« REEF『GETAWAY』(2000) | トップページ | BON JOVI『KEEP THE FAITH』(1992) »

2000年11月21日 (火)

Mr.Children『BOLERO』(1997)

  前作「深海」から約8ヶ月後というハイペースでリリースされた6作目のアルバム。内容的には4作目「Atomic Heart」('94)以降に発表されたにも関わらず、コンセプトから外れるという理由で「深海」からオミットされたシングル曲4曲と、「深海」の楽曲と同時期に書かれた曲を1枚にまとめたもので、考えようによってはバラバラの内容になってもおかしくないのだが、これが意外といい流れをつくっている。新曲群のレコーディングは前年('96)8月から「深海」のツアーが続く中、その小休止ともいえる11月末~12月にあったオフのほんの数週間を使って、ビートルズで有名なイギリスの「アビーロード・スタジオ」でその骨格部分を録音、残りは続くツアーの合間に日本国内で作業されたようだ。

  この「BOLERO」は内容的に、前作「深海」と正反対でありながら「対」のような存在である。「深海」がアナログ録音なのに対して、「BOLERO」はデジタルを駆使している点。前者がアメリカで制作されたのに対して、後者はイギリス。前者はコンセプトアルバムとしての流れを持っているのに対して、後者はナンバー1ヒットを5曲も収録したポピュラーな作り、等々。桜井は当時のインタビューで「本来は2枚組としてリリースされるべき2枚だった」と発言していて、「『深海』というのは『BOLERO』というアルバムの中の、1曲として考えている」とも表現していた。こういう事からも、「BOLERO」というアルバムが決して"Tomorrow never knows"や"シーソーゲーム"を収録するだけの為に作られた『やっつけ仕事』ではない事が判る。楽曲が作られた時期はほぼ同時期であり、たまたま「深海」の流れにはそぐわなかっただけで、捨て曲でもアウトテイクでもない。残念ながら現在(2000年11月現在)ではこのアルバムからはこれらのシングルナンバーしか演奏される機会がないが、決して侮れない、ある意味『今のミスチル』を知る為には通過せねばならぬ「踏み絵」のような存在なのだ。


★アルバム「BOLERO」全曲解説★

◎M-1:prologue
  そのタイトル通り、このアルバムのプロローグともいえるインタールード。オーチャードホールで収録されたオーケストラパートの、ほんの一コマなのだがアルバムタイトルの如く、徐々に、徐々にと盛り上がっていくのが印象的。次の曲への期待感を、いや、このアルバムへの期待感を膨らますに十分な役割を果たしている。

◎M-2:Everything (It's you)
  このアルバムの為の新曲群の中から、唯一シングルとしてリリースされたバラードナンバー。ドラマ主題歌に起用されていたので、ご存知の方も多いだろう。この曲に関しては逸話があって、当時のインタビューで桜井は「AEROSMITH辺りがやりそうな、男っぽいアメリカンHR的バラードをイメージしてアレンジした。レコーディングでも(ギターの)バッキングにVAN HALENモデルのギターを使ってそういう質感を出そうとした」と語っていた。桜井のイメージからは想像も出来ないバンド名が登場したが(笑)、なる程、そうイメージして聴いてみると、そう聞こえなくもない。ギターソロの枯れた感じ(最初の4小節が田原、残りは桜井が弾いているそうだ)がどことなくジョー・ペリーを思わせる、かな?(笑)
  そういえばこの曲の歌詞に関しても、いろいろな憶測がある。何故「愛する人よ」ではなく「愛すべき人よ」なのだろうか? 「~すべき」という表現は「~しなくてはならない」という義務感を感じさせる。つまり「愛さなくてはならない存在」に対してこの歌は唄われているのか? この曲の歌詞にはそういう義務感のようなものが多々見受けられる。その象徴ともいえるのが、サビの「自分を犠牲にしても/いつでも/守るべきものは/ただ一つ/君なんだよ」という表現。当時の桜井の状況を考えるといろいろ深読みも出来るのだが‥‥さて、みんなにとっては「愛する人」=「愛すべき人」なのだろうか? そしてあなたの「何を犠牲にしても、守るべきもの」とは何?

