カウントダウン公演にも出てたっけね)。だってさ、他のバンドの音源は聴いたことなかったから、比較のしようがなかったんだよね。

 THUNDERがイギリスで凄いことになってる、って知ったのは確か'90年の夏だったかな。その頃、毎年夏にロンドン・ドニントンパークで行われていた「MONSTERS OF ROCK」というHM/HR系アーティストによるフェスがあったのね。'90年っていうと誰が出たんだっけ、WHITESNAKEとかAEROSMITHが出た時か‥‥この時のTHUNDERのパフォーマンスがとにかく凄かった、というのを雑誌で読んで。気にはなってたんだけど、何故かCDに手が伸びなくて。結局、その「ライヴの凄さ」を実際に体感するまでは、なかなか信じられなかったのかもしれないね。

 ところが'91年12月31日。前年の同日にQUIREBOYSを観たのと同じ場所で、このTHUNDERを初体験することになるんですよ。

 あの時のショックといったら‥‥METALLICAやTESLA、EUROPEといったバンドを観に行ったはずなのに、オープニングアクトであるTHUNDERにド頭からやられるなんて‥‥だってさ、俺が高校の頃から慣れ親しんできたブリティッシュ・ハードロックを現代の音で再現してくれてるんだもん。そりゃ気に入らないわけがない。つーか何で今まで避けて来たのよ、と恥じたね自分を。

 ライヴが終わってその足で友人と物販売り場まで走り、彼等の1st「BACKSTREET SYMPHONY」の2枚組エディション(既に廃盤。ジャケットはその頃USで再発された時のジャケ写を使用。ディスク2には10曲のライヴ音源入り。今でも中古盤屋でよく見かけるので是非!)を購入して。

 家に帰ってから、あのFACES(ロッド・スチュアートや現ROLLING STONESのロン・ウッドが在籍したロックンロールバンド)の "Stay With Me" みたいな展開をする曲がどれなのかと探すことになるんだけど、いきなり1曲目に入ってるのね、"She's So Fine"。

 これが俺にとってのTHUNDERとの出会い。そして現在に至るわけ。

 あ、そうか。このアルバムって(当時)元DURAN DURANのアンディ・テイラーがプロデュースだってことで凄く驚いたのと同時に、非常に運命を感じたりもしたんだった。これは忘れちゃいけない要素だよね。



▼THUNDER「BACKSTREET SYMPHONY」(amazon

投稿: 2004 11 05 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/04

とみぃ洋楽100番勝負(78)

●第78回:「In These Arms」 BON JOVI ('92)

 1992〜3年頃。世の中的にはイギリスからのマッドチェスターが下火になって、アメリカからのグランジに盛り上がっていた頃、海の向こうではBON JOVIやDEF LEPPARDを聴くことは、非常に恥ずかしい行為でした。所謂「インディーロック」「オルタナティヴロック」こそが主流になってしまった時代に、それ以前のメインストリームロックであったBON JOVIやDEF LEPPARDといったバンドを聴くことは、単なる「時代遅れ」として捉えられていたのです。当然ながら、セールス的にも大苦戦していた時期です(そういう意味では、そんな中でも善戦していたAEROSMITHやVAN HALENっていうのは、つくづく国民的バンドだったんだなぁ、と改めて思ったりして)。

 しかし。ここ日本では違いました。DEF LEPPARDは武道館公演を2〜3回もやってたし(満員にはなってなかったけど)BON JOVIに至っては武道館数回の他に代々木体育館でも数回、ジャパンツアーで10万人近い動員を記録していたんですよ、'93年という時代に(もうひとこと付け加えておくと、日本ではグランジって殆ど盛り上がってなかったように思います。その後の「ブリットポップ」と比べると雲泥の差ですよね)。

 周りの、ちょっと気取った「自称・洋楽ファン」は、そういった欧米や音楽雑誌メディアからの情報を鵜呑みにして、ちょっと前まで「高校時代はBON JOVIとかWHITESNAKEとか聴いてた」という自らの過去をひた隠ししようとするんですね。あーバカバカしい。インディーロックもハードロックもメタルもパンクもテクノもR&Bもラップも、全部同じ「音楽」として接していた俺からすれば、そんなの‥‥いや、バカバカしいからコメントは控えます。そんなことに無駄な時間を費やしたくないんで。

 で、BON JOVI。ファンの間では評価の低いこの「KEEP THE FAITH」というアルバム。確かにアルバム前半のテンション及び名極度の高さに比べると、後半のダメダメさがその当時彼等が置かれていた状況を物語っているようにも思えて、ちょっと悲しくなりますが‥‥大ヒットこそしなかったものの、この "In These Arms" という曲は彼等がこれまでにリリースしてきた楽曲の中でも、絶対に5本の指に入る至高の名曲なんですね。当然、(特に日本の)ファンの間でも評価が高い1曲なんだけど、何故かベスト盤には入ってなかったりで(UK及びEU盤には入ってたのかな?)ファン以外には知名度が低い1曲でもあるんですよね。惜しいなぁ‥‥ギターソロ明けのジョンのボーカルに、絶対涙するはずなのに。

 こうやって未だに現役として、しかも成功を収めているBON JOVIと、死ぬことで自らを神格化してしまったNIRVANAのカート・コバーン。どっちが重要とかどっちがより孤高とかいうつもりはありませんが‥‥けど少なくとも、今の俺にとっては間違いなくBON JOVIの方が大切ですね。だって、生き続けてくれてるから。生き続けて、活動し続けて、新しい曲を沢山生み出し続けてくれてるから。それだけで十分なんですよ。



▼BON JOVI「KEEP THE FAITH」(amazon:限定盤通常盤

投稿: 2004 11 04 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/03

とみぃ洋楽100番勝負(77)

●第77回:「The Show Must Go On」 QUEEN ('91)

 この曲を1991年11月24日以前に聴いていたから、出会っていたから、QUEENというバンドは自分にとって非常に大切な存在になったんですよ。あの時、クラスの友人から「INNUENDO」というアルバムを譲り受けていなかったら、きっとこんなにもQUEENに熱中することもなかったんだろうなぁ‥‥フレディ・マーキュリーの死を受けても、多分亡くなってから暫くの間は聴いてただろうけど、こうやって死後13年経っても全アルバムを満遍なく聴いてるなんてさ‥‥絶対にあり得ないよな。中学の頃、初めてQUEENに出会った時には考えられなかったもん、まさか20年後もこうやって、いや、あの頃以上に愛情を持って接することになろうとは。

 もうこの曲及び「INNUENDO」というアルバムについての俺の想いは、「とみぃの宮殿」のレビューを読んでください。あれが全てですから。

 '92年4月。フレディの追悼イベントでこの曲を歌ったのは、かのエルトン・ジョン。キーを下げて歌うのはまぁ仕方ないにせよ‥‥やはり一度、当のフレディが魂を振り絞ってこの曲を歌う姿、観たかった‥‥一度も実現しなかった「生QUEEN」。BEATLESよりも、オリジナルHANOI ROCKSよりも、比較にならない程ですよ‥‥



▼QUEEN「INNUENDO」(amazon

投稿: 2004 11 03 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/02

とみぃ洋楽100番勝負(76)

●第76回:「One」 U2 ('91)

 3度目の登場かしら、U2は? あれーっ、俺にとってそんなに重要なバンドだったっけか、U2は。要するに、人生の節目節目に彼等の新譜が出て、そこに印象深い1曲が必ずあるってことでしょうね。

 '92年初頭のイギリス留学ってのは、その後の自分の人生観とか音楽観とか、いろんな意味で財産になってるわけですよ。ここで出会った人達との繋がり然り、出会った音楽然り。

 この旅に持っていったカセットの中に、当時出たばかりのU2の新作「ACHTUNG BABY」があって。これよく聴いたなぁ。これまでになかったサウンド(ドラムの音とかね)と、時に軽薄に、時に熱く感動的に歌い上げるボノの歌声と、ただひたすらカッコいいギター。あーこういうことがすんなり出来るバンドって、やっぱりカッコいいなー、とかぼんやり考えながら、ロンドン行きの高速バスの中でよく聴いてた。

 で、アルバム3曲目の "One" で必ず泣いて。急にホームシックになってさ。

 いやね。この曲、好きだったんですよ。イギリスに行く前に別れた彼女が。俺のアパートでふたりして、よく一緒にこのアルバム聴いてたなーって。そういうことが急に思い出されて涙していたという。じゃあ持っていくなよ、わざわざ聴くなよ、とか思ったりもしたけど、それ以外に持っていったテープって全部HM/HRばっかなんだよね‥‥METALLCAとかガンズとかSKID ROWとか。あ、あと日本のOUTRAGEとかな。

 さすがに今ではこの曲聴いて、そんな風に泣くこともないけど‥‥けど、留学中もラジオやテレビでよくこの曲は流れてたね。丁度シングルカットされた時期だったのかな? それは今でも聴く度に思い出します。そしてこれ聴いて泣いてばかりいた当時の俺のこともね‥‥



▼U2「ACHTUNG BABY」(amazon

投稿: 2004 11 02 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/01

とみぃ洋楽100番勝負(75)

●第75回:「3 A.M. Eternal (Live at the S.S.L)」 THE KLF ('91)

 1991年頃だったと思うけど、深夜にイギリスの最新チャートを紹介する音楽番組「BEAT UK」というのが始まってね。約10年くらい続いたのかしら? 放送日時を変えながら、尚かつ内容も若干変わりながらも、よく続いたなぁと今更ながらに思うわけですが。

 '90年代に入って、それまで深夜に放送されていた洋楽系音楽番組がどんどん減っていってね。「ベストヒットUSA」が終わり、MTVも妙な形になってしまったり。TVKでのMTV的プログラムもどんどん放送時間が短くなっていって。バブルが弾けたこともあって、深夜枠がどんどん縮小されていったりしたのも、この頃だったのかしら?(もうちょっと後だっけ?)

 んで。その「BEAT UK」で一番最初に気になったのが、このTHE KLFというユニット。ダンス系だというのは判ったんだけど‥‥一体どういうメンバーによる、どういうユニットなのかはさっぱりで。その時はまぁ気になるかな、程度の存在で。

 '92年にイギリスに行って。初めてクラブ遊びを体験したり、「レイヴ」ってものがどういう事なのかを初めて把握・理解したりで。その場で必ずかかってたのがTHE KLFでさ。あと、同じ頃に元DEEP PURPLEのグレン・ヒューズ(Ba & Vo)をボーカルにフィーチャーしたシングル "America (What Time Is Love?)" というのもリリースして、そのカッコ良さに惚れてしまって(残念ながらアルバムにはこのバージョンは未収録。日本編集のミニアルバムが出てたので、中古盤屋を探してみてください。すっげーカッコいいので)。それで帰国後にアルバムを手にして。

 所謂テクノやハウスに部類されるのかしら。まぁそんなジャンル分けはどうでもいいや。あの頃、夢中になって聴いてたなぁ、と。ORBITALとかTHE SHAMENとか、あの辺りと一緒に聴き狂ってた時期だなぁ、1992年は‥‥

 この "3 A.M. Eternal" を聴くと、そんなイギリス・ボーンマスのクラブやパブで踊った頃を、鮮明に思い出せるんだよね、今でも。



▼THE KLF「THE WHITE ROOM」(amazon

投稿: 2004 11 01 12:05 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/31

とみぃ洋楽100番勝負(74)

●第74回:「The Concept」 TEENAGE FANCLUB ('91)

 世の中が「第二のNIRVANAを」を探し始めた頃、イギリスでは未だに「第二のSTONE ROSES」を探してたんだよね。けど、当時の俺には正直どっともいらなかった。RIDEもいたし、JESUS JONESもいたし、そしてMANIC STREET PREACHERSもいたし。それで十分じゃない?と本気で思ってた。だから「ポストSTONE ROSES」としての「SCREAMADELICA」も通らなかったし(クラブシーンから接近してったのね、このアルバムには)。

 そんな中、一部で盛り上がってたインディーポップ・シーンというか、ガレージポップ・シーンというか。NIRVANAのメロウな色にやられ、尚かつノイジーなギターロックを求める輩が次のターゲットにしたのが、このTEENAGE FANCLUBだった‥‥のかどうかは知らないけど、少なくとも俺の周りではそういう盛り上がり方をしててさ。

 NIRVANAと同じ「Geffen Records」からメジャーデビューしたTFCの、やはりNIRVANAと同じく通算2作目(共にインディーから1作目をリリース)であるこの「BANDWAGONESQUE」。友人に借りて聴いたら、一発でやられて。もう1曲目 "The Concept" ド頭のフィードバックで。勿論あの甘美なメロディや曲構成、ラウドなギター、全部が全部愛おしかったんだけどさ。

 今思えば、これがポストNIRVANAになんてなり得るわけないし、それこそ比較することがバカバカしくもあるんだけど、それくらいメディアは「第二の〜」探しに躍起になってたんだよね。NIRVANA騒動はそんなところにまで飛び火してたんですよ、ええ。

 初めてTFCを観たのは、2000年夏の「SUMMER SONIC」で。この日のアンコールがこの "The Concept" で。それまで腕組んで2階席に座って観てた俺が、曲が始まった瞬間立ち上がって‥‥気づいたら涙流してたんだから。いや、それはちょっと誇張し過ぎかな? それくらい感動したってことですよ。

 そろそろ新作作ってるのかな? 前回の来日の時は他のライヴと被って見逃したけど‥‥今度こそ、また "The Concept" で号泣したいなぁ(勿論他の曲でもな)。



▼TEENAGE FANCLUB「BANDWAGONESQUE」(amazon

投稿: 2004 10 31 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/30

とみぃ洋楽100番勝負(73)

●第73回:「Motown Junk」 MANIC STREET PREACHERS ('91)

 まさかこのバンドがこんなに長続きするとは。そして未だにファンを続けているとは。というかむしろ、今現在最も大切なバンドになっていようとは。初めてあの「4 REAL写真」(リッチー・ジェームズがカミソリで腕に「4 REAL(俺達4人はホンモノだ)」と切り込んだ、有名な出来事)を観た時、そして初めて "You Love Us" のPVを観た時は考えもしなかったよなぁ‥‥出会いなんてものは、案外そんなものなのかもしれないね。

 '92年初頭にイギリスでホームステイをして、そこで1stアルバムを手にして。ガツンとやられて。帰国して当時手に入れられるだけの音源を全部探しまわって。その中にこの "Motown Junk" という、彼等の知名度アップに一役買った1曲が含まれていて。

 単なるバカパンクソングなんだよね、曲自体は。言い切ってしまえば、THE CLASHの現代版。いや、そのサウンドプロダクションとかプレイの拙さからは、完全に「1991年」という時代性は伝わってこなかったけどさ。そして歌詞。やはり話題になった「ジョン・レノンが死んだ時は笑っちまったよ。これまでの俺の人生にとって、何の意味もなさなかったんだから」という一節。THE WHOの「年老いる前に死んでしまいたい」とか、THE CLASHの「1997年にはプレスリーもビートルズもストーンズも必要ない」以上にリアルに響いたんだよ、俺に。やはり同時代に生きる、同年代の奴らが歌ってたからかな‥‥勿論ジョン・レノンは当時の自分にとって非常に大切なアーティストだったんだけど、全然起こる気にはならなかったし、むしろいろんな意味でショックを受けたかな。

 マニックスは今でもこの曲を演奏し続けています。というか、演奏しな日はないんじゃないかな。それはマニックスにとってこの曲が「"White Riot" みたいな曲」だからなんだよね(THE CLASHの曲で、ジョー・ストラマーは「この曲を演奏しなくなった日こそ、THE CLASH最後の日だ」という位にバンドのアイデンティティを端的に表した1曲なんじゃないかな)。

 マニックスで一番好きな曲は別に沢山あるんだけど、今でも「マニックスを一番よく表してる曲は?」と聞かれたら、そして「俺にとって、マニックスを十二分に表現してる1曲は?」と自問自答したら、間違いなくこの "Motown Junk" を挙げると思う。今でもそれくらい大切な1曲。



▼MANIC STREET PREACHERS「FOREVER DELAYED : THE GREATEST HITS」(amazon

投稿: 2004 10 30 12:00 午前 [100番勝負, MANIC STREET PREACHERS] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/29

とみぃ洋楽100番勝負(72)

●第72回:「Mouth For War」 PANTERA ('92)

 俺とPANTERAとの出会いは、'91年頃。MOTLEY CRUEのドラマー、トミー・リーが「PANTERAはいい!」と大絶賛してたことでその名前を知ってさ。けどその時は音を聴いてみようとは思わなくて。で、そんなことも忘れていた'92年2月。当時イギリスにホームステイしてたんだけど、現地で愛読していた「ケラング!」や「メタル・ハマー」(そこそこ、懐かしい!とか言わない)でPANTERAという聞き覚えのある名前のバンドの「VULGAR DISPLAY OF POWER」というアルバムが5つ星で大絶賛されてたわけですよ。が、これを読んだ時にはまだリリースされておらず。結局このアルバムを最初に見かけたのはドイツに旅行中の時で、我慢できずに現地で買っちゃったんですよね、帰国しないと聴けないのにも関わらず。

 ‥‥てなことを去年の今頃、「とみぃの宮殿」に書いてるんですよ、PANTERAのベスト盤レビューの中で(詳しくはここ)。ベスト盤のレビューなのに、完全に「VULGAR DISPLAY OF POWER」のレビューなんですよ。っつーか、俺とPANTERAとの衝撃的な出会いについてですね。

 ホント、それくらいこのアルバムのトップナンバー "Mouth For War" にはガツンとやられたんですよ(正に「やられた」は「殺られた」という当て字がピッタリ)。今聴いても、ボーカルが入る瞬間の、「Reeeeeveeeeeenge!」っていうドスの利いたフィル・アンセルモの声を聞くと失禁しそうになる程。メタルとかハードコアとかロックとか、そういう小難しいこと一切考えずに、ただただ本追うの赴くままに聴きたい1曲。

 現在33才の俺がこの曲に対して、20才そこそこだった当時の俺と同じ気持ちのまま向き合えるってのは、本当に嬉しいというか有り難いというか‥‥それだけ成長してないってことなのかな。アハハ‥‥

 けどさ。40才になっても、50才になっても、ずっとこの曲に興奮できるような、そんなバカのままでいたいと。ずっと「終わらない青春」を追い続けて生きていきたいな、と。この曲を何度もリピートしながら、今そう思っているのであります。



▼PANTERA「VULGAR DISPLAY OF POWER」(amazon

投稿: 2004 10 29 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/28

とみぃ洋楽100番勝負(71)

●第71回:「Jesus Christ Pose」 SOUNDGARDEN ('91)

 前にJANE'S ADDICTIONの項で書いたけど、'90年代前半の自分にとってJANE'Sと、このSOUNDGARDENからの影響ってのがとにかく強くて。これら2バンドに突き動かされて、フォロワー的バンドを組んだ程ですから(そして全く違う趣味を持つ4人が集まったもんだから、更に違った色を持ったバンドが誕生したわけだけど)。

 SOUNDGARDENを知ったのは、'89年秋。愛読していた「BURRN!」のアルバムレビューコーナーにて取り上げられたメジャーデビュー盤「LOUDER THAN LOVE」が高評価(多分90点近く)だったこともあり、すっげー気になって日本盤を取り寄せ注文して。今聴くと凄くドゥーミーでかなり良いアルバムなんだけど、当時の俺にはまだ理解できなくてね。もっと派手で速いのを期待してただけにさ(当時はBLACK SABBATHといえば "Paranoid"、みたいな時代でしたから。今でこそ "Snowblind" や "Sweet Leaf" とか言ってるけどね自分)。

 ところがそれから2年後。伊藤政則を崇拝していた俺は、彼のラジオとテレビで同時にこのSOUNDGARDENが大プッシュされるのに直面するんですよ。曲は "Jesus Christ Pose"。ここでようやくガツンとくるわけ。なんじゃこりゃ、と。イントロのトライバルなリズムと好き放題弾きまくるベースとギターのフィードバック音、印象的なメインリフとロバート・プラント(LED ZEPPELINのVo)ばりのハイトーンボイス‥‥ああ、こういうのを待ってたんだよ俺は、と。ガンズのアルバムを聴いて間もなくだったけど、心は完全にSOUNDGARDENに奪われて。JANE'Sが解散してしまった後だけにね、余計ですよ。

 面白いことにこの頃、伊藤政則はSOUNDGARDENとNIRVANAを大プッシュしてるんですよ、「新世代ハードロックがアメリカからやっと登場した」とかいって。まさかそれらがその後「グランジ」なんていう、メタルファンから疎まれる存在になるとは‥‥誰も思ってなかったでしょうね。当然両方を既に知ってた俺からすれば「えーっ、メタルかこれ?」っていう疑問があったし、マサ伊藤が定期開催してたクラブイベント「HM SOUNDHOUSE」でも "Jesus Christ Pose" と "Smells Like Teen Spirit" は必ずかかってたんですよね‥‥

 やっぱり今聴いても「BADMOTORFINGER」と「SUPERUNKNOWN」という2作は名盤ですね。ZEPやSABBATHのオイシイところと、USガレージのオイシイところを見事に融合させて、彼等にしか再現できないモノを作り出したんですから‥‥だからこそ‥‥AUDIOSLAVEには‥‥はぁ‥‥頑張っていただきたい。



▼SOUNDGARDEN「BADMOTORFINGER」(amazon

投稿: 2004 10 28 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/27

とみぃ洋楽100番勝負(70)

●第70回:「Head Like A Hole」 NINE INCH NAILS ('89)

 彼等‥‥というかトレント・レズナーとの出会いは、完全にGUNS N'ROSES、特にアクセル・ローズのお陰なんだよね。

 '91年春。同年9月にリリースの、約4年振りとなる新作「USE Y0UR ILLUSION 1 & 2」の完成を待たずに全米ツアーを開始したガンズ。雑誌等にライヴ・レポートが載り始めた6月頃にようやく「7月に新曲が出る。しかも映画『ターミネーター2』の主題歌だ」という情報が出回り‥‥当時はインターネットなんてなかったからね。そのツアーのブートCDが出回り始めたのも、多分この頃からかな。西新宿に通って、2枚組で1万円近くもするような、当時未発表の新曲が数曲演奏されているそのブートを前に、ただただ指をくわえるしかなかった貧乏学生の俺‥‥

 そんなガンズのブートジャケットや雑誌の写真で、必ずアクセルが着てたのが「NIN」というアルファベットをモチーフにした黒や赤のTシャツ。これが「NINE INCH NAILS」というアーティストのTシャツだと知ったのは、それからもうちょっと後のこと。

 既に'89年末にはリリースされていたNINのファースト「PRETTY HATE MACHINE」。このアルバムはリリース当時、当たり前のように話題になることもなく、当然日本でも話題にならなかったし、日本盤が出るのなんて結局ガンズ効果で話題になって'92年初頭にようやくですからね。

