2017/05/14

MOTLEY CRUE『THEATRE OF PAIN』(1985)

MOTLEY CRUEが1985年6月に発表した、通算3作目のオリジナルアルバム。前作でのメタリックなサウンド&ファッションから一変、本作ではメタル色を引き継ぎながらもブギーやピアノバラードも取り入れたライト路線へとシフトチェンジ。ファッションもレザー一辺倒からスパンコールが散りばめられたグラマラスなものへと変化して、往年のAEROSMITHを彷彿とさせるスタイルで見る者を驚かせました。個人的にもこのアルバムから彼らに入っていったこともあり、思い入れが強い1枚でもあります。

前年12月にヴィンス・ニール(Vo)が飲酒運転で事故を起こし、同乗していたHANOI ROCKSのラズル(Dr)を死なせてしまうという悲しい出来事がありました。これによりヴィンスが1985年初頭、アルコールのリハビリセンターに1ヶ月間入所。1986年にも有罪となって入獄するなどのトラブルがありましたが、そういった負の要素はこのアルバムには感じられず、非常にパーティ感の強いアメリカンハードロックを楽しむことができます。

特に本作からは「Smokin' In The Boys Room」(全米16位)、「Home Sweet Home」(全米89位)という2枚のヒットシングルが生まれており、前者はBROWNSVILLE STATIONのカバー曲でヴィンスのハーモニカをフィーチャーした軽やかなブギー、後者はトミー・リー(Dr)が弾くピアノが印象的なパワーバラードという、過去の彼らからは考えられない新境地を見せています。この大胆なシフトチェンジが功を奏し、アルバムは全米6位まで上昇し、400万枚ものセールスを記録しました。

ただ、個人的な思い入れはあるものの、作品としては80年代の彼らの作品の中でも中途半端な仕上がりと言わざるをえません。ヴィンスの逮捕やニッキー・シックス(B)やトミー・リーのドラッグ&アルコール癖が制作に及ぼした悪影響もあり、前作『SHOUT AT THE DEVIL』(1983年)制作時のアウトテイク(「Louder Than Hell」など)を流用するなど、決して純粋な新作とは言い難いのです。

確かに「Smokin' In The Boys Room」や「Home Sweet Home」は出色の出来ですが、それ以外に「これ!」という曲があるかというと……オープニングの「City Boy Blues」も他のアルバムのオープニングトラックと比較すれば弱いのは否めないし、「Save Our Souls」なんて前作に入っていても不思議じゃない平凡な楽曲だし、そこに能天気なアメリカンロック「Raise Your Hands To Rock」
が続くのも違和感があるし。「Tonight (We Need A Love)」も悪くないけど、アレンジが今ひとつだし、「Use It Or Lose It」も同じく。実はこのへんのモヤモヤ感は続く『GIRLS, GIRLS, GIRLS』(1987年)にも言えることなんですけどね。ああ、ドラッグって怖いなぁ……。

とはいえ、同時代に発表された他のL.A.メタル勢と比べてもその出来ははるかに良かったりするので、プラマイゼロというところなんですが。思い入れはあるけど、今では聴く頻度は低いという不思議な1枚なのでした。

で、久しぶりに引っ張り出して聴いてみましたが……大まかな印象は上に述べた通りで変わりありませんが、それでも1曲1曲の出来はさすがだなと思わされてしまう悲しきファン心理。やっぱり好きという気持ちには敵いません(苦笑)。



▼MOTLEY CRUE『THEATRE OF PAIN』
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投稿: 2017 05 14 12:00 午前 [1985年の作品, Motley Crue] | 固定リンク

2017/05/12

HEART『HEART』(1985)

アン(Vo)&ナンシー(G, Vo)のウィルソン姉妹が中心のロックバンド、HEARTが1985年に発表した大ヒット作品。プロデューサーには70年代にTHIN LIZZY、UFOなどを手がけ、80年代に入るとSURVIVORやMICHAEL SCHENKER GROUPの諸作で知られるロン・ネヴィソンを迎えた、バンドの立て直しを図って制作された1枚です。アルバムタイトルにバンド名を冠するところからも、その覚悟が感じ取れますしね。

70年代後半にブレイクするものの、80年代に入ってからは大きなヒットに恵まれず、メンバーも脱退。そんな中訪れたHR/HMブームに便乗……というわけではなかったでしょうが、結果として当時のMTV主流の売り方やHR/HMブームにうまく乗ることができ、結果として初の全米No.1を獲得。現在までに500万枚以上を売り上げており、また本作からは「What About Love」(全米10位)、「Never」(全米4位)、「These Dreams」(全米1位)、「Nothin' At All」(全米10位)、「If Looks Could Kill」(全米54位)と5枚のシングルヒットも生まれています。

ロン・ネヴィソン特有のリヴァーブの効いた質感とアリーナロックを彷彿とさせるドラムサウンド、ハードだけど耳障りの良いギター、適度に採用されたシンセ、そしてあくまでボーカルが軸というミックス。ハードロックを基盤にしながらもポップスとしても通用する作風は、ときに「産業ロック」と揶揄されたりもしますが、リリースから30年以上経った現在聴いても色褪せることのない名作であることは否定しようがありません。

ドライブ感の強いHRナンバー「If Looks Could Kill」から始まり、ヒットシングル3連発(「What About Love」「Never」「These Dreams」)へと続く流れも良いし、そこからまたヘヴィな「The Wolf」へと戻り、後半(アナログB面)もポップさとハードさをミックスしたバランスの良い楽曲が並ぶ。アン・ウィルソンのボーカルも絶好調だし、その合間に登場するナンシー・ウィルソンの癒し度が高い歌声も箸休め的にちょうど良い(その箸休めのはずだった「These Dreams」が初の全米No.1シングルになってしまうわけですが)。楽曲自体もバンドメンバーが軸になって書いたもののみならず、ジム・ヴァランスやホーリー・ナイト、マーティン・ペイジ、バーニー・トーピンなど外部ライターによる楽曲も多数収録。そういった外部ライターによる楽曲がシングルヒットしてしまうというのも、まぁ皮肉っちゃあ皮肉ですけどね。

これだけ素晴らしい作品なのに、いまだにリマスター化されていないのが残念。質感や録音レベルが当時のままということもあって、CDやデジタルで聴いたときに若干の迫力不足は否めません。続く『BAD ANIMALS』(1987年)以降の作品含め、ぜひリマスター盤の発売をお願いしたいところです。



▼HEART『HEART』
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投稿: 2017 05 12 12:00 午前 [1985年の作品, Heart] | 固定リンク

2016/12/20

AEROSMITH『DONE WITH MIRRORS』(1985)

70年代末にジョー・ペリー、そして80年代に入るとブラッド・ウィットフォードが脱退し低迷期に突入したAEROSMITH。しかし1984年にジョーとブラッドがバンドに復帰し、黄金の布陣でツアーを行い成功を収めます。その勢いのままスタジオ入りし、完成させたのがこの8thアルバム『DONE WITH MIRRORS』。プロデューサーにVAN HALENなどで知られるテッド・テンプルマンを迎え、往年のアグレッシヴなサウンドを目指して制作されました。

アナログ盤は全8曲、CDでは1曲追加の全9曲入りで、トータル35分程度という70年代のエアロにも通ずる作風。中身もキャッチーなメロディが軸にあるものの、サウンド自体は無骨で隙だらけのシンプルなロックンロール。この8年後に発表される『GET A GRIP』とは正反対の内容です。

アルバムのオープニングを飾るのは、ジョー・ペリーが自身のTHE JOE PERRY PROJECTで発表した楽曲の歌詞と歌メロを改変した「Let The Music Do The Talking」。この曲だけを聴けば「俺たちのエアロが帰ってきた!」とガッツポーズを取りたくなるはずです。特に終盤のスティーヴン・タイラーのシャウトには、どんなロックファンだって胸が熱くなることでしょう。

