2006/05/16

PEARL JAM『PEARL JAM』(2006)

 改めて思うけど、PEARL JAMってつくづく不幸なバンドだなと思う。だって、デビューした時期や周辺のシーンのせいでグランジ扱いされ、その十字架を勝手に背負わされ、未だにあの頃の幻想をファンは追ってるし。結局グランジという色眼鏡でこのバンドを見続けてる人にとっては、この先もずっとPEARL JAMは「初期を超えられない終わったバンド」で片づけられちゃうんだろうな。

 かくいうこの俺も、彼らのことをこの10年は完全に誤解してたように思うんだよな。やっぱり最初の3枚のインパクトやイメージが強過ぎて。それと初来日公演な。あれを観た後に聴いたそれ以降の作品は、やはり‥‥

 そしてここ1〜2作に関しては完全にスルーしてた俺。だけどネット先行配信された "World Wide Suicide"、そしてリリース前に聴かせていただいたアルバム収録曲の出来に思わずニヤリとして、今回は予約してまで買いましたよ。

 期待以上の出来でしたね。すごくストレートで、これなら日本人にも伝わりやすいと思う。こういう土着的なアメリカンロックって、実は日本人には受けが悪いじゃないですか。あと彼らの場合は歌詞も抽象的だったりするし、メディアに出る機会も少ないので、余計にアピールしにくいというか。日本で受けるロックって、やっぱりメジャー感が強くて、判りやすい方が人気あるしね。

 あと‥‥これは反論あるかもしれないけど、彼らって実験的なことも結構やったりしてるけど、基本的には「判りやすい、普遍的なロック」をやってるバンドなんですよね。その時代時代の色だったり、メンバーの感情の起伏とかそういうのが作品にダイレクトに表れてるから、ムラがある。でも今回のアルバムを改めて聴いて、これはもうずーっと変わることのない、いや、もっと昔から在ったロックだな、って実感しましたね。ニール・ヤングとの交流でよく比較されたりもする彼らだけど、それも判る気がする。

 とにかく。久し振りにPEARL JAMのアルバム聴いて、スッキリしたな。これは良いアルバムですよ。



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投稿: 2006 05 16 01:46 午前 [2006年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2004/11/12

とみぃ洋楽100番勝負(86)

●第86回:「Spin The Black Circle」 PEARL JAM ('94)

 デビューから暫く、PEARL JAMに関しては「曲は良いけど、そこまでは‥‥」っていう感じで接していて。例えばNIRVANAが盛り上がるのは判るのね。カート・コバーンのカリスマ性や奇行とか、ロックファンが飛びつきそうな要素が沢山あるし。SOUNDGARDENもまぁ音が派手だし。ALICE IN CHAINSはビジュアル的にもしっかりしたイメージがあるし。SMASHING PUMPKINSは‥‥ああそうか、俺ってPJとスマパンの良さに気づくまでに、随分と時間を要したんだよな。

 アルバム2枚聴いてもピンとこなくて。それは「自分にとって決定的な1曲」ってのがなかったからなんだよね。"Alive" とかカッコいいと思うし、"Even Flow" なんてPV観るとオオッ!とも思うんだけど、決定力不足かな、と。

 そんな中、'94年末にリリースされた「VITALOGY」というアルバム。紙ジャケ&ブック形式のパッケージが目を惹くこのCDに手を出し、頭数曲で今までにないようなハードさ、勢い、ガムシャラさみたいなものがストレートに伝わってきて。特に "Spin The Black Circle" な。結局単純な俺は、こういうシンプルでストレートなパンクソングを待ってたのかな、と。そういうものをPJに求めること自体アレなわけですが。いやいや、初めてエディ・ヴェダーの凄さが判ったような気がしたもん。判ったような気になったもん。

