DURAN DURAN『GREATEST』(1998)
過去に一時代を築いたバンドの再結成というのは、今に始まったことでもないし、最近では別段驚くような再結成も多くない。最近の活動が停滞していた為にオリジナルで復活‥‥となると、やはり「要は金でしょ?」と穿った見方をしてしまう。ここ数年ではやはりKISSのオリジナルメイク時代の復活が一番の衝撃だったが、あれだってそれ以前から伏線がいろいろあった訳だから、誰でも予測出来ただろう。しかし、時々思いもしないような再結成もあり、本当に驚かされる時がある。最近では、例の頭脳警察の3ヶ月期間限定再結成が記憶に新しい。この俺もさすがに唸ったし。
しかし、本当の意味で、絶対にないだろうと思っていた再結成がここに実現してしまった。それが今回取り上げるDURAN DURANだ。何を今更!?って言われるのは承知の上で言う。
やっぱりさぁ、好きなもんは好きだしさ!
俺の小学校高学年~中学時代は、正にニューロマンティック‥‥今でいうところのヴィジュアル系のはしりか?‥‥全盛の時期だった。そのちょっと前にかのJAPANがブレイクし、その土壌は完全に出来ていた。そこへMTVの登場。これらふたつを手玉に取って大成功を収めたのがこのデュランなのだ。
初期はメンバー全員バリバリにメイクし(とはいっても初期のデヴィシルには負けるが‥‥)、ファンクとパンクを融合させたような中途半端なポップロックを繰り広げてきた彼らが、本格的に「黒く」なったのは、かのナイル・ロジャース(CHICのギタリスト)をプロデュースに迎えてからだろう。その第1歩となったのが、俺と同じ世代なら覚えているだろう大ヒット曲「The Reflex」である。
アルバムでは当時のUKポップ/ニューロマンティックを支えた名プロデューサー、アレックス・サドキンが制作に携わったものの、シングルカットに際しナイルがリミックスした結果、初の全米ナンバー1を記録する事となる。その後もナイルはシングル「Wild Boys」やアルバム『NOTORIOUS』を手掛けている。また、そのナイルのバンドメイトであるバーナード・エドワーズをプロデュースに迎えての映画007主題歌「A View To A Kill」(2曲目の全米ナンバー1に。現在までにこの2曲のみ)や、ジョン・テイラー(B)とアンディ・テイラー(G)の別プロジェクト、THE POWER STATIONのプロデュースに迎えたりして、ますます「黒さ」を追求していった。そんな中でドラマーのロジャー・テイラーのリタイヤ、そして「よりロックを追求する」という音楽性の相違によってアンディーが脱退する。
'86年のアルバム『NOTORIOUS』からサイモン・ル・ボン(Vo)、ニック・ローズ(Key)、ジョンの3人にサポートを加えた形で活動を続けていくデュラン。続くアルバム『BIG THING』('88年)では初期のエレクトロポップ路線が復活。ここでは「黒さ」は影を潜め、初期3枚に漂っていたヨーロピアン・エレクトロポップ風味を再び全面に打ち出した。当時日本で幅を利かせていたTM NETWORK(当時の小室哲哉は間違いなく彼らのフォロワーだった)に共通する音楽性で、東京ドーム公演まで果たした。
当時からサポートとしてウォーレン・ククロロ(G)やスターリング・キャンベル(Dr)といった超一流どころのミュージシャンがライヴやアルバムに参加していたが、'90年のアルバム『LIBERTY』を機にウォーレンとスターリングが正式メンバーとして迎えられ、再び5人編成となるものの、すぐにスターリングは脱退(その後、SOUL ASYLUMやエリック・クラプトンのレコーディング等に参加)、4人のままで'93年に『THE WEDDING ALBUM』、'95年にはカヴァー集『THANK YOU』を発表。それなりに成功を収めていた。
しかし、その頃からジョンのソロ活動が目立つようになる。元SEX PISTOLSのスティーヴ・ジョーンズ、当時GUNS N' ROSESのメンバーだったダフ・マッケイガンとマット・ソーラムと共にNEUROTIC OUTSIDERSを結成、アルバムを発表しライヴも行う。その頃、時同じくしてTHE POWER STATIONの再結成も企てられていたが、結局ジョンは初期の曲作りに参加したのみで離脱。結果、デュランをも脱退することとなる。
その後のデュランはサイモン、ニック、ウォーレンの3人で2枚のオリジナルアルバムを発表するものの、以前程の結果を上げられずにいる。そこへこの6月に久し振りの来日決定。更にこの日本公演はウォーレン在籍最後のライヴとなるという‥‥
果たしてサイモン、ニック、ジョン、アンディ、ロジャーのオリジナル5人での再結成が上手くいく保証はどこにもない。逆に遅すぎたくらいだ。もう5年早かったら、もしかしたら成功していた可能性もある。今回の場合、再結成とはいってもバンド自体は常に存続していたわけで、ケースとしてはKISSのそれに非常に近い。アルバムは2002年中に発表されるというが、果たして‥‥
バンドの歴史や再結成に至る流れは、ざっとこんな感じで。さて、肝心のアルバム。このアルバムは1998年秋という非常に曖昧な時期に発表された、バンドの歴史上2枚目のベスト盤だ(前は1990年始めに発表された『DECADE』)。確かに'90年代初頭に第二のピークを迎えたバンドだが、この時期は非常に微妙だ。考えられるとしたら、契約消化だろう。バンドは『THANK YOU』を最後にキャピトル・レコードを離れている。その後、ヴァージンと契約するものの、たった1枚で契約終了となっている。このベストは丁度その時期にリリースされたものなのだ。
バンドは最終的にハリウッド・レコード(米でのQUEENのレーベル)と契約するのだが、約20年近く在籍したEMI系列を離れるに際しての置き土産といったところだろう。ここには'80年代のヒット曲は勿論、'90年代初頭のヒット曲や、ヴァージン時代の曲も収められている。19曲で79分というボリュームのため、何曲かはシングル用にエディットしたバージョンが収められているが、個人的にはアルバムバージョンの方に思い入れがある曲が殆どなので(特に「Save A Prayer」はライヴアルバム『ARENA』のライヴテイクを入れて欲しかった。実際、アメリカでヒットを飛ばしたのはこのライヴヴァージョンの方だし)多少違和感はあるものの、バンドの歴史を総括する意味では手っ取り早い1枚だろう。
実はこのCD、この「とみぃの宮殿」をスタートする直前に買った1枚で、デュランというバンドは間違いなくこの俺のルーツのひとつなので、必ず取り上げようと思っていたら‥‥気づけばもう2年半。時の流れは早いものだ。何故かここ1~2ヶ月、このベストを取り出す機会が多く、先の来日公演にも行こうかどうか悩んでいた矢先に飛び込んできたニュースだった。まぁ6月のライヴにはジョンもアンディも参加しないので、個人的にはあまり興味を惹かれるメンバーではないが‥‥
昨今のヴィジュアル系バンドに直接/間接的に、間違いなく影響を与えているのがこのDURAN DURAN。かのラルクもニューロマンティック時代の彼らからの影響を認めているだけに、全盛期のデュランを知らない10代の音楽ファンにこそ聴いてもらいたい。ゴスだけがヴィジュアル系のルーツではない。お水っぽいイメージもあるが(笑)、曲は滅茶苦茶ポップで聴きやすいので、是非一家に1枚。「けっ、こいつらアイドルバンドだろ!?」と敬遠するあなたには、'84年のライヴあるアルバム『ARENA』をオススメする。彼らの初期のコンセプト、「CHIC(ファンク)とSEX PISTOLS(パンク)の融合」を思う存分味わう事が出来る名ライヴアルバムだ。
あ‥‥ファンクとパンクとファンを掛け合わせて「ファンクス」なんて謳っていたユニットが、ここ日本にもいたっけ‥‥パクリはこの頃から始まっていたわけですね?(笑/さて、誰のことでしょう?)
▼DURAN DURAN『GREATEST』
(amazon:国内盤CD / 海外盤CD)
« Cocco『雲路の果て』(1998) | トップページ | Cocco『樹海の糸』(1999) »
「Duran Duran」カテゴリの記事
- 2023年総括(2023.12.31)
- DURAN DURAN『BIG THING』(1988)(2023.01.02)
- DURAN DURAN『FUTURE PAST』(2021)(2021.10.30)
- DURAN DURAN『ASTRONAUT』(2004)(2021.02.27)
- THE POWER STATION『LIVING IN FEAR』(1996)(2021.02.25)
「1998年の作品」カテゴリの記事
- 「#プリンス三昧」プリンス全スタジオアルバム解説④(1996〜1999年)(2026.07.25)
- ARCH ENEMY『STIGMATA』(1998)(2024.08.13)
- SLY『VULCAN WIND』(1998)(2023.02.01)
- SKID ROW『40 SEASONS: THE BEST OF SKID ROW』(1998)(2022.10.25)
- HARDCORE SUPERSTAR『IT'S ONLY ROCK 'N' ROLL』(1998)(2022.05.05)