しかし、アルバム内でキラーチューンと言えるのはこの1曲のみ。2曲目「My Fist Your Face」も悪くないものの、その後はシンプルが災いして退屈さすら感じる「Shame On You」を筆頭に「今ひとつ、いや、今ふたつ」な楽曲が続きます。どの曲にもどこか“抜けきれない”もどかしさが付きまとっており、モヤモヤしたまま(CDでの)ラストナンバー「Darkness」を迎えます。ちなみにアナログ盤には「Darkness」は未収録で、勢いあるブギーナンバー「The Hop」で終了。個人的には(モヤモヤは残るものの)「Darkness」で締めくくる構成のほうが好きです。

このアルバムから現在もライブで披露される機会があるのは、先の「Let The Music Do The Talking」程度。メンバーもこのアルバムに関しては否定的な意見をとることが多いようです。時期的にもオリメンには戻ったものの、まだドラッグから抜けきれてないメンバーもいたりで、どことなく気持ちがひとつに固まってない頃だったのでしょうか。以降の一枚岩のような作風を考えると、第二のデビュー作『PERMANENT VACATION』へ到達するための過渡期的作品なのかもしれません。

ただ、個人的には「嫌い」と切り捨てられないのもこのアルバム。このモヤモヤした感じこそ、実は70年代から彼らが引きずってきたものであり、その片鱗が残っている今作を嫌いになれるはずもなく。今でも忘れた頃に引っ張り出しては、そのモヤモヤに浸ることもある……そんな1枚です。



▼AEROSMITH『DONE WITH MIRRORS』
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投稿: 2016 12 20 12:00 午前 [1985年の作品, Aerosmith] | 固定リンク

2015/10/03

Megadeth全アルバム私的レビュー(1/5)

1985年に1stアルバム『Killing Is My Business... And Business Is Good!』をリリース、ということは今年でMegadethデビュー30周年なんですね。だからてっきり年内に出ると思っていたニューアルバムですが、どうやら2016年1月発売ということになったようです。

で、「とみぃの宮殿」時代から今日まで、僕はMegadethのアルバムについてほとんど言及してないんですよね。かろうじて(当時問題作と言われた)8thアルバム『Risk』のみで、代表作に関しては皆無。これまでに14枚のオリジナルアルバムが発売されているのであれば、いっそのこと全作レビューをするのも面白いかな、と。もちろん1枚1枚についてそれなりの文字量を要したいところですが、日々の仕事との兼ね合いもありますので、「1枚500文字程」という制限を付けてレビューしてみようかなと思います。かなり私情の入ったレビューになると思いますので、参考程度に楽しんでもらえると幸いです。


■1st『Killing Is My Business... And Business Is Good!』(1985年/2002年)

洗練されたサウンド/アレンジの次作以降と比べると(特にリイシュー前のオリジナル盤は)ジャケ含めチープさが目立つも、荒々しくのたうちまわりながらも複雑に絡み合うリフの嵐は今では聴けないものだけに、かなりカッコイイと思う。インテレクチュアルスラッシュとか何とか言われたけど、結局はひたすら速いヘヴィメタル。「The Skull Beneath The Skin」「Rattlehead」といったスラッシュナンバーの印象が強いもんだから影に隠れがちだけど、「Looking Down The Cross」あたりから漂う正統派メタル臭はのちの作品にも通ずるものがある。Metallica「The Four Horsemen」のオリジナルバージョンとムステインが主張する「Mechanix」もスピードメタルとしてはカッコイイものの、プログレッシブなMetallica版を先に聴いているだけに多少の物足りなさを感じるのも事実。それにリイシュー版で復活した「These Boots」のピー音は正直萎えるので、できれば外してほしかった。音は悪いけど、80年代にリリースされたオリジナル盤で楽しんでほしい1枚。


▼Megadeth『Killing Is My Business... And Business Is Good! (Reissue)』
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■2nd『Peace Sells... But Who's Buying?』(1986年)

メジャーデビュー作にしてMegadethの出世作。「Peace Sells」や「Wake Up Dead」のMVを通してその存在を本格的に認知した身としては思い出深い1枚だし、今でも彼らのアルバムの中で聴く頻度の高い作品。前作でその片鱗を見せていたインテレクチュアルスラッシュ路線がようやくしっかり形として成り立ったという意味でも、彼らの歴史上、そして80'sメタルの歴史上で欠かせない1枚だと断言したい。先に挙げたMV曲以外にも「The Conjuring」「Devils Island」「Good Mourning/Black Friday」「My Last Words」など名曲多し。ま、全曲捨て曲なしと勝手に認識してるわけだが。そんな中で唯一収録されたカバー曲「I Ain't Superstitious」のアレンジセンスもなかなかのもの。当時CMにも使用されてたので、あのイントロを聴いて「おお?」と思う世代も多いかも。2011年に発売された25周年エディションには当時のライブ音源を追加したボーナスディスクが付くので、これから聴く人はこちらを手にとってみることをオススメ。


▼Megadeth『Peace Sells... But Who's Buying?』
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■3rd『So Far, So Good... So What!』(1988年)

ムステイン&エルフソン以外のメンバーを一新して制作。チャート的にもセールス的にも前作以上の成功を収めたにも関わらず、ドラッグの問題で思ったような活動ができなかった時期の作品ということで、実は個人的にしばらく影の薄い1枚だった。しかし、2000年代に入ってからリリースされたリミックス&リマスター盤を改めて聴いて、その考えを改め直した。オリジナル盤は分厚い霧のかかったようなエフェクト(ミックス)のせいでどこか馴染めずにいたけど、これは完全に好みの問題。オリジナル盤のほうが一枚岩的な音が好きという人もきっと多いはず。まあそんな好みの問題は置いておいて、楽曲は過去2作で試みたインテレクチュアルスラッシュの最終型と呼べる完成度の高いもの。インスト「Into The Lungs Of Hell」からスラッシーな「Set the World Afire」へと流れる冒頭の構成も素晴らしいし、初のバラード調ナンバー「Mary Jane」「In My Darkest Hour」も泣きすぎておらず適度な冷たさが心地よい。どうしても「Anarchy In The U.K.」の印象が強いアルバムだけど、実はこの曲だけが浮いてるような印象も。それ以外は完璧な1枚。


▼Megadeth『So Far, So Good... So What!』
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投稿: 2015 10 03 12:18 午前 [1985年の作品, 1986年の作品, 1988年の作品, Megadeth] | 固定リンク

2005/08/16

LOUDNESSの'90年代前半作品、USにて初リリースに。

 最近、「Wounded Bird」っていうレーベルから'80年代の名盤が再発されてるんですよ。例えばWINGERの2ndとか3rdENUFF Z'NUFFの廃盤だった2nd辺りが最近ここから再発されたりしてて。

 んでこのレーベル、調べると「Atlantic Records」周辺のものしか再発してないのね。どうやらその辺の傘下みたいで、廃盤モノの再発専門レーベルのようです。ソニーでいうところの「Legacy」みたいな感じ?

 でさ。最近このレーベルから、日本のLOUDNESSのUS未発売だった時期の作品がまとめてリリースされてるんですよ。これは再発とは言わずに、初US盤化ってことになるのかしら。既にこの時期のLOUDNESSは海外での契約はなかったはずで、非常にドメスティックな活動だったのね。歌詞も日本語ものがポツポツと復活し出した頃だし(ま、アルバムに1〜2曲程度?)、そりゃ海外でのリリースはキツイよな、と。音楽的にも「THUNDER IN THE EAST」の頃とは全く違うバンドになっちゃってるし。

 来月、現オリジナルメンバーによる最新作「RACING」の英語版ヨーロッパでもリリースされるけど、これを機に再評価とか起こるんでしょうか。そういえば去年だったっけ、ヨーロッパのフェスにLOUDNESSがスペシャルゲストとして呼ばれたのって。その辺の影響もあるのかしら。

※アルバムタイトル前の「○」が過去USでのリリースあり、「●」は今回USで初出となるアルバム。



○THUNDER IN THE EAST('85年)amazon
‥‥USデビュー盤。ビルボードのアルバムチャートの74位にランキングしたことで有名。"Crazy Nights" のイメージが強いんだけど、この曲はそれまでの彼等らしくない、非常にアメリカンなミドルヘヴィチューンなのよね。全体的にその辺を意識した曲作りになってるので、当時は賛否あったように記憶してます。



