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2001/11/24

FREDDIE MERCURY & MONTSERRAT CABALLE『BARCELONA』(1988)

「ロックバンドQUEENのシンガー/ポップシンガーとしてのフレディ・マーキュリー」をイメージして手を出すと痛い目を見る、非常に難解且つ評価の難しいクラシカルなボーカル作品、というイメージの強いこのソロ第2作目。フレディがシンガーとして最も憧れていたオペラ界の重鎮、モンセラ・カバリエとの共演を実現させたという意味では、フレディの長年の夢を1枚の作品として記録した非常に重要なアルバムという風に解釈できる。が、いくらQUEENでオペラチックな要素が強く出色していようが、オペラそのものを好きこのんで聴くロックファンは少ないだろう。そういう意味では、俺が唯一持っているオペラ作品集という事になるのだが(笑)。

実際、この共演についてフレディは1984年頃から考えていたらしい。そして1986年頃のテレビインタビューでもオペラに対する情熱、とりわけカバリエに対する愛情を熱く語っていたという。そして幸運にもそのコメントがカバリエ本人の元に届き、QUEENのマネージメントがふたりの対面をセッティングした。そして意気投合したふたりはアルバム制作へと乗り出すのだった。

実は今聴くと、意外とQUEENとの共通点や要素が多い事に改めて気付かされる。それはサウンドプロデュースに末期QUEENを支えたデヴィッド・リチャーズとマイク・モーランが関わっている点が大きく関係している。味付けやアレンジ等は『INNUENDO』と比較的近いものを感じるし、幾多にも重なったオペラコーラスはQUEENまんまだし、判る人が聴けば純粋に「QUEENのフレディ」が作った作品として評価することが出来るはずだ。ただ、ブライアンのあの印象的なギターワークとロジャーの力強いドラムビートがない点を除けばの話だが。

1曲目「Barcelona」は1992年のバルセロナ・オリンピックでも散々耳にしたことと思うので、ご存じの方が多いと思う。当時はしっかりとPVまで作られた程の力の入れようで、ちょっと驚いた‥‥というよりも、高校生だった俺は引いた記憶が(苦笑)。純粋なロック小僧だった俺にはまだ早かったようだ。続く2曲目「La Japonaise」はフレディお得意の日本語歌詞が登場する、間違ったアジア解釈が登場するアレンジが絶妙な(笑)迷曲。その他の曲のも共通することだが、その後のQUEENのアルバム‥‥特に『INNUENDO』への伏線となるアイディアが幾つも垣間見れるのだ。既にこの頃にはHIVに感染している事をフレディ自身が認識していたはずなのだ‥‥世界最高峰のバンドの一員、そして音楽家としての夢の実現。ある意味、この作品でフレディは音楽家としての夢を全うしてしまったのかもしれない。

それにしても、シンガーとしてのフレディの引き出しの多さ、テクニシャン振りには舌を巻く。歌唄いを目指してる方がもしこれを読んでいたら、悪いことは言わない。ジャンルが違うからと言わずに、是非この作品を手にして欲しい。シンガーとは本来、こういうものなのだといういいお手本になるだろうから。

最後に、モンセラ・カバリエのフレディに対する評価を紹介しよう。

「『BARCELONA』はフレディの素晴らしい音楽的才能のサンプルだと思うわ。彼はただのポピュラー・シンガーじゃなく、ピアノを弾いて私のために作曲できるミュージシャンなのね。彼は違った音楽のスタイルを一緒にする新しい方法を発見したわ。彼が、この分野の第一人者で、唯一の人なのよ。」



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投稿: 2001 11 24 01:00 午前 [1988年の作品, Freddie Mercury, Queen] | 固定リンク