2004/12/22

THE CLASH『SANDINISTA!』(1980)

 早いもんで、2002年12月22日からもう2年もの月日が流れたのね‥‥2年前、その知らせを聞かされた時‥‥正直「‥‥へっ!? ウソに決まってるって!」って絶対に信じようとしなかったんだよな、俺。焦ってネットをいろいろ検索して、結局「Fujirockers.org」の掲示板にその書き込みを見つけて。時間が経ってから、それが間違いない事実であることを関係者がそこで報告して‥‥全然信じられなかった。だって、3ヶ月前に俺、観てるんだよ!? あんな凄いステージ見せつけられたんだよ!? 信じろっていう方が無理だってぇの。本当にショックだった‥‥

 ジョー・ストラマーがこの世を去ってから、早くも2年経ってしまいました。英国時間の2002年12月22日未明、彼は突然この世から居なくなりました。未だに彼がこの世に存在しない‥‥それが信じられないんだよね。フジロックに行く度、朝霧JAMに行く度、もしかしたらジョーはキャンパーとして参加してるんじゃないか、焚き火を絶やさないように近くに座ってるんじゃないか‥‥この2年、ずっと同じことを考えてた、俺。けど、やっぱりジョーは居なかった。ジョーの家族や友人達がやってきても、まだ心のどこかで信じてない俺がいる。未練がましいのかもしれないけど‥‥それくらい、彼を失ったことは俺にとって大きかったのね。

 ジョーやTHE CLASHに対して、非常に強い思い入れを持つようになったのは、間違いなくこの5〜6年の間のこと。勿論その前からTHE CLASHは聴いてたし、好きな曲も沢山あった。けど、やっぱり1999年8月、初めて行った苗場フジロックで観たジョー‥‥ここが全ての始まりだったと思うのね。連発されるTHE CLASHナンバーに頭真っ白になって。単純にソロ曲も心地よくてカッコ良いし。あれが切っ掛けて俺はジョーやTHE CLASHに惚れ込んだようなもの。リアルタイムではラストアルバムにして問題作でもある「CUT THE CRAP」しか体験してなかった俺。そりゃあのアルバム聴いてTHE CLASHの凄さを理解しろって言う方が無理だわな。

 高校生の頃に聴いた「LONDON CALLING」が今聴くと全然違って聴こえるのと同じく、この「SANDINISTA!」ってアルバムも、むしろ今という時代に聴く方がしっくりくる1枚(というか2枚組)。アナログ時代は3枚組で、レンタルする時も思わず「一度に3枚も!」と喜んでたんだけど、その内容が殆ど理解できなくてね‥‥単純なパンクを求めてた俺からすれば、そりゃ難し過ぎるって。

 '80年以降、パンクを通過したニューウェーブやポストパンクが、アンダーグラウンドからオーバーグラウンドへと浮上していき、その代償としてオリジナルパンクス達は再びアンダーグラウンドへと追いやられるか、新たな道を模索することを強いられたわけだけど、THE CLASHはそんな中、誰からも選択を迫られることなく、自らが率先していろんなジャンルを取り込んでいった数少ないオリジネーターだったんだよ。そして、そういうスタイルこそが「レベル・ミュージック(Rebel Music)」なのだ、と提示し続けたわけ。

 それから20年以上経った今、シーンには沢山のポストパンクバンドが溢れてる。テクノロジーが発達したのと同時に、ジャンルも更に細分化される程多様化してる。そんな中、この「SANDINISTA!」がここ2〜3年の間に再評価されるようになったのには、そういった確固たる理由があるわけ。全てがここから始まった、とまでは言わないけど、でも間違いなくこの作品は2004年の現代にも通用するクオリティーと内容を持ってる。それは紛れもない事実なわけ。

 5年前のリマスター化の際に、このアルバムの音はオリジナル版と比べて更に向上して、完全に「今の音」になったと思う。古くさくないのよ。けど、真新しいとも思わない‥‥ジャストなの、「今」に。

