2017/04/03

DAVID LEE ROTH『EAT 'EM AND SMILE』(1986)

VAN HALENを脱退したデヴィッド・リー・ロスが1986年に発表した、ソロとして初のフルアルバム。バンド在籍中に発表された『CRAZY FROM THE HEAT』(1985年)は4曲入りのEPだったこと、そのすべてがカバー曲だったことから当時は“遊び”と解釈することができましたが、バンドを脱退した後の『EAT 'EM AND SMILE』ではいよいよ本領発揮……といわんばかりのフルスロットルぶりが楽しめます。

アルバムおよび当時のツアーに参加したメンツはスティーヴ・ヴァイ(G)、ビリー・シーン(B)、グレッグ・ビソネット(Dr)という錚々たる面々……というのは、当時は一部のメタルファンの間でのみ。今でこそヴァイもビリーもロックファンなら誰もが知っている名プレイヤーですが、実は2人ともデイヴとの共演により知名度をグンと上げたというのが事実なのです。

アルバムはエイドリアン・ブリュー並みに“しゃべる”ギタープレイを披露する「Yankee Rose」からスタート。ヴァイの縦横無尽に暴れまくるギタープレイと、そのギターをボトムで支えているようで実はフレーズが暴れまくっているベース、その上でひたすら“ダイヤモンド・デイヴ”を演じまくるデイヴ。もちろん的確なビートで土台を支えるグレッグのプレイも欠かせません。同曲は全米16位まで上昇するヒットシングルとなっています。

そして2曲目はビリーが過去に在籍したバンド、TALASの楽曲「Shyboy」のカバー(というかリメイク)。高速ビートの上で披露される、ギターとベースによる超絶ユニゾンプレイに誰もが感嘆のため息をついたはずです。このユニゾンプレイが、のちにビリーが結成するMR.BIGにつながっていくわけですから(しかもMR.BIGでも再びカバーされてるし)、その後のHR/HMシーンにとって非常な重要な1曲と言えるかもしれません。

そして、本作には先のソロEP同様に数々のオールディーズカバーが収録されています。「I'm Easy」「That's Life」といったラウンジミュージックの名曲、60年代のガレージロックナンバー「Tabacco Road」の3曲がそれで、「Shyboy」を含めたら計4曲がカバーというわけです。そこを物足りないと感じるか、原曲を知らないしオリジナルとして聴いてもなんら違和感ないしと感じるかは聴き手次第かなと。ちなみにリリース時中学生だった僕は当然カバーの原曲を知らなかったので、完全に後者でした。

テクニカルで派手なプレイを含みつつも、楽曲時代はポップでブルージーでソウルフル。これって結局、デイヴがVAN HALEN時代にやっていたことと一緒なんですよね。全10曲で30分強というランニングタイムも、初期VAN HALENと一緒。ただ、このバンドにはエディ・ヴァン・ヘイレンが2人いる(ヴァイとビリー)のが大きな違いだったと。この編成が復活することは今や不可能に近いけど(一度だけデイヴ抜きでライブをやったこと、ありましたっけ)、一度は生で観たかったなぁ。この編成での来日は結局実現しなかったしね。

策士デイヴはこのアルバムでVAN HALENというバンドのスタイルをソロでも再現させ、続く2ndアルバム『SKYSCRAPER』(1988年)では「俺にだって『Jump』は作れる」と言わんばかりにポップな「Just Like Paradise」を大ヒットさせる。この2作で彼のVAN HALENに対する復讐は(形としては)完結するわけです。

そういえば、上に貼り付けた「Yankee Rose」含め、当時のデイヴはMVも凝った作品が多かったなぁ。どれもコミカルで、人を食ったかのような内容ばかり。あ……それで『EAT 'EM AND SMILE』なのか!(違います)



▼DAVID LEE ROTH『EAT 'EM AND SMILE』
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投稿: 2017 04 03 12:00 午前 [1986年の作品, David Lee Roth] | 固定リンク

2017/03/03

CINDERELLA『NIGHT SONGS』(1986)

1986年8月にリリースされた、アメリカの4人組HRバンドCINDERELLAのデビューアルバム『NIGHT SONGS』。彼らはジョン・ボン・ジョヴィ(BON JOVI)の後押しがあってメジャー契約にこぎ着けたという話もあり、同じMercury Recordsからのデビュー、BON JOVIも同タイミングに3rdアルバム『SLIPPERY WHEN WET』をリリースしたことから、のちに彼らのサポートアクトとして全米ツアーに帯同したことで人気を高めていきます。

もちろんCINDERELLAが大成功したのは、BON JOVIの力だけではありません。適度にメタリックだけどメロディは非常にキャッチーという、しっかり作り込まれた楽曲の数々がラジオ受けしたことと、毎回趣向を凝らしたミュージックビデオがMTVでヘヴィローテーションされたことも大きな要因と言えるはずです。

今作で制作されたMVは3本。1作目の「Shake Me」、2作目の「Nobody's Fool」、3作目の「Somebody Save Me」は連作となっており、バンド名にちなんだシンデレラ・ストーリーが展開されていきます。MTV全盛の80年代半ば、HR/HMがMV制作にここまでこだわったという点においては、CINDERELLAの功績は非常に大きなものがあったと言えます(と同時に、BON JOVIも「You Give Love A Bad Name」や「Livin' On A Prayer」でひとつの型を作り上げるわけです)。ちなみに、「Somebody Save Me」のMVラストにはジョン・ボン・ジョヴィとリッチー・サンボラもゲスト出演していますので、こちらにも注目です。

さて、改めて楽曲についても。2ndアルバム『LONG COLD WINTER』(1988年)を機にバンドはブルース志向を強めていきますが、このデビュー作にはまだそのカラーは微量。「Hell On Wheels」にはスライドギターが登場しますが、それも大々的といった印象はなく、全体的には当時活動の拠点だったLAのバンドにも通ずるメタリックなサウンド&アレンジが軸となっています。オープニングの「Night Songs」なんて、まるでAC/DCのアルバム『BACK IN BLACK』における「Hell's Bells」みたいですし。また、シングルヒットを記録した「Nobody's Fool」(全米13位)はその曲調とフロントマンのトム・キーファー(Vo, G)のルックスや歌い方から、AEROSMITH「Dream On」と比較する声もあったほど。

そういえばこの当時、CINDRELLAはPOISONとともに『LIGHTNING STRIKES』(1986年)を全米リリースしたLOUDNESSのUSツアーでオープニングを務めていたとのこと。のちに二井原実さんと山下昌良さんにインタビューした際、「どっちも全米チャートのトップ3に入ってたよね。なのに僕らは100位内から1週間ぐらいで消えてたから」(山下)、「ベスト10に入ってるバンドを従えてツアーを回るんやけど、あれは変な話やったな」(二井原)、「あの頃、CINDERELLAのベース(エリック・ブリッティンガム)はまだ全然お金を持ってなくて、毎晩俺がビールを奢ってたな。で、『お前売れてんねんから、次会ったら奢れよ?』って言ったけど、まだ奢ってもらってないわ(笑)。まあ曲が覚えやすかったもんね、CINDERELLAもPOISONも」(山下)なんて話題が挙がったのをよく覚えています。

山下さんがおっしゃるとおり、『NIGHT SONGS』は全米3位まで上昇。セールスも最終的に300万枚を超える大出世作となりました。「CINDERELLAといえば?」と質問されたときに、いまだに『NIGHT SONGS』派と『LONG COLD WINTER』派に分かれることがありますが、僕はどちらも好き。ぶっちゃけその日の気分で変わるし、なんなら3rアルバム『HEARTBREAK STATION』を選ぶ日すらあるくらい(苦笑)。その程度には大好きです、このバンド。



▼CINDERELLA『NIGHT SONGS』
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投稿: 2017 03 03 12:00 午前 [1986年の作品, Cinderella] | 固定リンク

2017/02/13

POISON『LOOK WHAT THE CAT DRAGGED IN』(1986)

POISONがアルバム『LOOK WHAT THE CAT DRAGGED IN』(邦題:ポイズン・ダメージ)でレコードデビューを果たしたのは1986年夏のこと。リリース当時はそれほど大きな話題にはなりませんでしたが、年が明け1987年春にアルバムからの2ndシングルとしてリカットされた「Talk Dirty To Me」があれよあれよとチャートを上昇していき、最高9位まで到達。折しもBON JOVIが「You Give A Bad Name」「Livin' On A Prayer」で2曲連続全米1位を獲得したタイミングということで、HR/HMバンドがじわじわと注目を集め始めたタイミングでのヒットでした。

LAメタルと呼ばれるロサンゼルス出身バンドの中でもやたらとケバケバしく、正直美意識のかけらも感じられないそのヴィジュアル。演奏もテクニカル路線に走る他のバンドとは一線を画し、決して上手ではない。しかし、曲だけは異常にポップで親しみやすいものばかりというこのアンバランスさ。歌詞だって別に知的なことは一切歌っていないし、なんならセックスをイメージさせる曲がほとんど。それでもウケたというのは、やはり彼らには他のバンドにない魅力が備わっていたということなんでしょう。そうでなければ「Talk Dirty To Me」のみの“一発屋”で終わっていたはずですしね。

バンドはこの後、「I Want Action」(全米50位)、「I Won't Forget You」(全米13位)とヒットシングルを連発。アルバム自体も最高3位まで到達し、アメリカのみで300万枚を超える大ヒット作となりました。また、このヒットに便乗してか、1987年秋には映画『レス・ザン・ゼロ』のサウンドトラックにKISS「Rock And Roll All Nite」のカバーを提供。こちらもなんのひねりもない“まんま”のアレンジで衝撃を与えました。

リリースから30年を過ぎた2017年にこの1stアルバムを聴き返してみると、やはりどの曲もやたらとポップでキャッチーなんですよね。1曲目「Cry Tough」からそのポップさは異常とも言えるほどで、この1曲だけ取り出しても同時期に活動した他のLAメタルバンドとは個性の持ち主だってことが理解できる。MOTLEY CRUEともRATTともQUIET RIOTとも違う道をしっかり歩んでいたからこそ、“他にないもの”として受け入れられ成功することができたんだと思います。

と同時に、この処女作が大成功を収めたことで得た自信が、続く2作目、3作目での大躍進にもつながるわけです。バンドってつくづく面白いですね。



▼POISON『LOOK WHAT THE CAT DRAGGED IN』
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投稿: 2017 02 13 12:00 午前 [1986年の作品, Poison] | 固定リンク