 俺はそのちょっと前‥‥'91年秋頃だったのかな? TVKの番組で‥‥大貫憲章だったのかな‥‥この "Head Like A Hole" のPVを放送して。「バンド名義だけど、トレント・レズナーという男のひとりユニットみたいなもんだ」という説明があって‥‥あのマネキンの頭がグルグル回るPVを初めて観て‥‥PV以上にその音にやられて‥‥DEPECHE MODEの曲調にJANE'S ADDICTIONとか当時のオルタナ系のギターとかボーカルをのせたその楽曲に一発でノックアウトされたわけですよ。「あー成る程。こりゃアクセルも気に入るわけだ」と妙に納得して。西新宿を探しまわって、ようやくUS盤「PRETTY HATE MACHINE」を見つけて。残念ながらPVのテイクとアルバムのテイクは違うのね、"Head Like A Hole" って(EPにはいろんなテイクが入ってて、当然PV用リミックスも入ってます。確か「Clay」ってバージョンがそれ)。けどさ‥‥アルバムすっげー良かったよね。その後の作品の凄みには及ばないけど、'91年に初めて聴いた時は「また新しい音楽が登場した!」って感動したもんなぁ‥‥で、翌年に "Wish"(EP「BROKEN」収録)で更に度肝を抜かれて、'94年には「THE DOWNWARD SPIRAL」が決定打になって‥‥俺にとってのNINはここで終わってるんだけど(勿論その後も素晴らしいと思うし愛聴してるけど、思い入れではここまでなのね。若かったしね俺も)、今聴いても良いものはやっぱり良い。"Head Like A Hole" も最高にカッコいいし。

 2004年。既に「THE FRAGILE」から5年ですよ。オリジナルアルバムを5年周期でリリースしてきた('89年、'94年、'99年)トレントですが、さすがに年内中に4作目のオリジナルアルバム発表は無理かな‥‥



▼NINE INCH NAILS「PRETTY HATE MACHINE」(amazon

投稿: 2004 10 27 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/26

とみぃ洋楽100番勝負(69)

●第69回:「Coma」 GUNS N'ROSES ('91)

 今でも忘れられないな、'91年の9月。新小岩のアパートで初めてガンズの「USE YOUR ILLUSION」2枚ぶっ続けで聴いた夜中のことは‥‥

 リリース前日、所謂フラゲをしてからバイトに行って、夜中の1時半に終電で帰宅して。当時専門学生だった俺は、翌日の予習をしながらこのアルバムを聴こうと、軽い気持ちで考えてたんですよ。既にシングルとして "You Could Be Mine" や "Don't Cry" はリリース済みだったし、前年には "Civil War" や "Knockin' On A Heaven's Door" といった曲もコンピ盤等で発表済みだったし。ある程度はアルバムの全容が見えてたような気になってて‥‥

 ところが。全然違った。

 何だこれ、何だこの奇形でいびつなアルバムは‥‥「1」の1曲目 "Right Next Door To Hell" でノックアウトされ、ポール・マッカートニーのWINGSのカバー "Live And Let Die" でひっくり返って‥‥そんなのの繰り返し。しかもアルバムとしてのトータル性ゼロで、ただ出来た順に曲を入れてったような感じ(速い曲やルーズな曲が「1」に集中してるのはそのためか?)。かと思うと中盤に、既にブート等でいろんなテイクが出回っていたので耳に馴染んでいた "November Rain" が壮大で9分もある大バラードに生まれ変わってたり。

 結局さ。朝まで眠れなくて。2時間半に渡る2枚を、2度くらい聴き返したのかな‥‥当然勉強なんて全然手に着かず、結局学校サボって、また昼に起きてこのアルバムをぶっ通しで聴いて。

 全部、ロックンロールの魔力のせいだ。

 ガンズは自分にとってルーズでスリージーなバッドボーイズ・ロックンロールだったはずなのに、この2枚の中で一番好きな曲は?と問われると、必ず「1」からは "Coma"、「2」からは "Locomotive" って答えてるのね。全部7〜8分以上ある曲。しかも "Coma" なんて10分もあるからね。

 そういやぁ'92年の東京ドーム3デイズの初日、1曲目はこの曲からだったんだよね‥‥ボロボロだったらしいけど。多分ガンズの歴史上、ほんの数回しか演奏されてないはずのこの曲。最低でもこのレベルは超えてもらいたいわけよ、21世紀のガンズには。1stを超えるなんてもう無理だろうからさ‥‥



▼GUNS N'ROSES「USE YOUR ILLUSION I」(amazon

投稿: 2004 10 26 12:00 午前 [100番勝負, GUNS N'ROSES] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/25

とみぃ洋楽100番勝負(68)

●第68回:「Keep It In The Family」 ANTHRAX ('90)

 所謂「スラッシュメタル四天王」と呼ばれるバンドがありまして。'80年代初頭に登場した、スラッシュメタルの歴史を作ったバンド4組を指してそう呼ぶわけですが。METALLICA、MEGADETH(このバンドだけ他の3組と比べると後続なんですが、まぁMETALLICAの初期メンバーが作ったバンドだしね)、SLAYER、そしてANTHRAX。ANTHRAXのみ西海岸(ニューヨーク)のバンドで、残りは全部西海岸。「ベイエリア・クランチ」なんていう呼び名があるくらい、スラッシュというとロスやサンフランシスコといったイメージが強いんですよね。

 だからというわけじゃないけど、やはりANTHRAXのみちょっと特異なバンドでして。メタルメタルしてないというか、他の3バンドと比べるとハードコア・パンクの影響が強いんですよね。勿論4組とも「〜メタル」って付いてるくらいだからヘヴィメタルバンドなのには違いないんだけど、やっぱり独特な「色」ってものが4者4様にあって。

 ANTHRAXに関しては特に、サイドプロジェクトでドンズバのハードコアをプレイするS.O.D.ってのもあったし、更には "I'm The Man" っていうラップソングもあり(これを'87年初頭の時点でやってたんだからね!)も誰よりも早く「ロックバンド/メタルバンドとして」やってたし。そういった意味でも、やっぱり他と一線を画する存在だったんだよね。ま、だからこそ好きなんだけど。

 一番好きなアルバムは‥‥って質問されたら、多分殆どの人は2nd「SPREADING THE DISEASE」か3rd「AMONG THE LIVING」って答えるんだろうけど‥‥俺は敢えて5th「PERSISTENCE OF TIME」って答えたい。この「脱・スラッシュ」を図ろうとして「速さ」から「重さ」に傾いた作風に、その後のメタルシーン及びロックシーンの流れを先読みしてたよなぁと今更ながらに感じるわけで。

 ご存知の通り、このアルバムリリース前後にALICE IN CHAINSがデビューしたり、翌年にはNIRVANAやPEARL JAMといったバンドがメジャーシーンに登場したり、METALLICAがブラックアルバムをリリーすしたり‥‥そう、全てはそういう流れへと進んでいく運命だったのです。

 そしてANTHRAXは更にヘヴィなシンガーを迎えて、そういった傾向に一喝入れつつ決別の意を込めたかのような「SOUND OF WHITE NOISE」を後にリリースするんですね(そしてそれが初の全米トップ10入りを果たす、と)。

 正直、「PERSISTENCE OF TIME」アルバムからだったらどの曲でもいいんですが、やはり重さに比重を置くと、この曲かな、と。最近初期の曲をジョン・ブッシュが歌って再録音したアルバムが出ましたが、そこでもやはりこの曲は異色を放ってますしね。



▼ANTHRAX「PERSISTENCE OF TIME」(amazon

投稿: 2004 10 25 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/24

とみぃ洋楽100番勝負(67)

●第67回:「Painkiller」 JUDAS PRIEST ('90)

 多分この年リリースされたアルバムの中で、最もショックを受けた1枚であり、最もショックを受けた1曲だと思います。1990年に聴いた楽曲(新旧問わず)だと、前のZEPの曲と1、2を争う勢いなんですが‥‥それくらいショックでかかったなぁ‥‥

 俺、前にも書いたように、中学〜高校の頃ってそんなにコテコテのヘヴィメタルバンド‥‥所謂「メタルの教科書」みたいなものが存在したとしたら、その1ページ目に出てきそうなIRON MAIDENやJUDAS PRIESTといったバンドをちゃんと通過してこなかったんですよね。いや、リリースされたものは聴いてたんですが。だからPRIESTも「DEFENDERS OF THE FAITH」も「TURBO」も「RAM IT DOWN」もちゃんと聴いてきてるんですよ、リリース当時に。けど、まぁカッコいいけど‥‥止まり。自分が好きなMETALLICAやSLAYERといったバンド達に大いなる影響を与えてきたにも関わらず、ね。

 ところが。この突然変異的アルバム「PAINKILLER」からの1曲目、"Painkiller" を初めて伊藤政則の深夜ラジオで聴いた瞬間‥‥鳥肌と冷や汗が同時に襲ってきたんですよ。なんじゃこりゃ、と。スラッシュじゃねぇか、スラッシュメタルじゃ! イントロでのドラムソロでまずやられて、続いて入るギターのアーミング、そしてヘヴィなリフと正しく金属音的なロブ・ハルフォードの歌声‥‥す、すげぇ。これが『Metal God』の異名を持つ重鎮バンドの底力か、と。本気で感動したんですよ。

 これを切っ掛けに、全アルバム買い漁ったし、来日が決まれば浪人中にも関わらず始発で青山チケットエージェンシーまで整理券貰いに行って青山墓地周辺に並ばされたり(当時は来日公演の告知が新聞発表された日の朝に整理券を発行して、その順番で優先的にチケットが買えたんですよ、若い子達は知らないだろうけど。今じゃネットとかあるから全然意味ないけどさ)。

 代々木体育館で観た'91年4月のライヴ、忘れられねーなぁ‥‥後にも先にも、あれが俺が観た唯一のJUDAS PRIESTだったし。その後、ロブが脱退してボーカルが変わって2度来日してるけど、当然俺は行ってないし。

 ところが。去年だったか今年だったか、彼等はこの「PAINKILLER」リリース時のメンバーに戻って、この夏から復活ライヴを行ってるんですよ。2005年1月にはこの編成による新作もリリースされるっていうし、春頃には来日の噂もあるし‥‥ええ、行きますよ。もう一度、この目に焼き付けてきますから。



▼JUDAS PRIEST「PAINKILLER」(amazon

投稿: 2004 10 24 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/23

とみぃ洋楽100番勝負(66)

●第66回:「Achilles Last Stand」 LED ZEPPELIN ('76)

 以前「ツェッペリンは最初に聴くなら2ndか4枚目」って書いた俺だけど、じゃあ「彼等の最高傑作は?」と問われたら、真っ先に挙げるのがこの「PRESENCE」という通算7作目のオリジナルアルバム。ある意味、それまで彼等がやってきたことの集大成であり、ひとつの完成型であるのがこの作品集だと言えるんじゃないでしょうかね。

 そのアルバムトップに収められているのが、この10分もある "アキレス最後の戦い" という邦題の付いた1曲。ZEPのハードロックサイドの、ひとつの完成型であるのと同時に、バンドとしてのテンションの高さが結成後8年経った時点でも全然落ちてない、むしろ1stの頃とは違ったレベルで、違った地点までたどり着いてしまったなぁ、という妙な説得力がある‥‥いや、説得力というか無理矢理納得させてしまうような暴力性すら兼ね備えてるといっていいかも。とにかく個人的にはZEPの楽曲の中でナンバー1ですね。

 俺さ。ZEPに関しては意外と正しい聴き方をしてきたのね‥‥いや、最初に聴いたのは2ndだし、次は4枚目、その次は「永遠の詩」という2枚組ライヴ盤だから正しくはないけど‥‥そういうことじゃなくて。'88年頃にZEPの全作品を含む一部の洋楽名盤群が2,000円くらいで再発されて‥‥所謂「ナイス・プライス・シリーズ」とか「エヴァー・グリーン・シリーズ」みたいな名前で各レコード会社が廉価盤をリリースし始めたのがこの頃からで。確かZEPはジミー・ペイジ久々のソロアルバム(いや、サントラを除けば実質初、か)「OUTRIDER」リリースに合わせて全作品が再発されたのね。

 でさ。高校生だった当時の俺は金持ってなかったから、1stから順番に、少しずつ買い集めてったのよ、ZEPのCDを。高校卒業する頃に5作目「聖なる館」まで買い揃えたのかな。

 そして浪人生活に入って、上京してさ。仕送りの中から食費を可能な限り削って、残りを全部CDにつぎ込んで。そんな中で買った1枚なんだけど‥‥

 ぶっ飛んだなぁ、初めて聴いた時。いや、ZEPに関してはアルバム毎回聴く度にぶっ飛ばされてたんだけど(例えそれが「IN THROUGH THE OUT DOOR」でもね)、この時はそれまでの比じゃなかったね。やっぱり "Achilles Last Stand" のインパクトがね。

 今でも鳥肌立つもの、この曲のイントロ‥‥アルペジオがフェードインしてくる瞬間。



▼LED ZEPPELIN「PRESENCE」 (amazon

投稿: 2004 10 23 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/22

とみぃ洋楽100番勝負(65)

●第65回:「Ashes To Ashes」 DAVID BOWIE ('80)

 自分にとって、それまでデヴィッド・ボウイという存在は、歌も歌って適度に役者もやってという、マルチプレイヤー的な存在であって、そこまで惹かれる存在ではなかったんですよ。過去の偉業は知ってましたけど(「ZIGGY STARDUST」とかね)、それを聴く機会もあまりなかったし(当時は廃盤になってたアルバムが多かったり、アナログ→CDの移行でCD化が遅れる旧譜が多々あったりしたからね)。

 ところが'90年になって、ボウイが来日すると。しかも「これまでのソロキャリアを一時封印するために、グレイテストヒッツ・ライヴをやる」と。おお、それは観ておかなくちゃ‥‥と思い、当時リリーすされた「CHANGES BOWIE」っつーベスト盤に手を出したんですよ。

 ‥‥ここが人生の分かれ道っつうか。あの時、これ聴いてなかったら、ボウイに傾倒することもなかったんだろうなぁ、と。

 初期のグラム路線にまず鳥肌立てて、中期のプラスチックソウル路線に驚き、続くベルリン三部作は当時の俺には「?」だったりするんですが、その後‥‥「LET'S DANCE」との間のエアポケットといえる「SCARY MONSTERS」というアルバムからの曲に、何故か心ときめいて。特に "Ashes To Ashes" という曲にね。あ、これ聴いたことある!って。

 多分、氷室京介が当時やってたラジオ番組でかけたから、それで耳に残ってたんですね。ヒムロックが語るわけですよ、自分達のやってたバンドの名前の由来となってるオッサンがライヴやる、って。それに影響されたのも大きかったのかな。

 数ヶ月前にROLLING STONESを観た東京ドームで、俺はまた歴史のひとつを目撃するわけですよ‥‥そう、"Rock'n'Roll Suicide" をやらない、体調最悪だった日にぶち当たってね。まぁそれは別にどうでもいいんですよ。とにかく‥‥ああ、こんなにカッコいい人なんだ、って初めて気づいて。単なる伊達男じゃなかったんだなって。

 その後、「ZIGGY STARDUST」にまで遡って、ようやく自分の高校時代のルーツ(HANOI ROCKSやMOTT THE HOOPLE等)に繋がるわけですよ、ここで。あー成る程って。と同時に、こんなにいろんなことをやれる才能と嗅覚を持ったボウイって、やっぱりスゲーっていう結論に達して。んで、低迷状態にある'90年代も熱心に追っかけて。今に至ると。

 そういう意味では、今年はボウイファンにとっては、本当に素晴らしい、充実した1年だったんじゃないですかね。

 最近のボウイはトニー・ヴィスコンティと一緒にアルバムを作ってるからってことで、どうしてもベルリン三部作時代と比較されがちですが、個人的にはこの「SCARY MONSTERS」の頃と比較すべきなんじゃないか、って勝手に思ってるんですよね。いや、何となくだけどさ‥‥



▼DAVID BOWIE「SCARY MONSTERS」 (amazon

投稿: 2004 10 22 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/21

とみぃ洋楽100番勝負(64)

●第64回:「Move Mountains」 JESUS JONES ('90)

 で、JESUS JONES。STONE ROSES好きな奴らからは完全にバカにされ続けている、時代の徒花的存在。時代がよりダンサブルなものへと移行していく中、それがROSESみたいに肉感的な方向へ行くのか、あるいはハウスやテクノのような機械的な方向へと進むのか、手段としては二者択一的な中、JESUS JONESはその両方を掴もうとしたわけですよ、効率よく。しかもそれを下世話なくらいに判りやすく。だから嫌われたんだけど。

 テクノポップとも違う、けどギターロックとも言えない微妙さ。まだ1st「LIQUIDIZER」の時点ではロック色が強いバンドだったんだけど、逆にそれが俺にとっては良かったのかな。適度に甘いルックスを持ったシンガーがいて、濃いキャラのメンバーが数人いて。佇まい的にはロックバンドというよりはアイドル的な方向性が強かったんだけど、まぁ元々そういうバンドがずっと好きだったしね。

 MTVで観た "Move Mountains" の微妙なPVが忘れられなくて、たまらずCD買ったんだよな‥‥んでハマッて。「こ、これはっ! 新しいっ!!」とか大絶賛して。後にこんなに後を引きずることになろうとはね‥‥いや、いろんな意味で。

 彼等が本格的に化けたのは、続く2nd「DOUBT」からといっていいでしょう。よりデジタルな方向へと進んでいって、EMFと共に唯一アメリカで大成功を収めた当時のUKダンスロック系バンドだったわけですしね。STONE ROSESも、PRIMAL SCREAMも、HAPPY MANDAYSも大苦戦してる中での出来事ですよ。むしろ「イギリス臭」が弱かったから成功できたんでしょうけどね。

 '90年代後半、よくクラブに行くようになって‥‥まず最初にこのJESUS JONESの名前を挙げるとバカにされるのな。音楽雑誌的にも、そして洋楽史的にもSTONE ROSESこそが正しい歴史になっていて、その対極にいるようなJESUS JONESは糞だと、あんなのイイって言ってる奴らに『マッドチェスター」とか「レイヴシーン」の本質なんて判るはずない、と。そう頭ごなしに否定されましたからね、数年間。

 けどさ‥‥それもこれも、JESUS JONESが復活してくれたお陰で‥‥そして2004年という時代に来日してくれたお陰で‥‥少しは解消された。かな?(かなり弱気)



▼JESUS JONES「LIQUIDIZER」 (amazon

投稿: 2004 10 21 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/20

とみぃ洋楽100番勝負(63)

●第63回:「Like A Daydream」 RIDE ('90)

 '90年前後、俺の周りは皆STONE ROSESにハマッてたんですね。恐らく雑誌の影響ってのが強かったと思うんですが(当時の「rockin'on」や「CROSS BEAT」ではこぞって取り上げてましたからね)、その頃読んでた雑誌は「BURRN!」でしたからね、俺‥‥PRETTY MAIDSの復活作が凄いらしい!とか、QUEENSRYCHEがもの凄いコンセプトアルバムを作った!とか唸ってた時代ですからね。

 それでもUKロック自体は嫌いじゃなかった‥‥いや、むしろ「ブリティッシュ・ロック」と呼ばれるような世界観を持つバンドの方が個人的には好みだったんですけどね。でもまぁ'80年代末以降のイギリスの(ハード)ロック・シーンは死んでましたしね。期待はしてませんでしたけど。

 だからというわけじゃないですが‥‥ハードロックとは違う、珍しいバンドを好むようになってたんですね。まぁ珍しいというか‥‥俺なりに「カッコいい」と思えるバンド。そのひとつが当時のRIDE。これはまぁ高校時代の友人、俺にいろいろ教えてくれたAくんが「四の五の言わずに、とにかく聴け!」といってわざわざテープを下宿先にまで送ってくれたわけですが。その中に入ってたのが、所謂「赤RIDE」と「黄RIDE」と呼ばれる初期のEP2枚。

 特に「黄RIDE」‥‥この "Like A Daydream" に一発でヤラれちゃったんですわ。メロウだけどギターはうるさいし、ボーカルも冷たい感じなんだけど妙に心地よいし。うわーこれライヴ観てみたいなぁって瞬時に思いましたね。とにかくこのEP2枚の8曲はテープが擦り切れる程聴いたかも。後に1枚にまとめられて「SMILE」というアルバムとしてリリースされることになるんですが(当然CDで買い直しましたが)、その前に‥‥1stフルアルバム「NOWHERE」があるのか‥‥そこでまたガツンとやられて。当然初来日公演には行きましたよ。つーか、来日の度に行ってたなぁ‥‥

 初めてイギリスに行った時、たまたま目にしたテレビ番組「TOP OF THE POPS」に、ホント偶然に出演してたRIDE。丁度新曲 "Leave Them All Behind" をリリースした頃で、それを演奏(口パク&当て振り)して‥‥また鳥肌立ててね。'90年代はマニックスが登場するまで、俺にとってのイギリスはRIDEと‥‥そしてJESUS JONESさえいればいいや‥‥そういう時期でしたね。笑っちゃうくらいに。



▼RIDE「SMILE」 (amazon

投稿: 2004 10 20 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/19

とみぃ洋楽100番勝負(62)

●第62回:「We Die Young」 ALICE IN CHAINS ('90)

 ALICE IN CHAINSも衝撃だったなぁ‥‥って衝撃ばかりですね、俺にとっての'90年って。いや、でも本当にそうなんですよ‥‥この年って俺にとっては暗黒の1年でして。所謂「浪人生活」を送った1年で、本当に音楽にしか頼れなかった1年なんスよね。音楽にすがってたと言っても過言じゃないくらいに‥‥

 浪人中も予備校で仲良くなった奴らはみんな音楽好きだったし、当時付き合うことになった子も音楽繋がりで浪人生だったっつーね。ま、それは余計な話なんで割愛しますが。

 高校時代以上にまたいろんなジャンルを聴く奴らと仲良くなるわけですよ。で、また世界って広いんだなと再認識して。所謂オルタナ系に片足突っ込んだのもこの頃だし、メタルにしてもジャーマン系(BLIND GARDIANとかRAGEといった連中)に手を伸ばしたのもこの頃。全部周りの影響な。あ、ノイズとか訳判らないジャンルもこの頃か。ジョン・ゾーンみたいなのも聴かされたなぁ‥‥

 んで、ALICE IN CHAINSも友人からのオススメで。「SOUNDGARDENとかJANE'S ADDICTIONが好きなの? じゃあ絶対にオススメだから!」ってCD屋(多分新宿シスコ)で握らされたのが、このアリチェンの「FACELIFT」っていうアルバム。秋頃かなぁ‥‥俺が十二指腸潰瘍で倒れる前だから。一番混沌としてた時期。そんな時期にこのアルバム聴かされちゃあねぇ‥‥ハマるわな、そりゃ。

 1曲目にいきなりこの "We Die Young" が入ってるわけですよ。今のMETALLICAにも通ずるヘヴィなリフからスタートして(ってMETALLICAが彼等に影響を受けたわけですが)、いきなり爬虫類系の声で「Scary on the wall〜」って歌い出すわけですよ。でサビが「Faster we run, and we die young」ですからね。しかも二声ボーカルで。曲によっては不協和音っぽい二声で歌ってて、気持ちいいんだか悪いんだか。ま、気味悪さは天下一品でしたね。

 ヘヴィで独特な世界観があって曲が良くてメロディアスで。その後のグランジとかはギターソロ排除の方向に進んでいったけど、アリチェンってしっかりとしたソロがちゃんと入ってるんだよね。元々LAメタル系のバンドをやってただけあって、その辺の癖は抜けてないというか。ま、だからこそハマったのかもしれないけど。

 '93年に観た、唯一の初来日公演には東京2日間とも足を運びました。こういう見せ方もあるんだな、とホントに驚かされる2日間でした。けど‥‥やはり長続きしないバンドでしたね‥‥そして‥‥悲しいくらいに悲惨なエンディングを迎えて。そんなシナリオ、いらなかったのに‥‥そういう悲壮感とか不幸さは全部、音楽の世界だけにしとけばよかったのにね。



▼ALICE IN CHAINS「FACELIFT」 (amazon

投稿: 2004 10 19 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/18

とみぃ洋楽100番勝負(61)

