2017/03/02

WHITESNAKE『SLIDE IT IN』(1984)

WHITESNAKE通算6枚目のスタジオアルバム『SLIDE IT IN』。以前1987年発売の大ヒット作『WHITESNAKE』には曲順や収録内容が異なる仕様が複数存在すると紹介しましたが(こちら)、実はこの『SLIDE IT IN』にも複数の仕様があるのです。それもこれも、この時期にアメリカでGeffen Recordsと契約したがために、US向けにテコ入れをされてしまったのが原因なんですけどね。

さて、今回も多少長くなってしまうと思いますが、各仕様について説明していきます。

まず、この時期の編成について。デヴィッド・カヴァーデイル(Vo)は前作『SAINTS & SINNERS』(1982年)のレコーディングに参加したバーニー・マースデン(G)、ニール・マーレイ(B)、イアン・ペイス(Dr)を切り、新たにメル・ギャレー(G)、コリン・ホッジキンソン(B)、コージー・パウエル(Dr)を迎えます。ここに初期から参加するミッキー・ムーディ(G)、ジョン・ロード(Key)を加えた6人で『SLIDE IT IN』を制作。楽曲はメル・ギャレーが中心となり制作されたことから、前作までのルーズな作風から起承転結のしっかりしたドラマチックな作風へとシフトチェンジ。ドラムもイアン・ペイスからコージー・パウエルに変わったことで、よりタイトで締まったサウンドに進化しています。


①UK&JPバージョン

1984年初頭にリリースされた最初のバージョンがこちら。当時イギリスやヨーロッパではEMIから、ここ日本では新たにCBSソニーからリリースされています。これは今作からアメリカではGeffenからリリースされることに伴う移籍だったのかなと(当時Geffenでリリースされた作品は、ここ日本ではソニーから発表されました)。

収録内容はこちら。


01. Gambler
02. Slide It In
03. Standing In The Shadow
04. Give Me More Time
05. Love Ain't No Stranger
06. Slow An' Easy
07. Spit It Out
08. All Or Nothing
09. Hungry For Love
10. Guilty Of Love


今も昔もこの曲順が当たり前で、こちらに慣れ親しんだ日本のHR/HMリスナーは多いはずです。


②USバージョン

しかし、ヨーロッパや日本向けに制作した本作。アメリカのスタッフにはいまいちウケがよろしくなくて、あれこれ修正しろといちゃもんをつけられます。そして同じ頃、結成時からのメンバーであるミッキー・ムーディ、そしてコリン・ホッジキンソンが相次いで脱退。そこに新たに加わったのが、当時THIN LIZZYが解散したばかりのジョン・サイクス(G)でした。さらにベースにはニール・マーレイが出戻り。これにより、ジョンのギタープレイとニールによるベース差し替え、さらにUS向けにリミックス&再構築したのが、1984年4月に現地でリリースされたUSバージョンです。

USバージョンの曲順は以下のとおり。


01. Slide It In
02. Slow An' Easy
03. Love Ain't No Stranger
04. All Or Nothing
05. Gambler
06. Guilty Of Love
07. Hungry For Love
08. Give Me More Time
09. Spit It Out
10. Standing In The Shadow


これ、どうよ? 正直UKバージョンに慣れた耳でこの曲順のアルバムを聴くと、非常に違和感を感じるわけです。しかもジョン・サイクスによるピロピロしたギターソロは加わるわ、音も若干硬めにミックスし直されてるわ、キーボード類が後ろに引っ込んでリズムが前に出てるわで本当に違和感しかない。アメリカ人の耳はこんなにバカなのか……と当時本気で思ったものです。

まぁ「Slide It In」から始めるのはよしとしましょう。しかし、それに続くのが「Slow An' Easy」「Love Ain't No Stranger」とか、「Gambler」が5曲目とか、「Guilty Of Love」じゃなくて「Standing In The Shadow」で終わる構成とか、本当にありえない。USリミックス自体は否定しませんが、この曲順だけは『WHITESNAKE』のそれと比較しても、30年以上経った今でも馴染めません。


③『SLIDE IT IN (AMERICAN REMIX VERSION)』

ここ日本ではUSバージョンそのままがリリースされることはありませんでしたが、代わりに『SLIDE IT IN (AMERICAN REMIX VERSION)』と題したアナログ盤が(のちにCDも)リリースされます。

収録内容はこちら。


01. Slide It In
02. (Comment)
03. Love Ain't No Stranger
04. (Comment)
05. Guilty Of Love
06. Slow An' Easy
07. (Comment)
08. Gambler
09. (Comment)
10. Need Your Love So Bad


M-2、4、7、9はそのタイトルどおり、デヴィッドからのメッセージ。10トラック収録されているものの、実質6曲から構成されたミニアルバムです(そのぶん、収録時間も30分に満たない)。この6曲中5曲(M-1、3、5、6、8)はすべて②のUSバージョン。目玉となるのがM-10で、FLEETWOOD MACのカバーで知られるブルースナンバーです。この曲がとにかく最高に渋くてカッコいいったらありゃしない。すでにUS盤を持っていたにもかかわらず、この1曲のためだけに本作を購入したのを今でも覚えています。へっ、メッセージはどうだったかって? そんなのよく覚えてませんってば(いつも飛ばしてたし)。


④25TH ANNIVERSARY EDITION

『SLIDE IT IN』の発売25周年を記念して、2009年6月にEMIからヨーロッパ向けにリリースされたのが本作。CDとDVDの2枚組仕様で、こちらの内容も非常に厄介なもの。各ディスクの収録内容は下記のとおり。


<CD>
01. Gambler (US Mix)
02. Slide It In (US Mix)
03. Slow An' Easy (US Mix)
04. Love Ain't No Stranger (US Mix)
05. Give Me More Time (US Mix)
06. Standing In The Shadow (US Mix)
07. Hungry For Love (US Mix)
08. All Or Nothing (US Mix)
09. Spit It Out (US Mix)
10. Guilty Of Love (US Mix)
11. Need Your Love So Bad
12. Gambler (UK Mix)
13. Slide It In (UK Mix)
14. Standing In The Shadow (UK Mix)
15. Give Me More Time (UK Mix)
16. Slow An' Easy (UK Mix)
17. Spit It Out (UK Mix)
18. All Or Nothing (UK Mix)
19. Guilty Of Love (UK Mix)
20. Love Ain't No Stranger (Live from『STARKERS IN TOKYO』)
<DVD>
01. Guilty Of Love (Music Video)
02. Slow An' Easy (Music Video)
03. Love Ain't No Stranger (Music Video)
04. Guilty Of Love (Live at Donington 1983)
05. Love Ain't No Stranger (Live from『STARKERS IN TOKYO』)
06. Give Me More Time (BBC TV's Top Of The Pops 19/1/84)
07. Love Ain't No Stranger (Live from『LIVE… IN THE STILL OF THE NIGHT』)