●8186 LIVE('86年/US未発売)amazon
‥‥デビュー5周年記念の代々木体育館ライヴを収録した2枚組ライヴ盤。ライヴ盤としては通算2作目だけど、とにかくベスト選曲なので当時よく聴いた記憶が。



○HURRICANE EYES('87年/USバージョン)amazon
‥‥「Atlantic Records」からのUSリリース第3弾。"S.D.I." のイメージが強いけど、実は "This Lonely Heart" や "Rock'n'Roll Gypsy"、"So Lonely" 等、非常にポップなメロを持った曲が多い意欲作。日本では後に「日本語バージョン」のアルバムも製作されましたっけ。



○SOLDIER OF FORTUNE('89年)amazon
‥‥'88年に二井原脱退、更にワールドワイドな活動を目指すためにアメリカ人シンガー、マイク・ヴェセーラを迎えて製作されたUSリリース第4弾。が、歌詞やメロディ自体は二井原在籍時には完成していたもので、マイクはそれに沿って歌っただけのよう。だからなのか、我々日本人にも取っつきやすい、メロディアスなハードロックを聴かせてくれます。売れなかったけど、アメリカでの評価はかなり高いようです。



○ON THE PROWL('91年)amazon
‥‥マイク加入後2作目にしてUSリリース第5弾。デビュー10周年記念と称して、過去の代表曲を当時のメンバーで再録音。勿論原曲が日本語の歌詞は全部英語に。何故か "Crazy Nights" や "Loudness"、"Crazy Doctor" といった王道が選ばれてない。"In The Mirror" とか "Sleepless Night" 等の出来はなかなか。他に新曲が幾つか入ってるけど、これは微妙。正直、「SOLDIER OF FORTUNE」がウソみたい。そういう意味でも非常にアメリカン。ただ、その割りには海外で全然話題にならなかったようだけど。



●LOUDNESS('92年/US未発売)amazon
‥‥マイクが'91年夏のUSツアー後脱退(ていうか半ばクビ)、更にオリジナルメンバーの山下(ベース)まで脱退し窮地に立たされるも、MASAKI(元E.Z.O./Vo)とTAIJI(元X/Ba)の加入で「ある意味」過去最高のメンツになってしまった、このメンバーによる唯一のオリジナル盤。当時はスポーツ新聞にも大きく取り上げられたよね、TAIJI加入で。でも音はLOUDNESSというよりもE.Z.O.に近い気が。ボーカルのせいか。そして全然Xぽくない。両バンドが好きだった者としては複雑だった。当然、このアルバムのツアーは結構な数追っかけたよ。



●ONCE AND FOR ALL('94年/US未発売)amazon
‥‥上記「LOUDNESS」リリース時のツアーを収録したライヴ盤。当然メインは「LOUDNESS」収録曲なんだけど、このライヴ盤の本当の凄さはMASAKIが "Crazy Doctor" や "S.D.I" を歌う以上に、LOUDNESSとしてE.Z.O.の "House Of 1,000 Pleasures" をプレイしてる事実でしょうか。演奏は粗いけど、それ以上の価値はあると思うよ。



●HEAVY METAL HIPPIES('94年/US未発売)amazon
‥‥案の定TAIJIがすぐに脱退して、しかもドラムの樋口まで脱退。MASAKIも一時脱退という半ば解散状態の中、出戻りMASAKIと共に製作された1枚。ドラムにはMasakiの盟友、本間大嗣(元E.Z.O.、現在はANTHEM)を迎え、ベースは高崎自らが弾いてる。非常にサイケでヘヴィな1枚。今聴いてもLOUDNESSには聞こえない。多分E.Z.O.が続いてたらこういう路線に行っちゃったのかなぁ、という気も。



●LOUD'N'RAW('95年/US未発売)amazon
‥‥「HEAVY METAL HIPPIES」リリース後のクラブツアーを収めたライヴ盤。ベースはアルバム完成後に加入した(当時)元ANTHEMの柴田直人。曲がアレなので勿体ない気がするけど‥‥聴きどころは、DEEP PURPLEの "Speed King" のカバーかしら。あと、やっぱりMASAKIには "S.D.I" は歌いこなせないと思う。宝の持ち腐れだよな、双方にとっても。


 「LOUDNESS」以降の、ワーナー在籍時のオリジナル盤とライヴ盤が海外初リリースとなるわけね。ま、E.Z.O.のファンって海外にも多いだろうから、そういう意味での需要はあるだろうね。そして、どういう評価を受けるのかが気になるところ。

 そういえばAmazonで、「LIGHTNING STRIKES」('85年のUSリリース第2弾)のみ見つからないよ。って思ったら、このアルバムだけ再発されてないでやがんの。確かに俺の中でも一番微妙な1枚なんだけどね。

 ‥‥考えてみたら、E.Z.O.のアルバムも紙ジャケ・リマスターでこの春に再発されたけど、当のMASAKIは何してるんでしょうか‥‥ニューヨークにいるんだっけ? もっと活発に音楽活動やって欲しいんだけどなぁ‥‥難しいだろうけど。

投稿: 2005 08 16 08:47 午後 [1985年の作品, 1986年の作品, 1987年の作品, 1989年の作品, 1991年の作品, 1992年の作品, 1994年の作品, 1995年の作品, Loudness] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/15

とみぃ洋楽100番勝負(27)

●第27回:「Broken Wings」  Mr.MISTER ('85)

 これも如何にも'80年代的なバンドでしたよね。産業ロックといいましょうか、職業ソングライターが作ったバンドといいましょうか。

 '80年代に入って、とにかく目立つようになったのが「専門職業ソングライター」の存在ですかね。いや、勿論それ以前にも沢山有名どころがいましたが、こと'80年代に入ると‥‥ブライアン・アダムスの片腕といえるジム・ヴァランス、BON JOVIの大ヒットの立役者であるデズモンド・チャイルド、DEF LEPPARDを大物に仕立て上げたプロデューサー兼ソングライターのジョン・マット・ランジ、その他ダイアン・ウォーレン、ホーリー・ナイト、ジム・スタインマン、等々‥‥

 今回紹介するバンド、Mr.MISTERのリーダー兼ボーカル&ベース、そしてソングライターでもあるリチャード・ペイジもそのひとりなんですよね。'80年代初頭にPAGESっていうバンドでデビューしたものの、鳴かず飛ばず。その後Mr.MISTERを結成、この "Broken Wings" が収録されたのは、'85年リリースの2nd「WELCOME TO THE REAL WORLD」。ここで一気に大ブレイクですよ。同曲は同年末から翌'86年にかけて全米ナンバー1ヒット。続く "Kyrie" もナンバー1。それに続いてアルバムも1位に。

 彼等は決してルックスも良かったわけでもないし(元々はスタジオミュージシャンの集まりみたいなもんだからね)MTV的にPVが面白かったわけでもなく、単純に「楽曲の良さ」が評価された結果だったように思います。実際、大ヒットした2曲の出来はハンパないもの。

 暗い曲が大好きなとみぃさんとしては、やはり "Broken Wings" の重苦しい雰囲気にやられたんですよね。ちょっとスティングにも通ずるルックス&歌声のリチャードも魅力的でしたし。サウンド的にもちょっとPOLICE末期のスティングっぽいかな‥‥なんて。静と動を上手く組み込んだアレンジも、例えば同年大ヒットしたTEARS FOR FEARSの "Shout" に似てるし。あーやっぱ俺、暗かったんだなー。

 ちなみにMr.MISTERは'87年に3rdアルバムをリリースするも、思いっきりコケちゃって、後に解散。リチャードはソロアルバムなんかをリリースしつつ、職業作家として現在も活躍しております。そうそう、矢沢永吉が'80年代にアメリカで英語アルバムリリースしたこと、あったでしょ? あそこでもリチャードは曲を提供してるんですよね(豆知識)。あとギターのスティーヴ・ファリスはセッションマンとして活躍、'90年代末のWHITESNAKEに参加したりもしてましたね。ドラムのパット・マステロットは'90年代半ばの「6人編成」KING CRIMSONに参加、現在の「4人編成」KING CRIMSONにも在籍し、ロバート・フリップやエイドリアン・ブリューの良き片腕として活躍しております。

