SOFT CELL『*HAPPINESS NOT INCLUDED』(2022)
2022年5月6日にリリースされたSOFT CELLの5thアルバム。日本盤未発売。
70年代後半から80年代前半に活躍し、その後のニューウェイヴ/エレポップ界隈に大きな影響を与えたマーク・アーモンド&デイヴ・ボール=SOFT CELL。2000年代初頭の一時的な再結成を経て、2018年から再び活動再開させた彼らですが、本作はその最初の再結成時に発表した『CRUELTY WITHOUT BEAUTY』(2002年)から約20年ぶりの新作となります。
2021年夏以降、「Heart Like Chernobyl」や「Bruises on My Illusion」といった“いかにも”な新曲を立て続けに発表し、この春にはPET SHOP BOYSとのコラボ曲「Purple Zone」でかつてのファンの度肝を抜いた彼ら(もろPSBな音でしたからね。笑)。続いて届けられたアルバムは、従来の彼ららしいミニマルなシンセサウンドをベースにした、非常に親しみやすい1枚に仕上がっています。実験的だった前作『CRUELTY WITHOUT BEAUTY』はTOP100圏外(最高116位)だったものの、この“いかにも”なアルバムが全英7位と80年代初頭の全盛期に並ぶチャートアクションを見せたことも、その内容がリスナーの期待通りだったことを窺わせます。
先の「Purple Zone」のように派手な味付けの楽曲はこれ1曲のみで、そのほかは良くも悪くも“あの頃”のまま。テクノだハウスだ、あるいはEDMだというここ30年をすっ飛ばして、突然タイムスリップしてしまったかのようなチープなエレポップサウンドは、2022年という現代においては聴き手を選ぶ類のものかもしれません。しかし、リアルタムで80年代を通過してきた筆者のようなリスナーや、80'sサウンドやエレポップのルーツに対して憬の念を抱く層にはど真ん中に響く内容だと思うのです。
「*幸福は含まれていません」という注意書きのようなタイトル然り、ここには2022年という時代に我々が求める希望的未来は描かれていないかもしれない。だけど、聴き終えたときに不思議と充足感を覚えたり、ちょっとだけ前向きになれる気がする。この適度なダウナーさと突き抜けすぎていない程よいキラキラ感が2022年という時代と見事にリンクしているからこそ、今の生活に疲れを覚え始めている人たちにとって“抗うつ剤”のような作用を果たすのではないか……本作はそんな“然るべきタイミングに産み落とされた、必然性の強い1枚”だと感じています。
20年もの間隔があれば、時代が数周することでしょう。もちろん、音楽シーンも何度も代替わりし、その間には80'sサウンドが若年層に新鮮に響くタイミングもあった。だけど、SOFT CELLはそこに乗っかることなく、ロックダウン時に本作制作と向き合い、“with コロナ”の生活が始まって2年経ったこの時期に本作を世に送り出した。2020年でもなければ、(新曲の一部は2021年後半から徐々に公開されてきましたが)2021年でもなかった。2022年春だからこそ、ここまで自然な形で受け取ることができたのです。
「*幸福は含まれていません」と謳うアルバムのオープニングを「Happy Happy Happy」という楽曲が飾ったり、「Purple Zone」や「Nostalgia Machine」みたいに軽薄な楽曲が含まれていたりするんだけど、これも必然であり、今のこの心情で聴くからこそ響くものがある。革新的な要素があったり年間ベストのトップに君臨したりする類の作品ではありませんが、2022年という時代に絶対に存在すべき1枚です。
にしても、このタイミングにチェルノブイリについて歌うこと(「Heart Like Chernobyl」)や、アルバムのアートワークにもその情景を用いるという時代とのリンクにも、考えさせられるものがありますね。
▼SOFT CELL『*HAPPINESS NOT INCLUDED』
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