もうここまでくると、訳がわかりません。単なる寄せ集めですよね。UKバージョンとUSバージョンを比較しようにも、UKバージョンが不完全。これは無理やりCD1枚に収めようとしたことが敗因。それなら、アナログでしか手に入らない「Guilty Of Love」と「Gambler」のシングルバージョン(アルバムを手がけたマーティン・バーチではなく、エディ・クレイマーがプロデュースしたバージョン)も入れてほしかったなぁ(前者はDVD収録のMVにてその音を耳にすることができます)。本作に関してはMVや現在入手困難な『STARKERS IN TOKYO』の映像、さらには『TOP OF THE POPS』での映像が観られるという意味で、非常に資料価値の高い作品と言えます。まぁ音源に関しては……一応リマスタリングされてるようですが、そのへんの聴き比べはマニアの皆さんにお任せします。


なお、ジョン・サイクス&ニール・マーレイ加入後のラインナップですが、結局メル・ギャレーもバンドを脱退し、しばらくはデヴィッド・カヴァーデイル、ジョン・サイクス、ニール・マーレイ、コージー・パウエル、ジョン・ロードのシングルギター体制で活動。さらにDEEP PURPLE再結成にあわせてジョン・ロードまで脱退し、以降はサポートキーボーディストを迎えてライブを続けることになります。で、その後はご存知のとおり、コージーもバンドを脱退。デヴィッドはジョン・サイクスとともにバンドの立て直し、およびアメリカで天下を獲るためのアルバム作りに取りかかるのでした(以降の流れは『WHITESNAKE』レビューをご確認を)。



▼WHITESNAKE『SLIDE IT IN』
(amazon:国内盤CD / UK盤CD / US盤CD / 海外盤CD+DVD

投稿: 2017 03 02 12:00 午前 [1984年の作品, Cozy Powell, Whitesnake] | 固定リンク

2016/12/29

SCORPIONS『LOVE AT FIRST STING』(1984)

ドイツのハードロックバンドSCORPIONSが1984年に発表した、通算9枚目のスタジオアルバム。邦題は『禁断の刺青』で、日本での彼らのイメージである「蠍団」は使われていません(「蠍団」が伝われてたのは1978年の『TOKYO TAPES』まで。こちらの邦題は『蠍団爆発!! スコーピオンズ・ライヴ』)。1984年発売の前作『BLACKOUT』で全米10位のヒットを記録してアメリカでも本格的にブレイクした後、そのダメ押しとしてリリースされた今作は全米6位を獲得し300万枚ものセールスを記録。シングルカットされた「Rock You Like A Huuricane」は全米25位、「Still Loving You」は全米64位とそれぞれドイツのハードロックバンドとしては当時異例の高記録となりました。

『LOVEDRIVE』(1979年)以降、徐々にバタ臭さが薄らいでいき、この『LOVE AT FIRST STING』でヨーロッパのバンドならではのカラーとアメリカナイズされたサウンドが絶妙なバランスで成立。このギリギリな感じが日本人のみならず、アメリカ人にもウケたのかもしれません。事実、本作に続く『SAVAGE AMUSEMENT』(1988年)ではアメリカナイズされた音の主張がより強くなってしまってしまいますし。

『LOVE AT FIRST STING』が前後の作品よりも優れていたのはそういった楽曲センスのみならず、各曲が持つテンポ感も絶妙だったことが挙げられると思います。シングルヒットした「Rock You Like A Huuricane」や「Bad Boys Running Wild」「Big City Nights」のようなミディアムテンポのマイナーチューンが中心ながらも、当時のライブでオープニングを飾った「Coming Home」や「The Same Thrill」のようなアップチューン、そして「Still Loving You」という泣きのバラード。これらが当時としては異例のデジタルレコーディングで制作され、非常にクリアで整理された音で楽しむことができる。ドラムのタムタムの音色も独特で、同時期にDEF LEPPARD『PYROMANIA』が大ヒットしていたことを考えると、あれもその時代の流行りだったんだなと気づかされます。

全9曲、最初から最後まで良曲、良メロディ満載で隙が一切ないハードロックアルバム。もしこれからSCORPIONSを聴いてみようと思うなら、間違いなくこのアルバムから触れてみることをお勧めします。

なお、2015年のリイシュー企画でこのアルバムも2CD+DVDからなるデラックスエディションが発売。アルバム本編に当時のデモ音源(アルバム未収録のボツ曲も含まれていますが、これも悪くない出来)や、マディソン・スクエア・ガーデンでの未発表ライブ音源などを楽しめるので、少々値が張りますが予算に余裕があればこちらに手を出してみるのもいいかもしれません。



▼SCORPIONS『LOVE AT FIRST STING』
(amazon:国内盤2CD+DVD / 海外盤2CD+DVD / 海外盤CD

投稿: 2016 12 29 12:00 午後 [1984年の作品, Scorpions] | 固定リンク

2005/07/19

寝る前にこれ聴け!(4)

 夏フェス前、マトモな準備ができそうなのがこの3連休だったわけなんですが(俺内でね)、買い物しただけで終った‥‥いや、買い物出来ただけでも良しとするか。新しいテント、新しいリュック、使い捨てコンタクト(1日用)、洗車、散髪‥‥なんだ、意外といろいろやったじゃん、今日1日で!‥‥計画性ないな、俺。

 さ、話題を変えて。何か最近の更新はお茶を濁してるような気が無きにしもあらずですが‥‥多分正解。余裕ない中での更新だったり、そうでなかったり。ってどっちだよ。ま、どっちでもいいんですが。9/18に向けて、いろいろ昔のCDを引っ張り出したり、あるいは中古で買い漁ったりしてるところでございます。

 てなわけで、今夜のテーマは「中1の俺」。俺が中1の頃に聴いてたアルバム。これだけじゃないんだけど、多分2005年に誰にも見向きもされないであろう3枚を選んでみました!


