2004/06/04

頭脳警察『頭脳警察セカンド』(1972)

  言うまでもなく、日本のロック史に残る名盤のひとつ。海外でLED ZEPPELINやROLLING STONESが大暴れしてる頃に、既に'72年に頭脳警察みたいなこんなにもカッコいいロックバンドがここ日本にもいたという事実、これを忘れちゃいけないと思う。確かにまだこの時点では『ロック前夜』だったのかもしれないけど、確実にその芽はすくすくと育っていたんだからさ。

  三億円事件のモンタージュ写真をジャケットに用いたファーストアルバムが発売禁止になった後、すぐに制作されたのがこのセカンドアルバム。ファーストがライヴ音源だったことを考えると、初めてのスタジオ作品という意味でこのセカンドこそが本当の意味でのファーストアルバムと見ることもできるけど、やはりあの衝撃的なファーストがあったからこそ、このセカンドが活きるんだろうなぁ、という気も。

  オープニングのブリブリいうベース、続いてリズムインするドラムとギターリフを聴いてお判りの通り、このアルバムはフォークアルバムではなく、しっかりとしたロックアルバム、いや、ハードロックアルバムなんですよね。時代がそういう方向に向かっていたってのも影響してるんでしょうけど、彼らの攻撃的で、それでいて感傷的に染み入る歌詞を考えると、こういうストレートな表現方法が一番合ってるように思います。ファーストで既に披露されていた "銃をとれ!" は地を這うようなヘヴィロックに生まれ変わってるし、更に "マラブンタ・バレー" とのメドレーになってたりして新鮮さを我々に与えるし、トシのパーカッションが激しいグルーヴィーなヘヴィロック "軍靴の響き"、後に内田裕也の持ち歌みたいになってしまったシンプルなロックンロール "コミック雑誌なんか要らない"、同じくファーストでも披露されていたフォークロック調の "暗闇の人生"、ファンキーな色合いも見せるヘヴィブルーズ "お前と別れたい" といった攻撃的な曲のみならず、ヘルマン・ヘッセの詩を元にした名バラード "さようなら世界夫人よ"、8分以上もあるメッセージ性の強いスローナンバー "それでも私は"、ちょっとだけコミカルな要素を含んだフォーキーな "いとこの結婚式"、ちょっとだけオシャレな雰囲気を漂わせる "ふりかえってみたら" といったメロウでポップな側面もしっかり持っている。そういう意味では非常に親しみやすい作品だと思います。ファーストがギターとパーカッションと歌だけ、という特殊な編成で作られたライヴ作品だったこともあり、やはり頭脳警察のカッコ良さをより判りやすい形で理解してもらうには、このアルバムから聴くのが一番いいかもしれませんね。

  このアルバム、無事リリースされたのですが、やはりというか発売後1ヶ月で発売禁止処分に。「反社会的」ってことなんでしょうけど(実際 "暗闇の人生" や "お前と別れたい" の歌詞には伏せ字が入ってますしね。「麻薬を射たれたかの様に」や「だけどマリファナだけが慰める」って歌詞が引っかかったのでしょうね)、それから10年後の'81年になってようやく再発売されるんですが、その後も何度か廃盤/再発を繰り返したみたいですね。2004年の今において、これよりも過激な内容の歌詞を持つアルバムなんて山ほどあると思うんですが、何故彼らだけが未だに目の敵にされるのかといえば、やはり政治的な面からなんでしょうかね。まぁ発売禁止といっても、その殆どがレコード会社の自主規制だと思うんですが‥‥

  ここ数年、自分のモチベーションが落ちて、新たに自身を奮い立たせようと思った時、必ず頭脳警察のアルバムをファーストから年代順に聴いていきます。ファーストで決意表明し、セカンドで身体が動く(=行動に移る)‥‥後はひたすら戦うだけ。ここ数日、またそんな状態だったもんだから、このセカンドが余計に沁みるわけですよ。そう、特にスロウな面の方がね‥‥



▼頭脳警察『頭脳警察セカンド』
(amazon:国内盤CD

投稿: 2004 06 04 12:23 午前 [1972年の作品, 頭脳警察] | 固定リンク

2001/07/07

頭脳警察『頭脳警察1』(1972)