 そして。このアルバムとこの曲を聴いたから、俺は翌'95年2月の武道館公演のチケットを取ったんだよな。あの武道館は忘れられない‥‥俺の生涯ベスト3ライヴに入ってるもん、あの武道館は。アーティストに深い思い入れはないのに、それだけ衝撃を受けたってことは‥‥判ってもらえるよね? ただバンドが凄かったんじゃなくて、客も凄かった‥‥全てが相乗効果で最高のモノになった。それがPJ初来日だったんだよね。

 数年前に来た時はタイミング悪くて行けなくてさ。後でかなり後悔したんだよねぇ‥‥次は必ず行く! 何があっても。



▼PEARL JAM「VITALOGY」(amazon

投稿: 2004 11 12 12:00 午前 [1994年の作品, Pearl Jam, 「100番勝負」] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

2003/11/26

PEARL JAM『VITALOGY』(1994)

ひと月振りにシリーズ再開。今回から暫く「シアトル/グランジ・シーン」を中心にお送りしていこうかと思います。まず手始めに、現在も変わらず活躍し続けているメジャーバンドのひとつ、PEARL JAMが'94年末にリリースした通算3作目のオリジナルアルバム「VITALOGY」を紹介しましょう。

PEARL JAMがグランジ以前のシアトル・シーンの中でカルト的な人気を得ていたバンド、GREEN RIVERとMOTHER LOVE BONEのメンバーによって結成されたバンドだということはご存じでしょうか? いや、もはやそんなことは問題ではないですよね。そんなふたつのバンドのメンバーが合体し、更にエディ・ヴェダーという新たなる「カリスマ」を手に入れた、それがPEARL JAMでした。

デビューは'91年秋。NIRVANAの「NEVER MIND」とほぼ同時期にリリースされた「TEN」でシーンに登場するわけです(そういえばこの2枚、日本盤が出る前に一緒に輸入盤で買ったんだっけ)。が、当初はあまり話題にはなりませんでした。

しかし、NIRVANAのブレイク('91年末以降)によって、同じようなシアトル出身のバンド達が全面的にメディアに取り上げられるようになり‥‥そう、所謂「第二のNIRVANA」を探せ的な青田買い状態だったわけです‥‥運良く'92年春に発表したPEARL JAMのセカンドシングル "Even Flow" のPVがMTVでヘヴィローテーションとなり、ここから彼等の人気に火がついたわけです。実際このPVはライヴ映像なんですが、彼等の魅力を余すところなく収めた非常に素晴らしいPVだったと記憶してます。

その後の彼等の大躍進は説明するまでもないでしょう。「TEN」が1,000万枚に迫る勢いで売れ続け、'93年10月にはセカンドアルバム「VS」をリリース(そもそもこのアルバム、最初は無題でリリースされたんですよね。セカンドプレスからこのタイトルが付いたわけで)、PVの制作やシングルカット、雑誌メディアへの露出を一切止めたのもこの頃から。まぁあれだけ大ブレイクしてカリスマだの書かれたり、あることないこと噂を書かれ‥‥そりゃ嫌気も刺しますよね。NIRVANAとの比較、メディアがでっち上げた確執等、ホントいろいろあったわけですよ。

しかし、この後ひとつの時代が終わるわけです。そう、'94年4月。カート・コバーンの自殺ですね。これはライバルであり友人でもあったPEARL JAMのメンバーにも衝撃を与えます。勿論エディにも‥‥

所謂「グランジ終焉の幕引き」を始めたのがカートだったとするなら、その最後のトドメを刺したのがPEARL JAMのこの「VITALOGY」というアルバムだったように、今となってはそう思えますね。

このアルバムは前2作とは若干作風が異なります。ダイナミックなハードロックチューンとムーディーで穏やかなトーンの楽曲によって構成されていたファースト、その流れを組みつつもより荒々しくなっていったセカンドの後、彼等はこの「VITALOGY」で一気に爆発してしまいます。それは「グランジの象徴」と呼ばれたカートに対する哀悼であり、そのグランジそのものに対する怒りや憤りであり、更には『PEARL JAM』というバンドに対して貼られてしまったレッテルを焼き尽くすこと‥‥だったのではないかな、と思うわけです。

バンドとして新たな岐路に立たされていたのも事実ですし、そういったネガな要因が彼等の作品づくりに影響したのもまた事実でしょう。しかし、それにしてはこのアルバムはいびつ過ぎはしないでしょうか?

