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2021年11月13日 (土)

楠木ともり『narrow』(2021)

デビューEP『ハミダシモノ』は“シンガーソングライター・楠木ともり”の名刺代わりになるような1枚、続く2nd EP『Forced Shutdown』は“アーティスト/表現者・楠木ともり”の可能性を広げる役割を果たした飛躍の1枚だとすると、3作目となる今作『narrow』は一体どんな立ち位置の作品になるのだろう。リリース直前までに小出しに発表されてきた収録曲たちを耳にしながら、このEPのリリースを心待ちにしてきました。

タイトルに選ばれた『narrow』は「狭い」「細い」「薄い」といった意味を持つ単語。この「狭い」には幅や範囲を示す以外にも「意味が狭い、狭義の」という意味も含まれ、そこから転じて「ギリギリ」「間一髪」という意味も持つといいます。こういった表現から、『narrow』という言葉の雰囲気がなんとなく伝わるのではないでしょうか。そこを踏まえつつ、EPのオープニングを飾るタイトルトラックについて触れていきたいと思います。

今回のEP収録曲はすべて楠木の作詞・作曲によるもの。過去2作は共作曲も含まれていたので、この3作目はより純度の高い“楠木ともり”の作品と言えるでしょう。タイトル曲のアレンジは「ハミダシモノ」の作編曲や「Forced Shutdown」の編曲を手掛けてきた重永亮介が担当。ヒリヒリしたロックテイストの前2曲と比べると、今回の「narrow」は温かみの強いサウンド&アレンジで、歌詞で描かれる切ない世界観と相まって、目の前が広がっていくような開放感を覚える仕上がりです。歌詞の中に登場する〈狭い空〉から取られたタイトルだと思いますが、楽曲自体の持つスタンダード感、エヴァーグリーンなイメージはそのタイトルの意味に反して非常に大きなものを感じます。ただ一言、本当にいい曲。それがすべてです。

続く「よりみち」はどこかヒップホップ調のトラックが印象的な、楠木にとって新境地といえる1曲。アレンジ&トラックメイクを手掛けたのは、自身もアーティスト活動を行う声優の武内駿輔。この組み合わせは驚きの一言でした。前作『Forced Shutdown』同様、今作も4曲すべてのアレンジャーが異なる作風なのですが、前作での試みがひとつ花開いたことで、今作ではこれがすでに大きな武器となっています。武内によるアーバンなトラックと、楠木のリラックスした歌声の相性は抜群で、そのハーモニーから生まれる浮遊感は過去の楽曲とはひと味違った個性が感じられます。そんな楽曲のタイトルが「よりみち」なのも絶妙の一言。小気味良く言葉の並んだ歌詞は、歌としても、そして朗読としても通用する魅力が伝わるもので、今年7月に行われた『Tomori Kusunoki Story Live「LOOM-ROOM #725 -ignore-」』のようなスタイルで披露されたらどうなるのか、なんてことを想像してしまいます。

温かみを感じる2曲を経て、起承転結の「転」にあたる3曲目「熾火(おきび)」へ。どこか閉鎖感が伝わる歌詞と荒幡亮平がアレンジを担当したスリリングさを伴うロックサウンドは、このEPにおいて大きなフックとなる1曲ではないでしょうか。過去2作の表題曲でのスタイルを踏襲した、「ぬくもり」を超える「熱」が伝わってくる仕上がり。歌唱面からは楠木の表現者としての成長を受け取ることができるはずです。そして最後は、シューゲイザー/ドリームポップ的な側面が強い「タルヒ」。本EPから最初に公開されたこの曲のアレンジは元「カラスは真っ白」のやぎぬまかなが担当しており、「熾火」で高まった熱を緩やかに人肌の温もりにまで導いてくれる、締め括りにふさわしい1曲です。

今回のEPは「冬」というテーマを設けて制作されたそうですが、全体を通して温かみの強い作風や歌詞の要所要所から伝わる冬っぽさ含めて、よりコンセプチュアルな作品に仕上がったのではないでしょうか。前作『Forced Shutdown』以上に4曲の個性の違い、楽曲の幅広さを強く感じるものの不思議と統一感が伝わる、非常に充実した作品が完成したのではないでしょうか。ここまでの3作品、どれも個性の異なる仕上がりで、かつ作品ごとに進化がしっかり伝わる内容になっている。随所に異物感を孕みつつも、全体を通して強いスタンダード感も表現できている。アーティスト楠木ともり、末恐ろしい存在です。

残念ながら、今回のリリースに際して楠木ともりとのインタビューが実現しなかったので、彼女が歌詞で描こうとしたこと、込めた思いについて直接聞く機会は得られなかったが、それを抜きにしても彼女の作家性がより強まっている点には目を見張るものがあります。このテキストを書いている時点では世に出ている今作のインタビューをあえて目にしていないのですが、いずれ機会ができた際には本作に関して突っ込んだ話を聞けたらと思っています。

Blu-ray/DVD付き仕様には、「narrow」のMVや他3曲のリリックビデオ、そして7月の『Tomori Kusunoki Story Live「LOOM-ROOM #725 -ignore-」』の模様を凝縮。特に『Tomori Kusunoki Story Live「LOOM-ROOM #725 -ignore-」』では声優でありアーティストである楠木の非凡な個性をたっぷり味わうことができるので、配信を見逃した人にこそぜひ観ていただきたい内容です。そして、見終えたあとには『TOMOROOM』内特設ページに掲載された、筆者によるライブレポート&インタビューをご確認いただけると、このライブをより深く理解することができるはずです(手前味噌ですみません。笑)。

 


▼楠木ともり『narrow』
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