●第61回:「Stop」 JANE'S ADDICTION ('90)

 JANE'S ADDICTIONは自分にとって衝撃以外の何ものでもなかったですね。「NOTHING'S SHOCKING」というアルバムはそれ以前に聴いていたんですが、当時の俺には難し過ぎたんですよ‥‥何だろ、LED ZEPPELINをもっと宗教っぽくしたようなイメージが強くて、音が。けどこの曲を収録した「RITUAL DE LO HABITUAL」ってアルバムは、非常に判りやすい曲と、前作で繰り広げた壮大なサイケデリック・ワールドを上手くミクスチャーした、正しく『ミクスチャー・ロック』のお手本のひとつとなったわけです。まだグランジなんて言葉もなかったし、オルタナティヴなんて呼び名ももうちょっと後じゃなかったかなぁ‥‥

 ギターがしっかりハードロックしてて、それでいてうねっていて。ボーカルがメタルっぽくなく、ホントに動物っぽい‥‥それこそ爬虫類っぽい。リズムもZEPやレッチリみたいにファンキーでもヘヴィーでもない。適度なスカスカ感があって、それでいてタイトで。こんなバンド、それまでに聴いたことなかったもんだから‥‥それこそ衝撃だったんですよ。普段SLAYERとかNAPALM DEATHとかそういったバンドばかり聴いてた自分にとって。

 多分‥‥彼等との出会いがなかったらその後、SONIC YOUTHにも手を出すこともなかったろうし、それこそNIRVANAとの出会いもなかったかも。それくらい大きいかな、俺にとってのJANE'Sは。だって、彼等に影響を受けたオリジナル・バンドを組んだ程ですからね‥‥楽器隊はAEROSMITHとかGUNS N'ROSES、あるいはWHITESNAKEとかLED ZEPPELINみたいなバンドからの影響を強く受けていて、シンガーの俺はJANE'S ADDICTIONやALICE IN CHAINS、SOUNDGARDENみたいなバンドから強く影響を受けた、そんなバンド。メンバー全員の共通項が何故か日本のDEAD ENDという、そんな不思議なバンド。ま、短命でしたけどね。でも俺の人生にとって、生涯でただひとつの「命賭けた」バンドだったんだよね‥‥

 JANE'Sを語る時、どうしてもその話題を持ち出さずにはいられないんだよね‥‥それくらい、自分にとってこのアルバム、そしてこの曲ってのは重要であって、そしてある意味全てを「リセット」させてくれた1曲だからさ。



▼JANE'S ADDICTION「RITUAL DE LO HABITUAL」 (amazon

投稿: 2004 10 18 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/17

とみぃ洋楽100番勝負(60)

●第60回:「Epic」 FAITH NO MORE ('89)

 レッチリよりも先に、恐らく「オルタナ」と当時呼ばれていたジャンルの中で一番最初に成功したのが、このFAITH NO MOREだったんじゃないでしょうか。ブレイク自体は1990年に入ってから、シングルとしてこの "Epic" という曲が全米チャートのトップ10入りしちゃったもんだから‥‥当然名前は雑誌で目にしてたので知ってたけど、曲を聴いたのはこの曲のPVを目にしたときが初めてでね。

 何だろ、これは‥‥ラップパートがあって、けどヒップホップとも違う。イントロの壮大な感じと、ビッグなギターリフ。完全にヘヴィメタルしてるギターソロ、判りやす過ぎるポップなサビ。そしてあの意外なエンディング‥‥明らかに今まで自分が接してきたジャンルとは違うものだと、すぐに理解できたけど‥‥よく判らない「凄さ」は確かに伝わってきたのね。でも、この1曲じゃ不十分だった。

 後でレンタルしてアルバムを聴いてみたら‥‥普通のハードロックあり、フュージョンぽい曲あり、ヘヴィなナンバーあり、泣きのバラードっぽいのあり、更にBLACK SABBATHのカバーあり‥‥で、結局何がやりたいの? 凄いんだろうけど、どうにもピンとこなくてね。"Epic" が凄過ぎたのかな‥‥

 ってずっと思ってたのよ、この曲を初めて聴いてから2年くらい。確かにステージでの奇行にはいろいろ惹かれるものがあったけど(脱糞するなよステージ上で)、音楽的にはね‥‥

 けどさ。俺の中でそれがやっと追いついたのが、続く「ANGEL DUST」ってアルバムが出た時。ここで俺の中で初めて重要なバンドに格上げされた気がします。

 明らかに、あの曲はいろんな切っ掛けだったんだよね。俺にとっても、そして当時の音楽シーンにとっても。この曲がヒットし出した頃から、世のハードロックやヘヴィメタルは過渡期に向かっていったからね。



▼FAITH NO MORE「THE REAL THING」 (amazon

投稿: 2004 10 17 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/16

とみぃ洋楽100番勝負(59)

●第59回:「Stone Cold Bush」 RED HOT CHILI PEPPERS ('89)

 そうか。ガンズとかエアロとかマイケル・モンローとか言ってたけど、1989年っていろんな意味で節目の年でもあったわけだね。そういった「如何にも'80年代的なバッド・ボーイズ・ロックンロール」から、「オルタナティヴ」と呼ばれる雑多なジャンルへの、ひとつの切っ掛けを作るような1年だったわけだ。

 当時の音楽雑誌「ミュージックライフ」等でも、既に「アメリカ西海岸から新しい『波』が押し寄せてきている」という記事が紹介され始めた、1989年。そんな中に名前が挙がっていたFISHBONE、JANE'S ADDICTION、そしてRED HOT CHILI PEPPERS。それぞれ、ハードロック的なスタイルの中にスカやファンク、サイケな要素等これまでのHM/HRとは一線を画するような音楽性とファッションを持った変わり者ばかり。

 その中でも一際目を惹いたのは、やはりレッチリとJANE'Sでしたね。共に女性の裸をモチーフにしたアルバム・ジャケットで、特にレッチリの方はアナログ盤で見るとそのインパクトが絶大でして。たまたま予備校の講習で千葉に出てた時に、輸入盤で見つけて買ったんだよな、これ。

 全部の曲が新鮮で、自分に取って全く新しいジャンルに感じられたんだけど、その中でも一番気に入っていたのが、ファンキーなアッパーチューン "Stone Cold Bush"。ギターのストロークとベースのスラッピングが兎に角カッコ良過ぎ。そしてアンソニーの若々しいボーカルな。ホント、ドキドキしながら何度も聴いたもん。

 そうだ。この年ってハードロックの世界では「再生組」が沢山誕生した年でもあったんだね。BLUE MURDER、BAD ENGLISH、MR.BIG‥‥勿論どれも良いと思ったけど、やはりストリートから生まれてくる音楽‥‥先のバッド・ボーイズ系だったり、レッチリ等のオルタナ系だったり‥‥の方がよりリアルに感じられたんだよね。もしかしたら、既に気づいちゃってたのかもしれないね、そういった業界の裏側みたいなものに‥‥信用するな、って。

 まぁ兎に角。レッチリは1989年に初めて出会って、何故かチャンスがなくて2002年まで生で観る機会がなかったんだよね。あ、2度チャンスを奪われてるのか‥‥1992年の、最終公演中止(よりによって、この公演のチケットしか持ってなかった)と、1997年のフジロック1年目(出発前日に肺炎でダウン)と‥‥つくづく俺にとって厄介な存在なんですわ、ええ。



▼RED HOT CHILI PEPPERS「MOTHER'S MILK」 (amazon

投稿: 2004 10 16 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

とみぃ洋楽100番勝負(58)

●第58回:「Dead, Jail Or Rock'n'Roll」 MICHAEL MONROE ('89)

 でさ。ハノイとかMOTT THE HOOPLEとか、そういったバンドばかり追ってても結局は現存しない、解散したバンドなんですよね。リアルじゃない。いや、その音そのものは「リアル」以外の何ものでもないけど、'80年代後半に10代後半を過ごす自分にとっては、エアロの「PUMP」やモトリーの「DR.FEELGOOD」、そしてガンズの「APPETITE FOR DESTRUCTION」やストーンズの「STEEL WHEELS」といったアルバムの方が、ずっとずっとリアルに響いたんですよ。何故か。それは彼等が今もなお自分が生きる瞬間と同じ時間を共有しながら活動し続けているから。そんな中からこれらの名作を出してくれたから。

 でも、元ハノイ組だって黙っちゃいない。'85年の解散後、紆余曲折ありながらも一番最初に力強く雄叫びを挙げたのがマイケル・モンローだったわけ。しかもハノイ時代よりも強靭なシャウトで。

 もうさ、タイトルが全てじゃない? のたれ死ぬか、投獄されるか、ロックンロールするか‥‥三択ですよ、三択。どれも茨の道なのですよ、当時のマイケルにとって。けど、実質一択だよね‥‥だって、どう考えたってロックンロールしかないじゃん。愚問なのよ。それを判っていながら、敢えてシャウトする。マイケル・モンロー版 "It's Only Rock'n'Roll" なんですよ、これは。

 そして‥‥俺のテーマ曲でもあるんですけどね。この曲を初めて聴いた時の衝撃といったら‥‥エアロもモトリーもガンズも、もうどうでもいいや!ってくらいにガッツポーズ取りましたもん、俺。そしてPVではそのガンズのアクセル・ローズがゲスト出演。一緒にステージで歌ってますからね。

 時代遅れでも全然構いませんよ‥‥やっぱり33才の俺にとっても、18才の俺にとっても、全く変わってないってことですから‥‥たかがロックンロール、されどロックンロール。

 Rock Like Fuck!



▼MICHAEL MONROE「NOT FAKIN' IT」 (amazon

投稿: 2004 10 16 12:00 午前 [100番勝負, HANOI ROCKS] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/15

とみぃ洋楽100番勝負(57)

●第57回:「All The Way To Memphis」 MOTT THE HOOPLE ('73)

 高校の頃になるとさ。さすがに同時代のバンドだけに飽き足りず、それらのバンドが幼少の頃に好んでいたアーティスト、影響を受けたバンド、そして彼等がカバーした原曲等にまで手が伸びるようになり、ホントに小遣いは全て音楽につぎ込むような時代に突入してったわけ。ま、今と大して変わらないんだけど。

 HANOI ROCKSを通過することで、このMOTT THE HOOPLEというバンドに出会うわけですよ。ハノイの「BACK TO THE MYSTERY CITY」やライヴ盤「ALL THOSE WASTED YEARS...」のプロデュースをMOTTのリズム隊が手掛けていたり、「TWO STEPS FROM THE MOVE」にてイアン・ハンターと共作していたり(その後バンド解散後もソロで絡んでいたり)することから、自然と流れて行くわけですよ。その他にもデヴィッド・ボウイで馴染み深いミック・ロンソンも参加していたことを知ったり、そのボウイが "All The Young Dudes" という大ヒット曲を書いていたり、等々‥‥

 兎に角当時、MOTTのアルバムは日本で廃盤状態でして。当然CD化なんてされてなかったわけですよ。ところが、友人のひとりが東京からMOTTのベスト盤を入手してきて。それが当時の音楽仲間全員の手元に回ってきたわけ。一番最初が俺だったのかな、そいつと一番仲良かったから。

 もうね‥‥1曲目の "All The Way To Memphis" イントロのピアノだけでイチコロ状態ですよ。何だこれ、めちゃめちゃ端正なサウンドじゃんか、めちゃめちゃブリティッシュじゃねぇか、と。これのどこがロックンロール・アニマルなんだよ!?なんて思ったりもしましたが(それは他の曲や別のライヴ盤を聴いて納得できたけど)、とにかく自分が求めるサウンドの原点がここにあるのかな、と。すっげー聴き込んだんですよ。

 そういえば、この曲を初めて聴いてから1年近く経ってから、「Very British」な音を出す凄く大好きな日本のバンドが似たようなアレンジを施した楽曲をリリースしたんですよね‥‥"欲望のドア" っていう、如何にもなタイトルを付けてさ‥‥



▼MOTT THE HOOPLE「GREATEST HITS」 (amazon

投稿: 2004 10 15 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/14

とみぃ洋楽100番勝負(56)

●第56回:「DREAM POLICE」 CHEAP TRICK ('79)

 '70年代に大ヒットを飛ばして、その後'80年代突入と共に泣かず飛ばすの状態に陥り、挙げ句の果てにメンバーチェンジ、更に下火に‥‥なんていうケース、結構あるんだよね。エアロがそうだったし、KISSもある意味そうかもしれない。そして‥‥このCHEAP TRICKも。ベーシスト以外のメンバーチェンジはなかったものの、やはり「オリジナルの四人」はBEATLESやKISS同様、キャラがハッキリしてた分、痛かったと思うのね。

 そんな彼等が再びオリジナルの4人で復活し、大ヒットを飛ばした'88年。初めてまともに彼等と接することになって。勿論それまでにもMTVでその時その時にリリースされてきたPVと向き合ってきたし、「トップガン」や「オーバー・ザ・トップ」といった映画のサントラに彼等やソロ等での楽曲が収録されていたので、何となく「チートリ」というものを理解していたはずだけど‥‥

 けど。本質は全然違ったんだよね。

 「ベストヒットUSA」の『Star of the week』っていう、ひとつのアーティストにスポットを当てる特集コーナーに、当時全米ナンバ−1ヒットを飛ばし勢いに乗っていたチートリが取り上げられて。プレスリーのカバーだった新曲 "Don't Be Cruel" の後に、往年の大ヒット曲だという "Dream Police" のPV(というか、当時はまだプロモーション・フィルムだな)が流れて‥‥

 何だこれ、全然違うじゃん。むしろこっちの方が全然カッコいいじゃんか!

 その後、雑誌等で復活作の大半の楽曲が、ヒットを飛ばすために用意された外部ライターによる楽曲であることを知るわけですよ。成る程ね、あれは彼等にとって、いろんな意味での『切り札』だったんだな、と後になって思うわけです。全ては『そこ』に戻るために必要な手段だったんだな、と。エアロと一緒だよ、って。

 チートリはホント奥が深いバンドだよ。KISS同様、BEATLESからの影響が強いバンドであると同時に、ロイ・ウッドやE.L.O.等、ありとあらゆるロック/ポップ・アーティストからの影響が垣間みれて、それを彼等なりにしっかり消化してひとつの「CHEAP TRICK」というブランドを作っているんだから‥‥だから、未だにビリー・コーガン等といった今を代表するアーティスト達から支持されてるんだろうね、KISS同様。キャラだけでなく、芯がしっかりしてるから忘れ去られることがないんだな、と。ホント素晴らしいバンドですよ。



▼CHEAP TRICK「DREAM POLICE」 (amazon

投稿: 2004 10 14 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/13

とみぃ洋楽100番勝負(55)

●第55回:「Detroit Rock City」 KISS ('76)

 AEROSMITH、QUEENときて、やはりこのバンドからの影響も強いわけですよ、俺的に。'70年代の、所謂「ミュージック・ライフ御三家」と呼ばれたバンドのひとつなわけですが、唯一マンガチックでバカバカしいまでのコミカルさ(メイクやファッション、そして各キャラクターの設定等)、そして特撮ばりの壮大さ(ステージでの花火や爆発、血糊、ドラムライザーが競り上がったりメンバーが空飛んだり等)‥‥恐らく幼少の頃にこんなバンドに出会ったら、間違いなく惚れてたと思うよ。残念ながらここ日本ではそういう機会はなかなか少なかったんだけど(だからこそ海外では根強い人気を未だに保ってるんだよね、あの頃ガキだった奴らが今大人になって金持って、追いかけてるわけだから)。

 既に俺が彼等を知った頃にはノーメイク時代の、普通にヘヴィメタリックな音楽をやってる時代でした。勿論それはそれでカッコ良かったし、純粋に良い楽曲、良いアルバムとして接してきたのね。けどバンドとしては決してハマる事はなかった。

 ところがね。高校に入って。「CRAZY NIGHTS」ってアルバムが出て。まぁこれがまたポップで親しみやすいハードロックだったわけですが、このアルバムを引っ提げて11年振りに来日するわけですよ、KISSが。残念ながら俺は行けなかったわけですが、その時の模様がNHK-BSで放送されて。それを近所のレコード屋の店頭でみせてもらったわけですよ。

‥‥メイクこそしてないものの、あれも間違いなくKISSだったわけで。そこでまたひとつ、俺の中で何かが弾けてね。

 友人の兄貴から、既に聴かないしカビ生えちゃってるよっていって貰った「DOUBLE PLATINUM」っていうベスト盤。それこそが真の意味での、俺の中でのKISS伝説のスタート地点なんですよ。

 KISSのみをコピーする究極のバンドもやったなぁ、高校の頃。最初に覚えたのがこの "Detroit Rock City"。俺はポール役だったから、勿論ギターも覚えなきゃいけなくて。エース役のもうひとりのギターは別のバンドでも一緒にやってる仲で。ふたりして「あのツインリードのパート、完璧にしような!」といって各自真剣に練習して。

 初のスタジオ練習で、いざ合わせますよ!って時に、ふたりともエースのパートを練習してきてしまったがために、結局ハモることはなくユニゾンで終わったという‥‥って俺が悪いのか。

 この曲を聴くと、ふとそんな高校時代の出来事をいつも思い出すよ。



▼KISS「DESTROYER」 (amazon

投稿: 2004 10 13 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/12

とみぃ洋楽100番勝負(54)

●第54回:「Scum」 NAPALM DEATH ('87)

 いや、ぶっちゃけ曲は何でもいいんです! 最初期のNAPALM DEATH最強!ってことで。

 このバンドを教えてくれたのも、高校時代の友人Aくんなんだよね。へー、彼はこんなのも聴くのかーって思ったけど、彼は兄貴からテープを貰っただけで、そんなに気に入ってなかったらしい。単純に「お前、うるさくて速いの、好きだろ?」ってことで俺にテープを譲ってくれた‥‥ただそれだけだったんだよね。

 確か創刊間もない「CROSS BEAT」誌で彼等の名前を目にしたのかな。曰く「世界最速バンド」と‥‥嘘だ! SLAYERを越えるバンドなんているもんか!と当時の俺は疑ってたわけですよ。"Chemical Warfare" や "Angel Of Death" を越えるなんて‥‥そうそうないだろう、と。

 で、Aくんから貰ってテープを聴いて‥‥その意味が初めて理解できたんです。あー、SLAYER寄りじゃなくて、S.O.D.寄りなのか、と。

 このバンドに関しては多くを語るのは危険です。何故なら、生モノだから。聴いて味わって、初めて納得出来るという‥‥こんな駄文を読む前に、まずはアルバム「SCUM」か「FROM ENSLAVEMENT TO OBLITER」辺りをオススメしますっ! その後は正直知らん!(けど普通にデスメタル/グラインドコアしてるんでしょ? よく知らないんだけどマジで)



▼NAPALM DEATH「SCUM」 (amazon

投稿: 2004 10 12 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/11

とみぃ洋楽100番勝負(53)

●第53回:「Peace Sells」 MEGADETH ('86)

 METALLICAとかSLAYERは意外とリアルタイムで通過してたんですが、実はMEGADETHって後追いもいいところなんですよね‥‥最初に聴いたのが3作目の「SO FAR, SO GOOD...SO WHAT!」からで。先行シングルの "Anarchy In The U.K."(当然ながらSEX PISTOLSのカバー)のPVを観て一発で気に入って。一緒にバンドやってたKくんに「SO FAR〜」のアルバムを借りて。「ギターリフ、スゲーっしょ?」って聞かれてさ。そりゃもう「うんうん!」って頷くわけですよ。

 で。「けどさ。この1枚前のアルバムの方がもっとスゲエんだよ!」といって後で貸してくれたのが、セカンド「PEACE SELLS...BUT WHO'S BUYING?」。中3の頃にはリリースされてた1枚なんだけど、地元のレンタル店になくて、全然聴く機会もなくてね。PVとして "Wake Up Dead" とこの "Peace Sells" の2曲が制作されてたはずなんだけど‥‥これも何故か観る機会がなくて。メディア的にMEGADETHが盛り上がる'88年以降になってようやく何度か観る機会を得た、って感じで。

 MEGADETHの魅力って、ただ単に速いだけじゃなくて(勿論他のスラッシュバンドも速いだけじゃないけど)いろんな展開が入ってたり、リフワークが他のバンドとちょっと違ってたり‥‥あと、ジャズの要素なんかも入ってたりしてね。その辺りから「インテレクチャル・スラッシュ(知的なスラッシュ)」なんていう呼び名が生まれた程で。ほら、スラッシュっていうと野蛮ってイメージが強いでしょ、ひたすら性急にリフやビートを刻んで突っ走る、みたいな。けどMEGADETHには独特な冷たさや知的さがあって、そこが逆に暴力的に感じられたりして。そういう魅力がまたたまらなかったわけですよ、当時は。

 "Peace Sells" もイントロのベースがめちゃめちゃカッコいいし、ボーカルのちょっと語りっぽいというか唸ってるだけというか‥‥そんな歌唱法のデイヴ・ムステインがまた良かったし、後半の速くなるパート以降‥‥暴れまくるギターソロがね。前半部でのクールなソロと対照的で。やっぱりこの頃のMEGADETHは神がかってたな、と。4作目以降の「純然たるHMバンド」的スタイルもまた捨て難いんですが、やはり最初のインパクトは越えられませんでしたね、個人的には。



▼MEGADETH「PEACE SELLS...BUT WHO'S BUYING?」 (amazon

投稿: 2004 10 11 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/10

とみぃ洋楽100番勝負(52)

●第52回:「Can I Play With Madness」 IRON MAIDEN ('88)

 IRON MAIDEN。JUDAS PRIESTと並んでこの頃、『KING OF HEAVY METAL』の称号が最も相応しかったバンド。だけど俺、全然眼中になかったのね。"Aces High" とか "Wasted Years" とか "2 Minutes To Midnight" の良さに気づくの、'90年代に入ってからだからさ。

 で、俺が初めてMAIDENを「おお、これがもしかして良いんじゃないの!?」と思えるようになったのが、この曲から。そして初めて買ったアルバムもこの曲が入った「SEVENTH SON OF A SEVENTH SON」。ギターシンセとかに走ったり、曲がポップになったとかいろいろ言われてた時期だけど、ハッキリ言って名盤。コンセプトアルバムとかそんなのどうでもいいから。捨て曲なし。頭からケツまで捨てるところ、一切ないからさ。

 この曲はアルバムの先行シングルとしてリリースされたんだけど、もうね、ド頭からいきなりサビをアカペラ・コーラスでかますわけですよ。お前はBON JOVIか!?ってくらいに。あのMAIDENがですよ? そりゃコアなファンからは非難されるわけだ。でも、それがあったからこそ俺みたいな敬遠してた奴らが振り向いたんだけどね。Aメロとサビのテンポやリズムが違ってたり、ギターソロになると劇的な展開があって、ツインリードがビシッと決まって、またあのサビに戻るっていう‥‥あー、たった3分半でここまでやれるんだ、って。ポップソングとかメタルとか、そんなカテゴリーはどうでもよくてさ、単純にカッコいいわけですよ。

  そういえば、このアルバムでの来日って実現しなかったんですよね。セットがデカ過ぎて海外に持ち出せないっていう話もあった程だけど、明らかに人気の面ではこの頃がひとつのピークでしたよね。その後短い活動休止期間があって、休止明けにメンバーチェンジがあって‥‥そういう意味でも、重要な1枚なんじゃないかな。

