2017/08/14

NIRVANA『NEVERMIND』(1991)

NIRVANAが1991年9月に発表した通算2作目にしてメジャーデビューアルバム。発売直後はそれほど大きな話題となりませんでしたが、年明け1992年くらいから一気に注目が集まり、気づけば全米1位、全英5位まで上昇。アメリカでは現在までに1000万枚以上、全世界で3000万枚以上も売り上げたメガヒット作であり、同作と同時期に発表されたPEARL JAMのデビューアルバム『TEN』とともに“グランジムーブメント”を一気にブレイクさせた起爆剤です。

思えばNIRVANAを前年末〜同年初頭くらいに知り、西新宿を何度もさまよってついに見つけた1stアルバム『BLEACH』(1989年)を聴くも、そのチープなサウンドと、やりたいことが整理しきれていない作風にギョッとしたのですが、まさかそれから1年経たずに2枚目のアルバムが到着し、その作品にグッと心をわし摑みにされるなんて、当時は考えてもみませんでした。

とにかく1曲目「Smells Like Teen Spirit」からラストの「Something In The Way」まで(さらにその後のシークレットトラック「Endless, Nameless」まで)、一寸の隙もない完璧なハードロックアルバム(と、あえて呼ばせてもらう)。スタイルとしてはパンクなんだろうし、本作がアメリカで初めて1位を獲ったパンク作品というのも頷ける。けど、展開されている楽曲そのものはハードロックだと思うんです。カート・コバーンには悪いけど。

そもそも本作のサウンドメイキングは完全にハードロックのそれだし、前作発表後にバンドに加わったデイヴ・グロール(Dr)の豪快でパワフルなドラミングはHR/HMそのもの。そんな彼がNIRVANA解散後、FOO FIGHTERSで徐々にハードロック色を強めていったのも納得ですね。

だからリリース当時、無条件で本作に手を出し絶賛したメタルファンは少なくなかった。少なくともリリース直後(1991年秋〜冬)、自分の周りにいたメタラーはみんなこのアルバムを気に入っていたよ。

でも、売れに売れて、“グランジ”なるものがそれ以前のメタルシーンを駆逐したことで、状況は一変しちゃったんだけどね。そういう意味では1992年以降しばらくは旧来のメタルファンにとって踏み絵的な作品だったのかもしれない。今じゃそんなことまったくないんだけどさ。

歌詞については、国内盤に付属の対訳やネット上に溢れている翻訳サイトにてご確認を。実際どれが正しい歌詞なのかは不明だし、そもそもが難解なものばかりなので、どこまでカートの意図したものに近いかは不明ですが。

ここで展開された音、歌、歌詞、そしてカートの生き様。あれから26年経った今触れてみても、何かを突き動かすほどのパワーと可能性を秘めた強烈な作品だと思います。本当、僕がここで改めて語るまでないけどね。

最後に余談。当時僕はこのアルバムをまず輸入盤で購入。その後、友人が国内盤を購入したので、ライナーノーツを読みに彼の家に行って、本作を聴いていたんですが……「Something In The Way」終了後に10分の空白があり、そのあとにシークレットトラック「Endless, Nameless」が始まるんだけど、当時の僕はこれにびっくりして。だって、自分が持ってる輸入盤にはこの曲、入ってなかったんだもん。てっきり日本盤だけのボーナストラックなのかと思ってたら、実はファーストプレスにはこのシークレットトラックは未収録だったとのこと。

というわけで、現在我が家には輸入盤ファーストプレス(シークレットトラックなし)、のちに購入した国内盤(シークレットトラックあり)、1992年前半イギリス滞在中に現地で購入したカセットテープ(シークレットトラックなし)、2011年にリリースされたリマスター盤デラックスエディション、そしてアナログ盤の5仕様が存在します(苦笑)。これから聴こうって人は、リマスター化された1枚モノか、貴重なデモ音源や当時シングルなどで聴くことができた定番曲などをまとめた2枚組デラックスエディションをオススメしておきます。



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投稿: 2017 08 14 12:00 午前 [1991年の作品, Nirvana] | 固定リンク

2017/07/09

WARRIOR SOUL『DRUGS, GOD AND THE NEW REPUBLIC』(1991)

知る人ぞ知る?な存在、ニューヨーク出身のハードロックバンドWARRIOR SOULが1991年に発表した2ndアルバム。前年1990年にここ日本でも1stアルバム『LAST DECADE DEAD CENTURY』を発表しているのですが、ちょうどリリース元のGeffen Recordsがここ日本でワーナーミュージックからビクター系へと権利が移ったことで、1枚目はあやふやな扱いになってしまったんですよね。なので、僕自身が彼らをちゃんと知ったのはこの2ndアルバムから。変な話ですが、このアルバムをNIRVANA『NEVERMIND』やPEARL JAM『TEN』あたりと同じタイミングで購入して、並列で聴いてたんですよね(苦笑)。

当時はフロントマンのコリー・クラークを「90年代のジム・モリソン」的に例えるメディアが見受けられましたが、確かにそれも納得してしまうようなルックスとカリスマ性が備わっていたように記憶しています。アルバム自体やTHE DOORSというより、その彼らに影響を受けたイギー・ポップや彼のバンドTHE STOOGESに通ずるものがあり、パンクロックと60〜70年代的ハードロック、そしてサイケ&アートロックを絶妙なバランスでミックスしたような楽曲/サウンドを楽しめるかと思います。

とにかく1曲目「Intro」でのアジテーションからしてカッコいい。終盤の「We are the goverment!」の連呼から、そのまま「Rock & Roll!」のシャウトとともになだれ込む「Interzon」の、デトロイトロック的ワイルドさたるや……ってこれ、JOY DIVISIONのカバーやん! あの曲がTHE STOOGESみたいに生まれ変わってしまうことに驚きですが、これが意外とイケるんですよね。

その後もSOUNDGARDENやPEARL JAMにも通ずるグルーヴィーなロックを聴かせてくれたり、どこか古めかしいメロディ進行&コーラスワークが印象的な楽曲あり、ひたすら疾走する爆走ロックンロールあり、KILLING JOKEあたりにも通ずる“スラッシュメタル的ギターリフ+ニューウェイブ的アレンジ”なナンバーあり……と、HR/HMファンでも存分に楽しめる要素が存分に存在します。逆に、HR/HMは苦手だけどSOUNDGARDENあたりのグランジバンドはいけるって人でも入っていきやすい要素がかなりあるんじゃないかな。

思えばこの時代って、FAITH NO MOREやJANE'S ADDICTION、RED HOT CHILI PEPPERSなども台頭し始め、メタルとそうじゃないオルタナバンド(当時はミクスチャーと呼ばれてしたが)の線引きが曖昧になり始めた時期。WARRIOR SOULはメタル雑誌で紹介される機会が多かったものの、プロモーションの仕方さえ違えば先のFNMやレッチリ、あるいはALICE IN CHAINSやSOUNDGARDENのような方向で扱われていたのかもしれませんね。



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投稿: 2017 07 09 12:00 午前 [1991年の作品, Warrior Soul] | 固定リンク

2017/06/23

MOTORHEAD『1916』(1991)

1991年初春にリリースされた、MOTORHEAD通算9枚目のスタジオアルバム。当時のメンバーはレミー(Vo, B)、フィル・キャンベル(G)、マイケル・ワーゼル・バーストン(G)、フィル・アニマル・テイラー(Dr)。アニマルにとっては本作がラスト作になります。また、本作はバンドがイギリスからアメリカ(ロス)に渡ってから初の作品であると同時に、メジャーレーベルから最初の1枚でもあります。

MOTORHEADという名前を聞いて、多くの人が思い浮かべるのが「ロックンロール」「ハードロック」「ヘヴィメタル」といったところでしょうか。そのカテゴライズで言えば、本作は完全なるロックンロールアルバム。レミーがライブを始める間に言うセリフ「We are Motorhead. We play rock n' roll」がここまでピッタリなアルバムも他にないんじゃないかってくらい、完璧な1枚だと個人的には感じています。

冒頭の「The One To Sing The Blues」から地を這うような、それでいて軽快さも持ち合わせたグルーヴ感のロックンロールを炸裂。続いてい3コードのお約束R&Rナンバー「I'm So Bad (Baby I Don't Care)」、爽快さすら感じさせるメジャーキーの「No Voices In The Sky」、シンプルでストレートな「Going To Brazil」とアッパーな楽曲が連発されます。この時点でもう最高。文句なし。

しかし、アルバム中盤に差し掛かると、それまでのMOTORHEAD史上でもっとも問題作と呼べるような2曲が登場。それがダークなミディアムスロウチューン「Nightmare / The Dreamtime」と、パワーバラードと言えなくもないヘヴィブルース「Love Me Forever」です。前者はそのダークさゆえ、MOTORHEADっぽいと言えますが、後者は8分の6拍子のバラード調。確かに度肝を抜かれますが、よくよく聴くとその構成はLED ZEPPELINの「Dazed And Confused」に近かったりして、要するにこれはMOTORHEAD版ブルースってことなんだろうなと。これもロックンロールなんだと、改めて納得させられた次第です。

後半も、ピアノやブラスを導入した異色のロック「Angel City」やRAMONESへのトリビュートソング「Ramones」などアップチューンが立て続けに繰り出され、最後にタイトルトラック「1916」。しかしこれが、正真正銘のスローバラード。レミーがストリングスをバックに歌うその様は、いわば“MOTORHEAD版「Yesterday」”か。結局、本作がきっかけとなり、彼らはその後も積極的にスローナンバーに挑戦していくことになります……が、そこはMOTORHEAD。せいぜいアルバムに1曲程度の割合なので、個人的にはまったく問題なし。アクセントと思えば気持ちよく聴けるはずです。

僕個人としては、本作がMOTORHEADでもっとも好きなアルバムなんですよね。きっと初めてライブを観たのが、このアルバムでの来日公演だからというのも大きいのかな。まぁそれを抜きにしても、本作は第2次黄金期の幕開けにふさわしい傑作だと思いますけどね!



▼MOTORHEAD『1916』
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投稿: 2017 06 23 12:00 午前 [1991年の作品, Motorhead] | 固定リンク

2017/05/27

MR. BIG『LEAN INTO IT』(1991)

MR. BIGが1991年春にリリースした通算2作目のオリジナルアルバム。前作『MR. BIG』(1989年)発表後、バンドは来日公演を行ったほか、翌1990年には6曲入りミニライブアルバム『RAW LIKE SUSHI』をリリース。1作目こそ海外公演の音源でしたが、これ以降続く『RAW LIKE SUSHI』シリーズは日本公演の模様を収めたものが発表されていくことになります。

さて、本国以上にここ日本で高い人気を誇り、文字通り“Big in Japan”になりつつあった彼らが、次の作品で挑んだのは、エリック・マーティン(Vo)の歌唱力を存分に生かした、より純度の高いソウルフルなアルバムを作ること。そこにポール・ギルバート(G)とビリー・シーン(B)のユニゾン&インタープレイを取り込むことで、歌モノ目線でもプレイヤー目線でも楽しめる、1枚目の延長線上にあるアルバムを作るはずでした。実際、このアルバムの大半の楽曲はそういうものに仕上がっていると思います。

ところが、この時期からポールのソングライターとしての才能が一気に開花。バンマスのビリーが想定していなかった「Green-Tinted Sixties Mind」みたいに、THE BEATLESの影響下にあるポップ色の強い楽曲が上がってきます。と同時に、エリックからもアコースティックバラード「To Be With You」が上がり、この2曲をアルバムに収録するかどうかでバンドは議論になるわけです。結果はご存知のとおり、この2曲は無事収録され、それぞれシングルカットもされることに。このシングル化にはレコード会社の思惑も働いているのではないかと思いますが、最初にシングルカットされた「Green-Tinted Sixties Mind」はイギリスで小ヒットし、ここ日本では好意的に受け入れられたと記憶しています。

で、問題は次のシングルとして発表された「To Be With You」。1991年末にシングル発売されると、翌1992年初頭にかけて全米チャートを上昇していき、気づけばNo.1を獲得。しかも4周連続1位というおまけつき。イギリスでも最高2位という、バンドを代表する1曲になるわけです。

ブルースやソウルをベースにしたハードロックバンドを始めたはずのMR. BIGが、ソングライターとしてのエゴを優先したがために、当初と違った方向でブレイクしてしまう。この成功と引き換えに、バンドはこの先、想像もつかないような苦難の数々に遭遇することになるわけです。

……が、それはまた別の話。純粋にアルバムの内容は素晴らしい以外の言葉が見つからないほど最高です。1曲目「Daddy, Brother, Lover, Little Boy (The Electric Drill Song)」の疾走感と電動ドリルを使ったギター&ベースユニゾンソロ、“これぞMR. BIG”と断言したくなるソウルフルな「Alive And Kickin'」、前述のサイケデリックポップ「Green-Tinted Sixties Mind」、本作中唯一メンバーのペンではない楽曲(のちに作者のジェフ・パリスもレコーディングした)「CDFF-Lucky This Time」、“これぞMR. BIG”その2「Voodoo Kiss」、エリックならではのポップさとバンドのワイルドな演奏のバランスが絶妙な「Never Say Never」、王道歌モノバラード「Just Take My Heart」、もっとも前作の延長線上にあるHRチューン「My Kinda Woman」、冒頭のビリーによる低音Vo含め最高なヘヴィブルーズ「A Little Too Loose」、オープニングのハーモニーから最高なシャッフルナンバー「Road To Ruin」、そして締めにふさわしい「To Be With You」。日本盤にはここにポップだけど疾走感のある「Love Makes You Strong」も加わりますが、とにかく捨て曲なし。発売から26年経ったものの、今聴いても色褪せない名盤だと思います。

確かに1stアルバムで掲げたコンセプトはブレブレですが、そのこだわりを凌駕するほどの傑作。以降の迷走ぶりを考えると複雑な気持ちにはなるものの、このアルバムでの成功(全米15位、100万枚以上の売り上げ。またシングルとしても「Just Take My Heart」が全米16位にランクイン)がなければバンドの寿命はもっと短かったでしょうし、2000年代後半の再始動もなかったと思うのです。

まだ聴いたことない……というHR/HMファンはほぼいないと思われますが、もしいたら悪いことは言いません。今すぐ購入しましょう。



▼MR. BIG『LEAN INTO IT』
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投稿: 2017 05 27 12:00 午前 [1991年の作品, Mr. Big] | 固定リンク

2017/05/22

VAN HALEN『FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE』(1991)

1991年初夏に発表された、VAN HALEN通算9枚目のオリジナルアルバム。『5150』(1986年)からバンドに加わったサミー・ヘイガー(Vo)にとっては、『OU812』(1988年)に続く3枚目の参加アルバムとなります。この時期から米Billboardチャートの集計方法が変わったことで、SKID ROWの2ndアルバム『SLAVE TO THE GLIND』がアルバムチャート初登場1位を獲得しましたが、翌週に発売されたこの『FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE』も続いて初登場1位を記録。「Top Of The World」(全米27位)、「Right Now」(全米55位)と過去2作と比べたら大きなヒット曲は誕生しなかったものの、現在までに300万枚を売り上げる好成績を残しています。

『5150』で“VAN HAGER”と揶揄されるほど、サミー色に染まったVAN HALENでしたが、続く『OU812』はデヴィッド・リー・ロス時代のテイストも復活。一部で「リリースする順番が逆だったらそこまで批判されなかったのに」という声まで上がりましたが、今作ではリスナー側もすでにサミーのカラーに慣れたこともあり、“VAN HAGER 2作品+初期テイスト+α”という独自の路線を貫いています。

ピックアップに電動ドリルを近づけることによって生じるあのサウンドから始まる「Poundcake」を最初に聴いたときは、時期的に(その数ヶ月前に発売された)MR.BIGの『LEAN INTO IT』を思い浮かべたものですが、このダイナミックでひたすらカッコいいアリーナロックを聴けばそんなことどうでもよくなくなるという。そして続くストレートなアップチューン「Judgement Day」のカッコよさたるや。このオープニング2曲の掴みだけで、本作が名作なのは間違いない!と聴き始めた当初確信したのを今でも覚えています。

ダークな「Spanked」な「Pleasure Dome」は過去になかったタイプだし、「Runaround」もいかにも初期VAN HALENにありそうな親しみやすいロックチューン。イントロのギター&ベースのユニゾンからしてクールな「Man On A Mission」、これぞ“VAN HAGER”な「The Dream Is Over」、本作中唯一キーボード(ピアノ)を用いたシリアス調のミドルチューン「Right Now」、メロウな王道ナンバー「Top Of The World」と、とにかく捨て曲なし。従来のVAN HALENらしさを引き継ぎつつも、これまでになかったタイプの楽曲も登場していて、新鮮な気持ちで接することができる。音の質感もこの“適度にヘヴィかつメロディはポップ”という楽曲に合っているから、トータルで50分を超えているのにスルスルと聴き進めることができるんです。

個人的にはVAN HALENの全作品中で一番好きなアルバムが本作。もちろんデイヴ時代の諸作品も捨てがたいし、『5150』もお気に入りなんですが、自分が理想とするロックアルバムはこれかなと思うのです。

バンドは本作を携えたワールドツアーの模様を収めた初のライブアルバム『LIVE: RIGHT HERE, RIGHT NOW』を1993年にリリース(同名の映像作品も発表)。この音源を聴いて、改めて『FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE』での来日公演が実現しなかったことを何度悔やんだことか……。



▼VAN HALEN『FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE』
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投稿: 2017 05 22 12:00 午前 [1991年の作品, Van Halen] | 固定リンク

2017/04/28

PEARL JAM『TEN』(1991)

1991年9月に海外で、ここ日本では翌月10月に発表された、アメリカ・シアトル出身の5人組バンドPEARL JAMの記念すべきデビューアルバム。ストーン・ゴッサード(G)とジェフ・アメン(B)が同じシアトル出身のバンドGREEN RIVERのメンバーだったこと、またPEARL JAMデビュー前年の1990年にアンドリュー・ウッド(Vo)とのバンドMOTHER LOVE BONEで先にデビューしていたこともあって、一部のリスナーからはある程度その名を知られていたようです。MOTHER LOVE BONEに関しては、リリースから数ヶ月後にアンドリューがオーバードーズで他界。その後2人はPERAL JAMの活動を本格化させるわけです。

デビュー時のメンバーはストーンとジェフのほか、マイク・マクレディ(G)、デイヴ・クルーセン(Dr)、そして最後に加わったエディ・ヴェダー(Vo)。ちなみにデイヴはアルバム完成後に脱退し、本作『TEN』に関する活動はすべて後任のデイヴ・アブラジーズ(Dr)が担当しています。

1991年後半というと、メインストリームのロックシーンではMETALLICAがブラックアルバム(『METALLICA』)で天文学的大ヒットを記録し、GUNS N' ROSESが『USE YOUR ILLUSION I』『同 II』の同時リリースでビルボード1、2位を独占とHR/HM界隈がまだまだ幅を利かせていた時期。それとほぼ同タイミングに発売されたのがNIRVANA『NEVER MIND』、SOUNDGARDEN『BADMOTORFINGER』、そしてこのPEARL JAM『TEN』でした。ここに前回取り上げたALICE IN CHAINS、そして上記3作より数ヶ月前に1stアルバムを発表していたSMASHING PUMPKINSなどが加わることで、のちのグランジムーブメントが形成されていくことになります。

グランジと呼ばれるムーブメントに属したバンドの多くは、当時のHR/HMやメインストリームのロックバンドに対する“アンチ商業主義”を信条とするオルタナティヴロックがメイン。ギターリフなどにLED ZEPPELINやBLACK SABBATH、AC/DC、初期KISSなど前時代的ロックからの影響が見え隠れするものの、軸にはるのはメタルよりもパンクロックのテイスト。そこに陰鬱なテイストが加わることで、当時の世相(湾岸戦争以降の不況)を表していた、と個人的には受け取っています。また、ちょうどグランジ勃発期の1世代上に属するSONIC YOUTH、PIXIES、DINASAUR JR.、JANE'S ADDICTIONなどにも共通するカラーがあったように思います。

