2018年5月18日 (金)

QUEEN『THE GAME』(1980)

海外で1980年6月末、日本で同年7月下旬に発表されたQUEEN通算8作目のオリジナルアルバム。70年代を総括するようなベスト盤的ライブアルバム『LIVE KILLERS』(1979年)を経て、80年代最初に発表された本作からは「Crazy Little Things Called Love」(全英2位、全米1位)、「Another One Bites The Dust」(全英7位、全米1位)という2曲の全米No.1ヒットを生み出し、アルバム自体も初の全米1位を獲得(もちろん全英でも1位)。さらに「Save Me」(全英11位)、「Play The Game」(全英14位、全米42位)、「Need Your Loving Tonight」(全米44位)というスマッシュヒットシングルも誕生しています。

シンセサイザーを全面的に取り入れた壮大なバラード「Play The Game」からスタートする本作は、我々がイメージする“80年代のQUEEN”の雛形となった記念碑的作品集。トータルの流れを意識したアルバム作りよりも、単曲として親しみやすい楽曲を詰め合わせたバラエティパック的な作風が、今作から特化し始めます。

それは、全米No.1を獲得した2枚のシングル「Crazy Little Things Called Love」「Another One Bites The Dust」を聴けばおわかりいただけることかと思います。前者はエルヴィス・プレスリーをイメージさせるカントリーチックなロックンロール、後者は70年代末から流行していたディスコビートを導入したファンクチューンなのですから。もちろん「Play The Game」や「Save Me」といった彼ららしい壮大なバラードも含まれていますが、どの曲も3分前後でシンプルなものばかり。「Dragon Attack」みたいなファンクナンバーや、ポップでキャッチーなロックチューン「Need Your Loving Tonight」「Coming Soon」、のちにアクセル・ローズ(GUNS N' ROSES)がライブでサビの一節を歌ったことで広く知られるようになる泣きのバラード「Sail Away Sweet Sister」など、とにかく1曲1曲が際立った作風に仕上げられています。

興味深いのは、大ヒットとなった「Another One Bites The Dust」を書いたのがジョン・ディーコン(B)だという事実。これまでも毎回アルバムに1〜2曲は提供してきた彼ですが、このヒットに付与したことはとても大きかったように思います。

ハードロックバンドというよりは、よりポピュラリティを得たアリーナロックバンドによるシングルヒット集の趣きが強い1枚ですが、この方向性はのちにスタートするMTVともリンクして“80年代のQUEEN”のスタイルはどんどん確立されていくことになります。

ちなみに、QUEENがアメリカでアルバム1位を獲得したのは、本作が最初で最後。オリジナルアルバムのトップ10入りも、結果本作がラストとなってしまうのでした。



▼QUEEN『THE GAME』
(amazon:日本盤CD / 日本盤2CD / 海外盤CD / 海外盤2CD / MP3

投稿: 2018 05 18 12:00 午前 [1980年の作品, Queen] | 固定リンク

2018年3月19日 (月)

OZZY OSBOURNE『BLIZZARD OF OZZ』(1980)

先ごろツアーからの引退を発表し、次が最後のワールドツアーになるとアナウンスしているオジー・オズボーン。40代以上のメタルファンなら、オジーのこういった発言はこれが初めてじゃないことぐらいご存知でしょう。1991年、これが最後のツアーだと言われて無理して観に行った日本武道館公演。『NO MORE TEARS』(1991年)発売直後、確かワールドツアーのスタートがここ日本だったと記憶しています。2階席の一番後ろで観たザック・ワイルドは、やっぱり最高でした(そっちかよ)。

で、ご承知のとおり、オジーはその後何度もワールドツアーを行っておりますし、ここ日本にも何度も訪れております。しかも(ごく個人的な話になりますが)、その一環でオジー本人にインタビューする機会まで得ることになるとは……1991年の武道館を半泣き状態で観ていた自分に伝えてやりたいくらいです。