 ヘヴィメタルっていう小難しいカテゴライズを忘れて、純粋に「1枚のロックアルバム」として、そして「1曲の、純粋に良い曲」として接して欲しいですよね。



▼IRON MAIDEN「SEVENTH SON OF A SEVENTH SON」 (amazon

投稿: 2004 10 10 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/09

とみぃ洋楽100番勝負(51)

●第51回:「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」 THE BEATLES ('67)

 そうそう、俺が高校1年の時に初めてBEATLESの全オリジナルアルバムが初CD化されたんだよね。CDってものが普及し始めてきて、このCD化が切っ掛けで更に一般的になっていったような‥‥CDラジカセなるものが普及し出したのも、多分この頃からだったんじゃなかったっけ? よく身の回りに「CDラジカセ+BEATLESのCD」っていう組み合わせ、多かったし。

 んで、'87年の春頃から毎月2枚くらいずつ、ファースト「PLEASE PLEASE ME」辺りからCD化されてくんですが‥‥夏頃かな、このアルバムがリリースされたのって。凄いインパクトだったんでよく覚えてるよ。だって、俺が初めて買ったBEATLESのCDがこれだから(次が「PLEASE PLEASE ME」)。シングルになったような超メジャー曲は一切入ってない、決して最初に手を出すような代物ではなかったんだけど(ま、それまでにBEATLESはベスト盤とかで知ってたけどね)、妙に「発売25周年記念で初CD化!」みたいな煽り文句にやられてね‥‥今じゃ全然珍しくない紙サックケースと別冊ブックレットが凄く豪華に映ってね。

 ‥‥で、このサイケな世界にわずか16才の俺はやられちゃうわけですよ。そりゃまぁ、その前にLED ZEPPELINとかジミヘン辺りでそういった世界に魅せられてたってのもあるんだけど、その究極型でしたね、これは。アルバム1枚まるごとで1曲みたいな作りだし、所謂「コンセプト・アルバム」ってものを聴いたのもこの時が初めてだし。プログレに魅せられるのはもうちょっと後だしね。

 けどさ。それ以上に衝撃だったのが‥‥BEATLESってこんなにカッコいいロックンロールバンドだったんだ、ってことを認識できたことかな。このアルバム冒頭の1曲目のカッコいいことといったら‥‥俺がその後、グラムとかそういった方面に進んでいくのは、もしかしたらこのアルバムの影響も強いのかもしれないね。それくらいこの頃の俺にとって重要な1枚。少なくとも、「ABBEY ROAD」とか「REVOLVER」を聴くまでは、これがBEATLESの最高傑作だと信じて疑わなかった程だから。



▼THE BEATLES「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」 (amazon

投稿: 2004 10 09 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/08

とみぃ洋楽100番勝負(50)

●第50回:「Paint It, Black」 ROLLING STONES ('66)

 50回目にしてようやくストーンズ。このバンドの存在も自分にかなり大きな影響を与えてくれました‥‥ええ、こいつらのせいで浪人覚悟しましたから‥‥

 ストーンズ自体は中学の頃から‥‥リアルタイムだと「UNDERCOVER」か「DIRTY WORKS」辺りかな‥‥ヒットしてる曲は聴いてたし、実際アルバムも手にしてたんですね。でもそんなに重要な存在ではなかったのよ、当時の俺には。バンドで "Satisfaction" とかカバーしててもね。

 ところがさ‥‥高校2年の頃かな。「フルメタル・ジャケット」っていうベトナム戦争をテーマにした映画があったでしょ、スタンリー・キューブリックの。あれを観に行ってさ。丁度「プラトーン」がヒットした後だったのかな。けど俺的にはあの映画、そんなにグッとくることもなく、普通に素通りしてたのね。

 でもさ‥‥「フルメタル・ジャケット」は‥‥多分忘れられない映画だよね、いろんな意味で‥‥狂ってるもの。それはベトナム戦争というものが狂っていたのか、あるいはキューブリックが狂っていたのか‥‥その全部が微妙にズレ合って、更に狂気に拍車をかけてたんだろうけど‥‥吐きそうだったもの。

 その映画のエンディング‥‥ミッキーマウス・マーチを歌いながら行進する部隊のシーンで終わって、エンドロールでこの "Paint It, Black" が流れるのね。もうさ、そのインパクトがね。映画のインパクトと、この何ともいえない今日の雰囲気が見事にマッチングして、俺の心を鷲掴みしたわけ。

 それから狂ったようにストーンズのアルバムを買い漁り(丁度そのすぐ後に新作リリースと来日発表が重なったんだっけか)、受験勉強も程々で来日公演のチケット確保に動き回り、東京ドームのアリーナ前から20数列目という至近距離で初ストーンズを体験することになるのでした。お陰で受験は大失敗。ま、ストーンズのせいじゃなくて俺がバカだっただけなんだけど。

 「フルメタル・ジャケット」という映画を通して、俺にとってふたつの大きな「とみぃ史に重要な要素」が生まれました。それがストーンズ、そしてキューブリックだったのです。



▼ROLLING STONES「FORTY LICKS」 (amazon

投稿: 2004 10 08 12:00 午前 [100番勝負, ROLLING STONES] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/07

とみぃ洋楽100番勝負(49)

●第49回:「Perfect」 FAIRGROUND ATTRACTION ('88)

 このコラムの高校編から度々登場する、俺にいろんな新しい音楽を教えてくれた友人Aくん。このFAIRGROUND ATTRACTIONも彼が教えてくれたんだよな確か。ヒットチャートで上位にランクしてたので名前は知ってたんだけど、彼がいち早く輸入盤を東京で仕入れてきて、それをダビングしてもらって。勿論一発で気に入ったわけですよ。

 '80年代のバンドなのに、凄く懐かしい感じ‥‥音に温かみがあるというか。それはバックの演奏もそうなんだけど、それ以上にボーカルのエディ・リーダーの声によるものが大きかったのかな、と。多分この頃って「UKロックは死んだ」とか言われてた頃ですよね‥‥THE SMITHSが解散した後で、何だかよく判らない似非ポップバンドがイギリスから沢山登場して、それらがまた中途半端にアメリカでブレイクして。でも俺等はそんなのを望んでたわけじゃねぇぞ!とか内心思ってたりして。そんな時に登場したもんだから、待ってました!とばかりに受け入れられて。勿論これが「THE SMITHSの後継者」だとは誰も思わなかったんだけどさ。

 エディ・リーダーって、何故だか気になる存在なんですよね。勿論この曲が収録された大ヒット作「THE FIRST OF A MILLION KISSES」もヘヴィローテーションだったし、今でも聴く機会の多い1枚なんですが、それ以上にその後のソロ活動‥‥これも未だにちゃんと追ってる、数少ないアーティスト(というか女性シンガー)のひとりなんですよ、俺にとって。

 そういえば最初で最後の来日公演も、学校休んでAくんと一緒にクラブチッタまで行ったなぁ‥‥まぁそんなことばっかりやってたから‥‥いや、その先は言わないでおこう(この先は次回に続く。のか?)。



▼FAIRGROUND ATTRACTION「THE FIRST OF A MILLION KISSES」 (amazon

投稿: 2004 10 07 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/06

とみぃ洋楽100番勝負(48)

●第48回:「Pump Up The Volume」 M/A/R/R/S ('87)

 えーっと、これをハウスとか呼ぶんですかね? いや、リリースされた当時は全然そんなジャンルがあることすら知らない、田舎のいち高校生でしたからね。イギリスのチャートで1位を取った曲として認識していて、たまたまFM放送でエアチェックしたこの曲を狂ったように聴きまくっていた‥‥ただそれだけなんですよね。

 自分の音楽のスタートラインにMONKEESのようなグループと同時に、Y.M.O.の存在もあるんですね。ピアノ習い始めたのにY.M.O.を聴いてしまったがために、急にエレクトーン習いたい!って親にせがんで。無理いってクラス替えしてもらって。その後6年間習いましたから。一応人に教えられるだけの級は持ってます、はい。

 だからってわけじゃないけど、やはり打ち込みモノって基本的に血が騒ぐんですよ。「おいおい、お前ギターに魅せられたとか前に書いてたじゃんか!」っていうツッコミもらいそうですが、これもまた真実なんです。そういった相反するふたつのジャンルを同時に愛せた‥‥それが'80年代なんですよ(と無理矢理な言い訳をしてみたり)。でもまぁ‥‥単純に「良い曲」とか「耳に馴染みやすい曲」っていうのは、それがギターロックだろうがヒップホップだろうがメタルだろうがパンクだろうがテクノやハウスだろうが、ジャンルは関係ないんですよね。

 ヒップホップって未だに苦手意識があったりするんですが、そういう意味ではこういったジャンルの方が親しみやすいし、歌やラップがない分すんなり入っていけるのかも。まぁこの頃は「クラブで踊る」なんてこと、考えてもみなかったけどね。



▼M/A/R/R/S「Pump Up The Volume」 [EP](amazon

投稿: 2004 10 06 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/05

とみぃ洋楽100番勝負(47)

●第47回:「Faith」 GEORGE MICHEAL ('87)

 WHAM!を解散させた翌年、まずは映画「ビバリーヒルズ・コップ2」のサントラに提供した "I Want Your Sex" で正式なソロデビューを果たしたジョージ・マイケル。あの曲の衝撃もハンパじゃなかったけど、その後に続いたアルバムの予告編といえる大ヒットシングルが、このタイトルナンバー "Faith"。

 明らかにプリンスを意識してるであろうミニマムな作りといい、押さえ気味に歌う歌唱法といい、その「ゲイ」チックなビジュアルといい(ま、実際にそっち方向の人だったわけですが)、フレディ・マーキュリーの大衆性とプリンスのアーティスティックな面を見事に併せ持ったアルバムだった、ソロデビュー作「FAITH」はどの曲も捨て難いけど、やっぱりアルバムトップを飾るこの曲をまずオススメしましょう。

 あの頃、フォークギターでよく真似したっけ。今でこそこのリズムがボ・ディドリーが得意とする『ジャングル・ビート』(ドラムンベース等で知られる、あのジャングルとは完全に別モノですからね、お間違えなく)だって認識があるけど、あの頃は単純にリズムがカッコいい、ギターのストロークのリズムがステキといった純粋な気持ちが先行してたっけ。後にU2が "Desire" って曲で同じリズムを使った時には「へっ!?」なんて思ったりもしたけど。

 その後のジョージはより偏った方向へと突き進み‥‥残念ながらプリンス並みな多作振りとは間違っても呼べないようなリリースペースで現在に至るわけですが(ま、そこには所属レコード会社との裁判なんかも関係してくるんですけど)‥‥このアルバムから現在に至るまで、たった3枚のオリジナルアルバム、1枚のカバー集、そして2枚組ベスト盤しかリリースしていないという事実‥‥お願いです、もっと頑張ってください。滅茶苦茶才能ある人なんだからさ!



▼GEORGE MICHEAL「FAITH」(amazon

投稿: 2004 10 05 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/04

とみぃ洋楽100番勝負(46)

●第46回:「True Faith」 NEW ORDER ('87)

 昔さ、「摩天楼はバラ色に」という映画があったのね。当時ノリにノッてたマイケル・J・フォックス主演の、ワラシベ長者的内容の如何にもアメリカなサクセスストーリーの映画が。俺、これを当時ビデオで借りて観てさ。借りた理由は単純、NIGHT RANGERの曲が聴きたかったから。

 すっげー不純な理由じゃない、それ? けどさ、好きだったし、あの曲。

 で、お目当ての曲はオープニングでいきなり流れて、その後二度と流れることはなく(あぁ‥‥)、普通に映画を楽しんでたのよ。ま、今観たらどうなんだろうって思うけど、あの頃は単純に目をキラキラさせて楽しんでたのね。

 ところがさ。映画が完結し、ラストのエンドロールのところで耳慣れない打ち込みの曲が流れ出したのよ‥‥何このメランコリックな曲は!? 一緒に観てた友人(以前から何度か登場するUKロック好き)が「あーこれ? NEW ORDERでしょ?」って我が物顔で言うわけ。あ、NEW ORDERね‥‥って俺も知ったかぶりして。しなきゃいいのにさ。

 けどね。そんな知ったかぶりも、実は全部バレててね。翌日、俺に2枚組のCDを渡すわけ。「これに入ってるから、あの曲」って。それがNEW ORDERの「SUBSTANCE」っていうアルバム。これが俺とNEW ORDERとの出会い。

 その後‥‥「TECHNIQUE」ってアルバムで本格的にハマって、そこから4年くらいして(既に忘れようとしてた頃に)「REPUBLIC」がリリースされてまたハマッて、翌年にベスト盤が出て聴きまくって‥‥それから7年だっけ? フジロックで来日したのって‥‥あれは正直夢のようだったよね。しかも同じステージ上にビリー・コーガン(元THE SMASHING PUMPKINS)の姿まであって(残念ながらギリアンが欠席だったけど)。で、そのすぐ後に8年振りの新作「GET READY」が出て‥‥何故かハマれなくて。いや、最近はよく聴くんですよこれ。

 俺が彼等を気に入った理由は単純。独特な暗さと湿ったメロディ、そして如何にもヨーロッパのバンドらしい「冷たさ」‥‥この冷たさの理由にはいろいろあるんだけど(それは各自、このバンドの歴史を辿れば自ずと見えてくるはず。有名な話ですからね)‥‥やっぱいいよね、"True Faith" とか "1963" の泣きのメロディが‥‥



▼NEW ORDER「SUBSTANCE」(amazon

投稿: 2004 10 04 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/03

とみぃ洋楽100番勝負(45)

●第45回:「It's A Sin」PET SHOP BOYS ('87)

 あの時代、普通にMTVとか「ベストヒットUSA」を通過してる人なら、絶対に覚えている名前のひとつですよね。まぁメジャーどころは "West End Girls" になるんでしょうけど。'90年代以降だと、やっぱり "Go West" カバーのイメージが強いのかしら?

 どうしても'90年代中盤辺りからの、あの妙なゲイ・ミュージック的ノリがね‥‥悪いとは言わないけど。やっぱり個人的趣味なのは'80年代の、冷たい感覚‥‥如何にもヨーロッパのユニットといった「冷たさ」や「機械っぽさ」がね‥‥凄い好きだったのよ。「機械っぽさ」ってのは‥‥まぁ基本が打ち込みだから全部「機械っぽい」んだけどさ‥‥なんつーか、感情をあまり感じさせないノリっていうの? そういうのがね、凄い好みだった。

 所謂ユーロビート的なノリを持った "It's A Sin" だけど、この劇的な展開がね、モロ好みといいますか‥‥まぁ所謂メタル好きが気に入りそうなアレンジだよね。判るでしょ? この曲が入ってるアルバム「ACTUALLY」って、実はこういう曲はこれ1曲だけなんだよね。後はもっと‥‥ポップなものだったり、ミニマムなノリを持った似非テクノだったり、それこそモロなテクノポップだったり、オーケストラを用いた壮大なバラードだったり(思いっきり「冬」をイメージさせるね)。そういう "West End Girls" のイメージを一掃してしまうような楽曲ばかりなのね(ま、ファーストアルバム「PLEASE」の時点で、ああいう楽曲は他にはなかったんだけどね)。そこが凄く新鮮だったし、凄く良かったのかも(子供心に「二番煎じだけはよせよな?」って感じてたのかも)。

 2年前だっけ、フジロックで随分久し振りの来日を果たしたのは‥‥あの時は感動したなぁ‥‥しっかりこの曲もやってくれて。しかもクライマックスの盛り上がるタイミングで。このイントロが流れ出した瞬間、ウォーって雄叫びを挙げる輩と、思わず失笑してしまう輩の2種類いたよね、間違いなく‥‥俺にはそう映ったけど。勿論俺は思いっきり前者ですけどね!



▼PET SHOP BOYS「ACTUALLY」(amazon

投稿: 2004 10 03 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/02

とみぃ洋楽100番勝負(44)

●第44回:「Why Can I Be You」 THE CURE ('87)

 高校入学と同時に親しくなった、あのTHE SMITHSを俺に教えてくれた友人が、続いて俺に勧めてきたのが、このTHE CUREの当時の新作「KISS ME, KISS ME, KISS ME」でして。これ、LPだと2枚組18曲入りなんだけど、CDだと1曲少ない17曲なんですよね("Hey You" が外されたんだっけ。手持ちのCDは確かに17曲入りだけど、当時のカセットは確かに18曲入りなんだよね)。

 丁度彼からダビングしてもらったテープを受け取る前に、MTVか何かで先行シングル "Why Can I Be You" のPVを目にして。あのロバート・スミスのルックスといい、胡散臭いくらいにポップなメロに下世話なブラスとモータウン調のリズム。ギターのカッティングはイギリスのニューウェーブっぽくて、確かに「絶対にお前、気に入るって!」との彼の言葉通りなんだよね。「エコバニ(ECHO & THE BUNNYMEN)とか好きなんでしょ? だったら気に入るから!」って。

 アルバムは、それこそテープが擦り切れる程聴いたし、結局高校出て上京して暫くして‥‥「WISH」が出た頃かな。CDで買い直したもんね。

 未だにライヴで観たことないし、ライヴ映像とかも観たことないんだけど(DVDとかは売ってるけどね)‥‥過去何枚かリリースされてるライヴ盤も何故か意図的に避けてる気が。そういやぁ1枚も持ってない&聴いてないもんな‥‥何故?

 何だろ‥‥俺の中で「THE CUREのライヴって、こんな感じ?」とか「ロバスミってライヴじゃこんな感じなんじゃない?」とか勝手に想像膨らまして楽しんでんのかな? だとしたら‥‥後でガッカリするのも嫌なんで、今のうちにライヴ映像に手を出さないと(‥‥へっ??)。

 なんて冗談はさておき‥‥ホント、この曲とか最新作の曲をライヴで、ここ日本で聴きたいんですよね。もう何年‥‥いや、何十年前でしたっけ、彼等が最後に来日したの?(何十年は言い過ぎだろ)

 多分‥‥この曲を生で聴いたら‥‥15〜6才の俺に戻れる気がするんだよね‥‥何となくだけど。



▼THE CURE「KISS ME, KISS ME, KISS ME」(amazon

投稿: 2004 10 02 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/01

とみぃ洋楽100番勝負(43)

●第43回:「Mony Mony」 BILLY IDOL ('87)

 パンクなのか、ロカビリーなのか、はたまたメタルなのか‥‥何なんだ、この男は!?って数年来、ずっと思ってたわけですよ。「REBEL YELL」は確かに好きなアルバムだし、曲も良いし、ビリーの歌声も独特でクセになるし、そして何より、その傍らにいるギタリスト、スティーヴ・スティーヴンスがずっと気になって気になって。3作目「WHIPLASH SMILE」の頃にはビリー本人以上にスティーヴの方が好きになってましたからね。

 そんなスティーヴの才能や魅力が一気に開花したのが、この "Mony Mony" のライヴテイクなわけですよ。ライヴバージョンなんだけど、明らかにギターは録り直されてるよね? 独特なアーミングやハーモニクスがすっげークセになるし、所々登場するエフェクト(ピコピコなるオモチャの拳銃あるでしょ。あれをピックアップに近づけて鳴らすわけ)やクラシカルなプレイ(この人のクラシックギタープレイはハンパじゃないっすよ)に仰け反ったり。それまで聴いてきたギタリストとは、明らかに違うタイプだし。

 しかも、GENERATION Xっつーパンクバンドのシンガー(=ビリー・アイドル)の隣に、こんな変わり者がいるんだから。その事実がまた面白くて。

 "Mony Mony" 自体は'60年代にヒットしたポップスのカバーなので、勿論曲自体は非常に親しみやすい名曲なんだけど、これをこの二人が味付けするんだから‥‥タフで猥雑なイメージに様変わりしちゃってるわけですよ。しかもこの頃のビリーのバンドのキーボードって、確か性転換した「元」男性でしたからね‥‥って曲と全然関係ないけど。

 そうそう、同じ'87年にリリースされたマイケル・ジャクソンのアルバム「BAD」にも、スティーヴは参加してるんだよね。エディ・ヴァン・ヘイレンの次はスティーヴか‥‥って感動したよ、あの頃。さすがマイコー、いいモノ持ってるよな、って。

 更にスティーヴはその数年後に、俺の大ヒーローであるマイケル・モンローとバンドを組むことになるんだよね。この二人が雑誌の表紙を並んで飾った時には、思わず本屋で失禁しそうになったよ!

 けど‥‥アルバムリリース直前に、仇である(当時は元)MOTLEY CRUEのヴィンス・ニールのソロアルバム&バンドに参加、引き抜かれちゃうんだよね‥‥この時の俺の複雑な心境を、どう言葉で表現したら上手く伝わるのか‥‥

 '90年代後半から暫く、氷室京介のアルバム&ツアーに参加したり、古巣のビリー・アイドルの元に戻って映画「スピード」の主題歌を大ヒットさせたり、まぁその後もいろいろと活躍してくれてますよ。最近はちょっと見かけてないですけど‥‥ってこれ、ビリーの曲評だよな?



