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2000/12/17

GLAY『DRIVE -GLAY complete BEST』(2000)

GLAYが放つ「究極のベスト盤」が謳い文句の、2枚組アルバム。ファンクラブやインターネットでの人気投票の結果を参考に、メンバーが選んだ24曲。シングル全22曲中17曲を収録という、正にファンならずとも「買い」の1枚。彼等は3年前にも「REVIEW」という12曲入りのベスト盤を発表しているが、今回のベスト盤とも6曲の重複曲があって、実際「何だかなぁ~」とも思ったが(だってディスク1の方なんて、約半数がその重複分だし)、俺自身が真剣に聴いていなかったここ1~2年の楽曲が中心のディスク2が楽しめそうだったので、ちゃんとお金を払って買ってみた。
 
全楽曲リマスタリングされているとの事で、実際にオリジナルと聴き比べてみて‥‥どうなんでしょうね?(笑)いや、そこまで暇じゃないんで。でも、全体的にリバーブが押さえられて、全体に丸みがかった音像のような気がする。ミディアム~バラードはより耳に馴染みやすく、ロック色の強い曲では幾分シャープになった印象を受けるが、実際どうなんだろう? "口唇"や"ビリビリクラッシュメン"におけるシーケンス音が全面に出てやたらと耳に残るのも、リマスタリングの影響なのだろうか。どっちにしろ、6年前の録音と現在の録音を違和感なく聴かせ、統一感を出すことには成功していると思う。

選曲に関しては‥‥収録時間の関係もあるのだろうが、どうせなら24曲なんて中途半端な数にしないで、30曲と太っ腹な内容にすればよかったのに。「全シングル曲、完全網羅!」とかさ。今回漏れたシングル曲はデビュー曲"RAIN"や初期の名曲"真夏の扉"、前出の「REVIEW」収録の"Freeze My Love"といった曲や、最近の"ここではない、どこかへ"、今年発表の"Mermaid"の5曲。単に人気投票で上位に食い込まなかっただけなのかもしれないが、「complete BEST」を銘打つならば、頑張って欲しかったなぁ‥‥ってただ単に俺がこれらの曲を聴きたいだけなんだけどさ(笑)。まぁそれ以外のアルバム収録曲は妥当な線じゃないかな? あれ、インディー盤(実質上の1st)「灰とダイヤモンド」からの曲はなし? 「REVIEW」では2曲再レコーディングしてたけど、今回もそういう企画やってもよかったんじゃないの? ライヴの終盤ではお約束の"BURST"とかさ‥‥浮くか、これだけ?

って、内容についてはここまで。さて、ここから何を語るかというと、普段あまり話す切っ掛けがなかったので、今回この場を使って力説したいと思う。

どうしても「ヴィジュアル系」の括りで語られる事の多い彼らだが、果たして本当にそれで済ませてしまってよいのだろうか。というのも、どうも音楽的には他のバンド‥‥例えばLUNA SEAやL'Arc-en-Cielといったバンドや、それに続く後続達‥‥とは一線を画すのではないだろうか?

ここで力説したい、「GLAYは生粋の日本のバンド、それもフォークロックバンドだ!」と。みんなも薄々気づいてたんじゃないだろうか。よくOASISと、その存在や影響力を比較される事の多い彼らだが、双方に共通するのは「それぞれの国の、どこにでもいそうなアンチャン達」が「普遍的メロディを唄う」という点。そしてこれだけビッグなポジションを数年に渡って維持している点。このベスト盤もまた強烈な数を売り上げていると聴く。何故これだけ支持されるのだろうか? この辺りが先の「普遍的メロディ」と「フォーク」というポイントに絡んでくるのだが。

この2枚組を聴いても判る通り、それぞれの曲は馴染みやすいメロディを持っている。それは洋楽に影響を受けたものというよりは、寧ろ邦楽‥‥BOφWY以降のビートロックだったり、'70年代に流行ったフォークソングのそれに近い印象を受ける。具体的な例を挙げると、代表曲のひとつ"BELOVED"のサビメロの最後「AH 夢から覚めた/これからもあなたを愛してる」というところを「あの素晴らしい愛をもう一度」に変えて唄ってみてもらいたい。これは多少意地悪なやり方だが、その他の楽曲にもそういう要素は感じてもらえると思う。それがアップテンポの曲でも、メロディだけ聴けばしっかりしているものだと思うし。