・QUIET RIOT「METAL HEALTH」('83)
 中学に入って俺がメタルの世界に片足を突っ込む切っ掛けになった1枚。1曲目の "Bang Your Head" でやられ、そのまま名カバー "Cum On Feel The Noiz" でメロメロ。最後の "Thunderbird" で号泣、みたいなね。ま、歌は下手クソなんですが。
 このアルバムとDEF LEPPARD「PYROMANIA」のせいで、その後の人生狂ったも同然っすよ!


▼QUIET RIOT「METAL HEALTH」(amazon


・TWISTED SISTER「STAY HUNGRY」('84)
 QUIET RIOTの "Cum On Feel The Noiz" からそのまま続けて聴くと何か笑える "We're Not Gonna Take It" 収録の1枚。これ1曲って思われがちだけど、アルバムには他にも "Stay Hungry" とか "I Wanna Rock" とか "The Price" とか名曲揃いです。外見のケバケバしいグラムっぽいイメージとは裏腹に、音は正統派です。そういえば去年、このアルバム・リリースの20周年を記念して、当時のメンバーで再録音、曲順もそのまんまの「STILL HUNGRY」なんてアルバムもリリースされましたっけ(そっちは聴いてない)。お盛んで何よりです。


▼TWISTED SISTER「STAY HUNGRY」(amazon


・W.A.S.P.「W.A.S.P.」('84)
 これも見た目のイメージ先行でグラマラスな気がしてたけど、いざ聴いたらコテコテのメタルでビックリした記憶が。とにかく頭の "Animal (Fuck Like A Beast)" からしてキテます。"L.O.V.E. Machine"(notモー娘。)といい "Hellion" といい "On Your Knees" といい、名曲揃い。正統派パワーメタルだったんだなぁ。その後の作品もなかなか良いけど、俺はこの1stと'92年の「THE CRIMSON IDOL」が一番好きでした。


▼W.A.S.P.「W.A.S.P.」(amazon

投稿: 2005 07 19 12:10 午前 [1983年の作品, 1984年の作品, Quiet Riot, Twisted Sister, W.A.S.P.] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/12/19

QUEEN 『THE WORKS』(1984)

 QUEENが1984年にリリースした通算10作目のオリジナルアルバム。前作『HOT SPACE』が実験的内容だったこともあり、従来のQUEENを愛するファン、あるいは「THE GAME」で手にした新しいファンをガッカリさせ、商業的にも失敗に終わり、その後一時的に活動休止状態に陥り、一部のメンバーはソロ活動を開始、一部で解散説まで囁かれるようになります。

 が、そこはフレディ・マーキュリーのこと。転んだままでいるわけもなく、ただ立ち上がるだけでもなく‥‥思いっきり開き直るわけです。前作で取り入れたマシーンっぽい要素(打ち込みやシンセ導入)と従来のハードロック路線、更にあざとくシングルヒットを狙ったかのような売れ線ポップチューン……『THE GAME』で手にしたものを再構築し、更に数歩押し進めたのがこの『THE WORKS』というシンプル且つ意味深なタイトルを持つ作品集なのです。

 下手な実験をせず、純粋に楽曲勝負。しかも時代のニーズに合わせMTVの力も借りて、『QUEEN流テクノポップ』と呼べなくもない「Radio Ga Ga」や「Machines (or 'Back To Humans')」といった、古くからのファンが拒否反応を起こしそうなナンバー。ある意味では前作での失敗を見事に昇華させたと言えなくもないですが……更に「I Want To Break Free」もその系譜に入る1曲ですが、この曲ってメッセージソングなんですよね。PVでの女装のイメージが強いからそう聞こえませんけど。

 勿論そういった80年代的楽曲だけでなく、従来のハードロッキンなナンバー……「Tear it Up」「Hammer To Fall」も収録されているし、これまたQUEENらしい壮大なバラード「It's A Hard Life」「Crazy Little Thing Called Love」の線を狙った「Man On The Prowl」、そして『第二の「Love Of My Life」』と呼んでも差し支えないだろう名曲「Is This The World We Created...?」と、とにかく個々の楽曲はよく出来てるんですよね。その後の彼等を考えればこれが新たな『雛形』になったことは間違いないでしょうね。

 シングルカットされた4曲(「Radio Ga Ga」「I Want To Break Free」「It's A Hard Life」「Hammer To Fall」)どれもがヒットを記録したことから、前回の不振回復に繋がり、結果彼等は再び頂点に到達するわけです(アルバムは全英2位、初のプラチナ・アルバムを獲得)。

 が。そんな大ヒットとは裏腹に……これ、アルバムとしては印象が薄い1枚なんですよね。結局、そういったシングル曲のイメージが強い分、他のアルバム曲が影に隠れてしまうんですよね。全曲フレディのボーカル作品としては初のアルバムなんですけどね。楽曲は全員が書いてるんですが、その辺も従来のQUEENファンにとっては印象が薄い理由になってるのかしら?



▼QUEEN『THE WORKS』(amazon

投稿: 2004 12 19 12:05 午前 [1984年の作品, Queen] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/12

とみぃ洋楽100番勝負(24)

●第24回:「Don't You Ever Leave Me」 HANOI ROCKS ('84)

 HANOI ROCKSはリアルタイムだと、この曲が収録されたラスト作「TWO STEPS FROM THE MOVE」が出た後かな。しかもこのアルバムがリリースされた年の12/8、ドラマーのラズルが亡くなって、翌年に解散。だから出会ってアッという間に解散した‥‥ってイメージが強いのね。曲よりもビジュアルのインパクトが凄かったから(雑誌のピンナップとかね)、その曲の「味」に気づくまで、そこから更に数年を要するんだけど(ま、ガキにはなかなか理解しがたい「味」だったんだけど‥‥)。

 そのラズル。交通事故で亡くなりまして‥‥MOTLEY CRUEのボーカル、ヴィンス・ニールが運転する車に同乗してて、ヴィンスが事故って。車から放り出されたラズルはそのまま亡くなってしまうという‥‥そんな出来事。だからHANOI派、MOTLEY派って派閥が出来ちゃうんだよね。そういう因縁を持ってるから。

 けど俺は‥‥単純にマイケル・モンローってシンガーのスタイル(歌い方、声、ルックス、ファション、アティチュード等全て)が大好きだし、ニッキー・シックス(MOTLEYのベース兼リーダー)のスタイル(佇まい、アクション、書く曲、発言等)が大好きだった。恐らく10代の自分にとって、全てだったんじゃないか、と言い切れる程に。