◎M-3:タイムマシーンに乗って
  滑り落ちるようなコード進行のギターリフからスタートする攻撃的なロックナンバー。何が攻撃的か? そのサウンドもさることながら、やはり歌詞‥‥何処に向かって発しているのか理解に苦しむ、自暴自棄な内容にギョッとする。「時が苦痛ってのを/洗い流すなら/タイムマシーンに乗って/未来にワープしたい」現状への不満・疑問、そしてそこからの逃避。逃避した「僕」は現代の「僕」に対して「この世に生まれた気分はどんなんだい?」と問いかける。しかし最後に逃避した「僕」は「どうか水に流してくれ/愚かなるこのシンガーのぼやきを」と呟く。ぶっちゃけた話、これはシンガー・桜井の愚痴で成り立っているようなもんだ。しかし、そんな中にもいろいろなひねりがある。「タイムマシーン」という事もあって、問いかけの対象は過去の偉人にも及ぶ。宮沢賢治、ルイ・アームストロング。そして恐らく、サビの「How do you feel?」「どんなんだい?」というフレーズは、ボブ・ディランの名曲"Like A Rolling Stone"の一節「How does it feel?」から派生しているのではなかろうか?
  正直、このからは「諦め」しか感じられない。それが衝撃だった。「管理下の教室(こや)で/教科書を広げ/平均的をこよなく愛し/わずかにあるマネーで/だれかの猿真似」「恋の名の元に/少女は身を売り/プライドを捨てブランドを纏った」といった事を「それが僕たちの世代です」と言い切ってしまう。それに対して逃避した「僕」は「どんなんだい?」と問いかける。「君に幸あれ/きっと明日は晴れ/本心で言えるならいいですね」と言いながらも「どうか水に流してくれ」と前言を打ち消す。俺が言った(唄った)ところで何も変わらないよ、とでも言いたいのだろうか? 桜井はどういう気持ちでこの歌詞を書いたのだろうか? そしてどういう気持ちでこの歌を唄ったのだろう? 是非とも伺ってみたいもんだ。「気分はどんなんだい?」って。

◎M-4:Brandnew my lover
  アルバム冒頭からネガティヴ2連発。これまたエフェクトかけまくったギターが印象的。Aメロの静かに流れるパートとサビでの爆発振りが対照的で、ふとNIRVANAでいう「強弱法」を思い浮かべた。間違いなくこのアルバムの核となる楽曲の1つであるのだけど‥‥もう間違いなく、この曲はミスチルの歴史の中で最もネガティヴな内容の歌だ。何せ「Fuckする豚だ」なんてフレーズまで登場してしまうのだから‥‥
  この曲といい、前の"タイムマシーン~"といい、ちょっと内容や背景を説明するのが難しい。勿論、歌詞というのは聴き手それぞれのイマジネーションによっていろんな解釈が出来る。仮に作者が唱える「正解」のようなものがあったとしても、それは聴き手にとっては無効だったりする事もある。所謂「歌詞の一人歩き」だ。ある歌詞は曲解され、ある歌詞は深読みされる。ではこの曲はどうだ? 今の桜井なら何て答えるだろうか。「“答え”なんてどこにも見当たらない」とでも言うのだろうか‥‥と、上手いこと次の曲へと繋いだな?(笑)