 そう考えると‥‥実は凄いバンドだったんだね。まぁ再結成はないだろうけどさ。されても困っちゃうんだけど。



▼Mr.MISTER「WELCOME TO THE REAL WORLD」(amazon

投稿: 2004 09 15 12:00 午前 [1985年の作品, Mr. Mister, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/11

とみぃ洋楽100番勝負(23)

●第23回:「Home Sweet Home」 MOTLEY CRUE('85)

 中学生の頃、俺の周りの洋楽ロック好きな男女の間で、ちょっとした論争というか派閥ができてました。曰く、「HANOI ROCKSとMOTLEY CRUE、どっちがカッコいいか?」という、至極下らない内容なのですが‥‥

 で、当時の俺。実はどっちつかずで優柔不断な少年でした。だってマイケル・モンローとアンディ・マッコイがカッコ良くてHANOI好きになって、ニッキー・シックスとトミー・リーがカッコ良いからMOTLEY好きになったんだもん‥‥ぶっちゃけ、その4人でバンド組んでくれたらどんなに良かったことか(実際、全パート揃ってるしね)‥‥

 けど、サウンドだけだったら、一聴して解りやすく親しみやすいメロとサウンドを持ったMOTLEYに軍配を挙げますね。HANOIのルーズなロケンローは、当時13〜4才だった俺には早過ぎた(事実、17〜8才になってやっと理解し始めたしな)。

 そんなMOTLEYが更に知名度とポピュラリティを得る切っ掛けとなった作品が、'85年リリースの3rdアルバム「THEATRE OF PAIN」と、そこからの第1弾シングル "Smokin' In The Boys Room"。アルバムはトップ10入りし、シングルもトップ20入りを果たしたんだよね。ファッションも更にグラマラスになって、ステージもどんどんド派手になって。この時のツアーから初めてトミー・リーのドラムが回転し始めるんだよね。ま、この時はまだ前のめりに90度傾くだけだったんだけど。笑

 そしてアルバムからのセカンドシングルとなった名バラード "Home Sweet Home"。決して大きなヒットにはならなかったけど、今でも彼等の曲の中で3本指に入る程好きな曲。だって高校生の頃、この曲がやりたくて「まったり・くるー」というMOTLEY CRUEのコピーバンドを組んだ程だから。笑

 今では1991年に再録音されたリテイクバージョン(ボーカルとギター以外のパートを全て再録音。ピアノはエレピから生に変わってます)の方がよりナチュラルで気に入ってるんだけど、やっぱりこれも俺の原点のひとつだよな。ハードロックバンドの演るバラード‥‥アルバムの中にそんな曲がひとつ見つけられたら、もうそれで儲けモノ、みたいなネ。



▼MOTLEY CRUE「THEATRE OF PAIN」(amazon

投稿: 2004 09 11 12:00 午前 [1985年の作品, Motley Crue, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/08

とみぃ洋楽100番勝負(20)

●第20回:「What You Need」 INXS('85)

 オーストラリアのバンドっていうと、'80年代はMIDNIGHT OILとこのINXSが一番有名なんでしょうね(ま、一応AC/DCもそうだけど、その後イギリスに移ってるしね)。実際、俺が初めて知ったオーストラリアのバンドがINXSで、その切っ掛けとなったのがこの曲のヒットだったわけですよ。あの写真を切り貼りしたかのようなPVね。あーやっぱりMTV世代で良かった、俺。

 この曲のヒットの前から彼等は既にそこそこ英米でも売れていた存在だったんですが、いきなりこの曲が全米トップ3入りしちゃったもんだから、その勢いでアルバムもそこそこヒットして、続く「KICK」というアルバム及び "Need You Tonight" は共に1位を記録しちゃうんですよね。恐るべし。

 INXSってバンド、ある時期は本気で理想的なバンド像だったんですよ、俺にとって。ROLLING STONES程黒っぽくなくて、適度にハードで都会的。けどそんなにスマートでもなくて、田舎者が頑張ってカッコつけてる「ダサカッコ良さ」‥‥その微妙なラインが出せたのは、やはりオーストラリアっていう土地柄なんでしょうね。彼等がアメリカやイギリスに移住してたら恐らくもっと隙のない音作りをしてたはずだし(そういう意味では大ブレイク後の'90年代の作品にはその香りがするんですが)。

 この曲はひとことで言っちゃえば、ハードロック。続くシングル "Listen Like Thievs" にしろ、同曲を含むアルバム「LISTEN LIKE THIEVES」からのファーストシングルとなった "This Time" にしろ、どこかそういったハードロック的な重厚さを感じるんですね。けど、黒っぽいという。その色がなかなか普通のハードロックバンドには出せないわけですよ。やはりそこは彼等が元々ハードロックバンドではないからなんでしょうね。

 残念ながら'98年頃にボーカルのマイケル・ハッチェンスの自殺によって、事実上活動休止状態となってしまった彼等。現在アメリカにて新人ボーカルのオーディションを行っているなんて噂もありますが‥‥思い出を大切にして欲しいな、と。一度も生で観れなかったから、余計にそう思うんですよ、俺は‥‥



▼INXS「LISTEN LIKE THIEVES」(amazon

投稿: 2004 09 08 12:00 午前 [1985年の作品, Inxs, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/04

とみぃ洋楽100番勝負(16)

●第16回:「Alive And Kicking」 SIMPLE MINDS('85)

 覚えてる人がどれくらいいるか正直判らないけど、俺の根っこにある部分のひとつが、こういう大袈裟に盛り上げていくタイプの楽曲なわけですよ。QUEENとかMEAT LOAFとか好きだしね。ま、このSIMPLE MINDSは全然タイプが違うけど。どっちかっていうとU2タイプなんだけどね。

 で、そのU2同様アイルランドはベルファスト出身の彼等。アメリカではこのアルバムの前にリリースされたシングル "Don't You (Forget About Me)" が映画絡みで1位になったことで注目されるわけですが、この "Alive And Kicking" という名曲を含むアルバム「ONCE UPON A TIME」で完全に化けるんですね。プロデュースにジミー・アイオヴィン(U2とかTHE ALARM)とボブ・クリアマウンテン(ブライアン・アダムス)という、'80年代の象徴みたいな人達を迎えて、凄くクリアなんだけど芯が太い‥‥みたいな、ホント典型的な'80年代の音。けどこれが今聴くと意外と心地よいのね。ギターのディレイのかけ方とかは完全にU2以降で、ドラムはTHE POWER STATION以降、シンセのきらびやかさなんてまんま'80年代のもの‥‥そんな音。もうこういう音を出せるバンド、どこにもいないんだろうなぁ‥‥

 ゴスペルみたいなコーラスとジワジワ盛り上がっていく曲構成/アレンジが最高。起承転結がハッキリしてるし、ギターソロから続く『「転」のパート』といえるピアノのソロパートなんてもう、鳥肌モノだしね。これが全米2位を記録したのもよーく判ります、ええ。

 その後メンバーの脱退とかあったり浮き沈みを繰り返しつつも、実は未だに存続している彼等。最近新作出したり過去の作品(「ONCE UPON〜」も含む)のリマスター盤をリリースしてるんですが‥‥もう二度と来日なんて実現しないんだろうなぁ‥‥一度は観たかった‥‥



▼SIMPLE MINDS「ONCE UPON A TIME」(amazon

投稿: 2004 09 04 12:00 午前 [1985年の作品, Simple Minds, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/01

とみぃ洋楽100番勝負(13)

●第13回「Russians」 STING('85)

 で、そのスティングのソロ作から。やっぱりインパクトはこの曲を含む1枚目が一番だよね。当時中学生だった俺にとって「ジャズ」ってものをより親しみやすくしてくれたのが、このアルバム。ま、厳密には「新鋭ジャズ・ミュージシャンをバックに迎えたロックアルバム」なんだけど。ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド、オマー・ハキム、ダリル・ジョーンズ‥‥なんだこのメンツ!