……と、かなり前段が長くなりましたが、ここからが本編。『TEN』に関するお話です。本作は同時期に発売された『NEVER MIND』や『BADMOTORFINGER』と比べると、いわゆる“オルタナロックっぽさ”が希薄で、ダークな色合いこそあれど全体を覆うテイストは王道のアメリカンロックに近いのではないかという印象があります。それは先に挙げた前時代王道バンド、特にBLACK SABBATHなどからの影響があまり感じられない点、当時のアメリカの世相や社会、生活を切り取った歌詞がありつつも、ラブソングも並列されている点、アルバムのサウンドプロダクションが当時の王道ロック(HR/HM的)に比較的近い点が理由なのかなと考えるわけです。

だから、最初に『NEVER MIND』や『BADMOTORFINGER』と“同じ耳”で接したとき、非常に違和感を感じたし、正直この2枚よりも聴く頻度が低かった。パンクロックとハードロックが持つそれぞれのカタルシスを兼ね備えた前者2枚と比べれば、『TEN』はもっと情緒豊かといった印象ですし。

それが、リリースから数ヶ月後に公開された「Even Flow」のMVで一変した。あのライブ感の強い作風(MVに使われた音源はアルバムとは別テイク)により、バンドの本質が見え始めたわけです。そして「Jeremy」や「Oceans」といった楽曲が次々とシングルカットされ、アルバムを聴き返す機会も増えていき、気づけばハマっていた。もちろんその頃にはアメリカでも爆発的ヒット作となり、ビルボード1位こそ獲れなかったものの(最高2位)、現在までに1000万枚を超えるメガセールスを記録しています。

で、最近このアルバムを何度も聴き返していて感じたことがあって。先にNIRVANAやSOUNDGARDENには「ギターリフなどにLED ZEPPELINやBLACK SABBATH、AC/DC、初期KISSなど前時代的ロックからの影響が見え隠れする」がPEARL JAMにはそれが希薄と書きましたが、それはあくまでリフやアレンジでのお話。実はバンドの軸にある音楽スタイルはLED ZEPPELINなどの前時代王道バンドにもっとも近いのではないか、と気づいたのです。確かにBLACK SABBATH色は皆無ですが、それこそブルース・スプリングスティーンやのちに共演するニール・ヤング、そしてR.E.M.にU2……こういったバンドに並ぶべき資質が、すでにデビュー作の時点から存在していたわけです。ていうか、デビュー作の時点で完成度高すぎだっつうの。

しかし、本作以降のアルバムを聴くと、実は『TEN』で示したスタイルが必ずしもPEARL JAMの本質とは言い切れないのではないか、という現実もあるわけで。事実、2ndアルバム『VS.』(1993年)以降、『TEN』のようなスタイルのアルバムは1枚もありません。それこそAICE IN CHAINSの『FACELIFT』みたいに、“それ以前の活動”と“今やりたいこと”と“その当時の世の中の雰囲気”が奇跡的なバランスで合致した、いわば1991年という時代に“作らされた”デビューアルバムだったんじゃないかと。発売から25年以上を経た、今だからこそ余計にそう感じるわけです。

ちなみに本作は、2009年にブレンダン・オブライエンがリミックスを手がけたリイシュー盤も発売。より生々しく生まれ変わった再発盤は、どちらかというとその後のPEARL JAMに通ずるものがあるので、機会があったらぜひ聴き比べてみてください。



▼PEARL JAM『TEN』
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投稿: 2017 04 28 12:00 午前 [1991年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク

2017/02/17

SKID ROW『SLAVE TO THE GRIND』(1991)

デビューアルバムがバカ売れし、BON JOVIやMOTLEY CRUEのオープニングアクトから自身のヘッドライナーツアーへと移行すると、各地で大盛況。ところが、セバスチャン・バック(Vo)のトラブルメイカーぶりが各地で発揮され、一悶着起こして別の意味で話題になります。その矛先はバンドをデビューへと導いたBON JOVIへと向けられ険悪な雰囲気に。

そんな状況下で制作されたのが、1991年6月にリリースされた2ndアルバム『SLAVE TO THE GRIND』です。前作『SKID ROW』では“パンクマインドでHR/HMを鳴らして”いましたが、本作ではパンクマインドがより肥大し、鳴らすサウンドもHR/HMよりも激しさを増しすという“Too much”な内容に仕上がっています。

サウンド的にも、よく整理されていて聴きやすかった前作から一変、より生々しさが増し、ドラムは前のめり感が強く、ギターも極力オーバーダビングされていないような印象を受けます。そしてボーカルの無軌道感……決まったメロディをしっかり歌うのではなく、感情の赴くままに歌い叫び、多少音程が外れようが気にしないし直さない。“Well-made”感が強かった前作とは真逆の、 “録って出し”感濃厚な仕上がりなのです(とはいえ、そこはマイケル・ワグナーの手腕によるものも大きく、実はギリギリのバランス感で成り立っているようにも聴こえます)。

楽曲的にもヘヴィブルースという呼称がふさわしい「Monkey Business」から始まり、“SKID ROW版「Ace Of Spades」”の呼び名がぴったりな「Slave To The Grind」、グルーヴィーな「The Threat」、前作でのバラードとはひと味違ったヘヴィさを持つ「Quicksand Jesus」と、1stアルバムの硬派な部分をより煮詰めたようなナンバーばかり。そこに直球すぎるタイトルの「Get The Fuck Out」や「Riot Act」といった疾走パンクチューン、のちのMETALLICA、PANTERAにも通ずるミドルヘヴィナンバー「Mudkicker」、ドラマチックな王道パワーバラード「Wasted Time」など緩急に富んだ楽曲が加わることで、“どこか一辺倒な雰囲気なのに、なんだかんだ最後までスルッと聴けてしまう”不思議な魅力を作り上げることに成功しています。

実はこのアルバムの発売タイミングからビルボードの集計方法が変わったことで、この『SLAVE TO THE GRIND』はアルバムチャート初登場1位という快挙を初めて成し遂げることになります。今では当たり前のような「初登場1位」を初めて獲ったのが、実はHR/HMアルバムというのも非常に興味深い話ですね。本作からはシングルヒットに恵まれず、唯一「Wasted Time」が全米88位にチャートインしたのみ。いわゆる“4 letter word”(Fuck だのShitだの下品な言葉)を多用した歌詞が多かったことでラジオから敬遠されたものの、アルバム自体は200万枚を超える数字を残しました。また、本作リリース後はPANTERAやSOUNDGARDENを前座に迎えてヘッドライナーツアーを行っていたのも、このアルバムを聴けばなるほどと頷けてしまいます。



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投稿: 2017 02 17 12:00 午前 [1991年の作品, Skid Row] | 固定リンク

2017/01/20

GUNS N' ROSES『USE YOUR ILLUSION II』(1991)

アクセル・ローズ(Vo)、スラッシュ(G)、ダフ・マッケイガン(B)を含む編成でのGUNS N' ROSES来日公演が明日1月21日からスタートということで、昨日から『USE YOUR ILLUSION I』および『USE YOUR ILLUSION II』の全曲解説を行っております。今日は『USE YOUR ILLUSION II』のほうを紹介していきます。

青&紫を基調としたジャケットの『USE YOUR ILLUSION II』は、デビュー作『APPETITE FOR DESTRUCTION』(1987年)に続く全米1位獲得作品。現在までにアメリカだけで600万枚近いセールスを記録しています。

M-1. Civil War
アルバム発売前年の1990年、コンピレーションアルバム『NOBODY'S CHILD: ROMANIAN ANGEL APPEAL』に初収録された8分近いヘヴィな大作。制作時期的にこの曲のみ、前年ドラマーのスティーヴン・アドラーが叩いています。スラッシュのアルペジオとアクセルの口笛から始まるこの曲は、のちの『USE YOUR ILLUSION』での変化を告げる予告編的楽曲で、ディジー・リード(Key)が初参加したナンバーでもあります。すべてはここから始まったんですね。なお、この曲は日本や一部の国でシングルカットされました。

M-2. 14 Years
『〜ILLUSION I』収録の「Dust N' Bones」に続く、イジー・ストラドリン(G)がボーカルを務めるレゲエ調ミディアムチューン。この軽やかなノリはHANOI ROCKSあたりにも通ずるものあり。イジー脱退後はライブで披露されることはありませんでしたが、たまにイジーがゲスト参加した際には演奏されたりもします。

M-3. Yesterdays
アーシーなノリを持つミディアムナンバー。アメリカでは「November Rain」に続く、『〜ILLUSION』から最後のシングルカットとなり最高72位を記録しました。特筆すべき点はないんですが、まぁアクセルのボーカルがすべてかなと。

M-4. Knockin' On Heaven's Door
デビュー時からライブでたびたび演奏されてきたボブ・ディランの名曲カバー。80年代はもうちょっとアップテンポでストレートなアレンジでしたが、新たにレコーディングするに伴いゴスペルテイストのアレンジが加えられています。ライブでは長めのコール&レスポンスが入り、演奏が10分近くに及ぶことも。この曲が始まると、ライブもそろそろエンディングかなと気づかされるという、終盤に欠かせない1曲。ライブではスラッシュがギブソンのダブルネックギターを弾くことでもおなじみです。

M-5. Get In The Ring
アクセル、スラッシュ、ダフの3人のみで書かれた珍しい1曲。とはいえ、歌詞はアクセルによる音楽評論家に向けた恨みつらみを並べた非常にアレなナンバー。ライブでは演奏されたことはない……はず。まぁこんなパーソナルな曲をライブで披露されても、お客はポカーンですよね(笑)。

M-6. Shotgun Blues
「Get In The Ring」からの熱いノリを引き継ぐ、アップチューン。ちょっとAC/DCっぽくもあり、アクセルとダフのツインボーカルもいい感じ。非常にライブ向きにも関わらず、こちらも実際に披露される機会はほぼゼロ。惜しい。

M-7. Breakdown
カントリーっぽい雰囲気がある、60年代末のROLLING STONESっぽさもある7分もあるダイナミックなナンバー。スローに始まったかと思えば、バンド演奏が加わるとテンポが倍になる小気味良さがたまらない。それまでのガンズにはなかったタイプなだけに、このへんはライブでも演奏してもらいたいんだけど……その機会もほぼゼロ。勿体ない。

M-8. Pretty Tied Up
イジー単独で書かれた、どこか東洋っぽさが漂う1曲。シタール風ギターサウンドと刻む系のリフ、前曲「Breakdown」から引き継ぐ60年代末STONESっぽさと、アルバムとしてもこのへんはすごくいい流れだと思います。演奏される頻度は意外と高めなので、覚えておくといいかも。ただ、サビを一緒に合唱するタイプの楽曲ではないけどね。

M-9. Locomotive (Complicity)
イントロのベースラインが「Locomotion」のリフに似てること、SLを彷彿とさせるるギターリフからこういうタイトルになったのかな。実は9分近くもあるこの曲のダーク&サイケさ、サビでの調子を狂わされるリズムの刻み方がクセになるんですよね。『〜ILLUSION』2作の中でも1、2を争うお気に入りナンバーです。せっかくダフが復活したのだし、このへんも久しぶりに演奏してほしいなぁ。

M-10. So Fine
ダフがメインボーカルを担当するパンクバラード。イジー脱退後、「Dust N' Bones」「14 Years」の代わりにダフがこの曲と、のちに『THE SPAGHETTI INCIDENT?』(1993年)に収録される「Attitude」(MISFITSカバー)を歌ったのも今は昔。この曲はまた復活してもいいんじゃないかなと思ってるんですが、どうでしょう?(アルペジオが「Knockin' On Heaven's Door」に似てるのだけは玉に瑕だけど)

M-11. Estranged
「November Rain」にも通ずる劇的なアレンジを持つ、9分半もの大作。序盤はアクセルがピアノを弾きながら歌い、演奏が盛り上がるにつれてステージを動き回ることでもおなじみ。異なる楽曲の断片をいくつも合体させたような奇妙な楽曲で、個人的にはそこまで印象に残るものではないかな。ただ、ライブでは毎回必ずといっていいほど演奏されるので、予習しておくといいかと。

M-12. You Could Be Mine
アルバムに先駆けてシングルリリースされたナンバーで、映画『ターミネーター2』の主題歌に採用。「Civil War」以来の新曲、シングルとしては2年以上ぶりということもあってかなり期待されていたのですが、結果は全米29位という中ヒットで終わりました。曲調自体は「Nightrain」の延長上にあるカッコいいものだったので、たぶん歌詞がいけなかったんだと思う。元嫁に対する怒りをそのまま歌詞にしただけだもんなぁ……このアルバム、そんなアクセルの個人的感情がストレートに表現された楽曲が多いのも特徴。だからなのか、リリース後も演奏されない楽曲が多いんですよね。

M-13. Don't Cry (Alternate Lyrics)
『〜ILLUSION I』収録の「Don't Cry」を、歌詞と歌メロを変えた別バージョン。原曲自体が活動初期から存在するものなので、気分転換に別バージョンを作ってみました的なノリなのかなと。こちらのバージョンでライブ演奏されることがないことから、そこまで気に入ってないことが伺えます。

M-14. My World
アクセルの歌と打ち込みのみで表現される、1分半のショートナンバー。ヒップホップに挑戦してみました的軽いノリで制作された、完全にお遊び曲。「Don't Cry」の中途半端な別バージョンと、中途半端なお遊びヒップホップで終わる構成からも、「アルバムの曲順、本気で考えてねーだろ?」ってことが見え見えですね。


以上、CD2枚で30曲、トータル2時間半というボリュームですが、これは2枚組にしないで正解だったのかな。曲調のバランスがまちまちで(『I』にパンキッシュな疾走ナンバーが集まり、バラード寄りが『II』に集まった)、聴く人によって好みが分かれるかも。そういう意味では、2枚組にすればバランス良かったのかもしれない。でも、リリース当時に2枚続けて一気に聴いたときに感じた熱量と興奮は、今でもよく覚えてます。あの感覚を1991年9月に味わえたことは、自分にとって大きな宝だと思ってます。

さて、今回の来日公演では『〜ILLUSION』2枚から何曲演奏されるのか。レア曲は飛び出すのか。今から楽しみにしておきましょう。

P.S.
この記事はずいぶん前に書いたものなのですが、昨日の『〜ILLUSION I』全曲解説公開後に、『〜ILLUSION』および本作のミックスを担当したビル・プライスの逝去が発表されました。昨年12月22日にお亡くなりになっていたとのこと。改めて72歳という年齢にも驚かされました。故人のご冥福をお祈りいたします。



▼GUNS N' ROSES『USE YOUR ILLUSION II』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD

投稿: 2017 01 20 12:00 午前 [1991年の作品, Guns N' Roses] | 固定リンク

2017/01/19

GUNS N' ROSES『USE YOUR ILLUSION I』(1991)

いよいよ開催まで数日に迫ったアクセル・ローズ(Vo)、スラッシュ(G)、ダフ・マッケイガン(B)を含む編成でのGUNS N' ROSES来日公演。彼らについては本サイトの過去記事(カテゴリー「GUNS N' ROSES」をクリックしてもらえれば、とみ宮時代のものからすべて読むことができます)を参考にしてもらって……と思ったら、まだ取り上げてないアルバムがあることに気づきました。

そう、1991年のアルバム『USE YOUR ILLUSION』です。

1stアルバム『APPETITE FOR DESTRUCION』はもちろん大事だけど、今回の来日公演を観る上で同じくらい重要なのが、2枚同時リリースで当時大きな話題となったこの『USE YOUR ILLUSION』だと思っています。なので、今日と明日の2日間にわたってこの『USE YOUR ILLUSION I』および『USE YOUR ILLUSION II』を全曲解説という形で徹底的に紹介したいと思います。

まずは黄色と赤のコントラストが非常に印象的な『USE YOUR ILLUSION I』からです。本作は全米2位(1位は『USE YOUR ILLUSION II』でした)でチャート初登場し、現在までにアメリカだけで600万枚近いセールスを記録しています。

M-1. Right Next Door To Hell
アルバムのオープニングにぴったりな、疾走感あふれるファストチューン。リリース前に行われたツアーではオープニングで披露される機会も多かったこの曲、アルバム発表後はほとんど演奏されてないんじゃないでしょうか。ギターソロに入る前の、アクセルの「Fuck You!」のスクリームが本当にカッコいい1曲。ぜひ一度、生で聴きたい。

M-2. Dust N' Bones
日本にも同名バンドがいましたが、間違いなくここから取られたと思われ。イジー・ストラドリン(G)がリードボーカルを担当する、今や演奏される機会のないクールなロックナンバー。イジーがメインとはいえ、アクセルとのツインボーカル的な作風で、なんだかんだでアクセル目立ってます。アルバムとして聴くと1曲目からの落差が激しいですが、これはアクセルによると「できてる曲を全部詰め込んだから、曲順とか考えてねえ!」から。そういう意味では『USE YOUR ILLUSION』の2枚ってアルバムとしての完成度はそれほど高くないんですよね。

M-3. Live And Let Die
ポール・マッカートニーのWINGSが70年代に発表した、映画『007 死ぬのは奴らだ』の主題歌カバー。比較的原曲どおりのアレンジで、ちゃんとオーケストラサウンドも取り入れてるのに、微妙にギターで再現してるパートもあったりで、原曲を知る人なら思わず意表をつかれるんじゃないでしょうか。リリース後は毎回必ずといっていいほどライブで演奏される1曲。アルバムからの3rdシングルとして発表され、全米33位を記録しました。

M-4. Don't Cry
『APPETITE FOR DESTRUCTION』レコーディング時から存在したバラードナンバー。ブートレッグで当時のスタジオセションを聴くことができるのですが、初期バージョンはもっとスローで、どことなくHANOI ROCKSっぽさが漂ってました。「You Could Be Mine」に続いてシングルカットされ、全米10位まで上昇しました。この曲は最近もたまにライブで演奏されますが、その際には初期バージョンに近いテンポで披露されることが多いです。

M-5. Perfect Crime
ひたすらヒステリックなボーカルが耳に残る疾走系ショートチューン。「Right Next Door To Hell」をもっと激しくしたようなイメージ。この曲はアルバムリリース前によく演奏されていましたが、発売後はほとんど演奏されてない模様。今度の来日では、こういった曲を突然プレゼントするようなサプライズに期待したいですね。

M-6. You Ain't The First
アコースティック編成で演奏される、肩の力抜けまくりのカントリーナンバー。『GN'R LIES』(1988年)があったからこそ生まれたと言えなくもない、お遊び的1曲かな。

M-7. Bad Obsession
マイケル・モンローがハーモニカでゲスト参加した、ホンキートンク調ロックンロール。スラッシュのスライドギターとマイケルのハーモニカ、そこに絡むディジー・リード(Key)のピアノの組み合わせが最高にカッコいい。こういう曲は『APPETITE〜』期に演奏してたらもっとルーズだったんだろうけど、新加入のマット・ソーラム(Dr)のタイトなリズムによって硬質な仕上がりに。そこだけが残念すぎる。とはいえ、『USE YOUR ILLUSION』ツアーでは見せ場のひとつとなった曲でもあるので、記憶に残っているファンも多いのでは?

M-8. Back Off Bitch
この曲も『APPETITE〜』セッション時には存在した1曲。デビュー時期のライブでも披露されることが多く、ブート映像で確認できるはず。確かに1stアルバムに入っていても違和感ない作風で、新境地ナンバーが多い『USE YOUR ILLUSION』の中では不思議と安心感のあるナンバーかも。

M-9. Double Talkin' Jive
ライブではスラッシュのギターソロへとつなぐ役割を持つ、疾走ナンバー。しかし抑揚を抑えたアクセルのボーカルのせいもあって、不思議と高揚感を感じない。『USE YOUR ILLUSION』ではこういう、アクセルのロウトーンボイスを多用した楽曲がいくつか含まれており、そういった楽曲が今までにない雰囲気を作り上げています。この曲は最近のツアーでも演奏されているみたいなので、予習しておくといいのではないでしょうか。

M-10. November Rain
『USE YOUR ILLUSION』からの4thシングルにして、同作からもっともヒットしたシングル(全米3位)。原曲は『APPETITE〜』セッション時から存在していましたが、時期によってアレンジがころころと変わっているのがこの曲の特徴。アコギだけのバージョン、ピアノの入ったバージョン、歌メロ構成も現在のような「Do You Need Someone〜」パートがないバージョンなどさまざまで、完成までに試行錯誤したことが伺えます。にしても、完全版が9分という長尺で、なおかつオーケストレーションを含む“全部乗せ”だったのには、さすがに笑いましたが。「まとめる気、なくなったのかよ!」って(苦笑)。まぁ、曲自体は悪いわけはなく、特に中盤と終盤のスラッシュによるギターソロのドラマチックさは特筆に値するものだと思います。

M-11. The Garden
アリス・クーパーをゲストに迎えた、怪しい雰囲気を醸し出すミディアムナンバー。アクセルが歌う平熱感の強い平歌パートと、アリスが歌い出してから急に演奏が激しくなるパートとの落差が気持ちいいかな。ライブではあまり披露されないけど、これはこれでいいんじゃないでしょうか。

M-12. Garden Of Eden
「Garden」つながりで、再び3分に満たない疾走系ショートチューンの登場。言葉を詰め込むように歌うアクセルのボーカルがすべてかな。この曲はMVの印象が強いので、そちらと合わせてお楽しみいただけるといいんじゃないでしょうか。

M-13. Don't Damn Me
曲調的には『APPETITE〜』路線と『〜ILLUSION』路線の中間といった印象。リフやアレンジは前者で、アクセルの字余りっぽい言葉詰め込み型ボーカルが後者。中盤でスローテンポになるアレンジも、フックが効いていて面白いと思います。ライブで演奏されたことあるんだっけ?ってくらい、レア度の高い1曲。

M-14. Bad Apples
ファンキーなギターワークと、刻むようなピアノが心地よいロックンロールナンバー。メロディという概念を無視したアクセルのボーカルは、もはや唯一無二のもの。それでいて、サビはキャッチーなんだから恐れ入ります。90年代には何度か演奏された記憶があるけど、21世紀に入ってからはほぼゼロじゃないかな?

M-15. Dead Horse
アクセルのアコギと歌で静かに始まり、途中でバンドの演奏でメリハリをつけるワイルドな楽曲。そこまで煮詰められたアレンジというわけでもなく、シンプルっちゃあシンプルな1曲。全部アクセルの歌で引っ張ってるイメージかな。

M-16. Coma
『USE YOUR ILLUSION I』のクライマックスと呼ぶにふさわしい、10分超の大作。楽曲としては決して複雑なものではなく、幾つかのパートを繰り返すのみなんだけど、不思議な魅力があって最後まで惹きつけられてしまう。アクセルの歌とスラッシュのギター、中盤の静かめになるパートでのダフのベースなど見どころ、聴きどころ多し。最近もたまに演奏しているようなので、日本でも披露されることを願っております。



▼GUNS N' ROSES『USE YOUR ILLUSION I』
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投稿: 2017 01 19 12:00 午前 [1991年の作品, Guns N' Roses] | 固定リンク

2016/12/16

BRYAN ADAMS『WAKING UP THE NEIGHBOURS』(1991)

1987年春に発表した5thアルバム『INTO THE FIRE』がその前のメガヒット作『RECKLESS』には遠く及ばない小ヒット作で終わってしまい、一部ファンの間では「終わった」なんて囁かれていたブライアン・アダムス。しかし、ここ日本では1988年1月に武道館5DAYSを含む大々的なジャパンツアーを成功させ、1989年末にも東京ドームでのカウントダウンイベントで再来日して好調ぶりをアピールしたのでした。

そんなブライアンの運命を変える1曲が、1991年夏にリリース。それが映画『ロビン・フッド』の主題歌に起用された王道バラード「(Everything I Do) I Do It For You」でした。この曲は全米7週連続1位、全英では16週1位というギネス記録を樹立しました。そんなメガヒット曲に続いて発表されたのが、4年ぶりのオリジナルアルバム『WAKING UP THE NEIGHBOURS』です。

「(Everything I Do) I Do It For You」を含む本作のプロデュースを手がけたのは、古くはDEF LEPPARD『PYROMANIA』『HYSTERIA』のプロデューサーとして知られるジョン・マット・ラング。あの印象的なビッグサウンド&コーラスが全面的に導入され、楽曲自体もどこかDEF LEPPARDをイメージするミディアムテンポが中心。泣きのバラード「Do I Have To Say The Words?」なんて「Love Bites」のアレンジをそのまま流用したんじゃないかってくらい激似ですし。確かに前作での渋さや暗さは皆無で非常に明るさに満ちていますが、初期の溌剌とした疾走感が減退したことで昔からのファンからは異論を唱える声もあったほどです。

しかし、数字の上では全米6位、全英1位という好成績を残しています。売り上げも『RECKLESS』に匹敵する記録で、シングルも先の「(Everything I Do) I Do It For You」以降「Can't Stop This Thing We Started」(全米2位)、「There Will Never Be Another Tonight」(同31位)、「Though I'd Died And Gone To Heaven」(同13位)、「Do I Have To Say The Words?」(同11位)とヒット曲を連発。ここ日本では1992年2〜3月に大掛かりなアリーナツアーを開催したほか、翌1994年2月には一夜限りの武道館公演のために再来日も果たしました。

40オーバーの方々にとっては「ブライアン・アダムスといえば『RECKLESS』」かもしれませんが、それよりちょっと下の世代から「ブライアン・アダムスといえば『WAKING UP THE NEIGHBOURS』」という声が聞こえてきたとしても不思議ではないほど、『RECKLESS』以降の彼を代表する1枚と言えるでしょう。ただ、1曲1曲の完成度が異常に高いものの、全15曲74分という収録内容はちょっとやりすぎかなと。あと3曲削って60分以内にまとめてくれたら、もっと親しみやすいアルバムになったんじゃないかな。さらに、ロックアルバムという点にこだわったとしたら、全10曲でもいいくらい。という意味では、ブライアン・アダムスが本気でポップスと向き合った最初の1枚だったのかもしれませんね。



▼BRYAN ADAMS『WAKING UP THE NEIGHBOURS』
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【BRYAN ADAMS ディスクレビュー一覧】
『Into The Fire』(1987)
『WAKING UP THE NEIGHBOURS』(1991)

投稿: 2016 12 16 02:00 午前 [1991年の作品, Bryan Adams] | 固定リンク

2006/02/06

DANGER DANGER『SCREW IT!』(1991)

 DANGER DANGERって名前を覚えてる人が果たしてどれくらいいるのか判りませんが、とにかく未だに現役な彼等、今週末に来日公演を行うそうでして。ちなみにどれくらい振りかというと、今回紹介する2ndアルバム「SCREW IT!」に伴うツアー(1991年末)以来なので、約14年振りってことになりますね‥‥凄いなそれ。

 オフィシャルサイトを観ると、このアルバム以降も結構な枚数出してることが判るんですが‥‥自分の覚えてる記憶だと、このアルバムをリリースした後、時流に乗ったヘヴィなアルバムをレコーディングしたもののメンバー同士で衝突し、結果ボーカルのテッド・ポーリーとギターのアンディ・ティモンズが脱退、ソロシンガーとして活躍してきたポール・レインが加入して2003年頃まで活動してきたようです(「ようです」というのは、今回そこまで彼が在籍していたことを初めて知ったから)。そして2004年にテッド・ポーリーが出戻り、今回はテッドを含む編成での来日となるわけです。現在はキーボードのいない4人編成で、ギターもアンディ・ティモンズではありません。だから‥‥最初はちょっと行きたいなーって思ったんですが、やっぱりテッドがいた時代の初期2作を演奏するにしても、アンディのギターがないとなぁ、とか、やっぱりこのバンドはキーボードが入らないと味気ないよなー、とかいろいろ思うことがあるわけですよ。そういう意味では‥‥3rdアルバム以降の楽曲も沢山やるってことなのかもしれませんけどね。

 さて。先日たまたま店頭でこのアルバムと再会しまして。1stアルバムは昨年末に入手してたんですが(その頃はライヴ行く気になってたので)、2ndだけなかなかお目にかかる機会がなくて。ま、中古盤目当てだから余計ですけどね。リリース当時、買っていたんですが‥‥どうにも散漫な印象があったんですよ、あの頃聴いた時は。曲数が異常に多い(インターミッションやインスト併せて17曲)こともあって、当時はそんなに進んで聴く作品じゃなかったんですね。あと、1991年9月というタイミングも悪かったんだよなぁ‥‥その前後にSKID ROW、METALLICA、GUNS N'ROSESといったバンドが軒並みヒットチャートのトップを飾り、更にそれに代わるかのようにNIRVANA、PEARL JAM、SOUNDGARDENといったバンド達が台頭し始め‥‥FIREHOUSEやNELSONといったバンド達にとって非常に苦しい時代に突入してったわけ。勿論このDANGER DANGERもその仲間なんだけど(だから彼等が次作でヘヴィ路線に移行してったのも判らないではない)。

 で、14年振りにこのアルバムを聴いてみた感想ですが‥‥

 これがね、「あれっ、こんなに良いアルバムだっけ!?」っていう。ホント、よく出来たハードポップ/ポップメタルですよね。特に有名なプロデューサー/エンジニアを使ったわけでもなく、メンバー主導で制作された、いわば「エゴの塊」的な作品とも言えるんですが(だからギターのインスト曲もあれば、最後にラップ調の変な曲も入ってる)、当時散漫と感じたそういう要素も時代が1周以上したせいか、非常に新鮮で、尚かつ素直に受け入れられるんですよ。逆に‥‥今のこの時代に、ここまで素直に「良い曲」をカッコ良く聴かせてくれるハードロックバンドって少ないじゃないですか。上に挙げたようなハードロックバンドは現在も活動してたりしますが、既に音楽性は当時と今とでは比較しようがない程に変化してしまってるバンドもいますし(特にSKID ROWな‥‥)。そういう意味で、やっぱり懐かしさを越えて新鮮に聴こえるんですよね。

 タイミングがあと1年早かったら、"Monkey Business" や "Beat The Bullet"、"Crazy Nites" のようなロックナンバー、そして "I Still Think About You" や "Find Your Way Back Home" のようなパワーバラードが全米シングルチャートの上位入りしてたはずなんですよね‥‥それこそFIREHOUSEやSLAUGHTER、WARRANTのように。レコード会社のプロモーションが中途半端になってしまったことも大きいし。何せ湾岸戦争の後でツアーを縮小されたり、こういう類のロックよりもよりストリート感覚の強いサウンドの方が受け入れられやすい状況に変化していく過程でリリースされてますからね、このアルバム。ホント、勿体ない‥‥

 日本では一時期、"Crazy Nites" がバラエティー番組やスポーツ番組で頻繁に使われてたし、某女性シンガーがまんまパクったりする程人気があったりするんで、もしかしたら聴いてみたら「‥‥あ、知ってるかも?」ってなるかもしれませんね。BON JOVIの「SLIPPERY WHEN WET」や「NEW JERSEY」、FIREHOUSEの初期3作、NELSONの1st、WARRANTの初期2枚をこのご時世に楽しんで聴けるって人、オススメですよ。そういうアルバムです。



▼DANGER DANGER「SCREW IT!」(amazon

投稿: 2006 02 06 01:26 午前 [1991年の作品, Danger Danger] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/08/16

LOUDNESSの'90年代前半作品、USにて初リリースに。

 最近、「Wounded Bird」っていうレーベルから'80年代の名盤が再発されてるんですよ。例えばWINGERの2ndとか3rdENUFF Z'NUFFの廃盤だった2nd辺りが最近ここから再発されたりしてて。

 んでこのレーベル、調べると「Atlantic Records」周辺のものしか再発してないのね。どうやらその辺の傘下みたいで、廃盤モノの再発専門レーベルのようです。ソニーでいうところの「Legacy」みたいな感じ?

 でさ。最近このレーベルから、日本のLOUDNESSのUS未発売だった時期の作品がまとめてリリースされてるんですよ。これは再発とは言わずに、初US盤化ってことになるのかしら。既にこの時期のLOUDNESSは海外での契約はなかったはずで、非常にドメスティックな活動だったのね。歌詞も日本語ものがポツポツと復活し出した頃だし(ま、アルバムに1〜2曲程度?)、そりゃ海外でのリリースはキツイよな、と。音楽的にも「THUNDER IN THE EAST」の頃とは全く違うバンドになっちゃってるし。

 来月、現オリジナルメンバーによる最新作「RACING」の英語版ヨーロッパでもリリースされるけど、これを機に再評価とか起こるんでしょうか。そういえば去年だったっけ、ヨーロッパのフェスにLOUDNESSがスペシャルゲストとして呼ばれたのって。その辺の影響もあるのかしら。

※アルバムタイトル前の「○」が過去USでのリリースあり、「●」は今回USで初出となるアルバム。



○THUNDER IN THE EAST('85年)amazon
‥‥USデビュー盤。ビルボードのアルバムチャートの74位にランキングしたことで有名。"Crazy Nights" のイメージが強いんだけど、この曲はそれまでの彼等らしくない、非常にアメリカンなミドルヘヴィチューンなのよね。全体的にその辺を意識した曲作りになってるので、当時は賛否あったように記憶してます。



●8186 LIVE('86年/US未発売)amazon
‥‥デビュー5周年記念の代々木体育館ライヴを収録した2枚組ライヴ盤。ライヴ盤としては通算2作目だけど、とにかくベスト選曲なので当時よく聴いた記憶が。



○HURRICANE EYES('87年/USバージョン)amazon
‥‥「Atlantic Records」からのUSリリース第3弾。"S.D.I." のイメージが強いけど、実は "This Lonely Heart" や "Rock'n'Roll Gypsy"、"So Lonely" 等、非常にポップなメロを持った曲が多い意欲作。日本では後に「日本語バージョン」のアルバムも製作されましたっけ。



○SOLDIER OF FORTUNE('89年)amazon
‥‥'88年に二井原脱退、更にワールドワイドな活動を目指すためにアメリカ人シンガー、マイク・ヴェセーラを迎えて製作されたUSリリース第4弾。が、歌詞やメロディ自体は二井原在籍時には完成していたもので、マイクはそれに沿って歌っただけのよう。だからなのか、我々日本人にも取っつきやすい、メロディアスなハードロックを聴かせてくれます。売れなかったけど、アメリカでの評価はかなり高いようです。



○ON THE PROWL('91年)amazon
‥‥マイク加入後2作目にしてUSリリース第5弾。デビュー10周年記念と称して、過去の代表曲を当時のメンバーで再録音。勿論原曲が日本語の歌詞は全部英語に。何故か "Crazy Nights" や "Loudness"、"Crazy Doctor" といった王道が選ばれてない。"In The Mirror" とか "Sleepless Night" 等の出来はなかなか。他に新曲が幾つか入ってるけど、これは微妙。正直、「SOLDIER OF FORTUNE」がウソみたい。そういう意味でも非常にアメリカン。ただ、その割りには海外で全然話題にならなかったようだけど。



●LOUDNESS('92年/US未発売)amazon
‥‥マイクが'91年夏のUSツアー後脱退(ていうか半ばクビ)、更にオリジナルメンバーの山下(ベース)まで脱退し窮地に立たされるも、MASAKI(元E.Z.O./Vo)とTAIJI(元X/Ba)の加入で「ある意味」過去最高のメンツになってしまった、このメンバーによる唯一のオリジナル盤。当時はスポーツ新聞にも大きく取り上げられたよね、TAIJI加入で。でも音はLOUDNESSというよりもE.Z.O.に近い気が。ボーカルのせいか。そして全然Xぽくない。両バンドが好きだった者としては複雑だった。当然、このアルバムのツアーは結構な数追っかけたよ。



●ONCE AND FOR ALL('94年/US未発売)amazon
‥‥上記「LOUDNESS」リリース時のツアーを収録したライヴ盤。当然メインは「LOUDNESS」収録曲なんだけど、このライヴ盤の本当の凄さはMASAKIが "Crazy Doctor" や "S.D.I" を歌う以上に、LOUDNESSとしてE.Z.O.の "House Of 1,000 Pleasures" をプレイしてる事実でしょうか。演奏は粗いけど、それ以上の価値はあると思うよ。



●HEAVY METAL HIPPIES('94年/US未発売)amazon
‥‥案の定TAIJIがすぐに脱退して、しかもドラムの樋口まで脱退。MASAKIも一時脱退という半ば解散状態の中、出戻りMASAKIと共に製作された1枚。ドラムにはMasakiの盟友、本間大嗣(元E.Z.O.、現在はANTHEM)を迎え、ベースは高崎自らが弾いてる。非常にサイケでヘヴィな1枚。今聴いてもLOUDNESSには聞こえない。多分E.Z.O.が続いてたらこういう路線に行っちゃったのかなぁ、という気も。



●LOUD'N'RAW('95年/US未発売)amazon
‥‥「HEAVY METAL HIPPIES」リリース後のクラブツアーを収めたライヴ盤。ベースはアルバム完成後に加入した(当時)元ANTHEMの柴田直人。曲がアレなので勿体ない気がするけど‥‥聴きどころは、DEEP PURPLEの "Speed King" のカバーかしら。あと、やっぱりMASAKIには "S.D.I" は歌いこなせないと思う。宝の持ち腐れだよな、双方にとっても。


 「LOUDNESS」以降の、ワーナー在籍時のオリジナル盤とライヴ盤が海外初リリースとなるわけね。ま、E.Z.O.のファンって海外にも多いだろうから、そういう意味での需要はあるだろうね。そして、どういう評価を受けるのかが気になるところ。

 そういえばAmazonで、「LIGHTNING STRIKES」('85年のUSリリース第2弾)のみ見つからないよ。って思ったら、このアルバムだけ再発されてないでやがんの。確かに俺の中でも一番微妙な1枚なんだけどね。

 ‥‥考えてみたら、E.Z.O.のアルバムも紙ジャケ・リマスターでこの春に再発されたけど、当のMASAKIは何してるんでしょうか‥‥ニューヨークにいるんだっけ? もっと活発に音楽活動やって欲しいんだけどなぁ‥‥難しいだろうけど。

投稿: 2005 08 16 08:47 午後 [1985年の作品, 1986年の作品, 1987年の作品, 1989年の作品, 1991年の作品, 1992年の作品, 1994年の作品, 1995年の作品, Loudness] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/07/10

寝る前にこれ聴け!(2)

 微妙にまたドタバタしとります。つーわけでお茶を濁すわけではありませんが、またこのコーナーの更新をば。メタルに興味ない人スマン。けどマジで今、俺の中で十数年振りにメタルが盛り上がってるもんで‥‥ま、聴いてるのは全部10代半ば〜20代前半に聴いてたものばかりだけどね。しかも一度売り払ってしまったものを、最近はまた中古で買い直してるような状況。

 まぁ‥‥あれですよ。このメタル熱再発を記念して、近々何か面白い企画が発表できるかもしれませんよ‥‥イヒヒ。夏フェス終ったらまた会いましょうね!(ニヤリ)

 それでは今夜の3枚。テーマはズバリ『ブルージー』。声がセクシーでブルージーなシンガーのいるバンド。一部それに該当しないかもしれないけど‥‥まぁ気にするなや。


・GREAT WHITE「...TWICE SHY」('89)
 イアン・ハンター(元MOTT THE HOOPLE)ヒット曲 "Once Bitten, Twice Shy" のカバーが当時全米トップ10入りしたお陰で、このアルバムも大ヒットしたんだよね(確かアルバムもトップ10入りしたはず)。もっとも、個人的にはこれの前の「ONCE BITTEN...」の方が好きな曲多いんだけど。これはこれで「枯れた」感じが良いんです。ま、この後更に「枯れ」過ぎちゃうんですけどね。「...TWICE SHY」はやはり初来日絡みの騒動(メンバーの過去の犯罪歴が問題になり、入国できる/できない等揉め、最終的にビザが下りる)があったから、思い出深いのです。行ったなぁ、ライヴ。確か雑誌「BURRN!」のシリーズ企画「BURRNING LIVE」とかいうやつの第1弾だったんだよね。懐かしいです。


▼GREAT WHITE「...TWICE SHY」(amazon


・BAD MOON RISING「BAD MOON RISING」('91)
  元LIONのカル・スワンとダグ・アルドリッジによるバンド。バンド名は恐らくCCRの同名曲から取った、と記憶してます。LION末期のゴタゴタ(ドラムのマーク・エドワーズの事故〜バンド休止〜日本での不透明なチャリティーイベント開催、そこへのカル・スワン不参加等)を経て、いよいよ主要メンバーの2人が本格的に動き出した感が強かったよね、当時。LIONのそのチャリティーにも行ったし、BMRの初来日公演も行ったなぁ‥‥
 カル・スワンの声ってデヴィッド・カヴァーデイル(WHITESNAKE)をより隠らせてパワーダウンさせたような印象が強くて。要するに「どこまでいっても一流になれない宿命」を背負ったような声というか。ま、そのB級っぽさが好きなんですが。それこそ「ブルーズ」という気もしないでもないよね‥‥偏見かしら。ちなみにダグのギターは微妙なんだけどね。個人的にはそんなに好きなタイプではないです。ソロもそんなに印象に残らないし。けど今や彼もWHITESNAKEの一員ですからね。感慨深いですよ、それを思うと。


▼BAD MOON RISING「BAD MOON RISING」(amazon


・TESLA「PSYCHOTIC SUPPER」('91)
 オリジナルアルバムでいうと3枚目になるのかな。これの前にアンプラグドアルバム(「FIVE MAN ACOUSTICAL JAM」)が出て、それが大ヒットした後の作品なんだけど、完全に振り切れちゃってるというか、ハード&ヘヴィなんスよ。特に頭3曲("Change In The Weather" 〜 "Edison's Medicine" 〜 "Don't De-Rock Me")の怒濤の流れがスゲエ。中盤〜後半にメロウ/スロウナンバーがあるんだけど、これもアンプラグドの二番煎じってわけじゃなく、普通にブルージーなロックバンドのバラードといった印象。かなり良かったのに売れなかったのが残念。あ、東京ドームのカウントダウン(1991年大晦日。METALLICA、EUROPE、THUNDERが出演)で観たなぁ、この年の年末に。それを最後に来日してないんですよね‥‥数年前に再結成して、オリジナルアルバムまで出してるようだし、是非小さいハコでいいんで来日して欲しいなぁ。絶対に行くのに。


▼TESLA「PSYCHOTIC SUPPER」(amazon

投稿: 2005 07 10 10:35 午後 [1989年の作品, 1991年の作品, Bad Moon Rising, Great White, Tesla] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/07/08

寝る前にこれ聴け!(1)

 新コーナー。昔懐かしい(といっても、'80年代半ば〜'90年代前半を中心とした)HM/HRのアルバムを毎回3枚取り上げるというコーナー。単純に、俺が寝る前にこの3枚をCD棚から引っ張り出して聴くだけ、という話。何の役にも立たないかと思いますが‥‥

まず1枚目。


・SKID ROW「SLAVE TO THE GRIND」('91)
 久し振りに引っ張り出して聴いてみたら、スゲーかっこ良かった。全米初登場1位とか、当時GUNS N'ROSESやMETALLICAといったバンドのオープニングアクトをやってたとか、前座にFAITH NO MOREやSOUNDGARDEN、PANTERA等を使ってたとか、そういった情報はどうでもよく、とにかくひたすらカッコいい。そして泣ける曲多し。


▼SKID ROW「SLAVE TO THE GRIND」(amazon


・WINGER「IN THE HEART OF THE YOUNG」('90)
 RATTのプロデューサー(ボー・ヒル)が手掛けてることから、RATTフォロワー的に思われてたデビュー当時。何となくサウンドと声がそれっぽかったからね。けど、メンバーは全員スタジオミュージシャンなり誰かのバックなりで鍛え上げられた名手ばかり。テクニカルHRの極み。
 けどこのアルバムではDEF LEPPARD的な楽曲指向を強めてるんだよね。曲によっては打ち込みベースを使ってたり、あるいはプログレ並みのテクニカル路線だったり。バランス的に一番好き。中途半端っていう人もいるみたいだけどね。


▼WINGER「IN THE HEART OF THE YOUNG」(amazon


・SADS「THE ROSE GOD GAVE ME」('01)
 唯一色の違う、しかも邦楽、そして2001年の作品。けどこれがメチャメチャ良い。
 ほぼ全編英語(日本語曲は数曲のみ)、MOTLEY CRUEやMARILYN MANSONなんかを彷彿させるヘヴィロック路線。SADSは「BABYLON」までしか聴いてなくて、その後の清春ソロは聴いてたんだけど、良いねこのアルバム。普通にハードロック/ヘヴィロックじゃんか。ギターとドラムが現在THE DUST'N'BONEZにいるせいか、空気感が似てるよね。ま、プレイとかはまんまだけど。
 ボーカルのせいで好き嫌いハッキリするだろうけど、意外と洋楽HRファンにもアピールするんじゃねーの? 俺は肯定派。


▼SADS「THE ROSE GOD GAVE ME」(amazon

投稿: 2005 07 08 01:30 午前 [1990年の作品, 1991年の作品, 2001年の作品, Sads, Skid Row, Winger] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/06/16

RATT『RATT & ROLL 81-91』(1991)

 懲りずにまたLAメタルについて語りますよ! 今度はRATT!

 所謂LAメタルというムーブメントの中から出てきたバンドの中で‥‥QUIET RIOTを除いて‥‥恐らく一番最初にアメリカでヒットを飛ばしたのが、このRATTだったはず。メジャーデビュー盤『OUT OF THE CELLAR』に収録された "Round And Round" というポップなナンバーがビルボードのシングル・トップ20入りしたのを切っ掛けに、彼等は一躍有名になっていったんだよね。丁度MOTLEY CRUEが『SHOUT AT THE DEVIL』を出した後だったかな‥‥MTVの後押しもあり、デビューしていきなりアリーナツアーとかやってたような記憶が。ここ日本ではほぼ同時期にデビューしたBON JOVIの方が人気を博していたけど、アメリカでは逆の立場で、RATTの前座でBON JOVIがやってたりとかしてね‥‥ま、それから数年で全世界的に立場が逆転しちゃうんだけど。

 RATTはひと癖もふた癖もあるスティーヴン・パーシーのボーカルで好き嫌いがハッキリしちゃうと思うんだけど、意外とメロはポップなものが多くてね。テンポ的にもBPMが80〜110くらいの曲が大半だそうで、そういうミドルテンポの曲を指して「ラットンロール」なんていう造語まで出来た程で。例えばインディー盤に収録された(ベスト盤には収録)代表曲のひとつ "You Think You're Tough"、メジャー1stから "Wanted Man" や "Back For More"(これはインディー盤の焼き直しね)、2ndだと "Lay It Down"、3rdだと "Slip Of The Lip"、4thだと "Way Cool Jr."、そして解散前のラスト作となった5thだと "Lovin' You's A Dirty Job"‥‥こういった曲こそがRATTの魅力という人もいます。勿論それらが最も「らしい」曲調なんだけどね。

 

 けどRATTの魅力ってそういったミドルテンポのロックンロールだけでなくて、もっと硬質でヘヴィメタリックな曲が多いのも他のロケンロール系バンドとの大きな違いなんですよね。ま、そこがLAメタルたる所以なんですが。ロブ・ハルフォード(JUDAS PRIEST)が踏みつぶされたような声、なんていう例えもあった程(どんな例えだよ)メタルからの影響も強く、3rdの "Body Talk" みたいな名曲もあるし、1stに収録された初期の名曲にしてライヴの定番(ベスト盤未収録)"Morning After" みたいな曲もあるし。けど、全部歌メロがポップで覚えやすいし、そんなにメタルメタルしてなくて、聴きやすい。まぁ派手なのはギターですよね、ウォーレン・デ・マルティーニの。

 俺、ウォーレンのギターってそんなに好きじゃないんですよ。例えば初期ってそのウォーレン以上にロビン・クロスビーの方が目立ってた印象があるんですけど。アルバムを重ねる毎にプレイにしろ書く曲にしろ、ドンドンと前面にフィーチャーされ出して、解散前ラスト作となった「DETONATOR」ではとうとうプロデューサー的役割までするようになっちゃったんですよね。ギタープレイもドンドンとブルーズ気触れになってって‥‥あーこうやってバンドってダメになっていくんだなーという好例というか(悪い方向に進んでるのに「好例」という表現はアレですが)。ロビンの影もドンドン薄くなってくし。

 俺はRATTは2回くらい観てるのかな? '80年代後半の、丁度セールスに翳りが見え始めた時期と、'91年3月頃の、ロビン・クロスビーを含む編成でのラストとなってしまった時期。帰国後すぐにロビンが脱退しちゃうんだよね。で、ライヴにマイケル・シェンカーをゲストに迎えたりとかして、結局長続きしなくて。映画のサントラに新曲 "Nobody Rides For Free" を提供するんだけど、結局その後すぐに解散しちゃうんだよね。

 タイトルにもあるように、このベスト盤はそんな彼等の成功と衰退の10年を見事にまとめた1枚になってます。人によっては「DETONATOR」辺りの曲は「もはやRATTじゃない!」とか非難の的になってるんだけど、俺このアルバム、下手したら1stと同じくらい好きなんだよね‥‥同じ名前だけど、全然違うバンドの音みたいに聞こえるのにね。なんだかんだでRATTの場合は、オリジナルアルバムを聴くよりもこのベスト盤を聴く頻度の方が高いかも。アルバムだと退屈な曲もあるしね(特に後期にいけばいく程その傾向が強いです)。

 ちなみにそのRATT。'90年代後半にスティーヴンとウォーレンを中心に再結成され、未発表曲を含む編集盤と、セルフタイトルの完全新曲オリジナルアルバムをリリースするんですが、その後スティーヴンが脱退(ちなみに彼がバンド創設者ですから)。現在でもRATTはウォーレン主体で活動しています(この2005年においても!)。ボーカルは元LOVE/HATEのジジィ・パール‥‥まぁボーカルの系統は似てるけどなぁ‥‥全然別モノだよね、やっぱ。

 あと‥‥ロビン・クロスビーは脱退後暫くして、HIVに感染していることを発表。原因はクスリ(注射)の回し打ちだと言われてましたが‥‥数年前にお亡くなりになってしまいました。合掌。

 上記で述べたようなそ楽曲がまとめて楽しめるのが、このベストアルバム『RATT & ROLL 81-91』。解散記念で発表されたこのアルバムにはRATTが発表した楽曲がリリース順に(リリース時期に沿って)収録されていて、初期の「ラットンロール」が濃かったところから後期に向けてそれが薄まっていく様を追体験することができます。よくも悪くもね。



▼RATT『RATT & ROLL 81-91』
(amazon:日本盤US盤

投稿: 2005 06 16 11:41 午後 [1991年の作品, Ratt] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2005/05/13

SMASHING PUMPKINS『GISH』(1991)

ビリー・コーガンが語る:ソロ・アルバム、R・スミスとのコラボ、そしてスマパン再結成の可能性(MTVJAPAN.COM)

 長い記事です。続きはこちらです。6月にリリースされる初のソロアルバムに関するインタビューなんだけど、最後はどうしても「SMASHING PUMPKINS再結成の可能性は‥‥」という話題になっちゃうんだよね。ここでさ、ZWANが短命に終ってなければこんなこと聞かれずに済んだのに‥‥

 ZWANがアルバムをリリースした2003年初頭。春にはもう初来日公演を果たし、既に来日中に「フジロックへの出演が決まった」とか何とか言われてたのに、気づいたら直前にメンバー脱退〜解散ですからね。ほぼ空中分解に近い形で。そして解散に関するコメントの中で「スマパンが恋しい」みたいな無防備な発言までしちゃったもんだから‥‥そりゃみんな「ヲイコラマテ!」ってなるわな。んでその後、スマパン解散の真相といって、まるで全ての理由がジェームズ・イハにあるみたいなこと言い出す始末。嗚呼‥‥

 上のインタビューでも「あの4人」でのスマパン再結成に関して、「4人のスマパンが見られる日は来ない。それはありえないことだ」と答え、「もし仮にスマパンが見られたとすれば、僕らは解散した時点から続けるんだ。非常にプログレッシヴで、アグレッシヴで、理解し難いユニットってことさ」とも答えてる‥‥要するに、ビリー/イハ/ダーシー/ジミーでのスマパン再結成はありえないけど、別の形でのスマパン復活ならありえる。でもそれは過去の焼き直しにならず、現代的なサウンドを持ち合わせたバンドになってるはず、そうじゃなきゃやる意味ないし‥‥と言いたいのか。まぁ‥‥ベースはメリッサを呼び戻したとしても、ギターがなぁ‥‥やっぱりイハじゃないと。イハのいないスマパンなんて考えられないしなぁ‥‥

 そんなスマパンなんだけど、俺デビュー当時のスマパンが超苦手で。苦手というよりも、ストレートに言って嫌いだった。バンドの持つ空気感や雰囲気が苦手で。サウンドを聴くより前に苦手意識を持ってしまっていて、初めて "Siva" だか何かのPVを観た時には、もう嫌悪感すらあって。友人の車の中でこの「GISH」というアルバムを初めて聴かされた時も‥‥全然耳に入ってこなくてね。

 スマパンと真正面から向き合えるようになったのは、3rdのメロンコリーからですよ。あのアルバムがアメリカでは数百万セットを売り上げてるのに、日本では2,000枚も売れてない‥‥みたいな記事を当時の新聞夕刊で読んで(確か執筆してたのは、故・福田一郎氏)。その直後に観た "1979" のPVとそのサウンドに目を耳を奪われてね‥‥その後はもう、ご存知の通り。気づいたら1stも、当時未聴だった2ndも後追いしましたよ。

 この「GISH」というアルバムは、確かにその後の彼等と比べれば地味だし未熟だと思う。如何にも「田舎のインディーバンド」といった印象だし。けど光るモノは既にこの時点から存在してたし、曲だって今聴けば全然悪くない。そう‥‥全ては「シアトル・ムーブメント」であるところのグランジ‥‥ここに括られてしまった時点で、彼等の不幸‥‥終わりのない悲しみがスタートしちゃったのかもしれないね。彼等は他のシアトル勢と比べても、非常にスマートで知的な印象があるのね。同じ田舎モンの集まりのはずなのに、そこには都会モンが持ち得るクールさが最初から備わってる。そう、バカ売れする前から。

 ファーストアルバムとしてみたら、水準高過ぎでしょう。けど、偏屈な方々は「出来過ぎ」とか「優等生過ぎ」といってスルー。みんなもっと派手で暴れられるNIRVANAやPEARL JAM、ALICE IN CHAINS、SOUNDGARDENみたいなバンドを選んだ‥‥勿論、俺もその中のひとりだったんだけどね。

 実はSONIC YOUTHと比較されるべきだったのは、サーストン達と仲が良かったNIRVANAではなくて、このSMASHING PUMPKINSの方だったのかもしれないね。

 でも‥‥その後のブレイクの仕方を思えば‥‥今はこれでよかったのかも‥‥と思えなくもないし。あの屈辱感があったからこそ、そして1枚目で大きな成功を収めなかったからこそ、その後ああいう方向に進んで大ブレイクできたんだろうけどさ。

 ま、とにかく‥‥ビリー・コーガンという男は本当に凄い奴だってことですよ。既に14年前からこういうアルバムを作っていたわけで、それから12年後にはZWANで更にそれを数十歩押し進めたような作品を生み出して、そして今‥‥その更に数歩先を見つめるソロアルバムをリリースしようとしてるんですから。

 でもでも‥‥やっぱりもう一度。もう一度だけでいいから、スマパン観たいよねぇ‥‥



▼SMASHING PUMPKINS「GISH」(amazon

投稿: 2005 05 13 12:00 午前 [1991年の作品, Smashing Pumpkins] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/03

とみぃ洋楽100番勝負(77)

●第77回:「The Show Must Go On」 QUEEN ('91)

 この曲を1991年11月24日以前に聴いていたから、出会っていたから、QUEENというバンドは自分にとって非常に大切な存在になったんですよ。あの時、クラスの友人から「INNUENDO」というアルバムを譲り受けていなかったら、きっとこんなにもQUEENに熱中することもなかったんだろうなぁ‥‥フレディ・マーキュリーの死を受けても、多分亡くなってから暫くの間は聴いてただろうけど、こうやって死後13年経っても全アルバムを満遍なく聴いてるなんてさ‥‥絶対にあり得ないよな。中学の頃、初めてQUEENに出会った時には考えられなかったもん、まさか20年後もこうやって、いや、あの頃以上に愛情を持って接することになろうとは。

 もうこの曲及び「INNUENDO」というアルバムについての俺の想いは、こちらのレビューを読んでください。あれが全てですから。

 '92年4月。フレディの追悼イベントでこの曲を歌ったのは、かのエルトン・ジョン。キーを下げて歌うのはまぁ仕方ないにせよ‥‥やはり一度、当のフレディが魂を振り絞ってこの曲を歌う姿、観たかった‥‥一度も実現しなかった「生QUEEN」。BEATLESよりも、オリジナルHANOI ROCKSよりも、比較にならない程ですよ‥‥



▼QUEEN「INNUENDO」(amazon

投稿: 2004 11 03 12:00 午前 [1991年の作品, Queen, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/02

とみぃ洋楽100番勝負(76)

●第76回:「One」 U2 ('91)

 3度目の登場かしら、U2は? あれーっ、俺にとってそんなに重要なバンドだったっけか、U2は。要するに、人生の節目節目に彼等の新譜が出て、そこに印象深い1曲が必ずあるってことでしょうね。

 '92年初頭のイギリス留学ってのは、その後の自分の人生観とか音楽観とか、いろんな意味で財産になってるわけですよ。ここで出会った人達との繋がり然り、出会った音楽然り。

 この旅に持っていったカセットの中に、当時出たばかりのU2の新作「ACHTUNG BABY」があって。これよく聴いたなぁ。これまでになかったサウンド(ドラムの音とかね)と、時に軽薄に、時に熱く感動的に歌い上げるボノの歌声と、ただひたすらカッコいいギター。あーこういうことがすんなり出来るバンドって、やっぱりカッコいいなー、とかぼんやり考えながら、ロンドン行きの高速バスの中でよく聴いてた。

 で、アルバム3曲目の "One" で必ず泣いて。急にホームシックになってさ。

 いやね。この曲、好きだったんですよ。イギリスに行く前に別れた彼女が。俺のアパートでふたりして、よく一緒にこのアルバム聴いてたなーって。そういうことが急に思い出されて涙していたという。じゃあ持っていくなよ、わざわざ聴くなよ、とか思ったりもしたけど、それ以外に持っていったテープって全部HM/HRばっかなんだよね‥‥METALLCAとかガンズとかSKID ROWとか。あ、あと日本のOUTRAGEとかな。

 さすがに今ではこの曲聴いて、そんな風に泣くこともないけど‥‥けど、留学中もラジオやテレビでよくこの曲は流れてたね。丁度シングルカットされた時期だったのかな? それは今でも聴く度に思い出します。そしてこれ聴いて泣いてばかりいた当時の俺のこともね‥‥



▼U2「ACHTUNG BABY」(amazon

投稿: 2004 11 02 12:00 午前 [1991年の作品, U2, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/01

とみぃ洋楽100番勝負(75)

●第75回:「3 A.M. Eternal (Live at the S.S.L)」 THE KLF ('91)

 1991年頃だったと思うけど、深夜にイギリスの最新チャートを紹介する音楽番組「BEAT UK」というのが始まってね。約10年くらい続いたのかしら? 放送日時を変えながら、尚かつ内容も若干変わりながらも、よく続いたなぁと今更ながらに思うわけですが。

 '90年代に入って、それまで深夜に放送されていた洋楽系音楽番組がどんどん減っていってね。「ベストヒットUSA」が終わり、MTVも妙な形になってしまったり。TVKでのMTV的プログラムもどんどん放送時間が短くなっていって。バブルが弾けたこともあって、深夜枠がどんどん縮小されていったりしたのも、この頃だったのかしら?(もうちょっと後だっけ?)