 今日は帰宅後、ずっとこのアルバムを爆音で聴いてます。今日のラジオ、1曲目はTHE CLASHで決まりだな。そして、明日はこれに足を運ぼうと思う‥‥その後は、ただひたすら踊るだけ。愛するロックンロールに包まれて。



▼THE CLASH『SANDINISTA!』
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投稿: 2004 12 22 09:14 午後 [1980年の作品, Clash, The] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック

2004/11/26

とみぃ洋楽100番勝負(100)

 いよいよラスト‥‥最後は思い入れタップリに語らせていただきます‥‥


●第100回:「Coma Girl」 JOE STRUMMER & THE MESCALEROS ('03)

 

「早くくたばれっ!」って冗談ぽく言ってはみるものの、そこには「絶対に死ぬもんか‥‥死んでもらっては困るんだよ!」という祈り/願いも沢山込められてるんだよね‥‥当たり前の話だけど。最高の愛情を込めて吐く悪態。それはある意味では彼等にとって最高の賛辞なのかもしれない。

 でも。そんな冗談すら言えない、言いたくても言えない相手だっている。この連載を続けてきた中で、故人を扱う機会が沢山あったんだけど、最後の最後もその故人‥‥比較的最近亡くなったこの人で締めくくりたいと思います。丁度12月だしね、これが発表される頃は‥‥

 2002年12月22日、彼は静かに息を引き取りました。日本では23日に伝わって来たこの知らせ。最初知った時は「へっ、嘘‥‥」と、にわかには信じられませんでした。情報が少ない/錯乱していたことから、いろいろネットサーフしてみたものの、それは間違いない事実であることが判明しました‥‥愕然としたよ。ほんの3ヶ月前、あんなに元気な姿をその年最後の「夏フェス」で目撃したばかりだったのに。一緒に "I Fought The Law" を大合唱したばかりだったのに‥‥

 俺にとってのジョー・ストラマーという親父は、THE CLASHの偉人というよりは、ロック・フェスティバル、野外フェスティバルってこんなにも楽しいもんなんだぜ、自ら進んで楽しむものなんだぜ、という至極簡単なことを教えてくれた、大先生でした。俺が初めて体験した夏フェス‥‥'99年のフジロックで出会ったジョーは、大好きだったTHE CLASHの曲を出し惜しみすることなく連発してくれ、当時の新曲も過去と何ら変わらず「レベル・ロック」していることを証明してみせました。

 そして3年後。今度は朝霧JAMで再会。正直、最後の最後だったし天気も悪く霧で視界も悪かったし、演奏される曲も今回は新バンド・THE MESCALEROS以降のものが多かったことから、あんまりのめり込めなかったんだよね‥‥けどそれって、結局「俺はジョーにTHE CLAHSしか求めてなかった」ってことと一緒だったわけで。だから "Bankrobber" や "I Fought The Law" という曲に過剰反応してたんだよね‥‥恥ずかしいけど。

 ジョーの死後から1年経って、志半ばで頓挫してしまったレコーディングを仲間達で完了させたのがこの「STREETCORE」というアルバムで。買ってから暫くは聴けなくてさ‥‥こんなにも重く感じさせるアルバムは随分久し振り。ジャケットといい、並んだ曲目といい、全てがその頃の俺には重過ぎて‥‥

 年が明けて2004年。やっとパッケージを開けて‥‥1曲目の "Coma Girl" の歌い出しに胸が熱くなってさ‥‥

  「遥か西のフェスティバル会場を這うように歩いてたんだ」

‥‥嗚呼、この人は死ぬまで「ジョー・ストラマー」で在り続けたんだな、と。当たり前の話だけど、その事実に涙が止まらなくて。アルバムが進んでいく中、いろんな音が聞こえてきて‥‥6曲目の "Redemption Song" で更に泣いて。この瞬間、今更だったけど‥‥ジョー・ストラマーって親父は俺にとって、とても重要な人間のひとりになったんだ。

 今でこそ笑顔で聴くことができるこのアルバム。THE CLASHの5作と同じように、自分にとって大切なアルバムです。こんなにパンクで活き活きした親父、イギーとジョーの他に知らん。

 だから‥‥今更だけど‥‥ホントに悔やまれる。もう一度、ただもう一度だけ会いたかった‥‥

 ありがとう。そして‥‥死ぬまで勉強させてもらいます!