◎M-5:[es] ~Theme of es~
  '95年5月にシングルとしてリリースされた、同名のドキュメント映画の主題歌。ドキュメントとは勿論、ミスチルが成功を収めたアルバム「Atomic Heart」と、それに伴う2本のツアーを収録し、更にメンバーがコメントしていくというもの。この手のロック・ドキュメント映画としては'88年のU2「魂の叫び」が記憶に新しいが‥‥といっても12年前か。(苦笑)それだけこの手の映画というのが興行的に成り立ち難いかもしれない。過去にもTHE BANDやニール・ヤング、ツェッペリンがこの手のツアードキュメントを「映画として」発表しているが、大きな成功を収めたなんて話、聞いたことないし。特に現在のようにビデオやDVDなんて便利なものが流通していると、実際にライヴに足を運ぶよりも面白い、なんて事にもなりかねない。そういう意味ではあの絶頂期にああいうドキュメントを「映画で」発表したという事実に、拍手を送りたい。
  さて、楽曲について。一時期のポール・マッカートニーに通ずる壮大なバラード。「“答え”なんてどこにも見当たらない」この世の中、「何が起きても変じゃないそんな時代」だからこそ「流れるまま進もう」‥‥結局「栄冠も成功も地位も名誉も/たいしてさ/意味ない」んだし、単純に僕は「よろこびに触れたくて明日へ」走っていく。一転してここでは前向きさを感じ取る事が出来る。まぁ書かれた時期が違うというのも大きいが、実はこの歌詞を書いている時('95年1月頃)にあの「阪神大震災」があったというのも大きく関係していると思う。その頃、バンドはツアーで札幌にいたそうだ。歌詞を書きながら目にしたあの惨事。「何が起きても変じゃない」というのは桜井の正直な気持ちなのだ。そして「そんな時代さ覚悟はできてる」と決意表明。この曲辺りからミスチルが変わった、という声も少なくないが、果たして本当にそうなのだろうか? 苦悩の時代である中期ミスチルへの過渡期的作品と俺は解釈している。

◎M-6:シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌~
  '95年8月にシングルとしてリリースされた大ヒットナンバー。つうかさ‥‥これってハッキリ言って、セルフパロディーだよね?(苦笑)過渡期の中、いろいろ進むべき道を模索してるっていうのがひしひしと伝わってくる。自分達がやりたい事とファンが求めるモノとの間で揉まれた結果が、この自らをパロったようなナンバーなのでは?
  それとこの曲、ビデオクリップでもお判りの通り、モロにエルヴィス・コステロをパクってるって。それは本人(桜井)もインタビューの中で言ってたしね。ただ、この頃から「プロデューサーやエンジニアに『○×風のアレンジで~』っていう表現はいい加減に止めたい」といろんな所で発言し出してた気がする。ここまであからさまにやっておいて、そりゃないだろう‥‥(笑)

◎M-7:傘の下の君に告ぐ
  THE SMITHSの"This Charming Man"をマイナーコードに転調したようなイントロが印象的な、アップテンポな小楽曲。ボーカルに絡みつくようなサックスのメロディーが気持ちいい。意外と今までなかったタイプの楽曲かも。
  ずっと気になってたのだけど、このタイトルの『傘の下の君』って誰なんだろう? 明らかにその『君』に向かって唄っているのだけど、その内容はと言えば消費社会(昨今の音楽業界も含む)に対する警告のようなもの。いざ頂点に立ってみたものの、そこには何もなかった、ただ真っ白な世界だった。過去に桜井はインタビューで、自身の成功についてこう表現した事があった。「100万枚売れたらどうなるんだろう?そこには何があるんだろう?」と。そしてその答えは『虚無』だった。その空しさを唄った楽曲群を収録したアルバムがまた350万枚近くものセールスを記録してしまうのだから、世の中皮肉というか何というか‥‥1年間の活動休止が既に決まっていたとはいえ、このアルバムの楽曲を前にした当時は「やっぱり解散なのかな‥‥」と感じたものだった。そう、誰もが二度と戻って来ないと思ってたのだ。"終わりなき旅"に出会うまでは‥‥
  そう考えると、ここで唄われている『傘の下の君』って、「100万枚売れたら~」って期待に胸膨らませていた頃の桜井自身なんじゃないだろうか?