とはいえ、すでにオジーも69歳。長期にわたり世界中を旅して、毎日90分以上ものショーを行うには厳しい年齢です。フェアウェルツアーといいながら、おそらく2年は続くでしょうから、終わる頃には70歳を超えているわけですし、ここが引き際なのは間違いないでしょう。

そんなオジーのソロ活動における原点となるのが、今回紹介する『BLIZZARD OF OZZ』。今さら説明は不要でしょう。名盤中の名盤にして、伝説のギタリストであるランディ・ローズがオーバーグラウンドに羽ばたいた記念すべき1枚なのですから。

実は僕、これらのアルバムに収録されている楽曲を最初に聴いたのは、1987年発売のライブアルバム『TRIBUTE』から。なので、ライブバージョンでのラフな演奏のイメージが強くて。そのすぐあとに本作や、続く『DIARY OF A MADMAN』(1981年)のスタジオテイクを聴いたら、やたらと軽くてポップに聴こえちゃって。しばらくは受け入れがたかったんですよ。

けど、曲の良さはまったく変わらないわけで。もちろん、今は大好きですよ、このスタジオアルバムのほうも。

にしても、70年代にリアルタイムでBLACK SABBATHと接していたリスナーからしたら、このアルバムって当時どう映ったんでしょうね。確かにオジー時代の後期サバスには本作にもあるようなポップさも混在しているんですが、どちらかというと野暮ったさが強い。けど、この『BLIZZARD OF OZZ』は全体的に洗練されている。ギターリフの構成もソロの組み立て方も、メロディラインもすべて。そこが聴きやすさ=ポップさに直結しているんでしょうね。これをライブではワイルドに表現するわけですから、完璧ですよ。

「Crazy Train」も「Mr. Crowley」もよくコピーしたなあ。いまだにこの2曲はソロ含めてがっつり弾きたくなります。奥が深いんですよね、ギターソロが。

2000年代に入るとリマスターされたり、権利関係でリズム隊がロバート・トゥルージロ(B)&マイク・ボーディン(Dr)のプレイに差し替えられたりといろいろありましたが、現在はボーナストラック3曲を追加した形で、オリジナルテイクに戻されています。そんな曰く付きなのもあって、結局はシンプルな『TRIBUTE』に戻ってしまったり(笑)。なんつって。



▼OZZY OSBOURNE『BLIZZARD OF OZZ』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD / MP3

投稿: 2018 03 19 12:00 午前 [1980年の作品, Ozzy Osbourne] | 固定リンク

2018年1月20日 (土)

DEF LEPPARD『ON THROUGH THE NIGHT』(1980)

DEF LEPPARDの過去のカタログが昨日1月19日から、デジタルデータでの販売およびサブスクリクションサービスでのストリーミング配信が開始されました。(参照:こちら

1980年のメジャーデビューから30年近く在籍したMercury/Island Records時代の音源に関しては、しばらくバンドのコントロールが効かない状況で、手元に取り戻した『SLANG』(1996年)以外は配信で手軽に聴くこともできず、バンドは苦肉の策として「Pour Some Sugar On Me」などいくつかの音源を再レコーディングして配信するなどしてファンのニーズに応え続けてきました。10年以上にわたり動いてきたこの件も、昨日で一件落着。個人的にもCDラックやハードディスクから彼らの音源を引っ張り出す手間が省けてありがたいですし、何よりも彼らの黄金期をリアルタイムで知らない若いリスナーにも手軽にDEF LEPPARDのカタログが楽しめるのは非常に大きな一歩だと思うのです。

ということで、今回は当初計画していた更新予定から、今月2枚目のDEF LEPPARDのアルバム紹介に変更することにしました。

今回紹介するのは、1980年3月に本国イギリスでリリースされたDEF LEPPARDのメジャー1stアルバム。彼らは前年の1979年1月に3曲入りEP『THE DEF LEPPARD E.P.』を自主レーベルから発売。同年にメジャー契約を果たすと、11月にはシングル「Wasted」でメジャーデビュー。当時はIRON MAIDENSAXONなどをはじめとする、イギリス出身の若手HR/HMバンドたちによる新たなムーブメント=New Wave Of British Heavy Metal(NWOBHM)が勃発し始めたタイミングで、サウンドのテイスト的にはヘヴィメタルとは異なるものの、DEF LEPPARDもこの流れに取り込まれて紹介される機会が増えていきました。

