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2002/12/24

THE CLASH『LONDON CALLING』(1979)

人間、誰しも必ず死ぬときが訪れる。ただそれが人よりも早いか遅いかだけで、誰にでも平等に死はやってくる。けど‥‥死んじゃいけない人ってのがいるんだよ。死にそうだけど、絶対に死なない、格好悪く無様に生き続けることで、我々に勇気や希望を与えるタイプの人間が。ジョン・レノンもジョージ・ハリスンもいない今、誰がここまでキース・リチャーズが長生きすると予想できた? キースなんて正しくあのまま生き続けてロックンロールし続けることで、我々に夢や希望や勇気を与え続けてくれるんだよ。

少なくとも、ジョー・ストラマーという男もこのタイプに属する人間だったと思う。確かにTHE CLASH解散後の彼は、どこかパッとしなかったかもしれない。それはTHE CLASHというバンドが如何に偉大だったかを物語る、ちょっとした「現実」なんだけど。それでもジョーは、格好悪くても頑張り通した。音楽以外の活動も通して、我々に「パンク以後」の世界を見せ続けてくれた。それがあの'70年代末期のロンドンに憧れた人間にとって、どんなに悲しくなるものであっても‥‥

けど、'90年代末のジョーは‥‥少なくともここ日本ではこれまでと違った目で見られていたはず。それはフジロックを通して、等身大の「ジョー・ストラマー」という男と直に接する機会があったから。ステージに立つ側の人間なのに、天神山や苗場に自らキャンピングし、時には出演アーティスト達と、それ以外の時は我々観客側の人間と一緒に酒を飲み、語り、騒いだりした。THE CLASH時代を知らない若い人達にとっては、こっちのジョーの方が思い出深いんじゃないかな?

そんなジョーも'99年の苗場1回目のフジロック最終日、準トリとしてグリーンステージに上がったことがある。これが俺にとっての「アーティスト:ジョー・ストラマー」初体験。THE CLASH再結成を常に拒んできた男が見せた意地。今の彼と過去の彼、そしてこれからの彼(当時、まだTHE MESCALEROSとしての音源はリリースされていなかった)を見せるに十分な時間と空間だった。惜しげもなく連発されるTHE CLASHナンバーに鳥肌を立て、一緒に歌い踊り、そして泣いた。今でもこの年のフジロックといえば、俺にとってはRAGE AGAINST THE MACHINEやBLURの名と共にジョーの名前を挙げるだろう。

THE CLASHが'79年にリリースしたサードアルバムがこの「LONDON CALLING」というアルバム。CD主流の今となっては無意味かもしれないが、アナログ時代はこのアルバム、2枚組だった。何故か俺、このアナログ盤を持ってる。唯一持ってるTHE CLASHのアナログ盤がこの2枚組。今ではもうカビが生えてしまって聴くに耐えない代物だけど、ずっとそのまま取っておいてある。当然、俺が初めて聴いたTHE CLASHのアルバムもこれだった。三大ロンドン・パンクバンド(SEX PISTOLS、THE DAMNED、THE CLASH)のひとつとして認識していた彼等だけど、最初に聴いたのがこのアルバムだった為、当時かなり肩透かしを食らったのをよく覚えている。これってパンク!? ジャケットは最高にカッコイイけど、パンクっぽい速い曲はないのにロカビリーとかレゲエとか入ってるじゃんか? これだったら俺、DAMNEDの方が全然パンクだと思うけどなぁ!?‥‥と、10代の俺にはTHE CLASHの良さは全然判らなかった。ただ、ロック/ポップソングとして"London Calling"は常に好きな曲だったけど‥‥

自分がTHE CLASH再評価をするようになったのは、ハタチを過ぎてから‥‥MANIC STREET PREACHERSとの出逢いが大きかった。「現代のTHE CLASH」と呼ばれることの多かったマニックス。インディー時代の初期THE CLASHを彷彿させる疾走感あるパンクナンバーだけでなく、ファーストアルバムのバラエティー豊かさなどは正しくこの「LONDON CALLING」というアルバムをなぞったものだったのではないだろうか? 音楽性に若干の違いはあれど、THE CLASHとマニックスがやってきたことは、常に「REBEL MUSIC」だった。2分前後の、勢いだけのパンクソング。それも確かにパンクなのかもしれない。けど、パンク精神を持った音楽は世界中にある。レゲエやスカ、ヒップホップにグランジやテクノ‥‥それら全てがパンク精神の下に創造されているのなら、それらは間違いなく「REBEL MUSIC」なんだから。そう気づくのに、俺は何年もかかってしまった。見た目や形に囚われた10代を卒業して、俺はいろんな音楽を聴くようになった。THE CLASHが影響を受けたような音楽であり、それこそブルーズやジャズ、ファンクやR&B、ラテン音楽等‥‥

ジョーはデビューシングルの中で「1977年にはエルヴィスもBEATLESもSTONESもいらない」("1977"。"White Riot"のC/W曲)と歌った。しかし、彼等はデビューから2年後、そのBEATLESやROLLING STONESをも超越するようなアルバムを作った。それがこれ。俺が観たフジロックでも演奏された頭2曲"London Calling"と"Brand New Cadillac"の強烈さ。それはパンクロックなんて狭い括りで語ってしまうから無理があるのであって、これらは正しく王道ロックと呼ぶに相応しい必殺チューンなのだ。ポップなロックチューンあり、レゲエやスカやダブあり、カントリーやラテン、R&Bもある。所謂パンクチューンはここにはない。そう、当時の彼等は「パンクバンド」であることを足枷に感じ、あくまで「ロックバンド」として在ろうとしていたのだった。けど、そんなことはどうだっていい。ここに収められているサウンド・歌詞共に最終的にはパンク精神の下に作られた「REBEL MUSIC」だったんだから。

初期に"What's My Name"(1st「THE CLASH」収録)をカバーしたマニックスも、後にこの「LONDON CALLING」から"Train In Vain"をカバーしている。そして結果的には最後の来日となってしまった今年9月の朝霧JAMでのTHE MESCALEROSは、THE CLASHナンバーを極力減らし、今のジョー・ストラマーを、そしてバンドとしてのTHE MESCALEROSを力強く提示してくれた。けど‥‥やはり"I Fought The Law"のイントロを聴くと、どうしても発狂しそうになり、ステージ前まで全力で走ってしまった俺。やっぱり俺はTHE CLASHが好きだ。

正直、そんなジョーが亡くなったと知った時、どうしてもTHE CLASHが聴きたくなかった。けど、今はこうやって大音量でこのアルバムを聴いている。"I'm Not Down" ~ "Revolution Rock ~ "Train In Vain"‥‥街はクリスマスで賑わってるけど、今日はひとり家でこのアルバムを大音量で聴きながら酒でも飲みたい‥‥そんな気分だ。これをアップしたらガンガンに飲もう。もう聴けない、聴きたくないなんてセンチなこと言ってないで、去年のジョーイ・ラモーンを送り出した苗場の時みたいに、大騒ぎしてジョーを天に送ってやろうと思う。

May rest in peace, Joe.



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投稿: 2002 12 24 12:00 午前 [1979年の作品, Clash, The] | 固定リンク