 最初に動くHANOIを観たのは古い曲‥‥ "Motorvatin'" のPV(というかプロモーションフィルム)だったけど、ちゃんと「HANOI ROCKS」というものを認識して向き合ったのがこの "Don't You Ever Leave Me" のPVだった。そしてこれが最後の「動くHANOI ROCKS」になっちゃったんだよね‥‥その後はもう、ひたすら後追い、後追いで。公式リリースされてるライヴビデオは勿論、映りの悪い1本4〜5,000円する海賊ビデオにまで手を出して。

 この曲がファーストアルバムに入ってる "Don't Never Leave Me" って曲の焼き直し(リメイク)だというのは、高校生になってから知った。どっちもそれぞれ味わい深くて好きなんだけど、やっぱり‥‥絵付きで出会ってしまった、こっちのインパクトがね。

 その後、'90年に初めてマイケルを生で観て(しかもゲストにナスティまでいるし!)、'93年頃にマイケル、ナスティ、サミーという「生存しているHANOIの3/4」を生で体感し(けどライヴは糞だった)、それから数年後に池袋の某CDショップでアンディ・マッコイと握手して、'02年夏‥‥「HANOI ROCKS」を生で初体験するに至るのでした。

 やっぱり幕張で初体験した時も、この "Don't You Ever Leave Me" でマジ泣きしたなぁ‥‥ライヴ盤に忠実に、ちゃんと "Cheyenne" イントロのアルペジオとのメドレーで。そりゃ泣くよ。15年越しくらいの思いがやっと果たされたんだから。

 今こうやって過去を振り返ってるけど‥‥そりゃ確かにMOTLEY CRUEは今休止中で、来年にならないと動き出さないけど‥‥それでも彼等もHANOI ROCKSも、俺にとっては「現役」であって、ずっと続いてるわけですよ。俺の根っこの部分にずっとある、全ての基準となるよな、そんな存在。

 やっぱりロックンロールはカッコ良くなくちゃ。ねっ?



▼HANOI ROCKS「TWO STEPS FROM THE MOVE」(amazon

投稿: 2004 09 12 12:00 午前 [1984年の作品, Hanoi Rocks, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/06

とみぃ洋楽100番勝負(18)

●第18回:「Freedom」 WHAM!('84)

 言わずと知れたジョージ・マイケル率いるWHAM!。つーか俺等世代にとっての青春ですよね。中学時代、本当によく聴いたし、そのあっけない解散にはガッカリさせられたものです。来日公演も1回きりだっけ? 畜生、本当に観たかったよ。

 初めて聴いた曲となると、ファースト収録の "Bad Boys" だけど、思い入れなら完全にセカンド「MAKE IT BIG」。で、B面1曲目(という言い方の方が思い入れ強し)のこの曲がね。マクセルのCMソングだっけ? とにかくあのイントロのブラスの強烈さと、サビメロの甘さ。これが全てですよ。ジョージの若々しい歌声も素晴らしいし、殆ど意味がないようであるようなアンドリューの存在もグレイト。

 WHAM!はね。たった3枚のオリジナルアルバム(といっても3枚目は半ば編集盤だけど)とベスト盤の計4枚で活動を終了しちゃったけど(それもたった4年くらいの間でね)、その後のジョージの活動を思えば‥‥「FAITH」は俺の中では「MAKE IT BIG」に匹敵する程の名盤なんですけどね(内容は真逆と言っても過言じゃないけど)。17年でオリジナルアルバム4枚、カバー集1枚、ベスト盤1枚の計6枚‥‥はぁ‥‥そういやぁ俺、ジョージのソロライヴも観た事なかったなぁ。ドームだったっけ、セカンド出た後って。違ったっけ? あー、タイミング悪かったよなぁ‥‥

 新作出たけど、全然盛り上がってないよね。やっぱり‥‥あの「事件」を境に‥‥

 一時期、ジョージがフレディ・マーキュリー亡き後のQUEENに、ボーカルとして参加して、QUEENのラストアルバムを作る、なんて噂があったけど‥‥それは違うよね、いくらなんでも。両者共好きだけどさ‥‥食い合わせ悪過ぎ。それだったらアンドリューに仕事あげてくださいよマジで。



▼WHAM!「MAKE IT BIG」(amazon

投稿: 2004 09 06 12:00 午前 [1984年の作品, Wham!, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/02

とみぃ洋楽100番勝負(14)

●第14回「Pride (In The Name Of Love)」 U2('84)

 俺にギターを持たせる切っ掛けを作ったのがエディ・ヴァン・ヘイレンなら、俺をバンドの道に進ませる切っ掛けを作ったのは間違いなくこのU2というバンドであり、そしてエッジというギタリストなんですよ。

 初めて耳にした曲は "Gloria" か "New Year's Day" で、初めて聴いたU2のアルバムは「WAR」なんですが、初めてバンド組んで音出したのは、実はこの "Pride (In The Name Of Love)" って曲なんですよ。俺ってハードロックとかメタルとかビジュアル系のバンドをやってたっていうイメージがあるみたいだけど、最初のバンドはU2やPOLICE、DURAN DURANのコピーバンドですから。これだけは力説しておきますね!

 その頃の俺はギターじゃなくてベースなんだけど(だって全員ボーカルかギターをやりたがって、結局はジャンケンで負けてベースですから)、やっぱりこの曲のギターを聴いてるとスッゲー気持ちいいわけですよ。当時ギターやってた奴が、これまた年齢の割りに結構上手い奴だったもんで(15才にしてLOUDNESSのコピーバンドとかやってたしな。それでいてTOTOみたいなのも好きだったという変わり者で)、周りはただただ足を引っ張るばかりでね‥‥ベースもドラムも思いっきり初心者。ボーカルは1オクターブ下で地声で唸るだけ。ま、俺等がデスメタルやゴシックメタルの「はしり」なわけですが(嘘)。

 あー、U2ってこんなポップな曲も出来るんだーって感動したのを凄く覚えてます。このアルバム、友達が買ったのをダビングしてテープが伸びるまで聴いて、高2の頃に秋葉原の石丸電気で輸入盤(当然LPでな!)を買って、ハタチ頃に安く再発された際にCDで買い直して‥‥U2はそんなアルバム、2〜3枚あるかな。

 高3の頃かな。2度目の来日公演の時、横浜アリーナまで足を運んで(ちなみに初横アリは、そのちょっと前にあったジェフ・ベックとかBAD ENGLISHとか出たイベント。初ジェフ・ベックに本気で失禁しそうになったよなぁ‥‥)この曲を初めて生で聴いた時には‥‥あー、ライヴで泣くってこういう事か‥‥って身を持って実感したわけですよ。名曲中の名曲。今のU2しか知らない奴、これ知らないとモグリですよ!