今このアルバムを聴き返すと、『HYSTERIA』(1987年)以降のデジタル色の強いポップなハードロックサウンドとは一線を画する、生々しくてアグレッシヴな印象を受けます。そりゃあリック・アレン(Dr)も健康体でしたし、当時はまだ16歳そこそこでしたし。メンバーの多くが20歳前後だったことを考えれば、この躍動感とフレッシュさは納得のいくものです。

また、王道ブリティッシュハードロックのスタンスを保ちながらも、「Rock Brigade」や「Hello America」などではアメリカナイズされた(と言われた)ポップさも積極的に導入している。もちろんこのへんもブリティッシュっちゃあブリティッシュなんですが、あの当時はこういったメジャー感に対して「アメリカかぶれ」なんて揶揄されたのかもしれませんね。今聴くとそんなにアメリカンな印象も受けないのですが。

上記のポップなハードロックはのちの彼らのヒット曲につながっていくと思うのですが、と同時に「It Could Be You」や「Wasted」「Rocks Off」のようなストレートなハードロックもあれば、「Sorrow Is A Woman」みたいに叙情的な楽曲、「When The Walls Came Tumbling Down」「Overture」といったプログレッシヴなハードロックも存在する。結局、次作以降の“らしさ”の原点がぎっしり詰まった、原点と呼ぶにふさわしい1枚なんですよね。彼らの代表作をすべて聴き終えてから本作に戻ると、非常に納得できる内容/作風なんじゃないかと思います。

今の彼らのこの勢いを求めようとは思いませんが、もしできることなら……今の彼らが表現する『ON THROUGH THE NIGHT』完全再現ライブというのも観てみたい気がします。実現しないものですかね?



▼DEF LEPPARD『ON THROUGH THE NIGHT』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD / MP3

投稿: 2018 01 20 12:00 午前 [1980年の作品, Def Leppard] | 固定リンク

2018年1月12日 (金)

MOTÖRHEAD『ACE OF SPADES』(1980)

“ファスト”・エディ・クラークが亡くなりました。「へっ、誰?」という人もいるかもしれないけど、僕にとってはレミー・キルミスター(Vo, B / 2015年12月没)、フィルシー・“アニマル”・テイラー(Dr / 2015年11月没)、そして“ファスト”・エディ・クラーク(G)という黄金トリオは決して観ることができなかった布陣ということもあって、かなり憧れの強いラインナップでもあります。

MOTÖRHEADに対する思いは過去のテキストでも散々書いているので、ここでは割愛。今晩は急遽、このアルバムを爆音で聴きながら本作の魅力について触れてみたいと思います。

『ACE OF SPADES』はMOTÖRHEADが1980年晩秋にリリースした、通算4作目のスタジオアルバム。前年に発表した2枚のアルバム『OVERKILL』『BOMBER』がそれぞれ全英24位、12位と好記録を伸ばし続けるなか発表された、決定打的1枚が本作『ACE OF SPADES』であり、実際このアルバムは最高4位まで上昇するヒット作となりました。また、同作からのシングル「Ace Of Spades」も最高15位を記録し、バンドは名実ともに人気者の仲間入りを果たしました。

このアルバム、何が良いって、まずはそのジャケットでしょう。それまでのMOTÖRHEADのアートワークは牙をむいた豚(=War Pig)のキャラクターがデザインされていましたが、本作ではメンバー3人が砂漠だか岩場だかで佇む姿が収められています。もうね、これだけで最高じゃないですか? 革ジャンにタイトなパンツ、ハット、そしてガンベルト。この姿を目にしただけで、どんな音かが伝わってくる。

