NIRVANA『FROM THE MUDDY BANKS OF THE WISHKAH』(1996)
カート・コバーンの死後2年半経ってようやくリリースされたのが、このライヴアルバム。これまでもNIRVANAのライヴ音源はシングルのカップリングとして数曲、そして死後発表されたアンプラグド盤等があったわけだが、まるまる1枚バンド形態でのライヴというのは、今のところこれが最初で最後の作品となっている。そういう意味では初来日を体験した者にとってはあの衝撃を思い出すのにいいサンプルとなるし、結局実現しなかったサードアルバムでの来日公演を疑似体験したり、あるいは彼等を知った時には既に存在しなかったという新参者にとってもその凄みを体験するのにいい内容になっていると思う。
録音は1本のライヴをまるまる収録したものではなく、古いものは'89年12月の音源から、最新のものは'94年1月5日‥‥亡くなる3ヶ月前の音源まで、幅広く収録されている。楽曲もメジャーデビュー後の2枚(「NEVERMIND」、「IN UTERO」)からの曲がメインとなっているが、要所要所でファースト「BLEACH」やその前後のシングル曲が登場する辺りに、実際のライヴ・セットリストと同じような流れを感じる。これは編集に参加したベースのクリス・ノヴォゼリックのアイデアだったのだろう。だからこそ、頭の方で最大のヒット曲となってしまった "Smells Like Teen Spirit" が早々と登場してしまうし、最後はファーストアルバムのトップを飾った "Blew" で終わる。ありがちなロックバンドだったら、最大のヒット曲は最後の最後に取っておくだろうし、ライヴの一番盛り上がるエンディングにインディーズ時代の曲なんて持ってこないだろう。まぁそういう姿勢こそがNIRVANAが支持された要因のひとつだったのだろう(俺は別にその辺は拘らないが)。
サブタイトル通り、俺は結局一度も彼等のライヴに足を運ぶことが出来なかった。チケットは確保出来ていたのだ、クラブチッタでの公演のものを。しかし、チケットを確保した数日後に、彼等の来日時期('92年2月)に俺は日本にいない事が決まったのだった‥‥結局、「次があるさ」と素直に諦めて友人にチケットを譲ったのだった。その時は「NIRVANAはまた観れるだろうけど、間違いなくイギリスやドイツに行く機会は二度あるか判らない」と思い、素直に英国短期留学を選んだのだが‥‥世の中には「絶対」なんてことはあり得ないということを、その2年後に嫌と言うほど味わった。まさかあんなことになるなんて、誰に想像できる!?
そういう事があったから、それ以後シングルやブートで彼等のライヴ音源に接すると、嫌な気分になったりしたもんだった‥‥所謂トラウマだったのだろうか? しかし、死後半年経って発表されたアンプラグド盤を聴く頃には気持ちの整理もつき、素直に楽しむことが出来るようになっていた(変に湿っぽくなることもなく、だ)。そしてそれから2年経ってから我々の元へ届けられたのが、このライヴ盤だったというわけだ。
NIRVANAのライヴの魅力は俺が言葉で説明するよりも、実際に音を聴いてもらった方が判りやすいと思うし、その方が一番説得力があるだろう。「それじゃあ書いてる意味ないじゃん?」と思われるだろうが‥‥俺が今回言いたかったのは‥‥俺はこのアルバム最大の魅力は、52秒に渡る冒頭のイントロでの、カートの生々しいまでの叫びだと思っている。アンプラグドのところでも書いたが、俺は結局カートの声に惹かれたようなものなのだ。だからこそ、その彼が身体の底から絞り出すようにシャウトするあのイントロこそが、俺にとってはこのアルバムの「全て」だったりする。日本のAIRがそのデビューアルバムの冒頭でこれに似たようなことをやっていたが、そもそも根本的にコンセプトが違うのだがら追いつくわけがない(てゆうか、比べる事自体が間違っているのだが。ちなみに俺は車谷を貶しているわけではない。NIRVANAもAIRも大好きなのだから)。
NIRVANAはカート・コバーンという「才能」と「カリスマ性」、クリスとデイヴ・グロールの強靱なリズム隊、そしてあの「声」があったから最強だったのだ。この声がなかったなら、きっと俺にとってNIRVANAは特別な存在にはならなかっただろう。
この文を読んで、久し振りにNIRVANAを聴いてみようかなぁと思ったそこのあなた。是非これまで聴いてきた中で最大級のボリュームで聴いてみて欲しい。もし深夜で近所迷惑だというのなら、ヘッドフォンを付けて割れんばかりの爆音で聴いて欲しい。このライヴ盤でのカートの歌は、そしてNIRVANAのライヴはそうやって消費されるべきだと思うから。

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