2004/07/02

THE BOOM『百景』(2004)

THE BOOMを『MONTHLY PICK-UP』に取り上げるのは、今回で2度目ですね。基本的に「同一アーティストを二度取り上げない」のがあのコーナーの信条なのですが、時として例外が生じてしまいます。過去、複数回ピックアップされたアーティストはMr.Children、モーニング娘。、HEATWAVEの3組のみ。いろんな意味で俺の音楽感や人生観を変えて来たアーティストばかり。そこに今度はTHE BOOM通算11作目となるオリジナルアルバム「百景」を加えることになりました‥‥だって、本当に素晴らしいポップアルバムなんだもん。アルバム全曲を聴く前から決定していたことですから、俺の中で。

このアルバムに接する前、俺は収録曲を数曲耳にしていました。先行シングルの「僕にできるすべて」や「朱鷺 -トキ-」といった先行シングル曲(とはいってもこれらは一昨年末のリリースなんですけどね)、今年5月の武道館&大阪城ホールでのデビュー15周年を記念するスペシャルライヴにて配られた「24時間の旅」や「光」といった楽曲達。これらを聴いただけで、既に俺の中では「間違いなく名盤!」と勝手に思い込んでたのね。それは、ここ数年‥‥いや、ソニーから東芝に移籍した後の作品群が常にハイクオリティーなものばかりだったからってのも大きいんだけどさ。

けど、まずなによりも、俺の心を大きく揺さぶったのがこのTHE BOOMとスタッフ、そしてプロデューサー佐藤剛からのメッセージでした。既にいろんなところで語り尽くされた話題なので敢えてここで再びその内容には触れませんが、とにかく俺に強烈な印象を与えた大きな出来事だったのです。

勿論、そういった事象によって音楽の内容が左右されることはありません。実際に自分が聴いて、本当に良い/素晴らしいと思えたのなら、それは自分にとって本当に良い音楽/歌なのだ、と。当たり前だけど、それが全てですからね。

で、実際に耳にした「24時間の旅」「光」といった楽曲は、THE BOOMらしい、非常にクオリティーの高い優れた楽曲だったのです。もうこの2曲だけで満足なのに、更に上記のシングル曲まで収録される。しかも再録音までして。そりゃ期待しちゃうに決まってるじゃないですか!

正直、ソニー時代末期の彼らはアルバム毎に極端な方向に進みすぎていて、作品によってはちょっと馴染めないものもありました。俺内での名曲度が非常に高い "手紙" を収録したアルバム『TROPICALISM -0°』は一部では評価が高いようですが、俺的には正直馴染めないアルバムなんですよね。個々の楽曲は最高に素晴らしいものが多いのですが‥‥しかし、東芝移籍後の作品群‥‥『No Control』や『LOVIBE』がいろんな意味で先の『TROPICALISM -0°』を更に進化させたような内容なのにも関わらず、素晴らしいアルバムだったこと、更には『OKINAWA~ワタシノシマ~』で過去の楽曲を更に深化させていったこと。こういったことを経て、オリジナルアルバムとしては約3年9ヶ月振りとなる『百景』は、THE BOOMが「沖縄」や「ブラジル」に走る前の、本当にシンプルな「歌」を聴かせてくれていた原点に立ち返ったかのような味わい深い作品群に仕上がったのです。勿論、ここには「沖縄」も「ブラジル」も「スペイン」もまだ存在します。しかしそれらが独立した要素として混在しているのではなく、既に「THE BOOM」というジャンルの中のひとつの「色」として見事に混じり合っている。全ては「歌」を聴かせるための、単なる味付け程度に過ぎない‥‥そんな強気な姿勢が感じられる、優しくて力強いアルバム。それがこの名盤の魅力であり、今のTHE BOOMの魅力なんだと思います。オリジナルアルバムをリリースしてこなかった約4年近くのブランクで、彼らは「いかにして『歌』を聴き手に届けるか」という命題と格闘し続け、そしてその答えを見つけ形にした。だから「どんどんコピーして」もらってでも多くの人に聴いてもらいたい‥‥それだけの自信があったから。それだけの自信作だったから。

「歌」は確かに最後の最後に残りました。そしてそれはちゃんと俺のもとに届きました。さて、今度は皆さんのもとに届ける番ですね‥‥その切っ掛け作りとして、俺は今この文章を書いています。昨日届いたばかりの、この素晴らしいアルバムを何度もリピートしながら。



