2017/08/13

V.A.『SINGLES: ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK』(1992/2017)

1992年秋に全米公開された映画『シングルス(SINGLES)』のサウンドトラックアルバム。日本では先にサントラがリリースされ、映画は翌1993年春に公開されました(単館ではなかったものの公開劇場数は少なく、どこも小規模劇場での公開だったと記憶しています)。

シアトルを舞台にしたラブストーリーなのですが、当時のシアトルといえばグランジブームまっただ中。主人公のひとりであるクリフ(マット・ディロン)がロックバンドをやっていることなどもあり、劇中にはALICE IN CHAINSやクリス・コーネル(SOUNDGARDEN)、エディ・ヴェダー(PEARL JAM)なども登場します。

サントラは映画公開に先駆けて1992年6月にUS発売(日本では9月発売)。内容は当時人気のグランジバンドやシアトル出身のレジェンドたちの楽曲で大半が占められ、全13曲中11曲が当時未発表曲でした。リードトラックとしてALICE IN CHAINSの新曲「Would?」(同年9月発売の2ndアルバム『DIRT』にも収録)が公開されるやいなや、大反響を呼んだのをよく覚えています。

ALICE IN CHAINS、PEARL JAM、SOUNDGARDEN、MUDHONEYSMASHING PUMPKINSといった当時ど真ん中のバンドから、SCREAMING TREES、MOTHER LOVE BONEというグランジ黎明期のバンド、THE REPLACEMENTSのポール・ウェスターバーグ、HEARTのアン&ナンシー姉妹の別ユニットTHE LOVEMONGERS、ジミ・ヘンドリクスといったレジェントたちまで。さらにはクリス・コーネルのソロ曲まで含まれているのですから、当時のグランジシーンを振り返る、あるいはシアトルのロックシーン(メタルは除く)に触れるという点においては非常に重要な役割を果たすコンピレーションアルバムだと思います。

そのサントラ盤が、発売から25年を経た2017年に、未発表テイクや劇中で使用されたもののサントラ未収録だった楽曲を集めた2枚組デラックスエディションで再発。ディスク1は当時のままで、ディスク2にその貴重な音源がたっぷり収められています。

ここには、マット・ディロンが劇中で所属していたバンド・CITIZEN DICKの楽曲「Touch Me, I'm Dick」(MUDHONEY「Touch Me, I'm Sick」のパロディカバー)や、のちにSOUNDGARDENの楽曲として発表される「Spoonman」のクリス・コーネルソロバージョン、ALICE IN CHAINやSOUNDGARDENのライブ音源、TRULYやBLOOD CIRCUSの楽曲、マイク・マクレディ(PEARL JAM)のソロ曲などを収録。おまけ感の強いものから本気で貴重なテイクまで盛りだくさんの内容で、ここまでを含めて映画『シングルス』をしっかり振り返れるのかな?と改めて思いました。

映画自体は観ても観なくても大丈夫ですが(笑)、1992年という時代の節目を追体験したいのなら、NIRVANAやPEARL JAMのオリジナルアルバムだけではなく、ぜひ本作も聴いていただきたいと、あの当時をリアルタムで通過したオッサンは強く思うわけです。サントラと思ってバカにしたら、きっと痛い目を見るよ?

ちなみに、本作のデラックスエディションが発売されたのが5月19日(海外)。クリス・コーネルが亡くなったのがその前々日の17日ということもあり、真の意味での“グランジの終焉”を実感させる1枚になってしまったことも付け加えておきます。



▼V.A.『SINGLES: ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK』
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投稿: 2017 08 13 12:00 午前 [1992年の作品, 2017年の作品, Alice in Chains, Chris Cornell, Heart, Mudhoney, Pearl Jam, Smashing Pumpkins, Soundgarden] | 固定リンク

2017/04/28

PEARL JAM『TEN』(1991)

1991年9月に海外で、ここ日本では翌月10月に発表された、アメリカ・シアトル出身の5人組バンドPEARL JAMの記念すべきデビューアルバム。ストーン・ゴッサード(G)とジェフ・アメン(B)が同じシアトル出身のバンドGREEN RIVERのメンバーだったこと、またPEARL JAMデビュー前年の1990年にアンドリュー・ウッド(Vo)とのバンドMOTHER LOVE BONEで先にデビューしていたこともあって、一部のリスナーからはある程度その名を知られていたようです。MOTHER LOVE BONEに関しては、リリースから数ヶ月後にアンドリューがオーバードーズで他界。その後2人はPERAL JAMの活動を本格化させるわけです。