で、実際に1曲目さから再生すると、あのゴリゴリに歪みまくったベースリフ……名曲「Ace Of Spades」からスタートするわけですよ。最高ったらありゃしない。その後も速い曲、ミドルテンポのブギー、渋いロックが目白押し。メタリックだけどヘヴィメタルではなく、ハードロックかと言われるとそういうわけでもない、そしてパンキッシュなのにパンクとも違う。このMOTÖRHEAD以外の何者でもない証明がこの12曲でなされているわけですよ。

1980年というとパンクムーブメントも終わり、本国イギリスではニューウェイブが流行りだしたと同時に、それまで死にかかっていたヘヴィメタルが新たな波に乗って再編され始めた頃。New Wave Of British Heavy Metal(NWOBHM)と呼ばれるムーブメントが勃発したタイミングですね。その時期に発表された『ACE OF SPADES』やMOTÖRHEADというバンドに対して「NWOBHMのオリジネーター」なんて声が多いのは、そういったいろんなタイミングが合致したのも大きいんでしょうね。

とにかく頭を無にして、ただひたすら大音量で楽しみたいアルバム。どのアルバムも最高だけど、今晩だけは「Ace Of Spades」から「The Hammer」までを通して聴いて、3人の鬼気迫るプレイに浸りたいと思います。



▼MOTÖRHEAD『ACE OF SPADES』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD / 海外盤2CD / MP3

投稿: 2018 01 12 01:00 午前 [1980年の作品, Motorhead, 「R.I.P.」] | 固定リンク

2017年11月19日 (日)

AC/DC『BACK IN BLACK』(1980)

大ヒットした1979年のアルバム『HIGHWAY TO HELL』に続く、AC/DC通算7枚目のスタジオアルバム(1980年夏発売)。前作から引き続き、プロデュースをジョン・マット・ラングが担当。と、ここまで書くと前作の延長線上にある作風かと想像してしまいがちですが、前作との間にひとつの大事件が発生します。それがフロントマン、ボン・スコットの急逝(1980年2月)でした。バンドの顔ともいえるボンが亡くなったことで、本来はその歩みを止めてもおかしくないところを、AC/DCは前作からまる1年というハイペースで本作『BACK IN BLACK』を完成させるのでした。

新たに加入したシンガーは、イギリス生まれのブライアン・ジョンソン(元GEORDIE)。ボンの歌声はどこか気だるさや色っぽさ(エロさ)も感じられる独特の個性でしたが、ブライアンの歌声はもっと硬質。極論を言ってしまえば、ロックンロールシンガーからヘヴィメタルシンガーに交代したというくらい、バンドの顔が急に変わってしまったわけです。

当然、バンドが作り出すサウンド自体もブライアンの特性を生かしたものにシフトチェンジ。キャッチーで軽やかなイメージのあった『HIGHWAY TO HELL』とは異なり、この『BACK IN BLACK』ではヘヴィでソリッドなハードロックを奏でております。もう1曲目「Hells Bells」からして異質ですよね、それまでのAC/DCを考えれば。冒頭の鐘の音は、亡くなったボンへの鎮魂を意味するのでしょう(確実に『HIGHWAY TO HELL』へのアンサーと思われます)。そして不穏なギターリフから徐々にヒートアップして、いつになくシリアスな表情で、そしてヒステリックなサウンドで新生AC/DCの誕生を高らかに宣言する。こんなにもドラマチックで、聴き手をたぎらせるオープニング、そうはないですよね。

「Shoot To Thrill」のようなロックンロールもあるんだけど、やはりそれまでとはどこか違う。いや、ギターリフを聴けば間違いなくAC/DCなんだけど、やはり新しさを感じさせる。アナログB面1曲目のタイトルトラック「Back In Black」の、音の隙間を効果的に生かしたリフ&リズムワークはHR/HM史に残る名演のひとつです。かと思えば、前作からヒットした「Highway To Hell」の意思を受け継ぐ「You Shook Me All Night Long」もあるんだから……本当、すごいアルバムだと思います。