 "Russians" って曲自体はジャズでもなんでもない、暗くて社会派な歌詞が印象的なスローソングなんだけど、やっぱり今聴いてもいい曲だなぁ‥‥ほら、俺って暗いからさ。笑

 奇しくも今、ロシアで起きてる事件。そして'85年当時の米ソ(当時はソビエト連邦だったんだよな、まだ)冷戦関係。状況は違っても、重なる部分は沢山ある。いつの時代も犠牲になるのは子供達。

 ちょっと脱線したけど‥‥とにかく名ソングライターだと確信した、この曲聴いて。だから俺はPOLICEよりもソロの方が好きなんだよ。そしてスティングは続くアルバムで、名曲中の名曲、"Fragile" を生み出すわけですよ。

 '90年代以降の、若干後期POLICEを意識したかのようなポップロック路線も好きだけど、このアルバムにある鬼気迫る感覚。これは後にも先にも「ブルータートルの夢」にしか生まれなかったね。それはメンバーによる奇跡でもあり、スティング自身の奇跡でもあったわけだけど。偶然による産物。20年近く経った今聴いても鳥肌立つよ。



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投稿: 2004 09 01 12:05 午前 [1985年の作品, Sting, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/07/01

ACCEPT『METAL HEART』(1985)

つうか何を今更ACCEPTなのよ!?って突っ込まれそうですが。実は数年前からこのアルバム、ずっと取り上げたかったんだよね。ま、でも辰さんのところでウルフ・ホフマンが現在写真家として活躍している、という話題を振られるまで忘れてたりもしたんですが。

そういえば数週間前にウルフがたまたま訪れたドイツの若手バンドのフラットで一緒にセッションした、という話を目にしたりもしましたが、結局彼は2度目のACCEPT解散後、完全に写真家として生計を立てているようですね(1回目の解散後も写真家として活動してたんですよね確か。再結成の話が出るまでギターを一切触らなかった、という話を昔『BURRN!』のインタビューで読んだ記憶がありますが)。ウド・ダークシュナイダーはU.D.O.として活躍、先日来日したばかりですしね。ピーター・バルテスって今何やってんですかね? 一番メタル向きな気がするんですが(1回目の解散後は当時DOKKENを解散したドン・ドッケンのソロバンド、DON DOKKENに参加してたっけ)。

とまぁ懐かしい話題でお茶を濁したところで、本題に。名盤中の名盤『METAL HEART』は、ACCEPTが1985年に発表した通算6枚目のオリジナル・アルバム。前作『BALLS TO THE WALL』でアメリカでそこそこの成功を収めたドイツ出身のメタルバンドは、時代の波に乗るわけでもなく、かといってアメリカナイズするわけでもなく、我が道を行くとばかりに頑固一徹なメタルサウンドを追求したわけです。世間がLAメタルだ何だと盛り上がってる中、「エリーゼのために」をモチーフにしたギターソロを含む名曲「Metal Heart」からアルバムはスタートするわけですよ。思いっきりダサイと言い切れるこのセンス。けど、だからこそ信用できた。当時の俺にとってはそうだったわけ。SCORPIONSが良くも悪くも垢抜けていく中、サウンド的には多少ゴージャスになったものの、やはり基本はAC/DCをよりバタ臭くしたかのようなコテコテメタルサウンド。何も変わらないし、変われない。だから日本ではこのアルバムでブレイクして、初来日まで果たせたわけですよ。残念ながら俺は初来日、というか1980年代の彼らを生で観る事はなかったわけですが(1990年代の再結成時は観てますが)、その伝説に残るような来日公演の様子は当時の音楽雑誌等で目にしていたので、よく覚えてますよ。

ウド・ダークシュナイダーのクセが強過ぎるボーカルに退いてしまう人が多いと思うんだけど、でもこれこそがメタルボイス。AC/DCにおけるボン・スコットやブライアン・ジョンソン、JUDAS PRIESTにおけるロブ・ハルフォードみたいなもんですよ。決して世界的に大成功を収めたとはいえないけど、この声じゃなければいけない。'80年代後半、ウドが脱退してアメリカ人シンガーを迎えてACCEPTは存続したことがあったけど、やっぱり別物だったし。どこかスマート過ぎてダサさが足りない。それじゃダメなのにね。

「ジャーマンメタル」の定義。実はそんなもん、あってないようなもの。1980年代末辺りからHELLOWEENやBLIND GURDIAN、RAGEやGAMMA RAYといったバンドが日本で支持されるようになり、アニメの主題歌みたいに判りやすいメロディーと適度な疾走感と重量感を持った、みたいな定義が定着しつつあったけど、でもこのアルバムがリリースされた頃はまだ別の定義だったはず。アメリカで成功する前までのSCORPIONSや、カイ・ハンセンがボーカルだった頃のHELLOWEEN、そしてこのACCEPT。共通する「ダサカッコよさ」こそが、我々がよく知るジャーマンメタルだったんじゃないかな。違う?

「Fast As A Shark」だったり「Balls To The Wall」だったり「TV War」だったり、曲単位で好きなのは数あるけど、アルバム単位で気に入っているのは、実はこの『METAL HEART』だけ。何故か知らないけど、これが一番気に入ってるのね。最初にこのアルバムを手に取ったというのも大きいんだろうけど。表題曲の他にも、PVにもなった「Midnight Mover」や「Screaming For A Love-Bite」のポップさ、「Wrong Is Right」の疾走感、感動的な「Bound To Fail」のエンディング、全てが記憶に残ってる。リリースから約19年。こんなに鮮明に覚えてるアルバムって数少ないよね。まぁこれを手にした頃、一番メタルとか真剣に聴いてた頃だからなぁ。

今の若いメタルファンに、このアルバムがどういう風に評価されているのか知らないけど、それでもやっぱり聴いて欲しいよね。METALLICAの初期作品と同じ感覚で聴いてくれたら嬉しいな。



▼ACCEPT『METAL HEART』
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投稿: 2004 07 01 12:00 午前 [1985年の作品, Accept] | 固定リンク

2004/04/25

尾崎豊『回帰線』(1985)

  あれから13回目の春。俺は相変わらずグダグダな生活を送ってます。尾崎豊がこの世を去って12年。気づけば彼が亡くなった時の年齢を大幅に越え30代に突入‥‥けど、このアルバムを聴けば、何時でも初めて聴いた中学生の頃に、そして熱心に聴いた19~20歳の頃に戻れる、そんなアルバム。それが尾崎のセカンドアルバム「回帰線」。

  1985年3月にリリースされたこのアルバム、先行シングルとしてリリースされたシングル "卒業" がヒットしたことを受けて発表、見事初登場1位を記録。シングル曲はこれと、カップリングだった "Scrambling Rock'n'Roll" 以外ないのだけど、他にも "ダンスホール" や "シェリー" といった有名曲を含むアルバムで、所謂「十代三部作」と呼ばれる初期3作の中で、個人的には作品として最も完成度が高いと思っている1枚。今聴くとやっぱり時代を感じさせるアレンジや演奏だったりする面もあるんだけど、やっぱり「歌」の響きは20年近く経った今も全く色褪せてないな、と。リマスターとかして再発すればいいのに‥‥とさえ思うんですが‥‥まぁ今度再発されたらきっとCCCDになっちゃうんだろうなぁ‥‥

  1st「十七歳の地図」は、まだ高校生だった尾崎が、10代半ばの視点で作られた楽曲で埋め尽くされていて、所々に背伸びしてる面も感じられたりして、ちょっと聴いてて切ないアルバムだったんだけど、それがこのアルバムになると、急に「痛み」を強く感じるようになるんだよね。メジャーデビューして、高校を中退したまま社会に放り込まれ、周りの友人達とは違った道を歩み出したハタチ前の尾崎が感じたことを、ストレートに綴った歌詞‥‥確かにね、青臭さって意味で言えばファーストと近いものがあるし、30代の視点で見れば「う~ん‥‥」と言わざるを得ない面も多々あるわけですが、これを尾崎が歌ったから納得できたんだよな、俺。もしこれを他の奴に我が物顔で歌われても‥‥共感出来なかったと思うし。