▼U2「THE UNFORGETTABLE FIRE」(amazon

投稿: 2004 09 02 12:00 午前 [1984年の作品, U2, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/30

とみぃ洋楽100番勝負(11)

●第11回「Runaway」 BON JOVI('84)

 やっとここでBON JOVI登場。丁度中学に入学すると同時にデビューだったんだよね。俺、音楽雑誌って最初に買ったのは「ROCK SHOW」だってのは前にも書いたけど、俺等のガキの頃の洋楽入門書って「ミュージックライフ」だったわけですよ。ミーハー度もある程度高いし写真も結構載ってるから、下敷きに挟むような写真は大体「ROCK SHOW」か「ミュージックライフ」から切り取ってたのよ。

 けど俺、正直な話BON JOVIは挟んだ記憶ないのよ。BON JOVIの場合は‥‥多分初めて部屋にポスターを貼った洋楽アーティストじゃないかな? 初めて貼ったのは「明星」か何かの付録のキョンキョンのポスターだったけど。

 んでBON JOVI。単純に曲にやられたよね。もうイントロのシンセ一発、みたいな。俺、小学生時代からエレクトーン習ってて、中一で先生やれる資格取っちゃったのよ。けどその頃って既にエレキギターに夢中になっちゃっててね。小学生の頃はそんなに夢中になれなかったのに。そんな状況下にも関わらず、しっかりエレクトーンで "Runaway" のキーボードパートを耳コピしたなぁ。ある程度スピード感があるから、JOURNEYやVAN HALENよりも弾いてて楽しいのな。後でアルバムとか借りて、結構キーボード主体の曲が多かったから、かなりコピーしましたよ、ええ。

 一時期、この曲を意識的に演奏しないBON JOVIでしたが、今年でデビュー20周年。やっぱり今聴いても名曲度は高いよね。サウンドはさすがに古くさくなってるけど、曲自体は全然色褪せてない。たまにカラオケに行った時、ふいに歌いたくなるもんなぁ。BON JOVIの曲で俺、カラオケで歌うのってこの曲くらいだなぁ。だって他のヒット曲って殆どがコーラスや掛け合い重視だしさ。

 今度さ、洋楽縛りのカラオケとかやろうよ!ねっ?(笑



▼BON JOVI「BON JOVI」(amazon

投稿: 2004 08 30 12:00 午前 [1984年の作品, Bon Jovi, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/28

とみぃ洋楽100番勝負(9)

●第9回「Shout」  TEARS FOR FEARS('84)

 凄く印象深い曲。「あー俺って暗い曲が好きなんだぁ」と自己認識させてくれた1曲。リリース当時はマツダかどこかの自動車CMに使われ、ここ数年だとモーニング娘。の第6期メンバーオーディションのテーマ曲みたいに大量放送された、非常に印象深い楽曲。

 リリース自体は'84年末なんだけど(UK)、翌'85年にアメリカでナンバー1になって、そこでちゃんと耳にしたのかな。多分MTVでだと思う。この冷たい感じが何とも言えず、ホントハマった、ハマった。アルバム(2nd「SONGS FROM THE BIG CHAIR」)も "Mothers Talk" とか "I Believe" とか暗めでいい曲多かったし。で、後追いでファーストも聴いて、更に暗い曲が多くて大満足。だからこそ、後の大出世作「THE SEEDS OF LOVE」における『'80年代のBEATLES』みたいな触れ込みがね、すっげー気に入らなくて。ま、勿論好きなアルバムなんだけど。

 ゴス程濃くはなく、適度に親しみやすさ(=ポップさ)を持ってた辺りが大ヒットに繋がったんだろうけど、やっぱりあのシンプルな歌詞が良かったのかなぁ、なんて今歌詞を読んでそう思ったりしてるんですが。バンド名も良かったもんね、「恐怖心の代わりに涙を(TEARS FOR FEARS)」なんてさ‥‥凄く羨ましい名前だと思う。もうそれだけで勝ち、みたいな。

 '90年代に入ってベスト盤リリース後、ローランドとカートのコンビが解消になって、ローランドひとりでTFFの名前を背負って何枚かアルバムをリリース。1〜2年前に再びカートが復帰して、アルバムも既に完成してるようですが、何故か昨年暮れから延期の繰り返しで、結局メジャーから落ちてインディーズからのリリースに落ち着いたみたいです。何だかなー。

 再びこの頃みたいな「ヨーロッパ特有の暗さ」を表現した作品に戻ってくれるとは思いませんが、それでも期待しちゃうんだよね‥‥



▼TEARS FOR FEARS「SONGS FROM THE BIG CHAIR」(amazon

投稿: 2004 08 28 12:00 午前 [1984年の作品, Tears For Fears, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2003/12/12

VAN HALEN『1984』(1984)

何だかねぇ、最近自分が小学生高学年~中学上がりたての頃に聴いてた(聴き始めた)洋楽アルバムを、無意識のうちに引っ張り出して聴いていることが多いんですよ。無意識にCD棚から引っ張り出して大音量で聴いて、CDケースからジャケットを取り出して、それが国内盤だったりしたらライナーノーツなんかに目をやってみたりして‥‥で、リリース年月を確認して軽く凹むというね‥‥もう20年近くも経つんだ。そりゃ俺も歳取るはずだわ。

今から20年前。丁度MTVではこのVAN HALENの "Jump" という曲のPVがかかりまくってました。当時のビルボード・シングルチャートでは5週連続の1位。当然、バンドにとって初のナンバー1ヒット。当時の洋楽ファンで知らない奴なんていない程のインパクトをもたらした、アナログ・シンセによるイントロ‥‥勿論、最近の若い子でも聴いたことのあるって人、多いと思います。最近じゃ、懐メロ的'80年代コンピレーション・アルバムが次から次へとリリースされる時代。『シンセのリフが印象的で格好いいハードロック』というと必ずVAN HALENとJOURNEY の "Separate Ways"、そしてEUROPEの "The Final Countdown" が挙げられますからね。つうか当時、バンドとかやってメンバーにキーボードがいたりしたら、必ず上記のうち1曲はコピーしてた気が。あとMOTLEY CRUEの "Hone Sweet Home" とかさ。

