SUEDE『A NEW MORNING』(2002)
suedeの不在が3年半も続くとは正直思ってもみなかった。前作「HEAD MUSIC」が'99年春、アルバムに伴う来日公演が同年9月だったから、日本のファンが最後に彼らと触れ合ったのはまる3年振りということになる。第2期とも呼べるサード「COMING UP」('96年)から「HEAD MUSIC」までの間が2年半だったが、それでもその間には2枚組のBサイド集「SCI-FI LULLABIES」のリリースがあったので、そこまでは長く感じなかった。が、今回の場合は特に長く感じた。その理由は、我々を凹ませる情報の方が多かったからだろう。まずサードアルバムから加わったキーボード/ギターのニール・コドリングの脱退。これは健康上の理由だから仕方ないとしても、ソングライターとしての活躍振り、そしてステージ上での佇まいを思い出してもらえば彼の損失が如何に大きなことか理解してもらえるだろう。そしてもうひとつは所属する「nude」レーベルの閉鎖。多額の負債が原因といわれているが、これがsuedeのアルバム制作費用が嵩んだことが原因では!?との噂もあった程だ。
このアルバムを作る上で、彼らは一度完成したものを廃棄している。トニー・ホッファーというBECK等を手掛けてきたプロデューサーとの共同作業で一度は完成したアルバムを、「今の自分達が作るべき音ではない」との理由でお蔵入りにし、結局スティーヴン・ストリートというブリット・ポップ・シーンに名を轟かせた名プロデューサー(古くはTHE SMITHS、BLUR等で有名)を起用、完成に至るのだった。
トニーを起用したという時点で、新作は「HEAD MUSIC」を更に押し進めたダンスミュージック寄りの内容になることは、何となく予想できた。が、今の彼らは完成したそれを聴いてそれを世に出すことを拒んだ(少なくともその時点では)。何故彼らは「今やるべき音ではない」と判断したのだろうか? 楽曲自体はスティーヴンがプロデュースしたものと同じ曲だったはずなのに、このアルバムは何故にこうも穏やかで深いサウンドを持った異色作になったのだろうか?
理由のひとつと考えられるのは、ブレット・アンダーソンのドラッグとの決別だろう。彼は過去(「DOGMAN STAR」時期)にも同じ問題を抱え、それを克服した後に心機一転、「COMING UP」という傑作を生み出した。しかし、上に挙げたような問題を幾つも抱え、彼は再びドラッグに走った。そしてバンドを立て直す課程で、再びドラッグを絶った。憶測でしかないが、彼がもし再びドラッグを克服していなかった、こういう作風にはならなかったのではないだろうか? 逆に、もし今でもドラッグを常用していたなら、このアルバムはトニーとコラボレートしたままリリースされたか、あるいはそれ以上にエキセントリックな内容になっていたかも‥‥今となっては何とでも言えるが、そういう幾つもの事柄を乗り越えたからこその産物だったのかもしれない。
このアルバムの面白みはそういった裏事情から見え隠れする音楽性の変化だけではない。純粋に楽曲が優れているのだ。装飾を出来るだけ排除し、よりコンパクトに、そしてメロディーが際立つようなアレンジや音使い。これらはプロデューサー云々というよりも、メンバーが望んだものなのだろう(プロデューサー選択は後付だった、と個人的には思っている)。そしてそれは上手く機能している。これは新たに加入したアレックス・リーの貢献度も大きいだろう。既にサマーソニックで彼らの最新ステージを目撃しているが、キーボードを弾くよりもギター(主にアコースティックギター)を持つ頻度の方が高い新曲群(とはいってもここから3曲しか披露されなかったが)は、どれもが「歌」「メロディー」をいう根本にあるものを大切に扱われたものばかり。勿論それまでの楽曲がそうではなかったという意味ではない。初期の3枚も勿論美しいメロディーの宝庫だったが、やはりそれ以上にビジュアルや歌詞の面の方が印象的だったし、前作はリズムがより強調された、suede流「時代との対等」を表現した作風だった。そういう意味で、今度のアルバムはそういった外的要素を取っ払ったことにより、これまで以上に根本にあるものが表出したのだ。そしてそれは過去のものよりもより洗練され、味わい深いものになっている。これは成長以外の何ものでもないだろう。
これまでの作品がライヴで演奏することやクラブで流れることを想定して作られた作品‥‥つまり「夜」や「閉鎖感」を彷彿させるものだとしたら、この「A NEW MORNING」は間違いなくお日様の光りを沢山浴びた、優しさや温もりを感じさせるアルバムだ。人の生活、あるいは人生においてネガティヴな時期というのは必ず何度も訪れる。がしかし、それらは決して終わらないものではない。「夜は必ず終わるもの」なのだ。suedeというバンドにとって「夜」は特別な要素、あるいはごく自然なものだったのかもしれない。けれど、彼らは朝が来ることを望み、そしてそれを喜んで受け入れた。「前とは違う」「自分の好きだったsuedeは終わった」といって切り捨てるのは簡単なことだろう。しかし本当にそうだろうか? もしかしたらこれこそがsuedeというバンドの、そしてブレッド・アンダーソンの本質なのかもしれない。
ロック特有の派手さ、そしてそれまであったようなグラマラスさはここには殆ど見当たらない。けど、俺はこのアルバムを今後愛聴していくだろう。ファーストアルバムや「COMING UP」と同じように、いや、あるいはそれ以上に。グルーヴィーなロックとはある種対極にある内容だが、それでも俺はこれを愛す。多分、この先何年も‥‥
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