  ま、歌詞については‥‥実際に読んで判断して欲しいな。最近、いろんなところで「今の10代に尾崎を聴かせ‥‥」みたいな話を目に/耳にするんですが、やっぱり尾崎が通用するのって今の20代後半くらいまで‥‥「あの頃」を10代に通過した世代くらいまでなのかなぁ‥‥なんて思うと、ちょっと悲しく、そして切なく感じたりするんですが。通じないのかな、もうここで歌われてるようなことって‥‥

  凄く個人的な話で恐縮ですが‥‥俺、10~20代の頃、バンドやってまして。それでメシ食おうと思って、専門学校まで行ったのに就職しないでフリーターやりながらバンドやって。ま、尾崎が亡くなった頃はまだ学生だったんですけどね。それでも毎晩夜中までバイトして、それを全部バンドにつぎ込んで。楽器買ったりスタジオ代にしたりレコーディング費用にしたりライヴに充てたり。とにかく、バンドやるのってこんなにも金がかかるんだ‥‥って実感した頃で。

  その頃やってたバンドって、全部英語の歌詞だったのね。それはもう、完全にワールドワイドを目指してたから。本気でイギリスに行ってライヴやるって、その伝までマジで作って。歌詞を書いてたのはボーカルやってた俺なんだけど、全然違和感なくやってたのね。元々洋楽指向だったし、全然問題なかった。

  ところがさ‥‥尾崎の死に直面して。それまでも尾崎は好きで聴いてたんだけど、改めてファーストから当時の最新作「誕生」までを一晩ぶっ続けで聴いて‥‥そしたら、日本語で歌うことがとても大切なんじゃないか、って思えてきて。確かに俺はワールドワイドで活躍したいって思ってる。けど、今現在目の前で相手にしているのは、同じ言語を喋る日本人だろ。その日本人にまず理解されるのが最初なんじゃないの?って。バンド結成当初は「日本になんかホントのロックなんて存在しねーよ。こいつらに理解できないから海外行こうぜ!」とかいきがって行ってたけど、結局それって単なる「逃げ」だったんじゃないかな‥‥そう思えちゃったのね。そうしたら居ても立ってもいられなくなって、寝ずに日本語の歌詞を書き始めて‥‥次の日、それ持ってバンドのメンバーの所へ行ったんだけど‥‥全部却下されて。結局また英語で歌う日々。その頃からだよね、初めて路上でギタ-1本で弾き語りをやるようになったの。尾崎が死んで、路上で尾崎の曲を歌う人はかなり増えた。だから俺は尾崎は歌わなかった。その代わり、同じように好きだった佐野元春とか自分の歌を歌ってた。そうすることで自分自身のバランスを保ってた。けどさ‥‥1年持たなかったね、バンドは。結局分裂して。解散って形を取ったけど、俺と他のメンバーが分裂した形。俺はそのままソロでまた路上に戻って、時々ライヴハウスで歌って。仲の良かった友人にバックを手伝ってもらったりしながらね。で、分裂した楽器隊の方は新しいボーカルを捜しながら別のバンドを結成して。暫くして気づいたら、何故か俺がそのバンドでリズムギター弾いてたりもして。勿論歌わなかったけど(正確には歌わせてもらえなかった)。

  3年くらい経って、またその時のメンバーの数人とバンドを組んで。その時は日本語で歌った。当時、俺がやってたソロライヴをメンバーが観に来て、俺の歌と、俺の歌詞に共感してくれて。また一緒になることになってね。ま、そのバンドは結局、俺が帰省することになって解散しちゃったんだけどさ。

  尾崎のこのセカンドを聴くと、自分がバンドを真剣にやっていたその頃のことを思い出すんだよね。影響を受けないように、受けないようにと思いながらも、結局は一番よく聴いてたのがこのアルバムと元春の「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」だったんだよね(元春は歌詞/曲の両方で影響を強く受けた1枚)。そういう思い出深い作品。だから客観的に見るのは難しいんだよ。本来、こういう文章を書くのもね‥‥ちょっと厳しいんだけど。まぁ今日は特別な日だから。特に最近、中途半端なトリビュート盤が出たばかりだし、中途半端なベスト盤もチャートの1位を取ってるみたいだし、やっぱり自分の言葉で改めて書いておこうと思ってね、3年振りに重い腰を上げたんですよ。

  切っ掛けとしてのベスト盤やトリビュート盤はいいと思うんですよ。けど、そこで終わりにして欲しくない。ここまでたどり着いて欲しいんですよ。その価値が存分にある作品なんだから‥‥



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投稿: 2004 04 25 12:00 午前 [1985年の作品, 尾崎豊] | 固定リンク

2004/03/13

FLATBACKER『戦争 -ACCIDENT-』(1985)

2004年にもなって、今更FLATBACKERはないだろ!?、と我ながら思うんですが、久し振りにCD棚から引っぱり出したが最後。こうなったら取り上げるしかないよな、うん‥‥

多分このサイトを観てる若い子の中で、このバンドを知ってるって人は九割九分いないと思いますが‥‥だからこそ、ね。改めてこのバンドと初めて出会った時の衝撃について、語ってみようかな、と思いまして。もう20年近くも前の話ですよ‥‥

FLATBACKERというバンドの特異性は、結局2004年になった今でも、特に目を見張るものがあると思います。所謂「ジャパメタ」の範疇で語られることの多い彼らですが(後に渡米し、KISSのジーン・シモンズのプロデュースで「E.Z.O」と改名して普通のハードロックやってましたからね)、このメジャー・ファーストアルバム「戦争 -ACCIDENT-」はそういった枠に収まらない、とにかく普通のヘヴィメタルやハードロックではなかったわけですよ。そう、前例がなかったから扱い難かった。何時だってそうですよ。DEAD ENDだって、そのサウンドが進化していけばいく程「もうHM/HRじゃない」と敬遠されていったわけですから‥‥

ぶっちゃけ、彼らはGASTANK辺りと同じ枠に括られるべき存在だったのかもしれません。が、そこに至るまでの時間が足りな過ぎたり、周りの環境がよくなかったり‥‥等々。理由はいくらでも考えられますが、まずいきなり大手のメジャーと契約してしまったことがいけなかったのかな、と。彼らはメジャーデビュー前に「皆殺し」と題されたデモテープを'84年頃に発表しています。自分がこの音源を聴いたのは随分後になってからなんですが、このデモテープにあった残虐性だったりアナーキーさが、このメジャー盤ではかなり抑えられてるんですよね(そう、これでもかなり抑えられてるんだわ)。それは「言葉使い/表現の問題」だったり、デモ特有の生々しさだったり、そういったものが削ぎ落とされてしまったからなんでしょうけど‥‥

じゃあ、このメジャー盤がそんなに劣るものなのかというと、全然そんなことはないわけで。だって俺、中学生の頃初めてこのアルバムを聴いた時、「なんじゃこりゃ!?」ってひっくり返ったもん(いや、マジで)。「これってハードロックなの? メタルなの??」って自問自答しつつも、結局答えは出ず。けど聴けば聴く程ハマっていく自分がいてね‥‥ムシャクシャした時、部屋の窓全部閉め切って、大音量で聴いたね、これを。当時、ちょっと複雑な家庭事情だったもので、かなりアレだったんですが、そんな鬱憤を晴らすのにこのアルバムやMETALLICAやSLAYERなんかをよく聴いた記憶が。けど、それらスラッシュバンドとも全然違う色を持った存在だったわけで。

