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2001/02/18

19年振りの来日について語る

AC/DCが'82年以来、約19年振り3度目の来日を果たす。正直これは去年のNINE INCH NAILS初来日並に、いや、それ以上に衝撃的だった。ネット上でいろいろ話題が飛び交う中、伊藤政則が彼のラジオ番組の中でその一報を発表した時、全身に稲妻が走ったかのような衝撃を受けた。しかもその初日となる2月19日は、前任ボーカリスト、ボン・スコットの命日だ‥‥何なんだ、これは一体‥‥!?

 俺が初めて彼らを知ったのは、多分'86年頃だったと思う。当時のMTVかベストヒットUSAで見た彼らの"Who Made Who"のビデオクリップが切っ掛けだった。そう、あのアンガス・ヤングがいっぱい出てきてエアギター(厚紙に印刷されたギターをさも弾いてるかのようにアクションする行動。メタルファンに多い/笑)かましまくってる大勢の皆さんに衝撃を受けたのか、それともいい年した大人が小学生みたいな格好(半ズボンにランドセル背負ってギブソンSGをチャック・ベリー並に弾きまくる姿)してるのに衝撃を受けたのか、それともあのキャッチーな曲にやられたのか‥‥よくは覚えていない。ただ、雑誌等で「今のロック/ハードロックの雛形を作ったのは彼らと言っても過言ではない」という伊藤政則氏の言葉を覚えていた俺は、その後レンタルレコード店・YOU & 愛(時代を感じさせますな?)へ足を運ぶ。そこで同名のアルバム「WHO MADE WHO」を手に取る。中途半端なベストアルバム的内容だったが、それで満足だった。その後、再び店を訪れ店員に「AC/DCでオススメのアルバムってどれですか?」と質問する。そこで「これ」と勧められたのが「ギター殺人事件」という忘れられない邦題がついたボン・スコット時代のライヴ盤「IF YOU WANT BLOOD YOU'VE GOT IT」だった。多分、俺の人生の中でエアロの「LIVE BOOTLEG」、ハノイの「ALL THOSE WASTED YEARS...」の次に忘れられないライヴ盤となる。

うまい言葉で言えないけど、ロックの生々しさを真空パック状態に近い形でまとめたのがこのライヴ盤だったように思う。ボン・スコット時代を体験していない俺でも、如何に彼が尊敬されたかがよく判る内容だった。今でも年に何度か手にするこの盤、先日紙ジャケ仕様のリマスター盤で買い直してしまった程。まだ彼らを体験した事のない人には是非このアルバムから聴いてもらいたい。

話は変わって、最初に俺が買ったAC/DCのアルバムとなると、'88年リリースの「BLOW UP YOUR VIDEO」だ。当時放送されていたメタル専門番組「PURE ROCK」で見た"Heatseeker"のビデオ‥‥大きなテレビ画面をぶち破って中から現れるアンガス‥‥に再び衝撃を受けるのだった。当時まだ洋楽CDが3000円近くした時代、バイトしない田舎の高校生にはかなりの決断を迫られたが、買ってよかったと当時は思ったものだ。ちなみに当時の俺のベースにはバンドのロゴステッカーがキラリと輝いていた。

いつ頃からだろう、「AC/DCは日本を嫌っている」「日本はルックスが良くないと人気が出ないから行かない」「世界で最もギャラの高いバンドはRUSH, VAN HALEN, そしてAC/DCだ」と言われるようになったのは。最初のはともかく、後のふたつは事実らしい。補足すると、ルックスの問題は来日当時、日本で人気があったのがJAPANのようなバンドだったり、その後ニューロマンティック系のバンドが幅をきかせていた事が関係あるようだ。つまり男臭い自分達のようなバンドは日本では時代遅れだと勝手に判断してしまっていたらしい。その誤解を解くのに19年かかってしまったというわけだ。何という悲劇‥‥