1曲1曲を抜き出して語るよりも、アルバムをひとつの音の塊として語りたい。『BACK IN BLACK』はそんな作品だと思います。HR/HMの教科書と言ってもいいくらい、まずはこれから聴け!と突きつけたいくらい、「知らなきゃモグリでしょ?」って言いたくなる1枚です。

ブライアン・ジョンソン(Vo)、アンガス・ヤング(G)、マルコム・ヤング(G)、クリフ・ウィリアムズ(B)、フィル・ラッド(Dr)。第二の黄金期を築き上げたこの布陣は、今後再び揃うことはありません。ブライアンの耳の不調によるツアー離脱、マルコムの認知症によるバンド活動休止、フィルの逮捕、クリフの引退……そして……残念でなりません。過去3回の来日中2度、この編成によるステージを観ることができたのは、もしかしたら幸運だったのかもしれませんね。



▼AC/DC『BACK IN BLACK』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD / MP3

投稿: 2017 11 19 12:00 午前 [1980年の作品, AC/DC, 「R.I.P.」] | 固定リンク

2005年3月29日 (火)

DEAD KENNEDYS『FRESH FRUIT FOR ROTTING VEGETABLES』(1980)

 「ロケンロールと無理心中」、無駄に不定期更新してますが、今回でやっと3回目。そろそろ日本のアーティストも紹介したいな、とは思っているんですが何分‥‥DJやったばかりで、そのために引っ張り出して聴いてたCDの中から、久し振りに聴いてもやっぱりいいなーって思えたモノを幾つか紹介したいな、と思っておるんですね。勿論その中には日本の素晴らしいロケンローバンドも含まれているんですが‥‥

 とりあえず今回は三度洋楽から。ハードロック、オールドスタイルのロケンローときて、今回はパンクです。しかも西海岸のUSパンク。1980年にリリースされたDEAD KENNEDYSの記念すべき1stアルバム「FRESH FRUIT FOR ROTTING VEGETABLES」を紹介したいと思います。

 まぁパンクというとUKだとSEX PISTOLS、THE CLASH、THE DAMNED辺りがよく名前を挙げられるだろうし、USだとやっぱりRAMONESが真っ先に挙がるんじゃないかと思うんですね。後はイギー・ポップ率いるSTOOGESとか? いや、もしかしたら最近の若い子達には既にGREEN DAYやOFFSPRING、RANCIDのようなバンドが基本中の基本になっちゃってるのかな。

 そんな中で、所謂我々が認識する『パンク』と呼ばれる3コードのロケンローを基調とした音楽性と、これも我々が認識している『ハードコアパンク』と呼ばれるジャンル/スタイル‥‥この祖先的な存在が‥‥まぁ乱暴な決めつけではありますが‥‥このジェロ・ビアフラ率いるDEAD KENNEDYSなのかな、と思うわけでして。

 全曲基本的には3分にも満たないようなストレートで疾走感溢れる楽曲ばかり。ド頭の "Kill The Poor" の演劇じみた歌唱法の名曲を聴いた時点で、既にこのアルバムが名盤であるのは間違いないと決定的になるわけですが(大袈裟な言い方かもしれないけど、ホントにそうだよね)、その後も矢継ぎ早に繰り出されるファスト・チューンにやられっぱなし。勿論2005年の現代において、これよりも激しく速いパンクチューンは幾らでもあるわけですよ、けど‥‥やっぱり俺の中ではこれを越えるアルバムは数少ないんですね、どういうわけか。ま、所詮はオールドウェーブなオッサンですよ俺は。パンクの名盤といえばPISTOLSの1st、DAMNEDの1st、CLASHの1st〜「COMBAT ROCK」まで、そしてRAMONES全般(!)とかいうような奴ですから!