デビュー時のメンバーはストーンとジェフのほか、マイク・マクレディ(G)、デイヴ・クルーセン(Dr)、そして最後に加わったエディ・ヴェダー(Vo)。ちなみにデイヴはアルバム完成後に脱退し、本作『TEN』に関する活動はすべて後任のデイヴ・アブラジーズ(Dr)が担当しています。

1991年後半というと、メインストリームのロックシーンではMETALLICAがブラックアルバム(『METALLICA』)で天文学的大ヒットを記録し、GUNS N' ROSESが『USE YOUR ILLUSION I』『同 II』の同時リリースでビルボード1、2位を独占とHR/HM界隈がまだまだ幅を利かせていた時期。それとほぼ同タイミングに発売されたのがNIRVANA『NEVER MIND』、SOUNDGARDEN『BADMOTORFINGER』、そしてこのPEARL JAM『TEN』でした。ここに前回取り上げたALICE IN CHAINS、そして上記3作より数ヶ月前に1stアルバムを発表していたSMASHING PUMPKINSなどが加わることで、のちのグランジムーブメントが形成されていくことになります。

グランジと呼ばれるムーブメントに属したバンドの多くは、当時のHR/HMやメインストリームのロックバンドに対する“アンチ商業主義”を信条とするオルタナティヴロックがメイン。ギターリフなどにLED ZEPPELINやBLACK SABBATH、AC/DC、初期KISSなど前時代的ロックからの影響が見え隠れするものの、軸にはるのはメタルよりもパンクロックのテイスト。そこに陰鬱なテイストが加わることで、当時の世相(湾岸戦争以降の不況)を表していた、と個人的には受け取っています。また、ちょうどグランジ勃発期の1世代上に属するSONIC YOUTH、PIXIES、DINASAUR JR.、JANE'S ADDICTIONなどにも共通するカラーがあったように思います。

……と、かなり前段が長くなりましたが、ここからが本編。『TEN』に関するお話です。本作は同時期に発売された『NEVER MIND』や『BADMOTORFINGER』と比べると、いわゆる“オルタナロックっぽさ”が希薄で、ダークな色合いこそあれど全体を覆うテイストは王道のアメリカンロックに近いのではないかという印象があります。それは先に挙げた前時代王道バンド、特にBLACK SABBATHなどからの影響があまり感じられない点、当時のアメリカの世相や社会、生活を切り取った歌詞がありつつも、ラブソングも並列されている点、アルバムのサウンドプロダクションが当時の王道ロック(HR/HM的)に比較的近い点が理由なのかなと考えるわけです。

だから、最初に『NEVER MIND』や『BADMOTORFINGER』と“同じ耳”で接したとき、非常に違和感を感じたし、正直この2枚よりも聴く頻度が低かった。パンクロックとハードロックが持つそれぞれのカタルシスを兼ね備えた前者2枚と比べれば、『TEN』はもっと情緒豊かといった印象ですし。

それが、リリースから数ヶ月後に公開された「Even Flow」のMVで一変した。あのライブ感の強い作風(MVに使われた音源はアルバムとは別テイク)により、バンドの本質が見え始めたわけです。そして「Jeremy」や「Oceans」といった楽曲が次々とシングルカットされ、アルバムを聴き返す機会も増えていき、気づけばハマっていた。もちろんその頃にはアメリカでも爆発的ヒット作となり、ビルボード1位こそ獲れなかったものの(最高2位)、現在までに1000万枚を超えるメガセールスを記録しています。

で、最近このアルバムを何度も聴き返していて感じたことがあって。先にNIRVANAやSOUNDGARDENには「ギターリフなどにLED ZEPPELINやBLACK SABBATH、AC/DC、初期KISSなど前時代的ロックからの影響が見え隠れする」がPEARL JAMにはそれが希薄と書きましたが、それはあくまでリフやアレンジでのお話。実はバンドの軸にある音楽スタイルはLED ZEPPELINなどの前時代王道バンドにもっとも近いのではないか、と気づいたのです。確かにBLACK SABBATH色は皆無ですが、それこそブルース・スプリングスティーンやのちに共演するニール・ヤング、そしてR.E.M.にU2……こういったバンドに並ぶべき資質が、すでにデビュー作の時点から存在していたわけです。ていうか、デビュー作の時点で完成度高すぎだっつうの。

