小泉今日子『厚木I.C.』(2003)
キョンキョンこと小泉今日子 の、今世紀最初のオリジナルアルバム。昨年末でしょうか、これまでのキャリアをまとめた3枚組ベストアルバム「KYON3」が出たばかりですが、これは完全新曲によるアルバムで、とにかくゲストや作家陣が豪華なんですよ。ざっと名前を挙げただけでも、
・浜崎貴司(元FLYING KIDS)
・Nathalie Wise(高野寛、斉藤哲也、BIKKE)
・宮沢和史(THE BOOM)
・鈴木正人(LITTLE CREATURES)
・細野晴臣(SKETCH SHOW)
・永積タカシ(SUPER BUTTER DOG/ハナレグミ)
・ミト(クラムボン)
・曽我部恵一
・鈴木祥子
等々、とにかくそうそうたるメンバーであるのがご理解いただけるかと思います。またサウンドプロデュースも高野寛が6曲、Nathalie Wise名義で1曲、曽我部恵一が2曲、宮沢和史が1曲手掛けています。というわけで、上記のメンバーやプロデューサー陣の名前を見て、何となくサウンドのイメージが掴めるのでないでしょうか?
多くの人が想像する通り、かなりアコースティック色の強い穏やかな作風となっていて、それが自然体な彼女の歌声に見事フィットしてるんですね。元々キョンキョンってそんなに歌が上手いって方でもないし、雰囲気モノというか、アイディア勝負なとこが強かった人じゃないですか。井上陽水&奥田民生をソングライターに起用したり、ラジオで一般から曲を集ってそこに歌乗せてアルバム作っちゃったりとか、リミックスものとか。ま、その辺は彼女のバックに付くブレーンが思いつくことなんだろうけど、今回の場合は意外と彼女のアイディア優先なのかなぁって気がしないでもないですよね。まず、共演してるアーティスト達が彼女と比較的親しい人達だということ。宮沢なんて音楽以前にドラマで共演したりしてるし。浜崎貴司とは以前共演してるはずだし、高野寛とか細野さんなんて意外と彼女と仲良さそうだしね。
んで、何でこういう生音を重視した、アコースティックな作風になったのか。その理由は実は俺、知りません。雑誌とかのインタビューに載ってるんでしょうけど、それは各自探してみてください。で、今回俺はひとつの仮説を立ててみたいと思います。それはこのアルバムに収録された唯一のカバー曲、SUPER BUTTER DOGの"サヨナラCOLOR"という曲の存在です。この曲の延長線上にハナレグミがあるのはご存じの通り。恐らくキョンキョンはこの曲との出会い、あるいはハナレグミ(永積タカシ)との出会いによってこのアルバムのコンセプトを思いついたんじゃないかな、と‥‥勿論、直接永積と会ったとかそういったことではなく、単純に音楽との出会いでしょうね。それで、そういったアコースティックなものをやりたいとなった時、たまたま親しくしていた宮沢や高野に声をかけた、と。そしていろんな人間が集まってきて(各プロデューサーが声をかけ)、気づいたらこういうメンバーになっていた、と。
そういう豪華なメンバーが参加した、女優さんが歌ったアルバム‥‥今の若い人達にはそういうイメージなのかもしれませんが、俺くらいの世代になるとやはりキョンキョンはアイドル中のアイドルであって、この人が今でもこういった作品を作って我々に届けてくれるっていう事実が本当に嬉しくて。特にここ数年‥‥少なくともこの4~5年ってこれといったリリースがなかったじゃないですか? 歌番組に出ることも無くなったし、それこそドラマにも年に1度出ればいい方で。そんな「KYON2不足」な我々キョンキョン世代は、きっとこういうアルバムを待ってたんじゃないかなぁ。勿論、俺もね。
ハッキリ言って、ここで聴ける彼女の歌ってそんなに誉められる類のものではないのね。けど、何だろう‥‥多分、彼女じゃなきゃダメなんだろうね。キョンキョンじゃなきゃこういう世界観にはならなかったと思う。勿論、他の人が歌えば他の独特な世界観になるのは当たり前なんだけど、恐らくここに収められた世界観というのは俺が思い描いていた、そして俺が彼女に求めていた世界観そのものなんだろうな。だから聴いて特に驚きもしなかったし、興奮もしなかったし、ごく普通に、当たり前に‥‥それこそ空気のように流れていったのね。それって「音楽として存在感がない」って意味じゃないよ。そこは勘違いして欲しくないな。
もうね、1曲目"厚木"のワンコーラス目途中の、本気で笑っちゃいながら歌ってるあのパートを聴いた瞬間、このアルバムの虜なのね。目の前で、俺が知ってる小泉今日子という女性が、囁きかけるように歌う姿が何となく見えてくる‥‥そういうアルバムですよこれは。
思っていた以上に良かったのが、曽我部恵一が携わった2曲("Japanese Beauty"と"また逢いましょう")。曽我部がサニーデイサービス時代から苦手だったと日記に書いたけど、本当にそうだったのね。なんつーか、あの歌の世界観を彼の声で表現することに抵抗というか‥‥苦手意識がずっとあって。けどね、これを女性‥‥ここではキョンキョンね‥‥が歌うと、全く違った印象を受けるんだわ。勿論、曽我部自身が他人(キョンキョン)をイメージして書いたというのが一番大きいんだろうけど、ここで聴ける楽曲の世界観はすごくしっくりくるのよ。もっと言えば、本来のスタート地点であろう"サヨナラCOLOR"よりも良かった。曽我部って俺と同い年だと思うんだけど、多分彼もキョンキョン世代なんだよね。自らが思い描く「KYON2像」を歌にしてそれを本人に歌わせた。だからこそ、これらの楽曲が本当に「活きた」んだと‥‥そうは思えないでしょうか?
もの凄く自然体。あって当たり前の音と歌声。このアルバムを表現するとそうなるんでしょうか。ハナレグミ「音タイム」と全く違った世界観を持ちながらも、実は似た匂いを持ってるアルバムだと思います。10年前の俺ならきっと、こういう世界観は苦手だったと思うんだけど、これを心底楽しめるようになってってのは、要するにそれだけ歳を取ったってことなのかなぁ‥‥でも10年前のキョンキョンも間違いなくこういうアルバムは作っていなかっただろうし。今は単純に、この人が再び歌を歌ってくれて、そしてこういうアルバムを作ってくれたことに心から感謝。
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