まぁそんな感じで‥‥VAN HALENです。「1984」というアルバム・タイトル通り、1984年初頭にリリースされたバンドにとって通算6作目となる作品集。いろんな意味で節目となった1枚です。まずオリジナル曲で初のシングル大ヒット(それまでの彼等は、カバー曲がヒットするという傾向が強かった。デビュー時からしてKINKSの "You Realy Got Me" だったし、"Jump" 以前の大ヒット曲となるとロイ・オービソンの "Oh, Pretty Woman" だしね)。ナンバー1ヒットとなった "Jump" の他に "I'll Wait" や "Panama"、"Hot For Teacher" がそれぞれシングルとしてヒット。当然どの曲も'80年代のロックシーンを代表するナンバーばかりで、特にギター弾きにとってっは "Jump" や "Hot For Teacher" のギターソロ、そして "Panama" のリフ等は弾けただけでヒーローと呼ばれるような、そんな難易度最高なプレイばかり。聴いててため息の連続だもん。やっぱ今聴いても凄いわ。

もうひとつの節目。それはアルバムも全米だけで1,000万枚以上(現時点)も売り上げるような『アメリカを代表するバンド』へと成長していったこと。シンガー、デイヴ・リー・ロスによるバカバカしいまでにエンターテイメントを追求したステージング。そのプレイだけではなくビジュアル面(ステージ上でのアクション等)でも我々の目を惹いたエディ・ヴァン・ヘイレンというギターヒーローの存在。音の軽さが特徴だけど、やたらと手数が多いアレックス・ヴァン・ヘイレンのドラム。そしてフレーズ自体は地味な八分弾きなんだけど全部指弾きなのが印象的なマイケル・アンソニーのベース。勿論、エディによる "Jump" や "I'll Wait" での印象深いシンセもね。それら全てが個性的で、一聴して「VAN HALENだね」と判ってしまう曲・音作り/フレージングはさすがとしか言いようがないです。ある意味、デイヴ/エディ/アレックス/マイケルという4人による『第1期VAN HALEN』の完成型といっていいでしょうね(決して集大成ではないと思います。過去やってきたことのまとめというよりは、デビューから成長を重ねて新しい地点に到達したといった意味で『完成型』の方が合ってると思うので)。

そして最後の節目。それはアルバムの大成功とは裏腹にバンド内の人間関係の悪化、それによるデイヴの脱退です。デイヴはこの1年後の'85年、初のソロアルバム「CRAZY FROM THE HEAT」をリリース、シングル "California Girl" や "Just A Gigolo (I Ain't Got Nobody)" を大ヒットさせます。これが彼のソロ活動への自信に拍車を掛け、同年後半に正式脱退。バンドはデイヴの後釜に、当時既にソロシンガーとして成功を収めていたサミー・ヘイガーを迎え、第2期VAN HALENをスタートさせるのでした。

バンドとしてはその後、どんどんアルバムを重ねていき、特に第2期はリリースした4枚のオリジナル・アルバム全てがナンバー1を記録した程、その地位は安定していたのでした。

さてさて。このアルバムの魅力について改めて。所謂ハードロック/ヘヴィメタルと呼ばれるジャンルで括られることの多いVAN HALENですが、このアルバムを聴いてもらうと判るように、曲によってはギターのトーンが抑えられたリフなんかも結構あるんですね。そんなに歪んでない、ハーフトーン的サウンドによるバッキング。だけどソロになると爆発する、みたいな。そのギターソロにしても上記のシングル曲以外にも "Drop Dead Legs" や "House Of Pain" といったミディアムヘヴィナンバーでのプレイは同様に圧巻。けどまぁ特に有名で判りやすいのが "Jump" と "Hot For Teacher" ってとこでしょうかね。

デイヴの歌は決して上手くはないけど非常に個性的で、一言で言い表せば「ロック的」ということになるんでしょうか。そういったイメージが強い歌唱法だったり声質だったりするんですよね。これはもう、天性のものというか、生まれついての魅力でしょうか。AEROSMITHSのスティーヴン・タイラーだったりKISSのポール・スタンレーだったり、そういったカリスマ的フロントマンと同等の存在だと思いますね。

アルバム通して30分弱。9曲入りですが内1曲は冒頭のイントロ(1分半程度)なので、実質8曲。今の時代でいったら間違いなくミニ・アルバム扱いでしょうけど、すんなり聴けるお手軽感といい、この手のハードロックが苦手だという人にも程良い長さなのではないでしょうか。昨今、60分を超える作品が当たり前なので、逆に潔いし新鮮ですよね。曲数の割りには内容がかなり濃いですしね。

こういうロック・クラシックスと呼ばれるような名盤について書くときって、結局データ的なこと以上に、リリース当時(あるいは初めて聴いた頃)の思い出なんかと照らし合わせて語りたくなっちゃうんですよね。つうか、それ以外のこと書くの、正直難しいし‥‥イメージが強い作品になればなるほどね。まぁでも、10代の子達にとっては「まだ見ぬ作品」なのかもしれないから、ここに書いたことは話半分で、とりあえずはレンタルするなりCDショップで買うなりしてみてください。今はリマスター盤として出てますから、音もかなり良くなってるみたいですしね。



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投稿: 2003 12 12 05:37 午後 [1984年の作品, Van Halen] | 固定リンク

2003/12/05

WHAM!『MAKE IT BIG』(1984)

よく自分よりもちょっと上の世代の音楽ファンから『'80年代は何も生まなかった』とか『暗黒の時代』だとか言われる機会が昔から多かったわけですよ。そういう人達の大半が'70年代のど真ん中や末期をリアルタイムで通過してる人達で、まぁ所謂『BEATLESに間に合わなかった世代』なわけですね。けど彼等にはパンクという特別なものがある。そういう『リアルなロック』と世間一般で呼ばれるものを通過してしまった世代からすれば、'80年代に入って登場したニューウェーブもニューロマンティックもMTVもLAメタルもNWOBHMもテクノもユーロビートも、全部ダメダメなわけですよ。糞なわけ。

けどさ、そんな『糞』を『黄金』だと思って育ったわけよ、俺ら'70年代生まれは。まだビデオデッキが今みたいに普及してなかった時代、眠い目をこすって深夜のMTVや「ベストヒットUSA」を心待ちにして、毎月「ミュージックライフ」や「ロックショウ」「IN ROCK」のグラビアを切り抜きして下敷きに挟んだりしてたわけ。そういう時代をリアルタイムで通過したんだもん、そういった上の世代よりも許容範囲は広いんだろうね。彼等が理解できないような音楽も嬉々として楽しんでたし‥‥