そしてギャラの問題。これはその通りなのだが、更にステージセットの問題やバンドが納得するキャパシティーの会場がなかったという事も関係する。知っての通り、彼らのステージセットは巨大で、海外では数万人は入るアリーナクラスでのライヴばかりだ。ところがここ日本では、2回目の来日こそ武道館だったものの、その後人気低迷等が関係し、再び武道館で人を集められるだけの集客力がバンドになかったのも事実。つまりプロモーター側も躊躇していたわけだ。伊藤政則氏は「AC/DCを、ここ日本で観れないのは何たる不幸だろう」とこの10年近くずっと口にしている。アルバムが出るたび、そして海外でライヴを見てくるたびに‥‥

'90年には「THE RAZORS EDGE」を、'95年には「BALLBREAKER」をそれぞれリリースするものの、やはり来日の機会には恵まれなかった。その間にここ日本でも、AC/DCに対する評価がどんどん高まっていく。その原動力となったのは間違いなく伊藤氏のあの言葉であり、その言葉に感化されたAC/DCの生ライヴを知らない俺らのような(当時)若い世代がバンドに興味を持っていく。更にAC/DCに影響を受けたと発言するアーティストがどんどん登場する。MOTLEY CRUEであり、CINDERELLAであり、GUNS N'ROSESであったり。モトリーはライヴで名曲"Highway To Hell"を、そしてガンズは"Whole Lotta Rosie"をカヴァーし、我々は改めてAC/DCの楽曲の素晴らしさに触れる事となる。

そんな中、発表されたのが15年振り、そしてブライアン・ジョンソン加入後初のライヴ盤「LIVE」('92年)と、'91年8月にイギリス・ドニントンパークで行われたモンスターズ・オブ・ロック・フェスの模様を完全収録したビデオ「LIVE AT DONNINGTON」、そして'96年のスペインでのライヴを収録したビデオ「NO BULLS」といった、ライヴ音源/映像集だった。これによって、更に彼らに対する注目/評価は高まる。「観たい」‥‥この気持ちだけは高まるものの、一向に来る気配はなかった。

昨年の今頃、既に日本公演に向けて伊藤氏、そしてプロモーターはバンド側と交渉を重ねていたらしい。そして同年3月に最新作「STIFF UPPER LIP」が発表される。確か昨年のフジロックに是非彼らを!という声も沢山あったはずだ。しかし夏を過ぎても、秋を過ぎても一向に来日する様子はなかった。しかし、伊藤氏はこの頃から‥‥含みのある発言を繰り返していた。それを耳にする度に「もしや‥‥!?」とは思ったものの、やはり心のどこかで疑っていた。しかし、それは現実のものとなった‥‥

多分このサイトを覗いている方の中で、ここ日本で彼らの来日公演を観たという人はそうはいないはずだ。いや、いないだろう、2/19以前には。映像では目にしたことはあるものの、実体験はみんなが初めてなはずだ。海外で観た!?そりゃよかった。けどここ日本で観る事に意味があるのだ。だから俺は彼らを初めて知ったあの日から15年も待った。まだ中学生だった俺も、今では30歳を迎えようとしている‥‥長すぎた冬がやっと終わるといったところだろうか?

その運命の日を明日に控え、ここでこんな事を書いてしまうのはちょっとどうかと思うが‥‥正直な気持ちを書く。出来れば10年早く、そう、ドニントンでのライヴビデオの頃に観たかった。先日、テレビで今の彼らのライヴを見た。ブライアンは既に衰えを感じさせる歌声だったし、アンガスも見た目にはきつそうだった。勿論それは5年前のライヴビデオでも感じていた。けど、そんな事は2月19日の19時を無事に迎えられたら、どうでもよくなってしまうのかもしれない。「ここ日本で観ることに意味がある」のだから。そりゃ出来るなら完璧な状態を観たい。それが無い物ねだりと判っていても‥‥

好き嫌いがあるのは重々承知だ。あの声がダメって人が多いのも知ってる。けど、ロックを好きになった以上、通らなきゃいけない通過点なんじゃないだろうか? 21世紀になった今、これは日本国民の義務です。今からでも遅くないです。2/19と20はみんな、横浜アリーナに集合! 2/22には大阪城ホール前に集合するように!!

今回の来日はロック好きな人間にとってはお祭り同然だ。あの中学2年生の俺なら、どう感じるんだろう‥‥そんな事を考えながらライヴを楽しんできたいと思う。

投稿: 2001 02 18 05:14 午前 [2001年のライブ, AC/DC] | 固定リンク