▼BILLY IDOL「GREATEST HITS」(amazon

投稿: 2004 10 01 12:10 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/30

とみぃ洋楽100番勝負(42)

●第42回:「Only In My Dreams」 DEBBIE GIBSON ('87)

 多分あれは恋だったんじゃないかな‥‥初めてガイジンの、同世代の女の子に恋した瞬間だったと思うよ。

 高一の夏‥‥GUNS N'ROSESと出会った頃とほぼ同時期に、毎週欠かさず観てた「ベストヒットUSA」のトップ20チャートに、聞いた事もない名前のアーティストの曲が上昇し始めて。気づいたらトップ10に入っちゃってたんだよね。かろうじてテレビから得られた情報が、

  DEBBIE GIBSON / Only In My Dreams

 というタイトルのみ。凄くポップでよく出来た1曲なんだけど、それ以上にこれを歌ってる女の子の声が凄い好みでさ。適度にハスキーで、適度にセクシーで。それでいてどことなく幼さが残ってる感じ。別の番組で観たPVのフルコーラスで、初めて歌ってる女の子のルックスをまじまじと見て‥‥モノクロ映像なんだけどさ。意外と好みだと判って。

 秋頃に "Shake Your Love" っていうセカンドシングルが出て。その頃にはこの子が自分と同年代(1970年生まれ)、楽曲の作詞・作曲を全てこなしてるってことを知って。日本ではその頃だったか、翌年頭だったかにようやくアルバム「OUT OF THE BLUE」が出てね。こんな田舎町のCDショップにも、ちゃんと発売日に入荷されてたんだよね。で、発売日に真っ先に買ってさ。後で他所の高校に行ったバンドメイトが「俺が買いに行ったら既になかった。お前が買ったのかーっ!」ってどつかれたっけ。

 ほぼ同時期にデビューして、先に全米ナンバー1(しかも2曲連続で)を獲得してしまったティファニー(彼女は1971年生まれ)といろんな面で比較されることが多く、どっちかっていうと後追い的なイメージが強かった彼女だけど、続く2作目のアルバム「ELECTRIC YOUTH」ではシングル/アルバム共に全米1位を記録。ちなみにティファニーは2作目のアルバム、コケてます。

 '90年代半ばまでちゃんと追っかけてたけど‥‥今は何やってるんだろう。結婚してお母さんになった、なんて話も聞いたような聞かなかったような。きっと今でも美人さんなんだろうね。

 という(ある意味)初恋のお話でした。



▼DEBBIE GIBSON「OUT OF THE BLUE」(amazon

投稿: 2004 09 30 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/29

とみぃ洋楽100番勝負(41)

●第41回:「Welcome To The Jungle」 GUNS N'ROSES ('87)

 俺の十代後半、一番の衝撃は‥‥プリンスもZEPも確かに衝撃だったけど‥‥やはりこのバンドとの出会いなのかなぁ。だって初めてその姿を見たとき、あんなに嫌悪感を抱いてたのにさ‥‥その後の事を考えるとねぇ‥‥

 高一の夏かな。千葉テレビでやってた音楽番組「テレジオ7」(当時の司会は多分、伊藤銀次とデビューしたての永井真理子。だったはず)って番組の冒頭で、いきなり流れ出した "Welcome To The Jungle" のPV‥‥既に「BURRN!」とかで名前や写真を目にはしてたけど‥‥全然ダメだったのね。受け付けなかった。むしろ嫌悪感すらあったもの。なんつーか‥‥「あ、ヤバい。マジでヤバいよこの人達」っていう危機感っつーか、本気でヤバそうな人達だと察したのね、あのPV観て、そのサウンド(特にアクセルの歌声)聴いて。

 けどさ‥‥今思えばそれって‥‥単純に「滅茶苦茶俺のストライクゾーンじゃん! エアロとかハノイを更にタフにしたような感じじゃん! モトリーにも通ずる汚さがあるじゃん! ハマっちゃえよ!」っていうのと、「いやいや、こいつらにハマったら取り返しのつかないことになるぞ‥‥人生棒に振るくらいに」っていうふたつの相反する気持ちのせめぎ合いから生じた危機感だったのかもしれないね。

 ジャングル=ロサンゼルスをイメージした歌詞とサウンド、そしてマジでターザンの雄叫びのようなアクセルのスクリーム。ルックス的にもサウンド的にも「ジョー・ペリーとアンディ・マッコイが同居する」バンド。何故かひとりパンクスしてるベース(しかもメチャ好み)、そして如何にも『LAメタル』してます的なドラム‥‥そう、完璧なんだよね。俺が好きにならないはずがない‥‥

‥‥我慢出来たのは、結局半年程度ですよ。その頃にはMTVやラジオから "Sweet Child O'Mine" がどんどん流れ始めてたからね。

 1988年12月の、たった40分で終わったNHKホール。その翌日に行われた伝説の武道館公演(俺の生涯ベストライヴの3本に入ってるから)。英国留学してて生では観れなかった1992年2月のドーム3公演。けどその埋め合わせでロン・ウッドのソロ公演を蹴ってまで行った1993年1月のドーム3公演。2年前のサマソニは‥‥同じ土地にいたのに、この頃の思い出を大切にしたかったから観なかった。そう‥‥俺、初来日で伝説となったあのライヴを2本共観ちゃってるんだもん。もう何観たって敵いっこないし。

 今でもあのイントロのギターフレーズを耳にしたら‥‥血管の血液が逆流し出す程に興奮するんだよ。もう17年も前の曲なのに。もう17年も聴き続けてるのにね。



▼GUNS N'ROSES「APPETITE FOR DESTRUCTION」(amazon

投稿: 2004 09 29 12:00 午前 [100番勝負, GUNS N'ROSES] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/28

とみぃ洋楽100番勝負(40)

●第40回:「Sign 'O' The Times」 PRINCE ('87)

 前に "1999" の時(第19回)にも書いたけど、アルバム「1999」から無題アルバム(通称「BLACK ALBUM」)や「LOVESEXY」の頃までのプリンスの快進撃はホント休む事知らずって感じで、アルバムを必ず年に1枚リリースしてたんですよね。特に「AROUND THE WORLD IN A DAY」、「PARADE」、そしてこの「SIGN 'O' THE TIMES」の3作はどれもが歴史的名盤と呼んでも差し支えない程の作品集。しかも3枚とも作風が異なりますからね。そこが凄い。

 初めて買った2枚組CDアルバムが、この「SIGN 'O' THE TIMES」だったんですよ。で、それが‥‥その後の俺の人生を変えちゃうような、もの凄い名盤中の名盤だったとしたら‥‥皆さんだったらどうします?

 それまで率いてきたTHE REVOLUTIONというバンドをいきなり解散させ(一応「PURPLE RAIN」から「PARADE」までの3作が『PRINCE & THE REVOLUTION』名義)、再び自作自演に明け暮れたプリンス。そうして出来上がったアルバムが2枚組なんだから‥‥しかも駄曲一切なし。ものスゲエよ、マジで。

 自作自演‥‥言い方は悪いけど、引き蘢りミュージックのひとつの完成型じゃないか、これ。1曲目の表題曲が、もう全部を語ってるよね、歌詞の内容にしろさ。チープなリズムボックスをバックに、胡散臭いんだけどソウルフルなシンセや、如何にもプリンスなかっちょいいギターソロが被さって、あの爬虫類的歌声が乗る‥‥しかもメロウ。そりゃ度肝を抜かれるわな。

 よくジミヘンだったりSLY & THE FAMILY STONE、スティーヴィー・ワンダーといった偉人達、そして同時代を生き抜くマイケル・ジャクソンと比較されるけど、全然違う立ち位置にいる人だよね。だって、未だに攻めの姿勢を崩してないじゃない。'90年代後半はレーベルとのゴタゴタとか訳判んない未発表曲集みたいなのが次々と出てきてファンは翻弄されたけど、ここ最近の彼は(決して「SIGN 'O' THE TIMES」の頃みたいな神懸かった閃きはないにせよ)ホント輝いてるよね。

 だからこそ‥‥そろそろまた、こういう「計算」と「暴走」の狭間にいるような作品集を期待しちゃうんだよね。



▼PRINCE「SIGN 'O' THE TIMES」(amazon

投稿: 2004 09 28 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/27

とみぃ洋楽100番勝負(39)

●第39回:「Angel Of Death」 SLAYER ('86)

 高校に入学して最も嬉しかったのは、他所の中学から沢山の、いろんな趣味を持った人間が集まってくること‥‥つまり、その中には自分と同じような「好みの音」の人や、まだ自分が未開拓な世界を知っている人がいるってことですよ。

 THE SMITHSとほぼ同時期に、このSLAYERも高校で知り合った友達に聴かせてもらったんですよ。というかレコード借りたんだ。しかも相手は女の子で。その子からはQUEENSRHYCHEとか初期ANTHRAXとか守護神伝パート1の頃のHELLOWEENとか、いろいろ教わったなぁ‥‥一緒にHELLOWEENの初来日公演にも行ったもんな。

 という昔話はこっちに置いといて‥‥

 「とにかく速いよ、METALLICAより速いから!」というリコメンドをいただいてから借りたSLAYERの3rdアルバム「REIGN IN BLOOD」‥‥速い。確かに速いよ。けどさ‥‥メチャクチャ残虐だよね、音が。今まで聴いてきたスラッシュメタルってのは一体何だったの!?と思わせる程に、速くて暴力的で殺傷力抜群。だって歌い出しがいきなり「アウシュビッツ!」だもん‥‥そりゃ衝撃以外の何ものでもないでしょ?

 アルバム通しても30分に満たないんだよね、このアルバム。しかもラストの「RAINING BLOOD」が終わると、エンドレスで雨の音が。CDだと途中で切れちゃうんだけど、俺何も知らなくてさ‥‥ダビングしてる最中に寝ちゃって(寝るなよ)‥‥そしたら46分テープ、残り10分近く、ずっと雨と雷の音が入ってて、知らずにテープ聴いてチビりそうになったことあったっけ。

 全曲オススメだけど、やはり『スラッシュメタルの何たるか』を具体的に表現したという意味で、この "Angel Of Death" を最初に聴いて欲しいな。ほぼ同時期にデビューしたMETALLICAが、このアルバムと同じ時期に「MASTER OF PUPPETS」という大作主義/プログレッシヴな様式美を追求して、もうひとつの『スラッシュメタルの在り方』を表明したのが、非常に興味深いよね。



▼SLAYER「REIGN IN BLOOD」(amazon

投稿: 2004 09 27 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/26

とみぃ洋楽100番勝負(38)

●第38回:「Mr.Crowley」 OZZY OSBOURNE ('80/'87)

 もうひとり忘れてた、オールタイムで好きなギタリスト。そう、ランディ・ローズね。唯一亡くなっている人だけにさ、もうその動向を追うなんてことは出来ないわけだけど‥‥やっぱり彼がオジーの元に残した2枚のオリジナル・アルバムと、この「TRIBUTE」というライヴ盤は、ホントに一生ものだと思うんですよ。

 オジーとの出会いは意外と遅くて、俺。多分「BARK AT THE MOON」が出て1年以上経ってからだと思うわ‥‥だってさ、あのルックスがね、子供心にマジで怖くて。本当に悪魔なんじゃなかろうか、と。そんなわけないんだけどさ。で、その後の「THE ULTIMATE SIN」は、単純に曲が気に入って、アルバムは結構聴いてた。ジェイク・E・リーのギタープレイも好きだったし。

 けど‥‥この「TRIBUTE」で初めてランディのプレイに接したんだけど‥‥感動した。いや、速弾きがどうこうっていうんじゃなくて、そのクラシカル且つメロディアスなギタープレイに。ライヴだけにラフな部分も目立つんだけどさ、それ以上にリフワークとソロプレイの対比がね、本当に感動的に凄かったわけ。

 ほら、ソロイストって意外とリズムプレイ(メインリフじゃなくて、歌のバックでのリズムプレイ)が印象薄い人多いじゃない。スティーヴ・ヴァイみたいに終始ソロプレイみたいな人は別として‥‥やっぱりエディ・ヴァン・ヘイレンくらいしか思い浮かばなかったのね、当時そういう人って。だからこそ、ランディのプレイには目から鱗だったわけ。

 特にさ、この "Mr.Crowley" でのソロは、全ギタリスト必聴なプレイが満載なんですね。俺もコピーしたもん、出来もしないのに。勢い余ってスケールアウトする箇所もあるんだけど、そんなのお構いなし。とにかく若さ故の勢いでカバー。勿論しっかり計算されているわけですが。

 この頃(高校1〜2年)、本気で「HM/HRが世界で最も高等な音楽」だと信じてたもんな、俺。そのくらい染まってたわけですよ、ハイ。



▼OZZY OSBOURNE / RANDY RHOADS「TRIBUTE」(amazon

投稿: 2004 09 26 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/25

とみぃ洋楽100番勝負(37)

●第37回:「Still Of The Night」  WHITESNAKE ('87)

 その時代その時代で好きなギタリストは沢山いるわけですよ。けど、オールタイム‥‥ガキの頃から現在に至るまでずっと好きなギタリストとなると‥‥

 エディ・ヴァン・ヘイレン、スティーヴ・ヴァイ、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、ゲイリー・ムーア、ロニー・ウッド、ブラッド・ウィットフォード(AEROSMITH)、アンディ・マッコイ(HANOI ROCKS)、イジー・ストラドリン(元GUNS N'ROSES)、マルコム・ヤング(AC/DC)‥‥

 多かった。もっと少ないと思ったんだけど。

 で、今回紹介するWHITESNAKEに一時期参加していたジョン・サイクスもそのひとり。いや、彼の場合は正直‥‥最近の動向を全く知らないので‥‥こないだBLUE MURDER名義で来日してたけど、あれはなぁ‥‥

 この「WHITESNAKE」という'87年のアルバムが大成功した裏側には、勿論デヴィッド・カヴァーデイルのボーカルの凄みとか、似非ZEP的なアレンジが流行だったとか、そりゃHM/HRがブームだったからでしょ、とかいろいろ理由が考えられるんだけど、やはり一番最初にくるのはそのものズバリ、曲の良さだと。過去のリアレンジ・バージョンである "Crying In The Rain" や "Here I Go Again" はもとより、それ以外の楽曲を手掛けたジョン・サイクスの才能たるや‥‥

 ただの "Black Dog"(ZEPの名曲)のパクリに終わってないのは、ジョン&デヴィッドのソングライティングの賜物であるのと同時に、奇跡的なメンバー‥‥エインズレー・ダンバー、ニール・マーレイ、ドン・エイリーといった凄腕達によって制作され、時代にフィットしたモダンなアレンジ、適度にソフトな要素も要している。つまり成功しないわけない、と。

 この7分近くあるヘヴィナンバーはシングルヒットにまでは到らなかったけど、これをファーストシングル/最初のPVに選んだのは大正解だったと思うよ。エディットバージョン作らないで、ちゃんとフルコーラス流れるPVといい、ビデオ用の豪華メンバー(ヴィヴィアン・キャンペル、エイドリアン・ヴァンデンヴァーグ、ルディ・サーゾ、トミー・アルドリッヂというHM/HRファンがヨダレをダラダラ流しそうなメンツ。結局これがツアーメンバーに)といい‥‥インパクト絶大よ。

 もし俺が「名盤100選」みたいなのをやったら、絶対に選ぶねこれ。ま、実際ここでも選んでるわけですが。



▼WHITESNAKE「WHITESNAKE (1987)」(amazon

投稿: 2004 09 25 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/24

とみぃ洋楽100番勝負(36)

●第36回:「Kill The King」 RAINBOW ('78)

 はい、好きなドラマーはU2のラリーと、コステロ & THE ATTRACTIONS時代のピート・トーマス、トミー・リー、そしてコージー・パウエル先生でございます。全員一癖も二癖もあるドラマーばかりでございます。

 コージー先生との出会いは、WHITESNAKEの「SLIDE IT IN」っつーアルバムでして、そこでも "Standing In The Shadow" や "Slow N'Easy"、"Guilty Of Love" 等で超絶プレイを堪能できますが、やはり個人的にはこの "Kill The King" のドラムがね。これで惚れたようなもんだから。

 つーかさ。所謂「三頭政治」時代最後の作品なわけじゃない(三頭政治=ロニー・ジェイムズ・ディオ、リッチー・ブラックモア、コージー)。確かに前作「RISING」程の完成度はないかもしれないけど‥‥いや、俺結構好きよ。

 高校一年の夏、プール監視員のバイトをしてさ。そこで一日中RAINBOWばかりかけてた時があって。ずっと "Kill The King" と "Stargazer" ばかりリピートしてたっけ。

 もし‥‥もしドラムが思いのままに叩けるのなら。まず最初に "Stargazer" のイントロ部分と、"Kill The King" をまるごと叩きたい。そんな衝動にかられる程、魅力的な、そして特別な緊張感を持った1曲。やっぱり今聴いてもカッコいいわ。



▼RAINBOW「LONG LIVE ROCK'N'ROLL」(amazon

投稿: 2004 09 24 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/23

とみぃ洋楽100番勝負(35)

●第35回:「Bullet The Blue Sky」 U2 ('87)

 U2の大出世作となった「THE JOSHUA TREE」の4曲目に収録されている、シングルにもならなかった1曲。けど俺にとっては非常に重要な曲なんですよね。

 「THE JOSHUA TREE」といえばまず "With Or Without You" でしょうかね。そして "I Still Haven't Found What I'm Looking For" といったシングルヒット曲が『アルバムを代表する曲』なんでしょうね。いや、それは間違いない事実ですよ。実際俺もそれらの曲が大好きだし、人に薦める時はそれらの曲名を挙げますからね。

 けど‥‥俺にとっては‥‥この時期‥‥'80年代中盤から'90年代に突入するまでのU2というのは、非常に重苦しくて、時に宗教色さえ強く感じさせる、そんなシリアスなバンドだったわけですよ。まぁ、「WAR」辺りからその片鱗は十分ありましたけど。

 そもそも「THE JOSHUA TREE」って言葉自体が、そっちですからね。

 そして‥‥反米感情みたいなものが強く表出し出したのも、この頃かなぁ。"Bullet The Blue Sky" っていうヘヴィな曲もその流れにある1曲と言えますよね。この渋いながらも魅力的な1枚の中でも、特に印象深いのはこの曲なんじゃないかな。これが "With Or Without You" と "Running To Stand Still" の間に挟まれている。それによって更に曲自体の「ヘヴィさ」と曲本来が持つ「重さ」を際立たせてるように映ります。

 そして‥‥初めてU2のライヴを観た横浜アリーナで、この曲を聴いた時の衝撃‥‥それがね。本当に忘れられないのよ。詳しくは映画「RUTTLE & HUM」、そして同名アルバムでのライヴテイクをご覧&お聴きください。

 凄くまっすぐで生真面目なバンド、U2。だからこそ‥‥その反動からきた'90年代のU2には腰を抜かしたわけよ。そして‥‥だからこそ信用できたんだよね、「人」として。



▼U2「THE JOSHUA TREE」(amazon

投稿: 2004 09 23 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/22

とみぃ洋楽100番勝負(34)

●第34回:「The Queen Is Dead」 THE SMITHS ('86)

 高校に入って最初に出来た友達は、違うクラスの奴だった。小学校時代から知ってた奴だけど、小学校〜中学校とそれぞれ別の学校で、たまたま同じ学習塾に通ってたってだけ。大した会話もなかったわけ。

 けどさ。高校に入って、共通の友人がいることが判って。そいつがパイプ役になって‥‥互いがロック大好きだと判ったわけ。その後はもう早かったよ。急速に仲良くなってったし。

 で、その彼から最初に借りたテープが、THE SMITHSの「THE QUEEN IS DEAD」と「THE WORLD WON'T LISTEN」だったのね。既に大学生だという年上の兄貴がいて、東京に住んでて、輸入盤とか何時でも買えるっていう‥‥そんな兄貴がいる奴が羨ましくて。THE SMITHSだって、兄貴が買った輸入盤からダビングしてもらったものだったし。

 名前しか知らなかったTHE SMITHS。ピンナップでしか見た事なかったモリッシーの歌声。いや、それ以上に衝撃だったのが、この曲で鳴らされるジョニー・マーのギターだったわけで。とにかく、いろんな意味で衝撃だった。

 アルバムは更にいろんなタイプの曲があって。この曲みたいに攻撃的なのもあれば、"Frankly, Mr.Shankly" みたいなポップソングもあるし、"The Boy With The Thorn In His Side" や "There Is A Light That Never Goes Out" みたいな名曲もある。そりゃ一発でハマるわけですよ。もう1枚の「THE WORLD WON'T LISTEN」は編集盤という名目だけど、ある種ベスト盤だからね。正直この2枚さえあれば、その頃の俺は無敵だったような‥‥そんな「凄いもの見つけちゃった!」感が強かったんだよね。

 でも、その年の秋に「STRANGEWAYS, HERE WE COME」というアルバムを出した後、唐突に解散‥‥オイオイ‥‥



▼THE SMITHS「THE QUEEN IS DEAD」(amazon

投稿: 2004 09 22 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/21

とみぃ洋楽100番勝負(33)

●第33回:「Whole Lotta Love」 LED ZEPPELIN ('69)

 中学〜高校の頃、よく「FM STATION」とか「FM FAN」を買ってたんですよ。今の若い子は知らないだろうけど、所謂FMラジオの番組表雑誌なんですよ。ここに「どの番組では何が流れる」といった具合に放送曲目が載ってるわけね。エアチェック族としては必需品だったわけ。

 で、幼い頃はこれらの雑誌の音楽特集記事からいろいろ勉強したわけですよ。「名盤100選」みたいな企画が、必ず年に1度はあるわけでして。

 確か高校に入った頃に「洋楽歴史的名盤100選」みたいな企画で挙げられていたのが、DEEP PURPLE「MACHINE HEAD」とLED ZEPPELIN「II」だったんだよね。共に名前は知ってたものの、実は中学時代は全然通過してなくて(いや、嘘。DEEP PURPLEは "Smoke On The Water" 知ってたし、雑誌「BURRN!」のラジオCMで必ず流れる "Burn" のリフとサビも耳にしてたし、何より再結成パープルの「PERFECT STRANGERS」はレンタルで借りて聴いてたしね。でも夢中にはならなかったって意味で、通過してません)‥‥で、思い切って借りたわけですよ。

 最初に「MACHINE HEAD」を聴いて、おー "Highway Star" はかっけーなぁ、とか、"Lazy" のスリリングな演奏がめちゃめちゃイカすなー、とか思ってたわけですよ。あーパープルって意外にカッコいいんだ、とRAINBOW派の俺も素直にそう感じたんですね。

 ところが‥‥ZEPのCDをトレイに落とし、プレイボタンを押した後‥‥ものの数分でやられちゃったわけ。判るでしょ、この "Whole Lotta Love" 1曲のインパクト‥‥

 自分が音楽を「作る」上で、その原点となってるのは間違いなくBEATLESとZEPなのね。高校時代の俺にとって、確かにZEPは「最高のハードロックバンド」だったんだけど、今では全然そんな認識ないからね。普通に頭のイカれたミクスチャーロックバンド、くらいの認識ですよ。

 とにかく。ZEPは "Stairway To Heaven" や "Rock And Roll" から入るんじゃなくて、このセカンドから入っていくのが正しい道だと思います。そこからファースト、そして4枚目に行けばいいんじゃないの?



▼LED ZEPPELIN「II」(amazon

投稿: 2004 09 21 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/20

とみぃ洋楽100番勝負(32)

●第32回:「When Tomorrow Comes」 EURYTHMICS ('86)

 正確にはこれ、俺が中3の頃にリリースされた楽曲で、実際その頃にかなり集中して聴き込んだアルバムのひとつがこのEURYTHMICSの「REVENGE」ってアルバムなのね。

 じゃあ中学編で取り上げろって話ですが‥‥いやいや。あのね‥‥中学卒業した後の春休み。高校生でもなく、ましてや中学生でもないあの時期に、代々木体育館(オリンピックプール)に初めて行ったんですよ。そう、このEURYTHMICSのライヴを観に。

 ルックスがどうだとか、ギターがどうだとか、そういうユニットでは決してないし、アニー・レノックスに惚れるということもない。もうこれは単純に、楽曲の勝利。この曲が入った「REVENGE」ってアルバムはホント名盤ですよ。勿論、その前の「BE YOURSELF TONIGHT」(有名な "There Must Be An Angel" を収録)も名盤だし、それ以前の "Here Comes The Rain Again" も、後にMARILYN MANSONのカバーで更に知名度を上げる "Sweet Dreams" も、全部素晴らしい。だから最初に聴くならベスト盤がいいのかもしれないね。シングル曲を完全網羅してるはずだし。

 とにかくね‥‥この曲のポップさ、そして高揚感。エンディングに向けて盛り上げていく歌と演奏‥‥全てが素晴らしいのよ。如何にも'80年代的なのかもしれないけど、だからこそ俺は胸張って「俺より上の世代は『'80年代はSTONE ROSESが現れるまで死んでた』とか言うけど、そんなの嘘。間違いなく'80年代は俺にとって輝いてたし、魅力的だったのよ」って言いたいね。

 残念ながら彼等は'90年代に入って活動休止、それぞれがソロで活躍した後に'99年に復活作「PEACE」をリリースするんだけど‥‥また分裂。いや、決して仲が悪いわけではないんだけどさ(元々夫婦だったんだっけ。離婚してもずっとコンピ続けてたわけだしね)‥‥やっぱりもう一度、ライヴを観たかったなぁ‥‥



▼EURYTHMICS「REVENGE」(amazon

投稿: 2004 09 20 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/19

とみぃ洋楽100番勝負(31)

 ひとまず「中学生編」は前回で終わり、かな。まだ抜けがあるような気がするけど。

 とりあえず、今回からは高校時代編。30曲くらいを予定してます。まーこの頃から暫くはメタル一辺倒な時代に突入するのかな‥‥


●第31回:「Heat Of The Night」 BRYAN ADAMS ('87)

 最近、6年振りのアルバムをリリースしたブライアン・アダムス。きっと俺等の世代なら「RECKLESS」を名盤に挙げて、"Heaven" や "Straight From The Heart" といったバラードを名曲に挙げるんでしょうね。で'90年代以降に聴き始めた人等にとっては「WAKING UP THE NEIGHBOURS」が名盤であって(誰だよ、「DEF LEPPARDってブライアンのパクリだよね!」とか言ってる奴は!?モノ知らなさ過ぎ!)、"(Everything I Do) I Do It For You" や、スティングとかロッド・スチュアートと共演した "All For Love" が凄い曲だとか言い出すんだろうなぁ‥‥いや、それは否定しませんよ。人それぞれに好みがあるでしょうから。

 けど。俺が一番好きなブライアン・アダムスのアルバムは、間違いなく「INTO THE FIRE」であり、一番好きなバラードは "Victim Of Love" なんだ、と。胸を張って言いたいね。

 曲がつまらない、とか、駄作、とか、全然ポップじゃない、とか。言いたいことはそれだけかよ? 要するにお前等みんな、固定観念に捕らわれて、自分が理解できないものを全部「糞」とか言いたいんだろ?