多分今回紹介するジョージ・マイケルが在籍したWHAM!も、そういう誤解を思いっきり受けたグループのひとつなんだと思う。その甘いルックスやMTVを意識したビジュアルのせいで、完全にアイドルだと思われてたわけだけど、そういう評価を完全に覆したのがこのセカンドアルバム、「MAKE IT BIG」。全8曲、40分を欠ける短さなんだけど、完全無欠のポップ・アルバムに仕上がってるわけです。

全8曲中7曲がオリジナル曲で、6曲がジョージ・マイケルの作詞作曲(1曲のみ相棒、アンドリュー・リッジリーとの連名)によるオリジナル曲。ファーストアルバムも殆どがジョージの手によるものだったわけだけど、その時点で「ゴーストライターが書いてるんじゃないの?」とか囁かれる程、完成度が高かったわけですよ。で、このアルバム。完成度は更に高まり、高純度のポップソングに留まらず、ホワイト・ソウルというか、完全にR&Bと呼んでも違和感ない程なんですね。ま、ファーストの時点で既に片鱗は伺えたんですが、ここでひとつの完成型を見たというか、兎に角素晴らしすぎるんですね。

ふと収録曲に目をやると、半分の4曲がシングルとして大ヒットしてるんですわ。多分誰もが知ってるであろう "Careless Whisper"(西城秀樹が "抱きしめてジルバ" としてカバーした、あの名バラードですね)を筆頭に、当時は某カセットテープのCMソングに抜擢された "Freedom"、地味ながらもアメリカでは1位を記録した "Everything She Wants"、そして懐メロ・コンピ盤に必ずといっていい程入ってるナンバーワンヒット "Wake Me Up Before You Go-Go"("ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ" と書いた方がいいかしら?)、どれもがあの当時、必ずMTVやラジオから聞こえてきた曲ばかり。勿論それ以外のアルバム曲もポップでソウルフルな楽曲ばかり。多分このアルバムの中で一番輝いているであろう永遠のポップソング "Heartbeat"、セクシーでアダルトな雰囲気が後のジョージのソロを彷彿させる "Like A Baby"、かのTHE ISLEY BROTHERSのカバーである "If You Were There"、ゴージャスなポップソング "Credit Card Baby" ‥‥本当に捨て曲一切なし。

当時、白人ポップグループがR&Bやソウルといった黒人音楽に接近する傾向が、特にイギリスでは多かったように感じます。かのボーイ・ジョージ率いるCULTURE CLUBがレゲエやソウルを取り入れたのもそうだし、DURAN DURANも『SEX PISTOLS(パンク)とCHIC(ソウル)の融合』を試みたし、ポール・ウェラーもTHE STYLE COUNSILでホワイト・ソウルをモノにしようとしたし。パンク後、そういった方向に流れていったのは恐らく必然だったのかもしれませんね。

にしてもさ‥‥R&Bとかソウルとか抜きにしても、このアルバムのポップ度、完成度はどうよ? むしろさ、この時代に生まれたであろう10代~20代前半の子達にこのアルバムを聴いて欲しいんだよね。そう願って今回取り上げたわけ。間違いなくジョージ・マイケルのソングライターとしての才能は天才的だし、シンガーとしての力量も俺内ではフレディ・マーキュリーに匹敵する程だと信じているし(いろんな意味で似てるしね?)、何よりもこのアルバムは歴史に残る名盤だし。ロックだのパンクだのソウルだのって、そんなくだらないカテゴリーに拘る前に、このアルバムをまず聴けってぇの!



▼WHAM!『MAKE IT BIG』
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投稿: 2003 12 05 05:59 午後 [1984年の作品, Wham!] | 固定リンク

2003/05/06

METALLICA『RIDE THE LIGHTNING』(1984)

METALLICAが1984年秋にリリースしたセカンドアルバム。ファースト『KILL'EM ALL』での拙い演奏/楽曲が嘘みたいな完成度なんですよね。とにかく曲が練られている、サウンドプロダクションがしっかりしている(これはエンジニアを担当したフレミング・ラスムッセンによるものが大きいのでしょうね。フレミングはその後も80年代のMETALLICAサウンド影の功労者として活躍してますしね)、演奏力も向上している、等々‥‥挙げればキリがないんですが、ひとつ大きいことといえば、アメリカ以外の国、イギリスやヨーロッパでの成功が彼等に自信を与えたんでしょうね。アメリカ以上にイギリスのアンダーグラウンドシーンで名前が知れ渡り、専門誌やファンジン等で常に「話題の新人」として取り上げられ続け、遂に単独公演まで行ってしまう程、彼等の人気は鰻登りだったようですね。事実、アメリカでは1989年までアルバムからシングルカットを一切してこなかったMETALLICA。イギリスやヨーロッパではファーストの時点でシングルをリリースしてるんですよ(ファーストから「Jump In The Fire」、そしてこのセカンドからは「Creeping Death」をシングルカットしています)。今の時代だったらインターネットによって「アメリカの爆走メタルバンドがイギリスで大人気」って日本に配信され、ほぼ同時進行で情報を得ることができるんですが、まだこの頃は日本でもほぼ無名の状態。知る人ぞ知るといったところでしょうか。

METALLICAというバンドがオリジナリティに拘った結果がこのアルバムだと思うんですね。同時期に登場した他のスラッシュメタルバンドと比べても、明らかに先を行っていたし。例えばファーストではただひたすらヤケクソ気味に突っ走るだけだった楽曲が、ここでは起承転結のハッキリとした様式美性を前面に打ち出してきてるし(先の「Creeping Death」がそのいい例でしょう)、前作にはなかったミディアムヘヴィな「For Whom The Bell Tolls」は90年代の彼等のプロトタイプと呼べるような1曲ですし、更にバラード呼べる「Fade To Black」のようなタイプの楽曲まで登場します。普通にヘヴィメタルとして堪能できるだけの楽曲の幅広さ(バラエティ豊かさ)、聴くに耐えうるだけのサウンドや演奏、とにかく全てにおいて急成長してるんですね、たったの1年で。

