IHSAHN『PHAROS』(2020)
2020年9月11日にリリースされたイーサーン(EMPEROR)の最新EP。
今年2月に発表された『TELEMARK』に続く、EP二部作の第2弾。前作はイーサーンが今も生活の拠点とするノルウェーの故郷・テレマルク(Telemark)をタイトルに冠し、自身のルーツであるブラックメタルの側面を強調させた内容に仕上げられていましたが、今作はその対極にあるソフトな側面……メロウなテイストを重視した作品集に仕上げられています。
全編でデス声を耳にすることができた前作から一変、今回は穏やかでメロディアスなボーカルを軸に、プログレッシヴロック的なテイストを強めた楽曲群が満載。およそヘヴィメタルからはかけ離れた、ジャジーでAOR的な香りもそこはかとなく感じられ、改めてイーサーンというミュージシャン/アーティストの懐の深さを体感することができるはずです。
個人的にグッときたのは、タイトルトラックのM-3「Pharos」。この曲ではクラシックからの影響を強く伝わってくるアレンジで、そこに大人びた味付けが散りばめられている、前作『TELEMARK』からは想像もできないような1曲。しかし、聴けばこれもイーサーンの色であることは明確で、いかに彼がソロ作品でメタルやプログレを基盤に、幅広いジャンルに挑んでいたかがこの1曲からご理解いただけるのではないでしょうか。
そんなクライマックスのあとには、今回もカバーが2曲用意されています。ひとつはPORTISHEADの「Roads」。90年代UKトリップホップの代名詞的バンドをここで取り上げるのも、なるほどと頷けるものがありますが、この曲がリリースされた当時ってイーサーンはEMPERORでの活動真っ只中だったはず。そう考えてみると、非常に面白いものがありますね。仕上がりも、しっかり原曲とイーサーン双方の「らしさ」が感じられるベストなものなので、原曲を知らない方はぜひ聴き比べてみるといいですよ。女性ボーカルをイーサーン流に解釈した歌唱法もたまらないです。
で、最後の1曲はa-haの「Manhattan Skyline」。そうきたか!と最初は驚きましたが、この曲ではイーサーンはリードボーカルではなく、代わりにLEPROUSのエイナル・スーベルグ(Vo, Key)が歌っているんです(イーサーンはサブでハモりなどを担当)。原曲に忠実なアレンジも好印象ですし、何よりも2人の美しく切ない歌声がぴったりなんです。このカバーを最初に聴いたとき、「ズルいわ……」と何度思ったことか。完璧な組み合わせによる、完璧な選曲。今年聴いたカバー曲の中でも突出した完成度だと思います。
『TELEMARK』と『PHAROS』、本来なら両作の収録曲をバランスよくミックスし、さらにその中間に位置する楽曲なんかも作ってトータル性の高いフルアルバムを作っていてもおかしくないのに、こうやって両極端に振り切った、タイプの異なる2作品を作ることに今回は重きを置いた。それにより、イーサーンの異端性がより際立ったわけですから、この実験は大成功だったと断言できます。特に、昨今サブスクを意識してあえてフルアルバムを作らないアーティストも増えていますし、こういう形で定期的に高品質の小作品を量産してくれるのなら、リスナーとしてもありがたい限りです。
ですが、イーサーン先生。今度はこの2枚をごちゃ混ぜにして、さらに訳のわからない異色作の完成を期待しています。だって、それをやれちゃう人なわけですからね。
▼IHSAHN『PHAROS』
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