しかし、本作以降のアルバムを聴くと、実は『TEN』で示したスタイルが必ずしもPEARL JAMの本質とは言い切れないのではないか、という現実もあるわけで。事実、2ndアルバム『VS.』(1993年)以降、『TEN』のようなスタイルのアルバムは1枚もありません。それこそAICE IN CHAINSの『FACELIFT』みたいに、“それ以前の活動”と“今やりたいこと”と“その当時の世の中の雰囲気”が奇跡的なバランスで合致した、いわば1991年という時代に“作らされた”デビューアルバムだったんじゃないかと。発売から25年以上を経た、今だからこそ余計にそう感じるわけです。

ちなみに本作は、2009年にブレンダン・オブライエンがリミックスを手がけたリイシュー盤も発売。より生々しく生まれ変わった再発盤は、どちらかというとその後のPEARL JAMに通ずるものがあるので、機会があったらぜひ聴き比べてみてください。



▼PEARL JAM『TEN』
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投稿: 2017 04 28 12:00 午前 [1991年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク

2006/05/16

PEARL JAM『PEARL JAM』(2006)

 改めて思うけど、PEARL JAMってつくづく不幸なバンドだなと思う。だって、デビューした時期や周辺のシーンのせいでグランジ扱いされ、その十字架を勝手に背負わされ、未だにあの頃の幻想をファンは追ってるし。結局グランジという色眼鏡でこのバンドを見続けてる人にとっては、この先もずっとPEARL JAMは「初期を超えられない終わったバンド」で片づけられちゃうんだろうな。

 かくいうこの俺も、彼らのことをこの10年は完全に誤解してたように思うんだよな。やっぱり最初の3枚のインパクトやイメージが強過ぎて。それと初来日公演な。あれを観た後に聴いたそれ以降の作品は、やはり‥‥

 そしてここ1〜2作に関しては完全にスルーしてた俺。だけどネット先行配信された "World Wide Suicide"、そしてリリース前に聴かせていただいたアルバム収録曲の出来に思わずニヤリとして、今回は予約してまで買いましたよ。

 期待以上の出来でしたね。すごくストレートで、これなら日本人にも伝わりやすいと思う。こういう土着的なアメリカンロックって、実は日本人には受けが悪いじゃないですか。あと彼らの場合は歌詞も抽象的だったりするし、メディアに出る機会も少ないので、余計にアピールしにくいというか。日本で受けるロックって、やっぱりメジャー感が強くて、判りやすい方が人気あるしね。

 あと‥‥これは反論あるかもしれないけど、彼らって実験的なことも結構やったりしてるけど、基本的には「判りやすい、普遍的なロック」をやってるバンドなんですよね。その時代時代の色だったり、メンバーの感情の起伏とかそういうのが作品にダイレクトに表れてるから、ムラがある。でも今回のアルバムを改めて聴いて、これはもうずーっと変わることのない、いや、もっと昔から在ったロックだな、って実感しましたね。ニール・ヤングとの交流でよく比較されたりもする彼らだけど、それも判る気がする。

 とにかく。久し振りにPEARL JAMのアルバム聴いて、スッキリしたな。これは良いアルバムですよ。



▼PEARL JAM「PEARL JAM」(amazon:US盤日本盤

投稿: 2006 05 16 01:46 午前 [2006年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/12

とみぃ洋楽100番勝負(86)

●第86回:「Spin The Black Circle」 PEARL JAM ('94)

 デビューから暫く、PEARL JAMに関しては「曲は良いけど、そこまでは‥‥」っていう感じで接していて。例えばNIRVANAが盛り上がるのは判るのね。カート・コバーンのカリスマ性や奇行とか、ロックファンが飛びつきそうな要素が沢山あるし。SOUNDGARDENもまぁ音が派手だし。ALICE IN CHAINSはビジュアル的にもしっかりしたイメージがあるし。SMASHING PUMPKINSは‥‥ああそうか、俺ってPJとスマパンの良さに気づくまでに、随分と時間を要したんだよな。