丁度彼らがブレイクしかけていた頃、泉谷しげるがGLAYをこう表現した事があった。「こいつら、化粧して気張ってるけど、結局はフォークロックじゃねぇか? (吉田)拓郎なんだよな、メロや歌詞が」これを耳にした時、「あぁ、俺と同じように感じてる人っていたんだ」と素直に喜んだ。実際にメインソングライターのTAKUROも尾崎豊や佐野元春、そして井上揚水や吉田拓郎といった人達に直接/間接的に影響を受けている。カッコつけて「ガンズやモトリーに影響を受けました」「バウハウスやキュアーみたいになりたかった」と言われるより、素直に「BOφWYみたいなバンドをやりたかった。尾崎や元春みたいな影響力を持つ、普遍的な楽曲を世に送り出したかった」って言われた方が説得力があると思う。つうか、もうそういう世代が育ってる時代なんだよね。いつまでも洋楽コンプレックスみたいな事言ってる場合じゃないんだよな。そういう意味では「純粋な意味でのジャパニーズ・ロックバンド」なのかもしれない、GLAYという存在は。

もうひとつ。OASISとの比較は先に書いた通りだが‥‥しいてもうひとつ挙げるならば、「馴染みやすいメロディに乗る、耳障りのよい声質」というのも大きく関係してるような気がする。リアムの声とTERUの声っていうのは相反する声質だと思うが、それぞれの国民性(イギリスと日本)を考えると納得できるものがあると思うのだが‥‥リアムの場合は、過去の偉大なる先輩達に影響を受けた歌唱法も大きく影響してると思うが、TERUの場合はどうだろう。ああいうハスキーな声というのは、意外と受け入れられやすいような気がするのだが‥‥BOφWYの氷室京介にしろ、昨今の男性ボーカリストにしろ、こういうハスキーな声の持ち主が多い。そしてそういう人達が支持されているという事実。詳しい事は判らないが、以前雑誌で声の周波数について研究している特集みたいなのがあったが、そこでもTERUの声ってのは「ハスキーな割には耳障りではなく、温かみを感じさせる心地よさを持っている」と評価されていた(と思う)。意外と気にしない人が多いと思うが、実はこういう事も大きく関係しているのだろう。この心地よさのようなものが、飽きさせずに聴き手をアーティスト側に引き込む要素のひとつなのかもしれない。

最後にもうひとつ。歌詞の点で。OASISの歌詞というのも、実はこれといって革新的な事を唄っているわけではない。至極当たり前の事なのだ。しかし、それが'90年代の若者に支持されてしまったのだ。シンプル且つストレートな表現。NIRVANA以降の我々が最も欲していたのが、実はこういうものだったのかもしれない。

これを日本に移し替えるとどうだろう。昨今のヴィジュアル系の歌詞には呆れるほどの幼稚な歌詞も多く見受けられる。しかし、GLAYの場合、ありがちなラヴソングを唄いながらも聴き手の心を掴んできた。特にここ数年の彼らの楽曲には、自身の人生観や生き方を問う内容の歌詞が増えている。これらは尾崎の影響だと思うのだが(字余り且つ言葉を詰め込むスタイルに、その影響を垣間見る事が出来る)、そういう聴き手と共に「成長」しているという点も見逃せない。最近ではミスチルなんかにもそういう面があったが、GLAYの方がより我々寄りであり、等身大なイメージを感じるのだ。

下手をすれば「別にスターにならなくてもいい、その辺のアンチャン」と切り捨てられる事も多い彼らだが、やはりそれらも含めて全てが才能なのだと思う。我々と同じような感性を持ちながら、それを具体的な形として提供する事ができる。それが「才能」なのだよ。ロックはもっと売れなきゃならないと思う。最近ではCDそのものが売れていないと耳にする。売れているのはごく限られた作品のみ‥‥例えばこのアルバムとか‥‥そんなのじゃダメなのだ。R&B的なものが売れる時代になりつつある。アメリカやイギリスと同じ傾向を感じる‥‥それじゃダメだ、絶対に。ロックはもっと売れるべきなのだ。「ロックとは誰もが最も安値で、最も簡単に手に出来る快楽」なのだから。

こんな駄文で彼らに興味を持ってもらおうとは思わない。が、彼らに対する偏見や誤解を解く第一歩にでもなってくれればとは思う。売れてるからダメみたいな風潮の中だからこそ、今一度このアルバムを聴いて欲しい。何も感じなければそれでいい。でも、やはり一度は聴いて欲しい。同じ日本人として‥‥



▼GLAY『DRIVE -GLAY complete BEST』
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投稿: 2000 12 17 03:58 午前 [2000年の作品, GLAY] | 固定リンク