2001/11/24

FREDDIE MERCURY『FREDDIE MERCURY SOLO』(2000)

自分がロックというものと出会ってから、既に20年以上もの月日が流れた。その間、有名・無名を含めても何百人というアーティスト達がこの世を去っていった。一番古い記憶だと、やはりジョン・レノンだろうか。ジョンの死は自分の人生の中でもかなり鮮烈な記憶として残っている。そして、それに匹敵する程の衝撃を与えたアーティストの死。それは1991年1月のスティーヴ・クラーク(DEF LEPPARD)であり、今回紹介するQUEENのフレディ・マーキュリーであった。特にフレディが亡くなった1991年11月24日は、別の意味でも忘れられない日となった。

今回は彼の死について語るのではなく、彼のバンドを離れてのソロ・ワークについて、昨(2000)年10月にリリースされた『FREDDIE MERCURY SOLO』という3枚組ボックスセットを通して紹介していきたいと思う。

このボックスセットはフレディが生前残した2枚のオリジナル・ソロアルバムと、幻のテイクやシングル・オンリーの曲、フレディの死後に発表されたリミックス曲を収録したボーナスディスクの計3枚から構成されている。最大の売りは、暫く廃盤となり手に入らなかった初のソロアルバム『MR.BAD GUY』(1985年)がここで楽に聴けるようになったことだろうか。フレディの死後にQUEEN名義で発表された『MADE IN HEAVEN』というアルバムには、このソロアルバムから数曲、ボーカルトラックのみを残してバックをブライアン・メイ、ジョン・ディーコン、ロジャー・テイラーの演奏に差し替えて「QUEENの新曲」として発表されているが、ここではそのオリジナルを聴くことができる。まぁ自分と同世代やそれ以上の年代の方にとってはこっちのオリジナルの方に愛着があって、QUEENヴァージョンにはちょっと違和感が‥‥なんて人が多いかもしれない(実は最初、自分もそのひとりだったりしたのだが)。

そしてこのボックスのリリース前に急に廃盤になった、1988年発表のクラシック作品『BERCELONA』もリマスターされ、再びここで聴けるようになった。オペラ界の大御所、モンセラ・カバリエとのデュエット作とも呼べるこの1枚は、ロック/ポップサイドを求めるファンには少々辛い作品かもしれないが、QUEENというバンドの根底にあるものを改めて再確認することができる、非常に興味深い1枚なのではないだろうか? 特にリリース当時よりも、フレディの死後の1992年にバルセロナで行われた夏季オリンピックのテーマ曲として話題になった事の方が記憶に残っているかもしれない。

さらに、今回のボックスセットにボーナスディスクと称され追加された7曲入りディスク。これはちょっと貴重な音源も含んでいるので、上の2枚を既に持っている人にもオススメだ。

まず1曲目の「I Can Heare Music」。これは名義としては「ラリー・ルーレックス」という偽名でリリースされているものの、間違いなくフレディ・マーキュリーのボーカルである。1972年頃、当時QUEENのファーストアルバムをレコーディングしてる最中に録音されたものだそうで、楽曲自体はBEACH BOYSのカヴァー。聴いてお判りの通り、フィル・スペクターを彷彿とさせる「ウォール・オブ・サウンド」を再現したオールディーズっぽさが新鮮だ。更にブライアン・メイもそれと判るギターでゲスト参加、ロジャー・テイラーもパーカッションで参加している。QUEENではここまでオールディーズっぽい要素が表出することもなく、またソロでもこういった要素はあまり見受けられなかったので、今回のリリースによるCD化は正直有り難い。これはかなり面白い。

続く「Love Kills」は、正真正銘のフレディ・マーキュリー初のソロシングルとなった1曲。映画『メトロポリス』の主題歌としてリリースされたもの。後のファーストソロと同系統のエレポップ。元々は1984年のQUEENの『THE WORKS』の際に書かれた楽曲で、当時は使用されず後にこの映画の為に録音され、1984年10月にリリースされることとなった。古臭さは拭えないが、意外と今聴くと新鮮なのも確か。メロディは如何にもフレディらしいもので、潤いのあるポップな佳曲。ギターレスな点に違和感を感じるQUEENファンの気持ちもよく判るのだが。