頭2曲の勢いと攻めと叫び。1曲目のタイトルが "Last Exit" というのも何かそれらしいし、続く2曲目はもはやパンク以外の何ものでもない "Spin The Black Circle"、しかもこれがアルバムから最初のシングルとして選ばれた事実。3曲目では聴き手に "Not For You"(「この曲はおまえらの為のもんじゃないよ」)と高らかに宣言し、まるでU2をオルタナ化してしまったかのような "Tremor Christ"、前作までの流れを組むムーディーな "Nothingman"、再び熱く滾る血を見せつける "Whipping"。ここまでが所謂「第一章」。極端に攻撃的ながらも、ここまでのサウンドはまだPEARL JAMとして考えて納得のいくものなんですね。

ところが‥‥7曲目以降の「第二章」、このアルバムはここからが「その後のPEARL JAM」を示唆するような内容になっているんですね。インタールード的な "Pry, To" に続き従来の路線を更にディープにしたかのような "Corduroy"、それまでのPEARL JAMとかなりかけ離れた前衛的なアコースティックナンバー "Bugs"、これまでになかったような色合いを持つ "Satan's Bed" の後にこのアルバムのハイライトとなる "Better Man" に到達します。その後、ムーディー且つグルーヴィーな "Aye Davanita"、アルバムの閉めに相応しい名曲 "Immortality" ときて、最後に8分近くもあるサウンドコラージュ的インスト "Hey Foxymophandlemama, That's Me" で混沌を極め終了します。「第一章」での判り易さに比べ、「第二章」ではまるでメインストリームにいることに対して窮屈さを感じてるかのような作風で聴き手を翻弄するのです。

そう、元々は(メジャーのソニーからアルバムをリリースしていたとはいえ)シアトルのオルタナティヴシーンの中のひとつであったPEARL JAMが、チャート上での大成功を収め、気づけば自身がメインストリームの代表格と呼ばれるようなバンドに変わっていたわけですよ。そうした「自身が気づかないうちに起こった」変化に対する、周りからの批判や酷評。そしてそんなバンドを支えてくれるファン。そういったことに対する答えがこの「VITALOGY」だったのではないでしょうか?

このバンドは非常に器用で才能に溢れたミュージシャンの集まりだなと個人的には思ってます。だからメジャーに耐えうる作品作りも難なくできるし、同時に非常にマニアックで前衛的と呼べるような作風に持っていくこともできる。そう、だからこそ彼等は非難さることが多かったのかもしれませんね。

その後の彼等がこの「VITALOGY」での「第二章」で見せたような作風を押し進めていったのは承知の通り。初期のハードロック的作風が好みの人には、このアルバム以降の作品が正直厳しいというのも頷ける話です。しかし、何度も言うようにこのバンドの真骨頂は「VITALOGY」以降なのですよ。このアルバムでグランジという見えないムーブメントにトドメを刺したからこそ、このバンドはその後もアメリカで根強い人気を持ち、現在に至るのかもしれません。と同時に、だからこそここ日本では彼等はウケが悪いのかもしれません‥‥いや、それは違うか。

このアルバムを引っ提げて'95年2月、彼等は初めて日本で演奏する機会を得ます。今や伝説となっている武道館公演、俺が生涯観たライヴの中でも間違いなく3本指に入る衝撃的なライヴだったことをここに記しておきます。このアルバムに伴うツアーだったからこそ、衝撃度が増したのかもしれませんね。



▼PEARL JAM『VITALOGY』
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投稿: 2003 11 26 03:20 午後 [1994年の作品, Pearl Jam] | 固定リンク