  1972年1月9日、京都府立体育館でライヴレコーディング(一部、東京体育館でライヴ録音された音源も含まれているという話もある)、同年3月5日にリリースされる予定だった頭脳警察の記念すべき、そして忌まわしき存在となるファーストアルバム。ご存じの通り、2001年6月にこのアルバムが正式リリースされるまでには約30年もの年月を要した(1975年12月31日に「公式海賊版」として600枚限定で自主制作されている)。恐らく日本のロック史上、実像を知っている人間がこれだけ少ないのに、最も有名となってしまった「伝説のアルバム」であり、初めて「発売禁止」措置を受けたロックアルバムかもしれない。

  実は俺自身も、今回のCD化で初めて耳にする音源なのだが‥‥それまでに、人伝の噂話やネット上での情報としていろいろ耳にはしていたものの、今回初めて聴いてみて驚かされた点が幾つもある。例えば「パンタとトシのみで演奏されたライヴ音源」ということで、聴く前はアコギとパーカッションだと思っていたら、実際にはパンタはエレキをアンプ通して弾いていたり(当初バンド形態でのライヴ録音の予定だったが、直前にメンバーが相次いで脱退した為、このふたりでの録音となった)、スタジオライヴみたいな作りだと思って いたら、実は滅茶苦茶オーディエンス入れてたりとか(歓声の大きさに驚かされた)。イメージしていたものと実像がこれだけかけ離れていた作品もそうはないだろう。

  どうしても「革命三部作」("世界革命戦争宣言" ~ "赤軍兵士の詩" ~ "銃をとれ")のイメージが強いので、政治的とかパンキッシュという固定観念が強いが、実はかなり「歌もの」或いは(時代なのだろうか)「フォーク」色が強い。ギターとパーカッションのみという編成も強く影響しているし、"戦争を知らない子供達" の替え歌である "戦争しか知らない子供達" が収録されている点も大きい。後にリリースされるセカンドアルバムでも "いとこの結婚式" のような曲があることからも、その要素は知ることができるはずだ。

  つまり、どうしても「革命三部作」のイメージで片づけられてしまう頭脳警察ではあるが、やはり彼らはミュージシャンでありアーティストなのだ。"お前が望むなら"のような曲からは、そういったミュージシャンシップのようなものすら感じ取れる。

  このアルバムの発売禁止の背景には、勿論「言い訳なんか要らねぇよ/てめえのマ○コに聞いてみな」("言い訳なんか要らねえよ")のような直接的性表現も原因のひとつと考えられるのだが、やはり「社会的影響」が最も大きく潜んでいたようだ。1971年の三里塚に於ける成田空港建設反対派と国との衝突(当然、頭脳警察もこの時の集会に参加して演奏している)、更にレコーディング直後の浅間山荘事件。「赤軍の行動を支持する/助長する」というようなことだったのだろう。1997年の神戸児童殺害事件の時や、先日の大阪の小学校での事件の後に「ガキ共をブチ殺せ」なんて歌詞の曲を作った日には、間違いなくその曲は闇に葬られるであろう。

  勿論、パンタにしろトシにしろ、こういう表現を使ったことによって「赤軍支持」と受け取られることは判っていたはずだ。しかし、彼らにとってはあの1972年という時代に、こういう表現がどうしても必要だったのだ。唄わなければならなかったのだ。その後、この幻のアルバムが自らの活動の足枷になると判っていても。

  正直、このアルバムが今の若者にどうアピールするのかは、全く想像できない。俺自身も最初に聴いた時はさすがに「あれ、こんなもんか?」と肩すかしを食らったのだが、何度も聴き返すうちにその表現の深みに気づいたり、単純に楽曲のポップさに気づかされたりで、聴く度に新たな発見がある。もっとヘヴィなロックは今の時代、ごまんとある。しかし、ここまで内面にえぐり込むように訴えかける作品はそうはないだろう。これが約30年もの間封印されていたのかと思うと、ちょっと日本という国の文化を疑ってしまう。というか、やはりロック後進国だったんだなぁと実感させられた。そして、これが2001年という時代にこうやって日の目を見たということを、素直に喜びたい。

  さぁ、あなたにとっての「伝説」は、やはり凄いものだっただろうか、それとも「子供騙しの伝説」に誤魔化され続けていたのだろうか?



▼頭脳警察『頭脳警察1』
(amazon:国内盤CD

投稿: 2001 07 07 01:20 午前 [1972年の作品, 頭脳警察] | 固定リンク