3曲目「The Great Pretender」は1992年にリリースされた編集盤『THE FREDDIE MERCURY ALBUM』の1曲目にも収録された、プラターズの名曲カヴァー。これはマジで素晴らしいアレンジ&パフォーマンスだと思うのだが、如何だろうか? 我々がイメージする「ゴージャスなフレディ・マーキュリー」を見事に演じきった、快心の1曲。1987年2月にシングル化、トップ5入りするヒットとなった。

4曲目「Living On My Own」はファーストソロ『MR.BAD GUY』に収録された同曲を、フレディの死後新たにリミックスしたバージョン。前述の編集盤『THE FREDDIE MERCURY ALBUM』からのシングルという形でカットされ、このリミックスバージョンは当時のクラブシーンでもヒットを記録した結果、ソロとしては初のナンバー1ヒットとなる(皮肉なことに、彼の死後に)。サウンド的にはオリジナルよりもかなり現代的なリアレンジがなされていて、リミックスバージョンの発表から8年経った今聴いても、古臭さを感じさせない。意外と今のクラブでかけても違和感なく踊れるかも。

5曲目「In My Defence」は1985年にミュージカル『タイム』の為にデイヴ・クラークが書き下ろした楽曲。発表当時はサントラの1曲として登場したものの、フレディの死後、先の編集盤『THE FREDDIE MERCURY ALBUM』リリースの際に先行シングルとしてカットされ、4位まで上昇するヒットとなっている。そのままQUEENの1曲としても通じるほどの普遍性を持った名バラードで、特にボーカルパフォーマンスの凄まじさに鳥肌が立つ。ちなみにこのボーカルトラック。一発撮り即OKだったそうだ。感動的な超名曲。ファン以外をも唸らす1曲ではないだろうか?(ちなみにこのボーナスディスクの音源は、今回のリリースに際してリミックスされたものだ)

6曲目「Time」も同じくミュージカル『タイム』の為の楽曲。当初この曲はフレディ以外の人間が歌う予定だったが、先の"In My Defence"のボーカルパフォーマンスにデイヴ・クラークがノックアウトされ、急遽唄うことになったそうだ。この曲も今回新たにリミックスされている。

最後は「Love Kills」のロック・ミックス・バージョン。ライヴでの歓声を被せ、シンセの代わりにギターをメインにしたアレンジがより「QUEENのフレディ」を色濃く表現してるように思う。ピコピコしたエレポップバージョンもいい味出していたが、こっちのバージョンもより大きなノリを持った好バージョンだ。

ちなみに以上7曲の内、1曲目と4曲目、7曲目以外は先の編集盤『THE FREDDIE MERCURY ALBUM』に収録済みだったので、既に持ってる人にとってはダブりが生じて新鮮さが余り感じられないのかもしれないが、全音源新たにリマスターされているので、音質的には飛躍的に向上している。オマケにしても豪華な選曲なので、これはこれでお得感が強いと思うのだが。特に1曲目「I Can Heare Music」はここでしか聴けない音源なわけだし。

こうやって3枚のディスクを通してフレディ・マーキュリーというシンガー/ミュージシャンを改めて考察してみたわけだが、勿論ソロだけでなくQUEENというバンドも理解しないことには彼の本来の姿は見えてこないだろう。しかし、逆に言えばQUEENだけでは見えてこない面というがあるのも事実。現にモンセラ・カバリエの事なんて、あの共演がなければ我々は知りもしなかったわけだし。映画音楽に数多く携わっている点も興味深いし(そういえば、QUEENでも映画音楽に数多く関わっているし)。

既に彼がこの世を去ってから10年が経った。自分にとってはあっという間の10年だったような気がする。彼が亡くなる前の10年と亡くなった後の10年を比べた場合、残念ながら亡くなってからの方が評価が高いような気がする。それは仕方ないことなのかもしれない。と同時に、「ああ、エイズで死んだバイ(セクシャル)ね?」と彼を軽視する音楽ファンも未だに多い。如何に彼が類い希なる才能を持ち合わせたミュージシャン/シンガーだったか、この3枚組からだけでも相当な収穫があると思うのだが‥‥俺がここまで言うんだから、レンタルでもいいんで、ちょっと手を伸ばして欲しいな。俺の音楽感とか人生観とか歌に対する姿勢とか、そういう価値観を全て変えてくれたのがこの人だったのだから(残念ながら、それも彼の死後のことだったのだが)。



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投稿: 2001 11 24 02:00 午前 [2000年の作品, Freddie Mercury, Queen] | 固定リンク

FREDDIE MERCURY & MONTSERRAT CABALLE『BARCELONA』(1988)

「ロックバンドQUEENのシンガー/ポップシンガーとしてのフレディ・マーキュリー」をイメージして手を出すと痛い目を見る、非常に難解且つ評価の難しいクラシカルなボーカル作品、というイメージの強いこのソロ第2作目。フレディがシンガーとして最も憧れていたオペラ界の重鎮、モンセラ・カバリエとの共演を実現させたという意味では、フレディの長年の夢を1枚の作品として記録した非常に重要なアルバムという風に解釈できる。が、いくらQUEENでオペラチックな要素が強く出色していようが、オペラそのものを好きこのんで聴くロックファンは少ないだろう。そういう意味では、俺が唯一持っているオペラ作品集という事になるのだが(笑)。

実際、この共演についてフレディは1984年頃から考えていたらしい。そして1986年頃のテレビインタビューでもオペラに対する情熱、とりわけカバリエに対する愛情を熱く語っていたという。そして幸運にもそのコメントがカバリエ本人の元に届き、QUEENのマネージメントがふたりの対面をセッティングした。そして意気投合したふたりはアルバム制作へと乗り出すのだった。

実は今聴くと、意外とQUEENとの共通点や要素が多い事に改めて気付かされる。それはサウンドプロデュースに末期QUEENを支えたデヴィッド・リチャーズとマイク・モーランが関わっている点が大きく関係している。味付けやアレンジ等は『INNUENDO』と比較的近いものを感じるし、幾多にも重なったオペラコーラスはQUEENまんまだし、判る人が聴けば純粋に「QUEENのフレディ」が作った作品として評価することが出来るはずだ。ただ、ブライアンのあの印象的なギターワークとロジャーの力強いドラムビートがない点を除けばの話だが。

1曲目「Barcelona」は1992年のバルセロナ・オリンピックでも散々耳にしたことと思うので、ご存じの方が多いと思う。当時はしっかりとPVまで作られた程の力の入れようで、ちょっと驚いた‥‥というよりも、高校生だった俺は引いた記憶が(苦笑)。純粋なロック小僧だった俺にはまだ早かったようだ。続く2曲目「La Japonaise」はフレディお得意の日本語歌詞が登場する、間違ったアジア解釈が登場するアレンジが絶妙な(笑)迷曲。その他の曲のも共通することだが、その後のQUEENのアルバム‥‥特に『INNUENDO』への伏線となるアイディアが幾つも垣間見れるのだ。既にこの頃にはHIVに感染している事をフレディ自身が認識していたはずなのだ‥‥世界最高峰のバンドの一員、そして音楽家としての夢の実現。ある意味、この作品でフレディは音楽家としての夢を全うしてしまったのかもしれない。

それにしても、シンガーとしてのフレディの引き出しの多さ、テクニシャン振りには舌を巻く。歌唄いを目指してる方がもしこれを読んでいたら、悪いことは言わない。ジャンルが違うからと言わずに、是非この作品を手にして欲しい。シンガーとは本来、こういうものなのだといういいお手本になるだろうから。

最後に、モンセラ・カバリエのフレディに対する評価を紹介しよう。

「『BARCELONA』はフレディの素晴らしい音楽的才能のサンプルだと思うわ。彼はただのポピュラー・シンガーじゃなく、ピアノを弾いて私のために作曲できるミュージシャンなのね。彼は違った音楽のスタイルを一緒にする新しい方法を発見したわ。彼が、この分野の第一人者で、唯一の人なのよ。」



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投稿: 2001 11 24 01:00 午前 [1988年の作品, Freddie Mercury, Queen] | 固定リンク

FREDDIE MERCURY『MR.BAD GUY』(1985)

QUEENのアルバムでいえば『THE WORKS』(1984年)と『A KIND OF MAGIC』(1986年)の間、1985年にリリースされたのが、このフレディ・マーキュリー初のソロアルバム。プロデュースにはフレディと共に、そのQUEENの2作を手掛けたMACKが当たっている。サウンド的にはその2作や同じMACKプロデュースの『HOT SPACE』(1982年)に共通する「シンセを多用したエレクトロサウンド」がメインで、時々挿入されるギターオーケストレーションがモロにブライアン・メイを彷彿とさせるものだったりして、結局ソロで何がやりたかったのかのピントがぼやけてるような‥‥曲に関していえば、間違いなく「QUEENのフレディ・マーキュリー」が書いた楽曲で、その後QUEENでも再録音される「Made In Heaven」や「I Was Born To Love You」等はまんまである。

確か当時、QUEENが70年代程のヒットをあげられなかったり音楽的にこれまでとは全く違った方向性に向かっている事が原因で、メディアやファンの間で「QUEEN解散」の噂が飛び交っていて、それを後押しするかのようにフレディのソロがリリースされたのだった。

基本的にここにある音楽は、QUEENが80年代前半にやってきたことの延長線上にあると言っていいだろう。勿論、この頃のQUEENにもヘヴィでロックンロールしてる要素はあった。そういった楽曲でヒットも飛ばした。そしてそれらがフレディというよりも、ブライアンの要素だということも明らかだった。あの当時は中学生だった俺には理解できなかったことだが、もしかしたらQUEENとしての軌道修正を行う為にバンドは一旦ストップし、フレディは『HOT SPACE』等でやろうとしたことの完成型をこのソロアルバムでやり遂げようとしたのではなかったのだろうか? 本人が亡くなってしまった今となってはその回答を得ることは出来ないが、何となくその後のQUEENの充実振りを考えると、そう思えてならない。そしていい意味でこれらの要素も消化したQUEENが生み出したのが『INNUENDO』を筆頭とした後期の傑作だったのかもしれない。そう考えると、やはりこのソロアルバムはQUEENファンにとって避けては通れない、非常に重要な1枚ということになる。

やはりフレディという人は、ロックアンセムを唄う人というよりは、孤高のポップシンガーといった方が似合っている。この軽快でダンサブルで、それでいてソウルフルな歌の聴けるアルバムを聴けば聴くほど、唯一無二の存在だったのだなぁ‥‥と感慨深くなる。サウンド的には2001年の現在聴くとちょっとキツい面も多いのだが、逆にこの下世話さが「QUEENのフレディ・マーキュリー」そのものだったのだと思う。



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投稿: 2001 11 24 12:00 午前 [1985年の作品, Freddie Mercury, Queen] | 固定リンク

1998/11/24

QUEENと僕

今年も11月24日が来て、過ぎていった。もう何度目だろうか? この時期になると、とても切なくなる。11~1月というのは、僕にとって大切なミュージシャンが多く亡くなっている。特にこの11月24日には特別な想いがある。同じ年の同じ日に、アメリカとイギリスをそれぞれ代表するバンドのメンバーが亡くなったのだ。今日は第1回目ということもあって、ルーツ的なバンドを紹介したい。僕の「シンガーとしての心の師匠」フレディ・マーキュリー率いるQUEENである。

QUEENの音楽性を考えるとき、必ずあの「カメレオンのように変化し続けるサウンド」を思い浮かべることだろう。実際、多くのミュージシャン達が自分達の音楽性の変化を「QUEENみたいな幅広い音楽性」「QUEENは常にひとつの所に留まってはいなかったろ?」といったように例え、それを逃げ道にする。一体どれだけのバンドがQUEENに近づいているといえるのだろうか?

と同時に、QUEENの古くからのファンもその変化に迅速についていけたのだろうか? 答えはノーだと思う。特にここ日本では、初期のグラマラスなヴィジュアル・イメージと「Bohemian Rhapsody」のオペラチックな楽曲のイメージが強烈だったためか、それ以後(特に80年代以降)の「ポップなシングルヒット量産バンド」的なイメージがお気に召さなかったようだ。でも、そんなに毛嫌いされる程の代物だったのだろうか?

アメリカでのQUEENのイメージの例えとして、上のようなミュージシャンの言い訳もあるが、ここでひとつ面白い例を挙げてみたいと思う。1992年2月にあのGUNS N'ROSESが東京ドーム3日間という、HR/HM系アーティストとしては異例の公演を行った。初日、中日はハプニングも続出し、あのアクセル・ローズが袖に引っ込む場面も目に出来たようだ。最終日はヴィデオ撮影され、当時衛星放送で録画放送され、そののちセル・ヴィデオとして世界中でリリースされた。残念ながら僕はその頃、イギリスにいたためライヴには足を運べなかったのだが、後日友人が録画した衛星放送の録画ヴィデオを借りて観た。僕が体験した1988年12月の初来日と比べたら全く別のバンドになっていた。それでも十分カッコ良かったが。

問題の場面はアンコール時に訪れた。アクセルがアカペラで何やら歌いだしたのだ。この頃から彼らは即興で、自分達が影響を受けた曲のさわりをチラッと披露する機会が増えていた。アクセルは2~3曲歌ったのだが、それらは我々日本人には余り馴染みのない曲ばかりだった。しかし、1曲だけ耳に残るメロディの曲があった。「Sail away little sister~」と歌っているように聞こえた。でも、曲名が判らない。

暫くの間、この曲が誰の、何という曲なのか?で周りは持ち切りになった。その答えは数ヶ月後に雑誌で明らかになった。QUEENの「Sail Away Sweet Sister」という曲だった。全く知らなかった僕。1980年リリースのアルバム『THE GAME』に収録されている、ブライアン・メイがヴォーカルをとるマイナーな曲だった。QUEENといえば派手なメジャー曲しかしらなかった僕には「何故アクセルはこの曲を?」という疑問でいっぱいになった。

さて、なぜアクセルはこの曲を知っていたのか? 理由は簡単。このアルバムがQUEENのアルバムの中で、アメリカで最も売れた作品だから。70年代、彼らはアメリカで数々のヒット曲、ヒットアルバムを生み出してはいるが、No.1シングル、アルバムは1枚もなかった。ところが80年代に入り、彼らは2曲のNo.1ヒット曲とその2曲を含むNo.1アルバムを生み出すことになる。それがこの『THE GAME』なのだ。

このアルバムからは「Crazy Little Thing Called Love」「Another One Bites The Dust」といったNo.1ソングの他にも2曲のシングルヒットが生まれた。No.1になった2曲はそれ以前の彼らのイメージからすると全く異質のものだった。プレスリーばりのロカビリーナンバー(前者)に、ファンキー/ソウルフル/ディスコ調で間違ってブラック・ミュージック専門ラジオ局で流され、それがヒットにつながった後者。「グラマラスでオペラティック」な70's QUEENの面影はそこにはなかった。日本人が無視するのももっともか。しかしアメリカでは違った。アメリカ人は純粋に「曲の良さ」に気づき、従来のQUEENのイメージに捕らわれず、それがヒットへと繋がった。だからアクセルがこのアルバムのナンバーを口ずさんだとしても、決して不思議な事ではない。最も、その選曲のセンスにアクセルらしさが光るのだが。普通、ブライアン・メイのナンバーなら「'39」あたりを選ぶんだけどなぁ……。

いかに最初のイメージが大きいと後々不幸か? それはどのバンドにも言えることだろう。METALLICA然り、U2然り、MANIC STREET PREACHERS然りだ。だが、最終的には曲の良さだ。曲が良ければ誰にも文句を言われる筋合いはない。まぁその曲がその人の趣味の範疇じゃなかったら、それはもう不幸としか言いようがないが。とにかく、下手な先入観を持たずにQUEENを聴いてみてほしい。手っ取り早くベスト盤がいいだろう。初期の超有名ヒット曲満載の『GREATEST HITS』(1981年リリース)もいいが、それよりも今回は80~90年代のヒットシングルを網羅した『GREATEST HITS II』(1991年リリース)の方を先に聴いてもらいたい。いかに彼らが素晴らしいソングライター集団だったか?を実体験できる、お手頃なアルバムだ。全ての曲が全英チャートのトップ20に入った曲ばかりである。これを聴けば、いかに現在のイギリスの若手ミュージシャン達が直接/間接的にQUEENから影響を受けているかが伺えるはずだ。何せ彼らは「イギリスの国民的ヒーロー」だったのだから。


最後に個人的な想い出話をふたつばかり。フレディの亡くなる数週間前に、僕はある友人から1枚のCDを譲り受けた。もう聴かないといった、そのアルバムはQUEENの『INNUENDO』(1991年)だった。その年の始めにリリースされてはいたが、当時は余り興味がなかったし、それよりももっと激しい音楽が好みだったので、無視していた。勿論、雑誌等で「往年のQUEEN節、復活!」と騒がれていたのは知っていたが。

アルバムを聴いた。ビックリした。正直な話、鳥肌が立った。それくらいの衝撃だったのだ。まさかQUEEN聴いてこんな衝撃を受けるとは。僕にとって、正に「完璧/完全無欠」のアルバムだった。1曲1曲が際立っていて、捨て曲なんて一切なし。そして、ラスト2曲、「Bijou」「The Show Must Go On」。悲しいくらいに名曲。と同時に、何かを悟ってしまった。「まさか、これで解散とか!?」そう感じさせる位に悲しく、そして前を向いている曲だった。

数週間後、「事実上の」解散となってしまったQUEEN。フレディは生前、残された最大の力を振り絞ってあの曲を歌い上げたのだろう。そう考えると、無性に切なくなってしまった。そして「もっと早く、彼らの良さに気づいてやればよかった」と。その後ゆっくり時間をかけて、彼らのオリジナル・アルバムを買い揃えたのは言うまでもない。

翌1992年11月24日、偶然にも1年前にあの「不運な出来事」があったその日に、僕らのバンドはライヴを行うことになった。僕はこの偶然を見逃さなかった。意図したわけじゃないのに、って。そこでバンドのメンバーに提案した。「是非、1曲でいいからQUEENの曲をカヴァーしてみないか?」と。しかしその願い空しく、提案は却下された。だが僕は諦めなかった。当日、僕がアコースティック・ギターを持つ曲が2曲あった。その内の1曲の前に、僕がMCをとる場所があった。

当然、やってしまったわけだ。ギター1本で「Love Of My Life」を。練習したかいがあった。最初はアカペラで、途中からギターをつま弾きながら。フル・コーラスとはいかなかったが、それで十分だった。その日のお客の内、何人かが気づいてくれた。その時、僕はQUEENのトレードマーク(『GREATEST HITS II』のジャケット参照)が入ったTシャツを身に付けていたから。後にも先にも、QUEENの曲をカヴァーしたのはこれが最初で最後だった。


May rest in peace, Freddie...



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投稿: 1998 11 24 11:00 午後 [Freddie Mercury, Queen, 「R.I.P.」] | 固定リンク