▼JOE STRUMMER & THE MESCALEROS「STREETCORE」(amazon

投稿: 2004 11 26 12:06 午前 [2003年の作品, Clash, The, Joe Strummer & The Mescaleros, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2002/12/24

THE CLASH『LONDON CALLING』(1979)

人間、誰しも必ず死ぬときが訪れる。ただそれが人よりも早いか遅いかだけで、誰にでも平等に死はやってくる。けど‥‥死んじゃいけない人ってのがいるんだよ。死にそうだけど、絶対に死なない、格好悪く無様に生き続けることで、我々に勇気や希望を与えるタイプの人間が。ジョン・レノンもジョージ・ハリスンもいない今、誰がここまでキース・リチャーズが長生きすると予想できた? キースなんて正しくあのまま生き続けてロックンロールし続けることで、我々に夢や希望や勇気を与え続けてくれるんだよ。

少なくとも、ジョー・ストラマーという男もこのタイプに属する人間だったと思う。確かにTHE CLASH解散後の彼は、どこかパッとしなかったかもしれない。それはTHE CLASHというバンドが如何に偉大だったかを物語る、ちょっとした「現実」なんだけど。それでもジョーは、格好悪くても頑張り通した。音楽以外の活動も通して、我々に「パンク以後」の世界を見せ続けてくれた。それがあの'70年代末期のロンドンに憧れた人間にとって、どんなに悲しくなるものであっても‥‥

けど、'90年代末のジョーは‥‥少なくともここ日本ではこれまでと違った目で見られていたはず。それはフジロックを通して、等身大の「ジョー・ストラマー」という男と直に接する機会があったから。ステージに立つ側の人間なのに、天神山や苗場に自らキャンピングし、時には出演アーティスト達と、それ以外の時は我々観客側の人間と一緒に酒を飲み、語り、騒いだりした。THE CLASH時代を知らない若い人達にとっては、こっちのジョーの方が思い出深いんじゃないかな?

そんなジョーも'99年の苗場1回目のフジロック最終日、準トリとしてグリーンステージに上がったことがある。これが俺にとっての「アーティスト:ジョー・ストラマー」初体験。THE CLASH再結成を常に拒んできた男が見せた意地。今の彼と過去の彼、そしてこれからの彼(当時、まだTHE MESCALEROSとしての音源はリリースされていなかった)を見せるに十分な時間と空間だった。惜しげもなく連発されるTHE CLASHナンバーに鳥肌を立て、一緒に歌い踊り、そして泣いた。今でもこの年のフジロックといえば、俺にとってはRAGE AGAINST THE MACHINEやBLURの名と共にジョーの名前を挙げるだろう。

THE CLASHが'79年にリリースしたサードアルバムがこの「LONDON CALLING」というアルバム。CD主流の今となっては無意味かもしれないが、アナログ時代はこのアルバム、2枚組だった。何故か俺、このアナログ盤を持ってる。唯一持ってるTHE CLASHのアナログ盤がこの2枚組。今ではもうカビが生えてしまって聴くに耐えない代物だけど、ずっとそのまま取っておいてある。当然、俺が初めて聴いたTHE CLASHのアルバムもこれだった。三大ロンドン・パンクバンド(SEX PISTOLS、THE DAMNED、THE CLASH)のひとつとして認識していた彼等だけど、最初に聴いたのがこのアルバムだった為、当時かなり肩透かしを食らったのをよく覚えている。これってパンク!? ジャケットは最高にカッコイイけど、パンクっぽい速い曲はないのにロカビリーとかレゲエとか入ってるじゃんか? これだったら俺、DAMNEDの方が全然パンクだと思うけどなぁ!?‥‥と、10代の俺にはTHE CLASHの良さは全然判らなかった。ただ、ロック/ポップソングとして"London Calling"は常に好きな曲だったけど‥‥