◎M-8:ALIVE
  このアルバムの中で最も好きな曲は?と問われれば、真っ先にこの曲を挙げるだろう。それくらい好きな曲。恐らくミスチル全楽曲の中でもベスト3に入ると思う。きっと二度と唄われる事はないかもしれないが、これはあのネガティヴモードの中にあったミスチルが、間違いなく'90年代後半を突っ走って生き抜いたという『証』なのだ。
  この曲は何も俺にとってだけではなく、桜井にとっても意味のある楽曲のようだ。最後のテレビ出演での、一番最後に唄ったのはこの曲だったし、後に発売されたビデオクリップ集のタイトルもこの曲から取られた。活動休止前のドームツアーでも、クライマックスとなるパートで唄われたのがこの曲だ。サウンド的にはベースの和音をサンプリングしてループに使い、後半にいくにつれて大きな盛り上がりをみせる。どことなくU2を思わせるリズム隊や田原のギターワークが抜群だ。
  「自分を押し殺したはずなのに」「全部おりたい/寝転んでたい」なんてネガティヴな言葉が目立つが、俺はこの曲の中に微かな希望を見出したのを今でも覚えている。とはいってもそれに気付いたのはリリース後暫く経ってからだが。それに気付いた時、俺は「あぁ、大丈夫。ミスチルはちゃんと戻ってくるわ」と直感で感じた。確かにこの曲を唄っている今('96~7年当時)は「夢も希望もない」し「報いも救いもない」けど、「目の前の遙かな道を」ただ突き進んでいれば「やがて何処かで/光は射すだろう/その日まで魂は燃」やし続けていなくちゃ‥‥そして彼等は光を見出し、『光の射す方へ』目一杯走っていったのだ。そう、桜井は既にこの時点で『光は射す』という表現を使っているのだ。つまりあの"光の射す方へ"というのは、まさしくこの"ALIVE"に対する回答なのだ‥‥と俺は信じたい。

◎M-9:幸せのカテゴリー
  従来のミスチル的楽曲でありながらも、歌詞が結構痛烈だったりする。"シーソーゲーム"が単なるセルフパロディーに終わったのに対して、ここでは初期ミスチル的ナンバーに皮肉混じりの歌詞を乗せるという荒技に出ている。このアンバランスさというかぎこちなさが、当時は気持ち悪かったりした。投げやりな内容の歌詞が多い新曲群の中で、これもそのひとつかと思って歌詞に目をやると‥‥桜井的『男の弱さ』が最後に溢れんばかりに爆発してたりするところに、ちょっと安心。(笑)男の弱さって意味では「Atomic Heart」における"Over"をふと思い出すが、あっちが恋人同士の別れだったのに対し、こっちの"幸せのカテゴリー"には‥‥別に桜井と重ね合わせている訳じゃないが(苦笑)‥‥もっと深い関係、例えば同棲していたカップルとか、あるいは結婚していた夫婦だったり、そういうものを感じる。『重み』を感じるのだ、言葉のひとつひとつに‥‥まぁその辺の解釈は、あなた方自身の私生活と重ね合わせてみると、また変わってくるのだろうけどね。(笑)

M-10:everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-
  '94年12月にリリースされたシングルナンバー。当時桜井は「サザンでいう"勝手にシンドバッド"的お祭りバカナンバーが欲しかった」とこの曲を表現していた。プロデューサーの小林武史氏は「サウンド的には桜井から『ストーンズ的ロックンロールをJESUS JONESみたいなデジタルでダンサブルなアレンジでやりたい』という注文があったが、出来上がったものはそれとはまた違った形だった」と後にインタビューで発言している。ライヴでも必ずエンディングの山場で演奏される事の多い、まさしくバカ騒ぎナンバー。
  本来この曲って"Tomorrow never knows"のカップリングとしてレコーディングされたのだが、桜井の思い入れが"Tomorrow~"より勝ってしまい、カップリングから両A面に、そして終いには単独のシングルとしてリリースする事になってしまったのだった。それ位彼はこの曲に思い入れがあるらしい。「ノンタイアップでこういうストレートなロックナンバーがナンバー1になったら爽快じゃない?それこそ『退屈なヒットチャートにドロップキック』してるようなもんだよね?(笑)」なんて当時も言ってた程だ。
  やっぱり歌詞なんでしょうな。ミスチルが今のような路線にシフトチェンジする為の、記念すべき第1歩だったように思う、今となっては。だって「秩序のない現代に水平チョップ」だもん。(笑)