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投稿: 2004 07 02 12:00 午前 [2004年の作品, BOOM, THE] | 固定リンク

2000/12/19

THE BOOM『手紙』(1995)

皆さんは音楽を聴く時、まず最初にどこに耳が(興味が)いくのだろうか? メロディ? リズム? ギターリフ? ボーカルの声質? コーラスの綺麗さ? それとも歌詞? やっぱりキャッチーなメロディに耳を奪われる事が多いのだろう。ちょっと前の事だが、とあるサイトの掲示板でこの辺の話題になった事があった。そこでの意見を総括すると、歌詞というのはそれ程重要視されないという意見が多かった。つまり「内容が如何に素晴らしいからといって、それがその楽曲の素晴らしさに直結するわけではない」という事だろう。特に洋楽(=日本語以外の言葉を歌詞に持つ音楽)の場合、やはり最初に印象に残るのはメロディであるのは間違いない。余程英語に精通しているか帰国子女でもない限り、歌詞がバーンと頭の中に入ってくる事はまずないだろう。

それでは、日本語で唄われている楽曲の場合はどうだろうか? 母国語‥‥普段の会話に用いられる言葉を歌詞に持つ音楽。それが我々が好む「ロック」というジャンルの場合、どれだけ重要視されているのだろうか? ちょっと疑問に‥‥いや、心配になってしまった、というのが掲示板を読んだ正直な感想だった。

ロック自体が日本国内でも成熟期を迎え、欧米のそれと大して差を感じられないレベルにまで達した‥‥アーティスト達もいる。海外でも活躍し、ここ日本でよりも知名度が高いアーティストもいる。しかし、そういう場合は大抵歌詞が英語だったりして、『我、日本人なり』という事実をアピールするのは、その独特なメロディにのみだったりする事が多い。いや、中にはその日本人的メロディすら感じさせない、国籍不明なアーティストもいる。つまり、母国語である日本語を中心に使いながら海外(ここでは欧米を指す)で成功を収める、というアーティストは殆どいないに等しい。

そうなると、日本語で唄うアーティストは国内に活動の重点を置く者達が大半を占めるわけだが‥‥どれだけ多くのアーティストが「言葉」を大切にしているのだろうか? そして我々はどれだけ「言葉」というものに意味合いや重要性を求めているのだろうか? 掲示板で見かけた人達の場合は「それ程重要視しない」という意見が多かったが、例えば今年後半最もヒットした国内アーティストである浜崎あゆみの場合、彼女のファンの多くは「歌詞に共感する」という。宇多田ヒカルしかり、グレイしかり。ジェネレーションリーダーとなりうるアーティストには、やはりしっかりとしたメッセージを持っている場合が多い。過去を振り返ってみても、佐野元春や浜田省吾、尾崎豊、ユーミン、中島みゆき、そして俺が取り上げる事が多いミスチルやゆず。メロディメーカーとしての才能にも優れているが、やはりこれらの人達には「詩人」という言葉がよく似合う。そうそう、エレカシ宮本もだった。

そして今回、もう一組(ひとり)のアーティストをこの中に入れておきたい。それがこれから紹介するTHE BOOMだ。今回取り上げるのは、5年前に発表されたシングル「手紙」。かなり画期的且つ衝撃的な作品である。エレカシ「ガストロンジャー」の4年前に、既に宮沢和史(THE BOOMのボーカリストであり、メインソングライター)はこんなに攻撃的なパンクソングをリリースしていたのだ。

