JESSIE BUCKLEY & BERNARD BUTLER『FOR ALL OUR DAYS THAT TEAR THE HEART』(2022)
2022年6月17日にリリースされた、ジェシー・バックリーとバーナード・バトラーのコラボアルバム。日本盤未発売。
ジェシー・バックリーは2018年公開の映画『ワイルド・ローズ』での主人公ローズ役を務めたほか、2021年公開の映画『ロスト・ドーター』では主人公ラダの若き日を演じアカデミー賞をはじめとする数々の映画賞を受賞したことで知られるアイルランド出身の女優。『ワイルド・ローズ』ではカントリー歌手を夢見るシングルマザーという設定もあり、劇中での歌唱も話題となりました。
一方、バーナード・バトラーはSUEDEの初期メンバーとしてはもちろん、ソロアーティストや音楽プロデューサーとしても名を馳せる名手。互いに接点はないように映りますが、ジェシーはかつてバーニーがプロデュースしたサム・リーのアルバムを聴いていたといい、バーニーも先の『ワイルド・ローズ』でのジェシーの歌唱を耳にしており、互いに高く評価し合っていました。そんな中、ジェシーのマネージャーが2人が対面する機会を設け、同じ精神性を持っていた2人は次第に距離を縮めていき、気づけば音楽的コラボレーションへとつながっていったわけです。
バーニーのプロデュースのもと制作された本作は、深みを強く感じさせるジェシーのボーカルを最良の形で生かした、アコースティックサウンド主体の内容。バーニーはギターのみならず、一部の楽曲ではピアノやドラムまでもを担当し、レコーディングの指揮をとります。また、シンガーでもあるバーニーですが、主役はあくまでジェシーということで彼自身は数曲でコーラスを担当するのみ。コラボ作ではあるものの、彼はあくまでプロデューサー/プレイヤーとしての共作であると認識しているようです。
ダフィー以降、バーニーが手がけてきた「夜の香りがする」アダルトなサウンドアレンジと、アコギやアップライトベース、チェロやバオイリン、トランペットやホルンなどのアコースティック楽器を主体とした音作りは、その後制作されるバーニー自身のソロアルバム『GOOD GRIEF』(2024年)との共通点も多く見つけられます。楽曲自体はそのバーニーの持ち味のひとつであるフォーキーさやジャジーさを強調したものが多く、そうしたテイストがジェシーの歌声にもぴったりハマっている。そのプロデューサーとしてのセンスも、さすがバーニーといったところでしょうか。
これをバーニー自身が歌っていたら、きっとより内省的で地味なアルバムとしてこじんまりとまとまっていたかもしれません。しかし、そうならずに適度なゴージャスさも伝わる上質な歌モノ作品として仕上がったのは、バーニー自身の創作する音楽との「距離」の違いが大きいのかなと。自分のための音楽だったら距離が近すぎて、客観的になるのが難しいところもある。しかし、コラボ作とはいえ主役は別のシンガーがいることで、自身のソロ作よりも客観視できる。いくら名プロデューサーとはいえ、さすがにこの「距離」の違いは大きいのではないでしょうか。
まあそんな邪推は置いておいて。本作は非常にクオリティの高い大人のポップスを、存分に楽しむことができる良質な作品集。アコースティック主体のサウンドながらも、「We've Run The Sistance」のようにダイナミックさが強調された楽曲も用意されているので、全12曲/約50分を退屈することなく楽しめるはず。ジェシーの知名度も大きいとは思いますが、本作が全英23位、スコットランドで8位、アイルランドで35位という好記録を残したのも納得です。
▼JESSIE BUCKLEY & BERNARD BUTLER『FOR ALL OUR DAYS THAT TEAR THE HEART』
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