 バカかと。アホかと。

 高校に入るか入らないかの頃。間違いなく俺はこのアルバムに夢中になってた。これと同時期にリリースされたU2の「THE JOSHUA TREE」と。中学卒業祝いで貰ったCDギフト券(いや、当時はまだレコードギフト券か)で買ったこの2枚にどれだけ救われたことか。根が暗いからさ、能天気なロックには救われないのよ。

 とりあえず進学校みたいな学校に入学して、いろんな違和感を感じながら、きっと俺はこの重苦しいアルバムの中に逃げ場を探してたんじゃないかな‥‥いやよく覚えてないけど。

 とにかく、この重さがたまらないんだよね。特に "Heat Of The Night" は、ブライアンが弾くギターソロがまたね、味わい深くて。渋い。本気で渋い。

 もはやこのアルバムからの曲はライヴで演奏されることもないだろうけど‥‥やっぱり大切なアルバムだな、これは。



▼BRYAN ADAMS「INTO THE FIRE」(amazon

投稿: 2004 09 19 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/18

とみぃ洋楽100番勝負(30)

●第30回:「Walk This Way」 RUN D.M.C. ('86)

 2度目のエアロ‥‥ってことになるのかしら。ま、この場合は単純に「エアロだったから」以上の要素が多いと思うんですが。

 ファルコの時に「初ラップ体験」を書きましたが、となるとここでは「初ヒップホップ体験」ってことになるんでしょうね。アルバム「RAISING HELL」もレンタルで借りてきて、そのカッコ良さが完全には理解できなかったものの、「要するに『ノリ』でしょ?」と判ったようなことを言ってた中3の夏。まだ「B-BOY」なんて言葉が日本で一般的になる前のお話ですよ。

 そうそう、RUN D.M.C.と出会ったからアディダスのスニーカーとかジャージを無理して買ったりしたなぁ(このアルバムにも "My Adidas" なる曲までありますからね)‥‥そう、俺のヒップホップ初体験は完全に「形から」だったんですよね(それは翌年のBEASTIE BOYSとの出会いにまで続く)。

 あ、エアロにも触れておかなきゃ。この前の年にエアロは「DONE WITH MIRRORS」というアルバムで復活するわけですが(当然買いました)、ガキの俺からしてもそんなに良いとは思えなかったのね。半分好きだけど、半分イマイチ、みたいな。けど、このRUN D.M.C.との共演は違ったわけ。当たり前だよ、小学生の頃から散々聴いてきた "Walk This Way" を更にカッコ良くやってるわけだから。アレンジ云々よりも、ジョー・ペリーのギターが相変わらずカッコ良かったのと、スティーヴン・タイラーの声が「DONE WITH MIRRORS」の時以上にロックしてること。これが衝撃だったんだよね。ここで完全に俺内エアロ熱が再発したもの。ま、エアロ完全復活までには、もう1年かかるんだけどね‥‥

 この年の12月には渋公だったかNHKホールだったか忘れたけど、初来日公演にも行きましたよ。エアロの方じゃなくて、RUN D.M.C.のね。だってさ、てっきりゲストでスティーヴンとジョーが来ると思ってたから。そんなわけないのにね。だからさ、アンコールだったか本編最後だったかでやった "Walk This Way" に思いっきり肩すかしを食らったんだよね‥‥まだガキだったからさ。そこが『本質』じゃなかったのにね。その後、彼等を観る機会はなかったんだけど(彼等が出演した時のフジロックにも行ってないしな。その後の悲劇を思えば、やはり無理してでも行くべきだったなぁ)、やっぱりいろいろ判ってきた今だからこそ、改めて観たかったよなぁ‥‥



▼RUN D.M.C.「RAISING HELL」(amazon

投稿: 2004 09 18 12:00 午前 [100番勝負, AEROSMITH] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/17

とみぃ洋楽100番勝負(29)

●第29回:「Yankee Rose」 DAVID LEE ROTH ('86)

 サミー・ヘイガーを迎えた新生VAN HALENに感激&感動した俺は、正直「デイヴ・リー・ロスはもう(ハードロックの世界では)ダメだろうなぁ‥‥」とずっと思ってたんですね。だってVAN HALEN辞める前に彼がやったソロ活動がBEACH BOYSやスタンダードナンバーのカバーですからね。で、それが大ヒットしちゃったもんだから‥‥どう考えても "Jump" や "Panama" みたいな曲は彼に求めるのも酷だろうな‥‥と。きっと俺以外の多くの人達がそう思ってたでしょうね。

 けど、実際には違った。彼はスティーヴ・ヴァイ(Gt)、ビリー・シーン(Ba)、グレッグ・ビソネット(Dr)という「その筋」では知らない者はいないという名手を揃えて、まるでVAN HALENの1stを'86年に蘇らせたかのような名盤「EAT'EM AND SMILE」を引っ提げてシーンに戻ってくるわけですよ。

 アルバム1曲目の "Yankee Rose" のイントロでやられちゃうわけですよ。だって、ギターが喋るんですよ! ボーカルとギターで掛け合いしちゃうんですよ、喋りで! もうね、笑うのを通り越して感動したもの、中3の俺は!

 ブリブリして暴れまくり、ギターとの高速ユニゾンをいとも簡単にひけらかすビリー・シーンのベースにも失禁寸前だったし、手堅いながらも聴いてて気持ちいいグレッグのドラムも文句無し。VAN HALENにあった「軽さ」が一切ないんですよね。

 アルバムだと続く "Shyboy" が最も好きなんですが、これ、正確にはデイヴのオリジナルじゃなくてビリーが以前やってたバンド、TALASの曲なんで、やっぱり一番最初に聴いて衝撃を受けた "Yankee Rose" かなぁ。

 その後のデイヴの落ちぶれっぷりには目を覆いたくなりますが‥‥やはりこの時の勢いはね。是非この目で実際に目撃したかったですね。残念ながらこの時のメンツ、このアルバムでのツアーでは来日してないんですね‥‥ここで完全にVAN HALENと差がついちゃったな、と‥‥



▼DAVID LEE ROTH「EAT'EM AND SMILE」(amazon

投稿: 2004 09 17 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/16

とみぃ洋楽100番勝負(28)

●第28回:「Dreams」 VAN HALEN ('86)

 2度目の登場となるVAN HALEN。しかし、前回紹介した頃(デイヴ・リー・ロス在籍時)とは明らかに違う‥‥シンガーのチェンジ。サミー・ヘイガーという既に『Voice of America』なる称号を手にしていた有名シンガーを向かい入れ、更にサウンド的にもよりポピュラリティーある方向へとシフトチェンジした1枚である、「5150」というアルバムの中で、名曲中の名曲と呼べるであろう "Dreams" という曲。ホント完璧ですよね、全てにおいて。

 イントロのシンセ&エレピはちょっと'80年代的ですが、やっぱりこのイントロを聴くとね‥‥気持ちが高揚するというか。で、リズムインしてボーカルが入って‥‥とにかくメロディの流れがね、俺的に完璧なわけですよ。サビまでの流れといい、サビでの盛り上がりといい。そしてギターソロね。1回目のもいいけど、ラストの如何にもエディらしいタッピングプレイがね、鳥肌モノでして。ただ凄いプレイってわけじゃなくて、しっかりメロウで曲の流れにピッタリという。やっぱり鼻血ものですな。

 これ聴いちゃうとデイヴと別れて正解だったよな、と。勿論デイヴはデイヴでまた凄いことをやらかしちゃうわけですが‥‥それにしてもVAN HALENという名前でここまでの変化をしちゃうわけですからね。きっと俺等よりも若い世代はサミー時代のVAN HALENしか知らないわけですよね、リアルタイムでは。それが当たり前として存在してたわけですから。そういう意味では‥‥最初に聴いた時の違和感も確かにあったわけですよ。ボーカルが違うとか、曲が異常にポップだとか。でもさ‥‥曲の良さには敵わないよ。ホントに凄いもん、今聴いても。

 今年に入ってやっと活動再開したVAN HALEN。このアルバム時のメンツでの復活ってことで、当然ながらこの "Dreams" もライヴでやってるわけでして‥‥いつになったらここ日本で、再びあの "Dreams" が聴けるんでしょうかねぇ‥‥



▼VAN HALEN「5150」(amazon

投稿: 2004 09 16 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/15

とみぃ洋楽100番勝負(27)

●第27回:「Broken Wings」  Mr.MISTER ('85)

 これも如何にも'80年代的なバンドでしたよね。産業ロックといいましょうか、職業ソングライターが作ったバンドといいましょうか。

 '80年代に入って、とにかく目立つようになったのが「専門職業ソングライター」の存在ですかね。いや、勿論それ以前にも沢山有名どころがいましたが、こと'80年代に入ると‥‥ブライアン・アダムスの片腕といえるジム・ヴァランス、BON JOVIの大ヒットの立役者であるデズモンド・チャイルド、DEF LEPPARDを大物に仕立て上げたプロデューサー兼ソングライターのジョン・マット・ランジ、その他ダイアン・ウォーレン、ホーリー・ナイト、ジム・スタインマン、等々‥‥

 今回紹介するバンド、Mr.MISTERのリーダー兼ボーカル&ベース、そしてソングライターでもあるリチャード・ペイジもそのひとりなんですよね。'80年代初頭にPAGESっていうバンドでデビューしたものの、鳴かず飛ばず。その後Mr.MISTERを結成、この "Broken Wings" が収録されたのは、'85年リリースの2nd「WELCOME TO THE REAL WORLD」。ここで一気に大ブレイクですよ。同曲は同年末から翌'86年にかけて全米ナンバー1ヒット。続く "Kyrie" もナンバー1。それに続いてアルバムも1位に。

 彼等は決してルックスも良かったわけでもないし(元々はスタジオミュージシャンの集まりみたいなもんだからね)MTV的にPVが面白かったわけでもなく、単純に「楽曲の良さ」が評価された結果だったように思います。実際、大ヒットした2曲の出来はハンパないもの。

 暗い曲が大好きなとみぃさんとしては、やはり "Broken Wings" の重苦しい雰囲気にやられたんですよね。ちょっとスティングにも通ずるルックス&歌声のリチャードも魅力的でしたし。サウンド的にもちょっとPOLICE末期のスティングっぽいかな‥‥なんて。静と動を上手く組み込んだアレンジも、例えば同年大ヒットしたTEARS FOR FEARSの "Shout" に似てるし。あーやっぱ俺、暗かったんだなー。

 ちなみにMr.MISTERは'87年に3rdアルバムをリリースするも、思いっきりコケちゃって、後に解散。リチャードはソロアルバムなんかをリリースしつつ、職業作家として現在も活躍しております。そうそう、矢沢永吉が'80年代にアメリカで英語アルバムリリースしたこと、あったでしょ? あそこでもリチャードは曲を提供してるんですよね(豆知識)。あとギターのスティーヴ・ファリスはセッションマンとして活躍、'90年代末のWHITESNAKEに参加したりもしてましたね。ドラムのパット・マステロットは'90年代半ばの「6人編成」KING CRIMSONに参加、現在の「4人編成」KING CRIMSONにも在籍し、ロバート・フリップやエイドリアン・ブリューの良き片腕として活躍しております。

 そう考えると‥‥実は凄いバンドだったんだね。まぁ再結成はないだろうけどさ。されても困っちゃうんだけど。



▼Mr.MISTER「WELCOME TO THE REAL WORLD」(amazon

投稿: 2004 09 15 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/14

とみぃ洋楽100番勝負(26)

●第26回:「Rock Me Amadeus」 FALCO ('86)

 オーストリア出身アーティスト初の全米No.1(しかも4週連続)という記録もアレですけど、それ以上に‥‥恐らく生涯で初めて聴いた「ラップ」がこれだったんじゃなかろうか‥‥と。いや、冗談抜きで。だってRUM D.M.C.がAEROSMITHをフィーチャリングした "Walk This Way" のカバーは、この年('86年)の夏頃でしたからね(そしてRUN D.M.C.の来日公演が12月頃にあって。行ったんですよ、俺)。ファルコのヒットは多分春頃だったと記憶してますよ。

 そんなラップ(notヒップホップ)初体験が、このドイツ語混じりの変な英語‥‥今改めて聴いてみて‥‥これ、ホントにラップか!?って思っちゃうんですが‥‥まぁラップだよね、ある意味。

 ある意味子供騙しなんだけどさ‥‥この胡散臭さこそが'80年代だったんだよね。例えばお隣のドイツから登場したNENA然り。決してサウンド的に新しかったわけじゃなくて、どこかニセモノっぽくて、それでいてポップ、みたいな。まぁあの時代MTVで流れてたものの大半がそんなモノばかりでしたが。今でいえばt.A.T.u.みたいなもんでしょうか?(多分違う。それに全然「今」じゃないし)

 きっと同世代の人達じゃないと理解してもらえないだろうファルコ。今から4〜5年前に交通事故で既に他界してますし、日本盤も全て廃盤扱いのファルコなんですが‥‥

 良いものは良い。

 ニューウェーブもどきだろうがいいじゃない。英語じゃなくてもいいじゃない。ラップなのかラップじゃないのか判らなくてもいいじゃない。楽しくてバカバカしいのが伝われば(けど歌ってる本人はいたって真面目という。スーツ着て髪型決めてビシッとしてるしね)。


 そういう意味じゃ、t.A.T.u.の真価が問われるには、やはりあと20年くらい必要みたいですね!(そんなことはない)



▼FALCO「FALCO - GREATEST HITS」(amazon

投稿: 2004 09 14 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/13

とみぃ洋楽100番勝負(25)

 やっと四分の一‥‥先は長いな。頑張ります。


●第25回:「God Save The Queen」 SEX PISTOLS ('77)

 昔むかし‥‥もう20年くらい前かしら‥‥「メタル派」「パンク派」みたいな派閥みたいなのがあってさ。曰く「メタルファンはパンクを聴くべからず」みたいな。またその逆も然り、と。音楽的にもスタイル/アティチュード的にも対極にある音楽だと思われてたわけよ。パンクが登場してメタル/ハードロックは「オールドスタイル」呼ばわりされ隅に追いやられ‥‥けどさ、そのパンクが下火になった頃にイギリスではまたメタルに火が着くじゃない(所謂「NEW WAVE OF BRITISH HEAVY METAL」ってやつね)。しかもIRON MAIDENなんて、明らかにパンクからの影響もあったはずだし、その親玉みたいに崇め奉られたMOTORHEADなんてどっちとも取れるじゃない? なのにさ‥‥バカみたいだよね、今となっては。

 ま‥‥ほら。'80年代も後半になればなる程‥‥例えばGUNS N'ROSESみたいなバンドが出てきたし、METALLICAやANTHRAXみたいなバンドがメタルだけでなくパンクからの影響も口にし出すようになってようやくオールドメタルファンは一歩あゆみ寄った、といったところでしょうか。

 でもさ。俺等の世代はそんな馬鹿げた派閥、無視してたよ。少なくとも俺はパンクもメタルも同じくらい、カッコいいと感じて聴いてたし。

 さて、本日のお題となるSEX PISTOLS。所謂パンクの教科書的存在ですよね。その音楽性にしろ、バンドの生き方にしろ。

 けどさ‥‥正直なところ俺、最初はすっげー苦手でさ。最初に聴いた&観たのが、この "God Save The Queen" のプロモーションフィルムでさ。スタジオライヴ風映像なんだけどさ‥‥どうにも受け付けなかったのね。俺にとっては‥‥ジョニー・ロットンが全然カッコ良く見えなくて。その脇にいる厳ついギターの男(スティーヴ・ジョーンズ)はちょっと好みだったんだけどさ。

 なんだろう‥‥HANOI ROCKSとかMOTLEY CRUEとか、明らかにパンクを通過してるであろうバンドは好きになれたのに、本家パンクには魅力を感じなかった。曲もなんだか単調だし、ファッションも華やかじゃない‥‥そう、俺が好きになった要素って結局パンクじゃなくて「グラム」な側面だったんだよね、後になって思うと。それなら納得いくもん。その後に聴いたMOTT THE HOOPLEにしろNEW YORK DOLLSにしろ、一発で気に入ったのは音の方にもその「華」が感じられたから。だから‥‥

 でも今は好きですよ。実はアルバム「勝手にしやがれ」を聴いたのは、そのもっと後‥‥高校生になった頃かしら。CD化されてようやく聴いたんだよね。CLASHとかはアナログでも聴いてたくせして。

 "Anarchy In The U.K." の方が一般的に目じゃなんだろうけど、あのビジュアルの衝撃(俺が嫌悪感を持ったという意味でね)込みで、俺はやっぱこっちを選びます。再結成ライヴ@武道館の時も、"Anarchy〜" よりも "God Save The Queen" の方が感慨深かったしね。



▼SEX PISTOLS「NEVER MIND THE BOLLOCKS HERE'S THE SEX PISTOLS」(amazon

投稿: 2004 09 13 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/12

とみぃ洋楽100番勝負(24)

●第24回:「Don't You Ever Leave Me」 HANOI ROCKS ('84)

 HANOI ROCKSはリアルタイムだと、この曲が収録されたラスト作「TWO STEPS FROM THE MOVE」が出た後かな。しかもこのアルバムがリリースされた年の12/8、ドラマーのラズルが亡くなって、翌年に解散。だから出会ってアッという間に解散した‥‥ってイメージが強いのね。曲よりもビジュアルのインパクトが凄かったから(雑誌のピンナップとかね)、その曲の「味」に気づくまで、そこから更に数年を要するんだけど(ま、ガキにはなかなか理解しがたい「味」だったんだけど‥‥)。

 そのラズル。交通事故で亡くなりまして‥‥MOTLEY CRUEのボーカル、ヴィンス・ニールが運転する車に同乗してて、ヴィンスが事故って。車から放り出されたラズルはそのまま亡くなってしまうという‥‥そんな出来事。だからHANOI派、MOTLEY派って派閥が出来ちゃうんだよね。そういう因縁を持ってるから。

 けど俺は‥‥単純にマイケル・モンローってシンガーのスタイル(歌い方、声、ルックス、ファション、アティチュード等全て)が大好きだし、ニッキー・シックス(MOTLEYのベース兼リーダー)のスタイル(佇まい、アクション、書く曲、発言等)が大好きだった。恐らく10代の自分にとって、全てだったんじゃないか、と言い切れる程に。

 最初に動くHANOIを観たのは古い曲‥‥ "Motorvatin'" のPV(というかプロモーションフィルム)だったけど、ちゃんと「HANOI ROCKS」というものを認識して向き合ったのがこの "Don't You Ever Leave Me" のPVだった。そしてこれが最後の「動くHANOI ROCKS」になっちゃったんだよね‥‥その後はもう、ひたすら後追い、後追いで。公式リリースされてるライヴビデオは勿論、映りの悪い1本4〜5,000円する海賊ビデオにまで手を出して。

 この曲がファーストアルバムに入ってる "Don't Never Leave Me" って曲の焼き直し(リメイク)だというのは、高校生になってから知った。どっちもそれぞれ味わい深くて好きなんだけど、やっぱり‥‥絵付きで出会ってしまった、こっちのインパクトがね。

 その後、'90年に初めてマイケルを生で観て(しかもゲストにナスティまでいるし!)、'93年頃にマイケル、ナスティ、サミーという「生存しているHANOIの3/4」を生で体感し(けどライヴは糞だった)、それから数年後に池袋の某CDショップでアンディ・マッコイと握手して、'02年夏‥‥「HANOI ROCKS」を生で初体験するに至るのでした。

 やっぱり幕張で初体験した時も、この "Don't You Ever Leave Me" でマジ泣きしたなぁ‥‥ライヴ盤に忠実に、ちゃんと "Cheyenne" イントロのアルペジオとのメドレーで。そりゃ泣くよ。15年越しくらいの思いがやっと果たされたんだから。

 今こうやって過去を振り返ってるけど‥‥そりゃ確かにMOTLEY CRUEは今休止中で、来年にならないと動き出さないけど‥‥それでも彼等もHANOI ROCKSも、俺にとっては「現役」であって、ずっと続いてるわけですよ。俺の根っこの部分にずっとある、全ての基準となるよな、そんな存在。

 やっぱりロックンロールはカッコ良くなくちゃ。ねっ?



▼HANOI ROCKS「TWO STEPS FROM THE MOVE」(amazon

投稿: 2004 09 12 12:00 午前 [100番勝負, HANOI ROCKS] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/11

とみぃ洋楽100番勝負(23)

●第23回:「Home Sweet Home」 MOTLEY CRUE('85)

 中学生の頃、俺の周りの洋楽ロック好きな男女の間で、ちょっとした論争というか派閥ができてました。曰く、「HANOI ROCKSとMOTLEY CRUE、どっちがカッコいいか?」という、至極下らない内容なのですが‥‥

 で、当時の俺。実はどっちつかずで優柔不断な少年でした。だってマイケル・モンローとアンディ・マッコイがカッコ良くてHANOI好きになって、ニッキー・シックスとトミー・リーがカッコ良いからMOTLEY好きになったんだもん‥‥ぶっちゃけ、その4人でバンド組んでくれたらどんなに良かったことか(実際、全パート揃ってるしね)‥‥

 けど、サウンドだけだったら、一聴して解りやすく親しみやすいメロとサウンドを持ったMOTLEYに軍配を挙げますね。HANOIのルーズなロケンローは、当時13〜4才だった俺には早過ぎた(事実、17〜8才になってやっと理解し始めたしな)。

 そんなMOTLEYが更に知名度とポピュラリティを得る切っ掛けとなった作品が、'85年リリースの3rdアルバム「THEATRE OF PAIN」と、そこからの第1弾シングル "Smokin' In The Boys Room"。アルバムはトップ10入りし、シングルもトップ20入りを果たしたんだよね。ファッションも更にグラマラスになって、ステージもどんどんド派手になって。この時のツアーから初めてトミー・リーのドラムが回転し始めるんだよね。ま、この時はまだ前のめりに90度傾くだけだったんだけど。笑

 そしてアルバムからのセカンドシングルとなった名バラード "Home Sweet Home"。決して大きなヒットにはならなかったけど、今でも彼等の曲の中で3本指に入る程好きな曲。だって高校生の頃、この曲がやりたくて「まったり・くるー」というMOTLEY CRUEのコピーバンドを組んだ程だから。笑

 今では1991年に再録音されたリテイクバージョン(ボーカルとギター以外のパートを全て再録音。ピアノはエレピから生に変わってます)の方がよりナチュラルで気に入ってるんだけど、やっぱりこれも俺の原点のひとつだよな。ハードロックバンドの演るバラード‥‥アルバムの中にそんな曲がひとつ見つけられたら、もうそれで儲けモノ、みたいなネ。



▼MOTLEY CRUE「THEATRE OF PAIN」(amazon

投稿: 2004 09 11 12:00 午前 [100番勝負, MOTLEY CRUE] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/10

とみぃ洋楽100番勝負(22)

●第22回:「Fall On Me」 R.E.M.('86)

 当然ながら "Losing My Religion" よりも前。いやいや、最初のトップ10ヒットとなった "The One I Love" の1年前にリリースされたアルバム「LIFES RICH PAGEANT」から、PVにもなったこの曲を。このPVを切っ掛けに彼等と出会ったわけですからね。

 それまでも一部雑誌とかで名前は目にしたことあったわけよ。「米カレッジチャート」云々って記事で。そもそもカレッジチャートって何よ?って思ってたような中学生だったわけだから、当然このバンドも名前(「アール・イー・エム」と読むのか「レム」と読むのかさえ知らなかったんだから。というか情報がなかったのよそれだけ)と、メンバー4人のもっさいルックスしか知らなかったわけでして。

 で、"Fall On Me"。文字(歌詞)しか出てこないPVは、それより遥か前にボブ・ディランが既にやってたわけだけど、やっぱりインパクトあったわけですよ(その後プリンスやINXSもやってたけど)。素朴で判りやすいメロディ。シンプルでスカスカ、けどサビに向けてドンドンと温度が高くなっていく演奏。そしてマイケル・スタイプの「とてもアメリカっぽい」声‥‥ま、これは偏見かもしれないけど。

 何だろう‥‥一発でハマったのね。んで偶然にも地元の貸しレコード屋に、当時CBSソニーからリリースされてた「LIFES RICH PAGEANT」のLPが入荷してて‥‥一番乗りで借りたわけですよ。

 今やアメリカンロックの良心とも王道とも呼ばれるR.E.M.ですが、この頃(「IRS」というインディーレーベル所属)の彼らの特徴といえば、当のアメリカ人でさえも完全に聞き取れない、独特な訛りのあるマイケルのボーカルでしょうね。正直、"Fall On Me" なんてPVを観てても「えーっ、本当にそう歌ってる?」って思える箇所、多々あるし。そういう意味ではやはり「DOCUMENT」で大ブレイクしたのも理解できますよね(この辺りからかなり聴きやすくなった感あり)。

 そんな俺の自慢は、'89年1月のR.E.M.2度目の来日公演@MZA有明に行っていることです。羨ましーだろーっ!!