静かなアルペジオから、それを引き裂くようなまさしくスラッシーなリフと、要所要所に登場する変拍子が印象的な疾走チューン「Fight Fire With Fire」、そのまま絶え間く続く様式美ナンバー「Ride The Lightning」、ファーストではただ突っ走るだけで軽さが残ったのに、ここではもっとドッシリとした印象のあるファストチューン「Trapped Under Ice」、彼等にしてはポップなメロディーが異色に映る「Escape」、そして壮大なインスト「The Call Of Ktulu」。更に上に挙げたような名曲達。特に「Creeping Death」や「For Whom The Bell Tolls」、「Fade To Black」は未だに演奏されることの多い人気曲・代表曲です。今聴いても全然古さを感じませんしね。

また歌詞の面でも成長が伺えますね。ただのロックバカ的な歌詞が多かったファーストと比べて、非常に文学的で深い意味合いを持つ歌詞が増えているんですよね。メンバーの人間としての成長も大きく関わってくると思うんですが、この辺の成長具合も見事としか言いようがありません。

前作ではただ速いだけで短い曲もあったんですが、このアルバムではより大作指向に進みつつあることが伺えます。1曲の長さを取ってみても6分以上ある曲が8曲中4曲と、半数を占めるんですね。しかもその内1曲(「The Call Of Ktulu」)はインストなのに約9分もあるんですから。この辺の大作指向はその後アルバムを重ねる毎に高まっていくわけですが、ま、それはまた次の機会に。ただひとつ言えるのは、そういった方向性がより彼等の個性を独特なものにしていった、フォロワーを生む程にまで成長していった、ということです。

このアルバムを聴いたメジャーレーベルが「即契約したい」と申し出て、インディーからリリースされていたものをそのままメジャーから再リリースしたのも頷ける内容ですよ。同時期に登場~活躍したSLAYERやMEGADETH、ANTHRAXといったスラッシュバンド達と切磋琢磨しながら、彼等はどんどん成長/成功の結果を形として残していくわけです。

ちなみにこのアルバム、ビルボードの100位が最高位。これ、実はリリース当時の順位じゃなくて1988年にリリースされた4作目『…AND JUSTICE FOR ALL』に後押しされる形で再チャートインした時の順位なんですよね(ちなみにファーストは120位が最高位)。この時はそれ以外にも3作目『MASTER OF PUPPETS』とカバー・ミニアルバム『GARAGE DAYS RE-REVISITED』も100位内に再チャートインしてるんですね。改めて考えると凄い結果だよなぁ。



▼METALLICA『RIDE THE LIGHTNING』
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投稿: 2003 05 06 03:31 午前 [1984年の作品, Metallica] | 固定リンク

2000/08/01

BON JOVI『BON JOVI』(1984)

84年春にアメリカ及び日本等世界各国で発表された、記念すべきBON JOVIのデビューアルバム。プロデューサーはランス・クイン(後にDANGER DANGERのデビューアルバム等を手掛ける)と、ジョン・ボン・ジョヴィの従兄弟であるトニー・ボンジオヴィ。このアルバムからのシングルとしては「Runaway」「She Don't Know Me」がリリースされ(ここ日本ではその他に、今となっては懐かしい12インチシングル「Burning For Love」もリリースされている)、共にアメリカチャートではチャート上でそれなりの成功を果たし、アルバムもそれに後押しされトップ50にチャートインし(最高43位)、当時50万枚以上のセールスを記録した。

当時アメリカで火がついたLAメタル・ブームのお陰でHM/HRバンドにとって非常にデビューしやすい状況にあり、またそれまで影ながらシーンを支えてきたVAN HALENやJOURNEYがチャート上でもNo.1を獲得する等、そういう新人にとっても大きなチャンスが巡ってきていた。そんな中、アルバムより先にリリースされたデビュー曲「Runaway」が全米トップ40入りする、無名の新人としては正に快挙ともいえるスタートを切った。

また、アメリカのみならずイギリスでも「She Don't Know Me」(英国ではこっちがデビュー曲だった)がヒット、ここ日本でも麻倉未樹というシンガーが「Runaway」をカヴァーし、ドラマの主題歌として起用されヒットしたこともあり、洋楽リスナーの一般認知度もそこそこだったように記憶している。BON JOVIというとここ日本で最初にブレイクした、というイメージがあるようだが、実は日本よりも先にちゃんと欧米で成功していたという事実を改めて知ってもらいたい(まぁ欧米のそれと比べれば、日本での人気は音楽云々以外にもアイドルとしての人気が高かったのだが‥‥。

現在の彼等から考えると、音楽性や目指すべきものが多少違っているように思える。確かにカラっとしたアメリカンHRが主体なのだが、メロディに潤いがあり、彼等が現在までに発表してきた作品の中では一番ヨーロピアン・テイストが濃いのではないだろうか?(「Love Lies」等は正にその代表とも言えるだろう)そういう事もあり、ここ日本ではHRファンにも受けたのかもしれない。またソングライターに注目してみると、BON JOVI結成前に録音された「Runaway」やカヴァー曲を除いた7曲中、ジョンとデヴィッド・ブライアン(当時はデヴィッド・ラッシュバウムと名乗っていた)との共作が2曲、ジョンとジャック・ポンティ(ジョンがかつて在籍したバンドTHE RESTのメンバーであり、KISSのプロデューサーとしても有名)との共作が1曲、残り4曲がジョン/リッチー・サンボラの共作となっている。その後大半の曲をジョン/リッチーで書き上げている事から、ジョン/デヴィッドの共作は貴重かもしれない(ジョン/デヴィッドの共作は続く2ndまで目にする事ができる)。そのデヴィッドとの共作曲(「Love Lies」と「Breakout」)はキーボード主体の曲で、共に独特な雰囲気を持った名曲である。

また、後の大ヒット曲「You Give Love A Bad Name」や「Born To Be My Baby」のプロトタイプとも言える「Burning For Love」のような曲も既に登場していて、この時点で定番の曲調(泣きのマイナー)となりつつある。

今のBON JOVIをイメージして手を出すと、少々辛いかもしれないが、メロディアスなHRアルバムと考えれば、当時としてはよく出来た作品だ。いや、意外とこれ、名盤ではないだろうか? 現在ライヴでも「Runaway」以外の曲が披露される事はまずないので、最初に手を出すべきアルバムではないが、先に挙げたような音楽性を好む人には胸を張ってお薦め出来る作品である。

それにしても、純粋なHRファンにもトップ40モノが好きな一般ファンにも(この時点で)アピールしたという意味では、非常に興味深い作品ではないだろうか?



▼BON JOVI『BON JOVI』
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投稿: 2000 08 01 12:00 午前 [1984年の作品, Bon Jovi] | 固定リンク