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2001/12/17

KING CRIMS0N『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』(1969)

KING CRIMSONの事は皆さん、実際に聴いた事はなくても「プログレ」というジャンルの先駆者としてPINK FLOYDやYES等といったバンドと共に、名前だけは記憶に残っていることだろう。'69年のデビュー以後、何度もメンバーチェンジを繰り返し、'74年には一旦解散。しかし'80年代に入り再結成、その音楽性は当初の「プログレ」スタイルとは一線を画するものの、これもある意味では'80年代の「プログレ」であった。その後、'84年には再び活動を停止、何度か再々結成の噂が上るものの、結局実際に活動再開するのは'90年代も半ばに入ってから。恐らく多くの方がリアルタイムでご存じなのは、この「6人編成、ダブルトリオ編成」時代の「メタル・クリムゾン」だろう。当の俺もリアルタイムではこの時期が初体験であり、初ライヴもこの時期だ。その後、三度休止。'00年に4人編成で復活。今度は過去の集大成的でありながら昨今のテクノやエレクトロニカ等の要素も取り入れた、正しく「2000年のプログレッシヴ・ロック」を体現している。

実際に彼らのアルバムに手を出した事はなくても、CMで何度も使われている"21st Century Schizoid Man"(邦題「21世紀の精神異常者」、最近では自主規制の影響で「21世紀のスキッゾイドマン」と表記されている)なら誰もが知っているだろう。また、数年前にヒットしたヴィンセント・ギャロの映画「バッファロー'66」劇中でも使用された"Moonchild"の幻想的な空気感を記憶してる人もいるだろう。聴けば「ああ、これか!」と納得してしまう楽曲。と同時に「へっ、クリムゾンってイメージと違くない?」と思う人もいることだろう。

KING CRIMSONの、このファーストアルバムの凄さは「楽曲の幅広さ、なのに架空の映画のサウンドトラックみたいな統一感」といった点に端的に表れていると思う。1曲目の"21st Century Schizoid Man"なんてある意味ヘヴィロック/ヘヴィメタルの元祖ともいえる重さと攻撃性、中盤アップテンポになるパートはジャズロック的且つパンキッシュともいえる。続く2曲目"I Talk To The Wind"(このタイトルも「とみ宮」初期、日記ページのタイトルとして使っていた)はいきなりピースフルな朝焼けといった爽やかな空気を運ぶ。が、曲はそのまま"Epitaph"へと流れ、聴き手を絶望へと引きずり下ろす。「Confusion will be my epitaph.」‥‥何て官能的な一節だろう。実はかなり好きな一節だったりする。

アルバムはそのまま、アナログでいえばB面に突入する。12分もある、幻想的な"Moonchild"(同名バンドがここ日本にいたけど、やはりここから取ったのだろうか?)が聴き手を現実から夢の世界へと導き、そのまま感動的なイントロが忘れられない"The Court Of The Crimson King"で最大のピークを迎え、物語は終了する。聴いてもらえば判ると思うが、もうこの世界観こそが「ひとつの映画」なのだ。CDをプレイヤーにセットし、聴き始めると‥‥どうしても最後まで聴き入ってしまう。プレイヤーのストップボタンなんてとても押せなくなる。このスタイルは特に'70年代の彼らに顕著だ。メロトロンやフルート、サックスといった、今では「コアなロックバンドには考えられない」であろう楽器を使用する事によって、その世界観を更に深いものへと導いている。いや、昨今のロックではこれらの楽器を使用する事は何ら不思議ではないか‥‥RADIOHEADやSPIRITUALIZED、MERCURY REVといったバンドはクリムゾンからの影響を匂わせる存在だ。彼らもこういった楽器をアルバムに使用したりしているし、その音楽感もかなり影響を受けているだろう。

これら昨今のバンドとクリムゾンとの共通点として「音楽の中に生々しいまでの『生』と『死』を散りばめている」という重要なポイントが挙げられると思う。ドラッグによるトリップ感というのもあるが、レディヘといいクリムゾンといい、過剰なまでの『生』と『死』の匂いを感じるのだ。ポジティヴというよりは躁と言った方がピッタリなアッパー感、どん底まで突き落とすかのような鬱的要素。ロックバンドとしての形態を無視してまで拘る表現方法(ギメロトロンやテルミンといった楽器の比重が高くなったり、管楽器を取り入れたり等)、シュールな歌詞の世界観、等々‥‥挙げればきりがない。

RADIOHEADの"Just"のイントロを聴いて「おおっ、"Red"だ!!」と唸ったのも、もう7年近くも前の話。既にあの頃からレディヘはその片鱗を表していた。そういえば、クリムゾンが復活したのもこの時期だった。強引なこじつけだが(笑)、リンクするポイントはかなりある。そういう観点からクリムゾンに入っていっても面白いのではないだろうか?

まぁ勿論、そんなこじつけがなくてもこのアルバムは歴史に残る名盤だし、既に32年も前の作品だというのに革新的で斬新で新鮮だ。初めてレンタルレコード店でこのアルバムのジャケットに出会ってから、もう16年以上経った。当時はアナログだったので、インパクトも大だった‥‥学生時代はこのアルバムをネタに朝まで酒呑みながら友人と語り合ったりもした。バイト先のスタジオで、明け方に必ずこのアルバムをかけると「そろそろ閉店ですか?」とお客に言われたりもした。友人は中学生の頃、美術の授業でこのジャケットを真似したっけ(考えてみれば、こんなに音楽の内容を端的に表したジャケット、そうはないだろう)。思い出はいくらでもある。もし、「とみぃの人間形成をした10枚」を紹介する機会があったら、間違いなく選ばれるであろう1枚。ビートルズ「ABBEY ROAD」、ツェッペリン「PRESENCE」と並んで大切な1枚である。



▼KING CRIMS0N『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』
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投稿: 2001 12 17 03:36 午前 [1969年の作品, King Crimson] | 固定リンク