▼R.E.M.「LIFES RICH PAGEANT」(amazon

投稿: 2004 09 10 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/09

とみぃ洋楽100番勝負(21)

 五分の一消化。こんな調子で年内までに100本、間に合うのでしょうか?(そして新サイト立ち上げはいつ!?)


●第21回:「Battery」 METALLICA('86)

 はい、お待たせ。みんなが待ってたメタル路線。この1曲でその後の俺の人生、台無しにされたようなもんですよ。

 基本的にパンクだから聴かない、メタルだから嫌い、というような聴き方はしてこなかった中学時代の俺。殆どがMTV(そしてTVKや千葉テレビでやってた「SONY MUSIC TV」)や「ベストヒットUSA」、そして土曜の深夜ラジオ(「全米トップ40」〜「ROCK TODAY」の、ラジオ日本の流れ)で耳にして気に入った曲をかたっぱしからNHK FMやAMラジオでエアチェックしたり、レンタル店で借りてきたりしてた俺。だからハードロックとかニューロマンティックとか、そんな括りはどうでもよかったんですよ。

 ところがね‥‥こいつらのお陰で、俺は暫く「田舎のメタル少年」になってしまうわけですよ。

 創刊当時から一応は買っていた「BURRN!」というHM/HR専門雑誌。そこのアルバムレビューで95点を獲得したのが、METALLICAの3rd「MASTER OF PUPPETS」というアルバム。当時スラッシュメタルの何たるかも理解してなかった、メタルといえばIRON MAIDENかJUDAS PRIESTかDIOが最高に決まってるじゃん!とほざいていた中坊の俺。そんな俺が何故か小遣い貯めてアナログLPを買ってしまったのが、このアルバム。

 ‥‥プレイヤーに針を落とした瞬間‥‥1曲目の "Battery" に全てを奪われちゃうわけですよ。ああ‥‥こういうのがスラッシュメタルなんだ‥‥すげぇ‥‥こんなカッコいい音楽が世の中にはまだあったんだ‥‥って。

 田舎のレンタル店なんで、METALLICAの旧譜なんて置いてなくて、結局高校に入学するまで、彼等のファーストやセカンドに触れる機会はありませんでした‥‥そのはずだったんだけど‥‥

 1986年秋。生まれた初めて体験した外タレのコンサート。それがMETALLICAの初来日公演でした。

 ここで俺の二度目のロック童貞が奪われました。



▼METALLICA「MASTER OF PUPPETS」(amazon

投稿: 2004 09 09 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/08

とみぃ洋楽100番勝負(20)

●第20回:「What You Need」 INXS('85)

 オーストラリアのバンドっていうと、'80年代はMIDNIGHT OILとこのINXSが一番有名なんでしょうね(ま、一応AC/DCもそうだけど、その後イギリスに移ってるしね)。実際、俺が初めて知ったオーストラリアのバンドがINXSで、その切っ掛けとなったのがこの曲のヒットだったわけですよ。あの写真を切り貼りしたかのようなPVね。あーやっぱりMTV世代で良かった、俺。

 この曲のヒットの前から彼等は既にそこそこ英米でも売れていた存在だったんですが、いきなりこの曲が全米トップ3入りしちゃったもんだから、その勢いでアルバムもそこそこヒットして、続く「KICK」というアルバム及び "Need You Tonight" は共に1位を記録しちゃうんですよね。恐るべし。

 INXSってバンド、ある時期は本気で理想的なバンド像だったんですよ、俺にとって。ROLLING STONES程黒っぽくなくて、適度にハードで都会的。けどそんなにスマートでもなくて、田舎者が頑張ってカッコつけてる「ダサカッコ良さ」‥‥その微妙なラインが出せたのは、やはりオーストラリアっていう土地柄なんでしょうね。彼等がアメリカやイギリスに移住してたら恐らくもっと隙のない音作りをしてたはずだし(そういう意味では大ブレイク後の'90年代の作品にはその香りがするんですが)。

 この曲はひとことで言っちゃえば、ハードロック。続くシングル "Listen Like Thievs" にしろ、同曲を含むアルバム「LISTEN LIKE THIEVES」からのファーストシングルとなった "This Time" にしろ、どこかそういったハードロック的な重厚さを感じるんですね。けど、黒っぽいという。その色がなかなか普通のハードロックバンドには出せないわけですよ。やはりそこは彼等が元々ハードロックバンドではないからなんでしょうね。

 残念ながら'98年頃にボーカルのマイケル・ハッチェンスの自殺によって、事実上活動休止状態となってしまった彼等。現在アメリカにて新人ボーカルのオーディションを行っているなんて噂もありますが‥‥思い出を大切にして欲しいな、と。一度も生で観れなかったから、余計にそう思うんですよ、俺は‥‥



▼INXS「LISTEN LIKE THIEVES」(amazon

投稿: 2004 09 08 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/07

とみぃ洋楽100番勝負(19)

●第19回:「1999」 PRINCE('82)

 そうか、この曲ってそんなに前の曲だったんだ。けど俺が初めて聴いたプリンスの曲がこれなのね。初めて聴いたアルバムは、続く大ヒット作「PURPLE RAIN」('84)だったけど。

 個人的にはこの曲を含む5作目のアルバム「1999」以降の作品‥‥「LOVESEXY」や、後にリリースされることになる無題アルバム(通称「BLACK ALBUM」)辺りまでが最もハマった時期で、特に「AROUND THE WORLD IN A DAY」「PARADE」「SIGN 'O' THE TIMES」の3作は一切隙のない名作中の名作だと思っております。中学〜高校の頃、影響受けまくったもん。これがなければ、個人的には岡村靖幸に行かなかったと思うし。

 で、"1999"。カッコいいよね、純粋に。ま、ファンクって部類に分けられるんだろうけど‥‥個人的には「ポップ」というか「ポップス」だったんだよね。ヘンテコなポップス。プリンスの顔が気持ち悪いとか声が変だとかいろいろ意見はあるだろうけど‥‥特にガキの頃だったから、周りはみんなそんな風に言ってたよね。特にマイケル辺りと比較してさ。

 そういえば‥‥ベタだけど、この曲を1999年の元旦一発目に聴いた記憶が。みんなもそうじゃねぇの?(と勝手に決めつけ)

 まぁプリンスに関してはベスト盤から聴くのもいいけど、アルバムだったら素直に「PURPLE RAIN」辺りから聴いてください。あるいは'90年代以降のNEW POWER GENERATIONと組んだ時のやつとか。K-1のテーマソングになってるやつとか入ってるし。「1999」は意外とアクが強いので(ってプリンスの作品は全部アク強いけど)慣れてからの方がいいかな、と。

 プリンスについては、もう1回くらい語りたいな。



▼PRINCE「1999」(amazon

投稿: 2004 09 07 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2004/09/06

とみぃ洋楽100番勝負(18)

●第18回:「Freedom」 WHAM!('84)

 言わずと知れたジョージ・マイケル率いるWHAM!。つーか俺等世代にとっての青春ですよね。中学時代、本当によく聴いたし、そのあっけない解散にはガッカリさせられたものです。来日公演も1回きりだっけ? 畜生、本当に観たかったよ。

 初めて聴いた曲となると、ファースト収録の "Bad Boys" だけど、思い入れなら完全にセカンド「MAKE IT BIG」。で、B面1曲目(という言い方の方が思い入れ強し)のこの曲がね。マクセルのCMソングだっけ? とにかくあのイントロのブラスの強烈さと、サビメロの甘さ。これが全てですよ。ジョージの若々しい歌声も素晴らしいし、殆ど意味がないようであるようなアンドリューの存在もグレイト。

 WHAM!はね。たった3枚のオリジナルアルバム(といっても3枚目は半ば編集盤だけど)とベスト盤の計4枚で活動を終了しちゃったけど(それもたった4年くらいの間でね)、その後のジョージの活動を思えば‥‥「FAITH」は俺の中では「MAKE IT BIG」に匹敵する程の名盤なんですけどね(内容は真逆と言っても過言じゃないけど)。17年でオリジナルアルバム4枚、カバー集1枚、ベスト盤1枚の計6枚‥‥はぁ‥‥そういやぁ俺、ジョージのソロライヴも観た事なかったなぁ。ドームだったっけ、セカンド出た後って。違ったっけ? あー、タイミング悪かったよなぁ‥‥

 新作出たけど、全然盛り上がってないよね。やっぱり‥‥あの「事件」を境に‥‥

 一時期、ジョージがフレディ・マーキュリー亡き後のQUEENに、ボーカルとして参加して、QUEENのラストアルバムを作る、なんて噂があったけど‥‥それは違うよね、いくらなんでも。両者共好きだけどさ‥‥食い合わせ悪過ぎ。それだったらアンドリューに仕事あげてくださいよマジで。



▼WHAM!「MAKE IT BIG」(amazon

投稿: 2004 09 06 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/05

とみぃ洋楽100番勝負(17)

●第17回:「Bohemian Rhapsody」 QUEEN('75)

 これまたベタですが。QUEENとの出逢いはMTVで観た "Radio Ga Ga" や "I Want To Break Free" のPV。ポップだし面白いとは思ったけど、決して「ロック」的なカタルシスは感じなかったのね。その後、"One Vision" って曲で初めてリアルタイムでQUEENのカッコ良さに気づいて、「KIND OF MAGIC」ってアルバムにやられて。多分、このアルバムから入ったから、俺は'70年代の王道ハードロック路線も、'80年代の王道ポップ路線も、同時に好きになれたんだと思う。

 で、当時の新作を聴いてQUEENに興味を持った俺は、当然過去の作品に遡るわけですよ、レンタル屋に行って。ひとつ前のアルバム「THE WORKS」には前述の2曲も入ってるし確かに馴染みはあったんだけど、俺はここで「GREATEST HITS」を手にしたわけ。当然でしょうね、普通はベスト盤に手が伸びるもの。

 ご存知の通り、この "Bohemian Rhapsody" は「GREATEST HITS」の1曲目に収録されてるんですね。で、当然のようにその世界観にやられてしまうわけ。この6分近くある長尺の1曲の中に、ロックの「起承転結」全てが凝縮されてるだけでなく、他ジャンル‥‥クラシックやオペラといった、およそロックとは結びつかないようなジャンルまでも取り込んでるわけですよ。もうね、ロックを大して知らない俺は感動しちゃったわけですよ、「これは新しい!」って。既に10年も前の曲なのにね、その時点で。

 俺、カラオケに行って気分がいいと必ずこの曲を歌うんですよ、ひとりで。中盤のオペラパートもアホみたいにひとりで全部こなして。ホント、ただのアホですよ。つーことは、それを披露した時に居合わせたあなたは、俺が気を許した「仲間」のひとりってわけですよ。ま、最近では滅多に披露しませんけどね(疲れるし)。

 一度だけ、この曲をライヴで聴いたことがあるんですよ。あ、QUEENは当然生で観たことないので、カバーなわけですが。昔「LIVE UFO」ってイベントがあったでしょ、ミスチルと桑田が過去の洋楽名曲をカバーする、あれ。俺、2回くらい観に行ったんですが、そこで桜井が歌うわけですよ、この曲を‥‥正直、「勝った!」って思ったね。年季が違うもん、この曲に関しては(この曲だけな!)。

 ‥‥嘘です。多分負けてます。いや、負けということにしといてあげるよ!(何故そんなに強気!?)



▼QUEEN「GREATEST HITS」(amazon

投稿: 2004 09 05 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/04

とみぃ洋楽100番勝負(16)

●第16回:「Alive And Kicking」 SIMPLE MINDS('85)

 覚えてる人がどれくらいいるか正直判らないけど、俺の根っこにある部分のひとつが、こういう大袈裟に盛り上げていくタイプの楽曲なわけですよ。QUEENとかMEAT LOAFとか好きだしね。ま、このSIMPLE MINDSは全然タイプが違うけど。どっちかっていうとU2タイプなんだけどね。

 で、そのU2同様アイルランドはベルファスト出身の彼等。アメリカではこのアルバムの前にリリースされたシングル "Don't You (Forget About Me)" が映画絡みで1位になったことで注目されるわけですが、この "Alive And Kicking" という名曲を含むアルバム「ONCE UPON A TIME」で完全に化けるんですね。プロデュースにジミー・アイオヴィン(U2とかTHE ALARM)とボブ・クリアマウンテン(ブライアン・アダムス)という、'80年代の象徴みたいな人達を迎えて、凄くクリアなんだけど芯が太い‥‥みたいな、ホント典型的な'80年代の音。けどこれが今聴くと意外と心地よいのね。ギターのディレイのかけ方とかは完全にU2以降で、ドラムはTHE POWER STATION以降、シンセのきらびやかさなんてまんま'80年代のもの‥‥そんな音。もうこういう音を出せるバンド、どこにもいないんだろうなぁ‥‥

 ゴスペルみたいなコーラスとジワジワ盛り上がっていく曲構成/アレンジが最高。起承転結がハッキリしてるし、ギターソロから続く『「転」のパート』といえるピアノのソロパートなんてもう、鳥肌モノだしね。これが全米2位を記録したのもよーく判ります、ええ。

 その後メンバーの脱退とかあったり浮き沈みを繰り返しつつも、実は未だに存続している彼等。最近新作出したり過去の作品(「ONCE UPON〜」も含む)のリマスター盤をリリースしてるんですが‥‥もう二度と来日なんて実現しないんだろうなぁ‥‥一度は観たかった‥‥



▼SIMPLE MINDS「ONCE UPON A TIME」(amazon

投稿: 2004 09 04 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/03

とみぃ洋楽100番勝負(15)

●第15回「Beat It」 MICHAEL JACKSON('83)

 やはりこの人を避けて通ることは出来ないですよね。俺等の世代なら中学時代、絶対に通過してる‥‥というか、洋楽とか全然知らない人でも何故かダビングしたテープを持っていたのが「THRILLER」という驚異的なアルバム。後にも先にもこんなアルバム、ないんじゃないの?

 多分日本では'84年頃が最初のピークだったのかしら。ペプシのCMで火傷したりとか、"We Are The World" があったりとか、ポール・マッカートニーとの "Say Say Say" デュエットがあったりとか(代わりにマイケルのアルバムでは "The Girl is Mine" があったり)‥‥他にももっとあった記憶があるけど。あ、"Thriller" のPVとかね。PVって面白いなー、MTVって凄いなーって思わされたのは、間違いなくマイケルによる功績。

 正直「THRILLER」の曲だったら何でも良かったのよ。けどほら、やっぱりエディ・ヴァン・ヘイレン好きだった俺からすると、夢のようなコラボレーションだったわけですよ、"Beat It" って。ある意味、VAN HALENのこの頃の曲に匹敵する程の名ギターソロじゃないですか、これって。

 で、大人になって‥‥この曲のギター、エディが全部弾いてるわけじゃなくて、バッキングはスティーヴ・ルカサー(TOTO)が弾いてたと知った時の衝撃ね。TOTOってそんなに惹かれたことなかったんだけど、ここで見方が一気に変わったもん。そう、この曲のギタープレイ、俺はソロよりもリズムプレイの方が好きだったんだと悟った瞬間であります。この頃からかな、やっぱりギターはバッキングのセンスが肝だよな、と思うようになったのは。



▼MICHAEL JACKSON「THRILLER」(amazon

投稿: 2004 09 03 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/02

とみぃ洋楽100番勝負(14)

●第14回「Pride (In The Name Of Love)」 U2('84)

 俺にギターを持たせる切っ掛けを作ったのがエディ・ヴァン・ヘイレンなら、俺をバンドの道に進ませる切っ掛けを作ったのは間違いなくこのU2というバンドであり、そしてエッジというギタリストなんですよ。

 初めて耳にした曲は "Gloria" か "New Year's Day" で、初めて聴いたU2のアルバムは「WAR」なんですが、初めてバンド組んで音出したのは、実はこの "Pride (In The Name Of Love)" って曲なんですよ。俺ってハードロックとかメタルとかビジュアル系のバンドをやってたっていうイメージがあるみたいだけど、最初のバンドはU2やPOLICE、DURAN DURANのコピーバンドですから。これだけは力説しておきますね!

 その頃の俺はギターじゃなくてベースなんだけど(だって全員ボーカルかギターをやりたがって、結局はジャンケンで負けてベースですから)、やっぱりこの曲のギターを聴いてるとスッゲー気持ちいいわけですよ。当時ギターやってた奴が、これまた年齢の割りに結構上手い奴だったもんで(15才にしてLOUDNESSのコピーバンドとかやってたしな。それでいてTOTOみたいなのも好きだったという変わり者で)、周りはただただ足を引っ張るばかりでね‥‥ベースもドラムも思いっきり初心者。ボーカルは1オクターブ下で地声で唸るだけ。ま、俺等がデスメタルやゴシックメタルの「はしり」なわけですが(嘘)。

 あー、U2ってこんなポップな曲も出来るんだーって感動したのを凄く覚えてます。このアルバム、友達が買ったのをダビングしてテープが伸びるまで聴いて、高2の頃に秋葉原の石丸電気で輸入盤(当然LPでな!)を買って、ハタチ頃に安く再発された際にCDで買い直して‥‥U2はそんなアルバム、2〜3枚あるかな。

 高3の頃かな。2度目の来日公演の時、横浜アリーナまで足を運んで(ちなみに初横アリは、そのちょっと前にあったジェフ・ベックとかBAD ENGLISHとか出たイベント。初ジェフ・ベックに本気で失禁しそうになったよなぁ‥‥)この曲を初めて生で聴いた時には‥‥あー、ライヴで泣くってこういう事か‥‥って身を持って実感したわけですよ。名曲中の名曲。今のU2しか知らない奴、これ知らないとモグリですよ!



▼U2「THE UNFORGETTABLE FIRE」(amazon

投稿: 2004 09 02 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/01

とみぃ洋楽100番勝負(13)

●第13回「Russians」 STING('85)

 で、そのスティングのソロ作から。やっぱりインパクトはこの曲を含む1枚目が一番だよね。当時中学生だった俺にとって「ジャズ」ってものをより親しみやすくしてくれたのが、このアルバム。ま、厳密には「新鋭ジャズ・ミュージシャンをバックに迎えたロックアルバム」なんだけど。ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド、オマー・ハキム、ダリル・ジョーンズ‥‥なんだこのメンツ!