THE BOOMといってイメージするのは、例えば「島唄」に代表されるような沖縄民謡だったり、「風になりたい」のようなサンバ等のブラジル音楽の要素をとりいれた、まさしくミクスチャーな存在だろう。そんな彼らが1994年に発表したアルバム『極東サンバ』にてブラジル音楽からの影響をある意味完成型にまで持っていった後に、次なる第一歩として発表されたのがこの楽曲だった。最初にこの曲が発表された(いや、演奏されたというべきか)のは、リリース(95年12月)の半年近くも前、テレビの歌番組でだった。バンド演奏というよりは寧ろサンプリング中心のバックトラックを相手に、ボーカルの宮沢は椅子に座り、足を組んでハードカバーの本を手に淡々と歌詞を読み上げる。感情を極力抑えているにも関わらず、そしてバックは機械相手にも関わらず、そこに存在したのは人間というものが持ち合わせる感情‥‥怒り、悲しみ、喜び、憤り‥‥の全てが渦巻く台風の目だった。所謂「ポエトリーリーディング」に近い形の楽曲なのだが、俺は背筋に嫌な汗をかきながらも、そこから目をそらせなかった。これまでもボブ・ディランやルー・リードといった先人達がこういうような事に挑戦してきた。日本でも有名なところでは佐野元春が何度かチャレンジしている(彼に関してはポエトリーリーディングで何度か作品をリリースしている)。ここでTHE BOOMが挑戦したのは、本当の意味でのポエトリーリーディングとは言えないかもしれない。しかし、この楽曲は紛れもなくロックンロールナンバーだ。

ビートが強烈で、ギターリフが格好良くて、メロディが素晴らしく、そこに誰をも魅了するカリスマ性が存在すればロック‥‥それはそれで正しいだろう。がしかし、このうちのメロディが存在せずに、歌詞が素晴らしかったとしよう。それはロックではないのだろうか? そんな事はないはずだ。これは決して特殊な形なんかじゃない。風変わりという表現で片づけるのは、単に自身の許容範囲の狭さをひけらかしているだけだし、ロックというものに先入観や固定観念を作ってしまっていて、非常に勿体ない。

確かに「俺はストーンズみたいなスタイルのバンドが好きなんだからいいだろ?」とあなたは言うだろう。ではそのストーンズの「スタイル」って何だろう? そのストーンズこそ、常に時代や流行と戦い続けてきたバンドの代表なのではないだろうか? 歴史は語っているはずだ。ディスコやダブ、ヒップホップにテクノ‥‥それを本流にはしなかったものの、常にストリートでの流行を取り入れてきたのは他でもない、彼ら自身なのだ。

俺はロックンロールを愛している。素晴らしいメロディにも感化されるし、カッコいいギターリフにも痺れる。ビートの複雑さに涙したり、シンガーの声を聴いただけでイきそうになる事もある。けど、こうやって過去を振り返ってみると、常に俺を突き動かしてきたのは、歌詞だった。自分にとって最もパンクなモノとは、実は「歌詞の非凡さ」だったりするのかもしれない。勿論、誰の心にも訴えかけるようなラヴソングも好きだし、ある時にはそういう歌詞も自分にとって「最もパンクなモノ」となる事がある。時々、誰が聴いても下らなくて幼稚な歌詞を持った、バカバカしい楽曲と出会う事もあるが、自分の感性に合えばそういう歌だって孤高なモノとなる事がある。

ロックの基準というものがもし存在するのなら、それは人それぞれ違うもののはずだ。寧ろそうでなくてはいけないと思う。ロックというものは楽曲そのもののスタイルではなく、演者/聴き手が最も信じるモノなのだ。だからここで俺が「俺にとっては歌詞が強烈なモノによりロックを感じるんだ」と言ったとしても、それは他者にとっては「ふざけんな!」という事になりかねない。先に登場した「歌詞の内容はあまり重要視しない」という方々にとってはたまたまそいいうモノがロックの基準から外れるだけなのであって、だからといってないならないで困ってしまうのも歌詞だったりする。

でも、もしあなたに少しでも他者を受け入れる余地があるのなら、悪いことは言わない。1度この曲‥‥歌詞に耳を傾けて欲しい。そして歌詞カードに目を向けて欲しい。そこにはまだあなたが出会った事のない「何か」が必ず存在する。文学作品に向かい合うのではない。ロックンロールと向き合うのだと思って欲しい。作者からの「手紙」だと思って、気軽に読んで欲しい。そして今一度、あなたにとってのロックとは?という命題と向き合ってみて欲しい。

結局、俺はこの「とみぃの宮殿」という場で如何にロックンロールの素晴らしさを伝えていくか?という命題と戦う事が使命なのかもしれない。そいうい意味で、俺は開設2周年を記念する月のオススメにこの楽曲を選んだ。これが俺の意思表明。去りたい者は去ればいい。ついてきたい奴だけついてきな。



▼THE BOOM『手紙』
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投稿: 2000 12 19 12:00 午前 [1995年の作品, BOOM, THE] | 固定リンク