スピードメタル、スラッシュ、パンク、ハードコア‥‥そういった要素全てを飲み込んだのが、この「戦争 -ACCIDENT-」というアルバムであり、同時にそれこそがFLATBACKERの持ち味だったんだよね。誰にも似てない・真似出来ないボーカル、単純にカッコいいギターリフ、ソロになるとメロディアス且つクレイジーに暴れまくる、そしてボトムをしっかり固めるリズム隊。歌詞は今聴くとさすがに恥ずかしさ炸裂なんだけど、あの当時はどのジャンルもこんな感じだったよなぁ‥‥とか妙に思い出に浸ったり。とにかく攻め、攻め、攻めの1枚。ミディアムヘヴィの曲でも守りに入ることなく、ひたすら攻め。"なだれ" って曲が収録されてるけど、正にそんな印象を受ける楽曲ばかり。スピード感ある曲でも、雪崩が目の前に迫って来てるのにスローモーションでそれらの光景が見えているような、恐怖感と高揚感と冷静さが同居するサウンドとでもいいましょうか。爽快感とかそういった類の世界とはかけ離れた、この世のドロドロ・ギトギトした面をそのまま歌詞/サウンドにしたのがFLATBACKER。だからこそ、惹かれたのかな‥‥

リリースから20年近く経ったけど、そんなに古くさく感じなかったのが意外だったなぁ。そりゃサウンド・プロダクションとか歌詞の細部に'80年代特有の匂いを感じるものの、曲の格好良さとか全体のイメージなんかはむしろ今の方がしっくりくるんじゃないかな、なんて思うんですが‥‥勿論、今では彼らよりもハードで、コアで、完成されたバンドは腐る程いるわけですが‥‥そう、未完成だったからこその格好良さがここに残されてるわけですよ。

いあぁ、マジで今の10代、20代前半の子達がどういった反応を示すのか、気になるよな。

最後に。ボーカルとドラムはバンド解散('90年頃)後にLOUDNESSに加入、暫く一緒に活動してましたが、'90年代末にLOUDNESS自体がオリジナルメンバーで復活したため、脱退。ドラムはその後ANTHEMに加入、現在に至ります。ベースは‥‥現在、FLATBACKER ~ E.Z.Oが所属していたレコード会社、ビクター・エンターテイメントでA&Rとして普通に働いています。しかも「くるり」の担当だったりするわけですが‥‥ギターは渡米したまま、現地でグリーンカードを取得、音楽以外の仕事をしているという噂です。

さぁ、世のくるりファン、是非聴いてみて!(嘘だから! 普段くるり聴いてるような子が聴いたら絶対に引くからね! そんな音だからね! 注意してね!!)



▼FLATBACKER『戦争 -ACCIDENT-』
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投稿: 2004 03 13 07:19 午後 [1985年の作品, Flatbacker] | 固定リンク

2003/11/16

THE POWER STATION『THE POWER STATION』(1985)

よくロックにありがちな「あのバンドの○×と、このバンドの△※が一緒に組んだ、スーパーバンド!」っていう表現。最近だと元GUNS N'ROSES組のスラッシュ、ダフ・マッケイガン、マット・ソーラムがSTONE TEMPLE PILOTSのシンガー、スコット・ウェイランドと共に新バンド・VELVET REVOLVERを結成‥‥とか、そういった類のもの。あるジャンルにおいて一時代を築いたアーティストが下火になり、再び新しいピークを求めて他の「一時代を築いたアーティスト」と手を組むなんてことは今や日常茶飯事。しかしこれらの殆どが「同時代に活躍したバンドの人間」だったり「同じようなジャンルの人間が、同じようなジャンルで新しい音を出す」といった類のもの。探求心とか冒険心というよりは、先のように「栄光よ、再び‥‥」的目的が先に来るのが見え見えなんですね。いや、それはそれで否定しようとは思いませんよ。個人的には面白い作品を発表してくれるんであれば、どんな組み合わせでもいいと思ってるし。

しかし今回紹介するバンド‥‥THE POWER STATIONは上記の理由に当てはまらない、いろんな意味で「スーパーバンド」だったんじゃないでしょうか? ソロとしてそれなりに成功を収めてきたアダルトなシンガー、ロバート・パーマー。当時('80年代前半)飛ぶ鳥も落とす勢いだったヴィジュアル系アイドルバンド・DURAN DURANのメンバーだったアンディ・テイラーとジョン・テイラー、そしてファンク/ソウル・シーンで成功してきたCHICのメンバー、トニー・トンプソンとバーナード・エドワーズ。明らかに他ジャンル/年代もまちまち/接点が殆ど見られない組み合わせ。そんな彼等がひとつのユニットとしてアルバムを制作してしまう。しかもそこで生み出されたサウンドが、それぞれのメンバーがこれまでやってきたサウンドのどれにも当てはまらない、いや、それぞれの得意とするものを持ち寄った結果、異物を生みだしてしまったと言った方がいいでしょうか。それが1985年に発表されたこのアルバム、「THE POWER STATION」でした。

元々DURAN DURANのコンセプトに「SEX PISTOLSのようなパンク・アティチュードにCHICのようなファンク・サウンド」というのがあったと思います。実際、彼等は同じCHICのメンバーであるナイル・ロジャースをプロデュースに迎えて作品制作していましたし。またロバートとDURAN DURANのメンバーはある程度の面識があった。つまり、このプロジェクトはアンディとジョンが中心となってCHIC側、ロバート側双方に声をかけて実現したもののようです(確かロバートとCHIC側はこの時点まで互いに面識がなかったはず)。

このアルバムで聴けるサウンド、それはヘヴィでファンキーなリズムセクションの上でギターが暴れまくり、そこにロバートのアダルトでダンディな歌声が乗る‥‥という「ファンキーなハードロック」というような、それこそDURAN DURANともCHICともロバート・パーマーのソロとも違うもの。DURAN DURANでは線が細いイメージがあったアンディのギターもここでは歪みまくり、ソロになると弾きまくりといった「へっ、アンディってこんなに弾けたの!?」と驚きと、CHICとは一線を画するトニーのドラムプレイに唸ったり、ロバートの大人ならではの味わい深さに浸ってしまったり‥‥これがリリースされた当時まだ中学生だった自分は「なんじゃこりゃ!?」と驚き、そして気づくと夢中になっていたのでした。アンディのギターが実は派手だということは、このアルバムよりも前にリリースされたDURAN DURAN初のライヴアルバム「ARENA」での彼のプレイを聴けばお判りいただけると思うんですが、あれ以上でしたね正直。で、このTHE POWER STATIONではただウルサイだけではなく、ちゃんとバランス良く弾けてるんですね。バッキングではDURAN DURANでも聴けるファンキーなコードストロークが更に味わえるし、ソロもアドリブ的というよりはちゃんと計算して弾いてる印象が強いし。何故彼がこのアルバムを通過し、そして後にDURAN DURANを脱退したかが何となく見えてくる1枚ですよね。

そしてジョン・テイラー‥‥彼もベーシストとしては過小評価されることの多い人ですが、ここでのツボを押さえたプレイは派手というよりは地味な部類に入るものなんですが、よく聴いてみると非常に印象深いフレーズが多く、ドラムとギターが隙間を埋めるようなプレイなのに反し、ベースはわざと隙間を作るようなフレーズばかりなんですね。それが彼の個性であり、またこのバンドの土台をしっかり固めている‥‥このアルバムで俺はジョンのことを見直した程ですから。

トニー・トンプソンの独特なドラム・サウンドですが‥‥これがこのアルバム一番の魅力だと言い切ってもいいでしょう。バンド名と同じ「パワー・ステーション」という名のニューヨークにあるレコーディングスタジオで録音されたことから、当時はこのアルバムでのサウンドを「パワー・ステーション・サウンド」なんて呼んでいた人もいたとか。大きな特徴として所謂「ゲートリバーブ」を多用しまくったそのサウンド。ライヴでの再現が不可能に近いんじゃないか!?と思える辺りに、当時はこのバンドが「アルバム・オンリーのプロジェクト」だったことが伺えます。