 "Russians" って曲自体はジャズでもなんでもない、暗くて社会派な歌詞が印象的なスローソングなんだけど、やっぱり今聴いてもいい曲だなぁ‥‥ほら、俺って暗いからさ。笑

 奇しくも今、ロシアで起きてる事件。そして'85年当時の米ソ(当時はソビエト連邦だったんだよな、まだ)冷戦関係。状況は違っても、重なる部分は沢山ある。いつの時代も犠牲になるのは子供達。

 ちょっと脱線したけど‥‥とにかく名ソングライターだと確信した、この曲聴いて。だから俺はPOLICEよりもソロの方が好きなんだよ。そしてスティングは続くアルバムで、名曲中の名曲、"Fragile" を生み出すわけですよ。

 '90年代以降の、若干後期POLICEを意識したかのようなポップロック路線も好きだけど、このアルバムにある鬼気迫る感覚。これは後にも先にも「ブルータートルの夢」にしか生まれなかったね。それはメンバーによる奇跡でもあり、スティング自身の奇跡でもあったわけだけど。偶然による産物。20年近く経った今聴いても鳥肌立つよ。



▼STING「DREAM OF THE BLUE TURTLES」(amazon

投稿: 2004 09 01 12:05 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/31

とみぃ洋楽100番勝負(12)

●第12回「Synchronicity I」 THE POLICE('83)

 ベタですが、スティングが在籍したTHE POLICEを。名曲 "Every Breath You Take" が収録されたオリジナルアルバムとしてはラストとなった「SYNCHRONICITY」の1曲目。当然アルバムを当時レンタルして、いきなりスピーカーから流れ出したこの曲に衝撃を受けたわけですよ。

 当時「変拍子」の曲なんて初めて聴いたわけですよ。ま、変拍子といっても四分の六拍子ですけど。で、POLICEって普通に渋いポップバンドだと思ってたら、いきなりこんなハードな曲から始まるじゃないですか。そりゃビックリですよ。しかもこの曲と対を成す "Synchronicity II" もまたハードロックしててカッコいい。そう、POLICE初体験は「ハードエッジ」な面に惹かれたんです。

 その後、アルバムを遡って聴くと、彼等がパンクやレゲエ、ジャズなんかをスタート地点にしていることを知って、また驚いて。初期の2枚はホント大好きですね。勿論後期2枚の高品質ポップマシーンとしての彼等も大好きですが。けどさ‥‥実は俺、POLICEよりもスティングのソロの方が好みなんだよね。初期のソロ‥‥ジャズにモロ影響を受けた路線の頃ね。マルサリスとかメンバーに入れたりしてね。4人編成の頃も思い入れあるけど(メンバー最強だったしね。来日の度に足を運んだもの)、やっぱりスティングのソロは「ブルータートルの夢」が一番かな、と。って全然POLICEの話題から外れちゃってますが。



▼THE POLICE「SYNCHRONICITY」(amazon

投稿: 2004 08 31 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/30

とみぃ洋楽100番勝負(11)

●第11回「Runaway」 BON JOVI('84)

 やっとここでBON JOVI登場。丁度中学に入学すると同時にデビューだったんだよね。俺、音楽雑誌って最初に買ったのは「ROCK SHOW」だってのは前にも書いたけど、俺等のガキの頃の洋楽入門書って「ミュージックライフ」だったわけですよ。ミーハー度もある程度高いし写真も結構載ってるから、下敷きに挟むような写真は大体「ROCK SHOW」か「ミュージックライフ」から切り取ってたのよ。

 けど俺、正直な話BON JOVIは挟んだ記憶ないのよ。BON JOVIの場合は‥‥多分初めて部屋にポスターを貼った洋楽アーティストじゃないかな? 初めて貼ったのは「明星」か何かの付録のキョンキョンのポスターだったけど。

 んでBON JOVI。単純に曲にやられたよね。もうイントロのシンセ一発、みたいな。俺、小学生時代からエレクトーン習ってて、中一で先生やれる資格取っちゃったのよ。けどその頃って既にエレキギターに夢中になっちゃっててね。小学生の頃はそんなに夢中になれなかったのに。そんな状況下にも関わらず、しっかりエレクトーンで "Runaway" のキーボードパートを耳コピしたなぁ。ある程度スピード感があるから、JOURNEYやVAN HALENよりも弾いてて楽しいのな。後でアルバムとか借りて、結構キーボード主体の曲が多かったから、かなりコピーしましたよ、ええ。

 一時期、この曲を意識的に演奏しないBON JOVIでしたが、今年でデビュー20周年。やっぱり今聴いても名曲度は高いよね。サウンドはさすがに古くさくなってるけど、曲自体は全然色褪せてない。たまにカラオケに行った時、ふいに歌いたくなるもんなぁ。BON JOVIの曲で俺、カラオケで歌うのってこの曲くらいだなぁ。だって他のヒット曲って殆どがコーラスや掛け合い重視だしさ。

 今度さ、洋楽縛りのカラオケとかやろうよ!ねっ?(笑



▼BON JOVI「BON JOVI」(amazon

投稿: 2004 08 30 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/29

とみぃ洋楽100番勝負(10)

 やっと十分の一。毎日更新したとして、あと3ヶ月近くかぁ‥‥ ま、ユルく進めていくんで、ひとつヨロシク。

●第10回「A Question Of Lust」 DEPECHE MODE('86)

 ヨーロッパ特有の暗さ+インダストリアルやエレポップといった要素を取り入れた中での成功例。こいつらがいなけりゃソフトバレエもNINE INCH NAILSも生まれなかったんじゃないか、ってくらいにね。

 多分一番最初に聴いたのは、この曲より前のアルバムに入ってる "People Are People" だったと思うけど、個人的にグサリときたのが表題曲を含む5枚目のアルバム「BLACK CELEBRATION」だった、と。どれも好きな曲ばかりで、ホントは "Black Celebration" か "A Question Of Time" か "Stripped" かこれかで悩んだんだけど、結局好きになる切っ掛けだった "A Question Of Lust" に。

 暗さだけでいったら他の曲やその後のアルバムの方がもっと暗くて重い曲が多いんだけど、何か知らないけどつい口ずさんじゃうんだよね、この曲は。テンポ的にもスローだし、曲調自体はメジャーキーだし、決して暗いとは言い難いんだけど、やっぱり独特な空気感があってね。それだけで合格!みたいな。ホント、有無を言わさぬ説得力を持ってる曲なのね。

 正直、DEPECHE MODEは「BLACK CELEBRATION」以降のアルバム‥‥「MUSIC FOR THE MASSES」も「VIOLATOR」も「SONGS OF FAITH AND DEVOTION」も、どれも捨て難いのね。全部好き。その後の「ULTRA」はイマイチだったし、「EXITER」はあと一歩だったけど、ホント初期も含めて大好きなバンドのひとつ。「VIOLATOR」リリース後の来日公演('91年だっけ?)も行ったなぁ‥‥思えばあれが最後の来日だったよなぁ‥‥海外ではU2並みにスタジアムを沸かせた時期('90年代)に来日しなかったから、海外と日本での評価がここまで違ってしまったんだよね‥‥ホント勿体ない存在。



▼DEPECHE MODE「BLACK CELEBRATION」(amazon

投稿: 2004 08 29 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/28

とみぃ洋楽100番勝負(9)

●第9回「Shout」  TEARS FOR FEARS('84)

 凄く印象深い曲。「あー俺って暗い曲が好きなんだぁ」と自己認識させてくれた1曲。リリース当時はマツダかどこかの自動車CMに使われ、ここ数年だとモーニング娘。の第6期メンバーオーディションのテーマ曲みたいに大量放送された、非常に印象深い楽曲。

 リリース自体は'84年末なんだけど(UK)、翌'85年にアメリカでナンバー1になって、そこでちゃんと耳にしたのかな。多分MTVでだと思う。この冷たい感じが何とも言えず、ホントハマった、ハマった。アルバム(2nd「SONGS FROM THE BIG CHAIR」)も "Mothers Talk" とか "I Believe" とか暗めでいい曲多かったし。で、後追いでファーストも聴いて、更に暗い曲が多くて大満足。だからこそ、後の大出世作「THE SEEDS OF LOVE」における『'80年代のBEATLES』みたいな触れ込みがね、すっげー気に入らなくて。ま、勿論好きなアルバムなんだけど。

 ゴス程濃くはなく、適度に親しみやすさ(=ポップさ)を持ってた辺りが大ヒットに繋がったんだろうけど、やっぱりあのシンプルな歌詞が良かったのかなぁ、なんて今歌詞を読んでそう思ったりしてるんですが。バンド名も良かったもんね、「恐怖心の代わりに涙を(TEARS FOR FEARS)」なんてさ‥‥凄く羨ましい名前だと思う。もうそれだけで勝ち、みたいな。

 '90年代に入ってベスト盤リリース後、ローランドとカートのコンビが解消になって、ローランドひとりでTFFの名前を背負って何枚かアルバムをリリース。1〜2年前に再びカートが復帰して、アルバムも既に完成してるようですが、何故か昨年暮れから延期の繰り返しで、結局メジャーから落ちてインディーズからのリリースに落ち着いたみたいです。何だかなー。

 再びこの頃みたいな「ヨーロッパ特有の暗さ」を表現した作品に戻ってくれるとは思いませんが、それでも期待しちゃうんだよね‥‥



▼TEARS FOR FEARS「SONGS FROM THE BIG CHAIR」(amazon

投稿: 2004 08 28 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/27

とみぃ洋楽100番勝負(8)

●第8回「Save A Prayer」 DURAN DURAN('82)

 DURAN DURANは最初に聴いたのが "Is There Something I Should Know?"(邦題:プリーズ・テル・ミー・ナウ)かな。サントリーだか何かのテレビCMに使われてたよね、この曲。それがDURAN DURANの曲だと当時の「ROCK SHOW」って音楽雑誌で知って。写真メインの雑誌で、如何に当時のロック/ポップシーンがビジュアル重視だったかってのが伺える1冊で、ホント当時の俺はこの雑誌のお世話になりっぱなしでね。ニューロマンティックもハードロックもグラムも、とにかく「美しい」「カッコいい」アーティストは全てここから学んだのよ。

 DURAN DURANも最初はビジュアルから入って、音は完全に後追い。それこそ先のCMで初めてビジュアルと音が一致した程。

 一番最初に手を出したアルバムは、何故かセカンド「RIO」から。"Is There Something〜" 入ってないのにね(ファーストの再発盤に追加収録されたんだけど、当時のレンタル店に旧盤しかなかったのね)。当時出たばかりのサードでもなく、ジャケットの絵に惹かれてこのセカンドにしたという。

 俺のルーツのひとつだよね、間違いなく。適度にダンサブルで、曲によってはロック比重も高い。当初のコンセプトが「Funk meets Punk」だったこともあって、そういう曲調がメインなんだけど、俺が彼等のことを心底気に入ったのはそういった曲ではなくて、もっと耽美性の強い、如何にもヨーロッパのバンド的なスローナンバーだったのね。

 そこで、表題曲。シングルにもなったけど、とにかくDURAN DURANにしか出せない「色」がバンバン表出した名曲。アルバムテイクのまったり感も良いんだけど、もっと力強いライヴテイク('84年リリースのライヴ盤「ARENA」収録)の方も捨てがたい。要するに名曲ってことですよ。この曲のイントロ、俺内では「'80年代を代表する名シンセ・リフ」のひとつですね。VAN HALEN "Jump" やJOURNEY "Separate Ways"、EUROPE "The Final Countdown" に匹敵する程のね。



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投稿: 2004 08 27 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/26

とみぃ洋楽100番勝負(7)

●第7回「Cum On Feel The Noize」 QUIET RIOT('83)

 DEF LEPPARDの次に手を出したのが、これ。単純にこの曲がヒットしてたからってのもあるんだけど。あと全米ナンバー1でしたっけ、この曲が収録された「METAL HEALTH」ってアルバム。そういう事実に後押しされたのかな。やっぱり子供心に「ビルボードチャート1位!」ってのは大きく響きますからね。特に俺、チャートっ子でしたから。「FM STATION」とか「FM FAN」の全米チャートを毎回切り取ってファイルしたり、気になる曲の順位を表にして記録したりとかしてましたから。チャートオタクですよ。

 で、この曲。ご存知の人もいるかと思いますが、イギリスのグラムバンド、SLADEが'70年代にヒットさせた曲のカバー。後にOASISもカバーしてますよね。だから一度は耳にしたことあるかな、と。

 もう単純に曲が良い。当たり前か。VAN HALENの "Oh, Pretty Woman" と同じパターンですね。原曲を見事にハードロック化して、カッコ良くなった成功パターンの一例ですね。ま、この曲の成功があったからその後の「LAメタル」が繁栄したんですけどね。それだけでもないか。

 ケヴィン・ダブロウの歌は今聴いてもどうかと思いますが、個人的にはギターのカルロス・カヴァーゾのプレイがね。ランディ・ローズの後任として加入してるわけですが、完全に別ものだし比べるのも双方に失礼というか。俺は好きですよ、この人のプレイ。特にこの曲のギターソロ、印象深いしね。個人的に最良のギターソロって「メロディを口ずさめる」ものが一番だと思ってるんでね、俺。

 ま、このバンドはアルバム出す度にドンドンとスケールダウンしてったわけですが‥‥個人的にはボーカルがポール・ショーティノ(元ROUGH CUTTでしたっけ)に変わった後のアルバムも含めて好きだったんですけどねぇ‥‥ま、再結成後は本気で糞でしたけど。



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投稿: 2004 08 26 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/25

とみぃ洋楽100番勝負(6)

●第6回「Photograph」 DEF LEPPARD ('83)

 俺がハードロック/ヘヴィメタルの世界にハマる切っ掛けとなった、記念すべき1曲。この曲を深夜ラジオ(多分「全米トップ40」か「伊藤政則のロック・トゥデイ」のどちらか)で初めて聴いたことで、その後の俺の進むべき道が決まったようなもの。そしてあれから20年以上経った今でも、変わらずLEPSを聴いている、いや、聴けている。全てに感謝。

 DEF LEPPARDの大出世作「PYROMANIA(邦題:炎のターゲット)」に収録された、シングルナンバー。全米チャートでもトップ20に入るヒット曲で、当時よくMTVとかでもPVが流れてた記憶が‥‥いや、PVを目にしたのはもっと後だったかな‥‥MTVは中学入ってからかな、俺が観始めたのは。ちょっと記憶曖昧。

 ボロっちいラジカセを使って、AMラジオをエアチェックして、そのテープを擦り切れる程聴いて。まだFM局に目がいく前の話。とにかく、うちみたいな田舎じゃ電波弱いから雑音が凄くてね。それでも一生懸命聴いて。この頃出会ったアーティスト達が、その後の自分のバンド活動に大きな影響を与えたのは間違いないでしょうね。

 実はアルバムを聴いたのは、AMラジオでこの曲に出会ってから、半年以上後になってからのお話でして。最初にシングルを買ったんだよね、"Photograph" の。で、中学に入って小遣い値上げしてもらって、最初に買ったのがアルバム「PYROMANIA」で。いろんな意味で衝撃でしたよ、このバンドとの出会いは。彼等に出会わなかったら、QUEENにもAC/DCにも、そしてMOTT THE HOOPLEにも手を出さなかったかもしれないし。

 でさ。俺、以前やってたサイトの方で「初めて買った洋楽シングルが "Photograhp" だった」って書いてたんだよね。記憶違いだと思うけど‥‥確かSTYXの "Mr.Roboto" の方が先だったと思う。ま、両方共小学6年の頃に買ったのは間違いないんだけど‥‥ま、どっちでもいいか。ホントはよくないけどさ。



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投稿: 2004 08 25 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/24

とみぃ洋楽100番勝負(5)

●第5回「Oh, Pretty Woman」 VAN HALEN('82)

 正確に言えば、"Intruder" 〜 "Oh, Pretty Woman" というアルバムやPVのような組曲的な流れな。やっぱりこの曲はあの導入部("Intruder")あってこそだと思うので。

 俺にギターを弾かせようとした友人の兄貴(第3回参照)が、エアロの次に聴かせたのがVAN HALENの「DIVER DOWN」というアルバム。多分当時の最新作がこれだったんだと思う(だって "Jump" の大ヒットって、俺が中学に入るか入らないか位の頃だから)。

 けどさ、全然印象に残らなかったのよ、アルバムは。今思えばこのアルバムってカバー曲が半分近くあって、かなりやっつけ仕事的な1枚なんだよね。でも人気的にはピークに達しようとしてる頃で。日本ではバンド自体の人気以上にエディ・ヴァン・ヘイレンっていうギタリストへの人気の方が先行してたように記憶してます。だってギター雑誌の表紙、年に何回飾るんだよ!?って程に出まくってたからね。

 単純にこの曲は好きだった。やっぱりほら、ロイ・オービソンの原曲からして既に名曲じゃない。そこにデイヴ・リー・ロスの軽薄なボーカルが乗って、スカスカなリズムが乗って、ギターだけは暴れまくるという。何かね、そこが好きだった。ギターの音色もさ、続く「1984」で若干変わるんだよね。ギターが変わるんだっけ? とにかく、この曲は大好きだった。

 結局この曲を聴いたところで俺はギターを持とうとは思わなかったわけだけど(決定打は同じ彼等の "Jump" のギターソロだったからね)、何となく「ロックのギターってカッコいいじゃん?」って子供心に思わせたのが、VAN HALENだったかなぁ、と。ひとつの切っ掛けとなった1曲ですよね、多分。



▼VAN HALEN「DIVER DOWN」(amazon

投稿: 2004 08 24 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/23

とみぃ洋楽100番勝負(4)

●第4回「She Loves You」 THE BEATLES('63)

 多分初めて「BEATLES」というものを意識して聴いたのがこの曲であって、初めて買ったBEATLESのレコードのA面1曲目がこの曲だった、と。

 BEATLESは自分の人生の節目節目に自分内でムーブメントを作ってきてるんだけど、多分一番最初のムーブメントを作ったのがこの頃の曲。所謂「初期のポップで勢いのあるロックンロール」路線ね。ま、耳障りが良くて勢いのある曲が、小学生だった自分にフィットしたんでしょうね。

 MONKEESの後、やはりどうしても「BEATLES」という名前が自分の前に立ちはだかってね。小3〜4の頃か。当時の「おはスタ」でもMONKEESと対で取り上げられてたしね(そう、当時はこういうのも取り上げてたのよ、子供番組で)。

 オリジナルアルバム未収録のこのシングルナンバーですが、当時はまだアナログ時代で、日本オリジナル編集のアルバムってのが沢山あったんですよ。で俺が買ったのが「ベスト30」とかいうシングル曲30曲が入ったベスト盤。勿論オールタイム・ベストね。だから端折ってるヒット曲も多いんだけど、まぁ入門編にはもってこいかな。10年くらい前にアナログ盤が再発された記憶があるけど‥‥

 ジョンもポールも凄いと思ったけど(ジョージの凄さに気づくまでにはあと10年近くかかるわけですが)、当時一番の衝撃はズバリ、リンゴの独特なリズム感だったと。それだけはよーく覚えてるよ。

 多分BEATLESは100曲の中に何曲かランキングするんだろうな‥‥って今これ書いてる時点では、まだ100曲全部決めてないのよ。その時の行き当たりばったりだから。



▼THE BEATLES「THE BEATLES 1」(amazon

投稿: 2004 08 23 12:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/22

とみぃ洋楽100番勝負(3)

●第3回「Back In The Saddle」 AEROSMITH('76/'78)

 多分、初めて聴いたエアロ・ナンバーがこれ。しかもスタジオ盤 「ROCKS」の方じゃなくて、ライヴ盤「LIVE! BOOTLEG」の方ね(両方共、アルバム1曲目がこの曲)。

 小学生時代、洋楽を聴くことが凄くカッコ良く思えてちょっとだけ背伸びしたかった俺は、5つ離れた兄貴のいる友人の家に入り浸って、そいつん家のリビングにあるステレオ(コンポじゃなくて、立派なステレオシステムな)で毎日毎日、あれやこれやと洋楽のアルバム/シングルを聴きまくってたのね。勿論、そいつの兄貴所有のものなんだけど。その兄貴もガキ相手に快くアナログ盤を貸してくれたのよ、傷とか汚れとか全然気にせずにさ。

 で、俺に「ギターとか弾いてみれば?」と勧めてくれたのも、その兄貴で。当時既にピアノとかエレクトーンを習ってたんで楽譜とか普通に読めたし、ギター弾くことに興味を持ってたのが唯一俺だけでね。そんで「とりあえずこれ聴いてみ。ギターがすっげーカッコいいから」といって手渡されたのが、前述の「LIVE! BOOTLEG」。

 多分ロックを聴いて衝撃を受けるとか小便チビるとか、そういった陳腐な表現じゃ収まりきらない程のショックを生まれて初めて受けたのが、このアルバムをプレイヤーにのせて針を落とした後だと思う。その後もいろんなバンドや音との出逢いに衝撃を受けたけど、後にも先にもこれを超えるような衝撃はないと思う。それくらい自分の中で何かが壊れた瞬間。童貞失った時でもそんな衝撃とか受けなかったしなー。あれか、しいて例えるなら「女性器を初めて直に見た時」の衝撃に近い‥‥のか?(苦笑)

 まーとにかく。俺の中にあったそれまで(といってもたかだか11〜2年程度だけど)の価値観を見事にぶち壊してくれたのがエアロであり、「LIVE! BOOTLEG」であり、この "Back In The Saddle" という曲であった、と。イントロの妖しさ満開なギターリフと、その後に訪れる驚異的なシャウト。そしてブッといリズム。これが全て。初めてエアロの写真を見た時なんて嬉しかったなぁ。「あー、音からイメージできる、まんまの恰好だ!」って。

 結局33才にもなって未だにロックというものに「華やかさ」とか「エンターテイメント性」とか「妖しさ」とかそういったモノを求めてしまうのは、きっとMONKEESとかそういったポピュラリティーある音楽からスタートして、このエアロで全てを悟ってしまったからなのかな‥‥じゃなきゃあれから20年以上経った現在も、こうやって「LIVE! BOOTLEG」を聴いてないよな‥‥

 小5の頃だったかな‥‥'82〜3年か。エアロはジョー・ペリーもブラッド・ウィットフィールドも脱退して瀕死状態だった頃だね。そして中学に入ると同時にオリジナルメンバーで復帰。その後の躍進については皆さん知る通り。

 多分、洋楽云々じゃなくて、俺の「ロック感」の根元を形成してるのは、このライヴ盤であり、そのスタート地点がこの曲なんですよ。だから今でも生でこの曲を聴くと否が応でも鳥肌が立つ。そんな忘れられない「ロック童貞」を奪った1曲。



▼AEROSMITH「LIVE! BOOTLEG」(amazon

投稿: 2004 08 22 10:14 午後 [100番勝負, AEROSMITH] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/21

とみぃ洋楽100番勝負(2)

 よし決めた。 これ100曲全部終わったら、本出そう、本を!(えーっ)

 今年の年末は稼ぐぞぉー。笑


●第2回「Mr.Roboto」 STYX('83)

 初めて買った洋楽アルバムがMONKEESならば、初めて買った洋楽シングルがこのSTYXの大ヒットナンバーというのも、なんだか俺らしいというか。

 確かこの曲、当時サントリーだったかどこかのお酒のテレビCMに使われてたような記憶が。多分それで耳にして気に入って買ったんだと思います。既にYMOの洗礼を受けた後の話で、こういったテクノポップ調というか似非ディスコっぽいエレクトロナンバーに興味が向いてたのもあったんだろうけど、何よりもまずあのロボットボイス(「ドモアリガット、ミスターロボットー♪」ってやつね)に子供ながらに衝撃を受けたわけですよ。ま、今聴くとホントに子供騙し以外の何ものでもないわけですが。

 STYXというバンドがどういうグループで、どういったメンバーがいて、どういう流れを歩んできたかというのは、実に10年近く後になって‥‥トミー・ショウがNIGHT RANGERのジャック・ブレイズと共に結成したDAMN YANKEESがアルバムをリリースし、初来日公演を行った頃‥‥知ったわけですが、確かに彼等の歴史の中ではホントの異色作であり、そして駄作なわけですが、そんな曲でも俺の歴史の中では大切な1曲なわけですよ。

 STYXで好きな曲は?と問われれば、間違いなく "Lady" か "Come Sail Away" と答える俺ですが、そんな愛すべきバンドの、どうにも憎めないダメ息子。それが "Mr.Roboto" かな、と。褒め過ぎですかね?



▼STYX「KILROY WAS HERE」(amazon

投稿: 2004 08 21 06:02 午後 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/20

とみぃ洋楽100番勝負(1)

 つーわけで、勝手に始めた自己満足&自虐コーナー。俺が生きてきた33年間に、俺自身にいろいろ影響を与えた洋楽の楽曲にスポットを当てて語るという、そんなコーナーです。

 ま、そのうちにラジオのネタにでもなりそうな予感もなきにしもあらずですが。

 つーわけで、第1回目は俺の洋楽童貞を奪った、THE MONKEES。

●第1回「Valleri」 THE MONKEES

 邦題は確か「すてきなヴァレリー」だったような記憶が。つーか今手元に音源がないんでアレですが(アナログしか持ってないのよ、モンキーズは。しかも小学生当時に買ったやつな。実家に置きっぱなしだし)、数あるモンキーズの代表曲の中でも最も好きな曲はと問われれば、"Daydream Believer" ではなくこの曲を挙げたいと思います。

 やっぱりイントロのフラメンコ風フレーズとちょっとサイケな雰囲気が(勿論小学生当時はサイケなんて言葉、知りませんでしたが)たまらない、最高にイカすポップロック。当時ビートルズもストーンズも知らなかった俺からすれば、間違いなく「世界一カッコいいロックグループの、最高にカッコいいロックチューン」に君臨してた1曲。

 で、ちょっと前に聴く機会があったけど、やっぱり今聴いてもカッコいいんだよね。アルバムだとサードアルバム「BIRDS, BEES & THE MONKEES」に入ってるみたいだけど(これがオリジナル4人でのラスト作)、個人的にはヒット曲が網羅されたベスト盤から聴いてもらった方がいいと思うよ。

 これが俺の原点。別に恥ずかしくもないし、隠すことでもない。堂々と胸張って自慢したいと思います。



▼THE MONKEES「THE DEFINITIVE MONKEES」(amazon

投稿: 2004 08 20 01:00 午前 [100番勝負] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック