前作「IT'S A WONDERFUL WORLD」から1年11ヶ月振りとなるMr.Childrenの最新アルバム「シフクノオト」。2002年7月リリースのシングル "Any" から始まり、同年12月の "HERO" とそのカップリング "空風の帰り道"、更に2003年9月にラジオ・オンエアのみで発表された話題曲 "タガタメ" と同年11月のシングル "掌" と "くるみ" といった既出曲6曲を含む全12曲ということで、「新曲が少ない」という声が発表前からあったようですが、何故そういう構成に至ったのかは完成したアルバムを聴けば答えが自ずと見えてくるだろうから、これまで特にそれについてはコメントしてきませんでした。確かに最初にアルバム曲目が発表になった時、「あれー、カップリング曲も入れちゃうんだ」とは思ったものの、肝心なのは残りの新曲であり、そして既出曲と並んだ時のバランス、アルバムとしての完成度だったので、それに対して不満は抱かなかったですね。
既にいろんなところで桜井和寿が発言している通り(また、初回盤付属のDVDでも語られているように)、アルバムタイトルには『至福の音』と『私服の音』というダブるミーニングがかけられています。それ以外にも音の響きでいえば『至福(私服)ノート』と受け取ることができるし、実際にそれらの言葉の意味合いが納得できるような内容に仕上がっているのではないでしょうか? 最初の仮タイトルが「コミック」だったということから、個人的には『~ノート』という響きが妙にしっくりくるんですけどね‥‥ま、それは皆さんひとりひとりが実際にアルバムを聴いた感想を当てはめていけば、またタイトルの意味合いも少しずつ変わってくるんだろうなぁ‥‥と。そういう自由なアルバムなんだろうな、という気はしますね。
で‥‥レビューやるに当たって、これまでミスチルのアルバムで必ずやっていた全曲レビューを、今回は止めようかな、と思ったんですね。時間が取れないというのもあるし、それ以上に‥‥最初に数回聴いた時、良い作品集だとは思ったけど、前数作のような傑作とは言い難いよなぁ‥‥と感じたもので。けどまぁ乗りかかった船だ、期待してる人もいるみたいだし、思い切ってやってみようか‥‥というわけで、リリースからちょっと遅れましたがレビューすることになりました。今日は朝から天気も良かったので、延々リピートして聴いてましたよ。それではいってみましょう‥‥
◎M-1. 言わせてみてぇもんだ
サーカスか、場末のキャバレーか、と思わせるようなジャジーなイントロから、中~後期BEATLES的ヘヴィ&サイケなミドルチューンへ。これまでのミスチルのアルバムとは明らかに違うスタート。オープニングにSE的なインストを持ってこなかったのも新鮮だし(とはいっても「DISCOVERY」や「Q」にもその手のSEはないんですけどね)、何しろこの手の曲自体が随分と久し振りな気がするので(ある意味「深海」以来!?)。とにかくこの曲の要はギターでしょうね。田原、頑張ったなぁ、と。
◎M-2. PADDLE
既に2月から某テレビCMに起用されていたので耳に馴染みのある1曲。意表をついたミドルヘヴィでスタートし、曲間も殆どなく2曲目に。前作からの流れにある、ある意味ミスチルの王道パターン。聴き手としてはここでひと安心。サビ後半での崩した譜割りが印象的。
◎M-3. 掌
言うまでもなく最新シングル。詳しくはこちらで。ミスチルの「王道ポップ・サイド」から「王道ロック・サイド」へと流れていき、続く「王道バラード」へと続くこの流れは、正しく前半部のハイライトといえるでしょう。曲自体は地味なものが続くんだけどね。
◎M-4. くるみ
前曲から、シングル収録時と全く同じ流れ。"掌" との両A面シングル。詳しくはこちらで。何も言うことはないでしょう。名曲。
◎M-5. 花言葉
初回盤付属DVDエンディングでの「コスモスの花言葉は『乙女の純情』」 というあの言葉が印象深いですが、楽曲の方も印象的‥‥いや、地味か。「versus」の後半辺りに入ってそうな印象の1曲。地味だけど味わい深く、後半の展開部(転調前ね)で思わずググッときてしまいました。
◎M-6. Pink~奇妙な夢
スロウでヘヴィ、しかもダーク‥‥けど「BOLERO」の頃とは違った種のダークさ。芯から病んでいるのではなく、雰囲気としてのダークさ、表現としてのダークさ、といったところかな。とにかく音作りが非常に凝っていて、とても興味深い内容。ちょっとだけ抽象的で夢を具体化したような歌詞も印象的。多分世間の受けは悪いだろうけど、個人的にはアルバム中かなり好きな部類の1曲。
◎M-7. 血の管
で、そのダークな空気をちょっとだけひきずったかのようなイントロ。ピアノとストリングスだけをバックに歌われる、ちょっとだけ重苦しい印象を持つパラード。1曲目 "言わせてみてぇもんだ" といい、前の "Pink~奇妙な夢" といい、全体的にこのアルバム、地味でダークで穏やか‥‥という印象。勿論、前半を聴いた限りの感想だけどね。
◎M-8. 空風の帰り道
シングル "HERO" のカップリング曲として既出。このアルバムのレコーディング自体は2003年春頃からスタートしたと思うんだけど、こうやって聴いてみると既に2002年秋‥‥"HERO"レコーディング時から、おぼろげながらそのイメージは見えていたんだろうね。違和感なくアルバムに収まっているこの曲を聴いて、そう実感しました。
◎M-9. Any
