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2001/06/16

RADIOHEAD『OK COMPUTER』(1997)

RADIOHEADの通算3作目であり、現在の彼らの基盤となったのがこの「OK COMPUTER」という怪作だという事実は、誰もが認めるところだろう。と同時に、このアルバムでRADIOHEADに対して「好き」「嫌い」という感情がハッキリしてしまったのもまた事実。「PABLO HONEY」や「THE BENDS」でのギターロック・スタイルが好きだった人にとって、このアルバムは「裏切り」だったのかもしれない。しかし、この「OK COMPUTER」への流れは、既に「THE BENDS」の頃から表出していたし、習作をこの時期のシングルのカップリングで発表していた。今でもライヴで必ず演奏される"Talk Show Host"なんて、その代表例だろう。

にも関わらず、彼らは言う。「これは俺達の好きだったRADIOHEADではない」と。そしてメディアは神経を逆撫でする程、声高に叫ぶ。「ロック史上に残る大傑作だ!」「このアルバムが歴史を変えた」と。それを鵜呑みにして、大して聴き込んでもいないのに「やっぱ時代はRADIOHEADだよ!」と知ったかぶりする、なんちゃってロックファン。「これからはRADIOHEADだ」といって散々パクッた二流アーティスト達。そして、今これを書いている俺。更に今、これを読んでいるあなた。俺は全員に問いたい。


・「RADIOHEADらしさって、一体何?」

・「このアルバムの、どこがそんなに凄いの?」


このアルバムを語る時に、俺はどうしてもこの2つの命題とぶつかる。そしてその度に悩み、苦しみ、結局答えを出せずにいた。リリースされたのが'97年5月だったから、既に4年以上もの月日が流れているのだが、このアルバムは未だに輝きを失うことなく、俺の前に立ちはだかる。きっと「20世紀のロック名盤100選」とかやったら、必ず上位5枚に入るんだろう。


本題に入る前に、簡単なデータだけ。'95年3月のセカンドアルバム「THE BENDS」から約2年振りに発表されたこの「OK COMPUTER」は、英国では勿論1位を記録し、更にはアメリカでもトップ20入りしたはずだ(いや、もしかしたら入っていないかもしれない)。そう、今でこそアメリカでも「KID A」や「AMNESIAC」が1位や2位を取っているが、まだあの頃はそこまでブレイクしていなかった。RADIOHEADはデビュー時からアメリカでは恵まれていて、シングル"Creep"がいきなりトップ40入りしたり、ファーストもセカンドもそこそこヒットはしていたのだ。あの時期にデビューした英国勢では、一番最初に。

当時からアーティスト受けや評論家受けはよかったので、当然「ROLLING STONE」誌等でも大絶賛され、翌年のグラミー賞では「BEST ALTERNATIVE ROCK」部門か何かを受賞している。「アメリカのBECK、イギリスのRADIOHEAD」てな例えをされるくらい、評価だけは高かった。

当然、ここ日本でも人気はうなぎ登りで、アルバムはイギリスやアメリカよりも1ヶ月先行という、異例の先行リリース。タナ○ウ大絶賛(苦笑)。'98年1月には3度目の来日も果たし、追加公演も発表される程の大盛況振りだった(当時は国際フォーラムとブリッツ数回、その他地方公演)。

‥‥こんなもんでいい?(笑)まぁこういうのはファンサイトでも読めるし、アルバムのライナーノートでタ○ソウも書いてるだろうから(いや、書いてねぇか?)、そっちもご参考に。


・「RADIOHEADらしさって、一体何?」

一体何でしょう?(笑)こういうのって、聴き手それぞれ感じ方も違うから、個人によって変わってくるものだと思うのだが。だからいち個人が「これはもう、俺が好きだったRADIOHEADじゃないよ」と言ったとしても、それはその人の興味の範疇から外れただけであって、必ずしも俺の興味からも外れるとは限らない。むしろ、この路線に進んだことによって更に好きになった人もいる程だ。いや、俺のことだが‥‥

で、ここで言う「らしさ」ってのを、いち個人の感じ方というよりも、メディアでの「固定観念」として語ってみたい。要するにその「らしさ」って、「NIRVANA以降のギターロック」を意味するんじゃないの? "Creep"を基本として「THE BENDS」へと進んでいった、あの流れを「らしさ」と捉えているんじゃないだろうか? グランジをも、ブリットポップをも巻き込んだスタイル。セカンドの国内盤帯にはTHE SMITHSやQUEEN、STONE ROSESやKING CRIMSONなんかの名前が挙がっていたが、正にそういう「ロック」のいろいろな要素を消化し、再構築したのが「RADIOHEADのロック」だった、と。

きっと多くの人にとっては"Creep"や"Just"や"Fake Plastic Tree"、"Street Spirits (Fade Out)"こそが真のRADIOHEADの姿なのだろう。けどね、俺は思うのよ‥‥


「そもそも、彼らには『らしさ』なんてもの、最初からなかったんじゃないの?」


と。っていうか、固定したスタイルを持たないバンドなのでは? ファーストは確かに未完成な部分もあるが、セカンドではそこから何十歩も何百歩も離れた立ち位置にいた。そしてこのサードでは更に何百キロも離れた場所にいる。路線変更なんて簡単な言葉では片づけられない程、この数年で彼らは急激に成長している。何故こんなに短期間で変化していったのか? それはトム・ヨークを始めとするバンドの5人が、現状維持することを極端に嫌うからだ。覚えているだろう、"Creep"大ヒット後にファンが「第2の"Creep"」を求めたことを。そしてトムはそのことを"My Iron Lung"の轟音の中「これが俺達の新しい曲だよ。前のと同じだろ?」と皮肉混じりに唄っている。

彼らにとって、前と同じスタイルを続けることや現状維持をすることは、恐らく「屈辱」であり「負け」を意味するのではないだろうか? だからトムが「KID A」リリース時のインタビューで「ロックなんか退屈だ。僕は退屈だと思う。だってホントに、ゴミ音楽じゃないか!」と発言したのは、きっと本心なんだろう。多くのロックバンドは延々同じことを繰り返し、前の水増しバージョンを「最新型ロック」と銘打って市場に垂れ流す。トムにはこれは耐えられないことなんだろう。

そう考えると、彼らにとっては「成長」よりも「どうやって変化していくか?」の方が、バンドのモチベーションを上げる大切な要素のように思える。音楽性としてのプログレではなく、精神性としてのプログレッシヴ・ロック。「KID A」レビューでも書いたが、本気で彼らはその姿勢を貫き通しているのだ(「AMNESIAC」は「KID A」と同じようなスタイルでは?という問いが返ってきそうだが、あの2枚はレコーディング時期が一緒なので、俺にとって双子のような存在だということをここで答えておく。詳しくは「AMNESIAC」レビューを参照のこと)。

何度も言う。RADIOHEADには固定されたスタイルなんてものは最初からないのだ。ただ、バンドが曲を作り演奏し、トムが唄えばそれがRADIOHEADの曲として成立する。同じ人間が書いているのだから、曲そのものが180度大変化するとは考えられない。要は装飾の部分なのだ。ギターロックに拘る人にとっては、「OK COMPUTER」以降の作品は辛い内容かもしれない。が、きっと10年も経てばRADIOHEADにとって、ファーストやセカンドの路線こそが「異色だった」ということになってしまうに違いない。逆パターンだが、U2でいえば「POP」の路線が希だったように‥‥


・「このアルバムの、どこがそんなに凄いの?」

このアルバムが苦手だという人の多くは、必ずこう発言する。逆に、このアルバムを絶賛する人間にこの質問をしてみても、答えられないことが多い。実は、俺もずっと答えられずにいた。

雑誌が「凄い」を連発すれば、それを読むことで脳に刷り込まれてしまうことが多い。そしてそれが商業的に失敗してしまうと、数年後に「前作は失敗作だったが‥‥」なんて手のひらを返すんだから、たちが悪い。有名なところでは、ここ2作のOASISがいい例だろう。決して最高傑作とは言わないが、俺はあの2枚はいい作品だと今でも信じているし、実際4作目などは最近になってまたよく聴いてる程だ。

この「OK COMPUTER」に関しても、発売前から「異色作にして大傑作」と各方面で絶賛されていた。時々「これのどこがいいの?」という、どこからどう読んでも見当外れなレビューもあったが、4年経った今でも基本的に「OK COMPUTER」は名作ということになっている。

音楽的に分析すれば、それはもう本当によくできた作品で、ミュージシャン受けがいいのもよく理解できる。特にハードロック系アーティストからそういう声が多く聞こえてきた。実際にこのアルバムから影響を受けているであろうアルバムも何枚か登場した。

勿論、UKロックにも多大な影響を与え、後に「RADIOHEAD型」とまで言われてしまったMUSEなんてバンドも登場した(今思えば、このバンドはまた違う道筋を辿ってきたと思うのだが、それはまた別の頁で)。日本のバンドも少なからず影響を受けているはずだ。

影響力の面で言えば、'90年代に入ってからリリースされたアルバムで、こんなに多方面に影響を与えた1枚は少ないだろう。「rockin'on」方面や「BUURN!」方面両方に影響を与えたという意味では、NIRVANA「NEVER MIND」以来かもしれない。間違いなく、今後もひとつの指針となる作品だろう。

メディアでも未だに傑作扱いされ、ミュージシャンからも支持されているという事実は判った。がしかし、リスナーの立場として考えた時に、このアルバムはどの程度凄いものなのだろうか? いや、どこがそんなに凄いのだろうか??

これを入力しながら聴き始めた「OK COMPUTER」も、既に5順目に入った。で、思ったのだ。


「実はこれ、そんなに凄くないんじゃないの?」


と‥‥って身も蓋もない答えだが(苦笑)。いや、決して「OK COMPUTER」が駄作だとか、過大評価だとか、そういう意味で言っているのではない。肩の力を入れる程凄みのあるアルバムなんかじゃない、聴き流そうとすればできないこともないイージーリスニング的作品でもあるのだが、いざ歌詞を読んでしまうと次からは聴き流すことなんでできなくなる、聴き手を選ぶ作品ではないだろうか?という意味で、俺はこれを凄いアルバムだと思うようになったのだ。だから多くの人間が「RADIOHEAD、凄いよね?」というのとはちょっと違う。その観点からすれば「そんなに凄くないんじゃない?」ってことになるのだが‥‥読み方によってはかなり矛盾した文章になっているが(苦笑)。

現時点で、既にRADIOHEADは「KID A」と「AMNESIAC」という、更に聴き手を選ぶ作品を発表している。実験的作風というのもあるだろうが、多くの場合は「俺的ロック論」から大きく外れていることが「つまらない」とか「興味ない」に繋がっているような気がする。逆に「OK COMPUTER」を当時から気に入っていたファンは、この2枚も好意的に受け入れたようだ(勿論、そうでない人が多いことも知っている)。そういうスタイルの音楽に好意的ではなくても、万人に愛されるアルバムというのは存在する。けど、傑作扱いされながらここまで評価が二分する作品も珍しいのではないだろうか(メディアの評価ではなく、あくまでリスナーの評価という意味で)。そしてそれまでの固定ファンを「ある意味」裏切った作品が、ここまで大絶賛されるのも珍しい。そういう意味でも「凄い」とは思うが‥‥

4年経ったが、未だに俺が納得のいく「理由」には出会っていない。何度か雑誌でも「何故あのアルバムは凄かったのか?」という特集が組まれたが、そこには「答え」は載っていなかった。結局、未だに多くの謎を残したアルバム。それがこの「OK COMPUTER」なのだ。


個人それぞれの「凄い」理由はあるだろう。個人的感情を排除した視点で上のように書いてきたが、個人的にはその他にもごく普通に「"Let Down"や"No Surprises"の、癒されるようなメロディー」とか「自分と向き合うことを迫られる歌詞」だとか「人間本来の情けなさ」だとか挙げることができる。けど、そんな理由を幾つ挙げても、「どこが凄いの?」と聞いてくる人を納得させることはできないだろう。ここまで延々と書いてきたことも、実は大した答えにはなっていないと思う。けど、今一度この作品と向き合うために、こうやって文章としてまとめることが俺には必要だったのだ。

最後に‥‥個人的に俺はこのアルバムを「生涯のベスト3」に入れている。どのくらいこのアルバムが好きかと問われれば‥‥自殺だろうが病気だろうが、俺が死ぬ時はこのアルバムを聴きながら息絶えたい、そう思ってるくらいなのだ。俺にとってはこの「事実」が最も凄みの理由となっているのだが。



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投稿: 2001 06 16 05:07 午前 [1997年の作品, Radiohead] | 固定リンク