自分がTHE CLASH再評価をするようになったのは、ハタチを過ぎてから‥‥MANIC STREET PREACHERSとの出逢いが大きかった。「現代のTHE CLASH」と呼ばれることの多かったマニックス。インディー時代の初期THE CLASHを彷彿させる疾走感あるパンクナンバーだけでなく、ファーストアルバムのバラエティー豊かさなどは正しくこの「LONDON CALLING」というアルバムをなぞったものだったのではないだろうか? 音楽性に若干の違いはあれど、THE CLASHとマニックスがやってきたことは、常に「REBEL MUSIC」だった。2分前後の、勢いだけのパンクソング。それも確かにパンクなのかもしれない。けど、パンク精神を持った音楽は世界中にある。レゲエやスカ、ヒップホップにグランジやテクノ‥‥それら全てがパンク精神の下に創造されているのなら、それらは間違いなく「REBEL MUSIC」なんだから。そう気づくのに、俺は何年もかかってしまった。見た目や形に囚われた10代を卒業して、俺はいろんな音楽を聴くようになった。THE CLASHが影響を受けたような音楽であり、それこそブルーズやジャズ、ファンクやR&B、ラテン音楽等‥‥

ジョーはデビューシングルの中で「1977年にはエルヴィスもBEATLESもSTONESもいらない」("1977"。"White Riot"のC/W曲)と歌った。しかし、彼等はデビューから2年後、そのBEATLESやROLLING STONESをも超越するようなアルバムを作った。それがこれ。俺が観たフジロックでも演奏された頭2曲"London Calling"と"Brand New Cadillac"の強烈さ。それはパンクロックなんて狭い括りで語ってしまうから無理があるのであって、これらは正しく王道ロックと呼ぶに相応しい必殺チューンなのだ。ポップなロックチューンあり、レゲエやスカやダブあり、カントリーやラテン、R&Bもある。所謂パンクチューンはここにはない。そう、当時の彼等は「パンクバンド」であることを足枷に感じ、あくまで「ロックバンド」として在ろうとしていたのだった。けど、そんなことはどうだっていい。ここに収められているサウンド・歌詞共に最終的にはパンク精神の下に作られた「REBEL MUSIC」だったんだから。

初期に"What's My Name"(1st「THE CLASH」収録)をカバーしたマニックスも、後にこの「LONDON CALLING」から"Train In Vain"をカバーしている。そして結果的には最後の来日となってしまった今年9月の朝霧JAMでのTHE MESCALEROSは、THE CLASHナンバーを極力減らし、今のジョー・ストラマーを、そしてバンドとしてのTHE MESCALEROSを力強く提示してくれた。けど‥‥やはり"I Fought The Law"のイントロを聴くと、どうしても発狂しそうになり、ステージ前まで全力で走ってしまった俺。やっぱり俺はTHE CLASHが好きだ。

正直、そんなジョーが亡くなったと知った時、どうしてもTHE CLASHが聴きたくなかった。けど、今はこうやって大音量でこのアルバムを聴いている。"I'm Not Down" ~ "Revolution Rock ~ "Train In Vain"‥‥街はクリスマスで賑わってるけど、今日はひとり家でこのアルバムを大音量で聴きながら酒でも飲みたい‥‥そんな気分だ。これをアップしたらガンガンに飲もう。もう聴けない、聴きたくないなんてセンチなこと言ってないで、去年のジョーイ・ラモーンを送り出した苗場の時みたいに、大騒ぎしてジョーを天に送ってやろうと思う。

May rest in peace, Joe.



▼THE CLASH『LONDON CALLING』
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投稿: 2002 12 24 12:00 午前 [1979年の作品, Clash, The] | 固定リンク