アルバム中唯一、前作「IT'S A WONDERFUL WORLD」とほぼ同時期に制作された1曲。結局実現しなかった前作でのツアーでも、間違いなくハイライトのひとつとなったであろう曲だよね。詳しくはこちらを。やっぱりどこか、「前作の音」かな‥‥偏見かもしれないけど、音のゴージャスさは明らかに「IT'S A WONDERFUL WORLD」のものだよね。あのアルバムが16色のパステルをいろいろ組み合わせたカラフルなイメージなのに対して、「シフクノオト」がどこかモノトーン/セピアなイメージが強い。そう考えると "Any" は‥‥楽曲の地味さ加減は「シフクノオト」っぽいかな?という気がしたけど、いざアルバムの中に入れてみるとハッキリと「IT'S A WONDERFUL WORLD」だよな、と感じる。制作側はそこまで考えてない/感じてないのかもしれないけどさ‥‥ま、いち個人の感想ですけどね。
◎M-10. 天頂バス
中盤の穏やかなノリから大ヒットシングルで転機を迎え、いよいよラストに向けて大きな盛り上がりをみせるこのアルバム‥‥個人的にはこのアルバム一番のハイライトだと思っているこの曲。ROLLING STONES的アーシーなロックンロール調アレンジのA~Bメロはどこか "光の射す方へ" を彷彿させるアレンジ。けどサビになるといきなりエレクトロな四つ打ちに。どこか一時期のスーパーカー的で面白い。更に中盤の展開部ではまた違った印象のアレンジ‥‥どこかニューウェーブ的というか。ぶっちゃけ、3つの異なるアレンジの曲を合体させたような1曲になってるのよ。この辺は何となく「Q」的ですよね。凄く面白い曲だなこれ。バンドというより、桜井とプロデューサーの小林武史のふたりで遊んでみました的楽曲というか。
◎M-11. タガタメ
で、ラストに向けて更に盛り上がっていくこのアルバム。ラス前に持って来たか、この曲を‥‥ま、詳しくはこちらでね。もはや何も言う事はないでしょう。この曲に感動/共感できない人とはちょっと距離を取りたいな、と思える程圧倒的な1曲。やっぱりこのポジション(アルバム最後ではなく、ラス前)しかあり得ないよな、うん。
◎M-12. HERO
最後の最後はこの超名曲を持ってきたか‥‥"タガタメ" の余韻を引きずったまま、歌い出しの「例えば誰か一人の命と/引き換えに世界を救えるとして」って歌詞聴いて、思わず目頭熱くさせちまったよ。ったく、反則! 桜井自身もこの曲でアルバムを終えるという構想が最初からあったみたいですね。詳しくはこちらで。そういえば既出シングル曲で終わるアルバムってのも、「BOLERO」以来で随分と久し振りだね(ま、「BOLERO」の場合はボーナストラック的位置なんだっけか、"Tomorrow never knows" は)。
◎まとめ
実は今回、歌詞についてあまり深く突っ込まなかったのは意図的です。というのも、桜井自身も「ミスチルというと『歌詞が~』と言われることが多く~」と初回盤付属DVDの中で述べていたので、今回は(っていうか毎回だけど)特にサウンド/アレンジ面中心で語ってみました。いや、もうね、大体そうじゃない、他所のサイトもさ、歌詞云々って。だったら俺らしいやり方でアルバム語ってみようかな、と。
最初に書いたように、良いアルバムだとは思うけど傑作とは言い難いなぁ‥‥と感じたのは、アルバム全体のトーンが地味目なのが大きいでしょうね。一聴してカラフルなイメージがない。全体が似たようなトーンでまとまっているし。いろんなギミックは仕掛けられているものの、それは聴き込んでいく内に発見していくといったような感じ。ホント、細部にまで拘って制作されているのは何度も聴いてよく判りました。
何だろ‥‥「ポップ」という要素に拘ったことで外に向けて放った「IT'S A WONDERFUL WORLD」とは真逆にあるのかな、「シフクノオト」って。極端な話だけどさ。歌われる対象だったり、聴いて欲しい対象がもっと限定されているように感じるのも、このアルバムの特徴かもしれませんね。勿論「ポップ」なんだけど、前作ではいろいろ計算されていたからこその作風だったのに対し、今回は好き放題やったものをまとめたような、そんなイメージ。そうか、だから「コミック」であり「私服ノート」なのか。妙に納得。
あとさ‥‥これはもう仕方ないことなんだけど、前作でツアーをやらなかった(出来なかった)のも、このアルバム制作に大きく影響してるように思います。最後に大掛かりなツアーをやったのが2001年夏。2002年12月に単発でライヴはやったけど‥‥やっぱり「バンド」としてこれは大きいと思うな。「作家」としては然程大きな影響はないと思うけど(‥‥いやあるな。絶対あるわ)。
以前‥‥「掌/くるみ」のレビューで書いたんだけど、次のアルバムは「Q」みたいな作風になるんじゃないか?っていうの‥‥あながち間違ってなかったように思います。勿論完全にあの路線の延長線上にある作品だという意味ではなくて、振り幅/前作からの流れという意味でね。「DISCOVERY」~「Q」という流れと、「IT'S A WONDERFUL WORLD」~「シフクノオト」という流れ/作品の振り幅が、俺には似たように映るんですよね‥‥
さて、改めて。最高傑作かどうか‥‥という問いに対しては、正直まだ自信を持って答えることはできません。聴けば聴く程、どんどん好きになっていくアルバムではあるんだけど、まだそこまで言い切れない。多分‥‥ライヴ観たいんだろうな。ライヴ観て、セットで判断したいんだと思う。「IT'S A WONDERFUL WORLD」みたいな一聴して「傑作!」と言い切れる作品とは違う、非常にデリケートな作品集だからさ、これ。
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