 アルバム2枚聴いてもピンとこなくて。それは「自分にとって決定的な1曲」ってのがなかったからなんだよね。"Alive" とかカッコいいと思うし、"Even Flow" なんてPV観るとオオッ!とも思うんだけど、決定力不足かな、と。

 そんな中、'94年末にリリースされた「VITALOGY」というアルバム。紙ジャケ&ブック形式のパッケージが目を惹くこのCDに手を出し、頭数曲で今までにないようなハードさ、勢い、ガムシャラさみたいなものがストレートに伝わってきて。特に "Spin The Black Circle" な。結局単純な俺は、こういうシンプルでストレートなパンクソングを待ってたのかな、と。そういうものをPJに求めること自体アレなわけですが。いやいや、初めてエディ・ヴェダーの凄さが判ったような気がしたもん。判ったような気になったもん。

 そして。このアルバムとこの曲を聴いたから、俺は翌'95年2月の武道館公演のチケットを取ったんだよな。あの武道館は忘れられない‥‥俺の生涯ベスト3ライヴに入ってるもん、あの武道館は。アーティストに深い思い入れはないのに、それだけ衝撃を受けたってことは‥‥判ってもらえるよね? ただバンドが凄かったんじゃなくて、客も凄かった‥‥全てが相乗効果で最高のモノになった。それがPJ初来日だったんだよね。

 数年前に来た時はタイミング悪くて行けなくてさ。後でかなり後悔したんだよねぇ‥‥次は必ず行く! 何があっても。



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投稿: 2004 11 12 12:00 午前 [1994年の作品, Pearl Jam, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2003/11/26

PEARL JAM『VITALOGY』(1994)

ひと月振りにシリーズ再開。今回から暫く「シアトル/グランジ・シーン」を中心にお送りしていこうかと思います。まず手始めに、現在も変わらず活躍し続けているメジャーバンドのひとつ、PEARL JAMが'94年末にリリースした通算3作目のオリジナルアルバム「VITALOGY」を紹介しましょう。

PEARL JAMがグランジ以前のシアトル・シーンの中でカルト的な人気を得ていたバンド、GREEN RIVERとMOTHER LOVE BONEのメンバーによって結成されたバンドだということはご存じでしょうか? いや、もはやそんなことは問題ではないですよね。そんなふたつのバンドのメンバーが合体し、更にエディ・ヴェダーという新たなる「カリスマ」を手に入れた、それがPEARL JAMでした。

デビューは'91年秋。NIRVANAの「NEVER MIND」とほぼ同時期にリリースされた「TEN」でシーンに登場するわけです(そういえばこの2枚、日本盤が出る前に一緒に輸入盤で買ったんだっけ)。が、当初はあまり話題にはなりませんでした。

しかし、NIRVANAのブレイク('91年末以降)によって、同じようなシアトル出身のバンド達が全面的にメディアに取り上げられるようになり‥‥そう、所謂「第二のNIRVANA」を探せ的な青田買い状態だったわけです‥‥運良く'92年春に発表したPEARL JAMのセカンドシングル "Even Flow" のPVがMTVでヘヴィローテーションとなり、ここから彼等の人気に火がついたわけです。実際このPVはライヴ映像なんですが、彼等の魅力を余すところなく収めた非常に素晴らしいPVだったと記憶してます。

その後の彼等の大躍進は説明するまでもないでしょう。「TEN」が1,000万枚に迫る勢いで売れ続け、'93年10月にはセカンドアルバム「VS」をリリース(そもそもこのアルバム、最初は無題でリリースされたんですよね。セカンドプレスからこのタイトルが付いたわけで)、PVの制作やシングルカット、雑誌メディアへの露出を一切止めたのもこの頃から。まぁあれだけ大ブレイクしてカリスマだの書かれたり、あることないこと噂を書かれ‥‥そりゃ嫌気も刺しますよね。NIRVANAとの比較、メディアがでっち上げた確執等、ホントいろいろあったわけですよ。

しかし、この後ひとつの時代が終わるわけです。そう、'94年4月。カート・コバーンの自殺ですね。これはライバルであり友人でもあったPEARL JAMのメンバーにも衝撃を与えます。勿論エディにも‥‥

所謂「グランジ終焉の幕引き」を始めたのがカートだったとするなら、その最後のトドメを刺したのがPEARL JAMのこの「VITALOGY」というアルバムだったように、今となってはそう思えますね。