 んで。その「BEAT UK」で一番最初に気になったのが、このTHE KLFというユニット。ダンス系だというのは判ったんだけど‥‥一体どういうメンバーによる、どういうユニットなのかはさっぱりで。その時はまぁ気になるかな、程度の存在で。

 '92年にイギリスに行って。初めてクラブ遊びを体験したり、「レイヴ」ってものがどういう事なのかを初めて把握・理解したりで。その場で必ずかかってたのがTHE KLFでさ。あと、同じ頃に元DEEP PURPLEのグレン・ヒューズ(Ba & Vo)をボーカルにフィーチャーしたシングル "America (What Time Is Love?)" というのもリリースして、そのカッコ良さに惚れてしまって(残念ながらアルバムにはこのバージョンは未収録。日本編集のミニアルバムが出てたので、中古盤屋を探してみてください。すっげーカッコいいので)。それで帰国後にアルバムを手にして。

 所謂テクノやハウスに部類されるのかしら。まぁそんなジャンル分けはどうでもいいや。あの頃、夢中になって聴いてたなぁ、と。ORBITALとかTHE SHAMENとか、あの辺りと一緒に聴き狂ってた時期だなぁ、1992年は‥‥

 この "3 A.M. Eternal" を聴くと、そんなイギリス・ボーンマスのクラブやパブで踊った頃を、鮮明に思い出せるんだよね、今でも。



▼THE KLF「THE WHITE ROOM」(amazon

投稿: 2004 11 01 12:05 午前 [1991年の作品, KLF, The, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/31

とみぃ洋楽100番勝負(74)

●第74回:「The Concept」 TEENAGE FANCLUB ('91)

 世の中が「第二のNIRVANAを」を探し始めた頃、イギリスでは未だに「第二のSTONE ROSES」を探してたんだよね。けど、当時の俺には正直どっともいらなかった。RIDEもいたし、JESUS JONESもいたし、そしてMANIC STREET PREACHERSもいたし。それで十分じゃない?と本気で思ってた。だから「ポストSTONE ROSES」としての「SCREAMADELICA」も通らなかったし(クラブシーンから接近してったのね、このアルバムには)。

 そんな中、一部で盛り上がってたインディーポップ・シーンというか、ガレージポップ・シーンというか。NIRVANAのメロウな色にやられ、尚かつノイジーなギターロックを求める輩が次のターゲットにしたのが、このTEENAGE FANCLUBだった‥‥のかどうかは知らないけど、少なくとも俺の周りではそういう盛り上がり方をしててさ。

 NIRVANAと同じ「Geffen Records」からメジャーデビューしたTFCの、やはりNIRVANAと同じく通算2作目(共にインディーから1作目をリリース)であるこの「BANDWAGONESQUE」。友人に借りて聴いたら、一発でやられて。もう1曲目 "The Concept" ド頭のフィードバックで。勿論あの甘美なメロディや曲構成、ラウドなギター、全部が全部愛おしかったんだけどさ。

 今思えば、これがポストNIRVANAになんてなり得るわけないし、それこそ比較することがバカバカしくもあるんだけど、それくらいメディアは「第二の〜」探しに躍起になってたんだよね。NIRVANA騒動はそんなところにまで飛び火してたんですよ、ええ。

 初めてTFCを観たのは、2000年夏の「SUMMER SONIC」で。この日のアンコールがこの "The Concept" で。それまで腕組んで2階席に座って観てた俺が、曲が始まった瞬間立ち上がって‥‥気づいたら涙流してたんだから。いや、それはちょっと誇張し過ぎかな? それくらい感動したってことですよ。

 そろそろ新作作ってるのかな? 前回の来日の時は他のライヴと被って見逃したけど‥‥今度こそ、また "The Concept" で号泣したいなぁ(勿論他の曲でもな)。



▼TEENAGE FANCLUB「BANDWAGONESQUE」(amazon

投稿: 2004 10 31 12:00 午前 [1991年の作品, Teenage Fanclub, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/30

とみぃ洋楽100番勝負(73)

●第73回:「Motown Junk」 MANIC STREET PREACHERS ('91)

 まさかこのバンドがこんなに長続きするとは。そして未だにファンを続けているとは。というかむしろ、今現在最も大切なバンドになっていようとは。初めてあの「4 REAL写真」(リッチー・ジェームズがカミソリで腕に「4 REAL(俺達4人はホンモノだ)」と切り込んだ、有名な出来事)を観た時、そして初めて "You Love Us" のPVを観た時は考えもしなかったよなぁ‥‥出会いなんてものは、案外そんなものなのかもしれないね。

 '92年初頭にイギリスでホームステイをして、そこで1stアルバムを手にして。ガツンとやられて。帰国して当時手に入れられるだけの音源を全部探しまわって。その中にこの "Motown Junk" という、彼等の知名度アップに一役買った1曲が含まれていて。

 単なるバカパンクソングなんだよね、曲自体は。言い切ってしまえば、THE CLASHの現代版。いや、そのサウンドプロダクションとかプレイの拙さからは、完全に「1991年」という時代性は伝わってこなかったけどさ。そして歌詞。やはり話題になった「ジョン・レノンが死んだ時は笑っちまったよ。これまでの俺の人生にとって、何の意味もなさなかったんだから」という一節。THE WHOの「年老いる前に死んでしまいたい」とか、THE CLASHの「1997年にはプレスリーもビートルズもストーンズも必要ない」以上にリアルに響いたんだよ、俺に。やはり同時代に生きる、同年代の奴らが歌ってたからかな‥‥勿論ジョン・レノンは当時の自分にとって非常に大切なアーティストだったんだけど、全然起こる気にはならなかったし、むしろいろんな意味でショックを受けたかな。

 マニックスは今でもこの曲を演奏し続けています。というか、演奏しな日はないんじゃないかな。それはマニックスにとってこの曲が「"White Riot" みたいな曲」だからなんだよね(THE CLASHの曲で、ジョー・ストラマーは「この曲を演奏しなくなった日こそ、THE CLASH最後の日だ」という位にバンドのアイデンティティを端的に表した1曲なんじゃないかな)。

 マニックスで一番好きな曲は別に沢山あるんだけど、今でも「マニックスを一番よく表してる曲は?」と聞かれたら、そして「俺にとって、マニックスを十二分に表現してる1曲は?」と自問自答したら、間違いなくこの "Motown Junk" を挙げると思う。今でもそれくらい大切な1曲。



▼MANIC STREET PREACHERS「FOREVER DELAYED : THE GREATEST HITS」(amazon

投稿: 2004 10 30 12:00 午前 [1991年の作品, Manic Street Preachers, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/28

とみぃ洋楽100番勝負(71)

●第71回:「Jesus Christ Pose」 SOUNDGARDEN ('91)

 前にJANE'S ADDICTIONの項で書いたけど、'90年代前半の自分にとってJANE'Sと、このSOUNDGARDENからの影響ってのがとにかく強くて。これら2バンドに突き動かされて、フォロワー的バンドを組んだ程ですから(そして全く違う趣味を持つ4人が集まったもんだから、更に違った色を持ったバンドが誕生したわけだけど)。

 SOUNDGARDENを知ったのは、'89年秋。愛読していた「BURRN!」のアルバムレビューコーナーにて取り上げられたメジャーデビュー盤「LOUDER THAN LOVE」が高評価(多分90点近く)だったこともあり、すっげー気になって日本盤を取り寄せ注文して。今聴くと凄くドゥーミーでかなり良いアルバムなんだけど、当時の俺にはまだ理解できなくてね。もっと派手で速いのを期待してただけにさ(当時はBLACK SABBATHといえば "Paranoid"、みたいな時代でしたから。今でこそ "Snowblind" や "Sweet Leaf" とか言ってるけどね自分)。

 ところがそれから2年後。伊藤政則を崇拝していた俺は、彼のラジオとテレビで同時にこのSOUNDGARDENが大プッシュされるのに直面するんですよ。曲は "Jesus Christ Pose"。ここでようやくガツンとくるわけ。なんじゃこりゃ、と。イントロのトライバルなリズムと好き放題弾きまくるベースとギターのフィードバック音、印象的なメインリフとロバート・プラント(LED ZEPPELINのVo)ばりのハイトーンボイス‥‥ああ、こういうのを待ってたんだよ俺は、と。ガンズのアルバムを聴いて間もなくだったけど、心は完全にSOUNDGARDENに奪われて。JANE'Sが解散してしまった後だけにね、余計ですよ。

 面白いことにこの頃、伊藤政則はSOUNDGARDENとNIRVANAを大プッシュしてるんですよ、「新世代ハードロックがアメリカからやっと登場した」とかいって。まさかそれらがその後「グランジ」なんていう、メタルファンから疎まれる存在になるとは‥‥誰も思ってなかったでしょうね。当然両方を既に知ってた俺からすれば「えーっ、メタルかこれ?」っていう疑問があったし、マサ伊藤が定期開催してたクラブイベント「HM SOUNDHOUSE」でも "Jesus Christ Pose" と "Smells Like Teen Spirit" は必ずかかってたんですよね‥‥

 やっぱり今聴いても「BADMOTORFINGER」と「SUPERUNKNOWN」という2作は名盤ですね。ZEPやSABBATHのオイシイところと、USガレージのオイシイところを見事に融合させて、彼等にしか再現できないモノを作り出したんですから‥‥だからこそ‥‥AUDIOSLAVEには‥‥はぁ‥‥頑張っていただきたい。



▼SOUNDGARDEN「BADMOTORFINGER」(amazon

投稿: 2004 10 28 12:00 午前 [1991年の作品, Soundgarden, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/10/26

とみぃ洋楽100番勝負(69)

●第69回:「Coma」 GUNS N'ROSES ('91)

 今でも忘れられないな、'91年の9月。新小岩のアパートで初めてガンズの「USE YOUR ILLUSION」2枚ぶっ続けで聴いた夜中のことは‥‥

 リリース前日、所謂フラゲをしてからバイトに行って、夜中の1時半に終電で帰宅して。当時専門学生だった俺は、翌日の予習をしながらこのアルバムを聴こうと、軽い気持ちで考えてたんですよ。既にシングルとして "You Could Be Mine" や "Don't Cry" はリリース済みだったし、前年には "Civil War" や "Knockin' On A Heaven's Door" といった曲もコンピ盤等で発表済みだったし。ある程度はアルバムの全容が見えてたような気になってて‥‥

 ところが。全然違った。

 何だこれ、何だこの奇形でいびつなアルバムは‥‥「1」の1曲目 "Right Next Door To Hell" でノックアウトされ、ポール・マッカートニーのWINGSのカバー "Live And Let Die" でひっくり返って‥‥そんなのの繰り返し。しかもアルバムとしてのトータル性ゼロで、ただ出来た順に曲を入れてったような感じ(速い曲やルーズな曲が「1」に集中してるのはそのためか?)。かと思うと中盤に、既にブート等でいろんなテイクが出回っていたので耳に馴染んでいた "November Rain" が壮大で9分もある大バラードに生まれ変わってたり。

 結局さ。朝まで眠れなくて。2時間半に渡る2枚を、2度くらい聴き返したのかな‥‥当然勉強なんて全然手に着かず、結局学校サボって、また昼に起きてこのアルバムをぶっ通しで聴いて。

 全部、ロックンロールの魔力のせいだ。

 ガンズは自分にとってルーズでスリージーなバッドボーイズ・ロックンロールだったはずなのに、この2枚の中で一番好きな曲は?と問われると、必ず「1」からは "Coma"、「2」からは "Locomotive" って答えてるのね。全部7〜8分以上ある曲。しかも "Coma" なんて10分もあるからね。

 そういやぁ'92年の東京ドーム3デイズの初日、1曲目はこの曲からだったんだよね‥‥ボロボロだったらしいけど。多分ガンズの歴史上、ほんの数回しか演奏されてないはずのこの曲。最低でもこのレベルは超えてもらいたいわけよ、21世紀のガンズには。1stを超えるなんてもう無理だろうからさ‥‥



▼GUNS N'ROSES「USE YOUR ILLUSION I」(amazon

投稿: 2004 10 26 12:00 午前 [1991年の作品, Guns N' Roses, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2003/12/17

TEENAGE FANCLUB『BANDWAGONESQUE』(1991)

スコットランドはグラスゴー出身のギターポップ/パワーポップバンド、TEENAGE FANCLUB(以下TFCと略)の記念すべきファーストアルバム。TFCといえば「CREATION RECORDS」出身というイメージがあるけど、このアルバムの頃はまだアラン・マッギーとは出会っておらず、「PAPERHOUSE」という会社からのリリースとなっています。レコーディング時のメンバーはノーマン・ブレイク(Gt & Vo)、レイモンド・マッギンレイ(Gt & Vo)、ジェラルド・ラヴ(Ba & Vo)、フランシス・マクドナルド(Dr)。レコーディング終了後にフランシスが脱退、その後の数作に参加することとなるブレンダン・オハレが加入することになります。

TFCといえばその独特な「ヘロヘロ」具合、それに相反するディストーションギター、そして甘いメロディとハーモニー。ディストーション度はその後どんどん減退していくわけだけど、ヘロヘロ具合は全作品を通して一貫されていて、特にこのアルバムでの彼らは以後の作品と比べてもひと味も二味も違う。インディーズからのリリース、そしてファーストアルバムという事もあってか、若々しく且つ攻撃的だ。攻撃的とはいっても、まぁそこはTFC。爆裂ディストーションの隙間からヘロヘロ声&美メロが聞こえてくるという具合。勿論、そこが最大の魅力なんだけど。1曲目から"Heavy Metal"なんていうその筋の人達が勘違いしそうなタイトルのインストナンバーから始まり、そのままデビューシングル"Everything Flows"、続くタイトルトラック"Catholic Education"、ちょっとグラムロック入ってる?な"Too Involved"への流れは絶妙。その後に続くミディアムテンポの"Don't Need A Drum"のダラダラ感も捨てがたい。そう、この「ロック→マッチョでスマートでイカしてる音楽」というイメージを完全に覆す、ある種皮肉ったようなサウンドとスタイルが最高なのですよ、ここでは。勿論、そこには楽曲の完成度が高いから成せる技というのが大前提なわけですが。

このアルバムでは特にインスト曲が印象に残りますね(そういえば後に限定インストアルバム「THE KING」が発表されている事からも、初期のTFCにとっては「インスト曲」というのはひとつの武器、重要な要素のひとつだったように思いますが如何でしょうか?)。聴くとカッチリしたというよりも、非常にジャム度が高いように感じます。その後リリースされる作品群と比べても、ここまでラフで即興的な楽曲はここでしか聴けないのでは? 特に圧巻なのは中盤に登場する"Heavy Metal II"でしょう。7分近くもあるこのインスト曲、完全に計算というものを度外視していて、同じインストものでも次作に収録される "Is This Music?" と比べてみるとその違いに気付くはず。勿論、歌の入った曲もインスト曲と同じくらいの密度のギターサウンドを聴くことが出来、文句なしにカッコイイ。

当時、イギリスではRIDE、MY BLOODY VALENTINE等をはじめとする轟音シューゲイザーバンド達で溢れかえり、一方ではSTONE ROSESやHAPPY MONDAYS等のマッドチェスター~レイヴというダンスムーブメントが起こりつつある時期でした。その中でTFCの存在は、そういったバンド達と比べると少々異様だったのではないでしょうか。ギターは歪んでいてもシューゲイザー以上に隙間のあるサウンドだし、ダンスビートを導入しているわけでもなく(=踊る/踊らせる要素を重用視してるようにも思えず)、テクノロジーとは無縁な存在(=あくまで「ギターロック/ポップ」に拘っている節がある)。当時もギターポップ・ムーブメントは存在したけど、THE SMITHS以降は衰退傾向にあり、今のように市民権を得たものではなかったように記憶してます。このアルバムはインディーレーベルからのリリースということもあり、彼らは新たなムーブメントを作り出す事は出来ず、結果としては「マニアが知る、隠れたオススメバンド」程度で終わったような期がします。勿論、そういったマニアがいたからこそ、現在の彼等があるわけで、そしてこのアルバムのその後「名盤」として称えられるようになるわけですが。

光るものは既にあるものの、それ以降の作品群と比べれば明らかにレベルが違いすぎる。勿論、そこがいいって人が多いのも確か。そしてその後と比べれば明らかに方向性も違っている。だからこそ、このアルバムは未だに「初期の名盤」として紹介されることが多いのかもしれませんね。完成度こそ低いですが、その後のTFCからは感じられない要素が沢山詰まった、非常にやる気を感じさせない「カッコイイ」アルバムです(最高の誉め言葉ですよ、これ!)。



▼TEENAGE FANCLUB『BANDWAGONESQUE』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD

投稿: 2003 12 17 05:07 午後 [1991年の作品, Teenage Fanclub] | 固定リンク

2003/11/20

LENNY KRAVITZ『MAMA SAID』(1991)

レニー・クラヴィッツが'91年春に発表した、通算2作目となるアルバム「MAMA SAID」はいろんな意味で彼にとってのターニングポイントとなった1枚。ほぼ宅録に近い状態のままリリースされた'89年のファースト「LET LOVE RULE」でマニアックな音楽ファンを魅了し、このセカンドではとうとうセールス的にも成功を収めたわけですよ。本格的な大ブレイクとなると次作「ARE YOU GONNA GO MY WAY」ってことになりますが、この「MAMA SAID」は所謂「密室系」作品集としては最後となり、またその後の「バンド系拡散方向」へと移行する直前の、正にクロスポイントとなった作品でした。

基本的な音楽スタイルや制作過程はファーストの頃‥‥つまりデビュー前と殆ど変わっていないわけですが(逆にそれだけデビュー前からクオリティーが高い音楽を作っていたわけですよ)、やはり制作費だとか時間のかけ方等に余裕が持てるようになったのか、前作以上に精神的にゆったりとしたイメージを受けます。通常、セカンドアルバムってのはアーティストにとって鬼門となる作品で、1作目で話題をさらったり成功を収めてしまうと、2作目で苦労するなんて話を耳にします。ファーストアルバムはデビュー前の長期間に渡って練られてきた楽曲ばかり。これ以上のクオリティーとなる作品を短期間で制作せねばならないプレッシャー等、とにかく新人にとっては半端じゃないでしょうね。ところがレニーの場合、ファーストアルバム制作時と全く同じスタジオ/スタッフということもあり、成功云々は関係なしに制作を楽しんだのがアルバムの端々から伺えます。とにかくユルい。全体的にダウナーで緩い印象が強く、特にサイケ調の色合いが加わったことでよりダウナーなイメージを受けます。「黒いジョン・レノン」なんていう比喩がファーストリリース時によく囁かれましたが、そのイメージを更に増長させるようなサイケでアシッド風味の音像/サウンド。かと思えばカーティス・メイフィールドを彷彿させるムーディーな "It Ain't Over 'Til It's Over" という大ヒット曲もあるし、ジミ・ヘンドリクス 的ハードロック・チューン "Always On The Run" まである(この曲には当時GUNS N'ROSESのギタリストだったスラッシュが参加しています)。ロックでありポップでありファンクでありサイケである‥‥というと、どうしても同じ黒人アーティストであるプリンスを思い浮かべるわけですが、彼よりも浮世離れしていない点、あざといまでの「狙ってる感」が色濃く表れている点等が大きな違いでしょうか。同じ天才でも「天然」と「計算」の差は大きいなぁ、と。

最初に書いたように、このアルバムは基本的に宅録の延長であり、そこにゲストや外部からのインプット(如何にもレノン的な "All I Ever Wanted" ではその実子であるショーン・レノンと共作しているし、上記の "Always On The Run" もスラッシュとの共作)やゲストプレイヤーの参加が、彼にこれまでになかったような刺激を与えているのは明らか。またこの頃、彼はかのマドンナに "Justify My Love" という曲を書き下ろしているし、丁度同じ年の1月に勃発した湾岸戦争に対する抗議としてピーター・ガブリエルやシンディ・ローパー、オノ・ヨーコといったミュージシャン達と共にレノンの名曲 "Give Peace A Chance" をレコーディングしてるんですね。直接作品には影響はしなかったかもしれないけど、明らかに何らかの刺激にはなっただろうな、と。そういう意味でこの「MAMA SAID」は初期のレニーと、我々がよく知る「自由への疾走」以降のレニーとの架け橋となる作品だったんじゃないかな、と思うわけです。その後のLED ZEPPELINにも通ずるような直接的なハードロック路線はまだそれ程見られませんが(このセカンドにおける「ハードロック」は、あくまでブラックミュージックの範疇における「ハードロック」という意味合いが強いですよね。ファンク色も非常に強いし)、明らかにそっち方向にも進みつつあるのが、ファーストとの大きな違いでしょうね。それにこのアルバムを聴く限り、「オールドロックの再生」的な側面はそこまで強く感じられないし。リフ主体の楽曲も少ないし、やはり「ノリで曲を書く」というよりは「そこに座ってじっくりと曲を煮詰める」といったイメージの方が強いよなぁ、と。勿論、両方ともレニーの持ち味であるんですが、このアルバムと次作を比較すると本当にその振り幅が大きいんですよ、面白いくらいに。ま、だからこそこのセカンドがより光って見えるわけですが。