 そんなオッサンの言うことですからあてにならねぇ‥‥かどうかは判りませんけど、少なくともこのアルバムは異色作ですよ。パンクでありハードコアであり、尚かつエンターテイメントの臭いまでする。ジェロの歌唱法が演説っぽかったりオペラチックだったりで、他の「がなる」だけのパンクやハードコア勢とは一線を画するわけですよ。そういう意味では、現代ではSYSTEM OF A DOWN辺りに引き継がれてる路線なのかな、なんて勝手に思ってるわけですが(それは言い過ぎか)。プレスリーの "Viva Las Vegas" なんてやっちゃってるわけですからね。そんな朗らかな曲と一緒に "Kill The Poor"、"Forward To Death"、"Let's Lynch The Landlord"、"Chemical Warfare"、"I Kill Children" なんていう素敵なタイトルの楽曲が並んでるわけですよ! そのセンスの素晴らしさ! そしてハードコアながらも非常にポップで判りやすい。ここがポイントなわけですよ。単なるオナニーで終ってないわけ。一時期、パンクやハードコアがそういった独りよがりな方向へと進んでしまう時期があったかと思うんだけど、少なくともこの時代はまだ大丈夫だったんだな、と。まぁそりゃそうか、何せジェロはRAMONESのライヴを観て、バンドを始めたような男だからね。その方向性の違いはあれど、根元にあるものは一緒なわけですよ。

 DEAD KENNEDYSは'80年代半ば頃までは現役だった記憶があります。俺が中学生の頃、まだ新譜とか出してたような記憶あるし。んで、ジェロはその後いろんなユニットを作ったり壊したりして現在に至ってます。先頃、ジェロのいないDEAD KENNEDYSが来日したりもしましたが、まぁそれはそれで‥‥観たいとは思わないけど、いいんじゃないでしょうか。

 う〜ん、今度DJやる時は是非 "Kill The Poor" か "Viva Las Vegas" をかけたいなぁ。



▼DEAD KENNEDYS『FRESH FRUIT FOR ROTTING VEGETABLES』(amazon

投稿: 2005 03 29 12:07 午前 [1980年の作品, Dead Kenedys] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

2004年12月22日 (水)

THE CLASH『SANDINISTA!』(1980)

 早いもんで、2002年12月22日からもう2年もの月日が流れたのね‥‥2年前、その知らせを聞かされた時‥‥正直「‥‥へっ!? ウソに決まってるって!」って絶対に信じようとしなかったんだよな、俺。焦ってネットをいろいろ検索して、結局「Fujirockers.org」の掲示板にその書き込みを見つけて。時間が経ってから、それが間違いない事実であることを関係者がそこで報告して‥‥全然信じられなかった。だって、3ヶ月前に俺、観てるんだよ!? あんな凄いステージ見せつけられたんだよ!? 信じろっていう方が無理だってぇの。本当にショックだった‥‥

 ジョー・ストラマーがこの世を去ってから、早くも2年経ってしまいました。英国時間の2002年12月22日未明、彼は突然この世から居なくなりました。未だに彼がこの世に存在しない‥‥それが信じられないんだよね。フジロックに行く度、朝霧JAMに行く度、もしかしたらジョーはキャンパーとして参加してるんじゃないか、焚き火を絶やさないように近くに座ってるんじゃないか‥‥この2年、ずっと同じことを考えてた、俺。けど、やっぱりジョーは居なかった。ジョーの家族や友人達がやってきても、まだ心のどこかで信じてない俺がいる。未練がましいのかもしれないけど‥‥それくらい、彼を失ったことは俺にとって大きかったのね。

 ジョーやTHE CLASHに対して、非常に強い思い入れを持つようになったのは、間違いなくこの5〜6年の間のこと。勿論その前からTHE CLASHは聴いてたし、好きな曲も沢山あった。けど、やっぱり1999年8月、初めて行った苗場フジロックで観たジョー‥‥ここが全ての始まりだったと思うのね。連発されるTHE CLASHナンバーに頭真っ白になって。単純にソロ曲も心地よくてカッコ良いし。あれが切っ掛けて俺はジョーやTHE CLASHに惚れ込んだようなもの。リアルタイムではラストアルバムにして問題作でもある「CUT THE CRAP」しか体験してなかった俺。そりゃあのアルバム聴いてTHE CLASHの凄さを理解しろって言う方が無理だわな。