このアルバムは前2作とは若干作風が異なります。ダイナミックなハードロックチューンとムーディーで穏やかなトーンの楽曲によって構成されていたファースト、その流れを組みつつもより荒々しくなっていったセカンドの後、彼等はこの「VITALOGY」で一気に爆発してしまいます。それは「グランジの象徴」と呼ばれたカートに対する哀悼であり、そのグランジそのものに対する怒りや憤りであり、更には『PEARL JAM』というバンドに対して貼られてしまったレッテルを焼き尽くすこと‥‥だったのではないかな、と思うわけです。

バンドとして新たな岐路に立たされていたのも事実ですし、そういったネガな要因が彼等の作品づくりに影響したのもまた事実でしょう。しかし、それにしてはこのアルバムはいびつ過ぎはしないでしょうか?

頭2曲の勢いと攻めと叫び。1曲目のタイトルが "Last Exit" というのも何かそれらしいし、続く2曲目はもはやパンク以外の何ものでもない "Spin The Black Circle"、しかもこれがアルバムから最初のシングルとして選ばれた事実。3曲目では聴き手に "Not For You"(「この曲はおまえらの為のもんじゃないよ」)と高らかに宣言し、まるでU2をオルタナ化してしまったかのような "Tremor Christ"、前作までの流れを組むムーディーな "Nothingman"、再び熱く滾る血を見せつける "Whipping"。ここまでが所謂「第一章」。極端に攻撃的ながらも、ここまでのサウンドはまだPEARL JAMとして考えて納得のいくものなんですね。

ところが‥‥7曲目以降の「第二章」、このアルバムはここからが「その後のPEARL JAM」を示唆するような内容になっているんですね。インタールード的な "Pry, To" に続き従来の路線を更にディープにしたかのような "Corduroy"、それまでのPEARL JAMとかなりかけ離れた前衛的なアコースティックナンバー "Bugs"、これまでになかったような色合いを持つ "Satan's Bed" の後にこのアルバムのハイライトとなる "Better Man" に到達します。その後、ムーディー且つグルーヴィーな "Aye Davanita"、アルバムの閉めに相応しい名曲 "Immortality" ときて、最後に8分近くもあるサウンドコラージュ的インスト "Hey Foxymophandlemama, That's Me" で混沌を極め終了します。「第一章」での判り易さに比べ、「第二章」ではまるでメインストリームにいることに対して窮屈さを感じてるかのような作風で聴き手を翻弄するのです。

そう、元々は(メジャーのソニーからアルバムをリリースしていたとはいえ)シアトルのオルタナティヴシーンの中のひとつであったPEARL JAMが、チャート上での大成功を収め、気づけば自身がメインストリームの代表格と呼ばれるようなバンドに変わっていたわけですよ。そうした「自身が気づかないうちに起こった」変化に対する、周りからの批判や酷評。そしてそんなバンドを支えてくれるファン。そういったことに対する答えがこの「VITALOGY」だったのではないでしょうか?

このバンドは非常に器用で才能に溢れたミュージシャンの集まりだなと個人的には思ってます。だからメジャーに耐えうる作品作りも難なくできるし、同時に非常にマニアックで前衛的と呼べるような作風に持っていくこともできる。そう、だからこそ彼等は非難さることが多かったのかもしれませんね。

その後の彼等がこの「VITALOGY」での「第二章」で見せたような作風を押し進めていったのは承知の通り。初期のハードロック的作風が好みの人には、このアルバム以降の作品が正直厳しいというのも頷ける話です。しかし、何度も言うようにこのバンドの真骨頂は「VITALOGY」以降なのですよ。このアルバムでグランジという見えないムーブメントにトドメを刺したからこそ、このバンドはその後もアメリカで根強い人気を持ち、現在に至るのかもしれません。と同時に、だからこそここ日本では彼等はウケが悪いのかもしれません‥‥いや、それは違うか。

このアルバムを引っ提げて'95年2月、彼等は初めて日本で演奏する機会を得ます。今や伝説となっている武道館公演、俺が生涯観たライヴの中でも間違いなく3本指に入る衝撃的なライヴだったことをここに記しておきます。このアルバムに伴うツアーだったからこそ、衝撃度が増したのかもしれませんね。



▼PEARL JAM『VITALOGY』
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投稿: 2003 11 26 03:20 午後 [1994年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク