TEARS FOR FEARS『THE TIPPING POINT』(2022)
2022年2月25日にリリースされたTEARS FOR FEARSの7thアルバム。
3rdアルバム『THE SEEDS OF LOVE』(1989年)ぶりにカート・スミス(Vo, B)が復帰し、ローランド・オーザバル(Vo, G)とのデュオ体制に戻って制作された前作『EVERYBODY LOVES A HAPPY ENDING』(2004年)から実に17年半ぶりのオリジナルアルバム。前作が全英45位/全米46位と低調に終わったのに対し、本作は全英2位/全米8位と80年代に匹敵するチャートアクションで好意的に迎えられました。
実は彼ら、この17年半の間に新曲を発表していました。それが2017年に発表されたベストアルバム『RULE THE WORLD: THE GREATEST HITS』収録の2曲(「I Love You But I'm Lost」「Stay」)でした。これらの2曲含め、もともと今作の制作は2013年にはスタートしていたものの、当時の所属レーベル(Warner Music)から往年のヒット作をなぞった商業的なサウンドを求められ、納得いくものを完成させることができませんでした。2016年には一度形にはなるものの、それは「TEARS FOR FEARSには聞こえないもの」だったとのことで、バンドはWarnerとの契約を解消。その後、初期のカタログの権利を持つUniversal Musicと新たに契約を結び、先の新曲2曲を含むベストアルバムを発表します。
しかし、その頃のバンド内は非常に悪い状況で、ローランドの妻が亡くなるという悲劇に見舞われ、これを受けて彼自身も体調を崩してしまいます。カートはバンドからの再脱退も考えたようですが、2019年に新たなツアーを実施するために再集結。このツアーで得た手応えから、2人は互いに満足のいく作品を完成させることに再び着手します。過去に制作した楽曲を再構築/再録音したほか、新たに書き下ろされた楽曲(そのいくつかはローランドの妻が亡くなったことに触発され完成したもの)、そして先のベスト盤収録曲「Stay」をリミックスするなどして、全10曲入り(海外デラックス盤および日本盤ボーナストラック除く)の完全新作が完成したわけです。
テイスト的には“『THE SEEDS OF LOVE』のその先”と受け取ることができますが、ここには「Shout」も「Everybody Wants To Rule The World」も「Sowing The Seeds Of Love」も存在しません。派手なサイケデリックなポップ/ロックチューンは皆無。その『THE SEEDS OF LOVE』に収録されたジャジーでソウルフルな楽曲群をなぞりつつ、よりブラッシュアップされた“大人のロック/ポップス”が展開されています。そう聞くと肩透かしを喰らうかもしれません。が、オープニングを飾る「No Small Thing」にじっくり耳を傾けてみてください。最初こそフォーキーさに面食らうと思いますが、曲が進むに連れて「……あ、TEARS FOR FEARSだ」と納得できることでしょう。
そうなんです。本作に収録されたどの楽曲も、“あの”TEARS FOR FEARSなんです。わかりやすいメロディなんだけど、演奏やアレンジ自体は非常に大人びている。そうしたアンバランスさが2022年という時代において非常に“ジャスト”に感じられるのです。そういう意味では、時代が何周かしてTEARS FOR FEARSがやろうとしていることにやっと追いついた、と受け取ることもできるのではないでしょうか。
タイトルトラック「The Tipping Point」などではEDM以降のエレクトロミュージックからの影響も見え隠れしますが、基本的にはビートルズ以降のロック/ポップミュージックが正しい形で継承され、進化した楽曲ばかり。前作ではローランド中心の印象を受けましたが、今作では彼とカートのバランス感も程よい感じで、そこも含めて初期3作の良いとこ取りと解釈することもできます。そう考えると、本作って(ローランド主導の3枚を経て到達した)32年ぶりにお披露目された真の意味での“『THE SEEDS OF LOVE』のその先”なんですよ。ちょっと感動的ですらありますよ、これは。
個人的には「Break The Man」に“あの頃”と“その先”を感じてニンマリしたり、「Master Plan」の完成度に涙腺が緩んだりしました。もちろん、そのほかの楽曲もいかにも彼ららしくて大満足。ベスト盤の流れで聴くと地味だった「Stay」も、本作のラストに置かれることでその役割を全うできているように感じました。
先に触れた海外デラックス盤と日本盤CDには、さらにボーナストラックを2曲追加。それぞれ異なる選曲で、EK&EUデラックス盤ではジャックナイフ・リーが制作に携わった「Secret Location」を聴くことができます。それぞれ良好な完成度ですが、アルバムとしては10曲でしっかり完結しているので、切り離して考えるのが吉かと。そういった意味では、デジタル&ストリーミング版が10曲で完結しているのでよろしいのではないでしょうか。
昨年のDURAN DURANの新作『FUTURE PAST』(2021年)も80年代のエレポップを2020年代なりにアップデートさせた良作でしたが、本作もそれに匹敵する良質な1枚だと断言しておきます。
▼TEARS FOR FEARS『THE TIPPING POINT』
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