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2001/04/28

Cocco『ブーゲンビリア』(1997)

  Coccoというアーティストのイメージを決定付けた、歴史的デビューアルバム。リリースからまだ4年しか経っていないという事実‥‥如何に彼女が短い活動期間の間に、記憶に残る作品を残してきたかが伺える。

  彼女のアルバムを毎回買っている人にはお馴染みだと思うが、アルバムブックレットの一番最後のページ、所謂クレジット類の一番最後に、毎回必ずCocco自身の「Special Thanks To」の欄がある。そこを読むと、毎回そのアルバムのテーマというか、彼女がどういう心境/姿勢でそのアルバムの制作に向かったかが、何となく伺える。例えばこのファーストアルバムでは、こうだ。


私を捨てた人へ、私が捨てた人へ、私を残して死んだ人へ、
私を愛した人へ、私が愛した人へ、私の愛した美しい島へ、
心からのキスを込めて。


  彼女はこのアルバムリリース当時のインタビューで「唄う事は、私を捨てた人への復讐」と言ったという。その言葉通りの歌が、このアルバムから聞こえてくる。その代表といえる"首。"で唄われる「抱きよせて 絡まって/引き裂いて 壊したい。/悩ましく 誘って/蹴落として 潰したい。/あなたと見た海に/その首を 沈めたい。」という印象的な歌詞。しかもこの唄い出しからアルバムはスタートするのだ。

  しかし、決して憎しみだけではない。愛する人に対して「私が前触れもなく/ある日突然死んでしまったら/あなたは悲しみに暮れては/毎晩 泣くでしょう。」「私の誕生日だけは/独り、あの丘で泣いて。/裸のまま泳いだ海。/私を 想って。」と語りかけるような歌詞に、異性ながらも涙ぐんでしまう"遺書。"。いつかは自分から離れていく、又は自分が離れていってしまうと直感的に感じながら、離れていった相手に対して復讐の感情を持ちながらも、それと相反する想いも同時に存在する。そういう経験って誰にでもあるはずだ。相手に裏切られ、絶対に許せないと思いながらも、相手から電話やメールが入ればちょっとホッとしてしまうような‥‥憎しみと愛情は紙一重のようなものだ。このアルバムには、愛するが故、愛しすぎてしまうが故に感じる憎しみ。そんな感情の塊を感じるのだ。

  彼女の詞の世界というのは、リリース当時衝撃的ですらあった。事実、俺の周りの女性リスナーには「生々し過ぎる」という批判の声が多かった。逆に男性からの評価が高かったのが意外だった。実際にここで唄われているような事を自分の恋人に言われたら、どう思うんだろう!?と思ったけど。実際俺も、もし相手にこんな事言われたら‥‥

  こういった激しい感情を、ヘヴィロックともグランジとも取れるようなヘヴィサウンドに乗せているのだから、これもまた衝撃だった。この当時というのは、アメリカではアラニス・モリセットがヒットしていた頃だ。実際、Coccoのサウンドや唄い方(特に独特な節回し)から、時々アラニスからの影響も伺う事ができる。けど、決してコピーにはなっておらず、あくまでオリジナルだと断言できる。これにはプロデューサーである根岸孝旨(奥田民生のバックでお馴染み、Dr.Strangeloveのベーシスト)の才能も大きく影響している。正に二人三脚で制作されたと言っていいだろう。他にもムーンライダーズの白井良明やRed Warriorsの向山テツ、SCUDELIA ELECTROの石田小吉といった個性的なミュージシャンが参加している事も、特筆すべき点だろう。勿論、そういったヘヴィロックだけに拘らず、優しさや大らかさを表現した楽曲も収められているが、そういう緩急は他のアルバムと比べればそれ程大きくはない。やはり「激しさ」。彼女の表現衝動の全てとなったのは、それなのだろう。

  男性からの評価という事でもうひとつ。デビュー当時最初に食い付いたのが、同性アーティストではなく、異性である男性アーティストだったのも面白い。表現に対して貪欲なアーティストはすぐに彼女の歌に惹かれた。その例が佐野元春であったり、hideであった。事実、リリース当時、彼らのオフィシャルサイトで既に彼女について触れられていたし、佐野は自身のイベントにも声を掛けた程だ。雑誌等のメディアでは女性記者受けがよかったようだが、やはり同じ表現者となると、彼女の歌はある意味「タブー」なものに触れてしまったのか、本当の意味で評価されるまでにはもうちょっと時間を要する事となった。

  どうしても奇抜なイメージのあるCocco。異性の俺が言うのも何だが、女性なら誰もが一度は通過するような感情がここには詰め込まれているのではないだろうか? 昨今、こういった「独白系」アーティストが増えているが、やはり彼女を越えるアーティストは現れていない。オリジナルという意味でも、そして純粋に作品としても優れたアルバムなので、もし彼女に興味を持ったのなら一番最初に手にして欲しい作品である。

  最後に、アルバムタイトルになっている「ブーゲンビリア」とは、アルバムブックレット内にもその写真が添えられている、沖縄に咲く花の事だ。ジャケットの絵もそのブーゲンビリアの花を描いたものだ。この絵はCocco自身によるもので、ジャケットは毎回必ず彼女の作品が使われている。絵のタッチからも、アルバムそれぞれの作風が、何となく伺えるのではないだろうか?



▼Cocco『ブーゲンビリア』
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投稿: 2001 04 28 12:00 午前 [1997年の作品, Cocco] | 固定リンク