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2004年11月13日 (土)

とみぃ洋楽100番勝負(87)

●第87回:「Tonight, Tonight」 THE SMASHING PUMPKINS ('95)

 スマパンがずっと苦手で。前のPEARL JAMの場合は単純に「自分的に決定打に欠ける」ってだけで、別に嫌いじゃなかったんだけど。スマパンの場合は‥‥なんだろ‥‥あの世界観が‥‥1stの頃とかね‥‥無理してやってるんじゃないの?くらいに思えて。だから「GISH」って殆どリアルタイムでは通過してないし、2nd「SIAMESE DREAM」にしても一部の "Today" とか "Disarm" といった楽曲を除いて、どうにものめり込めなくて。

 そんな俺がスポッと彼等にハマってしまったのは、この「メロンコリーそして終わりのない悲しみ」というアルバムタイトルと、"Tonight, Tonight" という楽曲のお陰だったのかな。でもね、そこにたどり着くまでには、アルバムリリースから半年以上もの時間を要したんだけど。

 完全に聴かず嫌い‥‥ちゃんと聴いてこなかったんだなぁ、と。いや、それを抜きにしてもこの2枚組アルバムの音楽的成熟度はハンパじゃなかったんですよ。むしろ俺がこれまで感じていた「無理してる感」が皆無で、30曲以上あるもんだからいろんなタイプの曲があって。それこそビリー・コーガンがどういった音楽から影響を受けて来たかが伺えるような要素がそこら中に見え隠れしてるわけ。で、それらが自分とかなりオーバーラップしていた、と。

 "Zero" とかああった世界観を持つ楽曲にもすんなり入っていけたし、"1979" なんて思わず吹き出してしまうタイプの曲もあったり‥‥けど俺は、彼等にそれこそアルバムタイトル通りの「メロンコリー」と「終わりのない悲しみ」を求めてしまってね。"Tonight, Tonight" もそうだし、ディスク2後半の流れとかさ‥‥それは続くアルバム「ADORE」にまで続くんだけど。

 誰も彼もがあの時代、同時代に登場したことで、そして先に逝ってしまったことで、カート・コバーンがそれまで担ってきた役割を背負わされそうになっていた。だからこそ、あのムーブメントが崩壊することで、それぞれが本来持っていたものを曝け出す必要があった。そしてPJにしろスマパンにしろ、そういった時代を担うことを拒否し、いち抜け二抜けしていき、独自の個性を磨いていった。その結果、俺は彼等の本当の姿に出会うことができた。そして今がある、と。

 ビリー・コーガンには本当に頑張って欲しいのよ。ZWANがああいった形で終わってしまったこともあってね‥‥もう一度スマパンをやって欲しいとは思わないけど、これを超えることは可能なんじゃないかな‥‥と信じて疑わないんですけど。絶対にやれると思う、あの男なら。ブリトニーとか気にしてる場合じゃなしに、好き放題やった時の本当の凄さは、このアルバムで実証済みなんだからさ。



▼THE SMASHING PUMPKINS「MELLON COLLIE AND THE INFINITE SADNESS」(amazon

投稿: 2004 11 13 12:00 午前 [1995年の作品, Smashing Pumpkins, 「100番勝負」] | 固定リンク

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