2016/12/18

IRON MAIDEN『SOMEWHERE IN TIME』(1986)

昨日触れたJUDAS PRIESTの『TURBO』がリリースされたのが、今から30年間の1986年。面白いことにこの年、ほぼ同じタイミングでもう1組のメタル界の王者、IRON MAIDENもシンセサイズドギターを取り入れた作品を発表しています。それが今回紹介する、通算6枚目のオリジナルアルバム『SOMEWHERE IN TIME』です。

メタル界屈指の名曲「Aces High」を含む前作『POWERSLAVE』が名盤として高く評価されたこと、またアメリカでのメタルの盛り上がりにうまく乗ろうとしたこともあってか、味付けとしてシンセや先のシンセサイズドギターが随所に取り入れられ、楽曲もより洗練された印象があります。それこそ、曲によっては若干落ち着いた雰囲気も感じられ(3曲目「Sea Of Madness」あたりが顕著)、『POWERSLAVE』と比較すると全体的に地味なイメージすらあります。また、JUDAS PRIEST『TURBO』での(装飾的)変化に嫌悪感を示した旧来のメタルファンが、ここでも「シンセサイズドギター」というキーワードに敏感に反応。もしかしたらこれがネックになって、当時ちゃんと聴かなかった人もいるかもしれません。

しかし。先行シングルの「Wasted Years」や1曲目「Caught Somewhere In Time」、ライブでのシンガロングでおなじみの「Heaven Can Wait」、疾走感あふれる“Very British”な「The Loneliness Of The Long Distance Runner」、これぞメイデン!と断言できるデイヴ・マーレイ作「Deja-Vu」など、1曲1曲を取り上げるとレベルの高いものばかり。地味だけど妙にクセになる(しかもアルバムからの2ndシングル)「Stranger In A Strange Land」みたいな曲もあるし、ラストを飾る8分半の大作「Alexander The Great」(もちろんスティーヴ・ハリス作)もメイデンじゃなきゃ作り得ない説得力があるし。全体的に地味さは拭えないけど、良曲揃いの素晴らしいアルバムなのは間違いない事実です。

メイデンは続く1988年の7thアルバム『SEVENTH SON OF A SEVENTH SON』でもシンセサイズドギターを使用するのですが、こちらではアメリカを完全に無視した(?)、英国人でなければ作ることができない傑作に到達することになります。それについてはまた別の機会に。



▼IRON MAIDEN『SOMEWHERE IN TIME』
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投稿: 2016 12 18 12:00 午前 [1986年の作品, Iron Maiden] | 固定リンク

2016/12/17

JUDAS PRIEST『TURBO』(1986)

JUDAS PRIESTが1986年に発表した、当時は問題作なんてレッテルを貼られたことでも知られる10thアルバム『TURBO』。その前作にあたる『DEFENDERS OF THE FAITH』からプリーストに足を踏み入れた人間にとって、「シンセサイズドギターを導入」「デジタル録音」「よりポップに」といったこの『TURBO』路線は受け入れがたいものだったことを、昨日のことのように覚えています。当時はまだ中学生。硬派こそが正義だと信じていたウブな時代です。

時は流れ、2012年2月。2009年の『LOUD PARK』での来日時にロブ・ハルフォードにインタビューする機会があったことから、続く2012年のジャパンツアーにも足を運ぶことができました。Zepp Tokyoと武道館の2公演を観たのですが、ここで演奏されたのが『TURBO』のオープニングトラック「Turbo Lover」。あれ、こんなにカッコよかったっけ? それが素直な感想で、「これ、もしかしたら……」と思い久しぶりにCDに手を伸ばしてみたら……。

全体的にポップな(というか、キャッチーなメロディを持つ)楽曲が多いのと、ギターオリエンテッドではなくてシンセの比率が高くなったことで勘違いしてたけど、偏見抜きに聴くと本当に優れた楽曲が並ぶアルバムだと思います。冒頭の「Turbo Lover」「Locked In」「Private Property」の流れは気持ち良いし、ポップな「Parental Guidance」も過去の「Living After Midnight」あたりと同系統のポップさだと思うし。かと思うと疾走感の強い「Rock You All Around The World」があり、叙情的なミドルチューン「Out In The Cold」もある。アメリカナイズされたワイルドな「Wild Nights, Hot & Crazy Days」、シーケンスさえ気にならなければひたすらカッコいい「Hot For Love」、そして“これぞジューダス!”な泣きメロを持つ「Reckless」で幕を降ろす。最高じゃないですか。ネガティヴな感情で接していたため、アルバムの本質を見過ごしてたのかな。若さって強いね。

先に述べたように、過去のジューダスには「Living After Midnight」や「Take On The World」のようなポップな楽曲もあり、それらはイギリスでシングルカットされた事実もあるわけです。もっと言えば、後には『PAINKILLER』のようにスラッシュメタルにすり寄ったアルバムも発表している。要するに、やることが極端すぎるんですよ。それがガチなメタルファンには時に好意的に受け入れられ、時には攻撃の材料となるだけの話。身にまとう装飾は作品ごとに変わるけど、軸にある本質は実は変わってないんだなと。

そうそう。2017年2月には『TURBO』の30周年記念エディションが発売されるとのこと。アルバム本編の最新リマスター版に当時のライブ音源(CD2枚組)を同梱したパッケージになるそうです。この頃のライブといえば、1987年にリリースされたライブアルバム『PRIEST…LIVE!』でも聴けますが、あれよりも長いフルサイズになるそうなので、こちらも楽しみに待ちたいと思います。



▼JUDAS PRIEST『TURBO』
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投稿: 2016 12 17 04:00 午前 [1986年の作品, Judas Priest] | 固定リンク

2015/10/03

Megadeth全アルバム私的レビュー(1/5)

1985年に1stアルバム『Killing Is My Business... And Business Is Good!』をリリース、ということは今年でMegadethデビュー30周年なんですね。だからてっきり年内に出ると思っていたニューアルバムですが、どうやら2016年1月発売ということになったようです。

で、「とみぃの宮殿」時代から今日まで、僕はMegadethのアルバムについてほとんど言及してないんですよね。かろうじて(当時問題作と言われた)8thアルバム『Risk』のみで、代表作に関しては皆無。これまでに14枚のオリジナルアルバムが発売されているのであれば、いっそのこと全作レビューをするのも面白いかな、と。もちろん1枚1枚についてそれなりの文字量を要したいところですが、日々の仕事との兼ね合いもありますので、「1枚500文字程」という制限を付けてレビューしてみようかなと思います。かなり私情の入ったレビューになると思いますので、参考程度に楽しんでもらえると幸いです。


■1st『Killing Is My Business... And Business Is Good!』(1985年/2002年)

洗練されたサウンド/アレンジの次作以降と比べると(特にリイシュー前のオリジナル盤は)ジャケ含めチープさが目立つも、荒々しくのたうちまわりながらも複雑に絡み合うリフの嵐は今では聴けないものだけに、かなりカッコイイと思う。インテレクチュアルスラッシュとか何とか言われたけど、結局はひたすら速いヘヴィメタル。「The Skull Beneath The Skin」「Rattlehead」といったスラッシュナンバーの印象が強いもんだから影に隠れがちだけど、「Looking Down The Cross」あたりから漂う正統派メタル臭はのちの作品にも通ずるものがある。Metallica「The Four Horsemen」のオリジナルバージョンとムステインが主張する「Mechanix」もスピードメタルとしてはカッコイイものの、プログレッシブなMetallica版を先に聴いているだけに多少の物足りなさを感じるのも事実。それにリイシュー版で復活した「These Boots」のピー音は正直萎えるので、できれば外してほしかった。音は悪いけど、80年代にリリースされたオリジナル盤で楽しんでほしい1枚。


▼Megadeth『Killing Is My Business... And Business Is Good! (Reissue)』
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■2nd『Peace Sells... But Who's Buying?』(1986年)

メジャーデビュー作にしてMegadethの出世作。「Peace Sells」や「Wake Up Dead」のMVを通してその存在を本格的に認知した身としては思い出深い1枚だし、今でも彼らのアルバムの中で聴く頻度の高い作品。前作でその片鱗を見せていたインテレクチュアルスラッシュ路線がようやくしっかり形として成り立ったという意味でも、彼らの歴史上、そして80'sメタルの歴史上で欠かせない1枚だと断言したい。先に挙げたMV曲以外にも「The Conjuring」「Devils Island」「Good Mourning/Black Friday」「My Last Words」など名曲多し。ま、全曲捨て曲なしと勝手に認識してるわけだが。そんな中で唯一収録されたカバー曲「I Ain't Superstitious」のアレンジセンスもなかなかのもの。当時CMにも使用されてたので、あのイントロを聴いて「おお?」と思う世代も多いかも。2011年に発売された25周年エディションには当時のライブ音源を追加したボーナスディスクが付くので、これから聴く人はこちらを手にとってみることをオススメ。


▼Megadeth『Peace Sells... But Who's Buying?』
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■3rd『So Far, So Good... So What!』(1988年)

ムステイン&エルフソン以外のメンバーを一新して制作。チャート的にもセールス的にも前作以上の成功を収めたにも関わらず、ドラッグの問題で思ったような活動ができなかった時期の作品ということで、実は個人的にしばらく影の薄い1枚だった。しかし、2000年代に入ってからリリースされたリミックス&リマスター盤を改めて聴いて、その考えを改め直した。オリジナル盤は分厚い霧のかかったようなエフェクト(ミックス)のせいでどこか馴染めずにいたけど、これは完全に好みの問題。オリジナル盤のほうが一枚岩的な音が好きという人もきっと多いはず。まあそんな好みの問題は置いておいて、楽曲は過去2作で試みたインテレクチュアルスラッシュの最終型と呼べる完成度の高いもの。インスト「Into The Lungs Of Hell」からスラッシーな「Set the World Afire」へと流れる冒頭の構成も素晴らしいし、初のバラード調ナンバー「Mary Jane」「In My Darkest Hour」も泣きすぎておらず適度な冷たさが心地よい。どうしても「Anarchy In The U.K.」の印象が強いアルバムだけど、実はこの曲だけが浮いてるような印象も。それ以外は完璧な1枚。


▼Megadeth『So Far, So Good... So What!』
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投稿: 2015 10 03 12:18 午前 [1985年の作品, 1986年の作品, 1988年の作品, Megadeth] | 固定リンク

2005/11/01

QUEEN『A KIND OF MAGIC』(1986)

 QUEENで一番思い入れのあるアルバム、一番よく聴いたアルバム、一番完成度の高いアルバム‥‥人によってそれぞれ異なるんだろうけど、こと時期によって音楽性が異なるQUEENのようなバンドの場合、それぞれに意外なアルバムが挙がることが多いんじゃないかな。

 例えば‥‥一般的には駄作と呼ばれるような「HOT SPACE」だって、見方を変えれば非常に魅力的に映るし、世間的には傑作呼ばわりされている「A NIGHT AT THE OPERA」だって、ある人にとっては別にどうってことのない1枚かもしれない。「そんなの個人の価値観や趣味の違いじゃん」と言ってしまえばそれまでだけどね。

 この「A KIND OF MAGIC」というアルバムは前作「THE WORKS」の流れを汲む、通算11作目のオリジナルアルバム。元々は映画「ハイランダー」のサントラ的作品として、収録曲全9曲中6曲が映画に使われていて、更にアルバム制作前に既出だった "One Vision" も映画「アイアン・イーグル」主題歌としてヒットを飛ばしてる、非常に『映画づいた』作品集だったりします。そういうこともあって、人によってはオリジナルアルバムと見なさない人もいるし、そういった要素が災いして「完成度が低い」「内容が散漫、統一性がない」という人もいます。が、元々QUEENって1枚のアルバムにいろんなジャンルの音楽、いろんなタイプの楽曲を詰め込むバンドだったんじゃないの? 特に世間一般で名盤と認識されている「A NIGHT AT THE OPERA」なんて、その代表例じゃないの。

 楽曲のタイプは、「HOT SPACE」〜「THE WORKS」の流れにあるものが多く、シングルヒット予備軍的コンパクトでポップなナンバーが数多く収められています。特にこのアルバムではソングライターとしてジョン・ディーコンが大活躍していて、名バラード "One Year Of Love" や "Friends Will Be Friends" といった楽曲のみならず、ファンキーでポップな "Pain Is So Close To Pleasure" にもフレディ・マーキュリーと共に名を連ねています。またロジャー・テイラーもタイトルナンバー "A Kind Of Magic" というその後の彼等の代表曲のひとつを生み出しているし、ブライアン・メイは壮大なバラード "Who Wants To Live Forever" と、ヘヴィなギターが冴える "Gimme The Prize" を手掛け、フレディは先の "Pain Is〜" と "Friends〜" をジョンと共作し、単独では初期の疾走感&ヘヴィさを持つハードロックチューン "Princes Of The Universe" を手掛けています。創作面では非常に良いバランスで4者4様な楽曲を書き、それを1枚のアルバムに纏めた‥‥ある意味で最もQUEENらしい手法で製作され、その結果『'80年代のQUEENの指針』となる作品を完成させたのですから、さすがとしか言いようがありません。

 と、何でここまでこのアルバムをベタ褒めするかというと、俺このアルバムが大好きなんですよ。恐らくQUEENのアルバムで最も聴き込んだ、回数聴いたアルバムじゃないかな、「GREATEST HITS」を除くと。リアルタイムだと丁度中3くらいだったのかな。その頃はそんなに好きってわけでもなく、『QUEENのアルバム』というよりは単純に『当時ヒットしたアルバム』という認識で耳にしていてたのね。だって、その頃の俺は「QUEEN、イコール、"Bohemian Rhapsody"」みたいな固定観念があったし、ああいうクラシカルなサウンドこそQUEENって雑誌の受け売りで刷り込まれてたから。だから「これは同じバンド名だけど違うバンドのアルバム」くらいの気持ちで接してたんだよね、ガキのくせに生意気にさ。クソだ、終ったとか言いながらも、曲の良さ/ポップさには敵わず、気づくと口ずさんでる‥‥そんなアルバムが「A KIND OF MAGIC」だったのね。

 その後、俺は素直に『リアルタイムのQUEEN』と対峙できるようになるのは、更に5年くらい経った、それこそフレディの余命が数ヶ月というような時期なんだけどね‥‥

 変な固定観念がなくなった今、まぁ今は逆にQUEENを愛し過ぎていてどのアルバムにも愛着が湧いちゃって冷静な判断ができないような立場なんだけどさ。それでも俺の中ではこのアルバム、5本指に入る程好きなアルバムなんだよなぁ。"Who Wants To Live Forever" で泣いて、"Princes Of The Universe" で拳を天に掲げる、みたいなね。「HOT SPACE」以降に試してたことがここで一旦完結しちゃうんだよね。それをライヴという形で表現することができた、間に合っただけでも、このアルバムはまだ救われてると思いますよ。

 斜に構えて判った振りをしてたガキの頃を思い出させる、そんな1枚ですよ。甘酸っぱい、懐かしくて恥ずかしい思い出の詰まった作品、それが俺にとっての「A KIND OF MAGIC」です。



▼QUEEN「A KIND OF MAGIC」(amazon:日本盤US盤UK盤

投稿: 2005 11 01 12:34 午前 [1986年の作品, Queen] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/08/16

LOUDNESSの'90年代前半作品、USにて初リリースに。

 最近、「Wounded Bird」っていうレーベルから'80年代の名盤が再発されてるんですよ。例えばWINGERの2ndとか3rdENUFF Z'NUFFの廃盤だった2nd辺りが最近ここから再発されたりしてて。

 んでこのレーベル、調べると「Atlantic Records」周辺のものしか再発してないのね。どうやらその辺の傘下みたいで、廃盤モノの再発専門レーベルのようです。ソニーでいうところの「Legacy」みたいな感じ?

 でさ。最近このレーベルから、日本のLOUDNESSのUS未発売だった時期の作品がまとめてリリースされてるんですよ。これは再発とは言わずに、初US盤化ってことになるのかしら。既にこの時期のLOUDNESSは海外での契約はなかったはずで、非常にドメスティックな活動だったのね。歌詞も日本語ものがポツポツと復活し出した頃だし(ま、アルバムに1〜2曲程度?)、そりゃ海外でのリリースはキツイよな、と。音楽的にも「THUNDER IN THE EAST」の頃とは全く違うバンドになっちゃってるし。

 来月、現オリジナルメンバーによる最新作「RACING」の英語版ヨーロッパでもリリースされるけど、これを機に再評価とか起こるんでしょうか。そういえば去年だったっけ、ヨーロッパのフェスにLOUDNESSがスペシャルゲストとして呼ばれたのって。その辺の影響もあるのかしら。

※アルバムタイトル前の「○」が過去USでのリリースあり、「●」は今回USで初出となるアルバム。



○THUNDER IN THE EAST('85年)amazon
‥‥USデビュー盤。ビルボードのアルバムチャートの74位にランキングしたことで有名。"Crazy Nights" のイメージが強いんだけど、この曲はそれまでの彼等らしくない、非常にアメリカンなミドルヘヴィチューンなのよね。全体的にその辺を意識した曲作りになってるので、当時は賛否あったように記憶してます。



●8186 LIVE('86年/US未発売)amazon
‥‥デビュー5周年記念の代々木体育館ライヴを収録した2枚組ライヴ盤。ライヴ盤としては通算2作目だけど、とにかくベスト選曲なので当時よく聴いた記憶が。



○HURRICANE EYES('87年/USバージョン)amazon
‥‥「Atlantic Records」からのUSリリース第3弾。"S.D.I." のイメージが強いけど、実は "This Lonely Heart" や "Rock'n'Roll Gypsy"、"So Lonely" 等、非常にポップなメロを持った曲が多い意欲作。日本では後に「日本語バージョン」のアルバムも製作されましたっけ。



○SOLDIER OF FORTUNE('89年)amazon
‥‥'88年に二井原脱退、更にワールドワイドな活動を目指すためにアメリカ人シンガー、マイク・ヴェセーラを迎えて製作されたUSリリース第4弾。が、歌詞やメロディ自体は二井原在籍時には完成していたもので、マイクはそれに沿って歌っただけのよう。だからなのか、我々日本人にも取っつきやすい、メロディアスなハードロックを聴かせてくれます。売れなかったけど、アメリカでの評価はかなり高いようです。



○ON THE PROWL('91年)amazon
‥‥マイク加入後2作目にしてUSリリース第5弾。デビュー10周年記念と称して、過去の代表曲を当時のメンバーで再録音。勿論原曲が日本語の歌詞は全部英語に。何故か "Crazy Nights" や "Loudness"、"Crazy Doctor" といった王道が選ばれてない。"In The Mirror" とか "Sleepless Night" 等の出来はなかなか。他に新曲が幾つか入ってるけど、これは微妙。正直、「SOLDIER OF FORTUNE」がウソみたい。そういう意味でも非常にアメリカン。ただ、その割りには海外で全然話題にならなかったようだけど。



●LOUDNESS('92年/US未発売)amazon
‥‥マイクが'91年夏のUSツアー後脱退(ていうか半ばクビ)、更にオリジナルメンバーの山下(ベース)まで脱退し窮地に立たされるも、MASAKI(元E.Z.O./Vo)とTAIJI(元X/Ba)の加入で「ある意味」過去最高のメンツになってしまった、このメンバーによる唯一のオリジナル盤。当時はスポーツ新聞にも大きく取り上げられたよね、TAIJI加入で。でも音はLOUDNESSというよりもE.Z.O.に近い気が。ボーカルのせいか。そして全然Xぽくない。両バンドが好きだった者としては複雑だった。当然、このアルバムのツアーは結構な数追っかけたよ。



●ONCE AND FOR ALL('94年/US未発売)amazon
‥‥上記「LOUDNESS」リリース時のツアーを収録したライヴ盤。当然メインは「LOUDNESS」収録曲なんだけど、このライヴ盤の本当の凄さはMASAKIが "Crazy Doctor" や "S.D.I" を歌う以上に、LOUDNESSとしてE.Z.O.の "House Of 1,000 Pleasures" をプレイしてる事実でしょうか。演奏は粗いけど、それ以上の価値はあると思うよ。



●HEAVY METAL HIPPIES('94年/US未発売)amazon
‥‥案の定TAIJIがすぐに脱退して、しかもドラムの樋口まで脱退。MASAKIも一時脱退という半ば解散状態の中、出戻りMASAKIと共に製作された1枚。ドラムにはMasakiの盟友、本間大嗣(元E.Z.O.、現在はANTHEM)を迎え、ベースは高崎自らが弾いてる。非常にサイケでヘヴィな1枚。今聴いてもLOUDNESSには聞こえない。多分E.Z.O.が続いてたらこういう路線に行っちゃったのかなぁ、という気も。



●LOUD'N'RAW('95年/US未発売)amazon
‥‥「HEAVY METAL HIPPIES」リリース後のクラブツアーを収めたライヴ盤。ベースはアルバム完成後に加入した(当時)元ANTHEMの柴田直人。曲がアレなので勿体ない気がするけど‥‥聴きどころは、DEEP PURPLEの "Speed King" のカバーかしら。あと、やっぱりMASAKIには "S.D.I" は歌いこなせないと思う。宝の持ち腐れだよな、双方にとっても。


 「LOUDNESS」以降の、ワーナー在籍時のオリジナル盤とライヴ盤が海外初リリースとなるわけね。ま、E.Z.O.のファンって海外にも多いだろうから、そういう意味での需要はあるだろうね。そして、どういう評価を受けるのかが気になるところ。

 そういえばAmazonで、「LIGHTNING STRIKES」('85年のUSリリース第2弾)のみ見つからないよ。って思ったら、このアルバムだけ再発されてないでやがんの。確かに俺の中でも一番微妙な1枚なんだけどね。

 ‥‥考えてみたら、E.Z.O.のアルバムも紙ジャケ・リマスターでこの春に再発されたけど、当のMASAKIは何してるんでしょうか‥‥ニューヨークにいるんだっけ? もっと活発に音楽活動やって欲しいんだけどなぁ‥‥難しいだろうけど。

投稿: 2005 08 16 08:47 午後 [1985年の作品, 1986年の作品, 1987年の作品, 1989年の作品, 1991年の作品, 1992年の作品, 1994年の作品, 1995年の作品, Loudness] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/11

とみぃ洋楽100番勝負(53)

●第53回:「Peace Sells」 MEGADETH ('86)

 METALLICAとかSLAYERは意外とリアルタイムで通過してたんですが、実はMEGADETHって後追いもいいところなんですよね‥‥最初に聴いたのが3作目の「SO FAR, SO GOOD...SO WHAT!」からで。先行シングルの "Anarchy In The U.K."(当然ながらSEX PISTOLSのカバー)のPVを観て一発で気に入って。一緒にバンドやってたKくんに「SO FAR〜」のアルバムを借りて。「ギターリフ、スゲーっしょ?」って聞かれてさ。そりゃもう「うんうん!」って頷くわけですよ。

 で。「けどさ。この1枚前のアルバムの方がもっとスゲエんだよ!」といって後で貸してくれたのが、セカンド「PEACE SELLS...BUT WHO'S BUYING?」。中3の頃にはリリースされてた1枚なんだけど、地元のレンタル店になくて、全然聴く機会もなくてね。PVとして "Wake Up Dead" とこの "Peace Sells" の2曲が制作されてたはずなんだけど‥‥これも何故か観る機会がなくて。メディア的にMEGADETHが盛り上がる'88年以降になってようやく何度か観る機会を得た、って感じで。

 MEGADETHの魅力って、ただ単に速いだけじゃなくて(勿論他のスラッシュバンドも速いだけじゃないけど)いろんな展開が入ってたり、リフワークが他のバンドとちょっと違ってたり‥‥あと、ジャズの要素なんかも入ってたりしてね。その辺りから「インテレクチャル・スラッシュ(知的なスラッシュ)」なんていう呼び名が生まれた程で。ほら、スラッシュっていうと野蛮ってイメージが強いでしょ、ひたすら性急にリフやビートを刻んで突っ走る、みたいな。けどMEGADETHには独特な冷たさや知的さがあって、そこが逆に暴力的に感じられたりして。そういう魅力がまたたまらなかったわけですよ、当時は。

 "Peace Sells" もイントロのベースがめちゃめちゃカッコいいし、ボーカルのちょっと語りっぽいというか唸ってるだけというか‥‥そんな歌唱法のデイヴ・ムステインがまた良かったし、後半の速くなるパート以降‥‥暴れまくるギターソロがね。前半部でのクールなソロと対照的で。やっぱりこの頃のMEGADETHは神がかってたな、と。4作目以降の「純然たるHMバンド」的スタイルもまた捨て難いんですが、やはり最初のインパクトは越えられませんでしたね、個人的には。



▼MEGADETH「PEACE SELLS...BUT WHO'S BUYING?」 (amazon

投稿: 2004 10 11 12:00 午前 [1986年の作品, Megadeth, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/27

とみぃ洋楽100番勝負(39)

●第39回:「Angel Of Death」 SLAYER ('86)

 高校に入学して最も嬉しかったのは、他所の中学から沢山の、いろんな趣味を持った人間が集まってくること‥‥つまり、その中には自分と同じような「好みの音」の人や、まだ自分が未開拓な世界を知っている人がいるってことですよ。

 THE SMITHSとほぼ同時期に、このSLAYERも高校で知り合った友達に聴かせてもらったんですよ。というかレコード借りたんだ。しかも相手は女の子で。その子からはQUEENSRHYCHEとか初期ANTHRAXとか守護神伝パート1の頃のHELLOWEENとか、いろいろ教わったなぁ‥‥一緒にHELLOWEENの初来日公演にも行ったもんな。

 という昔話はこっちに置いといて‥‥

 「とにかく速いよ、METALLICAより速いから!」というリコメンドをいただいてから借りたSLAYERの3rdアルバム「REIGN IN BLOOD」‥‥速い。確かに速いよ。けどさ‥‥メチャクチャ残虐だよね、音が。今まで聴いてきたスラッシュメタルってのは一体何だったの!?と思わせる程に、速くて暴力的で殺傷力抜群。だって歌い出しがいきなり「アウシュビッツ!」だもん‥‥そりゃ衝撃以外の何ものでもないでしょ?

 アルバム通しても30分に満たないんだよね、このアルバム。しかもラストの「RAINING BLOOD」が終わると、エンドレスで雨の音が。CDだと途中で切れちゃうんだけど、俺何も知らなくてさ‥‥ダビングしてる最中に寝ちゃって(寝るなよ)‥‥そしたら46分テープ、残り10分近く、ずっと雨と雷の音が入ってて、知らずにテープ聴いてチビりそうになったことあったっけ。

 全曲オススメだけど、やはり『スラッシュメタルの何たるか』を具体的に表現したという意味で、この "Angel Of Death" を最初に聴いて欲しいな。ほぼ同時期にデビューしたMETALLICAが、このアルバムと同じ時期に「MASTER OF PUPPETS」という大作主義/プログレッシヴな様式美を追求して、もうひとつの『スラッシュメタルの在り方』を表明したのが、非常に興味深いよね。



▼SLAYER「REIGN IN BLOOD」(amazon

投稿: 2004 09 27 12:00 午前 [1986年の作品, Slayer, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/22

とみぃ洋楽100番勝負(34)

●第34回:「The Queen Is Dead」 THE SMITHS ('86)

 高校に入って最初に出来た友達は、違うクラスの奴だった。小学校時代から知ってた奴だけど、小学校〜中学校とそれぞれ別の学校で、たまたま同じ学習塾に通ってたってだけ。大した会話もなかったわけ。

 けどさ。高校に入って、共通の友人がいることが判って。そいつがパイプ役になって‥‥互いがロック大好きだと判ったわけ。その後はもう早かったよ。急速に仲良くなってったし。

 で、その彼から最初に借りたテープが、THE SMITHSの「THE QUEEN IS DEAD」と「THE WORLD WON'T LISTEN」だったのね。既に大学生だという年上の兄貴がいて、東京に住んでて、輸入盤とか何時でも買えるっていう‥‥そんな兄貴がいる奴が羨ましくて。THE SMITHSだって、兄貴が買った輸入盤からダビングしてもらったものだったし。

 名前しか知らなかったTHE SMITHS。ピンナップでしか見た事なかったモリッシーの歌声。いや、それ以上に衝撃だったのが、この曲で鳴らされるジョニー・マーのギターだったわけで。とにかく、いろんな意味で衝撃だった。

 アルバムは更にいろんなタイプの曲があって。この曲みたいに攻撃的なのもあれば、"Frankly, Mr.Shankly" みたいなポップソングもあるし、"The Boy With The Thorn In His Side" や "There Is A Light That Never Goes Out" みたいな名曲もある。そりゃ一発でハマるわけですよ。もう1枚の「THE WORLD WON'T LISTEN」は編集盤という名目だけど、ある種ベスト盤だからね。正直この2枚さえあれば、その頃の俺は無敵だったような‥‥そんな「凄いもの見つけちゃった!」感が強かったんだよね。

 でも、その年の秋に「STRANGEWAYS, HERE WE COME」というアルバムを出した後、唐突に解散‥‥オイオイ‥‥



▼THE SMITHS「THE QUEEN IS DEAD」(amazon

投稿: 2004 09 22 12:00 午前 [1986年の作品, Smiths, The, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/20

とみぃ洋楽100番勝負(32)

●第32回:「When Tomorrow Comes」 EURYTHMICS ('86)

 正確にはこれ、俺が中3の頃にリリースされた楽曲で、実際その頃にかなり集中して聴き込んだアルバムのひとつがこのEURYTHMICSの「REVENGE」ってアルバムなのね。

 じゃあ中学編で取り上げろって話ですが‥‥いやいや。あのね‥‥中学卒業した後の春休み。高校生でもなく、ましてや中学生でもないあの時期に、代々木体育館(オリンピックプール)に初めて行ったんですよ。そう、このEURYTHMICSのライヴを観に。

 ルックスがどうだとか、ギターがどうだとか、そういうユニットでは決してないし、アニー・レノックスに惚れるということもない。もうこれは単純に、楽曲の勝利。この曲が入った「REVENGE」ってアルバムはホント名盤ですよ。勿論、その前の「BE YOURSELF TONIGHT」(有名な "There Must Be An Angel" を収録)も名盤だし、それ以前の "Here Comes The Rain Again" も、後にMARILYN MANSONのカバーで更に知名度を上げる "Sweet Dreams" も、全部素晴らしい。だから最初に聴くならベスト盤がいいのかもしれないね。シングル曲を完全網羅してるはずだし。

 とにかくね‥‥この曲のポップさ、そして高揚感。エンディングに向けて盛り上げていく歌と演奏‥‥全てが素晴らしいのよ。如何にも'80年代的なのかもしれないけど、だからこそ俺は胸張って「俺より上の世代は『'80年代はSTONE ROSESが現れるまで死んでた』とか言うけど、そんなの嘘。間違いなく'80年代は俺にとって輝いてたし、魅力的だったのよ」って言いたいね。

 残念ながら彼等は'90年代に入って活動休止、それぞれがソロで活躍した後に'99年に復活作「PEACE」をリリースするんだけど‥‥また分裂。いや、決して仲が悪いわけではないんだけどさ(元々夫婦だったんだっけ。離婚してもずっとコンピ続けてたわけだしね)‥‥やっぱりもう一度、ライヴを観たかったなぁ‥‥



▼EURYTHMICS「REVENGE」(amazon

投稿: 2004 09 20 12:00 午前 [1986年の作品, Eurythmics, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/18

とみぃ洋楽100番勝負(30)

●第30回:「Walk This Way」 RUN D.M.C. ('86)

 2度目のエアロ‥‥ってことになるのかしら。ま、この場合は単純に「エアロだったから」以上の要素が多いと思うんですが。

 ファルコの時に「初ラップ体験」を書きましたが、となるとここでは「初ヒップホップ体験」ってことになるんでしょうね。アルバム「RAISING HELL」もレンタルで借りてきて、そのカッコ良さが完全には理解できなかったものの、「要するに『ノリ』でしょ?」と判ったようなことを言ってた中3の夏。まだ「B-BOY」なんて言葉が日本で一般的になる前のお話ですよ。

 そうそう、RUN D.M.C.と出会ったからアディダスのスニーカーとかジャージを無理して買ったりしたなぁ(このアルバムにも "My Adidas" なる曲までありますからね)‥‥そう、俺のヒップホップ初体験は完全に「形から」だったんですよね(それは翌年のBEASTIE BOYSとの出会いにまで続く)。

 あ、エアロにも触れておかなきゃ。この前の年にエアロは「DONE WITH MIRRORS」というアルバムで復活するわけですが(当然買いました)、ガキの俺からしてもそんなに良いとは思えなかったのね。半分好きだけど、半分イマイチ、みたいな。けど、このRUN D.M.C.との共演は違ったわけ。当たり前だよ、小学生の頃から散々聴いてきた "Walk This Way" を更にカッコ良くやってるわけだから。アレンジ云々よりも、ジョー・ペリーのギターが相変わらずカッコ良かったのと、スティーヴン・タイラーの声が「DONE WITH MIRRORS」の時以上にロックしてること。これが衝撃だったんだよね。ここで完全に俺内エアロ熱が再発したもの。ま、エアロ完全復活までには、もう1年かかるんだけどね‥‥

 この年の12月には渋公だったかNHKホールだったか忘れたけど、初来日公演にも行きましたよ。エアロの方じゃなくて、RUN D.M.C.のね。だってさ、てっきりゲストでスティーヴンとジョーが来ると思ってたから。そんなわけないのにね。だからさ、アンコールだったか本編最後だったかでやった "Walk This Way" に思いっきり肩すかしを食らったんだよね‥‥まだガキだったからさ。そこが『本質』じゃなかったのにね。その後、彼等を観る機会はなかったんだけど(彼等が出演した時のフジロックにも行ってないしな。その後の悲劇を思えば、やはり無理してでも行くべきだったなぁ)、やっぱりいろいろ判ってきた今だからこそ、改めて観たかったよなぁ‥‥



▼RUN D.M.C.「RAISING HELL」(amazon

投稿: 2004 09 18 12:00 午前 [1986年の作品, Aerosmith, Run D.M.C., 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/17

とみぃ洋楽100番勝負(29)

●第29回:「Yankee Rose」 DAVID LEE ROTH ('86)

サミー・ヘイガーを迎えた新生VAN HALENに感激&感動した俺は、正直「デイヴ・リー・ロスはもう(ハードロックの世界では)ダメだろうなぁ‥‥」とずっと思ってたんですね。だってVAN HALEN辞める前に彼がやったソロ活動がBEACH BOYSやスタンダードナンバーのカバーですからね。で、それが大ヒットしちゃったもんだから‥‥どう考えても "Jump" や "Panama" みたいな曲は彼に求めるのも酷だろうな‥‥と。きっと俺以外の多くの人達がそう思ってたでしょうね。

 けど、実際には違った。彼はスティーヴ・ヴァイ(Gt)、ビリー・シーン(Ba)、グレッグ・ビソネット(Dr)という「その筋」では知らない者はいないという名手を揃えて、まるでVAN HALENの1stを'86年に蘇らせたかのような名盤「EAT'EM AND SMILE」を引っ提げてシーンに戻ってくるわけですよ。

 アルバム1曲目の "Yankee Rose" のイントロでやられちゃうわけですよ。だって、ギターが喋るんですよ! ボーカルとギターで掛け合いしちゃうんですよ、喋りで! もうね、笑うのを通り越して感動したもの、中3の俺は!

 ブリブリして暴れまくり、ギターとの高速ユニゾンをいとも簡単にひけらかすビリー・シーンのベースにも失禁寸前だったし、手堅いながらも聴いてて気持ちいいグレッグのドラムも文句無し。VAN HALENにあった「軽さ」が一切ないんですよね。

 アルバムだと続く "Shyboy" が最も好きなんですが、これ、正確にはデイヴのオリジナルじゃなくてビリーが以前やってたバンド、TALASの曲なんで、やっぱり一番最初に聴いて衝撃を受けた "Yankee Rose" かなぁ。

 その後のデイヴの落ちぶれっぷりには目を覆いたくなりますが‥‥やはりこの時の勢いはね。是非この目で実際に目撃したかったですね。残念ながらこの時のメンツ、このアルバムでのツアーでは来日してないんですね‥‥ここで完全にVAN HALENと差がついちゃったな、と‥‥



▼DAVID LEE ROTH「EAT'EM AND SMILE」(amazon

投稿: 2004 09 17 12:00 午前 [1986年の作品, David Lee Roth, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/16

とみぃ洋楽100番勝負(28)

●第28回:「Dreams」 VAN HALEN ('86)

 2度目の登場となるVAN HALEN。しかし、前回紹介した頃(デイヴ・リー・ロス在籍時)とは明らかに違う‥‥シンガーのチェンジ。サミー・ヘイガーという既に『Voice of America』なる称号を手にしていた有名シンガーを向かい入れ、更にサウンド的にもよりポピュラリティーある方向へとシフトチェンジした1枚である、「5150」というアルバムの中で、名曲中の名曲と呼べるであろう "Dreams" という曲。ホント完璧ですよね、全てにおいて。

 イントロのシンセ&エレピはちょっと'80年代的ですが、やっぱりこのイントロを聴くとね‥‥気持ちが高揚するというか。で、リズムインしてボーカルが入って‥‥とにかくメロディの流れがね、俺的に完璧なわけですよ。サビまでの流れといい、サビでの盛り上がりといい。そしてギターソロね。1回目のもいいけど、ラストの如何にもエディらしいタッピングプレイがね、鳥肌モノでして。ただ凄いプレイってわけじゃなくて、しっかりメロウで曲の流れにピッタリという。やっぱり鼻血ものですな。

 これ聴いちゃうとデイヴと別れて正解だったよな、と。勿論デイヴはデイヴでまた凄いことをやらかしちゃうわけですが‥‥それにしてもVAN HALENという名前でここまでの変化をしちゃうわけですからね。きっと俺等よりも若い世代はサミー時代のVAN HALENしか知らないわけですよね、リアルタイムでは。それが当たり前として存在してたわけですから。そういう意味では‥‥最初に聴いた時の違和感も確かにあったわけですよ。ボーカルが違うとか、曲が異常にポップだとか。でもさ‥‥曲の良さには敵わないよ。ホントに凄いもん、今聴いても。

 今年に入ってやっと活動再開したVAN HALEN。このアルバム時のメンツでの復活ってことで、当然ながらこの "Dreams" もライヴでやってるわけでして‥‥いつになったらここ日本で、再びあの "Dreams" が聴けるんでしょうかねぇ‥‥



▼VAN HALEN「5150」(amazon

投稿: 2004 09 16 12:00 午前 [1986年の作品, Van Halen, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/14

とみぃ洋楽100番勝負(26)

●第26回:「Rock Me Amadeus」 FALCO ('86)

 オーストリア出身アーティスト初の全米No.1(しかも4週連続)という記録もアレですけど、それ以上に‥‥恐らく生涯で初めて聴いた「ラップ」がこれだったんじゃなかろうか‥‥と。いや、冗談抜きで。だってRUM D.M.C.がAEROSMITHをフィーチャリングした "Walk This Way" のカバーは、この年('86年)の夏頃でしたからね(そしてRUN D.M.C.の来日公演が12月頃にあって。行ったんですよ、俺)。ファルコのヒットは多分春頃だったと記憶してますよ。

 そんなラップ(notヒップホップ)初体験が、このドイツ語混じりの変な英語‥‥今改めて聴いてみて‥‥これ、ホントにラップか!?って思っちゃうんですが‥‥まぁラップだよね、ある意味。

 ある意味子供騙しなんだけどさ‥‥この胡散臭さこそが'80年代だったんだよね。例えばお隣のドイツから登場したNENA然り。決してサウンド的に新しかったわけじゃなくて、どこかニセモノっぽくて、それでいてポップ、みたいな。まぁあの時代MTVで流れてたものの大半がそんなモノばかりでしたが。今でいえばt.A.T.u.みたいなもんでしょうか?(多分違う。それに全然「今」じゃないし)

 きっと同世代の人達じゃないと理解してもらえないだろうファルコ。今から4〜5年前に交通事故で既に他界してますし、日本盤も全て廃盤扱いのファルコなんですが‥‥

 良いものは良い。

 ニューウェーブもどきだろうがいいじゃない。英語じゃなくてもいいじゃない。ラップなのかラップじゃないのか判らなくてもいいじゃない。楽しくてバカバカしいのが伝われば(けど歌ってる本人はいたって真面目という。スーツ着て髪型決めてビシッとしてるしね)。


 そういう意味じゃ、t.A.T.u.の真価が問われるには、やはりあと20年くらい必要みたいですね!(そんなことはない)



▼FALCO「FALCO 3」(amazon

投稿: 2004 09 14 12:00 午前 [1986年の作品, Falco, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/10

とみぃ洋楽100番勝負(22)

●第22回:「Fall On Me」 R.E.M.('86)

