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2000年9月29日 (金)

RADIOHEAD『KID A』(2000)

ロックに求めるモノ。それは人それぞれ違うだろうが、大概にして「興奮/恍惚感」と「非日常」のふたつに絞られるのではないだろうか? ロックにもいろいろなスタイルやアプローチがあるから、興奮や恍惚に達するまでの過程はそれぞれ違うものなのかもしれない。けど、そこに達してしまえば最後は一緒なんじゃないだろうか?

 

以上は前回(2000年9月度)お薦めしたUNDERWORLDのライヴ盤『LIVE: EVERYTHING, EVERYTHING』レビュー書き出しだ。俺は前回、ロックに求めるモノとして「興奮/恍惚感」と「非日常」と書いた。しかし今回お薦めするアルバムから得る/感じるモノ‥‥それは残酷で、ヒンヤリとしてるにも関わらずどこか生暖かい「現実」だったりする。出来れば避けて通りたい、居心地の悪さ。見て見ぬ振りをしてきた目の前の出来事。でも、俺達はそこから逃げられない。だからこそ現実逃避の手段として、俺達はロックから快楽や非日常的な世界を見出す。なのに、ここにあるのは、日常を更に凝縮した、身動きも取れない、思考や肉体をフリーズ状態にする、なのにそれでいてどこか気持ちいい世界。至福と悪夢の50分間がここにはある。それがRADIOHEADの3年4ヶ月振りの新作『KID A』なのだ。

‥‥って書き方はどこかタ○ソウみたいで嫌だな?(苦笑)けどまぁ、俺の言いたい事、ご理解いただけましたか? 俺は掲示板上でこの作品を「万人向けではない『ロック』アルバム」と書いたけど、そもそも前回のUNDERWORLDだって決して万人向きとは言えないし、前々回のDEFTONESだってそうだと思う。今回だって万人向けという意味ではミスチルの新作もあった。けど、ミスチルはシングルレビューを8月にやってるし、全曲解説とかやりそうな勢いだったので(笑)、敢えてこっちにしてみた。きっと多くのHPでこの作品が取り上げられ、絶賛されるのかもしれない。あるいは酷評されるのだろう。けど、ちょっと待った。このアルバムって本当に巷で騒がれているような『問題作』なのだろうか?今回は、俺なりの視点でこの作品について語ってみたいと思う。

確かに最初にこのアルバムを聴いた時は、ステレオの前に座り込んでヘッドフォンを使って聴いた。時間と心に余裕を持たせた状態で‥‥しかし50分後。俺の動悸は激しく、気持ち悪くなっていた。最後の曲「Motion Picture Soundtrack」を聴き終えるまで、一言も発することもなく(いや、発せなかったのだ)ピクリとも動けなくなってしまった。アルバムにはアップテンポの曲なんて1曲もない。なのに俺の心臓はドキドキしている。もの凄い嫌悪感‥‥あぁ、あの時と同じだ。3年前の5月末、小岩のアパートの1室で、ヘッドフォンで聴いた『OK COMPUTER』の時と。あれから4つも歳を取ったのに、彼等に接する時の感情というのは何一つ変わっていない事に驚き、愕然とした。

トム・ヨークはこのアルバムに対してのインタビューの中で、こう発言した。

 

「僕は、このアルバムにはまるっきり感情的なところが無いと思うんだ」

「ロックなんか退屈だ。僕は退屈だと思う。だってホントに、ゴミ音楽じゃないか!」

 

これらの発言がどういう会話の中で発されたものなのかは、判らない。『rockin'on』2000年10月号でのインタビューらしいが、後で読んでみようと思っている。

この「ロックなんか退屈だ」という行だけ読むと、あたかもRADIOHEADがロックを放棄した、と勘ぐる事も出来る。実際にアルバムを聴いていると、そう解釈出来る楽曲が幾つもある(例えば1曲目「Everything In Its Right Place」とかタイトルトラック「Kid A」)。これら個々の曲だけを取り上げてみれば、確かにロックではないのかもしれない。音響系だとかエレクトロニカといった表現も出来るだろう。しかしアルバム全体を通して聴いてみると、俺にはそんなに変わったようにも感じないし、十分ロックしてると思う。『THE BENDS』~『OK COMPUTER』の流れを考えてみれば、こういう方向に流れていくのは必然だと思ったし、何の違和感も感じなかった。