またレニーがこういう作品を作るなんてこと、ちょっと今は想像できませんが、こういうユルユルなレニーもまた味わってみたいものですね。個人的には一時期バイブル的なアルバムだったんですよね、これ。曲を書くという行為に対して、真剣に考えさせられたのがこの作品でした。忘れた頃に聴くと、やはり初心に戻してくれますね。今日もたまたま引っ張り出して聴いてみたんですが、さっきからずっとリピートしっぱなし。まだ聴いたことのないという若い音楽ファン、悪いこと言わないから聴いてみて。今巷に溢れてる「ロック」や「ポップス」の、ひとつの流れを作った作品なんだからさ。



▼LENNY KRAVITZ『MAMA SAID』
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投稿: 2003 11 20 03:36 午前 [1991年の作品, Lenny Kravitz] | 固定リンク

2003/10/17

SOUNDGARDEN『BADMOTORFINGER』(1991)

'90年代初頭にアメリカはシアトルを中心に勃発した「グランジ・ムーブメント」。その代表的バンドのひとつに挙げられるのが、今回紹介するSOUNDGARDEN。彼等はシーンの中でも古参と呼べる存在で、既に'80年代半ばから活動していて、'87年には既にEPをリリースしていた程。そしてメジャーデビューもシーンの中ではかなり早く、'89年秋に「LOUDER THAN LOVE」でここ日本でもデビューしている程(当時の「BURRN!」ディスクレビューを読んで惹かれた俺は、このアルバムで彼等と出会い恋に落ちるわけです)。しかし来日となるとかなり遅く、大ヒット作「SUPERUNKNOWN」リリース直前の'94年2月、しかもクラブチッタ公演(当然俺も行きました)。如何に彼等がここ日本で過小評価されていたかが伺えるエピソードではないでしょうか。

今回紹介するのは、'91年秋にリリースしたメジャー2作目、通算3作目となるアルバム「BADMOTORFINGER」です。このアルバムで一気にブレイクを果たしたといっていいでしょう。しかしリリース当初はまだグランジ・ムーブメント勃発前。NIRVANAの「NEVER MIND」やPEARL JAM「TEN」とほぼ同時期のリリースだったのですが、ここ日本では2枚目のアルバムということもあり、また当時かの伊藤政則氏が積極的に自身のラジオやイベントでSOUNDGARDENの "Jesus Christ Pose" をかけたことでその名前やサウンドはある程度認知されていたようでした。しかしそれも一部のメタルファンにのみ。普段「rockin'on」等を読む音楽ファンには見向きもされない存在だったのです。

そんなSOUNDGARDENがブレイクする切っ掛けが'92年に入り、幾つか訪れるのです。まず2月のグラミー賞「ベスト・メタル・パフォーマンス部門」へ "Jesus Christ Pose" がノミネートされたこと。残念ながらこの年の受賞者はMETALLICAのブラックアルバムだったわけですが、それでもANTHRAXやMEGADETH、MOTORHEADといった錚々たるメンツの中に唯一、誰だこれ?的存在が食い込んだのですから、それだけでも大健闘ですし、名前を売るいい切っ掛けになったはずです。

そしてその後のNIRVANA、PEARL JAMの大ブレイク。そう、PEARL JAMのブレイクがSOUNDGARDENに思わぬ幸福をもたらします。PEARL JAMのメンバーが以前在籍していたMOTHER LOVE BONEというシアトルのバンドのシンガーが亡くなったことを切っ掛けに、SOUNDGARDENのクリス・コーネル、マット・キャメロン、PEARL JAMのストーン・ゴッサード、マイク・マクレディ、そしてエディ・ヴェダーによるユニット、TEMPLE OF THE DOGのアルバムが'91年5月にひっそりとリリースされていたのですが、これがPEARL JAMブレイクの余波で'92年春~夏にチャートを急上昇し、結果ビルボードのトップ5入りしてしまうのです。

こうしたチャンスを得て、この「BADMOTORFINGER」はリリース後1年経った'92年夏に再びチャート急上昇、結果アルバムチャートのトップ40入りし、100万枚以上ものセールスを記録することになります。

このバンドの凄みはやはりなんといっても「パンクの精神を持ったBLACK SABBATHにロバート・プラント(LED ZEPPELIN)が加入した」かのような音楽スタイルでしょう。時に滅茶苦茶ヘヴィ、時にパンキッシュな疾走感、時にZEP並みにブルージー、等々‥‥とにかくNIRVANAのようなバンドとも、ましてやPEARL JAMとも違った独自性を持ったバンドだったと言えます。実は最もオーソドックスなハードロックスタイルを持ちながら、それでいてオルタナティヴな要素・世界観を前面に押し出す。ギターリフといいソロといい、そしてクリスの歌唱スタイルといい完全にハードロックのそれなのですが、いざバンドとして演奏すると必ずしもそうとは言い切れないような独特な空気感を生み出す。その後登場したグランジ~ラウドロックの若手バンド達が如何にこのバンドから影響を受けたか、このアルバムを聴いていると自ずとそれが見えてくるはずです。

しかし‥‥リリースから12年経った今聴いても、本当にオーソドックスで、それでいて風変わりなハードロック・アルバムだなぁ。現在クリス・コーネルがやってるAUDIOSLAVEと比べてみても判るように、SOUNDGARDENよりもAUDIOSLAVEの方がもっとオーソドックスなハードロックに感じちゃうんだから‥‥そういう意味では、本当に上記の「パンクの精神を持ったBLACK SABBATHにロバート・プラント(LED ZEPPELIN)が加入した」みたいなキャッチフレーズがお似合いなバンドだったんだなぁ、と。

とにかくアルバムの頭4曲だけでいいんで、視聴してみて欲しいな。NIRVANAやPEARL JAMは知ってるしAUDIOSLAVEはRAGE AGAINST THE MACHINE絡みで聴いてるけど、クリス・コーネルもSOUNDGARDENも知らないって若者よ、"Rusty Cage" の疾走感に、"Outshined" のうねりに、"Slaves & Bulldozers" の地獄の底から押し寄せるヘヴィネスに、そして "Jesus Christ Pose" のカッコよさに痺れ、やられるがいい。そこまで聴いてしまえばもうこっちのもの、後は最後まで身を委ねるだけですよ。ホントいいアルバムだなぁ、これは。

バンドは'97年4月に突然声明を発表して、いとも簡単に解散してしまうわけですが、現在でもドラムのマット・キャメロンはPEARL JAMで、クリスは先述の通りAUDIOSLAVEでそれぞれ活躍。ベースのベン・シェパードといいギターのキム・セイルといい非常に才能を持ったミュージシャンなので、今後何らかの形で活躍してくれることでしょう(そういえばキムとマットは、日本の亜矢とかいう女性シンガーのアルバムに、元NIRVANAのクリス・ノヴォセリックと共に参加してたみたいですね)。

最後に。このアルバムでハマッた奴ら、是非「SUPERUNKNOWN」も「LOUDER THAN LOVE」も聴いて欲しいです。



▼SOUNDGARDEN『BADMOTORFINGER』
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投稿: 2003 10 17 01:40 午後 [1991年の作品, Soundgarden] | 固定リンク

2003/09/11

TH eROCKERS『LIP SERVICE』(1991)

  陣内孝則の初監督作品として制作された映画「ROCKERS」が早くも福岡では今月の20日から公開されます。それに先駆けサントラ盤が先日リリースされ、遂には出演者による映画版「TH eROCKERS」がテレビの歌番組に出演する等、かなり力の入ったプロモーションが行われています。個人的にもこの秋、最も楽しみにしている映画のひとつなので是非観に行こうと思ってるんですが、ここで改めて実在した「本当のTH eROCKERS」について取り上げてみたいと思います。

  ロッカーズについては上記の映画告知サイトでも簡単に紹介されていますが、簡単に説明すれば'80年にデビュー後、たった2年の間に4枚のアルバムを矢継ぎ早にリリースし、メンバー脱退~解散という短命に終わったグループ。後にボーカルの陣内が役者としてブレイクしたことは皆さんご存じでしょう。そんな彼もデビュー時にはグラムメイクでバリバリにキメて格好良かったんですよ。あと、以前取り上げた映画「爆裂都市」サントラ盤にも役者・シンガーとして参加していました。

  そんな彼等、解散から10年近く経った'91年。ギターの谷信雄らと共に、ライヴ数回の為に再結成をするんですよ。そしてその模様を収めたのが、今回紹介するライヴアルバム「LIP SERVICE」。正直な話、俺のロッカーズ初体験はこのアルバムからなんですね。所謂「めんたいロック」シーンの中から登場した彼等ですが、他のTHE MODSやTHE ROOSTERZ、A.R.B.といったバンドは中学~高校の頃から聴いていたにも関わらず、何故か手が伸びなかったんですよ、ロッカーズに関しては。多分、既に「役者・陣内孝則」を知ってしまった後だっただけに、どうしても進んで聴こうって気にならなかったんでしょうね、ガキんちょだった俺は。

  で、このライヴアルバム‥‥オリジナルアルバムを聴いてしまった後となっては、あの「初期衝動の塊」的サウンドよりも劣ると言わざるを得ないわけですが‥‥けどね、このアルバムが切っ掛けだったのは確かだわ、彼等に興味を持つのにね。

  このバンドの魅力って、例えばRAMONESみたいに1曲1曲が短い疾走チューンがメインという点もそうだけど、それ以上にエンターテイメント性が高いところじゃないですかね。'80年代のライヴ映像を観たことがあるんですが、凄くスタイリッシュなのにも関わらず、どこかファニーみたいな。クールに気取ってるんだけど、どこかに愛嬌を感じてしまう。観る側が既に「陣内孝則」という人のキャラクターを認識しているからかもしれませんが、それにしても‥‥カッコイイのよ、要するに。

  曲のカッコ良さについては改めて書くまでもないよな。このライヴ盤でもそうなんだけど、とにかく間髪無く矢継ぎ早に曲が連発される様はホント圧巻。正にRAMONESだよね。ライヴ開始後、頭3曲で勝負がついちゃうみないな、そんな強烈なインパクトを与えてくれる"パッパ・ドゥ"~"プライベート タイム"~"ロックンロール レコード"の流れはホント圧巻。同時に後半‥‥中盤の聴かせるスローナンバーを経て、再び"キャデラック"~"フェナー先生"~"ジャッキー"~名曲中の名曲"可愛いアノ娘"~"ショック・ゲーム"という怒濤の攻めは息つく暇もない程のテンション。これで盛り上がれないなんて、絶対に嘘。役者がロックやってるんじゃなくて、ロッカーが役者やったら成功しただけ。天性のエンターティナーだったんだよ。

  先日テレビで映画版「TH eROCKERS」の役者陣による演奏(歌以外は当て振り)シーンを観たのですが、やっぱりね‥‥イケメン5人も揃ってるんだもん。そりゃカッコイイわな。けどね、このノリ‥‥あの'80年代初頭のノリをリアルタイムで通過した人にしか判らない空気というか‥‥それを完全に再現出来るのは、やっぱりあの時代の人達だけだね、って再認識。残念ながらもうロッカーズが再結成することは有り得ないでしょう。'96年にギターの谷が交通事故でお亡くなりになっているんですね‥‥この時点で完全に「陣内と谷で何かやらかす」ってのはなくなったわけですから‥‥残念だけど、映画「ROCKERS」を観て疑似体験するしかなさそうです。

  映画を観て感銘を受けた人、是非サントラ盤だけでなくロッカーズのファーストやこのライヴ盤を聴いてみては如何ですか?



▼TH eROCKERS『LIP SERVICE』
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投稿: 2003 09 11 12:00 午前 [1991年の作品, ロッカーズ] | 固定リンク

2003/05/30

METALLICA『METALLICA』(1991)

METALLICAが1991年8月にリリースした約3年振り、通算5枚目のオリジナルアルバムとなる『METALLICA』。ジャケットが真っ黒なこともあり(実際には左上にロゴマーク、右下には蛇のイラストがありますが、実物じゃないと見にくいんですよね)通称『ブラックアルバム』『ブラックMETALLICA』と呼ばれるこのアルバム。恐らく多くの若いファンにとって「METALLICAといえば、このアルバム」というような代表作なのではないでしょうか。実際、そう言われる理由もよく判ります。このアルバムがリリースされた年(1991年)に、その後の歴史を大きく変えるアルバムが数枚リリースされています。NIRVANAの『NEVER MIND』、PEARL JAMの『TEN』、そしてMETALLICAのこのアルバム。どう重要なのかは『GARAGE INC.』のレビューにちょっと書いているので、ここでは省きます。

前作『…AND JUSTICE FOR ALL』及びシングル「One」で大成功を収めた彼等。レコーディングに長期間を費やし制作されたのがこのアルバム。まずプロデューサーが変わり、新たにボブ・ロックが起用されています。ラーズが「MOTLEY CRUE『DR.FEELGOOD』のドラムサウンドを聴いてジェラシーを感じた」ことからボブに白羽の矢が立ったようですが、実際にはドラムサウンドのみならず、ボブ自身がミュージシャンだったことも影響し(ギタリストとしての腕前もなかなかのもので、その後自身が率いるバンドROCKHEADとしてアルバムもリリースしています。また新作『St.Anger』では脱退したジェイソンに替わりベーシストとしてレコーディングに参加しています)ギターサウンドにも尋常じゃないものを感じたのではないでしょうか?

とにかく、前作に感じられた不満が嘘のような、非常に低音が効いた重いサウンドを堪能できる1枚となっています(勿論ベースの音もハッキリ聞こえます)。更に楽曲の方にも新たな変化が感じられ、常にアルバムトップは速い曲がお約束だったMETALLICAが変化球を用意します。

アルバムトップにして第1弾シングルとなった「Enter Sandman」は、イントロこそクリーントーンでのアルペジオからスタートしますが(ちょっといつものパターンに近いかも)、その後ドラムやベースが入ってきても……そのままのミドルテンポのまま。そう、METALLICAお約束の転調・変拍子が全くないのです。結局終始同じテンポのまま。しかも非常に馴染みやすいポップなメロディ。これには多くのファンが驚いたのではないでしょうか。実際こうした要因が幸いし、この曲はチャートのトップ20入りし、もうちょっとで10位に手が届くところまでいきます。速くないけど、明らかにMETALLICA。聴けばMETALLICAだって判るもの。ある意味、その後の彼等の運命を決めてしまった1曲といえるでしょう。

アルバム全体を多くミドルヘヴィの嵐。速い曲といっても、それまでの高速スラッシュチューンと比べれば非常に「理性的な速さ」。メタルというよりはハードロックの範疇。そんな速い曲も3曲程度で、大半はミドル~スローの、引きずるようなヘヴィチューン。しかし、そのどれもが判りやすいポップな歌メロを持っているのですから、如何に彼等がこのアルバムに対して本気で取り組んだかが伺えるでしょう。

もうひとつ特筆すべき点は、初のバラードらしいバラードの登場でしょうか。これまでも『RIDE THE LIGHTNING』収録の「Fade To Black」や、比較的バラードに近い作風だった「Welcome Home (Sanitarium)」(『MASTER OF PUPPETS』収録)や「One」がありましたが、ここに収められた2曲(「The Unforgiven」「Nothing Else Matters」)は特にメタルらしい展開もない、純粋なバラードと呼べるでしょう。若干「The Unforgiven」の方がヘヴィメタリックな作風ですが、後者「Nothing Else Matters」に関しては「何もMETALLICAがこんな曲をやらなくても」と思わせるような作風となっています。それに伴ってか、ジェームズのボーカルも非常に味わい深いものになっていて、「これがあのがなるだけだった男の歌声か!?」と思わせる程に感情豊かな歌を聴かせてくれます。

決してポップフィールドで本格的な勝負に出たいと思ったからこうなったのではなく、単純にデビューして8年経った男達の「成長」であり「進化」だったのではないでしょうか。事実、この頃のインタビューでメンバーはよく「最近はメタルよりもシアトル周辺のバンドばかり聴いてるよ。SOUNDGARDENやALICE IN CHAINS、NIRVANAとかね」と発言しています。ちなみにこの頃はまだNIRVANA、『BLEACH』しか出てない頃です。俺もこの発言を目にして『BLEACH』を探し回った程ですから。

シングルをバンバン切っていったのも、この頃の特徴。「Enter Sandman」から始まり「The Unforgiven」「Nothing Else Matters」「Wherever I May Roam」「Sad But True」の順番で5枚ものシングルをリカットしているのです(そのどれもがトップ100入りを果たしています)。当然のようにアルバムは大ヒット。何せ全米チャート初登場1位ですから。100週近くトップ100内に居座って、当時だけでも1,000万枚近いセールスを記録した程。その後も売れ続け、12年経った今現在約1500万枚近いセールスを記録しているとか(しかもアメリカだけで。他の国を入れたらもっとですよね)。このアルバムが代表作と呼ばれる理由がお判りいただけましたか?

今聴くと聴きやすい、非常にポップなアルバムなんですが……リリース当時、20歳になったばかりの俺は、真夏の暑い日、リリースされてすぐのこのアルバムを買って帰り、狭いアパートの一室で大音量で聴いたわけですが‥‥その日は通して1回しか聴けなかったんですよ。もうね、当時の俺には重すぎて。サウンド的にも楽曲的にも、想像以上に重かったんですよ。で、それが60分前後続くわけで……そりゃ1回聴いたら胸焼け起こす程、お腹いっぱいになるわな普通。今じゃ考えられないだろうけど、ホントにそうだったんですよ。それくらいエポックメイキングな作品だったわけ、当時の俺にとって(その後、同じようなインパクトを与えてくれたのはGUNS N'ROSES、PANTERA、そしてNIRVANA『IN UTERO』くらいでしょうか)。

このアルバムに関してはホント語りたいことが山ほどあるんだけど、まずは聴いて欲しい。メタル云々じゃなくて、その後のロックの歴史を作った1枚として接して欲しいなぁ。偏見なしに、もの凄いアルバムの「尋常じゃないもの凄さ」を大音量で体感して欲しいと思います。



▼METALLICA『METALLICA』
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投稿: 2003 05 30 04:04 午前 [1991年の作品, Metallica] | 固定リンク

2003/03/15

ROLLING STONES『FLASHPOINT』(1991)

ROLLING STONES何度目かの来日中ですね。今やアルバムを出せば必ずワールドツアーの一環でここ日本にもやってきてくれるので、もしかしたら既に有り難みがない存在なのかもしれませんが、それでも若いロックファンにとっては「これを見逃したら最後になるかも‥‥」と焦って、高い金払ってドームや武道館や横浜アリーナへ足を運んでいるんでしょうね。

このサイトを4年以上続けて、実は初めて公で告白しますが‥‥ストーンズが死ぬほど好きでした。「でした。」って過去形なのは、単に自分の中で自己完結させてしまってるだけで、別に興味がなくなったとかそういった問題ではなくて‥‥なんつーか‥‥生意気言わせてもらえば、ビル・ワイマンが脱退した時点で俺が知ってるストーンズは終わった、と。だから「VOODOO LOUNGE」の時点で既に数歩引いたところから見てる感じなんですよね。けど、その割りにオリジナルアルバムは全て、編集盤やライヴ盤に至るまで、恐らく公式発売されているものはかなりの数を持ってたりするんですよね。そこに加えて各メンバーのソロやら、終いにはブートまで‥‥ストーンズ関連だけで7~80枚はあるんじゃないか、と。いや、もっとある気が‥‥数えたことないからな。ま、その位好きだったし、今でも嫌いじゃないわけですけど‥‥やっぱりどこか醒めた目で見てる自分がいるという‥‥ねぇ。

何でこんなことを書くかというと、それなりに理由がありまして‥‥どんなアーティストでも、やっぱり一番最初に観た時のインパクトが強いと、やはりそれに勝るステージってなかなかないんですよね。例えばAEROSMITHにしても過去何度と観てますが、どんなに「GET A GRIP」ツアーが素晴らしい内容だったからといっても、やはり一番最初に観た'88年の武道館には勝てないし、GUNS N'ROSESが東京ドームでどんなに素晴らしいショーをやっても、最初に観た初来日の40分で終わった公演、そしてその次に観た武道館のインパクトってのは超えられないわけですよ。内容的にはどんなに優れていても、あの日心に焼き付けられたものは、なかなか消えることはないし、あるいは一生その刻印を引きずって生きていくことだってあるわけですよ。

で、俺の中でもそのスペシャルな部類に入る‥‥俺の心に刻印を刻んだライヴを見せてくれたのが、'90年2月のストーンズ初来日なんですね。2月21日だったかな? チケットの半券が今見当たらないんで記憶違いかもしれないけど、多分その頃。丁度俺、高校3年で受験生だったんですね。で、この頃は正にその真っ直中でして、入試の為に1週間以上東京にいて、試験が終わったらビジネスホテルに戻って勉強、という日々が続いてたわけです。けど、たった1日だけ、俺は試験の合間にストーンズを観に行ってしまったわけです。あの頃、本当にチケット争奪戦でして、電話はなかなか繋がらない。地元にプレイガイドがまだなかった頃だったので、発売日に店頭に並ぶことも出来ず、俺は片田舎からひたすら電話をしまくって、ようやく取れた1枚のチケット‥‥しかもそれがアリーナ席、ステージほぼ真正面の20数列目‥‥嘘みたいな本当の話。最前ブロックのそんな席を、田舎の高校生だった俺が取れたわけです。そりゃもう舞い上がったわけですよ。確か12月だったかな、チケット発売は。周りが受験でピリピリしてる中、ロック仲間の同級生と「俺、ストーンズすっげー前取れたよ!」とか「いや、俺はポール・マッカートニーに行くよ!」って感じで互いに盛り上がって、受験勉強もそっちのけで(当時は共に初来日だったんですね)‥‥嗚呼、今思えば、あそこで俺の人生が大きく変わっちゃったんだよなぁ‥‥


このアルバムは'91年春にリリースされた、ストーンズとしては通算5枚目のライヴ盤。ワールドツアー自体が確か7年とかそれくらい振りだったこともあり、かなり盛り上がったんだよね、当時は。しかも初の来日公演(東京ドームを10回!しかも即日完売!!)まで含まれていたんだから。それまでここ日本ではストーンズって、名前の割りに全然売れてなかったし、盛り上がってなかったんだよね。けど、初来日が大きく影響して、当時リリースされたアルバム「STEEL WHEELS」はここ日本でもバカ売れしたし、ツアースポンサーに「ポカリスエット」がついたことでCMに起用されたり、等々‥‥で、来日直前から空前の盛り上がり。当時はライヴの模様が地上波でテレビ放送までされた程でして(GWに夜9時から2時間半という破格の扱い!未だに俺、そのビデオ持ってるよ)。ここ数年の間にロックファンになった子には判らないかもしれないけど、とにかくそれくらい日本が盛り上がったんですよ。で、このアルバムはその日本公演の音源も一部収録してるってことも、当時のファンにとっては大きな記念になってます("Ruby Tuesday"がそれ)。

ここで聴けるストーンズってのはある種異色かもしれないね。というのも、かなり当時のテクノロジーを駆使したサウンドになってるし(何せキーボードのチャック・リーヴェルの他に、シンセ/マニピュレーターとしてマット・クリフォードが参加してるんだから)、絵に描いたような'80年代的サウンドで、人によっては違和感を感じるかもしれません‥‥その後「VOODOO LOUNGE」でのツアー辺りからどんどん過去のアーシーなサウンドへと回帰していって、今現在行われてるツアーでもより自然体なストーンズを味わえると思うんですが、俺はこういうストーンズもまたストーンズらしいと思うんですね。それにさ、やっぱり自分が観たミック、キース、ロニー、チャーリー、ビルという「5人のストーンズ」が残した最後の音源集だからね。

マット・クリフォードという男が参加したお陰で、演奏はかなりスタジオ音源に近い印象を受けます。シーケンサーを使い出したのもこのツアーからだし("Sympathy For The Devil"のパーカッションとかね)、今や演奏してないであろう"Paint It Black"や当時の新作からの"Sad Sad Sad"、"Rock And A Hard Place"、キースの歌う"Can't Be Seen"等は、やはりあの編成でなければ表現出来なかった楽曲だろうと思うし、かと思うと"Little Red Rooster"(エリック・クラプトンが参加したテイク。恐らくキースのバースデー公演からのものでしょう。ブートで持ってるし)ではちゃんとルーツを垣間見ることができるし、ラストの"Brown Sugar"~"Jumping Jack Flash"、そしてアンコール"Satisfaction"の畳み掛けるような構成は圧巻だし。けど‥‥やっぱりイントロの"Continental Drift"からオープニングの"Start Me Up"に入る瞬間の花火のドカン!という音。これが一番ゾクッとくるね。当日を思い出すもん。

そうそう、このアルバムオンリーのスタジオ録音の新曲が収録されている点もポイントかな。"Highwire"と"Sex Drive"は結局その後何枚かリリースされたベスト盤にも収録されることもなく(共にシングルカットされてるのにね)、ファン以外にはアピールが弱い楽曲かもしれないけど、俺は好きだな。"Highwire"は湾岸戦争に対する彼等なりの皮肉だし(ま、リリースされた頃にはもう終わってたけどね)、"Sex Drive"のドス黒さはやはり彼等にしか表現できない味だし。共にビル最後の参加曲なだけに、やっぱりファンになった人には是非聴いてもらいたい曲だね。ま、その後のライヴでも演奏されたって話は聞いたことないので、ストーンズにとってもどうでもいい楽曲なのかもしれないけど‥‥


約3時間に及ぶストーンズ公演を観た俺は、興奮状態のままホテルに戻って、結局勉強も手につかないまま、一晩中ウォークマンでストーンズのアルバムを聴きまくって、翌日の試験も散々。結局ストーンズ熱が災いしたのか、その年の受験は全て失敗。晴れて俺は浪人生として上京することになったのでした。そして予備校にもろくすっぽ行かないで、学校のあった高田馬場や新宿へCDやブートを探し求めに行く日々‥‥そう、あのストーンズ初来日がそれまでの俺の全てを変えてしまって、あれやあれやと月日は流れて、こういうサイトをやる羽目になって、何の因果かそのストーンズについてレビューを書いているという‥‥って好き好んで書いてるんですけどね。

結局その後、今回を含めて3回来日公演を行っているわけですが、そのどれにも行ってない俺。さすがに今回の武道館公演には心惹かれたものの、抽選外れちゃったから行かなかったし。まぁきっと、このまま二度と観ることはないんだろうけど‥‥今10代の子達にこれだけは言っておきます。悪いことは言わないから、親の財布からネコババしてでも、1回はストーンズ観ておきなさい!‥‥ま、こんなどうしようもない大人になりたくなかったら、絶対に観ないように‥‥

けどこのアルバムは聴いてみてね。多分、もっとロックが好きになると思うからさ。



▼ROLLING STONES『FLASHPOINT』
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投稿: 2003 03 15 12:59 午後 [1991年の作品, Rolling Stones] | 固定リンク

2003/03/13

ENUFF Z'NUFF『STRENGTH』(1991)

1989年にデビューしたENUFF Z'NUFF。デビュー時の奇抜なビジュアル・イメージからグラム系と思われたりもしたけど、シングル "Fly High Michelle" は中ヒット、ファーストアルバム「ENUFF Z'NUFF」はビルボードのトップ100入りを果たしました。しかしながら、そのビジュアルが災いして結構非難を浴びる機会も‥‥それが原因だったのか、彼等はファーストアルバムに伴うツアーの途中から、ビジュアル・イメージを一新し、ナチュラルな方向へと移行していきました。サイケデリックなのは音楽だけで十分だ、これからは楽曲で勝負する‥‥そういう心構えが何となく見え隠れする出来事ですね。

そうして出来上がったのが、この「STRENGTH」というセカンドアルバム。'91年春に全米でリリースされました。今作からボーカル&ギターのドニー・ヴィとベースのチップ・ズナフが、前作でエンジニアを務めたポール・ラニと共にプロデューサーとしてクレジットされています。アーティスト自身がプロデュースに関われるようになれたということは、レコード会社からもそれなりに認められたということなんでしょう。実際、その内容もファーストを更に押し進めた、非常に濃い作品となっています。

ファーストではメタル・バブルを引きずりながら、ちょっとビッグプロダクション気味だったサウンドも、今回はかなり抑え気味に、「まず楽曲ありき」というテーマでもあったのか、その楽曲を引き立てるようなサウンドとアレンジになっています‥‥つまり、前作よりも楽曲の完成度が更に高くなっているんです。1曲目"Heaven Or Hell"からして、もう名曲。前作では弾きすぎた感のあるデレク・フリーゴ(Gt)も、今作では少しだけ抑え気味に、けどソロでは一気に爆発するというように、あくまでバンドの一員としての成長を見せています。

また、前作ではルーツミュージック的なものとしてブルーズを引き合いに出しましたが、今作からいよいよドニーとチップの本当のルーツであるBEATLESやCHEAP TRICKからの影響が色濃く表れ始めています。ジョン・レノン的な"Holly Wood Ya"や"Goodbye"といった楽曲は、前作にはなかった色合いではないでしょうか。また、アルバムラストを飾る"Time To Let You Go"に関しては非常に初期のBEATLES的で、この曲のみ録音がアナログ(モノラル)的なんですね。余計な音を極力削り、隙間だらけのサウンドなんだけど、実はこの曲が一番温かみを持っているという‥‥ロビン・ザンダー(CHEAP TRICK)やジンジャー(THE WiLDHEARTS)がこの曲を気に入ってカヴァーしたり、当のポール・マッカートニーまでもがこの曲を高く評価したという噂がある程、人気が高い楽曲です。

勿論、それ以外の楽曲も非常に優れたものばかりなのですが、前作にあった「陽」の面が今作では若干後退し、ちょっとダークな面が強調されているように感じます。シンプルなロックンロール"Long Way To Go"や如何にも彼等らしいサイケナンバー"Mother's Eyes"(アルバムからのファーストシングル。これも名曲ですね)、タフでグラムな"Heaven Or Hell"といった「陽」を感じさせる楽曲もあるにはありますが、例えば前作にあったような、如何にもアメリカのバンドといったような脳天気さはここにはありません。どちらかといえば、よりブリティッシュ寄りになったというか‥‥それは先にも挙げたBEATLESやCHEAP TRICK(彼等は同じボストンのバンドですが、やはりブリティッシュ寄りでしょう)からの影響をそのまま形にしたから余計にそう感じるんでしょうね。

後に判ったことですが、この時期のドニーはヘロインまみれで、相当酷い状態だったそうです。そんな状態の中作った"Missing You"や"Strength"等は彼等にしてはダークでヘヴィな側面を持った楽曲ではないでしょうか? 前作にもブルーズフィーリングを感じさせる楽曲はありましたが、"Missing You"は同じようなリズムを持ちながらも、もっとドロドロしたような印象を受けますし(サイケなコーラスのせいもあるんでしょうけど)、何よりもシンガーとしてのドニーの成長によって、よりそういう側面が強調されてしまったのも大きいと思います。自分も始めてこのアルバムを聴いた当時、"Heaven Or Hell"といった超名曲からスタートして「これは凄いアルバムかも!!」と期待させておいて、"Missing You"~"Strength"というヘヴィでサイケでディープな曲が連続する流れに絶句してしまったという‥‥ENUFF Z'NUFFというバンドのパブリックイメージをファーストアルバムで作ってしまっていた俺が、新作でショックを受けた、という意味でですよ。今聴くと、これよりもヘヴィなアルバムはその後の彼等は作っていたりするので別にそこまで重いとは感じないのですが、やはりそういうエピソード(ドニーのドラッグ癖)を聞いた後に改めて接すると、聞こえ方もまた違ってくるような気が‥‥偏見でしょうか?

とは言いながらも、実はこの俺、何を隠そうこの「STRENGTH」が一番好きなアルバムだったりするんですよね。適度にヘヴィで適度にポップ。依然パワーポップというよりはハードロックの音ですが、これが'91年という時代にドロップされたという事に意義があるんじゃないでしょうか‥‥そう、この半年後にMETALLICAがブラックアルバムを、GUNS N'ROSESが「USE YOUR ILLUSION I & II」を、そしてNIRVANAが「NEVER MIND」、PEARL JAMが「TEN」をリリースするんです‥‥そう考えるとちょっと興味深くないですか?

俺の太鼓判押しでこのアルバムに興味を持ったあなた。今すぐCDショップにこのアルバムを求めに行っても無駄ですよ‥‥だってこのアルバム、現在廃盤ですから。'90年代半ばからずーっと国内外で、唯一このアルバムだけが廃盤状態です。最近、ようやくサードアルバム「ANIMALS WITH HUMAN INTELLIGENCE」も海外で再発されましたが、何故かこのセカンドのみ廃盤状態が続いています。何か権利関係で揉めているのでしょうか? インディーズなら意外と簡単に再発できるんでしょうけど、メジャーとなると権利の買い取りとか、いろいろ難題が多いんでしょうね‥‥それとも、ダニーがこのアルバムの再発を拒んでいるんでしょうか?(方やバンドはこのアルバムを「ダーク過ぎる」「プライベートが酷い状態だったこともあって思い出したくもない」と嫌っている様子)ファーストを気に入った人も、そして最近の彼等を気に入っている人も、意外とこのアルバムはいけるんじゃないかと思うんだけどなぁ‥‥



▼ENUFF Z'NUFF『STRENGTH』
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投稿: 2003 03 13 06:38 午後 [1991年の作品, Enuff Z' Nuff] | 固定リンク

2001/06/12

MANIC STREET PREACHERS『STAY BEAUTIFUL (Japan Only Mini Album)』(1991)

ウェールズの片田舎。テレビで放送された1970年代のパンク・ムーブメントを追ったドキュメント番組を観て、触発された4人の少年‥‥ジェームズ・ディーン・ブラッドフィールド、リッチー・エドワーズ、ニッキー・ワイア、ショーン・ムーア。THE CLASHに憧れ、同じような4人編成のパンクバンドを結成する‥‥それがMANIC STREET PREACHERSだ。1988年に結成し、インディーズのオムニバス盤に"Suicide Alley"を提供した後に、1990年「NEW ART RIOT EP」をリリース。ここではまだ話題になることはなかった彼ら。しかし、1991年3月、彼らは"Motown Junk"1曲でその名を世間に知らしめることとなる。


「ジョン・レノンが死んだ時は笑っちまったぜ
 だって21年生きてきた俺には
 何の意味もなさなかったんだからさ」


Richyという歌詞が印象的且つ衝撃的だった為に、「時代錯誤の勘違いパンクス」扱いされる。それだけではなく、彼らは常に話題を作り続けた。ライヴをやれば暴動を起こし、雑誌のインタビューで「お前ら、ハッタリだろ!?」と聞かれれば、本物だと証明する為に記者の目前で腕を切る(有名な「4 REAL」事件。左の写真がそのインタビュー時のもの。カラー写真もあるが、それは生々しいので、あえてブックレット内の白黒写真を採用した)。そして何より有名なのが、「30曲入りの2枚組アルバムを1枚だけ作って、世界中でナンバー1になって解散する。上手くいかなかったらその時も解散」という、無謀な発言である。これら一連の発言及び行動は、全てリッチー・エドワーズという男の仕業なのだ。この男こそが初期マニックスの原動力であり、支柱であった。彼は楽器もろくに弾けないが、見とれる程のルックスと、ある種文学的とさえいえる歌詞を担当していた。彼こそがマニックスのブレインであったのだ。

インディーズでもう1枚("You Love Us (Heavenly)")出した後に、いよいよ彼らはメジャーと契約し、シングルを連発する。"Stay Beautiful"、"Love's Sweet Exile"と続き、そして1992年に入り再録音した"You Love Us"をリリースした後に、2月14日にいよいよファーストアルバム「GENERATION TERRORISTS」がリリースされるのであった‥‥

以上、マニックスが歴史的意味合いを持つファーストをリリースするまでの、大まかな流れだ。さて、ここで紹介するのはそのファーストではなく、それよりも数ヶ月前に日本のみでリリースされた、ファースト・ミニアルバム「STAY BEAUTIFUL」だ。このアルバムによって彼らは日本デビューするわけだが‥‥これにはマニックスを語る上で、非常に重要な曲が収録されているので、あえて取り上げることにした。

日本編集盤ということだが、内容は先に紹介した"Motown Junk"以降の3枚のシングルから、それぞれ2曲ずつ選曲し、1枚にまとめたものだ。インディーズからの"Motown Junk"と"You Love Us (Heavenly)"、そしてメジャー移籍後の"Stay Beautiful"という、ちょっと強引さを感じる選曲となっている。何故強引か? それはインディーズ時代とメジャー移籍後とでは、音楽性やプロダクションが全く違うからである。いや、全く違うというわけではない‥‥化けの皮を脱いだというか、本性を現したという方が正しいかもしれない。インディーズ時代の4曲は、いかにもといった荒いサウンドプロダクション、そこに乗る楽曲はパンク以外の何ものでもないストレートなロックだ。しかし、"Stay Beautiful"‥‥これはどうだろう? サウンドプロダクションはメジャー級‥‥というより、まるでハードロックバンドのそれみたいなのだ。音楽的には既にパンク一色から脱皮し、非常にカラフルな色合いを見せつつある。ドラムは打ち込み(より正確さを表すためにそうしたらしい。というより、ショーンが下手だったということなのだろう)、ギターの音もより厚みを増し、ソロは泣き、シンセを被せた‥‥これはいろんな意味で衝撃だ。「時代錯誤のバカパンク」呼ばわりした評論家や音楽ファンは焦ったに違いない。「何なんだ、こいつらは!?」と。更にそのカップリング "R.P.McMurphy"なんて、アコースティックテイストの小楽曲だ。インディーズではバカを演じ、メジャーに上がった途端に本性を現したかのようなその変貌。強引な流れのアルバムではあるが、短期間の間に遂げたバンドの変貌を知るためには、格好の材料だ。

Band先に書いたように、このアルバムにはマニックスの歴史を語る上で欠かせない曲が収録されている。それはインディーズ時代の2曲、"Motown Junk"と"You Love Us (Heavenly)"なのである。確かに現在再発されているファーストにこの2曲は収録されている。しかし、"Motown Junk"はあくまでボーナストラックであり、英国盤には未収録。現在英国では入手が困難になっている1曲でありながら、ライヴでは必ず毎回演奏される、重要な曲だ。なぜ重要なのかは最初に書いた通り。

そしてもう1曲の"You Love Us (Heavenly)"だが、ファーストアルバムにも同名曲が収録されているが、アレンジが異なる。この曲のメジャーバージョンはエンディングがガンズの"Paradise City"のようにテンポアップして、如何にもライヴラストを想定してアレンジし直しました、というような作りに変えられているが、このインディーズバージョンの方は‥‥映画「トレインスポッティング」でもお馴染み、イギー・ポップの名曲"Lust For Life"まんまなのだ(笑)。CLASHときて、イギー‥‥判りやすい連中だ(笑)。しかも、ここ最近のライヴではこっちのバージョンで演奏される機会が多い(でも、大体はエンディング部分はカットされて、たまに気が向いた時にやってるような感じだ)。ファーストを聴いて「何だよ、何がそんなに凄いのか判らないよ!」とお嘆きのあなた。そんなあなたにこそ、このミニアルバムを聴いていただきたい。1991年という時代性を改めて考えて欲しい。時代はレイヴやハウス‥‥ダンスミュージック主流だったのだ。STONE ROSESやHAPPY MONDAYSといったマッドチェスター勢、EMF, JESUS JONESといった似非ダンス勢、更にORBITAL, THE KLFといったハウス/テクノ勢。その一方で、ギターのディストーションサウンドで「音の壁」を作る、サイケ且つガレージっぽいシューゲイザー勢‥‥RIDE等‥‥がいた1991年。そんな時代にこんな直球で勝負を挑んだマニックスは、ある意味バカだと思う。それは当時も感じていた‥‥しかし、そんなバカっぽさが、支持された理由であり、だからこそ信用できたのかもしれない。節操がないといってしまえば、それまでだが‥‥

このミニアルバム。俺はファーストを手に入れた後に後追いで買ったのだが、実は彼らを最初に知ったのは、何を隠そう、このアルバム収録の"You Love Us (Heavenly)"だったのだ。TVKで夕方やってた音楽番組に大貫憲章が出演し、今一番オススメのバンドといって紹介したのが、この曲のPVだった。しかし、その時聴いたこの曲に対して、何の感情も抱かなかった、特に記憶に残らなかったこともちゃんと付け加えておく。確かに映像は衝撃的だったが‥‥そんな俺が彼らの魅力に気づくには、あともう数ヶ月必要になるのだった。



▼MANIC STREET PREACHERS『STAY BEAUTIFUL』
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投稿: 2001 06 12 09:42 午後 [1991年の作品, Manic Street Preachers] | 固定リンク

2000/12/25

LUNA SEA『LUNA SEA』(1991)

  1991年春にYOSHIKI(当時X)が運営するインディーレーベル『EXTASY RECORDS』から発表された、記念すべきファーストアルバム。既にこの時点でセルフプロデュースによって手掛けられているこのアルバム、当時のインディー系と比べてみても非常にクオリティーが高い事に驚く。とはいっても、やはりそこはインディーズ。レコーディングの技術面からすれば当時のメジャー配給のアーティストのそれとは比較にならないのもまた事実。実際に、同時期に発表されたXの「JEALOUSY」とその音質・音圧を比べてみればよく判るはずだ。

  しかし、音質と楽曲のクオリティーが比例するとは限らない。ここに収められている10曲は、その後の後続バンド‥‥後にヴィジュアル系と呼ばれるようになるジャンル‥‥のひとつの雛形になる程、影響を与えた。クリーントーンやコーラス、ディレイをかけたギターが2本(一方がコードストローク、もう一方がアルペジオ)というアレンジも、当時の他の同系統バンドとは一線を画していた。例えば先輩格のXと比べてみても、如何にLUNA SEAがディストーションに頼っていないかが一聴瞭然だ。単なるヘヴィメタルをルーツにしたバンドではなく、ゴス・パンク等の影響が強い面も独特だったように思う(今となっては別段どうってことないのだが)。当時も派手な化粧を施した‥‥今でいうヴィジュアル系的‥‥バンドは沢山いた。が、それらの殆どがヘヴィメタル的だったり、勘違い日本的イメージだったりしたのに対し、彼らはTHE CURE, SOUTHERN DEATH CULT(後のTHE CULT), THE MISSION, JAPANといったイギリスのバンドの影響が色濃いのが特徴だった。また、特にこの作品では同じ日本の先輩であるGASTANKからの直接的な影響も伺える。具体的な例として、"Shade"や"The Slain", "Chess"といった辺りは、初期~中期の(メタル色が弱く、よりパンキッシュだった頃の)GASTANK的だ(楽曲のタイプだけでなく、RYUICHIの歌唱法もそっくりなのが微笑ましい)。

  音楽的にも斬新だったのは、Xと違ってボーカルの声がとても親しみやすい声質をしていた点。今のRYUICHIの歌唱力と比べればこのアルバムのそれは幼稚なものかもしれないが、それを補う勢い(攻撃性/暴力性/シアトリカル性)がここには詰まっている。例えば次作で再レコーディングされている"Moon"を聴き比べれば、インディーズ時代の彼らの勢いのようなものを肌で感じ取れるはずだ。または先日発表されたベスト盤で再録音された"Precious..."でもいいだろう。とにかく結成2年程度のバンドが持っていた『原石の輝き』がここに封印されている。

  今でもライヴではこのアルバムから何曲か取り上げられる事からも、彼らが未だにこの作品に拘り、そして誇りを持っているのがよく判る。もしあなたがゴス系や耽美系に興味があり、'80年代のインディーバンドにも精通しているならば、悪い事は言わない。迷わずこのアルバムを聴くべきだ。Xの「VANISHING VISION」と並ぶ、インディー盤の名盤のひとつとして歴史に残る名作。



▼LUNA SEA『LUNA SEA』
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投稿: 2000 12 25 12:00 午前 [1991年の作品, LUNA SEA] | 固定リンク

2000/03/27

THUNDER『BACKSTREET SYMPHONY (US Re-RELEASED EDITION)』(1991)

1stは勿論アメリカでもEMIからリリースされたが、ノン・プロモーション状態に近かった。'90年春にアメリカでクラブツアーを行った際に、彼等は自分達のアルバムがどのレコード店にも置かれていない事を初めて知る。そこで彼等はアメリカでのみ新しいディールを探した。モンスターズ・オブ・ロックが切っ掛けでAEROSMITHのメンバーやWHITESNAKEのデヴィッド・カヴァデイル、GUNS N'ROSESのアクセル・ローズが後押ししてくれたお陰で、それらのバンドが所属するGEFFEN RECORDSと再契約するに到った。その際に、あの英国流ブラック・ユーモア満載のジャケットを差し替えて再リリースされたのが、このアルバム。収録曲やミックスもオリジナルのままで、ただ単にジャケットを差し替えただけ。こちらの方が好きというファンも多いらしい。

ちなみに日本ではこのジャケットを使って'91年6月から数年間、2枚組エディションが流通していた。(現在は廃盤)ディスク2だが、彼等がこれまでにシングルのC/Wや雑誌の付録ソノシートに収録してきたライヴ音源を1枚にまとめたライヴ盤で、かなり貴重な音源も含まれていた。特に先のドニントンの模様が数曲収録されている。当時は来日もしていなかったしライヴ盤もリリースされていなかったので、かなり重宝された。今でも中古盤店で見かける事が多いので、ライヴディスクの為だけに買い直しても損はしないと思う。



▼THUNDER『BACKSTREET SYMPHONY』
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投稿: 2000 03 27 01:53 午後 [1991年の作品, Thunder] | 固定リンク

1999/11/24

QUEEN『INNUENDO』(1991)

これはレビューなんて代物ではなく、俺個人のこのアルバムに対する想いを綴ったものだという事を最初にお断りしておく。

「悲壮感漂う異色作」‥‥フレディ・マーキュリー生前最後のオリジナル作品(通算13作目)であるこの『INNUENDO』がリリースされたのは1991年初頭。何故このアルバムはこんなにも重苦しく、悲壮感が漂っているのか? 勿論、全てが全てそういう曲ばかりではないが、少なくとも核となる楽曲(「Inuuendo」「Don't Try So Hard」「Bijou」「The Show Must Go On」)には、これまでにはないくらいの緊張感を感じ取る事が出来る。恐らくフレディは「このアルバムが最後になるかも‥‥」という気持ちでレコーディングに臨んだのだろう。アルバム全体を包む重圧感、そして終焉を感じさせる空気の中、彼の歌声から「生」への生々しいくらいの叫びをひしひしと感じる。常に「エンターテイメントのフレディ・マーキュリー」だった彼は、自身の最期に「アーティストとしてのフレディ・マーキュリー」を誇示しようとした。そしてその力量には舌を巻くばかりだ。

正直、俺の中でのQUEENというバンドは1991年の時点で「終わっている」存在だった。いや、リアルタイムで聴き始めた「Radio Ga Ga」の時点で既に「終わった」事になっていた。雑誌やメディアの情報を鵜呑みにしていた当時中学生の俺は、QUEENの全盛期は70年代という事になっていて、いくらその後(80年代以降)ヒットを飛ばそうが、「生きながらえている、ゾンビのような存在」と見なして軽視していた。だからこの『INNUENDO』というアルバムがリリースされた頃も、鼻で笑って素通りしたのだ。雑誌「ヤング・ギター」や「BURRN!」等で大絶賛されていたものの、当時はスラッシュやハードコアの領域にドップリ浸かっていた時期なので、自ら進んで買おうなんて思いもしない。

しかし、そんな俺にもこの傑作と対面する時が来る。それから約半年後だった。1991年9月だったと思う。当時通っていた専門学校の同級生がCDショップでバイトしていて、「社割で安く手に入れたけど、もう聴かないからあげるよ」と数枚の輸入盤を差し出した。当時リリースされたばかりのブライアン・アダムスの新作や何やら(その他は忘れた。多分記憶に残らないようなクズばかりだったのかもしれない)‥‥その中に『INNUENDO』もあった。貰ってから数週間経って、ようやくこのアルバムに手を出した。バイト帰りの終電の中。あの幻想的なイントロが始まる‥‥電車から降りてもその空気に浸りたいが為に、聴き終えるまでの数十分、寄り道して帰った事を思い出す。

衝撃だった。QUEENの新作はそれまでもリアルタイムで何枚か通過していた。『THE WORKS』『A KIND OF MAGIC』『MIRACLE』‥‥しかし、単に通過したに過ぎなかった。なのにこのアルバムは俺の心臓を鷲掴みにしたのだ。掴んで離さなかったのだ。「何かが変わる‥‥いや、何かが終わる。そんな気がする‥‥これは‥‥彼らのラストメッセージなのか?」 「The Show Must Go On」を聴く度にそんな思いで頭がいっぱいになった。それからフレディの悲報が届く11月24日までの2ヶ月近く、毎日聴き込んだ。そして暫く聴けなくなってしまった。これはバンドとしてのメッセージではなく、フレディの遺言だった(少なくとも、この俺にとっては)‥‥「ショーはまだ続くんだよ」彼がいなくなっても、残された楽曲の輝きは変わらない。これらを聴けばいつでもQUEENに会える。けど俺は、他の楽曲は聴けても、このアルバムだけは当時、重すぎて聴けなくなってしまった。アルバム単位だけでなく、楽曲単位で。だから追悼盤と化してしまった『GREATEST HITS II』も買わず終いだった。

翌1992年1月下旬、俺は生まれて初めて海外へ出向く。QUEENの国、イギリスへ。語学研修という名の短期留学で、ボーンマス(Bournemouth)という南の海沿いの小さな町で俺は生活をする事になる。週末になればロンドンへ泊まりで出向いたり、他の地へ観光しに行ったりもした。そして、どこへ言っても目にしたもの。それはQUEENのアルバムだった。初めてイギリスに行くにも関わらず、俺はBEATLESもQUEENもピストルズも持って行かなかった。ホストファミリーは音楽一家で、父(ホストファザー)は音楽出版社に勤め、母(ホストマザー)は夜になるとホテルのバーなどでジャズシンガーをする。兄は仕事の傍らドラムを叩き、姉はミュージシャンを目指しバイトの日々。俺をこの家族に宛った人に感謝しなければならない。勿論俺自身も音楽で飯を食いたいって夢を語っていた。夜になると兄や友人を連れてパブやクラブへ出向いて、毎晩午前様だった。

ある日、父が「QUEENは日本でも大人気だったんだよな?」と俺に尋ねた。「勿論!」と即答し、俺はQUEENの曲で日本語のサビを持つ「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」を唄う。それに父が加わる。そして『INNUENDO』というアルバムに出会うまで、俺は彼らの功績を軽視していた事、そのアルバムを切っ掛けに彼らの楽曲の素晴らしさや魅力を再認識した事、そしてフレディの死後アルバムを聴けなくなってしまった事を、つたない英語で伝えた。その想いはなんとか伝わったようで「フレディの死を悲しんだのだから、お前も俺達と同じ英国人だよ」とまで言ってくれた(かなり曲解してるかもしれないが)。

ボーンマスを離れる朝、父は俺に「ここで過ごした1ヶ月の思い出に」と、俺が持っていないと言った『GREATEST HITS II』のCDをプレゼントしてくれた。嬉しくて泣きそうになったが、ありがとうと言ってそっけなくその場をやり過ごした。ロンドンへ向かうバスの中でずっと一人泣いた。そして更に、その場でCDを聴けない事にもっと泣いた(ウォークマンしか持って行かなかったのだ)。ロンドンに着いてすぐにタワーレコードに向かい、『GREATEST HITS II』のカセットを入手したのは言うまでもない(苦笑)。そして俺にとって1992年1~2月のイギリスといえばMANIC STREET PREACHERSとNIRVANAとQUEENという事になった。『GENERATION TERRORISTS』『NEVER MIND』『GREATEST HITS II』を聴けばいつでも、あの寒空のボーンマスへ戻る事が出来る。

これを切っ掛けにして再び、俺は『INNUENDO』の楽曲と真正面から向き合えるようになった。そして今、去年の11月24日以来久し振りにこのアルバムをプレイヤーのトレイに載せる。力強い「The Hitman」や「I Can't Live With You」も、優しく響く「These Are The Days Of Our Lives」も、コミカルな「Delilah」も、鼓動が高鳴る「Headlong」も、そして‥‥先に重く、悲壮感が漂うと表現した楽曲群も、今では全てが愛おしい。批評とか解説とか、そういう次元でこれらを語る事なんてやっぱり出来ない。QUEENの中でも一番思い入れが強い、特別なアルバム。それ以上でもそれ以下でもない。彼らが、そしてフレディが残した「The Show Must Go On」というメッセージ(或いは決意表明)を一番最後に持ってきてアルバムは幕を閉じる。そして(俺達が知っている、という意味での)QUEENというバンドもこの言葉を最後に、約20年という長い歴史にピリオドを打つ事となった。アーティスティックな作風を打ち出しながらも、最後の最後まで彼らはその意志を貫き通したのだった。

きっとこんなバンド、もう2度と登場しないだろう。そして俺にとってもこんなアーティストも、こんなアルバムも2度と現れないだろう。いや、現れてもらっては困る。こんなに辛く悲しい思いは2度とご免だ。だけど、このアルバムを聴いても悲しくない、今は。だって既にこれは俺の、そしてあなたの決意表明でもあるのだから‥‥。

「Show Must Go On」



▼QUEEN『INNUENDO』
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投稿: 1999 11 24 03:24 午前 [1991年の作品, Queen] | 固定リンク

1999/06/29

JESUS JONES『DOUBT』(1991)

このアルバムがリリースされた1991年といいますと‥‥世の中はマッドチェスターやらシューゲイザーやらグランジやら‥‥まぁ時代の変遷期とでもいいましょうか? イギリスから登場したマッドチェスターやシューゲイザーはピークを過ぎつつあったし、アメリカでは!80年代を席巻したHR/HMがグランジに食われつつあった時期でした。そして日本‥‥バンドブームが過ぎ去り、『ビーイング』系をはじめとするカラオケブームに突入した頃でしょうかねぇ。そんなバブルの終焉期にリリースされ、世界的に大ヒットしたアルバムだったのです(ちなみにデビューは89年です)。

デビューアルバム「LIQUIDIZER」も素晴らしかった彼等ですが、アレンジ面・楽曲の出来/キャッチーさからいえば、やはりこの「DOUBT」が最も素晴らしかったと思います。勿論、当時(93年)のテクノ/レイヴ・ムーブメントにすり寄ったサード「PERVERSE」も傑作ですし大好きですが、やはり最初に聴いてもらうならこの「DOUBT」でしょう(この際、4枚目の「ALREADY」は無視します‥‥いや、好きだけど)。

当時のイギリスと言えば、やはり『ダンス』‥‥そう、STONE ROSESやHAPPY MONDAYSといった踊らせる肉感的なバンドが主流でした。そこに現れた『時代の徒花』、そう、彼等はそういう存在だったのです。しかも機械的な‥‥ROSESとの違いはそこでした。開放的というよりは閉鎖的‥‥それは否めません。サンプリングやテクノ風キーボードを取り入れた、ある意味「計算しつくされた」バンド。商業くさいと言われれば確かにそうですが、いいじゃん、そんな正直なバンドがいたって。「俺達はビッグになりたい!売れたい!世界一になりたい!そのためには究極のポップソングを書いてやる!」‥‥とマイク・エドワーズは言ったかどうか知りませんが、どっかで聞いた事ないか、こんなセリフ‥‥日本にもいましたね、こういうセリフを残して名曲を量産し続けているバンドが‥‥あえて言いませんが。いいんですよ、それでも。だって、「100%の力で書いた曲」と「売れる為に200%の力で書いた曲」があったとしたら、結局は後者にはかなわないはずですから。人間、潜在能力や底力を出し切った時にこそ、常識を逸脱したパワーが発揮されるのですから(勿論、それを「いい曲か否か?」と決めるのは聴き手ですが)。

まぁそういう『計算』が見え隠れするアルバムですが、僕はいい曲揃いだと思うんですよ。それは『結果』として表れてますよね? 当時、アメリカで成功を収めたイギリスのバンドは2つだけ‥‥EMFとこのJESUS JONESだけでした。特にJESUS JONESは2曲の全米トップ5ヒット("Right Here, Right Now"、"Real, Real, Real")をこのアルバムから生み出しています。何故STONE ROSESやHAPPY MONDAYSではなくJESUS JONESだったのでしょうか‥‥その理由は未だに判りません。もしかしたら勘違いしたのかもしれない‥‥「イギリスは今、ダンサブルなロックバンドが流行ってるらしいぞ? おぉ、こいつら、新しい音してんじゃん!?」とか何とか言ってEMFの "Unbelievable" やJESUS JONES "Right Here, Right Now" がラジオやMTVでかけ倒されたのかもしれません。案外そんなもんでしょう。もっとも曲がよくなけりゃあそこまで売れなかったでしょうけどね?

1曲目の "Trust Me" に体内の血液が逆流しないようじゃ、真のロックファンとは言えんでしょう!?(あ、暴言だ!)ダンサブルなロックンロールにデジタルビートの導入、さらにテクノ風味‥‥そう、彼等は10年先を行っていたのです! もしこれが今リリースされたなら‥‥どうなってたんでしょうねぇ? 『JJ同盟』の中では「早すぎたビッグ・ビート」とか「10年先を行っていたデジロック」なんて呼ばれている彼等ですが、冗談では済まされないと思うんですよね‥‥まぁあの当時を知る人間からすれば「あんな時代の徒花」なのかもしれないけど、逆に今の十代の少年少女達に聴いて欲しいですね? "Right Here, Right Now" と "Trust Me" だけでも聴いて欲しいなぁ。そして感想を聞かせて欲しいっス。

最後に、このアルバム‥‥いや、JESUS JONESが日本のミュージシャンに与えた影響についても考えてみたいです。少なくとも僕は布袋寅秦だけでなく、あの小室哲哉にも影響を与えたと思うんですよ。布袋に関しては当時から共演したりしてるし、まぁ彼の「ギタリズム」シリーズを聴けばその繋がりが見えてくると思うんですが、小室の場合は‥‥うまく消化してると思うんですよ。彼等から受けた影響をうまいことTRF(当時はtrfか)で試してたと思うんです(DJ KOOのヘアスタイルだけでなく)。ダンサブルでテクノなんだけど、もっとロック‥‥いや、なんならglobeでもいいや。絶対に影響受けたって! DURAN DURAN~JESUS JONES‥‥ちょっと前にはCHEMICAL BROTHERSとか言ってたらしいけど、間違いないでしょう。ということは、今の日本のミュージックシーンの大半はJESUS JONESなしには生まれなかったって事か!?

もうひとつ。彼等が全盛期だった'91~'92年、BON JOVIは4年振りの復活に際しての最初のシングル "Keep The Faith" のリミックスをマイク・エドワーズに依頼したそうです。これはサンプル盤としてラジオ局やクラブに配られる予定だったそうですが、出来上がったリミックスを聴いたジョン・ボン・ジョヴィがお蔵入りを下したそうです‥‥どこまでツいていないんだ、JESUS JONES!? 是非聴いてみたいぞ!



▼JESUS JONES『DOUBT』
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投稿: 1999 06 29 03:04 午前 [1991年の作品, Jesus Jones] | 固定リンク