 当然ながら "Losing My Religion" よりも前。いやいや、最初のトップ10ヒットとなった "The One I Love" の1年前にリリースされたアルバム「LIFES RICH PAGEANT」から、PVにもなったこの曲を。このPVを切っ掛けに彼等と出会ったわけですからね。

 それまでも一部雑誌とかで名前は目にしたことあったわけよ。「米カレッジチャート」云々って記事で。そもそもカレッジチャートって何よ?って思ってたような中学生だったわけだから、当然このバンドも名前(「アール・イー・エム」と読むのか「レム」と読むのかさえ知らなかったんだから。というか情報がなかったのよそれだけ)と、メンバー4人のもっさいルックスしか知らなかったわけでして。

 で、"Fall On Me"。文字(歌詞)しか出てこないPVは、それより遥か前にボブ・ディランが既にやってたわけだけど、やっぱりインパクトあったわけですよ(その後プリンスやINXSもやってたけど)。素朴で判りやすいメロディ。シンプルでスカスカ、けどサビに向けてドンドンと温度が高くなっていく演奏。そしてマイケル・スタイプの「とてもアメリカっぽい」声‥‥ま、これは偏見かもしれないけど。

 何だろう‥‥一発でハマったのね。んで偶然にも地元の貸しレコード屋に、当時CBSソニーからリリースされてた「LIFES RICH PAGEANT」のLPが入荷してて‥‥一番乗りで借りたわけですよ。

 今やアメリカンロックの良心とも王道とも呼ばれるR.E.M.ですが、この頃(「IRS」というインディーレーベル所属)の彼らの特徴といえば、当のアメリカ人でさえも完全に聞き取れない、独特な訛りのあるマイケルのボーカルでしょうね。正直、"Fall On Me" なんてPVを観てても「えーっ、本当にそう歌ってる?」って思える箇所、多々あるし。そういう意味ではやはり「DOCUMENT」で大ブレイクしたのも理解できますよね(この辺りからかなり聴きやすくなった感あり)。

 そんな俺の自慢は、'89年1月のR.E.M.2度目の来日公演@MZA有明に行っていることです。羨ましーだろーっ!!



▼R.E.M.「LIFES RICH PAGEANT」(amazon

投稿: 2004 09 10 12:00 午前 [1986年の作品, R.E.M., 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/09/09

とみぃ洋楽100番勝負(21)

 五分の一消化。こんな調子で年内までに100本、間に合うのでしょうか?(そして新サイト立ち上げはいつ!?)


●第21回:「Battery」 METALLICA('86)

 はい、お待たせ。みんなが待ってたメタル路線。この1曲でその後の俺の人生、台無しにされたようなもんですよ。

 基本的にパンクだから聴かない、メタルだから嫌い、というような聴き方はしてこなかった中学時代の俺。殆どがMTV(そしてTVKや千葉テレビでやってた「SONY MUSIC TV」)や「ベストヒットUSA」、そして土曜の深夜ラジオ(「全米トップ40」〜「ROCK TODAY」の、ラジオ日本の流れ)で耳にして気に入った曲をかたっぱしからNHK FMやAMラジオでエアチェックしたり、レンタル店で借りてきたりしてた俺。だからハードロックとかニューロマンティックとか、そんな括りはどうでもよかったんですよ。

 ところがね‥‥こいつらのお陰で、俺は暫く「田舎のメタル少年」になってしまうわけですよ。

 創刊当時から一応は買っていた「BURRN!」というHM/HR専門雑誌。そこのアルバムレビューで95点を獲得したのが、METALLICAの3rd「MASTER OF PUPPETS」というアルバム。当時スラッシュメタルの何たるかも理解してなかった、メタルといえばIRON MAIDENかJUDAS PRIESTかDIOが最高に決まってるじゃん!とほざいていた中坊の俺。そんな俺が何故か小遣い貯めてアナログLPを買ってしまったのが、このアルバム。

 ‥‥プレイヤーに針を落とした瞬間‥‥1曲目の "Battery" に全てを奪われちゃうわけですよ。ああ‥‥こういうのがスラッシュメタルなんだ‥‥すげぇ‥‥こんなカッコいい音楽が世の中にはまだあったんだ‥‥って。

 田舎のレンタル店なんで、METALLICAの旧譜なんて置いてなくて、結局高校に入学するまで、彼等のファーストやセカンドに触れる機会はありませんでした‥‥そのはずだったんだけど‥‥

 1986年秋。生まれた初めて体験した外タレのコンサート。それがMETALLICAの初来日公演でした。

 ここで俺の二度目のロック童貞が奪われました。



▼METALLICA「MASTER OF PUPPETS」(amazon

投稿: 2004 09 09 12:00 午前 [1986年の作品, Metallica, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/08/29

とみぃ洋楽100番勝負(10)

 やっと十分の一。毎日更新したとして、あと3ヶ月近くかぁ‥‥ ま、ユルく進めていくんで、ひとつヨロシク。

●第10回「A Question Of Lust」 DEPECHE MODE('86)

 ヨーロッパ特有の暗さ+インダストリアルやエレポップといった要素を取り入れた中での成功例。こいつらがいなけりゃソフトバレエもNINE INCH NAILSも生まれなかったんじゃないか、ってくらいにね。

 多分一番最初に聴いたのは、この曲より前のアルバムに入ってる "People Are People" だったと思うけど、個人的にグサリときたのが表題曲を含む5枚目のアルバム「BLACK CELEBRATION」だった、と。どれも好きな曲ばかりで、ホントは "Black Celebration" か "A Question Of Time" か "Stripped" かこれかで悩んだんだけど、結局好きになる切っ掛けだった "A Question Of Lust" に。

 暗さだけでいったら他の曲やその後のアルバムの方がもっと暗くて重い曲が多いんだけど、何か知らないけどつい口ずさんじゃうんだよね、この曲は。テンポ的にもスローだし、曲調自体はメジャーキーだし、決して暗いとは言い難いんだけど、やっぱり独特な空気感があってね。それだけで合格!みたいな。ホント、有無を言わさぬ説得力を持ってる曲なのね。

 正直、DEPECHE MODEは「BLACK CELEBRATION」以降のアルバム‥‥「MUSIC FOR THE MASSES」も「VIOLATOR」も「SONGS OF FAITH AND DEVOTION」も、どれも捨て難いのね。全部好き。その後の「ULTRA」はイマイチだったし、「EXITER」はあと一歩だったけど、ホント初期も含めて大好きなバンドのひとつ。「VIOLATOR」リリース後の来日公演('91年だっけ?)も行ったなぁ‥‥思えばあれが最後の来日だったよなぁ‥‥海外ではU2並みにスタジアムを沸かせた時期('90年代)に来日しなかったから、海外と日本での評価がここまで違ってしまったんだよね‥‥ホント勿体ない存在。



▼DEPECHE MODE「BLACK CELEBRATION」(amazon

投稿: 2004 08 29 12:00 午前 [1986年の作品, Depeche Mode, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/03/24

VAN HALEN『5150』(1986)

2004年夏、いよいよVAN HALENが動き出すようです。

3代目ボーカルとしてゲイリー・シェローン(元EXTREME)を迎え1998年2月にリリースされた「VAN HALEN III」はセールス的にも、そしてツアーの動員的にも失敗といっていい結果しか残せず、結局このアルバム1枚でゲイリーは脱退、三度シンガーのいない状況に陥ります。そしてエディ・ヴァン・ヘイレンの舌癌発覚‥‥これにより、彼らは長きに渡る沈黙を強いられることになります。その間に初代シンガーのデイヴ・リー・ロスと2代目シンガーのサミー・ヘイガーがジョイントツアーを行い、そのサミーのバンドメンバーとしてVAN HALENのベーシスト、マイケル・アンソニーが参加する等、いろいろとキナ臭い動きがあったりしましたが、結局6年に渡る現時点においても新しい音源は発表されておらず、それどころか未だに新しいシンガーは決まっていなかったりします。

が、ここにきてのツアー発表。しかしシンガーは発表されぬまま。これはどういうことなのか‥‥

VAN HALENが新しいマネージメントに移籍し、しかもそこはサミーが所属する会社だ、という事実。これが全てなんじゃないでしょうか? ま、答えは間もなく出ることでしょう‥‥

この「5150」というアルバムは、デイヴが脱退した約1年後、1986年春にリリースされた、VAN HALEN 通算7枚目のオリジナルアルバムであり、サミー・ヘイガー加入後の最初の1枚でもあります。デイヴ自体に愛着のあった俺は、暫くこのアルバムに馴染めなかった記憶があります。同'86年夏にはデイヴのソロアルバム「EAT'EM AND SMILE」がリリースされ、個人的には「ああ、やっぱりこっちだよ!」と思ったのも事実。実際、あのアルバムによって俺はスティーヴ・ヴァイというギタリストに惹かれていくのですから‥‥ギターの世界へと導いてくれたエディに対する、ちょっとした浮気ですよね、これじゃ。

しかし、偏見の塊だった10代前半には苦手意識があったサミー・ヘイガーの声、そして「サミーの声が載るVAN HALEN」の曲も、次第に馴染んでいき、気づけば大好きな1枚になっていたのは言うまでもありません。もう単純に、爽快でカッコいいアメリカン・ハードロック。デイヴ時代とはまた違う、潤いのあるメロディが載った楽曲達。「1984」で着手したシンセ導入が完全に開花した "Why Can't This Be Love" や "Dreams"、"Love Walks In" といった歴史的名曲の数々。前作での "Hot For Teacher" を更に高速化したかのような疾走チューン "Get Up"。カーステレオで爆音で流しながらハイウェイを飛ばしたくなるような豪快ハードロックチューン "Good Enough" や "5150"、カリフォルニアの夏の海をイメージさせるような "Summer Nights" や "Best Of Both Worlds"、ラストを飾るヘヴィな異色作 "Inside"。とにかく全9曲が捨て曲なし。それまでのVAN HALENのアルバムには必ず「これは絶対にライヴじゃやらないだろなぁ‥‥」と思えるような曲が幾つかあったのに、このサミー・ヘイガー参加作にはそういったタイプの楽曲は皆無。勿論、当時のツアーで演奏されなかった曲もあるだろうけど("Inside"をやった、というのを目にした記憶がないんだよね)‥‥とにかく最初から最後まで、息をつかせぬまま突っ走る1枚。特に頭3曲での攻め、4曲目 "Dreams" での天まで駆け上がりそうなメロディ。掴みは完璧過ぎ。本当に凄いアルバムだわ、改めて今聴いても。

