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2001/05/13

Cocco『サングローズ』(2001)

  前作「ラプンツェル」からたったの10ヶ月で発表された、Coccoの4作目にして、事実上ラストアルバム。今年に入って「春にはアルバムが」という噂を耳にした時点で「嘘だろ!?」と思っていたが、それがこういう形で発表になるとは思ってもみなかった。昨年10月にツアーを終了した時点で彼女はツアーメンバーと共にスタジオ入りしたようだ。既に「ラプンツェル」の作業終了の時点で「もっと唄いたい」「次に進みたい」という発言をしていた。その意見を踏まえれば、このリリースというのは当然の結果なのかもしれない。しかし‥‥これまでに「溢れ出るものを如何に形にするか」で四苦八苦してきたはずなのに、こんなにハイペースで‥‥燃え尽きてしまわないか!?という不安を感じていた。
  発表された時期が悪かった為か(浜崎あゆみと宇多田ヒカルのリリースの後、しかもモーニング娘。のソロベストと同発)チャート的には5位に甘んじ、セールス的にも過去2作には及んでいない。しかし、彼女を支持する層には確実にフォローされている。それだけではなく、あの「ミュージックステーション」でのラストステージを観た人にも影響を及ぼしたようだ。

  最後の作品において、彼女はブックレットの最後にこの言葉を残した。


この喉が紡いだ全ての歌へ
その歌に差し伸べられた
愛しい音たち全てへ
私を信じていてくれる人へ
私が信じたいと願う人へやさしいハグと
さよならのキスを込めて


  彼女が最後に選んだ言葉。それはファンやスタッフ、そして自分が生み出し唄い続けた楽曲への感謝の気持ちと、お別れの言葉だった。そこには混沌としたものや、淀んだ空気はない。あるのは明るい未来と、明日への希望。彼女は先へ進む事を選んだのだ。

  アルバムはこれまでとは趣が違い、ブラシを使ったドラムが印象的な、なだらかなノリを持つ"珊瑚と花と"からスタートする。彼女の歌声も心なしか明るく感じる。そしてこれまでにもあったようなヘヴィリフを持ったロックチューン"わがままな手"、"Why do I love you"へと流れていくのだが‥‥楽曲の質感がそれまでの3作とは明らかに違うのだ。これまでに存在した「混沌」や「憎悪」の塊‥‥「Love」と「Hate」が相反するものとして存在し、そのふたつは時には一方に傾きつつもバランスを保っていた。しかし、このアルバムでは明らかに「Love」側に振り子が行ったっきり‥‥音のひとつひとつに温かみを感じるのだ。抜けきっているというか、カラッとしてるというか。例えばそれまでの3作をカート・コバーンだとすると、このアルバムは最近のコートニー・ラヴだと表現できないだろうか? いや、そのコートニーのHOLEのアルバム作風で例えると、それまでの3枚をカートがプロデュースした「LIVE THROUGH THIS」、そして今回のアルバムを「CELEBRITY SKIN」というように例える事は出来ないだろうか? かなり強引な例え方だとは思うが、実はその違いにこの1ヶ月、ずっと悩んでいた。的確な表現が見つからないまま‥‥そしてやっと見つけた例えが、これだ。決して言い当て妙な表現だとは思わないが、判ってくれる人には判ってもらえると自負している。
  コートニーがカートの死後、その「穴/空白」を埋める為に4年かけ、出した答えが「CELEBRITY SKIN」だった。そこにはそれまでのような「アングラ女王」「情念の塊」とは違う、前向きさ/ポジティヴさがあった。だからこそ、あのアルバムは支持され、コートニーは再び第一線に戻る事ができた。ここにはそれと同質の前向きさがあると思うのだ。

  要所要所に上手い具合に配置された既発曲も、シングルとして発表された時よりも説得力を感じる。2月にリリースされた"羽根"も今ひとつしっくりきていなかったが、アルバムで、この流れで聴くと納得できる。既に10月のライヴでさわりだけ披露されていた"歌姫"(そう、振り付きで唄われた、あの曲だ)も、"風化風葬"も。けど、どうしても浮いているように感じるのが、"星に願いを"だ。確か3月の時点ではアルバムのトラックリストには入っていなかったはずなのだ。最初、「ああ、完全に新曲で固めるんだ」と妙に納得してしまった。しかし、結果としては収録されることとなった。この曲だけ、やはり「ラプンツェル」の空気を(俺自身が勝手に)感じてしまう。勿論、Coccoはこのポジションに、この曲が必要だと感じたから選曲し直したのだろうけど‥‥

  アルバム自体はラウドなイメージはなく、終始穏やかな空気に包まれて進行していく。これまでで一番英語詞の曲が多いのも目に付く(3曲)。そして歌詞にも「終わり」をイメージさせる内容のものが多い。中でも、「まだ夢を見てる」と唄われる"Still"から続けざまに「夢は夢」と現実に引き戻す"Dream's a dream"へと流れる構成は圧巻だ。

  アルバムは沖縄をイメージさせる「珊瑚」からスタートし、やはり沖縄をイメージさせる"コーラルリーフ"で幕を閉じる。これまでも彼女はアルバムの中で、楽曲の中で、自身の沖縄に対する想いを綴ってきたが、ここまでストレートに表現したのは何故なんだろう? 最後だから? もう沖縄を憎んでないから? いや、違う。彼女は気づいたのだ。「私は、沖縄を憎んでいる。けど、それでも私は沖縄を愛しているのだ。」と。いや、もっと前から気づいていたはずだ。しかし、彼女はここにきてそれをストレートに表現した。彼女は唄いたいと思った。もっと唄いたいと思ったのだ。けど、その事実を認識してしまった以上、これまでのバランスが崩れてしまう。きっと辛い選択だったはずだ。彼女は「それでも歌を唄いたい」と発言しているのだ。が同時に「けど‥‥これ以上は出来ない」とも‥‥矛盾しているようだが、これが正直な気持ちなのだ。それが人間なのだ。そして彼女はひとつの選択をした。それが「音楽活動の中止」だった。

  俺は今、清々しい気持ちで、このアルバムを聴いている。きっと、俺は生まれ育った町の海を眺めながら、この夏の間中、このアルバムを聴き続けることだろう。そして、沖縄のどこかで絵本を綴っているであろうCoccoのことを、ちょっとだけ思い出してみようと思う。もう彼女の新しい歌は聴くことは出来ない。けど、俺は悲しくはない。残念ではあるが、彼女はもっと前を見据えて、もっと前へ進もうとしているのだ。俺も負けてられない。だからこのアルバムを聴こう。そして大好きな海で繋がった沖縄へと「ありがとう」と伝えよう。今はそんな気持ちでいっぱいだ。


愛してる?
例え聞こえないとしても
わたしは ここで
手を振るから

焼き付けて
その足で その瞳で

焼き付けて

"コーラルリーフ"



▼Cocco『サングローズ』
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投稿: 2001 05 13 12:00 午前 [2001年の作品, Cocco] | 固定リンク