◎M-11:ボレロ
  そもそも「ボレロ」というのはスペインの民族舞曲のひとつで、同じ単調なリズムの繰り返しの中から静かに始まり、徐々に盛り上がっていく種類の音楽だ。「愛と哀しみのボレロ」という映画があったが、あそこでのメインテーマを思い浮かべてもらえば、それがどういったものかお判りいただけると思う。
  さて、ミスチル流ボレロは‥‥このアルバムの(ある意味)最後を飾る、そして当時のライヴでもアンコールの1番最後に唄われた曲だ。「もう神も仏もない」「君しかいない/君こそ未来」「いつだって年中無休で/君を愛してゆく/七転八倒の人生も/笑い飛ばしてゆく/感情をむき出しにして/朝から晩まで/裸のまんまで/暮らしたい」「本能のまんま自由にして」‥‥何か、最後にこの曲を聴くととても空しくなるのは何故だろう? 普通に唄われたらきっと、凄く熱いラヴソングだな?位にしか感じないのだろうけど‥‥何故だろう。ある意味このアルバムのテーマともいえる楽曲のはずなのに、ここにあるのは‥‥自らの『迷い』とか『憤り』『怒り』『諦め』。そういったものを必死で『他者を愛する』事で拭い去ろうとしている、ひとりの男の情けない呟きのようなもの。「結局さ、俺にはお前しかいないし。もういいよ、全部どうでも。ただお前が傍にずっといてくれてさ、ずっと抱き合っていれればいいよ‥‥」的ムードを感じてしまうのだ。これってきっと深読みなのは判ってる。けど、この流れで聴いていると、俺にはどうしてもそう感じてしまうのだ。何故なら‥‥当時の自分も、正にそういうモードだったから‥‥という独白をしてどうする、俺!?(苦笑)

◎M-12:Tomorrow never knows (remix)
  桜井自身が「この曲はここに入れるしか収まりがつかなかった。まっ、ボーナストラックだと思って下さい。アルバムは一旦"ボレロ"で終わるけど」と言っているように、確かにこの楽曲群の中ではここしかないわな? '94年11月にリリースされた、ミスチル史上最大のヒット曲。ドラマ主題歌としても有名。このバージョンはアルバム用に一部再録音・リミックスされている。シングルではドラムが打ち込みだった事、もっと深いリバーブが全体にかかっていた事が特徴として挙げられるが、ここではライヴで培われた経験から、ドラムを生ドラムに、そしてアルバムのトータル性を考えてリバーブを極力抑えて生々しさを全面に打ち出している。
  『痛み』を唄ったこの曲がこれだけ支持されたのは、なにも当時のミスチル人気だけがその理由ではなさそうだ。これだけ多くの人間に共感を与えた歌詞、そして耳に馴染みやすいメロディが一体となった時に生み出すパワーが、正にピークに達したのだと思う。"innocent world"がピークだと思っていた我々は、正直腰を抜かした。そしてこの時点で「桜井は本物」と認識したのだった。


◎最後に

  桜井和寿という男は、常に前だけを見据えてきた。どんな窮地に追い込まれようと『明日』を信じてきた。しかし、ここにいる男は『明日』を待つのではなく、『今日』が行き過ぎる事を待っている。しがらみに足を取られている、そんなイメージを受ける。確かに『希望』や『光』を少しだけ見出すことは出来るが、それもほんの一瞬の事で、気がつくとネガな自分がいる。とにかく今は待つしかない‥‥そんな『受け身』な桜井を垣間見る事ができるような気がする。今となっては「深海」と共に闇に葬り去られそうな作品だが、決して恥じる事はないと思う。これだけ振り幅の大きい作品が作れるという事は、それだけ人間として色々な経験をしてきたって事だし、それが血となり肉となって今の『再び前向きくん』モードを作っているのだから。

  俺は前に「『Atomic Heart』以降のアルバムは、全部名盤・名作」と言ったが、それは全てが特徴の違う、その時代時代を象徴する個性的なアルバムだからだ。しかもそれらが全く古くさくなっていない。現にもう4年近くも前にリリースされたこの「BOLERO」というアルバムも、今こうやって聴いていても非常に興味深い内容だと思う。ミスチルの歴史を考えると「最もネガティヴモード」な、重要な1枚と言えるんじゃないだろうか?



▼Mr.Children『BOLERO』
(amazon:国内盤CD

« REEF『GETAWAY』(2000) | トップページ | BON JOVI『KEEP THE FAITH』(1992) »

Mr.Children」カテゴリの記事

1997年の作品」カテゴリの記事

カテゴリー