個人的にはデイヴ時代に思い入れがあるものの、作品重視で考えると好きなアルバムって殆どがサミー・ヘイガー在籍時のものなんだよね。特にサミー在籍時はこの後も「OU812」('88年)、「FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE」('91年)、「BALANCE」('95年)と、更にレベル/完成度の高いアルバムを連発していったんですよね。勿論、唯一のライヴアルバム「LIVE : RIGHT HERE, RIGHT NOW.」('93年)も含めてね。俺が初めて彼らのライヴに足を運んだのも、サミー在籍時だし。残念ながらデイヴ在籍時は'70年代末に来たっきりで、俺がまだ洋楽を聴くようになる前の話だからね‥‥しかも初めてVAN HALENのライヴに行ったのって、「BALANCE」でのツアーだから‥‥'95年、俺がVAN HALENを聴くようになってから10数年、この「5150」が発表されてからも9年経ってるんですよ‥‥ま、それ以前に彼ら、殆ど日本に来なかったですからね。何せ'80年代に来日したのは、'89年初頭の東京ドーム公演だけですからね(!)。

デイヴ時代の作品が全部リマスターされているにも関わらず、どういうわけかサミー時代の作品はまだ公式にリマスター化されてないんですよ。特に'80年代の2枚(「5150」と「OU812」)は絶対にリマスターすべきだと思うんですが‥‥もっと迫力あるサウンドで聴きたいですからね(正直、今出てるCDの音は、当時のアナログ盤のそれと比べても全然迫力が足りないんですよ。元々音圧が薄いバンドなだけに、余計なんですよね)。

果たして、今度のVAN HALENは本当にサミー・ヘイガーが出戻るのか、そして新曲は「5150」等の名作に匹敵するだけのものなのか‥‥過度に期待して待ちたいと思います!



▼VAN HALEN『5150』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD

投稿: 2004 03 24 05:40 午後 [1986年の作品, Van Halen] | 固定リンク

2003/05/17

BOØWY『BEAT EMOTION』(1986)

今行っているアンケートで「あなたの初めて買ったCDは?」というのを募集してるんですが、日記にも書いた通り、俺が最初に自分の小遣いで買ったCD、それがこのBOØWYの5枚目のアルバム『BEAT EMOTION』でした。恐らく現在手元にあるCDの中で最も長い期間所有してるのがこれです。なので、スキャンしたジャケットも結構年季が入ってますし(至る所に汚れが目立つという。白地だから余計目立つんだよね)‥‥ま、そこに愛着を感じちゃうんですけどね。

このアルバムがリリースされた86年、BOØWYは3枚のアルバムをリリースしました。この年の3月に4作目『JUST A HERO』を発表し、それがオリコン・アルバムチャートで初登場4位を記録。更に「夜のヒットスタジオ」(当時フジテレビ系列で放送されていた音楽番組)に「わがままジュリエット」で初出演する等、一般層への知名度もだんだんと高くなりつつある中、いよいよ初の武道館公演が実現。ここであの名言「ライヴハウス武道館へようこそ!」が飛び出すわけですね。で、その模様を収めたライヴアルバム『GIGS』が夏に限定発売され、即完売。数年後にリイシューされるまで、長きに渡って高値で取引された一品でした(ちなみに俺、アナログで持ってるんですが、CDとなると更に高値だったみたいですね。まだそんなに流通してなかった時期だしね)。そして秋、この『BEAT EMOTION』からの先行シングル「B・BLUE」が発表され、初のトップ10入りを果たしてしまうのです。この時も確か「夜のヒットスタジオ」には出演したと記憶してますが、「ザ・ベストテン」等のチャート番組への出演は拒否。その年暮れに放送された「MERRY X'MAS SHOW」という特番には吉川晃司と共演(THE DAMNEDバージョンの「Help」をカバー)しましたが、結局翌年末の解散に至るまで、その後一切テレビへの出演はなくなります。

そんなシングルヒットの中、発表されたこのアルバムがいよいよチャートで1位を取ってしまうわけです‥‥所謂「BOØWY現象」にここで完全に火が点いてしまうわけですね。それまで一部のロック好きしか知らなかった彼等の名前を、普段ヒットチャートものしか聴かない人達までもが「BOØWYってカッコイイよね!」と言い出すようになるんですから‥‥ロックがまだお茶の間に馴染んでなかった時期の話ですよ。今の10代の子達には到底想像できないでしょうけど、そういう時代があったってことですよ。

さてさて、作品としてのこのアルバムなんですが‥‥実は俺、これが一番好きってわけでもないんですよね(苦笑)。ま、思い入れというか思い出は一番詰まってるアルバムなんですが、熱中度の点でいえば多分点下から数えた方が早いくらいでして。一番好きなアルバムとなると、実はこの1枚前の『JUST A HERO』なんですが(鼻先程の次点がセカンド『INSTANT LOVE』で、次がファースト『MORAL』かな?)‥‥まぁBOØWYのアルバムで一番最初に取り上げるなら、こういう企画もあることだしやっぱりこれかなぁ‥‥なんて思いまして。

東芝EMI移籍後‥‥再デビュー作である3作目『BOØWY』以降、2作連続で佐久間正英(四人囃子やプラスティックスのベーシストとして70~80年代前半まで活躍後、プロデューサーとして活躍。現在ではGLAYを手掛けてることでお馴染みですよね)が携わってきたわけですが、この『BEAT EMOTION』でいよいよ完全なる布袋寅泰体制がスタートするわけです(サウンドプロデュースと全楽曲のアレンジャーとして彼の名前が記載されています)。非常に機械的なエフェクトがかかったドラムサウンド(全然生っぽくないんですよね)、いろんなエフェクターを通したギターサウンド(ソロ以外は思った程歪んでないんですよね)、多用されるシンセやシーケンサー‥‥その後の布袋ソロサウンドの一端をかいま見せてくれています。

しかし、完全なる「布袋アルバム」にならなかったのは、やはり氷室京介のクセの強いボーカルによるものが大きいからですよね。俺ね、ヒムロックってBOØWY時代は全然嫌味なく聴けるんだけど、ソロになってからのこの人ってどうしても‥‥ボーカルのアクが強すぎて、曲の弱さが目に付いちゃうというか‥‥どれも同じに聞こえちゃうわけ。そういう意味では布袋の書く個性的でポップなメロディにヒムロックの声が乗って更にその魅力が増す‥‥そのマジックみたいなものが確実にあったわけですね。それはこのナンバー1アルバムでも十分に味わうことが出来ます。

久し振りにクレジットとかに目を通してみたら新たな発見が。ホッピー神山が参加してるのは知ってたんだけど(後に山下久美子のバックを共に務めたし、布袋ソロ1枚目でもヘルプしてたしね)、まさか松武秀樹の名前を発見するとは‥‥YMO絡みの人ですよね。これ、当時全然気づかなかったなぁ。何で気づかなかったんだろう?

バンド後期、ライヴで常に演奏され続けた曲が多いのもこのアルバム。シングルヒット「B・BLUE」や「ONLY YOU」は勿論、「WORKING MAN」や「BEAT SWEET」、『LAST GIGS』にも収められた「DRAMATIC? DRASTIC!」等、ホントいい曲が多いんですよね。ラストアルバムとなった『PSYCHOPATH』への伏線となったともいえるミディアムメロウな「DON'T ASK ME」「RAIN IN MY HEART」とか、シャッフルビートが気持ちいい「DOWN TOWN SHUFFLE」、初期の攻撃的な色を感じさせるアッパーな「NOISE LIMITTER」、バラード「B・E・L・I・E・V・E」等々‥‥ホントにポップで耳に残る曲ばかり。改めて聴いてみて‥‥そんなに悪くないじゃんこれ。いや、昔より好きになったかも(いや、元々嫌いだったわけじゃないよ。当時の趣味から外れつつあったってだけで)。つうかさ、ソロになった布袋はどんどんマニアックなんだけど下世話な方向へ進んでるみたいだけど、こういう正攻法はもうやってくれないのかなぁ‥‥COMPLEXや「ギタリズム」路線で打ち止めなのか? いや、今が悪いってわけじゃないんだけど‥‥それに決して「ボウイを再結成しろ」っていう意味でもないのね。だって正直観たくないもん、BOØWY再結成されてもさ。ま、ステージ上にヒムロックと布袋が並ぶ姿は観てみたいんだけど。BOØWYとさえ名乗らなければね。

結局さ、良くも悪くもその後の「バンドブーム」の教科書的な存在となってしまったこのアルバム。氷室本人も「『JUST A HERO』で終わっていたら、バンドとして綺麗だったよね」と言ってるように、もしかしたらそれ以降の作品‥‥『BEAT EMOTION』や『PSYCHOPATH』‥‥は蛇足だったのかもしれない。けど、その2枚があったからこそ、BOØWYはあれから15年以上も経った今でも語られることが多いのも事実。その辺の評価は人によって変わってくるだろうけど、俺はこれをリリースして正解だったと思います。そして、このアルバムに対する反動ともとれる『PSYCHOPATH』もね(ま、好き嫌いはまた別の問題だしね)。

一方、布袋の方は‥‥何だかんだいって彼はこのアルバムを好んでいるんじゃないでしょうか? 後にリリースされた彼のソロシングルにもこのアルバムと同タイトルのシングル曲があるしね。また、布袋のコーラスがやたらと耳に付くようになったのもこのアルバムからだし。そういう意味から、結局はその後の両者のソロ活動への布石となった1枚かもしれませんね。



▼BOØWY『BEAT EMOTION』
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投稿: 2003 05 17 12:00 午前 [1986年の作品, BOØWY] | 固定リンク

2003/05/07

METALLICA『MASTER OF PUPPETS』(1986)

既にHM/HRの枠を超え、「ロックの名盤」として挙げられることも多い、METALLICAが1986年に発表したサードアルバム。プロデュースにはバンド自身と共に、前作『RIDE THE LIGHTNING』でエンジニアを務めたフレミング・ラスムッセンが選ばれ、ミックスには後に「ヘヴィメタル界のプロデュース/ミックスにこの人あり」と呼ばれるようになるマイケル・ワグナー(DOKKENやSKID ROW等で有名)を迎えている、正しく「1986年という時代を象徴する」アルバムとなっています。