しかし実際はツアーをすることになってしまい、それに異を唱えたロバートは脱退、代わりに元SILVER HEADのシンガー、マイケル・デ・ヴァレスが参加。このメンバーではツアーのみならず映画「コマンドー」(アーノルド・シュワルツェネガー主演)の為にオリジナル新曲を録音しましたが、映画ではエンドロール時に流れるものの、結局その後リリースされることはありませんでした。当然その後、当然ながらアンディとジョンはDURAN DURANに戻っていき、「NOTORIOUS」のレコーディングに取りかかるのですが‥‥アンディはソロの道を選び脱退。それから10年以上経ってから復活したTHE POWER STATIONのセカンドアルバム制作時には、今度はジョンがPOWER STATIONとDURAN DURANを脱退。現在ではそのジョンとアンディもDURAN DURANに復帰し、今年の夏にオリジナルメンバーで来日したことは記憶に新しいでしょう。

そんなPOWER STATIONですが、今後二度と復活することはないでしょう。プロデューサーであるバーナード・エドワーズが'96年4月にここ日本で他界、ロバート・パーマーが今年の9月に、そしてトニーまでもが11月にこの世を去ってしまったのですから‥‥残ったのはDURAN DURAN組の2人のみ。淋しい限りです。

しかし、このアルバムを聴くとそんな寂しさもブッ飛んでしまいます。1曲目 "Some Like It Hot" のイントロで聴けるトニーのドラム、アルバム全体を多くロバートの男臭いセクシーな歌声、そして「実はジョンではなく、バーナードが弾いてるのでは‥‥??」と当時疑惑のかかった "Get It On (Bang A Gong)"(ご存じT-REXの名カバー)でのベースソロ、THE ISLEY BROTHERSの名曲 "Harvest For The World" で聴けるアンディの歌声とDURAN DURANでは味わえなかった彼のギタリストとしての本質‥‥これらは残されたこのアルバムを聴けば、いつでも味わえるわけですから。どの曲も基本的にポップで、そしてヘヴィでファンキー。上記に登場したアーティスト達に興味がある人も、ファンキーで黒っぽいロックが好きという人も、そしてモーニング娘。の"そうだ!We're ALIVE" という楽曲やそのサウンドが気に入っている人も、必聴盤ですよ。



▼THE POWER STATION『THE POWER STATION』
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投稿: 2003 11 16 03:32 午後 [1985年の作品, Duran Duran, Power Station, The] | 固定リンク

2001/11/24

FREDDIE MERCURY『MR.BAD GUY』(1985)

QUEENのアルバムでいえば『THE WORKS』(1984年)と『A KIND OF MAGIC』(1986年)の間、1985年にリリースされたのが、このフレディ・マーキュリー初のソロアルバム。プロデュースにはフレディと共に、そのQUEENの2作を手掛けたMACKが当たっている。サウンド的にはその2作や同じMACKプロデュースの『HOT SPACE』(1982年)に共通する「シンセを多用したエレクトロサウンド」がメインで、時々挿入されるギターオーケストレーションがモロにブライアン・メイを彷彿とさせるものだったりして、結局ソロで何がやりたかったのかのピントがぼやけてるような‥‥曲に関していえば、間違いなく「QUEENのフレディ・マーキュリー」が書いた楽曲で、その後QUEENでも再録音される「Made In Heaven」や「I Was Born To Love You」等はまんまである。

確か当時、QUEENが70年代程のヒットをあげられなかったり音楽的にこれまでとは全く違った方向性に向かっている事が原因で、メディアやファンの間で「QUEEN解散」の噂が飛び交っていて、それを後押しするかのようにフレディのソロがリリースされたのだった。

基本的にここにある音楽は、QUEENが80年代前半にやってきたことの延長線上にあると言っていいだろう。勿論、この頃のQUEENにもヘヴィでロックンロールしてる要素はあった。そういった楽曲でヒットも飛ばした。そしてそれらがフレディというよりも、ブライアンの要素だということも明らかだった。あの当時は中学生だった俺には理解できなかったことだが、もしかしたらQUEENとしての軌道修正を行う為にバンドは一旦ストップし、フレディは『HOT SPACE』等でやろうとしたことの完成型をこのソロアルバムでやり遂げようとしたのではなかったのだろうか? 本人が亡くなってしまった今となってはその回答を得ることは出来ないが、何となくその後のQUEENの充実振りを考えると、そう思えてならない。そしていい意味でこれらの要素も消化したQUEENが生み出したのが『INNUENDO』を筆頭とした後期の傑作だったのかもしれない。そう考えると、やはりこのソロアルバムはQUEENファンにとって避けては通れない、非常に重要な1枚ということになる。

やはりフレディという人は、ロックアンセムを唄う人というよりは、孤高のポップシンガーといった方が似合っている。この軽快でダンサブルで、それでいてソウルフルな歌の聴けるアルバムを聴けば聴くほど、唯一無二の存在だったのだなぁ‥‥と感慨深くなる。サウンド的には2001年の現在聴くとちょっとキツい面も多いのだが、逆にこの下世話さが「QUEENのフレディ・マーキュリー」そのものだったのだと思う。



▼FREDDIE MERCURY『MR.BAD GUY』(『FREDDIE MERCURY SOLO』に同梱)
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投稿: 2001 11 24 12:00 午前 [1985年の作品, Freddie Mercury, Queen] | 固定リンク

2000/08/01

BON JOVI『7800° FAHRENHEIT』(1985)

1stアルバムが思いの外ヒットしたため、急ピッチで制作された(曲作りに6週間しか与えられなかった)のがこのアルバム。全作から丁度1年後にリリース。特にここ日本では4~5月に初のジャパンツアーが決定していた為に、欧米より1ヶ月早くリリースされた。製作陣は前作を手がけたランス・クインを再び起用(が、後に彼の仕事に満足いかなかった、とジョンは言っている)。シングルとして「Only Lonely」「In And Out Of Love」「Silent Night」がカットされ、それぞれヒットを記録。またここ日本ではバラエティー番組のテーマ曲として87年になってから「Price Of Love」がカットされている。チャート上ではビルボード・アルバムチャート37位まで上昇し、初のミリオン(当時)を達成した。

SCORPIONSやKISSといった大物のサポートとしてツアーに出た結果、1stに足りなかった何かに気づき始めたジョンは、アルバムタイトルからも想像できるように「ロック比重を高くした内容」を意識したそうだ(タイトルは「岩=ロックをも溶かす絶対温度」を意味する)1曲目「In And Out Of Love」やアナログB面(6曲目以降)が特にそうだ。しかし本来の持ち味である「哀愁漂う泣きのメロディ」を生かした曲が少なくなった為、いまいち煮え切らない内容となっている。確かに前作よりも売れたが、何もBON JOVIがこれをやる必要はなかったのではないだろうか? まぁ周りを見渡せばMOTLEY CRUEが『SHOUT AT THE DEVIL』を、RATTが『OUT OF CELLER』を大ヒットさせていたことも関係あるのだろう。既に大ヒットしていたDEF LEPPARD『PYROMANIA』だって、今の音楽性よりもよっぽどハードだし。が、差別化を図るという意味でこの2ndアルバムは個性を生かし切れていないのだ。

勿論そういう個性を生かした佳曲もある。先のシングルナンバー「Only Lonely」や「Price Of Love」がそうだ。ミディアムテンポのヘヴィな曲が大半を占める中、これらはある意味異色だ。そして初のバラードらしいバラード「Silent Night」も忘れられない。これらのシングルナンバーがその後の彼等の雛形となっているのが、お判りいただけるだろうか? それに引き替え、アルバムラスト数曲の出来といったら‥‥。

このアルバムには日本での思い出(84年夏の「SUPER ROCK '84」)を唄った「Tokyo Road」という曲も収録されている。余程この日本の地での成功が嬉しかったのだろう。既にライヴではこのアルバムから1曲も演奏される事はないが、日本に来るとツアー中に1度は演奏されることがある(が、ここ2回のツアーでは披露されていない)。それ程いい曲とも思わないが‥‥。

ジョン自身も一番気に入っていない事からもお判りの通り、期待された程に内容的・セールス的にも思った通りにならなかった。その割にツアーは大成功したのだが‥‥もし全作品を揃えるつもりなら、一番最後に買えばいいアルバムである。



▼BON JOVI『7800° FAHRENHEIT』
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投稿: 2000 08 01 12:01 午前 [1985年の作品, Bon Jovi] | 固定リンク