しかし、ヘヴィであるのには何の変わりもない。あまりに現実的過ぎるのだ。そう、あまりに生々し過ぎるのだ、彼等の場合。自分に正直すぎるが為に、こんな化け物‥‥奇形児のような作品を産んでしまうのだ。

トムは「このアルバムにはまるっきり感情的なところが無い」と言った。確かに歌唱にはエモーショナルなものは感じられない。「Creep」や「Exit Music」のような感極まるような歌はここにはない。発する単語は機械的だし、メロディーの抑揚は極力抑えられている。

第一、このアルバムにはあの彼等特有のギターマジックは存在しない。もはやギターロックであることすら避けて通ろうとする。リズム隊はテクノのように反復するビートを繰り返す。要所要所に登場する、シンセサイザー。無機質なホーンセクションの音。確かにここには感情というものが存在しないように感じられる。けど‥‥「逆もまた真なり」という言葉もあるように、彼等が無機質であろうとすればする程、情念の塊のようなものを見出す事が出来るのも確かだ。感情を抑える事によって、より深いエモーションを伝える。彼等は既に前作でこの技法を拾得している。

そしてトムは「ロックは退屈。ゴミ音楽だ」と言う。最近の彼はこのアルバムから想像出来るような音楽に夢中になっているそうだ。だから何?と言い返してやりたい。彼等は常に前進してきた。アルバム毎に同じ事を繰り返さずに、もの凄い歩幅で前進してきた。それはトムが考えるところの『ロック』の定義を既に通り越してしまったのかもしれない。だけど今一度言いたい。このアルバムは『ロック』以外の何者でもない、と。

何をもって『ロック』と定義するかは、個人の価値観や思想によって違いが生じるのは確かだ。ここでトムが定義する『ロック』とは一体どういう音楽を指しているのだろう。俺自身は何となく、この答えが見えている。けど、それを言葉に表してしまうのは怖い。何故なら、その言葉は今の俺の価値観や思想を否定する事になってしまうから。だからここでは言わない事にしておく。

先鋭的である事がロックの条件とは言わないが、最近の『ロック』と呼ばれる音楽の多くは先人達のアイデアを拝借した焼き増しモノだったり、右にならえなコンビニ・ロックだったりする。それを打破したのがNIRVANAでありBECKでありUNDERWORLDでありRAGE AGAINST THE MACHINEであった。RADIOHEADは最初こそこれら先人からアイデアを拝借した形だったが、デビュー後に本当の才能が開花した。それが『THE BENDS』であり『OK COMPUTER』であり、今度の『KID A』なのだ。

前回のUNDERWORLDが1990年代のプログレであるのと同じように、このRADIOHEADも真の意味でプログレバンドなんだと再確認した。ロックだ、ロックじゃないなんていう理由付けは後でいい。これが新しいスタート地点になったという事実が数年後に改めて語られる事になるだろう。けど、何度も言うようにこのアルバムはRADIOHEAD以外の何者でもない音楽をやっている、と。この成長は当然であり、必然なのだ。

万人向けではない、と言い表したこのアルバム。改めて思うのは、より多くの人にこのアルバムを聴いてもらいたいという事。ネームバリューで手にするのではなく、あなたの『現実』と真正面から向き合う為に。聴き終えた後に、初めてあなたにとってこのバンドが必要なのか、消したい存在なのかハッキリするはずだから。

最後に‥‥既に3日で10回以上は聴き込んだが‥‥このアルバムを聴いても、今回の俺は死のうとか考えなかった。現実の醜さを克明に表現しながらも、俺は何となくその世界に身を寄せてるのが気持ちいいのかもしれない。

 


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