このアルバムの何が凄いって、まず最初に一介のスラッシュメタルバンドだったMETALLICAが、米・ビルボードのアルバムチャートのトップ30入り(29位)を果たしてしまったこと。これはいくら当時ハードロックやメタルがもてはやされていたからといっても、まさかスラッシュメタルがチャート上位に食い込むなんて誰も考えていなかったもんだから、さぁ大変。勿論、それまでの地道な活動が認められた結果というのもあるし、このアルバムがメジャー配給になってから初めて制作された作品ということで、プロモートする側も気合いを入れたというのもあるんでしょう。が、実際のところ彼等の凄みは口コミレベルで広まっていったというのが真相のようです。事実、ここ日本でも「何かMETALLICAが凄いらしい」ということで聴き始めたって人が多かったと記憶してます。

そのプロモーションに関しても、シングルカットやPV制作といった宣伝行為は一切なし。完全にツアーオンリー。1986年というMTV全盛期に逆行するかのようなバンドスタイル。これが逆にファンから支持された要因なのかもしれませんね。例えばLAメタル以降、ハードロック系のバンドがシングルをチャート上位に進出させ、またMTVを観ればメタル系のPVがバンバン流れるようになっていた頃、METALLICAはロックバンドの基本であるツアー生活を選択したわけです。

更にこのアルバムの凄みは、全8曲で54分というトータルランニングにも隠されています。1曲約7分前後。8曲中6分を超える曲が5曲(残り3曲は全て5分台)、更に8分台の曲が3曲も収録されています。それもただ長いだけではなく、緩急に富んだ、非常に計算された曲作り・アレンジが成されているのです。初期の彼等に対して「こんなのメタルじゃねぇよ!」と嫌悪感を露わにした純粋なメタルファンは、勢いだけでむしろパンクに近かった『KILL'EM ALL』を敬遠したわけですが、もはやこのアルバムを前にしたら何も言えなくなるんじゃないでしょうか? これを「様式美」と呼ばず何と呼べばいいの!?

如何にもMETALLICAらしい1曲目「Battery」にしろその曲構成は完全に様式美性を重視したものですし、続く9分近いタイトルトラック「Master Of Puppets」なんて起承転結のハッキリした、まんま様式美メタルですよね。そして前作収録の「For Whom The Bell Tolls」の延長線上にあり、昨今の彼等に比較的近いミドルヘヴィな「The Thing That Should Not To Be」でドンヨリさせ、再び起承転結が素晴らしい様式美ナンバー「Welcome Home (Sanitarium)」では涙さえ溢れそうなギターソロを味わうことができます。ここまでがアナログではA面。

続くB面は再び8分台の疾走スラッシュチューン「Disposable Heroes」からスタートし、鋼鉄リフの嵐が気持ちいい「Leper Messiah」、8分以上に及ぶ様式美性の高いインストチューン「Orion」と続き、最後は勢いで押しまくる高速スラッシュナンバー「Damage, Inc.」で終了。音楽性の高さを重視しながらも初期から続くスラッシュ路線はそのまま維持している辺りはさすがだし、何よりも各メンバーの演奏力・表現力が格段に向上してるのが手に取るように判ると思います。

間違いなくここで彼等はスラッシュメタルバンドとしての「ひとつの未来」を表現したのです。結果、後続達は更に模倣に走ったり、あるいは違った角度から攻めたりして「未来のその先」を見つけ出そうと試行錯誤を繰り返していくのです。しかしこのアルバムの登場が結局スラッシュメタルというジャンルの寿命を早めたのは間違いなく、その後は更に拡散方向へと進んでいくことは誰に目にも明らかでした。

そんな中、スラッシュ四天王と呼ばれた他の3バンド、SLAYERは更にエクストリームな方向へ突き進み、名盤中の名盤『REIGN IN BLACK』を生みだし、MEGADETHは古巣(デイヴ・ムステインはデビュー前のMETALLICAメンバーだった)を横目にジャズやフュージョン等の要素を取り入れた「インテレクチュアル・スラッシュ」なる更に複雑な方向へと足を踏み入れ、ANTHRAXは地元ニューヨークのストリートに根ざしたスケーターズ・ロック的な身軽さで、ヒップホップの要素をいち早く取り入れたり等して、それぞれ独自の道を進んでいくのです。しかし、そのどのバンドにもいえるのは、ヘヴィメタル以外の何ものでもないという事実。これを前提に彼等はそれぞれの道を進んでいくのでした。

そんな中、この名盤を引っ提げて、いよいよMETALLICAは1986年秋に初来日を果たすのですが……この直前に、その後の運命を大きく変える悲劇がバンドを襲います。デビュー前からのベーシストでありソングライティングの一端を担う、ベーシストのクリフ・バートンの事故死。来日する直前の出来事でした。しかし彼等はその悲劇をも乗り越え、即座に新しいベーシストを捜し、その後15年近くに渡りMETALLICAを支えることになるジェイソン・ニューステッドが加入することになるのです。そしてジェイソンを迎えた布陣での来日公演。中野サンプラザで観た彼等は衝撃以外の何ものでもありませんでした。1曲目の「Battery」、たった1曲でこの俺の人生を台無しに、いや、大きく変えてしまったのですから。



▼METALLICA『MASTER OF PUPPETS』
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投稿: 2003 05 07 03:38 午前 [1986年の作品, Metallica] | 固定リンク

2000/10/09

BON JOVI『SLIPPERY WHEN WET』(1986)

このアルバムを切っ掛けに彼等を好きになったという20代後半以上の人は多いのではないだろうか? 当時洋楽を聴いていた人のみならず、普通の邦楽しか聴かないような人をも巻き込んで大ヒットした、名作中の名作。86年8月リリース。再びここ日本からツアーがスタートしたために、またしても他国より1ヶ月先行で発売された。プロデューサーには当時LOVERBOYやBLACK'N'BLUEを手掛けていたブルース・フェアバーン、ミックスにはその門下生のボブ・ロックという、このアルバムを切っ掛けに超一流になったスタッフを起用。またソングライターチームもバンドメンバーだけにとどまらず、デズモンド・チャイルドという職業ソングライター(KISS「I Was Made For Loving You」等で既に有名だった)との共作を開始し、「純粋にいい曲」という1stアルバムの課題と「ロック比重」という2ndアルバムの課題を見事にクリアした、完全無欠のアルバムが完成した。シングルとして「You Give Love A Bad Name」(米1位)、「Livin' On A Prayer」(米4週1位)、「Wanted Dead Or Alive」(米3週7位)、「Never Say Goodbye」(米以外でシングルカット。英21位)をリカット、アルバムも発売3ヶ月で1位を記録し、その後8週間1位に居座った。当時だけでも800万枚という、ロックとしては(勿論HM/HRとしても)異例のモンスターヒットを記録した。

ちにみにこのアルバム、日本と欧米とではジャケットが違う事でも有名だ。現在の日本盤ジャケットは本来正式なジャケットとして採用されるはずだったが、「エロティックすぎないか?」という事でアメリカやイギリス等では別のジャケットに差し替えられた。ちなみに本来のジャケットが採用されたのは、日本とフランス、その他数カ国のみと聞いている。差し替えジャケットは、ジョンが濡れた車のボンネットにアルバムタイトルを指でなぞっただけという代物。けどこっちのが格好よくねぇか?

純粋にいい曲が10曲詰まったいいアルバム‥‥これ以上何を言えばいい? BON JOVIがこのアルバムで歴史を、全ての流れを変えてしまったのは紛れもない事実だ。折からのLAメタルブームが一段落しようとした時に、彼等はこのアルバムで勝負に出た。当時アルバムを聴いたレコード会社スタッフが「これは凄い! トッププライオリティ(レコード会社が世界的に売り出すためにイチ押しする事)に押そう!」と考えたのも納得がいく。しかしそれまでの流れを考えると、誰もBON JOVIごときがトップを取るなんて考えてもみなかっただろう。そういう意味では躊躇した、とも聞いている。

しかし、たった1曲のビデオクリップが全てを変えたのだ‥‥「You Give Love A Bad Name」である。このビデオとDAVID LEE ROTH「Yankee Rose」のPVがその後のPVの作りを根本から変えてしまったのだ。派手なステージセットを使った疑似ライヴを収めた内容。これを観た多くのキッズがライヴ会場に足を運びたくなるような、レコードを欲しがるような内容。まだBON JOVIは前座で回る事が多かったので、自分達のセットなど持っていない。そう、全てはビデオのためだけのものなのだ。これはある意味賭けだったとも言える。しかし彼等はその勝負に勝ったのだった。

興味深い話をひとつ。このアルバムに収録された「Wanted Dead Or Alive」は、その後のHM/HRシーンのみならず、音楽の流行さえをも決定づけてしまった1曲だ。この曲の大成功により、「HM/HRでのアコースティック・ギターの導入」「カウボーイ的イメージ」というひとつの成功への鍵みたいなものを生みだした。その結果、多くのバンドがこの点を踏まえた上で成功を収めた。POISON、CINDERELLA、WARRANT等々。HM/HRバンドがバラードでヒットするということは一種貧弱なイメージを与えかねない。しかし、成功を目標とするバンドとしては背に腹は代えられない。

そうこうしてるうちに、これに目を付けた業界人もいる。BON JOVIの成功によってアコースティック・ギターが再び脚光を浴びた結果、アコギが再び売れるようになった。そしてMTVは89年に「アンプラグド」という番組を始めた。一流人気アーティストにアコースティック・ライヴをやってもらうのだ。この番組からエリック・クラプトンの大ヒットアルバムも生まれた。事実、この番組のプロデューサーは番組のアイディアとして「Wanted Dead Or Alive」の成功を挙げ、番組第1回目のゲストとしてBON JOVIに出演をオファーしている。しかし彼等が実際に出演するまでには、その後3年を要する事となった。

内容に関しては多くを言うまい。未だにライヴで半数近くの曲が演奏されている事からも判るだろう。あくまでギターを中心に置き、それを見事にフォローアップするキーボード。とにかくギターが前2作とは比べものにならないくらい、いい。音質もクリアだし、適度にヘヴィ。軽すぎず、重すぎず。当時大ヒットしていたブルース・スプリングスティーンの『BORN IN THE USA』やブライアン・アダムス『RECKLESS』をもっとハードにしたような内容で、HRに疎い人にも取っ付きやすい作りとなっている。



▼BON JOVI『SLIPPERY WHEN WET』
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投稿: 2000 10 09 12:00 午前 [1986年の作品, Bon Jovi] | 固定リンク