 高校生の頃に聴いた「LONDON CALLING」が今聴くと全然違って聴こえるのと同じく、この「SANDINISTA!」ってアルバムも、むしろ今という時代に聴く方がしっくりくる1枚(というか2枚組)。アナログ時代は3枚組で、レンタルする時も思わず「一度に3枚も!」と喜んでたんだけど、その内容が殆ど理解できなくてね‥‥単純なパンクを求めてた俺からすれば、そりゃ難し過ぎるって。

 '80年以降、パンクを通過したニューウェーブやポストパンクが、アンダーグラウンドからオーバーグラウンドへと浮上していき、その代償としてオリジナルパンクス達は再びアンダーグラウンドへと追いやられるか、新たな道を模索することを強いられたわけだけど、THE CLASHはそんな中、誰からも選択を迫られることなく、自らが率先していろんなジャンルを取り込んでいった数少ないオリジネーターだったんだよ。そして、そういうスタイルこそが「レベル・ミュージック(Rebel Music)」なのだ、と提示し続けたわけ。

 それから20年以上経った今、シーンには沢山のポストパンクバンドが溢れてる。テクノロジーが発達したのと同時に、ジャンルも更に細分化される程多様化してる。そんな中、この「SANDINISTA!」がここ2〜3年の間に再評価されるようになったのには、そういった確固たる理由があるわけ。全てがここから始まった、とまでは言わないけど、でも間違いなくこの作品は2004年の現代にも通用するクオリティーと内容を持ってる。それは紛れもない事実なわけ。

 5年前のリマスター化の際に、このアルバムの音はオリジナル版と比べて更に向上して、完全に「今の音」になったと思う。古くさくないのよ。けど、真新しいとも思わない‥‥ジャストなの、「今」に。

 今日は帰宅後、ずっとこのアルバムを爆音で聴いてます。今日のラジオ、1曲目はTHE CLASHで決まりだな。そして、明日はこれに足を運ぼうと思う‥‥その後は、ただひたすら踊るだけ。愛するロックンロールに包まれて。



▼THE CLASH『SANDINISTA!』
amazon

投稿: 2004 12 22 09:14 午後 [1980年の作品, Clash, The] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2004年10月22日 (金)

とみぃ洋楽100番勝負(65)

●第65回:「Ashes To Ashes」 DAVID BOWIE ('80)

 自分にとって、それまでデヴィッド・ボウイという存在は、歌も歌って適度に役者もやってという、マルチプレイヤー的な存在であって、そこまで惹かれる存在ではなかったんですよ。過去の偉業は知ってましたけど(「ZIGGY STARDUST」とかね)、それを聴く機会もあまりなかったし(当時は廃盤になってたアルバムが多かったり、アナログ→CDの移行でCD化が遅れる旧譜が多々あったりしたからね)。

 ところが'90年になって、ボウイが来日すると。しかも「これまでのソロキャリアを一時封印するために、グレイテストヒッツ・ライヴをやる」と。おお、それは観ておかなくちゃ‥‥と思い、当時リリーすされた「CHANGES BOWIE」っつーベスト盤に手を出したんですよ。

 ‥‥ここが人生の分かれ道っつうか。あの時、これ聴いてなかったら、ボウイに傾倒することもなかったんだろうなぁ、と。

 初期のグラム路線にまず鳥肌立てて、中期のプラスチックソウル路線に驚き、続くベルリン三部作は当時の俺には「?」だったりするんですが、その後‥‥「LET'S DANCE」との間のエアポケットといえる「SCARY MONSTERS」というアルバムからの曲に、何故か心ときめいて。特に "Ashes To Ashes" という曲にね。あ、これ聴いたことある!って。

 多分、氷室京介が当時やってたラジオ番組でかけたから、それで耳に残ってたんですね。ヒムロックが語るわけですよ、自分達のやってたバンドの名前の由来となってるオッサンがライヴやる、って。それに影響されたのも大きかったのかな。

 数ヶ月前にROLLING STONESを観た東京ドームで、俺はまた歴史のひとつを目撃するわけですよ‥‥そう、"Rock'n'Roll Suicide" をやらない、体調最悪だった日にぶち当たってね。まぁそれは別にどうでもいいんですよ。とにかく‥‥ああ、こんなにカッコいい人なんだ、って初めて気づいて。単なる伊達男じゃなかったんだなって。

 その後、「ZIGGY STARDUST」にまで遡って、ようやく自分の高校時代のルーツ(HANOI ROCKSやMOTT THE HOOPLE等)に繋がるわけですよ、ここで。あー成る程って。と同時に、こんなにいろんなことをやれる才能と嗅覚を持ったボウイって、やっぱりスゲーっていう結論に達して。んで、低迷状態にある'90年代も熱心に追っかけて。今に至ると。

 そういう意味では、今年はボウイファンにとっては、本当に素晴らしい、充実した1年だったんじゃないですかね。

 最近のボウイはトニー・ヴィスコンティと一緒にアルバムを作ってるからってことで、どうしてもベルリン三部作時代と比較されがちですが、個人的にはこの「SCARY MONSTERS」の頃と比較すべきなんじゃないか、って勝手に思ってるんですよね。いや、何となくだけどさ‥‥



▼DAVID BOWIE「SCARY MONSTERS」 (amazon

投稿: 2004 10 22 12:00 午前 [1980年の作品, David Bowie, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004年9月26日 (日)

とみぃ洋楽100番勝負(38)

●第38回:「Mr.Crowley」 OZZY OSBOURNE ('80/'87)

 もうひとり忘れてた、オールタイムで好きなギタリスト。そう、ランディ・ローズね。唯一亡くなっている人だけにさ、もうその動向を追うなんてことは出来ないわけだけど‥‥やっぱり彼がオジーの元に残した2枚のオリジナル・アルバムと、この「TRIBUTE」というライヴ盤は、ホントに一生ものだと思うんですよ。

 オジーとの出会いは意外と遅くて、俺。多分「BARK AT THE MOON」が出て1年以上経ってからだと思うわ‥‥だってさ、あのルックスがね、子供心にマジで怖くて。本当に悪魔なんじゃなかろうか、と。そんなわけないんだけどさ。で、その後の「THE ULTIMATE SIN」は、単純に曲が気に入って、アルバムは結構聴いてた。ジェイク・E・リーのギタープレイも好きだったし。

 けど‥‥この「TRIBUTE」で初めてランディのプレイに接したんだけど‥‥感動した。いや、速弾きがどうこうっていうんじゃなくて、そのクラシカル且つメロディアスなギタープレイに。ライヴだけにラフな部分も目立つんだけどさ、それ以上にリフワークとソロプレイの対比がね、本当に感動的に凄かったわけ。

 ほら、ソロイストって意外とリズムプレイ(メインリフじゃなくて、歌のバックでのリズムプレイ)が印象薄い人多いじゃない。スティーヴ・ヴァイみたいに終始ソロプレイみたいな人は別として‥‥やっぱりエディ・ヴァン・ヘイレンくらいしか思い浮かばなかったのね、当時そういう人って。だからこそ、ランディのプレイには目から鱗だったわけ。

 特にさ、この "Mr.Crowley" でのソロは、全ギタリスト必聴なプレイが満載なんですね。俺もコピーしたもん、出来もしないのに。勢い余ってスケールアウトする箇所もあるんだけど、そんなのお構いなし。とにかく若さ故の勢いでカバー。勿論しっかり計算されているわけですが。

 この頃(高校1〜2年)、本気で「HM/HRが世界で最も高等な音楽」だと信じてたもんな、俺。そのくらい染まってたわけですよ、ハイ。



▼OZZY OSBOURNE / RANDY RHOADS「TRIBUTE」(amazon

投稿: 2004 09 26 12:00 午前 [1980年の作品, 1987年の作品, Ozzy Osbourne, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック