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2003/05/17

BOØWY『BEAT EMOTION』(1986)

今行っているアンケートで「あなたの初めて買ったCDは?」というのを募集してるんですが、日記にも書いた通り、俺が最初に自分の小遣いで買ったCD、それがこのBOØWYの5枚目のアルバム『BEAT EMOTION』でした。恐らく現在手元にあるCDの中で最も長い期間所有してるのがこれです。なので、スキャンしたジャケットも結構年季が入ってますし(至る所に汚れが目立つという。白地だから余計目立つんだよね)‥‥ま、そこに愛着を感じちゃうんですけどね。

このアルバムがリリースされた86年、BOØWYは3枚のアルバムをリリースしました。この年の3月に4作目『JUST A HERO』を発表し、それがオリコン・アルバムチャートで初登場4位を記録。更に「夜のヒットスタジオ」(当時フジテレビ系列で放送されていた音楽番組)に「わがままジュリエット」で初出演する等、一般層への知名度もだんだんと高くなりつつある中、いよいよ初の武道館公演が実現。ここであの名言「ライヴハウス武道館へようこそ!」が飛び出すわけですね。で、その模様を収めたライヴアルバム『GIGS』が夏に限定発売され、即完売。数年後にリイシューされるまで、長きに渡って高値で取引された一品でした(ちなみに俺、アナログで持ってるんですが、CDとなると更に高値だったみたいですね。まだそんなに流通してなかった時期だしね)。そして秋、この『BEAT EMOTION』からの先行シングル「B・BLUE」が発表され、初のトップ10入りを果たしてしまうのです。この時も確か「夜のヒットスタジオ」には出演したと記憶してますが、「ザ・ベストテン」等のチャート番組への出演は拒否。その年暮れに放送された「MERRY X'MAS SHOW」という特番には吉川晃司と共演(THE DAMNEDバージョンの「Help」をカバー)しましたが、結局翌年末の解散に至るまで、その後一切テレビへの出演はなくなります。

そんなシングルヒットの中、発表されたこのアルバムがいよいよチャートで1位を取ってしまうわけです‥‥所謂「BOØWY現象」にここで完全に火が点いてしまうわけですね。それまで一部のロック好きしか知らなかった彼等の名前を、普段ヒットチャートものしか聴かない人達までもが「BOØWYってカッコイイよね!」と言い出すようになるんですから‥‥ロックがまだお茶の間に馴染んでなかった時期の話ですよ。今の10代の子達には到底想像できないでしょうけど、そういう時代があったってことですよ。

さてさて、作品としてのこのアルバムなんですが‥‥実は俺、これが一番好きってわけでもないんですよね(苦笑)。ま、思い入れというか思い出は一番詰まってるアルバムなんですが、熱中度の点でいえば多分点下から数えた方が早いくらいでして。一番好きなアルバムとなると、実はこの1枚前の『JUST A HERO』なんですが(鼻先程の次点がセカンド『INSTANT LOVE』で、次がファースト『MORAL』かな?)‥‥まぁBOØWYのアルバムで一番最初に取り上げるなら、こういう企画もあることだしやっぱりこれかなぁ‥‥なんて思いまして。

東芝EMI移籍後‥‥再デビュー作である3作目『BOØWY』以降、2作連続で佐久間正英(四人囃子やプラスティックスのベーシストとして70~80年代前半まで活躍後、プロデューサーとして活躍。現在ではGLAYを手掛けてることでお馴染みですよね)が携わってきたわけですが、この『BEAT EMOTION』でいよいよ完全なる布袋寅泰体制がスタートするわけです(サウンドプロデュースと全楽曲のアレンジャーとして彼の名前が記載されています)。非常に機械的なエフェクトがかかったドラムサウンド(全然生っぽくないんですよね)、いろんなエフェクターを通したギターサウンド(ソロ以外は思った程歪んでないんですよね)、多用されるシンセやシーケンサー‥‥その後の布袋ソロサウンドの一端をかいま見せてくれています。

しかし、完全なる「布袋アルバム」にならなかったのは、やはり氷室京介のクセの強いボーカルによるものが大きいからですよね。俺ね、ヒムロックってBOØWY時代は全然嫌味なく聴けるんだけど、ソロになってからのこの人ってどうしても‥‥ボーカルのアクが強すぎて、曲の弱さが目に付いちゃうというか‥‥どれも同じに聞こえちゃうわけ。そういう意味では布袋の書く個性的でポップなメロディにヒムロックの声が乗って更にその魅力が増す‥‥そのマジックみたいなものが確実にあったわけですね。それはこのナンバー1アルバムでも十分に味わうことが出来ます。

久し振りにクレジットとかに目を通してみたら新たな発見が。ホッピー神山が参加してるのは知ってたんだけど(後に山下久美子のバックを共に務めたし、布袋ソロ1枚目でもヘルプしてたしね)、まさか松武秀樹の名前を発見するとは‥‥YMO絡みの人ですよね。これ、当時全然気づかなかったなぁ。何で気づかなかったんだろう?

バンド後期、ライヴで常に演奏され続けた曲が多いのもこのアルバム。シングルヒット「B・BLUE」や「ONLY YOU」は勿論、「WORKING MAN」や「BEAT SWEET」、『LAST GIGS』にも収められた「DRAMATIC? DRASTIC!」等、ホントいい曲が多いんですよね。ラストアルバムとなった『PSYCHOPATH』への伏線となったともいえるミディアムメロウな「DON'T ASK ME」「RAIN IN MY HEART」とか、シャッフルビートが気持ちいい「DOWN TOWN SHUFFLE」、初期の攻撃的な色を感じさせるアッパーな「NOISE LIMITTER」、バラード「B・E・L・I・E・V・E」等々‥‥ホントにポップで耳に残る曲ばかり。改めて聴いてみて‥‥そんなに悪くないじゃんこれ。いや、昔より好きになったかも(いや、元々嫌いだったわけじゃないよ。当時の趣味から外れつつあったってだけで)。つうかさ、ソロになった布袋はどんどんマニアックなんだけど下世話な方向へ進んでるみたいだけど、こういう正攻法はもうやってくれないのかなぁ‥‥COMPLEXや「ギタリズム」路線で打ち止めなのか? いや、今が悪いってわけじゃないんだけど‥‥それに決して「ボウイを再結成しろ」っていう意味でもないのね。だって正直観たくないもん、BOØWY再結成されてもさ。ま、ステージ上にヒムロックと布袋が並ぶ姿は観てみたいんだけど。BOØWYとさえ名乗らなければね。

結局さ、良くも悪くもその後の「バンドブーム」の教科書的な存在となってしまったこのアルバム。氷室本人も「『JUST A HERO』で終わっていたら、バンドとして綺麗だったよね」と言ってるように、もしかしたらそれ以降の作品‥‥『BEAT EMOTION』や『PSYCHOPATH』‥‥は蛇足だったのかもしれない。けど、その2枚があったからこそ、BOØWYはあれから15年以上も経った今でも語られることが多いのも事実。その辺の評価は人によって変わってくるだろうけど、俺はこれをリリースして正解だったと思います。そして、このアルバムに対する反動ともとれる『PSYCHOPATH』もね(ま、好き嫌いはまた別の問題だしね)。

一方、布袋の方は‥‥何だかんだいって彼はこのアルバムを好んでいるんじゃないでしょうか? 後にリリースされた彼のソロシングルにもこのアルバムと同タイトルのシングル曲があるしね。また、布袋のコーラスがやたらと耳に付くようになったのもこのアルバムからだし。そういう意味から、結局はその後の両者のソロ活動への布石となった1枚かもしれませんね。



▼BOØWY『BEAT EMOTION』
(amazon:国内盤CD

投稿: 2003 05 17 12:00 午前 [1986年の作品, BOØWY] | 固定リンク